ダーク・ファンタジー小説
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- 人畜無害な短編集
- 日時: 2020/08/27 23:27
- 名前: 神崎慎也 ◆bb6OCCHf8E (ID: .BPVflqJ)
これらは人畜無害な短編集です。
基本的に投稿されるお話は全て独立した作品です。
もくじ(Index)
>>0 スレッドの紹介
>>1-3 「幸せの景色」
>>4 「自撮り防止機能」
>>5-9「霊感」
>>10「悪夢」
>>11「魅惑の肉汁うどん」
- Re: 人畜無害な短編集 ( No.3 )
- 日時: 2020/08/14 02:10
- 名前: 神崎慎也 ◆bb6OCCHf8E (ID: .BPVflqJ)
何人もの顔を不可視化した。顔だけじゃ飽き足らずその人の姿そのものを消したりもした。
顔を見なくていいというのは確かに中西の人生を好転させる材料になりえたかもしれない。しかし、度が過ぎてしまった。
オフィスには様々な声が行き交ってひとりでにキーボードが動いたり書類がヒラヒラと宙に浮いて上司のデスクへ運ばれていったりと、とてもシュールだった。
中西は仕事に関わる人間の姿を何も見ることが出来なくなっていたのだ。
そして、そこからは早かった。
ある日いつものようにオフィスに入ると自分のデスクに知らない男が座っていた。
オフィスの人間は誰も見ることが出来ないはずなのに見えるという事は?
「中西。もうお前の席はないぞ?邪魔だから帰れ。」
どこからか聞こえてくる加藤の声。
俺のデスクに座っていたソイツは俺の方を見ると、呆れたような笑みを見せたのだった。
ドンドンドン!!という大きな物音で目が覚めた。
ドアを強く叩く音だ。
「中西さーん?借りてたもんはきっちり返しましょうよー!」
「いるの分かってんぞ!」
ドアの前に居るのはグラサンでスーツでガラの悪い男たちだろう。
会社をリストラされ視覚を売ることで食いつないできたが流石に無理があった。
もちろんの事、グラサンの男たちも中西には見えない。そういうのは真っ先に売って金にした。
それでも生活していくのがやっとで借金を返す余裕などなかった。
しばらくすると男たちは堪忍したのか飽きたのかドアを叩く音と声が止んだ。
リストラされてからどれくらい経ったのだろう。時間感覚がハッキリしない。
中西は妻と娘が去ったあとの寂しさが滞留する自室の床に座り込み呆然と考える。
そもそも景色を売ることで自分は何を得たのだろう。最初の頃は確かに好転したように見えた。上司や後輩に言いたいことが言えてそれなりに心も充実していたはずだ。
それなのに。
会社をクビにされ借金取りに脅される毎日。見えなくなることなんて、やっていることは現実逃避だ。
ここにきて中西は自分のしてきたことを悔いていた。今更ながら売った景色を返してほしいなんて思っていた。
「(もう、あそこへ行くのは止めよう。目の前の現実を受け止めて生きて行こう……。)」今自分に出来ることは、とにかく職を見つける事。ならまずは、外へ——。
しかし。
プルルルルルと中西が今まさに立ち上がろうとしたその時、一本の電話が鳴った。
電話が鳴るなんて何日ぶりだろう。というか誰だろう。恐る恐るといった感じで受話器を取って耳に当てる。
「あ、あなた……っ!? 大変なの! あのっ!る、るりが……っ!」
聞き覚えのある声。でも、聞いたことない位その声は震えていて。
「千代……? 瑠璃が、どうしたんだ……?」
「地図スマホに送るからっ!とにかく今すぐ来て!!」
そういうと電話は切れてしまった。直後、スマホに示された場所は、中西を凍り付かせるには十分だった。
「病院……!?」
中西は家を飛び出していた。なけなしの金を握りしめタクシーを止めて病院へ急行した。
息を切らしながら教えられたとおり、娘の病室の前に着きスライド式のドアをゆっくりと開けた。
目の前に現れたのは小さく肩を震わせてベッドに寄りそう妻の後ろ姿。そして。
見たことも無いような器具とおびただしい数の管でぐるぐる巻きにされた娘の姿だった。
気づいたら中西は自分が娘のベッドに駆け寄っているのが分かった。
人工呼吸器を付けた娘は目を閉じている。涙ながらに千代は声を発した。
「学校の帰り道、信号を無視した車にはねられたの……。」
