ダーク・ファンタジー小説

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crazy=justice【短編集・タイトル迷走中】
日時: 2021/02/19 15:58
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=11127

クリックありがとうございます。
初めまして、美奈と言います。
いつもはコメディ・ライトで活動しているのですが、今回はダーク・ファンタジーに初挑戦してみようと思います。

ここで求められている感じのものになるかは分からないのですが...
とにかく後味も気味も気色も悪い短編を書いていくつもりです。
多分恋愛絡みが多めです。イカれてるかなこの人、って思われそうな話を気ままに書いていこうと思います。ちなみに只今タイトル迷走中です。2つ浮かんで、今はそのうちの1つにしています。

お読みいただけたら嬉しいです...!
※2020年9月より、「小説家になろう」さん・「カクヨム」さんでも同時掲載始めました(名義もタイトルも違います笑...中身は同じ)

<目次>
#1 熱情 >>1
#2 New World >>2
#3 Wanna be A子さん? >>3
#4 12番は特別なんです >>4
#5 fault >>5
#6 winner >>6
#7 聖愛 >>7
#8 正しく清く... >>8
#9 何もいらないよきっと>>9
#10 離婚式>>10
#11 カタチをください>>11
#12 仏滅の夜に祝杯を>>12
#13 su amigos>>13
#14 鯛から逃げたい>>14
#15 笑顔と絆創膏と>>15
#16 リアル人生ゲーム>>16

Re: crazy=justice【短編集・タイトル迷走中】 ( No.8 )
日時: 2020/09/21 11:29
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

#8 正しく清く…

「あ、樹(いつき)くんのお母さん。こんにちは。今日はよろしくお願いします」

「お願いします。息子がいつもお世話になってます」

4年生最後の保護者面談。副島樹の母親は、水色のアンサンブルを身に付けていた。
俺は教員生活2年目。まだ成り立てで、右往左往することも多い。
勤め先の私立小学校は、なんだかんだでいわゆるモンペが蔓延っていた。「多額の授業料を払ってるんだから、言う事を聞きなさい」と言わんばかりの態度を取る母親の多さには辟易するしかない。だけど下っ端というせいもあって、俺はなるべく角を立てないようにしていた。「いや、授業料稼いでるのはお前の旦那だろ」という台詞を飲み込んで。

樹はいわゆる天真爛漫なタイプではあったけれど、問題児ではなかった。樹の母親は実権を持つ”強いママ友”グループにいるが、彼女自身は決して我の強い人ではない。むしろ、個性的なママ友をやんわりとまとめるような役割を果たしていたように思う。
おしとやか。寡黙。凛としている。周りに流されない。
そんな人だった。
彼女は育ちの良さそうな仕草で椅子を引き、俺と向かい合って腰掛けた。


彼女を見る度に、姉を思い出した。


俺は姉と生き別れている。
年の離れた姉だった。
俺が小学5年生の頃に両親が離婚して、姉は母について行った。母と姉のその後を、俺は知らない。
ただ、面倒見の良い姉だった。母は俺を嫌悪していたけれど、姉は可愛がってくれた。
母からもらえなかったクッキーを、姉はこっそり譲ってくれた。始業式ギリギリになっても終わらなかった宿題を、徹夜して手伝ってくれた。かけっこで転んでビリになって泣きじゃくった時は、そっと背中を撫でてくれた。

「あんたは要領悪くて運動も鈍い。出来損ないの子や」

母はいつも、俺にそう言った。

「あんたのずる賢くなれない所が可愛いし、十分優しくていい子だよ」

姉はいつも、俺にそう言った。鈍感なのが玉にキズだけどね、と悪戯っぽく笑いながら。

コインの表裏みたいな人達だった。俺は母を憎んで、姉を慕った。当然のことだった。
姉に会いたい。その思いはどんどん強くなっていくばかりだ。


目の前の彼女は、13年前に生き別れた、姉に似ていた。


「緒方先生?」

その声に、ハッとする。面談の内容が終わってから、俺はしばし黙り込んでしまっていたようだった。

「「あの」」

副島さんからどうぞ、と順番を譲る。自分の言葉に、蓋をして。
冷静に考えれば、違うことくらい分かっていた。目の前の彼女は年齢が上すぎる。

「あ…あの、緒方先生。来週の保護者会の後、みんなでご飯会しませんか、って佐藤くんママが。4年生最後だし、せっかくなら親だけじゃなくて、緒方先生もぜひ、ってことなんですけど、ご都合は…?」

