ダーク・ファンタジー小説

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ヴァンパイアハンターに愛しさを。
日時: 2021/04/03 15:40
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)


 こんな世界で生きていかなければならない俺達は、どうすればいい?
 そうだ、安心なんて言葉は無く怯え、涙を呑む日々を過ごさなければいけない。

  美しさにも、愛しさにも心奪われてはいけないと、赤が告げる。


ナイフを握った時から、そんなことはとっくに決めていたのに。

_______

◇挨拶
 初めまして紫月と申します。初投稿になりますので色々至らぬ点があると思います。温かい目で見て頂ければ嬉しいです。


◇注意
・流血表現、暴力表現、死ネタがあります。
・度々書き直したり加筆します。
・更新は週1ペースにしたいのですが、忘れてしまったらごめんなさい。許して下さい。
・コメント(感想、アドバイス等)頂けると喜んで壁に頭をぶつけます、お気軽にどうぞ。元気があれば、作品も読みに行かせて頂きます。



◇目次

最新話>>15

・序章 
【雪夜を駆ける】>>1

・第一章 【誓い】
一話:「イザック・ミシェル」>>2-4
二話:「レティシア・フォンテーヌ」>>5-7
三話:「彼岸に飾られた出逢い」>>8-11
四話:「四話:「隣で笑う者がいるのは」>>12-15

◇めんてなんす

・三話更新___2021/3/21(日)
・四話更新___2021/4/2(金)
・説明更新___2021/4/2(金)



▼〔軽い説明〕

【精鋭部隊ファルキス】国が選び抱えた高い技術を持つヴァンパイアハンター。普通のヴァンパイアハンターでは倒すことが困難である主に上級吸血鬼を中心とし最前線で闘う危険性が高いものであったがコロアと一緒に普段の生活で使う硬貨も給料として貰え、怪我をしたときには最高峰の治療が受けられるところ。軍隊。あだ名で呼ばれる者も居れば少佐などの出世している者は姓で呼ばれることが多い。

【ヴァンパイアハンター】人類のヴァンパイアだけを抹殺する人間の事。国家公務員、言わば自衛隊員として職業化したもの。
年齢は制限されておらず試験を突破したら誰にでも就ける。金の為、復讐の為、やることがなかったからと理由は様々。出生を明かす、または本名を言う事は何故かタブーとされている。


吸血鬼ヴァンパイア】突如現れた人類の敵。人間の血肉を喰らう化物。
 吸血鬼の中にも階級があるらしく低階級の吸血鬼は理性が無く本能のまま人間を求めるのだがナイフで刺されたらあっと言う間に砂になる弱き吸血鬼達を指す。

 中階級は上階級吸血鬼の眷属などである場合が多い。理性を保つことが出来ずが血への喉への渇きは感じるよう。
 上階級は王や貴族と言った者でナイフで刺されても倒れるだけであって直ぐに再生出来る。人間を家畜と呼ぶ者も中には居て愛玩動物にでも子供を連れ去ることが多い階級吸血鬼。

【コロア】ヴァンパイアハンターだけに支払われ優遇度を上げる切手の単位。貯め続け国家に突き出せば身分が上がる代物。


【ミツバチ】吸血鬼に金や待遇と引き換えに血を与える者。そういう紹介場がある。限度を知らない吸血鬼に当たった場合、死ぬ場合や植物状態になる場合がある。帰らない者も居る。

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.6 )
日時: 2021/03/07 14:42
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)



         吸血鬼何て、大嫌いだ。


 人間に優しい吸血鬼は居ると真剣な顔で言ったきみが嫌い、だった。
自分の命を大切にしなそうな、儚げなそんな雰囲気を放っていたから。

 だけど、そんなきみとだからこそわたしは前を向けたんだと思う。
生きて居たいと、ベルと一緒に居たいと。
幸せに暮らしてみたいと夢を見たんだと思う。

 きみが色となりわたしの世界を彩ってくれていた。
 きみがわたしを導いてくれる太陽で光で命だった、のに。


 
  きみが居なきゃ、この世界になど、意味なんかないよ。




 《ミツバチ》としての役割を曜日ごと各牢に入っている者達で代わる代わるする。今宵はリーベルとレティシアの給仕の日であった。


 _______「あの数々の部屋に通じる長い長い廊下の先に出口があるのは確実だよ」

唇に人差し指を当て、声を潜めて言うリーベルの言葉にレティシアは眼を見開く。それは本当なの、と声を出すのも忘れ口を金魚のように開閉するレティシアにリーベルは希望に満ち溢れた眼差しと深い頷きでその話が本当だと返す。