「そんな……っ! 瑠璃は治るのか?無事なんだよな!?」
中西はたまらず千代の肩を揺さぶっていた。千代は悲しげな顔で目線を反らして言う。
「今すぐにでも大きな手術が必要なんだけど、お金が無いの……。
金。そんなもの中西だって喉から手が出るほど欲しかった。
仕事をリストラされてろくな収入などなかった彼には一度にまとまった大金を用意するなんて出来るのか。
「(いや、一つだけ方法がある。アレに頼れば、)」
思いついて少し自分が情けなくなる。
「(結局、俺はあの場所に縋るんだな……。でも、今はこれしか手段がない。変わるって決めたもんな)」
「分かった。金なら俺が何とかする。」
「えっ……? あなた、本当に……出来るの!?」
「任せろ。俺の口座に振り込んでおくから使ってくれ。」
「そんな大金、どうやって……」
千代が何か言いたげだったが中西はそれ以上聞かなかった。代わりに娘の顔を見て決意を固めると、そのまま飛び出すように病室を後にした。
ひたすら走った。もうタクシーに乗れる金など無かった。
苦しくても、足が痛くても、とにかく前へ。
しばらく走ってフラフラになりながら目的地に着いた。
その建物は、もう何度も見てきた4階建ての廃ビル。そして、"その景色、売りませんか?"の看板。
もうここには来ないって決めた矢先にあんな事が起こるなんて。これは神様の悪戯というやつなのだろうか。
迷わず中に入って店内へ。レトロなバーを連想させる扉を開けると、やはりいつものように受付の女性が笑顔を見せる。何故かこの時、ちょっと救われたような気持ちになった。
心を落ち着かながら待合室にいると、白衣の青年がやってきた。
「中西さん。それではまいりましょうか。」
案内されて入った診察室も何度も見てきた景色だ。
そして中西は告げる。
「俺の視覚を全て売ったらいくらになりますか。」
白衣の青年は機器の準備をしながら答える。
「すべてとなると、宝くじの一等の倍の額は確実かと。」
「そうですか……。なら、俺の視覚を全て売ってください!」
白衣の青年の動きがピタリと止まり、こちらに顔を向ける。
「本気でおっしゃっているのですか?」
「当たり前です。その為に、俺は此処へ来たんです!」
白衣の青年は何を考えているのか、怪訝な顔でしばらく無言になった後こう答えた。
「分かりました。しかし、すべての視覚を抜き取った後、脳に何らかの障害が発生する可能性があります。そこは自己責任という事でご理解頂ければ幸いです。」
「覚悟の上です!」
「そうですか。承知いたしました。ではこれより施術を始めます。」
白衣の青年の手によってヘルメットが付けられる。それはいつにもまして重く感じるのは何故だろう。
白衣の青年はいつものようにモニター操作へ移る。
「それでは中西さん。目をゆっくりと閉じてリラックスしてください。今回は視覚そのもの除去という事で特に何かをイメージする必要はありません。とにかくリラックスしていてください。」
中西は青年の声を聞きながらぼんやりと考えていた。視覚が無くなるとどうなるんだろう。妻や娘の顔は見れなくなってしまうのだろうか。
なら、俺は今何のために体を張っているのだろう。いや、家族の為に決まっている。
今自分が初めて父親らしいことをしてあげられているように感じた。
ゴーグルが強く発光して中西の意識は間もなく薄れていった。
「中西さん。体起しますねー?」
元気な女性の声。
体を支えられながら上半身を起こす。周囲は消毒用アルコールの匂いが充満している。
どうやらここは病院らしい。しかし、目は開けても閉じても真っ暗だ。
「中西さん。今日は面会にいらしてるみたいですよ?良かったですね!」
面会?なんの話だろう。
中西にはこれまでの記憶が欠如してるようだった。もう目は完全に見えていない。
「面会が終わったら、今日もリハビリ頑張りましょうねー!」
いうだけ言うと元気な女性の声は部屋から出て行った。
しばらく呆然とベッドに体を預けていると、なにやらガラガラとドアを開ける音が聞こえた。さっきの元気な声の女性看護師かと思った中西だったが、
「パパー!」
その声は、綺麗なソプラノだった。そして、なによりも。
聞き覚えのある声だった。
声の方向が定まらない中西が首を動かしていると胸元から肩にかけてバサッと抱きしめられた感覚がした。