佐藤の母親は、”強いママ友”グループの筆頭で、モンペの筆頭でもあった。この母親に逆らうことは難しい。
…それに、彼女がいるなら。
俺は手帳を確認して、その場で頷いた。


セレブな私立小学校のご飯会は、格が違った。
新宿の、飲食店・ホテル・オフィスが一緒になった高層ビル。その最上階にある、大きな窓をしつらえたフレンチレストラン。バーも隣接していた。
佐藤の母親が音頭を取り、貸切の華やかな夕食会が始まった。樹の母親は、黒のワンピースを身に付けていた。
着飾って夜を迎えたママ達は強烈で。俺はシャンパンを1本開ける羽目になった。樹の母親は他のママ友とは違って、俺に飲ませようとはしない。ただ、彼女のちょっと潤んだ目は俺を見つめていた。

「樹くんのことは、大丈夫ですか?」

「ええ。今日は息子と主人、義実家へ泊まりに行ってるんです」

綺麗だった。樹を続けて担任するとは思わなかったので、これが最後だと思った。俺は否応なく回ってくる酔いと闘い、耳が熱くなるのを感じながら、黒いワンピースを着たその人を、しっかりと目に焼き付けた。


*******


予想通り、再び樹の担任になることはなかった。当時の俺には、高学年の担任は任されそうになかったからだ。
だから、夢にも思わなかった。

…また、彼女がここに来るなんて。

「お久しぶりです、緒方先生。真乃(まの)がお世話になります。もう8年目、でしたっけ?教師が板についてきたんじゃないですか」

「そんなそんな。僕はまだまだですよ、副島さん。…樹くんは、元気ですか」

今日は1年生の保護者面談。今度は副島真乃が、樹と同じこの小学校に入学してきたのだった。お陰様で、樹は元気ですよ、と答え、パステルピンクのトレンチコートを着た彼女は、品の良い仕草で腰掛けた。
再会できた喜びと驚きを抑えるために、俺は本題に切り込んだ。

「真乃ちゃんは、まだ学校に慣れてないのかもしれませんが…勉強道具の準備に、ちょこっと時間がかかるみたいで」

俺がそう言うと、彼女は困ったように目尻を下げて、笑った。

「そうなんです。…樹と違って、真乃は鈍いの」

そう言うと彼女はなぜか、徐にトレンチコートを脱いだ。すると、胸元と背中が大きく開いて、脚元にスリットの入ったワンピースが目に飛び込んだ。突然のことにうろたえる俺など気にも留めない様子で、彼女はその魅惑的な容姿を見せつける。
…そこにもう、姉の面影はなかった。

彼女が俺の耳元に近づいて、囁く。

「真乃はね、鈍いの」


そのまま、急に背後から抱き締められる。
耳が熱く感じるのは…あの日のデジャブ?

彼女はそのまま、俺の顔を撫でて言った。



「……真人(まさと)くん。あなたにほんと、よく似てる」

Re: crazy=justice【短編集・タイトル迷走中】 ( No.9 )
日時: 2020/09/24 00:11
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