 「前の給仕の時にあそこから中級吸血鬼達が目隠しされた《ミツバチ》を入れているのを見たから。だから今夜の給仕の時、僕が吸血鬼を押し倒すからレティはその隙に逃げるんだ……!」
切実に、自分よりも先に逃げて欲しいと。レティシアの命の安全が第一だと。訴え掛けてくる瞳にレティシアは「それは……ッ!」と反論しようとするも唇を固く結んでしまう。
強い光に、抗えなかったのだ。
「わかったね、必ず遂行させよう。帰ろう、帰って二人で………暮らそうね」
それは、淡い夢。その夢が叶うと言う希望が見えてきた二人は互いの繋いだ手を握り締めていた。




 「………おい、そろそろ時間だ。出て来い」
冷淡な口調で命令されたリーベルとレティシアは視線を絡ませ、頷き手を繋いで脆く錆びれた牢をおぼつかない足取りで出る。

 その瞬、手枷を付けられ小汚い服の首元を無理矢理に開けられる。表情を硬くさせ恐怖が襲い掛かって来るもその瞳は強い光を放っており。中級吸血鬼を鋭く食って掛かるような、すぐにでも飛び掛かって来そうな眼差しで突き刺していた。

 
 「……この先から、おまえは左から四番目の『ハート』さまの部屋に。片方は左から五番目の『ジョーカー』さまの部屋に、行けよ」
部屋の名前は左から順に『ダイヤ』『スペード』『クローバー』『ハート』『ジョーカー』になる。部屋が別れており、その番号が大きくなるほど吸血量が多い上級吸血鬼になるらしいが、そんなこともうこれから逃亡を遂行させようと目論んでいるレティシアとリーベルには関係がないことであった。




 漆黒のタイルで覆われた床と壁に毎度吸い込まれそうになるレティシアは息を呑み、その時を待った。幻想的な天井に映し出された星々に心奪われそうになるリーベルは緊張から無意識に喉をごろごろと鳴らしてしまう。


 ______“ いち、に、の…… ”

ぱくぱくと金魚のように口を開閉させた必死の合図にレティシアは気付き足を後方に回し、走る準備をする。リーベルは合図を打ちながら手を握り締め拳を作る。

 「さんッッッ!!!」 
リーベルの大きな声にレティシアは一瞬、びくり、と驚くも走り出す。リーベルは案内役吸血鬼を身体の全体重を掛けた体当たりで押し重心を崩させ、倒そうとする。

 「きッ、貴様ッッ、よくや……」
苦しみ藻掻くような言い表すことも出来ない悍ましい声に背筋を凍らし足が竦み転びそうになるも何とか耐えたレティシアは華麗なるリーベルの逆転に眼を奪われてしまっていた。
 仲間を呼ぼうとしていた案内役吸血鬼の顔を飛び蹴りし、切羽詰まった野獣のような硬い表情で歯を食いしばって全身の力を集中して見えた。それは勇敢でレティシアにとって大きく頼もしく映ったことだった。


 そのまま拘束のされていない足で吸血鬼の手を踏んで動きを封じ込め、険しい顔つきのまま踏んではいない右足で服を詮索する。
手枷の鍵を探しているのかと気が付いたレティシアは恐る恐る近付き「内ポケットの方は?」と訊けばリーベルは傷付いた足先を器用に動かす。「はなせッ! この家ち……ッ」暴れ出す吸血鬼を前に戸惑っているレティシアにリーベルは冷めた表情で「僕が封じ込めてるから鍵を抜き取って、はやく」と促す。
 促されたレティシアは吸血鬼の内ポケットに手を入れるだけでも緊張し手が震えてしまい冷や汗を額から頬に掛け伝いばっくんばっくんと鳴り響く胸の警鐘を無視しその鍵を見つけ出す。

 「……貸して、今レティの手枷、とったげる」
枷で拘束された手首は使い物にはならないと二人共分かっている為、指先を慎重に動かし裏の鍵穴に差し込む。かしゃり、と音が響き手枷がとれる。この音は二人にとって希望の光の鐘でもあったろう。

 自分達の取った手枷を使い吸血鬼を完全に拘束し、鋭利な牙の見え言葉を発し自分らの逃亡の道を妨害すると考えられる五月蠅い口にリーベルは布切れをはめ込んで案内役吸血鬼が持っていたナイフやら銃を懐にしまえば満足気な表情で立ち上がり言った。
「さ、敵はもういない。出口はすぐ其処だね、行くよレティ」
数歩先走ったリーベルに差し出された薄汚れ荒れた手をレティシアは取り強い力で握り返していた。

