ダーク・ファンタジー小説
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- 人畜無害な短編集
- 日時: 2020/08/27 23:27
- 名前: 神崎慎也 ◆bb6OCCHf8E (ID: .BPVflqJ)
これらは人畜無害な短編集です。
基本的に投稿されるお話は全て独立した作品です。
もくじ(Index)
>>0 スレッドの紹介
>>1-3 「幸せの景色」
>>4 「自撮り防止機能」
>>5-9「霊感」
>>10「悪夢」
>>11「魅惑の肉汁うどん」
- Re: 人畜無害な短編集 ( No.1 )
- 日時: 2020/08/22 00:29
- 名前: 神崎慎也 ◆bb6OCCHf8E (ID: .BPVflqJ)
※ヨモツカミさんのみんなでつくる短編集【SS投稿交流所】にも投稿
タイトル「幸せの景色」
今日も怒鳴られた。
トボトボと家路につく中年のサラリーマン中西 宏大(なかにし こうだい)は怒られているときのシーンを頭の中で何度もループしながら深い溜め息をついていた。
スーツはヨレヨレでネクタイも緩んでいる。その外見が彼の心理状態を表しているようだった。
中西が務めている会社はいわゆるブラック企業というやつだ。彼は上司や同期からパワハラを日常的に受け、後輩からも蔑まれていた。
借金もそこそこ抱えている。そのせいで、妻の千代(ちよ)にも期待されず娘の瑠璃(るり)は無理して笑顔を作るようになった。
そんな環境に数年も浸っていて無傷でいられるはずもなく彼自身、精神疾患を患ってしまった。
人の顔が見れない。
人の表情一つ一つが自分を貶しているのではないかと思い込む病だ。正式な病名は分からないが統合失調症に近いものらしい。
最近では会社の同僚の表情のみならず、すれ違う人や走る車、街の明かりなどとにかく目に映るものに恐怖を感じるようになってしまっていた。
いつしか、自分には視覚など要らないのではないか?いや、もはや自分という存在が……。などと考えるクセすらついていた。
いろいろ考え事をしながらしばらく歩いていたらいつの間にが自宅のアパートに着いていた。自分で言うのもなんだがボロいアパートだ。このアパートを見るたび、妻と娘に申し訳なくなる。
自室のドアの前に立ち深く深呼吸をしてからゆっくりとドアノブを握りドアを引く。
リビングの明かりはついていて寝室は暗い。瑠璃はもう寝ているのだろう。いつもの事だ。
リビングの食卓テーブルにはラップがかけられた夕食が並んでいる。彼が帰ってきたことに気づいたのか寝室から妻が出てきた。
「おかえり。」
「ただいま。」
「今日も遅かったわね。ご飯、自分で温めて食べて。」
「あ、ああ。」
そういうと妻は寝室に戻ってゆく。これがいつもの日常だ。家庭は冷え切り、一人暮らしよりも寂しさが立ち込める。
夕食を済ませノートパソコンを起動する。唯一の癒しはネットの中だった。
いつものように国内のニュースや匿名掲示板などを眺めているとき、所狭しと並ぶ広告の中の一つに目が留まった。
「ん。なんだこれ、景色を売りませんかだと……?」
その広告をクリックする。
映し出されたのは黒背景のいかにも怪しげなサイト。
中西は最初興味本位でそこに書かれていることを読み進めていった。
どうやらこのサイトは視覚の一部を提供することで現金にしてくれる施設を宣伝しているサイトのようだ。
「って、どういうことだ!?」
中西は理解が追い付いていなかった。
あまりに非現実的過ぎる。胡散臭いサイトだとは思っていたが、予想以上だ。こんなものが現実にあってたまるか。
どうやらその施設は近所にもあるようだが、すぐに行こう!とはならなかった。
中西はノートパソコンの電源を落とし寝室に向かう。
既に寝ている妻と娘の顔をチラッとみて自分の不甲斐なさを思い出しながらその日は就寝した。
「中西ィ。これもやっといてくれ。」
声と同時にズンッと辞書より分厚い書類の束が自分のデスクに叩きつけられた。