#9 何もいらないよきっと

「ねぇ環(たまき)、好きな人いないの〜?」

「えっ、またぁ?!...う、うーん……」

彼女は私の顔を覗き込み、途端にニヤニヤし始めた。

「あっ!なんかいつもと反応が違う!何悩んでんのよ〜私に言ってみなさいよぉ、言ったら楽になるよ〜」

「や、やめてよ夕菜、刑事みたいな真似」

「へへっ。だって環とついに恋バナできるってなったらさ、やっぱ気になるじゃん〜!何組の子?名前は?」

「何よもう、矢継ぎ早に…」

何組?って言われても、この高校にいないし。多分。
名前は?って言われても、知る由もないし。絶対。

高校生になってから、幼馴染の夕菜は恋バナばかりしようとする。
夕菜は入学してからというもの、ずっと同級生の麗央に夢中になっていた。
…あんな思いやりのない奴、やめときゃいいのに。可愛い夕菜が付き合えても、不幸になるだけ。麗央の女子への言動を見ていれば、すぐに分かるのに。私は夕菜が泣くのを見たくない。
でも、頑固な彼女は言ったって聞きやしない。もう10年以上の付き合いになれば、そんなことはすぐに分かる。良く言えば一途、悪く言えば強情。
イケメン!ほんと好き!と私に言ってる割には麗央にアタックする気配がなく、いわゆる「ファン心理」しか働いてなさそうである。
そんな彼女は自分ばかり麗央の話をして申し訳ないと思っているのか、私にもしきりに恋バナを振ってくる。けれど、入学して3ヶ月で色恋に走るほど、私はアクティブではない。恋愛なんて概念は太陽と海王星の距離くらい、私にとっては遠いものなのだから。


好きな人、ねぇ…。
性格とか価値観が割と異なりながらも何だかんだで気が合う私たちだけど、恋愛に関しては真逆。思いっきり逆。清々しいくらいに逆。
人の良い面を見てもときめいたことなんてないし、一目惚れだってない。
…と、思ってた。先週の土曜日までは。


「名前…わかんないの」

「え?」

「近所でぶつかった金髪の、30代くらいの人に、多分、一目惚れ、した…かも」

「え?!ちょ、ちょっと待って環、あんたチャラ男が好きなの?!」

「いやチャラくないってば」

「はぁーん、環ちゃんは年上男子が好みなのねぇ。ねね、今週も同じ場所に行ってみなよ。また会えるかもよ?」

「あ、会えるわけな」

「会えるってきっと!ね、会えたら声かけてみなよ。名前知らないなんてもったいないよ。チャンスは逃しちゃダメだよ」

「あのねぇ夕菜。あんたその割には全っ然告る気ないじゃん麗央くんに」

「私はいいの。新しい恋愛を見つけたのよ…。眺めてるだけで満足、それ以上は望まないってスタイルを。てか一緒に恋バナしようよいい加減!もう私待ちきれないんだけど!」

「いや待ってなくていいから!タイミングってのあるし!」

もーう、何よタイミングって!と頬を膨らませ、夕菜は私と違う教室に戻っていった。


次の土曜日、私は先週と同じ道を歩いていた。
半信半疑で私は親友の言葉に従ってみることにした。…たまには頑固な彼女の意見も聞いてみるもんだ。
金髪だから、よく目立つ。なぜ惹かれるのか分からないけど、とにかく目は彼を追い続けていた。
軽く尾行して、けど、追いつきそうになっても声なんてかけられるはずがなかった。私も夕菜みたいに眺めてるだけで満足、なのかもしれない。
そう思っていたら、クラクションの音がした。

目の前にいたはずの初恋の人は、いなかった。

私はなぜか前に進むことができなくなって、思わず踵を返してしまった。
翌日、何か手がかりがあるかもしれないと思って地方版の新聞を見た。
私がいた場所で、事故が起こっていた。彼は突然道に飛び出した、見知らぬ子どもを助けようとしたらしかった。


「環、結局会えたの?彼とは」

所持品がなく、身元不明。

「ねーえ。声、かけられた?どうだった?昨日LINEしたのに返信くれないんだもん!気になるんだけど!」

なおも黙る私を見て、夕菜は心配そうな顔になった。

「環…?どうした、何かあった?」

名前も何も分からない人。
たった1つ分かったのは、勇敢な人だということ。それだけ。
でも、それだけで良いのかもしれない。
名もなき彼が命をかけて子どもを守ったことは、私がちゃんと覚えている。
彼をちゃんと見れたのはほんの一瞬だったけど、素晴らしい人を好きになったんじゃないかと思う。

「夕菜。新しい恋愛、いいかもね」

「え?」

「恋愛にさ、名前とか、所属とか、何もいらない気がする。眺めてるだけで良いっての、ちょっと分かるかも」

夕菜以外の人間を好きだと思えたことは、今までなかった気がする。
人を人として好きになることが、なぜかずっとずっと難しかった。恋愛対象として意識することは、もっともっと難しかった。

でも自由でいいんだと思う。私は初めて、ときめきのある感情を抱いた。
名前を知らなくったって、まともに声を聞いたことがなくったって、相手の視界に自分が入ってなくったって、いいんだと思う。


