ダーク・ファンタジー小説
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- 太刀川探偵捕物帖
- 日時: 2022/01/25 11:16
- 名前: 緋月セト (ID: TZ3f2J7J)
19世紀末、ある事件が日本を震撼させた
人の手では絶対に不可能とされるその事件は、やがて警察関係者の間で『深淵事件』と称され、社会の闇へと沈められた
そして、2022年
事件は、二人の探偵の手によって再び動き出す
真相を深淵から引き摺り出す、碌でなし探偵と生真面目助手のサスペンスアクション、開幕!!
第0話:深淵事件は彼の領分
>>1.>>2.>>3.>>4
第壱話:国木田 影と太刀川 迅
- Re: 太刀川探偵捕物帖 ( No.9 )
- 日時: 2022/02/04 10:29
- 名前: 緋月セト (ID: ObLAiJYQ)
迅は微笑むと、カップをコースターに乗せて影に差し出した。
「さ、冷めないうちに飲みなよ。味は保証する」
中には、フルーティな香りの紅茶が淹れられていた。
流石に、厚意を無碍にする訳にはいかない。
「……では、お言葉に甘えて」
影はカップを手に取り、口に運ぼうとした───
「で、君は何故、ここを希望したんだい?」
刹那、徐に迅が問いかける。
面接試験に来た学生を相手取るような、無機的で典型的な質問と、値踏みするような視線。
丁寧に受け答えなければ印象が悪くなる。
ここは、慎重にならなくては。
「私は、御社の活躍をネットの記事で目にしました。元々探偵の助手を目指していたので、是非とも助手にさせて頂きたいと思い、志願致しました」
影は精巧な作り笑いを浮かべ、声に抑揚をつけて返答。
自他共に認める、完璧な『模範解答』。
普通の面接官なら、良い印象を抱くだろう。
迅は影を見ると、優しく微笑む。
「成る程成る程、君は嘘をついているね?」
そして、返って来たのは冷たい一言だった。
- Re: 太刀川探偵捕物帖 ( No.10 )
- 日時: 2022/02/04 10:30
- 名前: 緋月セト (ID: ObLAiJYQ)
「嘘なんて……」
「いいや、嘘をついてる。分かるんだ。汗のテカリ具合とかでね。汗を舐めれば、もっと正確に分かる」
「それセクハラですよッ?」
影の最もなツッコミが入る。
とてもでは無いが、探偵の言葉とは思えない。
しかし、取って付けたような設定だが『嘘』だと言い切れる確証はどこにある?
『真実』の可能性だってある。
何せ、こちらは相手の事を全く知らないのだから。
「(少なくとも、『眼』は嘘をついてない……)」
幼少期から社交の場を行き来して来た以上、洞察力には自信がある。
汗のテカリ具合……とまでは行かないが、目の動きや呼吸、表情の変化と言った様々な要因から、相手が嘘をついてるかどうかを判断出来る。
それ故に、影は気になるのだ。
この男は、何処まで知っている?
「君の表情の変化から、僕はこう考える。君がここに来たのには他の理由があるが、それを言えず嘘をついて誤魔化そうと考えた……。合ってるかい?」
迅はいつの間にか持っていた小説を読んでおり、紅茶を飲みながら問いかける。影に対する興味を失っていたのか、彼女には目もくれなかった。
別に深い意味はないが、それはそれで腹が立つ。
先に問いかけて来たのはそっちだろうに、何故質問された側がスルーされなければならない?