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.7 )
日時: 2021/03/07 14:45
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)





 「……簡単に吸血鬼の手から逃れられた感じがして、ベルは怖くないの? わたしは、凄く怖いよ」
血の気の引いて用紙のように蒼褪めた顔色の中、レティシアは色味もない朱の唇を閉じたり開けたりした。そんなレティシアに寄り添うように肩をぴたりとくっつけ優しいレティシアの膨大な恐怖心、焦燥何もかもを包み込んでしまうようなふんわりしっとりとした力で握り返すリーベルのアクアマリンのような、宝石のような美しく透き通った瞳には鋭利な自由と言う光が灯していた。

 「人間の子供二人が逃げ出すなんて考えもしなかったんだろう。奴らにとって僕らは所詮家畜であり弄ぶ玩具だったんだ、舐められてたんだよ。天狗になった吸血鬼達の鼻をこのまま無事に進んでへし折ってやろう」
生き生きと言うリーベルにレティシアは頷く暇もなかった。



 込み上がって来た固唾を呑み込もうとした瞬、ナイフのように鋭利な刃物で頬を、足を、腕を髪を斬られるような痛みが突如、レティシアを襲う。
 「う、……あぁ……ッ」
刺すような痛みがじんじんと走る傷口をそっとこれ以上は痛くならないように気を付けなから触れて見れば目の前に広がったのは真っ赤な掌で。
鉄のような匂いに真っ黒か真っ緑が混ざったようなよくわからない血黒い色。
あの日と重なる。


              “ みぃつけた ”

 「ぁ……」
一声漏らせば何もかも蘇ってくる、苦々しく血だまりの思い出。それは幾日、幾年経っても忘れ難いあの日の事。白々しく輝く月を見ると思い出す。夜は何時も怖く、何かが襲ってきそうな感じがし寝付けない。
それでも自分はまだ、生かされている。

 あの吸血鬼が迎えに来る、18、と言う忌忌しい歳まで。薄笑いを浮かべた脳裏に焼き付いた吸血鬼の端正な顔。誰なのかもわからない夫婦に拾われ《ミツバチ》にされやっと見つけた心を許せる兄のような存在が出来たとしても、忘れられないのだった。蓋をしていた記憶が開かれれば、自分では制御の利かない恐怖に吞み込まれてしまう。

 「あぁ、いッッ、いい……いやぁあああああああああぁああああああ!!!!」 
レティシアは自分の耳を塞ぎ、泣き叫ぶ。

 突然の出来事にリーベルまでも頭が追い付かないらしい。レティシアを傷付けたのは誰だと、唖然とした顔のまま後方を振り返ったり左右を確認するもそのような吸血鬼の影は見当たらない。
 視えもしない敵に深い恐怖心と焦燥がやっとリーベルの心にも芽吹いたのだろう。今度はその手をぐいっと強く引いて、走ることを促す。いやだいやだ、いたい、こわいよこわいよと繰り返すレティシアを悲し気な眼差しで一瞥するも走るよ、と再び手を力強く引く。走る足跡が真っ黒なタイル床について三つの音が鳴る。

 二つはリーベルとレティシアのぺたぺたとした足音。もう一つが……何者かが二人を狙って銃弾やナイフのような鋭利な刃、いや風のような実体のないもので床、壁、虚それから軟な肌を斬りつける音。
それは二人の希望の光を抱いた胸を切り刻んでいるようなものだろう。

 「哀れな仔羊、一部始終をこのあたしが見ていたことも知らずに。ああ、あたしのベル、貴方の血は絶品よ。聡明で、弱くて、可愛くて、何よりも血を吸う時にがくがく震えるのが堪らない……そんな貴方の血を無駄にこんなところで流したくはないわ」
あの闇のよりも深い黒の壁に囲まれた中で見えていたとすれば『ハート』の部屋の主だけだ。

 かつかつとヒールを鳴らして吊るされたシャンデリアから舞い降りた見目麗しい少女に二人は表情を強張らせ手を握り返していた。

 毛先だけカールされた桃色の髪にゆったりと細められる猫のようなつり目の真っ赤な瞳。色白の肌は赤ん坊のようにふっくらしていてレースや何やらをふんだんにあしらわれた薔薇のようなドレスが似合う天使のようで息を呑むのも忘れてしまう。 
それなのにも彼女が放つ雰囲気は殺気立っていて面白げに笑っていると言う事は愉しんでいるのだろうとリーベルは瞬時に察し、レティシアの手を握り締め、後退りをしようとしていた。