きっと、相手がこの世にいなくても、いいんだと思う。


「でも、初恋にしてはちょっとハードル高かったかもな」


あなたの話を、親友にしてもいいですか。
かっこ良くて、勇気あるあなたの話を。


よく晴れた空を見上げて心の中で尋ねたら、わずかな風が髪を揺らした。

Re: crazy=justice【短編集・タイトル迷走中】 ( No.10 )
日時: 2020/09/28 20:46
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

#10 離婚式

 ミナミのママにはね、口癖があるの。
 それは「パパと別れたい」と、「パパがいなくなればいいのに」の2つ。

 変だよね。
 ミナミのママとパパはどっちも大好きだからけっこんしたのに、ミナミはパパとママの大切な宝物だって言うのに、ママは別れたいって言うの。パパに消えてほしいと思ってるの。
 最初はね、ミナミもふしぎだなって思ってたの。ミナミの大好きなママが、ミナミの大好きなパパと別れるなんて、ぜったいはんたい! って思ってたの。
 でもね、この前、なんでママがそんなことを言うのかわかったの。

 パパがママにグーパンチしてた。あれはミナミが好きなアニメで出てくるパンチとは違うってすぐにわかった。だって、ミナミが見てるやつは、おともだちを守るために、悪いやつをやっつける時のグーパンチ。でもお互いに大好きな人どうしがグーパンチするなんて、おかしいよね? ママが必死にやめてって言ってるのに、パパはぜんぜんやめようとしなかったの。ほんとはね、「パパやめて」って言いたかったんだけどね、ミナミがのぞいてたドアの隙間から、一瞬だけママと目があったの。その時ママは首を横に振ってた。ミナミがドアをそっと閉めようとしたらママがうんうんってうなずいたから、多分パパにやめてって言っちゃいけなかったんだと思う。

 次の日、朝起きたらパパはいなくて、ママがミナミをギュってしてきた。
 こわかったよね、ごめんねって。
 でも、ママがあやまることじゃないよね? ミナミ、保育園の先生から習ったもん。ケンカしても、パンチはダメだよって。大事なおともだちをケガさせちゃダメなんだよって。パパにとってママは、ともだち以上のかんけいでしょ? だからすっごく大事なはず。なのに、ママをパンチしたの。めちゃくちゃひどいよね。ミナミ、パパがキライになっちゃった。

 それからママは、ミナミと2人の時に、「パパと別れたい」とか「パパがいなくなればいいのに」ってたくさん言うようになった。大好きでもキライになることがあるんだって知ったし、ミナミも大好きなママをパンチするような人とは別れた方がいいと思ったの。
 そしてとうとうママは、ミナミをくやくしょに連れていった。なんか、紙をもらいに行く、とかいって。
 ママはその紙が手に入った時、すごい安心したみたいな、ほっとしたような顔してた。

「ミナミ。これはね、魔法の紙だよ」
「まほうの紙?」
「そう。これは離婚届って言って、ここにパパとママの名前を書いてハンコ押して、さっきの区役所に持っていくと、パパとママはお別れすることができるの」
「え、それすごいね」

 ミナミはかんどうしたの。だってその紙で、ママはパンチするわるもののパパから離れることができるんだよ? すっごい、って思った。
 でもミナミはね、まだわかんなかったの。その紙に名前を書いてハンコを押すってことが、どれくらい大変なことなのか。
 ある日、ミナミが寝てるのに、リビングからガチャガチャ音がするなって思ってドアの近くに行ったら、またパパとママがもめてた。おれはサインしないぞ! ってパパのおっきな声が聞こえてきて、あ、多分“りこんとどけ”のことだってミナミはすぐわかったの。

 次の日の朝、ママの目は赤く腫れてた。あのまほうの紙に、名前を書いてくれないって。しかもあの紙を破っちゃったんだって。ほんとひどい、パパ。
ミ ナミに抱きついて泣くママが心配だったけど、その時、ミナミ思いついたの。てゆーか、ふしぎに思ったの。
 なんでけっこんしきはあるのに、りこんしきはないんだろって。
 テレビでニュースをみて、けっこんにもいろんなスタイルがあるんだって知ったの。
 “こんいんとどけ”を出さないでけっこんしきをあげる人。“こんいんとどけ”だけ出して、けっこんしきをあげない人。いろんな人と形があっていいんですよ、ってテレビの中の人が言ってた。
 それならさ、パパが“りこんとどけ”を破ったんだったら、その代わりにりこんしきをやれば、別れられるんじゃない?
 ちょっと待って。ミナミ天才かも。