この上司は加藤。さっきもこの上司に怒鳴られたばかりだ。言ってしまえばコイツがイジメの中心核で、この息苦しいオフィスの空気感を作り出している張本人。
「やれるよな?中西。」
加藤はニヤニヤしながら投げかける。
「は はい……。」
中西は目を合わせないように俯きながら小さく答える。
「ほら!中西が仕事片付けておいてくれるってよ?今日もみんなで飲みに行こうぜ!」
「「「はーい!」」」
他の社員も加藤が恐いから従っているのではない。どいつもこいつも純粋に中西を毛嫌いしているのだ。あるいは一種の集団心理というやつか。
結局、加藤を含めた社員は全員オフィスから出ていった。
一人で書類を作成しているキーボードの音が孤独感を演出している。
時計は既に23時を回っていた。今日も瑠璃と会話はできないか。
四面楚歌の人間関係の中唯一味方してくれる娘だけが中西の支えでもあった。娘の為に頑張っているのだと心が折れそうになる度に自分に言い聞かせていた。
結局、仕事が片付いたのは午前12時過ぎ。元々どんなに丁寧に作ったところでやり直しさせられる書類だ。真面目に取り組むのも馬鹿馬鹿しくなり最後の方は結構雑に作ってしまった。
でもそんなことはどうでもいい。早く家に帰って瑠璃の顔が見たかった。追いつめられている立場ではあるが何だかんだで自分なりに幸せを掴みかけているのかも知れない。自分の努力次第では本当の幸せを掴むことも可能なのかもしれない。
いつもの帰り道、珍しく前向きなことを考えていた。
家に着くまでは。
アパートの近くに到着して最初の違和感。
「(あれ?明かりがついてない。)」
いつもならリビングの電気が付いていて外からも明りが見えるはずだ。しかし今日は利リビングの明かりも消えているように見える。
次の違和感。それは
「(鍵なんかかけて、どうしたんだ……?)」
いつもなら鍵が開いてる筈だが、今日はドアノブを交わしてもドアが開かなかった。
首をかしげながら合鍵で開錠して部屋に入が真っ暗だ。そして最後の違和感。
妻と娘の靴が無い。
「(……!?)」
慌ててまずは寝室に駆け寄る。誰も居ない。というか妻と娘の荷物もなくなっている。
「なんだよこれ!」
思わず口に出していた。
次にリビングへ。電気をつけてみるが、やはり誰も居ない。代わりに食卓テーブルには印の押された離婚届と一枚の置手紙があった。
『もうあなたとは一緒に生きていけません。実家に帰ります。さようなら。」
中西は膝から崩れ落ちていた。何故か涙は出ない。というか、心も何もかも乾ききっているようだった。
自分が何かしたのか。自分が悪いのか。努力すれば明るい家庭だって目指せると思っていた。でも、努力することすら許されないのか。
もう、何も見たくない。見える景色は全部怖い。
こわい。
そんなとき、中西の頭にあるものがよぎった。
"その景色、売りませんか?"
「ああ。」
これは運命だったのだろうか。
気づいたら彼は、サイトにあったその建物の前まで訪れていた。ここに来るまでの記憶はあまりない。
もうすぐ夜が明けるというのに支えを失った人間というのは何故か行動力が増すらしい。
目の前にあるのは廃れた4階建てのビル。そんなかに異様な存在感を醸し出す煽りの一文
"その景色、売りませんか?"
看板がピンク色なのが尚の事禍々しい。
半ば自暴自棄になって来てしまったが、やはり怪しさと胡散臭さが拭えない。
どうやらそれはビルの3階にあるらしい。ここまで来て予約の電話を入れていなかったことに気づいたが、そもそも予約制なのかそれすら分からなかったのでそのままビルの中に入っていくことにした。
ビルの内装もボロボロだ。人気も一切なく綺麗な廃墟といっても差し支えない。彼の目的の場所以外は店を展開していないらしく何もない。
階段を使って1階から2階そして3階へと登ってゆく。
登ってゆくにつれ自分が緊張していることに気づく。でも今更引き返そうとは思わない。ここがハズレだったらその時はもう身を投げてしまおうという覚悟が実はあった。