 「その子があたしに刺され殺され踏みつけられ血を吸われているのを見てから死ぬのと、その子に自分があたしに血を吸われ失血死するところを見せるの、ねえどっちがいい? ねえ答えなくちゃ、足を使えなくするわよ?」
囁く猫撫で声にリーベルは全身の肌を粟立出せる。この吸血鬼にだけは見つかりたくはなかった、危険だ今すぐ逃げなくてはとぐるぐると考えが頭を回る。レティシアは斬り付けられた傷から過去の苦々しい血に染まった思い出を想い出しがくがく震え涙を流していた。
そんな自分の護りたい子が泣いているのを見て「……どっちも嫌だ、僕は、いや、僕達は此処から出る」鋭い眼光を『ハート』主である幼い雰囲気のある吸血鬼に向ければ息を吸う。

 「レティ、今から僕が体を張ってあの吸血鬼を引き付ける。だからね、レティだけでも逃げるんだ」
振り向いて震えるレティシアの手に軽い口付けを落とせば、瞳に溜まった涙を優しく拭い、目線を合わせた。
「う、そ……いや、いかないで。どうして、いつもいつも……どっか行っちゃうの。出来ないよ、またそうやったら、こ、殺されちゃう……」
また、と言う言葉からリーベルを殺された姉に重ねてしまっているのであろうレティシアにゆったり微笑んだリーベルは言った。

 



 「思い出して。僕らは、此処を出て一緒に生きるんだろ?」


光の如く走り出したリーベルに圧倒されたレティシアは動けなかった。

 「あらあら、こわぁい目……すきよ、ベル。あたしを殺したいって言っているあなたが、すきよ」
向かい走って来るリーベルを受け止めるように両腕を広げた吸血鬼に走りながらついさっき、案内役吸血鬼から奪い取った拳銃を取り出す。
 拳銃を向け、弾丸を打とうとするが吸血鬼は一歩も動かず、すらりと長くきめの細かい色白の肌が見え隠れするブーツを履いた足で拳銃を持った手を強く強く蹴れば、拳銃を落とし、舞うかのようにくるっと一回転し、そのまま腰が立たなくなるぐらいに何度も何度もリーベルを殴りつけ。
 リーベルが吐き出してしまった血を見つめ人差し指で掬いぺろっと舐めれば「もったいなぁい」とけたけた笑い倒れ込んだリーベルをブーツのヒールで頬を踏みつける。

「ばかね」
「ばかは、そっちだよ……もうひとり、いること………わす……れて、る」

たどたどしい言葉に吸血鬼は首を傾げ、振り向けば、その真っ赤な瞳を剥いた。

 
 「死んで!!」


少女が銃を此方に向けて泣いている。その一瞬で全てを理解する。
リーベルを相手しているその隙に、パニック状態に陥っていたレティシアは自分を殺すことだけを考え落とした拳銃を手に持った。

 「ああ、……あなたたちは、二人で一つだったわね」


短くそう言った次、ぱぁああんッッと景気の良い音が鳴り響いた。

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.8 )
日時: 2021/03/07 14:48
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)

三話:「彼岸に飾られた出逢い」

 喩え、この出逢いが自分が苦しむ枷で禍の起こる原因となっても、俺は。
この手を離さないだろう。






 ───────「どうしよう、ベル。いやよそんな風に笑わないで、ねえ!! ねえ!!」

起きてと血が付いた頬を優しく触れ、軽く何度も子供のように叩き胸倉を掴んで揺らす。そのレティシアの行動を見てははは、と掠れた笑い声を上げれば力なくレティシアの頭を撫でる。
 「ね、え………レティ、いつもみた……いにさ、笑ってよ」
途切れ途切れの言葉にリーベルの望む笑顔を浮かべられなかった。

 どうしてだろう、ああ、なんでどうして。
「出来ないよ……ベルが、手を引っ張ってくれなくちゃ、わたしは、笑えないよ!!」
瞳から一粒、二粒それから数え切れない程の大粒の涙を溢し唇を噛み、薄汚いお揃いの服を乱暴に掴んで言う。人房の綺麗な紫色の髪がリーベルの頬に当たり触れる。

 「生きて、生きてってば!! ベルッ!!」

 ひんやりとした冷たい温度が首に感じる。伏せてしまっていた瞳を開けば瞬きを繰り返し、無理だよと言うように魂此処に在らず、死の淵のような表情の失った瞳で見つめ返し。


 “ごめんね”