 ママにミナミのめいあんを話したら、「えっ?!」って言われた。そんなに驚かなくてもいいじゃない、ママ。
 ミナミはパパとママのけっこんしきに出たことがあるから、だいたいどんな感じだったのかを覚えてる。パパとママは“できちゃったこん”でね、ミナミが生まれたあとにけっこんしきをあげたの。そこで“ケーキにゅうとう”っていうのをやったんだよね。
 りこんしきでも、“ケーキにゅうとう”をやればいいんじゃない? ってママに話したら、うーん、って言ったあと、「やってみようか。一泡吹かせたいし」って言った。ひとあわって何だろ…?わかんないけど、ママが賛成してくれたならいいや。

 ママはその日のうちにケーキの材料をスーパーで揃えてきて、おいしそうなショートケーキを作った。

「ミナミ、作ったけど、これでうまく行くかな」

 ミナミにはもう1つ、めいあんがあった。ママとスーパーに行ってる間、ずっと考えてたの。ひとあわ、の意味。それで思いついたんだ。
 パパにひとあわ吹かせるための、めいあんが。

「ママ、これ3人分に切り分けて、パパの分だけミナミに貸して」
「えっ、ケーキ入刀なら切り分けたら意味なくない?」
「いいから。ケーキでひとあわ吹かせれば、いいんでしょ?」

 ママからもらったパパの分のケーキに、キッチンにあった透明の洗剤をソースみたいにしてかけた。これなら透明でバレないし、あわを吹かせることができそうじゃない? これでわるもののパパをびっくりさせて、ママとミナミだって本気出したらこわいんだぞ! ってことを思い知らせてやらなくちゃ。

「み、ミナミそれは……」
「これ毒じゃないでしょ? びっくりさせるだけだよ」
「う、うん……」

 パパが帰ってきた。ミナミの前では「パパ帰ってきたよ! ミナミはいい子だね〜」って優しいパパの顔をする。「今日はミナミもお手伝いしたケーキがあるの、食べて!」って言ったらパパはくっしゃくしゃの笑顔で、うん! って答えた。パパが手を洗いに行った時、ママとこっそりニヤニヤしちゃった、へへっ。これからついにりこんしきが始まる。

 お皿を間違えないように注意して、パパにケーキを渡した。
 パパはケーキを口に入れた。うっわ、大きな一口!

「……お、おい、なんだこれは!!」

 みるとパパの口はあわだらけ。ひとあわ吹かせたよ! って思ったけど、大変。結構怒らせちゃったみたい。
 ミナミがいるのに、目の前で、おめぇか? あ? ってママに言い始めたから、あぶない! って思った。だから、パパが立ち上がった時に踏みそうなとこに、ミナミのおもちゃを置いてみた。パパはテーブルの下で動くミナミには気付いてないみたい。おもちゃを置いて、すぐ離れた。だってパパこわいもん。
 ミナミの思った通り、パパは立ち上がって、震えるママに掴みかかろうとした、けど…
 やった、今日2回目の成功。パパがミナミのおもちゃにつまづいた。
 でも、ここからはちょっと思ったのと違っちゃった。

「って!……ったぁ……てめっ」

 パパはミナミのおもちゃでバランスを崩して、テーブルのカドに頭をぶつけちゃった。ありゃ、パパのおでこめっちゃ赤い。血が出てる。
 ママはびっくりして動けないでいる。ミナミもびっくりしたけど、“じごうじとく”じゃない? とも思ってる。こうなったら、もう少し痛がらせとこ。ママにひどいことしたんだもん。パパも同じくらい苦しまなきゃ。多分もうちょっとほっといても、パパは死なない。
 ママが泣き出しちゃった。パパはちょっと気を失ってる。
 だいじょぶだいじょぶ、ママはわるくないよ。だって洗剤を入れたのも、おもちゃを置いたのもミナミだもん。ミナミは子どもだから、けーじさんが来てもママが責められることはない。それに、パパがママにパンチしてたことをミナミがけーじさんに話せば、きっとママはパパと別れられる。ミナミは大好きなママと一緒にいられる。
 ママのことは、ミナミが守るからへーきだよ。