その温もりはとてもやさしくて、懐かしいものだった。そして、この温もりも知っている。
何が何でも守りたかったもの。
遅れて病室に入ってきたもう一人の声。
「あなた……!」
この声も、知っている。この二人の名前は、確か。
「瑠璃……、千代……、」
自分の声が思いのほかか細くなっていたことに驚いた。声はちゃんと届いただろうか。
漆黒の視界なのに、なぜか自分の目からは涙がこぼれていくのが分かった。
「ねえ、あなた。私たちまたやり直せないかな。やっぱり私も瑠璃も、あなたが必要よ……?」
千代の声は少し震えていた。瑠璃も泣いているようだった。
記憶が徐々に鮮明になってゆく。
ああ。あの時、離婚届に印を押さなくて良かった。こうして、再び幸せを掴むことが出来た。
「そうだな。やり直そう……!」
千代は今どんな顔をしているのだろう。瑠璃も、今どんな顔をして俺に抱きついているのだろう。中西はそれが一番知りたかった。でも。
「(そうか。俺には、もう、)」
「なにも、見えないんだ。」
完
- Re: 人畜無害な短編集 ( No.4 )
- 日時: 2020/08/18 18:00
- 名前: 神崎慎也 ◆bb6OCCHf8E (ID: .BPVflqJ)
タイトル「自撮り防止機能」
リサイクルショップ。主に中古の商品を取り扱うお店だ。電化製品や家具なんかの他にも何やら用途が良く分からない商品が並んでいるのが一部の客の心を鷲掴みにしているという側面も持つ。
大学2年生である伊藤 煉(いとう れん)もその一人。
彼は決して授業をサボっている訳ではなく、午前中の早い時間に授業が終了したため来店しているのだ。
しかし別に授業が早く終わらない日は来ないという訳でもなく、週に1回は必ずこの店に顔を出している常連だった。
特に目的の品がある訳ではない。寧ろ、目的の品が無くてもふらっと立ち寄ってしまえるのがリサイクルショップの利点だと考えていた。
彼がいつものように商品を眺めているとき、あるものが目に留まった。
「(これって、結構掘り出しものじゃないのか!?)」
それはレトロなデザインのカメラだった。銀色の金属部分と木材を思わせる茶色の対比が絶妙にマッチしている。そして安い。税込みで1200円。
煉はたまらずそのカメラを手に取っていた。
なんだか軽そうな見た目とは裏腹にズシリと重い。
アンティークのフィルムカメラなのかと色々弄っていると充電式のバッテリーが出てきた。
見た目に反して性能は新しいものらしい。あまりの安さにワケアリ商品を疑ったが、特に欠陥は見つからなかった。
何気なくカメラが置かれていた商品棚を見ると、一眼レフカメラ!と大胆に記載している張り紙が張ってあった。しかし、煉が気になったのはその下に書かれた一文
『※自撮り防止機能付き』。
「(なんだこれ?自撮り防止機能?)」
良く分からなかったが自撮りには元々興味が無かったので自分は関係ないとてきとうに片付けた。
何よりもデザインと性能のギャップに完全に虜になった彼はこのカメラを購入することにした。
念のためレジの女性に聞いてみることにした。
「すみません。この自撮り防止機能ってなんなんですか?」
「はぁ……。ごめんなさい、商品の事は詳しくは把握していなくて、分からないんです……。」
「ああいえ、大丈夫っすよ。」
まあ、分からなくても無理はないかとてきとうに返事をして店を出た。
スマホの時計を確認すると13時を示していた。
取りあえず腹が減った。目に入った定食屋に行くことにする。
今が平日の昼間だからなのか定食屋は比較的空いていた。
生姜焼き定食を注文し、待っている間にカメラを取り出してみた。
電源ボタンを押すと小型の液晶が光り出す。どうやら充電は意外とあるらしい。
そうこうしている間にテーブルに運ばれてきた生姜焼き定食にピントを合わせ、試しに一枚撮ってみた。
ちゃんとしたカメラで写真を撮るのは実は初めてだったのだが画質もきれいで文句なしの性能だ。
「(帰りにちょっと公園でも寄って行こうかな)」
煉は昼食にガッつきながらそんなことを考えた。
歩いて10分もかからない自然公園にやって来た。
此処は砂場やジャングルジムなどが置かれているタイプの公園ではなく、舗装された森林の中を歩ける散歩コースや見晴らしのいい原っぱなどが広がっていた。