と口を動かした。あ、あああと声のならない言葉を吐けばふるふると被りを振って見せ。リーベルは、耐えきれなくなったのか口から血を吐いた。それが掌を侵食し真っ赤に染め上げる。

 ──────また血。血だ。赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤……あかくて、どろっとしてて生温かくて変な鉄みたいな臭いがしてこわいのこわいの。
 
 「いや、いや……や………」
堪らずパニックに陥り、勢いよく立ち上がり駆け出す。

 足が痛い。先程斬られた傷跡が痛い、頬が痛い。目が痛い。涙が止まらない。何も考えが思い浮かばない。

   “リーベルが居なくなったら、わたし、どう生きていけばいいんだろう”

 ──────「わたし………生きていけない……ッ!!」
 物凄い速さで走っていたからか立ち止まること、バランスを保つことが上手く出来なく転んでしまう。
「……ッ! う、うあ、……うあぁああぁああああああッッッべる、べるべるべるッッ!!」
ぎゅうぅうっと掌を握り、爪の跡が残っても、どんなに痛くても気にする余地はなかった。ただ、叫び続ける。
誰も助けてなんかくれない。リーベルを救おうとは大人はしない。吸血鬼は愉しむだけ。神も、天使も、悪魔も、何もかも。
 「だったら、だったら、わたしが貴方が、居た………証になる。絶対に、吸血鬼に、………復讐、してやる………」
復讐という名の刃を持った、レティシアは涙を堪えるように顔を顰め、息を吐いていた。


 「誰が泣き叫び、恐ろしい血肉を喰らうヴァンパイアに唾を吐いてると思えば……こんなにも雛鳥だとは」


考えもつかなかったな、と苦笑気味に近付いてくる男を見つけ、ひっと声を上げる。吸血鬼だと思ったのだろう、その表情は見事に固まっており可愛らしい小鼻だけがひくひくと恐怖に煽られるかのように震えていた。
そんな少女を前にして苦笑を浮かべた男は蜂蜜色の、まるで満月のような透き通っているのにも光のない何処か儚げで翳の感じる瞳をフードと野暮ったい艶めいた黒髪の間からレティシアに向けた。


 「レティシア・フォンテーヌ、おまえを救いに来たヴァンパイアハンターだ」

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.9 )
日時: 2021/03/10 18:34
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)



 ◇

 
 目の前の少女は自分の探していたレティシア・フォンテーヌに間違いないだろうとイザックは確信する。
印象深い全体的には鮮やかな紫だが一つ一つの髪の毛を見ていけばわかる銀の混じった髪と光の具合から変わる吸い込むような瞳の色。色白の華奢な体躯。男爵家夫婦、もとい伯爵家夫婦に彷徨っていただけで拾われただけのある可愛らしい容姿。

 「ヴァン、パイア……ハンター……? わたしを、救いに……?」

色味のなく艶のない青白い唇を静かに動かし掠れた声でそう言う。ああ、と短く頷いたイザックはレティシアを見つめ返した。
「……で、どうして………ッッ!! わたしを助けるくらいならリーベルを、リーベルを助けてよッッッ!! わたしはあの子が居なくちゃ……だってだってだって……どうしてよ……どうして、来るのが……」
何度も繰り返し、きずに、悔し気に、涙して床を拳で叩く。次第に手の甲は遠目でも分かるぐらい赤く赤く腫れてしまっていた。でも、その行為を決してイザックは止めることはせずただ眉根を顰めて、ずっと見つめていた。イザックの眼差しはとても哀し気なものだった。

 「おまえは、何がしたい。今、おまえはそのリーベルと言うやつの為に泣いているのか」

イザックはレティシアに不機嫌そうな顔でそう訊く。レティシアはぴたりとして俯いていた顔をイザックを見上げるような形で上げた。
 「わたし、が……した、い……こと? リーベルの為に、泣いてる……?」
自分でも何が何だかわからなくなっているのだろう。苦しそうに頭を抑え答えが出ないもどかしさを表すようにがりっと大きく音を立てて唇を噛む。

 「ああ、そうだ。おまえはこれから何がしたい。生きるとしてもこのまま《ミツバチ》としてあの家に金稼ぎとして居続けるのか……それとも」

目の前でへたりと座り込んでいる少女に言っていた口が閉じた。思いもよらない答え。自分の声を遮った鋭い切実な、声であり真面目なわからない、それが苦し気に悩んだレティシアの答えだった。

