ダーク・ファンタジー小説
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- 聖女の呻吟
- 日時: 2023/03/24 20:44
- 名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)
♰story♰
・・・・・・1920年5月16日。ジャンヌ・ダルクが教皇ベネディクトゥス15世によりカトリック教会の聖人に列聖される・・・・・・
パリに事務所を構える私立探偵の『エメリーヌ・ド・クレイアンクール』と助手の『アガサ・クリスティー』。2人は久々の休暇に羽を休めている最中、ある依頼人が訪れ、奇怪な仕事が舞い込む。
それは数世紀前に火刑により処刑されたジャンヌ・ダルクの本当の死の真相を突き止めてほしいと言う内容だった。
予想だにしていなかった依頼に困惑するエメリーヌであったが、依頼人の想いに心を動かされ、頼みを承諾する。数世紀前に埋もれた事件の真相を探るため、アガサと共にフランス西部に位置する湿地帯の孤島『ヴァロワ島』へと向かう。
- Re: 聖女の呻吟 ( No.8 )
- 日時: 2023/05/16 18:41
- 名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)
ジョルジュが曖昧に証言した場所に例の教会は存在した。
大聖堂とは呼べないが、礼拝に相応しい雰囲気を充実させ、本土にある類と比べても違和感は感じない。
酒場があった集落の建物はどれも古臭いほどに劣化しているが、神聖な場所だけに管理を欠かさないのだろう。
建築から数日しか経過していないとも言える真新しい外見を保っていた。
エメリーヌとアガサはすぐに中には入らず、まずは立ち尽くして正面に聳える建物を観察する。
「東の方角に位置する峠のふもと・・・・・・アルベール教会で間違いありませんね」
エメリーヌは既に確信している事を呟く。
多少は気を配って周囲を見回すが、探偵と助手を除けば無人の一帯だ。
「そうですね。扉の上の看板にも、そう記されています。ですが・・・・・・」
アガサはさっきから、胸に抱え込んでいた疑問を投げかけた。
「1つだけ、分からない事があります。何故あの時、エメリーヌさんはこのアルベール教会に執着したのか?誰が判断しても、あの反応は普通じゃなかった」
「やはり、あなたも私の素振りに違和感を覚えていましたか。では、お答えしましょう。理由はこれです」
エメリーヌはジョルジュの酒場で購入した聖女の祝杯を見せ、アガサのパッとしない反応を窺う。
「そのお酒がどうかしたんですか?」
「よく、ご覧なさい。このアルコール瓶のラベルにはジャンヌ・ダルクと酷似した絵が描かれています。そして、聖女という文字も。つまり、そのマリアという修道女はジャンヌ・ダルクに詳しい人物である可能性が高い。だから、私はこの教会に手掛かりがあると睨んだ」
詳しい種明かしを聞き、ようやくアガサも納得の意を示した。
「その様子だと難問が解けたみたいですね?早速、そのマリアという人物に尋ねてみましょう。あと、ジョルジュさんの妹さんに届け物をする依頼も忘れてはいけません」
エメリーヌとアガサは開いた扉を潜り、建物へと足を踏み入れる。
教会は外見が外見なら内面もそれに合わせた構造が施されていた。
身廊の脇に無数の椅子が二列に並んでいて、その先には教祖が教えを請う祭壇が。
その隅には年代を感じさせる木製のピアノが置かれていた。
しかし、探偵と助手を出迎える者はいなかった。
人が集まるどころか、誰かが現れる気配すらない。
神を代行しての説教の務めは別の時間帯なのか、教会はガラリとしていて不気味なほどの静寂さが漂う。