こういう公園の方が被写体探しには向いている。
カメラを取り出し、全体の風景を撮ってみた。緑色の草木が綺麗に映し出されている。
その後も煉は昆虫や鳥、石垣や親子の遊んでいる姿など色々なものを撮った。
しばらく撮影していた煉だったが一息つくために一度ベンチに座り今まで撮った写真を見返していた。そこで彼は思い出した。
「(そういえば、自撮り防止機能って結局どうやって設定するんだろう。)」
設定画面を色々操作してもそれらしい画面は出てこない。
「(もしかして、自撮りをしないと設定できないとかなのか?)」
そう思った煉は試しに自撮りしてみることにした。
自分にカメラのレンズを向けて、シャッターのボタンを押した直後、
ベンチから彼の姿は消えた。
そして、
地面に落下したカメラだけが残された。
【end】
- Re: 人畜無害な短編集 ( No.5 )
- 日時: 2020/08/22 00:06
- 名前: 神崎慎也 ◆bb6OCCHf8E (ID: .BPVflqJ)
タイトル「霊感」
今日は髪の毛を引っ張られて殴られた。
泥だらけの少年は校庭の芝生に仰向けになりながら右手で赤く腫れあがった頬を撫でていると何やら声が聞こえてくる。
「かわいそう」
「かわいそうに」
「かわいそうだなあ」
のろのろと起き上がり声のする方へ視線を向けると、着物をきた男女数名がこちらを見ながらブツブツと呟いていた。
「誰のせいでこんな目にあってると思ってんだよ……!」
少年は決して大きな声ではないが力の籠った声で着物の男女の会話を遮る。
服に着いた泥や汚れを払いながらその場を後にしようとする少年を着物の男女は最後まで蔑むような目で見送るのだった。
おそらくさっきの男女も他の人には見えないのだろう。そもそも、こんな真夏のクソ暑い中、着物を着ている男女が校庭にいるはずがないのだ。
現に先ほど少年をボコボコにした同級生のイジメっ子3人組にしても、誰一人として着物の男女に気づいた者はいなかった。
だとすれば、あれは人ならざる者。つまり、幽霊と呼ばれるものの類という認識で間違いないだろう。
少年自身、いつからそんなものが見えるようになったのかはハッキリと覚えていない。
一つ言えるのは、小学5年に上がった現在でもそれらを見る力は消えていないという事だ。この力のせいで少年は学校や同級生から理不尽な扱いを受けてきた。
自分以外には見えない存在というのは厄介で、少年がどれだけ主張しても嘘つき呼ばわりを余儀なくされてきた。友達はおろか少年はイジメの恰好の的となっていた。
家路についている今でもこちらを見てくる髪の長い女や蟻んこサイズのオジサンとすれ違ったが無視を貫いた。少年はもうウンザリしているのだった。
少年は真っすぐ家には帰らず近くの公園に立ち寄った。
なんとなく、ボコボコにされた直後に家に帰りたくなかった。自分が今どんな顔をしているのか。少なくとも明るい表情を保てる自信はなかった。
夕暮れの強烈なオレンジ色に照らされる遊具。小さい子供たちはみんな家に帰ったのか、公園は無人だった。
とりあえずブランコに腰かけることにする。人は何故暗い気持ちになるとブランコに乗ってしまうのだろう。ドラマや漫画で見るような哀愁がそこには満ちていた。
少年は俯きながら今日あったことを思い出す。
あれは体育の授業の時間、今日はドッジボールをやった。少年にパスが回ってきたとき確かに相手に投げ返したが少年は腰のあたりを狙ったはずだった。
しかし、少年が投げた球の軌道は不自然にねじ曲がりイジメっ子3人組の一人の顔面に命中したのだった。名前は確か小林だったか。
実は少年には見えていた。投げる直前でボールを横取りした小さな女の子がそのまま相手のコートへ走りイジメっ子の顔面に思い切りぶつけ舌を出して無邪気に笑う姿を。
だが、言うまでもなくそれは少年にしか見えない存在。当然周りには少年がイジメっ子の顔面を狙ったとしか思われないのである。
結果、少年は放課後に校舎裏に呼ばれ髪の毛を引っ張られてボコボコにされたのである。
自分で思い出しておいてなんだが、より一層暗い気持ちに包まれていた。
そこに。
「君!そんなところで何をしてるんだい??」
ビクゥ!!と突然声をかけられ肩を震わせる少年は声の方を見る。