3階のフロアに着いた。緑色の蛍光灯がチカチカ消えたり点いたりして細長い廊下を不気味に照らしている。
事務室や会議室などの扉が並ぶ中、一番奥にあの看板が見えた。
蛍光灯の色とピンク色の看板が恐ろしくマッチしていない。異なる世界観の物を無理やりはめ込んだみたいな。
ゆっくりと歩み寄って扉の前に立つ。他の扉が全部白っぽいものだったのに対し、この扉だけレトロなバーみたいな濃い茶色の木製の扉だった。
扉にはopenの札がぶら下がっている。
しばらく扉の前で立ち尽くす。本当に開けてよいのだろうか。開けたら何が広がっているのだろうか。何かとんでもない世界に片足を突っ込んでしまうのではないだろうか。覚悟を決めていたはずなのに直ぐ揺らいでしまう自分に嫌気がさす。
深く1回深呼吸をしてからドアノブを握り目を閉じてゆっくりと扉を開ける。喫茶店のようなベルが鳴ったのが聞こえた。
ゆっくりと目を開ける。
目の前に広がったのはオレンジ色の照明に照らされた店内。向かって右側にはカウンターらしきものがある。そこに座っている女性と目が合うと女性は柔らかい笑顔を見せた。
取りあえずカウンターの方へ行ってみることにする。
女性は若い。受付嬢なのだろうか。スーツに身を包んでおり髪は肩まで伸ばしている。茶髪なのだが清楚な印象が崩れてない。
「いらっしゃいませ。お客様は当店初めてのご利用でしょうか?」
「は はい……! すみません。予約とかもしてないんですが。」
「大丈夫ですよ。予約は要りません。当店の利用が初めてという事でまずはこのシートに必要事項を書き込んでください。そちらの待合室でお願いいたします。」
「わ わかりました。」
そういうと女性はシートと鉛筆を手渡す。
女性が示した方向には確かに待合室らしきソファーが並んでいる。カラオケを連想させるソファーの配置だ。今は誰も座っていない。
取りあえず適当なところに腰かけシートに目をやる。
そこには簡単な個人情報を書く欄のほかに気になる項目があった。
「(いらないと感じたものや景色を記入してくださいだと……?)」
そう言われて真っ先に思いだしたのは上司である加藤の顔。
あいつさえ克服できれば取りあえず仕事に対する気持ちは大分楽になるだろう。
流石に上司のフルネームを記入する気は起きなかったので『上司の顔』とだけ記入した。果たしてこんなので大丈夫なのだろうか。
シートに記入が終わり受付に渡すと再び待合室で待機するように言われる。
こういうときどんな顔をしていればいいのだろう。というか、今自分はどんな顔をしているのだろう。
しばらく座っているとこちらに一人の男性がやってくる。
「大変お待たせいたしました。どうぞこちらへ。」
こちらも若い男性だった。眼鏡をかけ白衣を着ている。髪型も声を清潔感を感じさせるさわやかな印象の青年だ。
白衣の青年に誘導され奥の診察室のような場所へ入る。
そこは受付や待合室と同じくオレンジ色の照明なのだが薄暗い。床は絨毯素材。部屋はそこまで広くはなく中央には大きなリクライニングチェアが一代置かれている。
リクライニングチェアの近くにはたくさんのモニターが置かれた机と椅子が設置されており、リクライニングチェアとそのモニターは大量の配線で接続されていた。
「まずは、中央の装置に座ってください。」
「ええ……。」
リクライニングチェアを装置と呼んだことに違和感を覚えたが白衣の青年の言う通りリクライニングチェアに腰かける。
白衣の青年は中西が横たわるリクライニングチェアの側に立ち先ほど中西が書いたシートを見ながらやがて口を開く。
「中西さん 今回はご利用ありがとうございます。ここについてはどういった経緯で知ったのでしょうか。」
「ええと ネットの広告で……。」
「なるほど。その広告にもあったとおり、ここではお客様の見たくない景色を抜き取りそれを現金として換金するサービスを行っております。施術料は無料です。言ってしまえばお客様から提供された景色が施術料のようなものです。」