正面に聳えるキリストの像だけが出入り口付近にいる2人を黙って見下ろしていた。
「誰もいませんね。よそ者を歓迎しない人達がいないだけ、気が楽ですけど」
アガサは率直に思った感想を漏らした。
「今は祈りを捧げる時間ではないからでしょう。ですが、扉に鍵がかかっていないという事は留守ではないようですね。どこかに人がいるはずです」
ふと、噂をすれば開いた扉から人が現れ、礼拝堂にもう1人、人数が加わる。
しかし、その容姿は2人の期待に水を差した。
やって来たのは背の低い少女で白い長髪と青い瞳が印象的だ。
しかし、着こなした服装は修道服とは異なり、ボロボロの布を縫い合わせて作った粗末なシャツを羽織っていた。
少女は2人に固まるように立ち止まり、不審者を警戒する目で凝視した。
「――え?あの・・・・・・」
向こうもこちらの訪問を予想だにしていなかったのだろう。
言葉を詰まらせ、次にまともな台詞を口にできたのが、やっとの事だった。
「あの・・・・・・観光客の方ですか?」
モジモジとした少女にエメリーヌは堂々と歩み寄って、
「私達は観光客ではありません。ある事件の調査のためにこの孤島を訪れた私立探偵です。エメリーヌ・ド・クレイアンクールと申します。こちらは助手のアガサ・クリスティー」
人見知りの激しいアガサも少女と振る舞いを重ね、一礼する。
「探偵さん・・・・・・なんですか?」
「はい。ジョルジュさんという酒場の経営者からこの場所を聞かされ、足を運びました」
「ジョルジュ・・・・・・兄とは知り合いなんですか?」
少女のただならぬ反応にエメリーヌも真剣な表情を繕い
「もしや、あなたがジョルジュさんの妹さんでしょうか?」
「ええ。そうです」
少女は即座に肯定する。
「あなたのお兄さんには色々とお世話になりました。これを。ジョルジュさんにこのリストを渡してほしいと頼まれたもので」
エメリーヌは頼まれた物を渡す。
少女は記された伝言を読み上げ、いくつか頷くと
「聖女の涙で造った密造酒を3樽。これくらいなら明日までに作れそう・・・・・・伝言を届けて下さり感謝します」
エメリーヌは造作もない様子で優しく破顔した。
「ところで、ここにマリアという修道女はいらっしゃらいますでしょうか?大事なご用件がございまして」
重要人物の在宅を確認すると、少女は残念そうに頭を横に振る。
「申し訳ありません。マリア様はとあるご用事で席を外しているんです。この教会には私しかいません」
「帰りはいつ頃に?」
「さあ?特に時間は決まっていませんので」
期待に背いた返答が重なり、アガサも眉をひそめる。
「他に御用はありますか?」
今度は少女が質問の出番に回った。
「でしたら、魔除けを2つ、譲って頂けないでしょうか?ジョルジュさん曰く、この孤島はよそ者には物騒だと聞かされましたので。島の一員に成りすませば、多少は安全になるかと・・・・・・」
「重ね重ね、申し訳ございません。教会で扱う道具は神聖な物でして 許可なくお譲りできないんです。魔除けですか・・・・・・私も兄と同様、迷信など信じない主義でして」
少女は兄と同じ台詞を零し、そのまま苦笑いを浮かべる。
エメリーヌは叶わないものは素直に諦めるとジョルジュ同様、彼の妹に聞き込みを試みる事にした。
- Re: 聖女の呻吟 ( No.9 )
- 日時: 2023/05/22 20:27
- 名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)
「あの、いくつかお尋ねしたいのですが?お時間はありますか?」
「ええ、構いませんよ。ちょうど、朝の仕事が終わったところですし。本音を言えば、朝から外に出ていないので退屈していたんです」
少女は晴れやかに破顔すると、嬉しそうに要求に応じた。
探偵と関わるという滅多にない経験に深い関心を示す。