それはセーラー服に身を包んだ女だった。中学生なのか高校生なのかは小学生である少年には区別がつかない。肩にかかるくらいの黒髪は夕焼けに照られ透き通った印象を与える。顔立ちは割と整っていて少なくとも悪い印象を与える要素は見つからない。
彼女はソプラノの声でハキハキとした喋り方だった。
「もうすぐ日が暮れるというのに、ひとりぼっちで何をやっているんだい??」
「別に、お姉ちゃんに関係ないでしょ。」
流石に怒られるかと思ったが、彼女の表情はパァー!っと明るくなっていった。
「おぉー!これが噂のツンデレというやつですかな!?でもね君、私は心配してあげているんだよ??」
「それはどうも。でも自分の心配した方が良いと思うよ。オレなんかと話してたら、お姉ちゃんもイジメの標的になると思うし。」
「君、もしかして虐められてるの!?」
思わず口が滑ってしまった。あまり自分が虐められていることを人に知られたくなかったのだが。
馬鹿にされるか、あるいは分かりやすく正論で慰められるのかと考えていたが、突如少年の思考は遮られた。
理由は単純
彼女が少年の元に駆け寄りギュッっと腕を回して抱きしめられたからだ。
「えっちょっ。なにして、」
困惑する少年を無視して彼女は声を震わせて叫ぶ。
「づらがっだねえぇぇぇ〜!ワダジが味方になっであげるからあぁぁぁ〜!」
その言葉は涙と嗚咽にまみれて聞き取りにくかったが少年の為に本気で号泣してくれているというのは分かった。
今までも優しい人は確かにいたが、自分の為に号泣するような人は居なかった。
「(ああ。甘い良い香りがする。温かい。)」
少年は初めて人の温もりというものに触れた。
しばらく泣きじゃくったあと彼女は少年の両肩に手をトン!と置いて顔を凝視する。
「何かあったら、またここにおいで!私は君の味方だからさ!」
「ありがとう。」
「ところで君、名前は??」
「僕の名前は結城 空。」
「ゆうき そらくんね!私は美島 咲!サキって呼んで!君の事も空君って呼ばせてもらうね??じゃあ、空君。また会おうさらば!」
そういうと彼女は駆け足でその場を去っていく。
「うつくしま、さき。」
少年は誰も居ない公園で一人彼女の名前を呟いていた。心なしか体が軽くなったように感じた少年は勢いよくブランコから立ち上がり家路につくことにした。
- Re: 人畜無害な短編集 ( No.6 )
- 日時: 2020/08/22 00:13
- 名前: 神崎慎也 ◆bb6OCCHf8E (ID: .BPVflqJ)
昼休みのチャイムが鳴った。
給食を終えクラスメイト達は各々と体育館や図書室などへ遊びに行く中、少年だけは窓際の席から一歩も動く事なく外をボーッと眺めていた。
ひとりぼっちの休み時間には慣れていた。というか、寧ろこっちの方が正常という感覚ですらあった。今まで友達になろうと近づいてきた人は多かったが、最終的には少年に怯えて離れていった。
何度かそういう事を繰り返しているうちに噂が広がり結果的にクラス中の生徒に避けられているという訳である。
昼休みも残り10分弱となった。
少年はトイレに行こうと席を離れ、廊下に出た。学校の廊下は窓が付いており中庭を見ることが出来る。しかし、少年はこの中庭にいい思い出が無い。大抵見えるとしたら中庭が多いからだ。
そう分かっていたが何気なく中庭に視線を移した時、少年は思わず立ち止まってしまった。
視線の先には中庭から窓越しにこちらの廊下を凝視している女がいた。白っぽいドレスのようなヒラヒラした服を身に纏い、髪は長すぎて女の顔を覆い隠してしまっているため表情を見ることはできないが、邪悪なオーラを漂わせているのは表情を見なくても分かる。
しかし、少年が立ち止まった理由は邪悪なオーラを感じたからではなく。
「(あの右手に持ってるものって、包丁か……?)」
髪の長い女は中華包丁を握りしめていた。あんなに派手な見た目なのに廊下を歩く他の生徒には誰一人認識されていない。つまり不審者ではないとすると、やはり。
少年はあの女が何を見ているのかが気になった。女が見ている方向へ少年もゆっくりと視線を向けるとそこには。
少年を目の敵にしているイジメっ子3人組の一人である小林が数メートル先を歩いていた。そして長髪の女は小林の歩くスピードに合わせってゆっくりと首を動かしている。
「(小林、まずい!?)」