白衣の青年は表情を変えずスラスラと歌うように言う。
「施術内容については、こちらの装置をお客様の脳の視覚を司る部位と接続し特殊な処理を行うことでお客様が望んだ景色のみを不可視化させます。」
「そんなことが本当に可能なんですか……?」
「もちろん。景色を売るというと聞こえは悪いですが、立派な医療技術の賜物なのですよ。提供された景色は生まれつき視覚に問題のある患者へ移植されたり、研究機関へ送られます。中西さんの場合、上司の顔が見たくないという事なので上司の御顔が見えなくなります。明日からのっぺらぼうと話すような感覚になりますね。」
「それはまた……。」
「百聞は一見に如かずですよ。さて、そろそろ施術を始めましょうか。」
そういうと白衣の青年は大きな機械のようなものを取り出す。
それはゴーグルとヘルメットが一体となった装置だった。全体的に黒っぽくヘルメット部分からもコードのようなものが伸びていた。リクライニングチェアと接続されているようだ。
「それは、なんなんですか……?」
中西の不安を察したかのように白衣の青年は優しい笑顔を見せる。
「この機械を頭部に装着して希望の景色を抜き取ります。痛みなどはありませんので安心してください。」
そう言いながら手際よく中西の頭部に機械を取り付けてゆく。割とゴツい機械だったのに頭に付けてみると割とフィット感を感じるのが逆に不気味だった。
中西も特に抵抗などはせず大人しくされるがままになっていた。
「それでは機械の装着も終わりましたので施術を開始します。私はモニターの席から指示を出しますので従ってください。」
「わかりました。」
中西はゴーグルを装着されたまま仰向けになりリクライニングチェアに体重を預ける。視線の先にはオレンジ色の照明が付いた天井が見える。
白衣の青年はモニターの席で何かを操作しているのかカタカタとキーボードをたたくような音が聞こえてくる。
しばらくそれに耳を傾けているとやがて白衣の青年から指示が出される。
「それでは中西さん。まずはゆっくりと目を閉じてください。」
中西はゆっくりと目を閉じる。
「次に中西さんが不可視化させたい上司の片の御顔を強くイメージしてください。」
中西は加藤の顔を強く思い出す。
自分に説教を垂れる顔。いやみを言う時のニヤニヤした顔。自分に残業を押し付ける時の嫌なあの目。
日ごろ加藤の顔は嫌でも見なくてはならないが、こんなにハッキリと思い出すのは初めてかもしれない。
「中西さんの脳内に描かれたイメージが装置を通してモニターに送られてきました。今からこの景色を抜き取ります。ゴーグルが強く発光しますが怖がらずリラックスしていてください。」
この間中西は自分が眠っていたのか最後まで起きていたのかは覚えていない。ゴーグルが発光したところで中西の意識は薄れていった。
- Re: 人畜無害な短編集 ( No.2 )
- 日時: 2020/08/14 02:03
- 名前: 神崎慎也 ◆bb6OCCHf8E (ID: .BPVflqJ)
「ハッ……!」
中西が目を覚ますとオレンジ色の照明がついた天井が見えた。しばらく呆然と眺めていると聞き覚えのある爽やかな声が滑り込んできた。
「中西さん。無事、施術は終わりました。お疲れさまでした。」
中西は声のする方に顔を向けるとそこには白衣の青年が立っていた。
「あのう、時間はどれくらい経ったのでしょう……?」
「今回は景色の指定が詳細だったので10分弱で施術は終了しました。抜き取る範囲によって時間は変わってきます。」
そう言いながら白衣の青年は中西の頭部からゴーグルの機械を外す。
「それでは今回の施術で提供された景色なのですが、10万円に換金させていただきます。」
「じゅ、10万……?」
「ええ。景色とは言え体の一部ですからね。これでも安い方ですよ。現金はシートに記載されている口座に振り込んでおきますので。」
中西は白衣の青年による説明を聞きながら正直、半信半疑だった。
これで本当になにかが変わったのか……?