「まだ、名前を教えていませんでしたね。私は"レイ"と言います。この教会でお酒などの売り物を作り、兄の仕事を手伝っています。そう言えば、さっきから気になっていたのですが、エメリーヌさんの髪の色、私とお揃いですね。同じ人がいて嬉しいです」
レイはエメリーヌの髪の色に親近感を覚える。
「この島で髪の白い人間はほとんどいませんから。そのせいなのか、この島の人達は変な目で私を見るんです」
「お気になさる必要はないと思いますよ。髪の色で人の存在価値は決まりませんから。偏見など、愚か者がする事です」
エメリーヌは励みなりそうな言葉を送ると、やるべき話題を進める。
「ヴァロワ島を訪れてから個人的に気になっていたのですが、波止場に建てられた少女の像について教えて下さい。この島で崇拝されている神様なんでしょうか?」
「いえ。あれは神様なんかじゃありません」
レイは探偵の予想を呆気なく否定した。
陰気に包まれた暗い面持ちを作り、少女の像について語り始める。
「あの少女は"シシス"と言って、この島に伝わる疫病神です。人が立ち入らない森の奥に住み、集落にやって来ては人を攫い、食い殺すのです。ブランシャール家の屋敷がある峠のふもと付近の森に潜むカルト団体のオバディア教の崇拝対象となっています。あなた方が欲しがっている魔除けは、その疫病神に襲われないための聖品です」
エメリーヌは理解を得て、会話に沈黙の間を開けた。
顎に触れていた親指と人差し指を胸元に降ろし
「ブランシャール家の屋敷について、何かご存知ですか?」
二度目の質問にレイはまたもや、爽やかとは言い難い悩ましい表情を繕い
「あの館の事ですか?ブランシャール家の一族は数世紀前にこの島を訪れました。一族の当主がこの島に眠る銀の鉱脈を見つけ、大勢の探鉱者を雇って島を繁栄させたんです。やがて一族は貴族となり、ヴァロワ島の正式な統治者となりました。今はシャルトリュー様が現当主を務めておいでですが、早くに家族を亡くし、お1人の身なのです。彼女は常に屋敷内に留まっているのか、姿を目にした人は、ほとんどいません。私もあまりお顔を拝見した事は・・・・・・」
「そのシャルトリューという人物にお会いする事は可能でしょうか?」
「残念ながら。無理に等しい思います。館の立ち入りが許されているのはマリア様を含め、ほんの数人しかおりません。ましてや、この島の住民ではない他所の方を歓迎したりはしないでしょう」
三度目の期待を裏切る答えにエメリーヌは失望を隠し、落ち着き払う。
「最後の質問です。あなたはジャンヌ・ダルクについて何かご存知ですか?」
レイは唐突な内容に不意を突かれ、最初の一瞬、"え?"と思わず漏らしてしまう。
少しの間、返答に困っていた末、1つの返答が返る。
「ジャンヌ・ダルクの事は・・・・・・確か昔、亡くなった母が寝る前に私と兄に絵本で読み聞かせてくれたのを覚えています。でも、そんなに興味は湧きませんでしたし、エメリーヌさんが質問するまでは存在をすっかり忘れてました。お力添えになれない事をお許し下さい」
「(動揺や焦り、不審な動きがない。この少女も兄同様、事件とは関係していないという事か・・・・・・)質問は以上です。ご協力に感謝します」
エメリーヌは密かな観察と聞き込みを終了し、一礼と共に礼儀正しい謝礼を送る。
その後ろの影でアガサは軽く歯を噛みしめ、がっかりとした顔を2人から逸らした。
教会の扉が閉ざされ、探偵と助手は収穫が得られないまま、暗雲の怪しい外へ出た。
潮を含んだ涼しい風の寒さが望みを失った感情に染みる。
「結局、ここに来ても結果は同じでしたね・・・・・・」
物事が上手く進まない結果にアガサは機嫌を損ね、不愉快な目つきを隣を歩くエメリーヌに向ける。
その口調は、やや反抗的で行き場のない怒りをぶつけているようにも窺える。