ゾワリと少年の中に嫌な予感が雪崩のように流れ込んできた。そしてその予感を逆に察知するように次の瞬間、女は包丁を持ったまま右手を振り上げてそのまま走り出した。
小林に狙いを定めながら。
「……ッ!!」
少年は思わず走り出していた。狙いは女ではなく小林。もはや突進する勢いで廊下を全力で駆ける。
小林の方は全力で向かってくる少年に気づくと目を丸くして声を絞り出す。
「ゆ、結城!?ちょっ、あぶねぇ!」
そのまま少年が小林に全体重をかけて突き飛ばした直後。
バリィーン!!という硝子の割れる音が響いた。
少年がゆっくりと目を開けると自分が小林に覆いかぶさるような体勢になっているのが分かった。
女は何処へ行った?恐る恐ると言った様子で少年は窓ガラスの方へ首だけを動かす。ガラスは大きな穴を中心に葉脈のようにヒビが入って割れていたが女の姿はない。
ホッと胸をなでおろす少年はそこで気づいた。小林の様子がおかしいことに。
「こ、小林……!?」
よく見ると小林の額には赤黒い痣が出来ており彼自身も苦痛に耐えるような表情を見せながら時折「うぅ……」と低く唸る。
小林は少年に突き飛ばされた衝撃で廊下に頭部を強打していたのだ。
「「「きゃぁあああああああああああああああ!!」」」
頭が真っ白になっていた少年の思考を切り裂くような生徒たちの悲鳴がワンテンポ遅れて廊下に響き始める。それが引き金となるように、辺りは混乱に包まれていた。
悲鳴を上げる生徒の他にも、ただ呆然と立ち尽くす生徒や職員室へ走る生徒がいた。
どれくらい時間が経ったのだろう。先生がやって来たようだ。
「ガラスには触るな!結城!一体これはどういう事だ!!」
先生は小林に覆いかぶさるような姿勢のまま固まっていた少年の腕を掴み引きはがすと小林に意識があるのか心臓は動いているのかなどを確認し始める。
その間も先生は少年に対して吠えるように何かを言い聞かせていたようだが少年にはその声はノイズがかかったように上手く聞き取れていなかった。
何よりも目の前に広がった惨状に頭の整理が追い付かず、とにかくガクガクと震えることしか出来なかった。
そこで少年は何やら冷たい視線のようなものを感じ顔を上げると、廊下の隅に先ほどの長髪の女が見えた。女は中華包丁の峰部分に舌を這わせながら目を細めて嘲笑しているようだった。
- Re: 人畜無害な短編集 ( No.7 )
- 日時: 2020/08/22 00:17
- 名前: 神崎慎也 ◆bb6OCCHf8E (ID: .BPVflqJ)
「この度は、本当に申し訳ございませんでした!」
母親の声が校長室に鳴り響いていた。
隣で深々と頭を下げる母親の姿を見ていた少年だったが、すぐに後頭部を掴まれ少年も強引に頭を下げさせられた。
あの一件はどう考えても長髪の女が悪い。少年は長髪の女から自分をイジメてくる小林を庇おうとしたのだ。しかし、そもそも長髪の女など少年以外には見えない。だとすれば、周囲の生徒や小林本人にはどう映るのか。
少年が小林を突き飛ばし、小林が窓に頭をぶつけてケガを負った。少年が一方的にケガを負わせた罪人としか見られないのである。
「もういいです。謝られたところで、息子のケガの治りが早くなるなんてことないですから。」
親子に頭を下げられても尚、怒りを隠しきれずに震えたような声で言い捨てるのは小林の母親だった。
彼女はイスに座ったままこちらに目を合わせようとはしない。特に少年に対しては空気の扱いと同然だ。
「ただまあ、お宅の息子さんについては母親であるあなたの躾が不十分だったのが原因なんでしょうけど?」
「息子にはきちんと言い聞かせます!ホントに、申し訳ありません!」
少年の母親はもう泣きそうになりながら声を絞り上げて頭を下げ続ける。今までも霊に悪戯をされて少年の立場が悪くなることはたくさんあった。でも、こんなのは初めてだ。
少年は全ては霊のせいだ弁明したい気持ちを奥歯で噛みしめて母親の隣で頭を下げた。
結局、少年の母親が用意した菓子折りには一切手を付けず小林の母親は校長室を後にした。
「今回の件を心に深く刻んで家に帰ってからもしっかりと話し合ってください。」
先ほどまでのやり取りを苦い顔をしながら聞いていた校長が重々しく言い放つ。
「はい……。本当にご迷惑をおかけしました!申し訳ありませんでした!」
重苦しい空気が漂う校長室でただ母親の必死の謝罪だけが響いていた。