影はやるせない表情で、マグカップを口に運ぶ。
- Re: 太刀川探偵捕物帖 ( No.11 )
- 日時: 2022/02/10 10:16
- 名前: 緋月セト (ID: ObLAiJYQ)
依頼人に怒られてはショボくれ、別の客人が来たとなったら凛然とした態度で対応し、かと思えば興味を失ったら完全スルー。
まるで、海を漂う海月のように、掴み所のない男。
良く言えば切り替えが早く、悪く言えば───いや、これ以上は言わないでおこう。
「(さっきからすっごいニコニコしてるし……)」
顔は笑ってこそいるが、肝心の目が笑ってない。
切り替えが早いと言っても、あそこまで早いものだろうか?いくら何でも速すぎる。
影が空咳を入れると、迅は再び小説に目を向けた。
「(危なかった……)」
ほっと胸を撫で下ろす。
このまま虎の尾の上でタップダンスを踊り続けていたら、一体どうなっていた事やら。
しかし、重い沈黙は依然として続いている。
「そう言えば、今何時だっけ?」
しかしその沈黙を破ったのは、迅だった。
突拍子もないその言葉に、影はキョトンとしていた。
「16時前ですけど、どうかしたんですか?」
すると迅はソファから立ち上がり、マグカップを手に何処かへと消えて行く。そして戻って来たかと思いきや、事務所のブラインドを下ろし始めた。
「何してるんですか!?」
あまりにも突然の展開について行けず、影は思わず声を荒げる。
振り返った迅は、小さく首を傾げた。
「何って、閉業準備でしょ?」
「はぁ!?閉業準備って……まだ16時ですよ!?」
- Re: 太刀川探偵捕物帖 ( No.12 )
- 日時: 2022/02/10 10:19
- 名前: 緋月セト (ID: ObLAiJYQ)
「『もう』16時だ。君が来る前から、うちは16時には必ず終わるようにしてるんだよ」
「ほら、帰った帰った」と手を払いながら、迅は二人分のマグカップを片付ける。
予約制で、しかも四時に終わる探偵事務所など聞いた事がないが、ここに居るのが彼一人な以上、書類整理等の雑務も熟さなければならない。
それに、室内の清掃も全部一人でやっていたと考えると、少し言いたい事も分かる気がする。
分かったとしても、本当にほんの少しだが。
「分かりました、私も手伝います」
影はソファから立ち上がり、声を上げる。
『私も手伝う』。
その言葉を聞いた迅は、一旦作業の手を止めると、顎に手を当てる。
「ふむ……。じゃあ、お使いを頼もうかな」
「お使い……ですか?」
「そう、お使い」と、影にメモ書きを手渡す。
影はメモ書きを開いた瞬間、網膜に飛び込んで来た圧倒的文字数に、頭痛を起こしそうになった。
「これ全部買って来いと……!?」
「うん、頑張れ。お金は僕の渡すから」
「いや、そもそもお使い自体した事が───」
「手伝うって言ったのは君だ。手伝いの内容に、元お嬢様か否かは関係ないだろ?」
「それは……そう、ですけど……」
ぐうの音も出ない正論に、影は言葉を失って行く。
自信満々に『手伝う』と言った以上、引き返えすとなれば、情けない事この上ない。
二人の立場は明白で、影には選択肢には、一つしか残されていなかった。
- Re: 太刀川探偵捕物帖 ( No.13 )
- 日時: 2022/02/15 20:02
- 名前: 緋月セト (ID: ObLAiJYQ)
「終わり次第合流するから、行ってらっしゃい」
「うぅ……、行って来ます……」
自分の言った事を後悔しながら、影は重い足取りで事務所を後にした。
***
事務所を出てから数分後、影は夥しい数の買い物袋を腕に提げ、夜道を歩いていた。
お使いは初めてだが、案外なんとかなる物だ。
「(ただ、物凄く疲れた……)」
徒歩5分の近場だったから良かったが、残りの二つだけが何故か何処にも売っておらず、別の店舗まで行く羽目になってしまった。
徒歩で往復約1時間と10分。
腕に提げられた重荷も合わせるなら、相当な筋力トレーニングになるのではと思う。
数時間しか関わった事のない、就職先の上司。
自分が来るまでは、一人で買い物や書類整理をしていたと考えると、かなりの重労働を今までずっと一人でやっていた事になる。
その割には、疲労が全く見えなかったが。
「(こんなに買って……何作るつもりなんだろ)」
その時、甲高い悲鳴が響き渡る。
反射的に振り返ると、視線の先には一人の女性が指差す先に、人間の身体が転がっていた。
酷く、胸騒ぎがする。
飲み屋も多いし、泥酔した大人が寝ているのも、別に悪い事ではない。だが、泥酔している大人を指差して悲鳴をあげるのは、どこかおかしい。
決定打になったのは、『鉄のような匂い』だった。