「そうですね。やはり、この事件は一筋縄ではいかないようです。如何にして、手掛かりを探せばよいか・・・・・・」
エメリーヌは相変わらず、夜の静寂のように凛としている。
表情は平然としているが、覗けない心の内では微かに後悔の念が芽生え始めていた。
「やっぱり、今回の件はあまりにも無茶が過ぎます。数世紀前の殺人事件を解決してほしいだなんて、無理難題にも程があるかと。本土に引き返して、依頼主のクリスティアさんに会って依頼の破棄を申し出た方が・・・・・・エメリーヌさん?」
エメリーヌ沈黙し、向かう先を読めないどこかへと足を歩ませる。
探偵の沈黙にアガサは奇妙な予感を覚えながら、彼女の名前を呼んだ。
「事が思うようにいかないのは探偵業の常です。捜査はまだ、序章を迎えたばかり。不可能を確信しない限り、諦める気はありません。まだ、調査をしていない重要な場所がありますし、時間と予算は山ほどある。次の捜索を始めますよ?」
- Re: 聖女の呻吟 ( No.10 )
- 日時: 2023/05/31 21:33
- 名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)
エメリーヌとアガサは捜査を続行し、島の西側へと足を運んだ。
港の集落を過ぎ、しばらくかけて海岸沿いの崖に辿り着くと、1軒の廃墟が2人を出迎える。
それは骨組みが剥き出しになった、何とも見るに堪えない教会の姿だ。
建物は朽ち果て、内側が覗けるくらい破壊しつくされた酷い有様だった。
かつては重要建造物として、扱われていたのだろう。
門や囲いのものらしき痕跡も地面に残っているものの、綺麗に撤去されて影も形もない。
代わり鉄棒と鎖の線が円形に1周して繋がっており、教会を包囲していた。
「エメリーヌさん。ここって・・・・・・」
「ヴァロワ教会。ジャンヌ・ダルクの指輪が見つかった場所です。ここに重要な手掛かりがあるかも知れません」
「でも、入っていいんですか?ジョルジュさんが証言していた通り、教会は閉鎖されてますけど?」
「まわりを見た限りでは見張りらしい人の姿はありませんね。忍び込むにはいい機会でしょう」
エメリーヌは捜査を優先して立ち入り禁止を意味する表示など、お構いなしに鎖の内側へと足を踏み込む。
アガサも不安だらけで嫌がった顔を浮かべながらも、鎖の真下を潜った。
外側が壊れかけなら、当然、内側も清潔感があるとは、お世辞にも言えない光景だった。
聖堂らしき構造は残っているが、長い間、潮風や雨水に晒されたせいか、白い石材が黒ずんで品のない色に染まっていたのだ。
床も歩くのに苦労するほど、雑草が好き放題に生え、建物の一部である瓦礫が散らばっている。
神への信仰を集める場所らしい神聖な雰囲気が全く漂っていない。
「上下左右・・・・・・どこを見渡しても"酷い"の一言しかありませんね。神聖な教会をここまで荒らすなんて、神様に呪われますよ」
アガサが教会の現状に苦い顔をしながら、腹立たしい愚痴を零す。
「かつては美しく、多くの信者が訪れていた頃の面影はどこにもありませんね。とにかく、手掛かりを探し出しましょう。アガサ。あなたはそちらに怪しい何かがないか、調べて頂けませんか?」
「分かりました。はあ。本当にここにいて大丈夫かな?」
アガサが瓦礫を退かして残骸を漁る中、早速、ある物にエメリーヌの探偵の知覚が反応を覚えた。
跪いて、床に煤(すす)のような粉末を白い手袋をはめたまま、摘まんで取る。
両目の間に寄せ、じっくりと観察した結果
「これは"銀粉"ですね。酸化が進み、完全に錆びている・・・・・・確か、ジョルジュさんはこの教会は大量の銀を素材に建てられたと証言していた。そして、銀は大戦に必要な資金にするために根こそぎ取り除かれたとも・・・・・・」
昨日の証言を思い出し、ひとまず助手に確認を取る。