 「わからない、わからないの。リーベルが居なかったらわたしの存在意義はなくなる、だってだってだって!! リーベルがわたしの光だったから、リーベルと一緒に生きるのがわたしの、したいことだったから!! もう、わからない……リーベルが、居なくなったら、わたし……!!」

行き場を失った羊に、親鳥を亡くした雛鳥にそのままにしてイザックの満月のような瞳には映った。

この子は壊れてしまったのだ。
リーベルと言う存在を喪ってしまったせいで。光が陰に奪われてしまったから。


 “自分と何処か似ている”とイザックは写真や資料ではなく声、を聞いたときに直感的に思った。
出来ればこの子を自分が救い道を示してあげたいともイザックは本心から、思っている。

 けれども、イザックは一般の人間とは違う。

感情で動くことが許されない、特別な役職に就いている。
 吸血鬼を殺す者、ヴァンパイアハンターであるイザックは公平性と言うものに縛られている。自分の助けたい者が助けて欲しいと自分の声で言葉にしない限り助けられないのだ。
依頼されない限り、動くことも出来ないまるで牢に居る囚人のようなのだ。
 そういう生活を望みこの世界に足を踏み入れたのは自分だとしても、そんな手を差し伸べられない悔しさと未熟さに苛立ちを感じるのがイザックの弱さであった。


 ◇

 「とりあえず、わからないんだったらわからないでいい。関係が無いからな。俺はさっさとおまえをフォンテーヌ家に連れて行って報酬を貰い仕事を終わらせる。さあ、立て」

レティシアと早く別れなければならない、これは直感だった。何か嫌な予感がするとイザックは感じる。この少女はヴァンパイアハンターと言う職に就いている自分にとって大切なものを、ぐちゃぐちゃに掻き回し何もかも壊す、そんなような気がした。


 「やだ」

レティシアはすっかり泣き止み、その不思議な吸い込むような瞳をイザックに向け短く言っていた。あの家に帰るのは嫌だ、と。想像もしていなかったその言葉に、イザックは拍子抜けしていて「は?」と声を出し呆然と立ち竦んでいた。

 「おまえ何言ってんだ、自分のこの先が分からねえんだから家に帰るんだろ?」
「おまえじゃない、レティシアだもん」

どうでもいいこと言ってんじゃねえとイザックは顔を露骨に顰める。当のレティシアは小さな唇を尖がらがし腰に手を当てて顔を顰めたイザックを猫のように細められた瞳で睨んでいた。

 「おま……れ、レティシア、じゃあ何処で生活するんだ? フォンテーヌ家以外に何処に行く当てが……」
表情を引きつらせながらイザックは悪い予感を胸に抱きながら失笑を浮かべながらレティシアに訊く。レティシアは飄々とした顔で何でもない当然の事のように答える。
まさかな、と言う予感はすぱっと当たってしまう。
「貴方についていく、今決めた」
イザックは「は、ははは……」と力もなく笑い声を腹の底から押し出し口元をひくひく震わせる。

「まさか、本当に!!? はぁああ!!? どうして、何で!!?」
急に慌て声を大にし、両手で虚を斬りそう訊いた。どうして、何で俺についてくるんだと。

 そんな取り乱した様子を見たレティシアはほんの少し眉を上げ眼を見開き驚いたように表情を変化させるもののそれから人差し指をイザックへと向け、左右に動かし言った。勝ち誇ったように堂々と。


 「わからないんだからあの家に帰すんでしょ? 行きたくないし行く当てもない、だったら何がしたいって選択肢を与えてくれるようなことを言った貴方についていく。ヴァンパイアハンターの貴方となら吸血鬼に復讐できるでしょ」


反論の隙も無い言葉にイザックは口を噤み押し黙った。自分に似ていると何処か共感を覚え調子に乗って何て言う事を言ってしまったんだ、七、八分前の自分を恨み後悔する。

 ──────前言撤回だ。レティシアと俺は全然似ていない。むしろ真逆だ!!! 救いたいなんて馬鹿じゃないか!!

