ダーク・ファンタジー小説

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祈りの花束【短・中編集】
日時: 2021/02/23 18:05
名前: 厳島やよい (ID: l/xDenkt)
参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=20203

 春と秋特有の夕方ごろの空気感が、どうにも憂鬱で苦手です。

店先もくじ >>26

Re: Nerine ( No.1 )
日時: 2020/08/08 07:22
名前: 厳島やよい (ID: sNU/fhM0)


 わざわざコンビニで水を買うなんて馬鹿らしい、と、昔からよくひとに言われてきた。僕らは家で蛇口をひねれば、美味しい井戸水が実質タダで飲めるのに、というのが彼らの言い分である。
 もちろん、子どもの頃は我慢していた。お菓子もジュースもほとんど口にしたことがないくらい、当時はけっして裕福といえない家庭だったし、そんなつまらないことで両親に迷惑をかけられまいと考えていた。けれどもう、自分で稼いだ金をある程度は好きなように使える歳だ。正直、そっとしておいてほしい。法に背いているわけでもないのだから。
 そんな思考を、今しがた購入したばかりのミネラルウォーターとともに飲み下す。やはり常温がいい。ただでさえ冬が近づいてきて、今朝も白い息が出るほどだというのに、僕が冷たい井戸水など、はたして自ら飲む気になるだろうか。手洗いへ駆け込む未来しか見えない。
 まだ半分以上中味の残っているボトルを閉め、パンやらチョコレートやらがたくさん詰まった袋にしまって、歩き出す。
 試験もレポートの提出も終えた。ゆえに登校以外での外出も久々だ。朝日の光が目にささりそうなほど痛いけど、手っ取り早く自由を満喫したくて、ひとまず食料(と呼ぶにはいささかジャンキーだが)調達へと近所のコンビニに足を運んでいたのである。帰ったらまずは、買ってきて以来手をつけられなかった漫画でも読みあさろうか。そのつぎは夜中までひたすらゲームを進めて……。
 そこまで考えたところで、足元にぶつかる感覚があった。なにかの破片のようだ。不規則に連なるそれを目で追いかけていくと、正体は、門のそばの割れた鉢植えだった。土と一緒に道までこぼれていきそうな、しおれた植物が生えている。さっきは反対の歩道を通っていて、おまけに携帯を開いていたものだから、まったく気づかなかった。

「あ……ここ、和田さんちだったっけ」

 あくまでも過去形なのは、もう住人がこの世に存在していないからだ。二年ほど前まで知り合いの老夫婦が住んでいたのだけれど、奥さんが交通事故で、その後追うように旦那さんも脳溢血で倒れてから、空き家のままなのである。
 無責任と言われてもしかたのないことだと、頭ではわかっているのに、飲みかけのペットボトルの蓋を開けていた。幼い頃、ふたりにはお世話になったおぼえがある、だからかもしれない。茎の先にいくつか蕾らしきものもついているし、運が良ければ花の咲いたところを見られるかなともと思った。
 根元の乾ききった土に、すこしずつ、すこしずつ、水を流し込む。小学生のときに育てていたアサガオだかヒマワリだかを、水のやりすぎで枯らしてしまったことがあるので、少なすぎると思うあたりで留めておいた。

「元気になれよー、強制はしないけど」

 季節的にしかたのないことだが、もう、長らく雨が降っていない。これがひとの手入れを必要とするようなものなのだとしたら、この地域の環境は酷だろう。
 よく、ここまで生きてきたねと。気づけば声がもれていた。


 計画通りに自由を謳歌しつつ、二・三日おきに謎の植物へ、常温のミネラルウォーター、少量の水やりをつづけていたら、みるみるうちに様子が変わってきた。もちろん、良い意味でだ。
 そうして二週間近くが過ぎたころ、ついに、花が咲いた。

「うおー、なんかいきなりだね。すごいや」

 遠目にみると、ヒガンバナに雰囲気が似ている。
 すっかりこの花に話しかける癖がついてしまったが、信号機が意味をなさないほどに人通りのない田舎町なので問題はない。そういえば、植物に音楽を聴かせながら育てる人もいるとか、どこかで聞いたことがあるな。

「もうすぐ雨が降るんだって。だから、きょうは水、無しだよ」

 陽の光にあたると、淡いピンク色のちいさな花びらがきらきら輝いて、とても綺麗だ。露がついているわけでもないのに、どんな仕組みなんだろう。
 茎も葉も、みずみずしくまっすぐに緑が伸びている。あの日枯れかけていたのが嘘のように。
 近所(自宅から田んぼ四つほどを隔てた先)に住む、幼馴染みのナツミに撮って送ってやろうか、と、手を伸ばしたポケットに携帯電話が入っておらず、軽く落胆してしまう。これでもゲームのメインシナリオ完走で徹夜明けしたばかりなのだ、生憎、わざわざ取りに戻る気力はない。
 しょうがないかとあきらめ、僕はいつものようにコンビニへ、きょうのご飯と水を買いにいくことにした。
 久々の雨が町に降り注ぎはじめたのは、それから三日後、日曜日のことだ。


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