「アガサ。何か見つかりましたか?」
「いえ。こっちはまだ何も。見ての通り、もぬけの殻ですからね。あるのは壊れた残骸だけで・・・・・・あ、いえ!待って下さい!何かあります!」
アガサもちょうど、残骸に埋もれている何かを発見する。
手作業で石や板の切れ端を退かし、隠れていた物の正体を露にした。
砂埃を手で掃った事ではっきりしたのは、数世紀前を思わせる絵柄で描かれた男性の肖像画だ。
「アガサ。この絵の人物は・・・・・・」
「間違いありません。"ルイ・ド・ヴァロワ(ルイ11世)"。ジャンヌ・ダルクの活躍によって、フランス王となった"シャルル7世"のご子息です」
「確か、ルイ11世はジャンヌ・ダルクを心から愛していた人物でしたでしょうか?」
「はい。捕虜となったジャンヌ・ダルクを見捨て、火刑に追いやった父とは裏腹に魔女として一生を終えたジャンヌに対し、感謝の意を捨てなかった唯一の王族とも言われています。事実、ルイは2人の娘にジャンヌと名付けています。もしかして、この方がジャンヌ・ダルクを殺害した犯人だったり・・・・・・?」
根拠のない推理にアガサは苦笑し、エメリーヌも表情を合わせて簡単な推測を立てる。
「ルイはジャンヌを純粋に愛していたはず。それに加え、当時のルイはまだ幼子だった。犯行に及んだ可能性は極端に低いと判断できます」
「――じゃあ、この絵は手掛かりには繋がりませんね」
アガサは少し残念な気持ちで肖像画を壊れかけの椅子に置き、改めて捜索を再開する。
エメリーヌは聖堂の奥へと足を進めて行く。
そこは3つの段差が低い階段となっており、その上の中心に聖書台があった。
紙が破れ黄ばんだ書物が21章のページを開いたまま、置かれている。
「私はアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。私は渇く者には、生命の水の泉から値なしに飲ませる・・・・・・これはヨハネの黙示録ですね」
エメリーヌはページに記された文章の一部を読み上げ、独り言を呟く。
本には対しては興味を持たず、聖書台の棚を確認した。
「――?」
最下の棚に微妙だが穴が開いており、空洞になっている。
何かがあるような、そんな予感がしたエメリーヌは隙間に指をかけて板をずらす。
底を覗くと期待は裏切らず、得体の知れない物体が隠されていた。
「エメリーヌさん。何かありましたか?」
ちょうど、そこへアガサがエメリーヌの元へやって来る。
「聖書台の下に不審な物を見つけました。今から回収してみようと思います」
「不審な物って・・・・・・!何ですか!?何ですか!?」
興味をそそられ、即座に態度を一変させる助手を隣に置き、エメリーヌは発見した物を底から取り出す。
- Re: 聖女の呻吟 ( No.11 )
- 日時: 2023/06/07 20:03
- 名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)
日の明るさで形がはっきりとしたその正体は小包みくらいの金属製の箱だった。
オルゴール箱にも似たその箱は錆びて黒ずんでいるものの、見事な装飾が施され、一種の銀細工とも解釈できる。
特に印象を受けたのは、頭上に小さく丸い窪みの存在だ。
「――これ、何でしょう?」
明らかに怪しい代物にアガサは真剣な口調で箱を凝視する。
好奇心を胸にエメリーヌは早速、中身を確認しようとするが・・・・・・
「一見すると、宝箱でしょうか?錆びの色から判断して、これは銀でできているみたいですね。しかし、おかしいですね?どういうわけか、蓋が開かない」
「鍵がかかっているのでは?」
蓋は頑丈に固定され、どんなに力を入れてもびくともしない。
アガサは施錠されているという考えを主張するが