イザックは心の中で有りっ丈に叫んだ。

 何なんだこの図々しい程に真っ直ぐで頭の切れる少女は。出会ったこともない未知の生物を見るかのようにイザックは凝視してしまう。
 外見は幼い世間を何も知らない只泣いているだけしかできないような可愛らしい少女、では中身はどうか? 中身は世知辛い世の中を上手く生きることが出来る要領の良い出来過ぎた頭を持つ狡賢い悪魔のような天使とかけ離れている。

 「……さておき、貴方の名前は何? わたしの名前を知ってるのだから教えて頂戴よ、これから共に生きていくのに私だけ何時までも貴方、じゃ狡いわ」

ついていくことが決まったような口ぶりだった。レティシアは自分の名前をまるで嫌っているのだろうか、そんな言葉だとイザックは思う。

 ああ、そうか。名前の由来が「喜び」だからか。
彼女にとって、喜びとは程遠い生活。
彼女が喜びで満たされるとき、それは、リーベルが生き返り彼女のそばで笑っていること。
喜びなんてそんなものはない、喜びがあるなら、それは幻。
誰も助けてくれる人なんていない、神なんて悪魔だって天使だって自分たちの事を助けてはくれなかった、そういうだろう。
俺だって、その気持ちでいっぱいだと思うイザックは胸に残った傷と生々しい感覚を拭いきるように手を添え深呼吸した。

 「俺の名は……“ブランクネス”」

レティシアは瞬きを繰り返して「ブランクネス? それは」と考えるような顔つきで言った。ああ、その名前は自分の呼び名、であり本名ではない。ヴァンパイアハンターとしてタブーな事。本名を周りに明かさない。これは、守るべきことだった。

 「ねえ、ブランクネスって呼ぶのは長いからネスって呼んでいい?」

本名じゃないとこの少女も先程気が付いたはずなのにも笑顔を浮かべるレティシアをイザックは凝視し、何故だか感じる胸の温かさが心地良くてそれも何だか悔しくてイザックは「行くぞ」と口にする。

 「ねえ、ネス」

 何だ面倒臭いと嫌悪感を丸出しにして厭きれつつも振り返ってみればレティシアがこちらを向いて淑やかな微笑を浮かべながら手を差し出していた。
「手を貸してくれる? 力が出なくて立てないの」
イザックはつられて笑みを浮かべそうになり、慌てて堪え顔を俯かせ差し出された手を掴んだ。

 ほんのりと温かい、けれど冷たいそんな曖昧な体温が掌に乗せられ、イザックは瞬きを繰り返す。
これもまた、久し振りな感じ。誰かの手を掴んで握り、誰かを立たせるなんて、久し振りだ。
 
 「ありがと、貸してくれて」

しっかりとイザックを見つめて礼を告げるレティシアの前にすっと移動し、前を歩いた。今は良い、吸血鬼だとかレティシアの養親の家だとかそんなこと、考えなくて、良いのだ。

Re: ヴァンパイアハンターに愛しさを。 ( No.10 )
日時: 2021/03/10 18:42
名前: 紫月 ◆GKjqe9uLRc (ID: w1UoqX1L)




 「かわいい、かわいいあたしのーあなたはあたしのおにんぎょうさんー」

一人の少女の歌い声が聞こえる。その後にけらけらと笑い声。小鳥のさえずりの如く可愛らしい歌声、残酷な悪魔のような、笑い声。

 「どうしたの、きみみたいな気高い子がこんな地べたに血塗れで寝っ転がってさ、何があったんだい?」

銀色の輝く髪が視界に入る。自分とはまた違う瞳の紅さ。何もかもを奪うような赤黒さ。この吸血鬼が自分に話しかけたり近くに居たりするとき、少女はとても緊張するのだ。なんか気持ちが悪い、とその一言が埋め尽くす。

 「これはこれは殿下、あたしのことより貴方さまの方こそこんな場に一体何の用かしら?」
「やだなあ、まずは僕の質問に答えてよ。ブランシュ・リットン」

朗らかな笑みの下に隠された高圧的で獲物を何時だって探している飢えた猛獣の顔が合間見える度にブランシュの白雪のような肌は粟立ってしまっている。けれども此処で彼を怖がっているとなればこの吸血鬼の態度は一変することなんて見続けていたブランシュは知っているのだ。

 「……その子とただ遊んでただけに決まってるじゃない」
「案内役だった吸血鬼からは二匹子供が逃げ出したって聞いたんだけどこの子で一匹でしょ? あとの一匹は?」
意識もなく朦朧とし死の間際のリーベルを一瞥しブランシュを赤黒い全てを喰らいつくすような瞳で睨んだ。
「何の事かしら、そんな家畜を取り逃すわけないでしょ、このあたしを誰だと思っているの?」
流石のブランシュの笑みも引き攣ってしまう。その家畜に撃たれて取り逃がしたなんて知られれば殺されるのは明確だ。どんだけこの蓄えてきた力で目の前でうさん臭く笑っているこの吸血鬼に抵抗しようとも捻じ伏せられるのは目に見えている。
 