 ……あ、そろそろパパまずいかもね。
 パパが死んじゃうと、多分けーじさんもこわくなる。そろそろ助けを呼ばなきゃ。

 ママも同じタイミングで同じこと考えたみたい。やっぱミナミとママは親子だね。
 でもまだ泣いてるママは、どうしよう、どうすればいいんだっけ、って言って、スマホを持ってる手が震えてる。

「ママ、貸して」

 迷わす119を押したら、すぐに電話がつながった。
 言うべきセリフはちゃんと頭に入ってる。やっぱミナミ天才かも。

「あのね、りこんしきのケーキにゅうとうの途中で、パパが転んで血流しちゃった」

Re: crazy=justice【短編集・タイトル迷走中】 ( No.11 )
日時: 2020/12/09 17:07
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

#11 カタチを下さい

「神崎瑠夏医師によって、被告は統合失調症と診断されています」

私の診断結果が読み上げられて、彼は保護観察処分になった。

「神崎瑠夏医師によって、医学的治療が必要とされています」

私の判断が読み上げられて、彼女は刑の執行猶予が決まった。


毎日のように、瑠夏先生、瑠夏先生、と言ってやってくる患者達。精神科医の私は、彼らの苦しみに名前をつけている。
毎日診断をしながら、精神病にかかった彼らのことを羨ましいと思うことがある。
名前をつければ、苦しみの形が分かるから。もし逸脱した行動を取っても、名前の後ろに隠れてしまえば、自分のせいにはならないから。

いいな。
私の苦しみなんか、どんな診断にも当てはまらないのに。
苦しみだけは確かにそこにあるのに、診断されないだけでこんなにも生きづらい。
私を苦しめた人々だって、診断の網を巧妙にかいくぐる。
せめて、せめてあいつらが何かの病理に侵されていたのなら、許せたのかもしれない。諦められたのかもしれない。
でも、彼らの悪意にも形は伴わない。
形が欲しい。器が欲しい。
苦しみを苦しみと言える、悪を悪だと言えるための、何かが欲しい。

そう思い続けながら、私はその何かを、目の前の人々に与え続けている。
自分じゃ絶対に手に入らないものを、誰かの手に持たせ続けている。
何かが何なのか、完全には理解できないまま。

このまま、精神科医の仕事を続けても苦しいだけだと思っていた。
でもある日を境に、私はこの仕事を唯一の生きがいだと思えるようになった。



患者と医師の関係性がこんなにも素晴らしいものであると気づいた自分は、天才なんじゃないかと思うことがある。

まず患者に台本を与える。患者の人生にストーリーを与えるのも、私の仕事だから。

「いい? あなたはこういう病気なの。病気のせいで、誰かの声に従ってしまったの」

「あなたは病気のせいで、体が勝手に動いちゃったの」

次に私が復讐したい相手を選んで、患者の手で危害を加えさせる。
患者が罪を犯すのは、”病気”のせい。だから仕方のないこと。
彼らの多くは生活に困っている。だけど厳しい刑罰は嫌だろう。
だから軽い刑罰で済むように、予めストーリーを作っておく。
大なり小なり刑罰は受けるけれど、その間衣食住はしっかり確保されている。だから患者も協力的だった。
そして何より、彼らは”病気の素質”を持っている人達。演技と本当の症状がうまい具合に合わさって、絶妙なコントラストを見せてくれる。法廷の人間を騙すには、十分な才能の持ち主だ。
加えて、私は彼らの主治医。患者が絶対の信頼を置いている存在であって、今は誰も私に懐疑的な目を向けない。
あまりに重度の患者だと適用できないけれど、ある程度の患者になら問題なく使える、画期的なシステム。

私は名付けようのない苦しみを、彼らの力を借りて対処している。
彼らは名付けられた苦しみを、私の力を借りてうまく活用している。
—こんなにうまくできたシステムがあるだろうか?