「その鍵穴がどこにも存在しないのです。もしや、一種の"仕掛け箱"なのでしょうか?」
不可解な代物を扱う術に困惑するエメリーヌ。
しかし、箱を眺めているうちに彼女はある事に気づき、同時に探偵の脳裏にある予想が過る。
顔を斜めに傾けるアガサに視線を向けずにある物を取り出す。
「エメリーヌさん。それ・・・・・・」
「私もまさかとは思いますが、物は試しです」
エメリーヌはジャンヌ・ダルクの指輪を箱の窪みに入れ、はめ込む。
すると、リングはちょうどよく収まり、数秒間回転を起こした後、カチッと音が鳴った。
2人は互いに顔を見合わせ、次に箱を向き直った。
「エメリーヌさん・・・・・・!」
「どうやら、この箱は指輪を鍵として開く仕組みになっていたようですね」
「ジャンヌ・ダルクの指輪で開いたんですよ!?彼女の秘密に結びつく物が入っているに違いありません!早く、中に何があるのか調べてみましょう!」
ついに事件の謎を解く第一歩に迫った確信に心を弾ませ、2人は箱を開ける。
蓋が中身を露にした途端、黴臭さと埃が空気中を舞い上がった。
入っていた物は、皮紙に包まれた得体の知れない板状の物だけが1つ。
エメリーヌは皮紙を丁寧に省き、徐々に中身の姿を露にしていった。
包まれていた物の正体は黒く分厚い1冊の洋書。
一見すると古臭く、表紙に刻まれた傷が強い印象を与える。
「変わった書物ですね」
「何が書き記されてあるのでしょう?」
エメリーヌは洋書の表紙を捲ろうと最初のページに書かれた不思議な紋章を視野に入れた途端
「んっ!ううっ・・・・・・!」
エメリーヌの脳内に電流のような痺れが走った。
耐えられない痛みに思わず、書物を落とし、頭を抱えて蹲る。
「エ、エメリーヌさんっ!?どうしたんですか!?」
突然の事態にアガサは顔色を変えて叫んだが、その声は本人の耳には届かなかった。
ザ・・・・・・ザザ・・・・・・ザザ・・・・・・ザ・・・・・・
砂嵐のような音が脳に刺激を与え、目蓋を開けられない。
頭痛で遠のく意識の中、ある映像が映し出された。
はっきりとは映ってないが、微かに2人の少女の姿が確認できる。
彼女達は裕福な暮らしを送っているような品のある格好で容姿がとても美しい。
深刻で悩ましい表情を互いに見合わせ、何かを話し合っている場面が薄く見える。
ザザ・・・・・・ザ・・・・・・ザザ・・・・・・ザ・・・・・・
『"--様が、私にジャンヌを----に連れて来るように申し付けられました。ですが、私はジャンヌの----が起きそうで心配なのです・・・・・・!"』
『"マリア。あなたは何を心配しているの?はっきりとーーーー?何をそんなに怯えているの?"』
『"--様の目に理性なんてなかった・・・・・・ーーーーの誘惑が奥に潜んでいるのが見えました・・・・・・!"』
ザザ・・・・・・ザ・・・・・・
『"ジャンヌは、この事をーーーー?"』
『"いえ、ーーーーにはまだ、何も話していません・・・・・・!ですがっ・・・・・・!"』
ザ・・・・・・ザザザ・・・・・・ザ・・・・・・
『"つまり、あなたの仕えている--様がーーーー知れないのね?"』
『"--様!私は一体、どうすれば・・・・・・!?"』
『"・・・・・・仕方がないわね。私がーーーーして、あの方にーーーー"』
ザザザ・・・・・・ザザ・・・・・・
『"しかし・・・・・・それでは、あなた様が・・・・・・!"』
ザザ・・・・・・ザ・・・・・・ザザザ・・・・・・
『"あなたのーーーーとも限らない。もしもの事があってジャンヌをーーーー、フランスはーーーー・・・・・・それに彼女をあらゆる悲劇から守るのが、ーーーーである私の役目よ。あの--には私が--。安心して。あなたにも決して、危害を加えさせない"』
『"--様・・・・・・"』
ザザ・・・・・・ザ・・・・・・ザザ・・・・・・ザザ・・・・・・ザ・・・・・・ザザザ・・・・・・