 「そうだね……疑って悪かったよ。頭、貫通してたみたいだからお大事に。ああ、それとこの子はどうするんだい? 要らなかったら処分しておこうか?」

処分? あたしのリーベルを?
思わず吐き捨てるように嗤う所だった。リーベルを処分するなんてそんな勿体無いことしない。

 「……いいえ、必要ないわ。その子は一番あたしが可愛がってる子なの、死んでるけど、何とか自分の手元に置くわ。腐らないようにね」

其処でやっと起き上がり乱れた髪を手櫛で梳きながらリーベルに近付き、抱き締める。体温はなかった、先程息を引き取ったか。ブランシュは瞬きを繰り返し大きな猫のような瞳を伏せ、愛おし気に琥珀色の髪を優しく撫でる。

 「ああ、あたしのリーベル……乱暴をしちゃってごめんね」

その様子を横目で見ていた吸血鬼を顔を歪める。気持ち悪い女、目障りな自分の次に力を持つ貴族である吸血鬼。その気になればこの吸血鬼は自分の事を殺すことぐらいできるだろう。
そういえば彼女の抱き締めているリーベルと言う西洋人形のような人間とあの子は同い年くらいか。まだ、誰にも喰われずに生きているだろうか。
 「……ちょっと長く設定しすぎちゃったかな……でも丁度いいよね、多感な時期の終わり頃はとっても甘いから……」
くすくす笑い、眼を細めた。舌なめずりをする、また言いたいあの言葉。

 「愉しみだなぁ……」




 「ったく、何時までもその身なりってわけにもいかねえからな………臭いもあるしな」

怪訝な顔してイザックじろじろと爪先から旋毛つむじまでレティシアを値定めるように観察し、溜息を吐いた。その様子にレティシアはむっ、と眉を吊り上げ「わたしだって一人前のレディなんだから、そういうこと言わないで」と頬を膨らませて言う。

 「ああ。悪いな、俺にはレディーファーストなんつーもんはない。ヴァンパイアハンターである限り、俺は男女平等主義者だ」

その捻くれた考えにレティシアも流石に頬を引きらせてしまう。何が男女平等主義者だ屁理屈男と罵り感情の籠ってない冷たい瞳でイザックを睨み付け。
唐突に浮かんだ疑問をレティシアは片手を挙手しながら口にする。


 「疑問に思ったのだけれど一体、この馬車、何処に行くの?」


今、イザックとレティシアが乗っているのは馬車。

「歩けないわ足が痛いの、配慮してよ」と駄々だだねたレティシアを背負おうとしたイザックが腰を痛める寸前までにきてしまい、蹲ったイザックに「失礼ね、わたしが重たいとでも言うの」と今思えば本当にくだらない喧嘩していたその時偶然にも通りかかった馬車に駄賃だちんを払い乗せてもらったのだ。

 行先を振り返れば本当に邪魔で図々しい奴だなと殺気籠った視線ですまし顔のレティシアを刺すイザックは渋々と言った感じで不愛想に「おまえのうち」と答える。

「ちょっと待ってよ、なんで!!?」

 「おまえを救ったけど帰りたくないって駄々捏ねてるって言う、そうしないと報酬貰えないだろ? 
 おまえの母さんと父さんは救って家に帰すことで報酬を払うっつってんだからな」
仏頂面で淡々と告げられる言葉にレティシアの顔は徐々に真っ赤に紅潮して、破裂寸前の風船のように膨らんでいく。
「ッ一緒に連れてってくれるって、言ったじゃない! 話が違うわ!!」
それにお母さんとかお父さんじゃないし、と静かに悲し気に呟くレティシアにイザックは眉根を顰める。

 「あーもう、そう情に訴え掛けてくるようなこと急に態度を変えて言っても無駄だ、とにかくもう、おまえみたいな邪魔になる奴はいらねえからっ!」

苛立った声を上げて、艶めいた黒髪を軽く掻く。
 暫くの沈黙を破ったのは大人びた、凛とした少女の声だった。それはとても、悲し気で渋々と言った感じだった。
 「………わかったわよ……大人しく家に帰れば貴方は困らないのね……」
ああいってもこういっても引き下がらず自分の後を鬱陶しいくらいにいてくると思っていたイザックは意表を突かれたように目を見開いた。その、満月の瞳を。

 それからは何も喋らず思い詰めた表情で何かを必死に模索しているようなレティシアをイザックは見つめていた。
何だか腑に落ちないのだ。これは正解の筈なのにも、イザックの心にはもやが掛かっていた。何か、何か間違っている。

 それは、何だろうか_______?


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