施術前と施術後で違和感のようなものは特にない。もしかしたらデタラメなのかもしれない。
でも、10万円が貰えるなら特に詐欺という訳でもないし寧ろ、こちらは何も損はしていないのも事実だ。
「あ、有り難うございました……。」
結局あれ以上青年からは説明もなくカウンターの女性に軽く会釈をして施設を出た。
そのままビルの外に出てみると、もう夜が明けていた。スマートフォンで時間を確認すると午前3時過ぎ。
帰ってもあまり寝る時間は残されてないだろうが、まっすぐ職場に向かう気も起きなかったのでタクシーを使って家路についた。
自室に戻ると午前4時。今からでは3時間ほどしか眠れないだろうがそれでも、寝ないよりマシだった。
家にはやはり誰も居なかった。食卓テーブルに置かれたままの離婚届をなるべく見ないようにした。一人で寝るには広い寝室に向かい、スイッチが切れたように眠りに入った。
オフィスに響く怒号。
聞き慣れた加藤のものだった。
やはり昨晩てきとうに片付けた書類がまずかったらしい。
加藤がデスクにふんぞり返り、中西がその前で立ち尽くして説教を受けるいつもの光景だ。
しかし、いつもと違っている事が1つ。
それは加藤が説教の最後に付け加えた一言。
「でもまあ、お前にしては珍しく"きちんと俺の顔をみて話を聞くようになった"のは良い志だな。続けろよ。」
「は、はい!」
説教が終わり、自分のデスクに戻ってきた中西。
彼は酷く困惑していた。
「(なんなんだよこれ……。本当に、こんな事が……!)」
中西には加藤の顔が一切見なくなっていた。
それは昨晩、白衣の青年が言ったように本当にのっぺらぼうと会話をしているような。
ぼやけているのではなく、顔にパーツが付いていないような。
今の中西には加藤の顔がそういう風に映るようになっていた。
その後も。
「今日も中西が仕事やっといてくれるってよ。今晩も飲みに行こうぜ!やってくれるよな?中西。」
「そんな、意地悪なこと言わないでくださいよ〜!」
中西が言ったその瞬間、今までガヤガヤしていたオフィスの話声がピタリと止んだ。
オフィスの人間が皆、中西に視線を向けている。それは「よく言った!」という称賛の眼差しではなく「調子乗るな!」の類であることは中西自身良く分かった。
無言の加藤もこちらに顔を向けているが、どんな表情をしているかは分からない。
中西が感じたのは刃物よりも鋭い視線が一度にたくさん向けられたことによる圧倒的な恐怖。加藤だけが天敵というわけではないのだ。
「し、仕事、やっときます……。」
「らしいぞ?今夜もぱーっと行こうぜ?中西以外で。たーはっはっは!」
「「「あははは!」」」
結局、いつもの自分に戻ってしまった。
甘かった。加藤さえどうにかなればいいと思っていた。
「(もっと消さないとダメだな……。)」中西は心の中で強くそう思った。
残業を終わらせた中西はまっすぐ家に帰ることなく、あの場所へ訪れていた。
オレンジ色の照明に照らされる待合室には今日も自分以外誰も居ない。意外と人には知られていない場所なのだろうか。
寧ろ都合がいい。ここに来ているところをあまり人には見られたくなかった。
「中西さん。お待たせいたしました。こちらへどうぞ。」
あの白衣の青年がやって来た。その顔には謎の安心感があった。
診察室に案内された中西は部屋の中央にあるリクライニングチェアに腰を掛ける。
「中西さん。2回目のご利用ありがとうございます。今回は職場の同僚3名の顔を消してほしいという事ですね。」
「ええ。お願いします。」
「かしこまりました。では、施術を始めます。」
そういうと白衣の青年は慣れた手つきでヘルメットを中西に装着する。今回は初回よりもスムーズに施術が進んだ。
「それでは消したい3名の同僚さんの顔をイメージしてください」
モニターを操作しながら指示を出す白衣の青年の声を聞きながら目を閉じてイメージする。
今回消すのは特に加藤の息がかかった3名の同僚だ。消すといっても顔が見えなくなるだけだ。自分は何も悪いことはしていない。
そう言い聞かせながらゴーグルの発光と共に意識が薄れてゆく。
「中西さんって最近、加藤さんに馴れ馴れしくないですか?」
「わかるー!ちょっと調子のってるよね?」
「リストラが恐いんだろ?無駄なのになー」
それがワザとなのか、それとも単に無神経なのかは定かではないが、どちらにせよ自分の愚痴を目の前で大きな声で言われているという事は分かった。
以前の中西なら俯いてやり過ごそうとしたかもしれない。
しかし
「あのう、聞こえてますよ?せめて声のボリューム落としましょうよ。」
面と向かって言えた。
言われた3人は互いに顔を合わせるような動きを見せると、まだ何か言いたげにブツブツと呟きながら仕事に戻っていった。
言うまでも無いが、今の中西には先ほどの3人の顔は見えていない。
注意を受けた3名は今も意味ありげなアイコンタクトを取っているのかも知れない。でもそんなことは中西には知る由もない。
言いたいことが言えるというのはなんて幸せなのだろう。
中西は紛れもなく多幸感を得ていた。彼自身の人格にも積極性という良い変化が出ているようだ。おまけに金も振り込まれる。これ以上の幸せは無かった。
ただ、一つ厄介なのが。
「中西さ〜ん。そんな強く言わなくてもいいんじゃないですか〜?」
「そうですよ、かわいそうですよ。」
中西を直接的な標的として煽って来る社員が増えた事だ。
「(ああ。今日はアイツらを消すか。)」
中西は今日も明日もその次も
あの場所へ訪れて。
景色を売り続けた。