- Re: 聖女の呻吟 ( No.12 )
- 日時: 2023/06/13 20:16
- 名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)
「うっ・・・・・・うう・・・・・・!」
「エメリーヌさん!」
アガサの声がはっきりと木霊し、エメリーヌは我に返った。
重く閉ざしていた目蓋をカッと大きく開き、苦しそうに激しい吐息を繰り返す。
数秒後、今いる現実を自覚して自身を呼んだ助手に視線をやった。
「はあはあ・・・・・・!わ、私は・・・・・・」
「本に触れた途端、エメリーヌさんが急に苦しみだして!一体、何があったんですか!?」
エメリーヌは脳内に流れた映像の事は口に出さず、目線だけを書物に向け
「少しばかり、目眩がしただけです。気分はもう悪くありません」
そう何事もなかったように答え、今度はおそるおそると書物を指先で触れる。
しかし、頭痛を及ぼす音は聞こえず、謎の現象も起きなかった。
エメリーヌは書物を回収して鞄にしまい込むと
「アガサ。すぐに教会を出ましょう。事件の手掛かりに繋がりそうな怪しい物を手に入れた事ですし。集落に戻り、ジョルジュさんに再び部屋を提供してもらいましょう」
「本当に大丈夫ですか?顔色があまり良くないですよ?」
「気遣いは無用です。早く帰って英気を養いましょう。今日は酷く疲れました」
奇怪な収穫を得たエメリーヌとアガサはヴァロワ教会から外に出る。
鎖のラインを越えようとした刹那、力強い足が地面を踏みにじり何者が立ちはだかった。
2人は現れた者の威圧に負け、歩みを止める。
「おい、お前ら。こんな所で何をしてやがる?ここはなぁ。よそもんが立ち入っていい場所じゃねえんだよ」
現れたのは見知らぬ背が高い青年。
随分と殺気立った好戦的な口調で目つきが獣のように鋭く尖った八重歯を剥き出しにしていた。
島の住民らしい汚らしい格好で、ボロボロになった穴だらけのパーカーを着ており、フードで頭上を覆っている。
柄を左手に軽く叩きつけ、先端にある斧で威嚇をしているつもりのようだ。
凶器の存在に怖気づいたアガサはそそくさとエメリーヌの後ろに身を潜める。
「あなたは?」
エメリーヌは冷静に青年の素性を尋ねようとするが
「質問してんのはこっちだ。10秒だけ猶予をやる。俺がお前らの額を叩き割らずに済む理由を教えろ」
青年は敵意を抱いたまま、鎖を跨いでジリジリと間合いを詰めてくる。
「私達は決して、怪しい者ではありません。お互い暴力沙汰は避けて冷静に話し合いませんか?」
「んだと?お前ら、この島の人間じゃねぇよそ者が神聖な場所に不法侵入してる時点で怪しさしかねえじゃねえか!!」
青年は堪忍袋の緒が切れ、目の前にいる探偵を怒鳴りつけた。
「落ち着いて下さい。私達は私立探偵です。ある事件の調査のためにこの島へ足を運びました。誓って、この神聖な場所を穢すような真似はしておりません」
「ああ!?事件だと!?何の事件を何を調べてやがんだ!?」
「申し訳ありませんが。お教えする事はできません。仕事上の機密事項ですので」
「答える気はねえって事か・・・・・・だったら!てめぇらをこのまま帰すわけにはいかねえな!」
青年は更に殺気を強め、斧を振りかざす。
こちらに危害を加えようとドカドカとこちらに向かって突進して来た。
迫り来る脅威にエメリーヌは引き下がろうとはせず、接近を許す。
アガサは恐怖に耐えられなくなり、その場から逃げ出した。
怒号と共に容赦ない勢いで振り下ろされる斧。
鋭く厚い刀身はエメリーヌの額を叩き割ろうとしたが、彼女は素早く体の向きを変え、無防備な姿勢をずらす。
的を外れた斧が地面を抉る前に柄を押さえつけた。
「なっ・・・・・・!?」
思わぬ反撃に驚愕の声を漏らす青年。