医学部以外ならお前は生きている意味がない、と罵った父。
自分のことは棚に上げて、お父さんの期待を裏切る気? と常に脅してきた母。
浪人しておきながら、私には現役合格しろとずっと強要した兄。
私が壊れかけてたのを知ってたのに、何も言わず去っていった元彼。
医学部に入った途端、早く結婚して家庭に入れと騒ぎ続けた叔父。
精神科なんて医者のうちに入らない、と貶した隣家のおばさん。

私は親が敷いたレールを真面目に歩いてきた。
兄やいとこのように逸れることなく、与えられた形をひたすらなぞって生きてきた。
とびきりの良い子のはずなのに。いくらでも褒められる価値があるのに。
その見返りがこれ?
医学を勉強する中で、唯一興味を持てたのが精神医学だった。ここだけは譲れなくて、私は外科に行けという両親の反対を押し切った。成人したのだから、1つくらいはわがままが許されると思っていた。
自分のためにした選択は、周りからことごとく批判された。

辛かった。
辛かったのに、周りに話せば「期待されてるんだよ」「悩むことじゃないよ」としか言われなくて。


でも患者は私を批判しないから、居心地が良かった。
瑠夏先生、ありがとう。瑠夏先生がいたから立ち直れた。
そんな言葉も聞けた。
私の苦しみは話せなかったけど、患者に感謝される。称賛される。患者に私は大事なものを与えている。
その感覚が、私に生きる楽しさを与えた。


もう、自分の思うがままに生きたい。そう思っていた。
だから、私の苦しみを文字通り患者に対処してもらうことにした。

あと4人。

でも私の周りで事件が起きて、主治医が私ならきっといつかは怪しまれる。そんなの分かってる。私は両親によって利口に育てられたから、そこまでバカじゃない。
だから、次回以降は知り合いの知り合いに主治医を委ねるの。彼に私のシステムを教育して、従わせる。
…難しい? そんなことないよ。
彼には、愛の形をあげればいい。偽りでも、一瞬でも。



私に苦しみの形をくれれば、それでいい。どんな手段でも、形さえあればいいの。
他の形は、愛でも慈しみでも何でも、どんなものでもあげる。



だから、私にカタチを下さい。

Re: crazy=justice【短編集・タイトル迷走中】 ( No.12 )
日時: 2020/12/18 17:52
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

#12 仏滅の夜に祝杯を

電話が何度鳴ろうと、メッセージが何度来ようと、俺は頑なに無視した。震え続けるスマホがあまりにうざったくて、丸ごと叩き割ってやろうかとさえ思ったくらいだ。
やっとバイブレーションの嵐が止み、ポケットからスマホを取り出してみる。…ほらな、やっぱり。それにしても今日は特に通知が多い。
明るくなったディスプレイは、俺の妹の名前が書かれた通知で埋め尽くされていた。不在着信28件。よくまぁかけ続けられるもんだ。メッセージに至っては42件。懲りない奴。きっと母親も一枚噛んでいる。
通知を開かないままスマホをポケットに戻そうとしたら、また小刻みに震え出した。なんなんだよ、さっきから。
舌打ちをして通話ボタンを押す。

「あ?」

『やっと出た…ねぇ、場所も送ってるんだから。早く来てよ、お兄ちゃん』

んなもん知るか。
少しの沈黙の後、かすれた妹の声がした。

『バカ…間に合わなかった』

「それはご愁傷様」

『え、ねえお兄ちゃん、それは流石にひどいんじゃな』

妹の言葉が終わらないうちに電話を切った。
何がひどいだよ。どっちがひどいんだよ。
俺がどう感じようと、あいつには全く関係ない。むしろ俺がいなくて、清々しい気持ちで旅立てたんじゃねえか? 逆に感謝して欲しいくらいだ。

娘がいれば、妻がいれば、それで良かったんだろ。

何をやっても選ばれて、優秀な成績を修めてしまう妹と、元女優の妻がいれば。

何をやってもクラス単位ですら最下位になる俺なんか、最初からあいつの眼中にはなかった。きっと血縁があること自体、反吐が出るほど嫌だったに違いない。俺だって、自分を呪った。妹のような才能も、母親のような美貌も、あいつのような尖った知性もなぜか身につけていない自分を。だからあいつは、文字通り俺を追い出した。俺の19歳の誕生日に。

「いいか? 今日を以て、俺の中でお前は死んだんだ…めでたいな」

母親は、愛情の裏返しだと言った。妹は、お兄ちゃんだけ一人暮らしできてズルいと言った。

ざまあみろ。溺愛した2人と一緒に暮らせたのは、たったの3年じゃないか。俺と過ごした時間の方がよっぽど長い。残念だったな。

またスマホが震える。妹から30回目の着信だ。

「んだよ」

『…お父さん、最期になんて言ったか分かる?』

母親の声だった。あいつが愛した、母親の声。最愛の相手を失った彼女の声は、涙で濡れていた。

「知るかよ」

『あなたに会いたいって。あなたが1人で逞しく育った所を、見たいって』

「逞しく?」

『娘にはつい甘くなっちゃうけど、本当は息子の方が可愛かったって。でも父親が息子を溺愛するのは良くないから、わざと距離を取ったんだって』

「でも、あいつは、死んだって。俺の誕生日に、俺を追い出して、お前は死んだって」

『そうでもしないと、あの人も踏ん切りがつかなかったのよ。それくらい、愛していたの。期待していたの。俺の子だからって。あなたが出て行ってからずっとずっと、心配してたんだから。結局お兄ちゃんのことしか見てないよね、って娘に言われるくらいに』

「俺だけ追い出しといて、何で、何で今更」

『だから、謝りたかったって。一瞬でもいいから、会いたかったって。入院してからあの人、あなたのことしか話さなかった』

「………」

『ね、聞いてる? お兄ちゃん聞いてるの? お兄ちゃ』

母親の言葉も途中で切った。
きっとそうやって、うまいこと俺を丸め込んで巧妙に涙を誘って、後悔させようという魂胆だ。どうせお前らには分かりゃしない。俺の苦労なんて。
突然で仕送りもないまま、訳も分からずに一人暮らしを始めて、必死こいて稼いで、でも稼いだ金はすぐ家賃に消えて、何のために生きてるのかさえ分からなくなっていた俺のことなんか、分かりゃしない。父親の安定した給料と、女優時代のギャラに守られて生きてきた妹なんかには特に、分かるわけがない。

今度こそポケットにスマホをしまった俺は、商店街へと向かった。
普段立ち止まったこともない店に入って、5号サイズのショートケーキを買う。適当にろうそくをもらって、適当に保冷剤をもらって、プレートはいらないですと言った。ケーキを買うのには、コンビニよりも倍以上の言葉を使わなくてはならない。多くの酸素を消費しないとケーキ1つも買えないことを知って、うんざりする。ケーキ屋に溜まった客の二酸化炭素がショーケースを侵食するように見えて、またイライラする。周りの客がみんな目をキラキラさせて私たち希望に満ちてますみたいな顔をして、反吐が出そうな思いになる。多くの二酸化炭素を含んだケーキを持ち帰るのにも手間がかかって、全て投げ飛ばしてやりたい気分になる。

負の気持ちを何とか抑え込んで、誰もいない家に帰ってきた。おかえり、の言葉がない家。3年も住めば慣れる。今ならきっと、おかえり、がある生活の方が気持ち悪く感じるんじゃないかと思う。

丁寧に包まれた箱を乱暴に開けて、保冷剤を乱暴に外して、ガスコンロの火を1本のろうそくにつけて、全てのろうそくをケーキに差し、火をつけた。真っ暗な部屋に、ろうそくの火がゆらゆらと揺れる。客の二酸化炭素のせいか、燃え方が少々頼りないけど、まぁよしとしといてやろう。
もしそんなに俺と会いたかったのなら、祝ってやるよ。
お前がいなくなったことを、俺が祝ってやる。最愛の息子の俺が、心から。
俺の中でお前は死んだんだ。めでたいな。

Happy death day to you.

冷蔵庫から缶ビールを取り出し、珍しくコップに注いでみた。
ろうそくの炎と相まって、黄金色がよく映える。綺麗だ。

仏滅の夜に祝杯を。

俺がわずかに息を吹きかけると、ケーキの上の灯は簡単に姿を消した。


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