エメリーヌは多少は加減し、青年の腹部に蹴りを喰らわした。
痛みに怯んだところで、力を失った手から斧を奪う。
瞬く間に刀身を柄から外し、解体した凶器を手が届かぬ場所へと投げ捨てた。
「がはっ・・・・・・!はあはあ・・・・・・!」
青年は蹲り、蹴られた腹部を押さえながら正面を見上げた。
そこには、さっきと姿勢が変わらないエメリーヌが立ち尽くしている。
「暴力沙汰は避けたい。そう申したはずです」
「くっ・・・・・・クソがぁ・・・・・・!」
青年は懲りずに反抗的な態度を見せるが、武器を喪失し成す・・・・・うう・・・・・・!」
「エメリーヌさん!」
アガサの声がはっきりと木霊し、エメリーヌは我に返った。
重く閉ざしていた目蓋をカッと大きく開き、苦しそうに激しい吐息を繰り返す。
数秒後、今いる現実を自覚して自身を呼んだ助手に視線をやった。
「はあはあ・・・・・・!わ、私は・・・・・・」
「本に触れた途端、エメリーヌさんが急に苦しみだして!一体、何があったんですか!?」
エメリーヌは脳内に流れた映像の事は口に出さず、目線だけを書物に向け
「少しばかり、目眩がしただけです。気分はもう悪くありません」
そう何事もなかったように答え、今度はおそるおそると書物を指先で触れる。
しかし、頭痛を及ぼす音は聞こえず、謎の現象も起きなかった。
エメリーヌは書物を回収して鞄にしまい込むと
「アガサ。すぐに教会を出ましょう。事件の手掛かりに繋がりそうな怪しい物を手に入れた事ですし。集落に戻り、ジョルジュさんに再び部屋を提供してもらいましょう」
「本当に大丈夫ですか?顔色があまり良くないですよ?」
「気遣いは無用です。早く帰って英気を養いましょう。今日は酷く疲れました」
奇怪な収穫を得たエメリーヌとアガサはヴァロワ教会から外に出る。
鎖のラインを越えようとした刹那、力強い足が地面を踏みにじり何者が立ちはだかった。
2人は現れた者の威圧に負け、歩みを止める。
「おい、お前ら。こんな所で何をしてやがる?ここはなぁ。よそもんが立ち入っていい場所じゃねえんだよ」
現れたのは見知らぬ背が高い青年。
随分と殺気立った好戦的な口調で目つきが獣のように鋭く尖った八重歯を剥き出しにしていた。
島の住民らしい汚らしい格好で、ボロボロになった穴だらけのパーカーを着ており、フードで頭上を覆っている。
柄を左手に軽く叩きつけ、先端にある斧で威嚇をしているつもりのようだ。
凶器の存在に怖気づいたアガサはそそくさとエメリーヌの後ろに身を潜める。
「あなたは?」
エメリーヌは冷静に青年の素性を尋ねようとするが
「質問してんのはこっちだ。10秒だけ猶予をやる。俺がお前らの額を叩き割らずに済む理由を教えろ」
青年は敵意を抱いたまま、鎖を跨いでジリジリと間合いを詰めてくる。
「私達は決して、怪しい者ではありません。お互い暴力沙汰は避けて冷静に話し合いませんか?」
「んだと?お前ら、この島の人間じゃねぇよそ者が神聖な場所に不法侵入してる時点で怪しさしかねえじゃねえか!!」
青年は堪忍袋の緒が切れ、目の前にいる探偵を怒鳴りつけた。
「落ち着いて下さい。私達は私立探偵です。ある事件の調査のためにこの島へ足を運びました。誓って、この神聖な場所を穢すような真似はしておりません」
「ああ!?事件だと!?何の事件を何を調べてやがんだ!?」
「申し訳ありませんが。お教えする事はできません。仕事上の機密事項ですので」
「答える気はねえって事か・・・・・・だったら!てめぇらをこのまま帰すわけにはいかねえな!」
青年は更に殺気を強め、斧を振りかざす。
こちらに危害を加えようとドカドカとこちらに向かって突進して来た。
迫り来る脅威にエメリーヌは引き下がろうとはせず、接近を許す。
アガサは恐怖に耐えられなくなり、その場から逃げ出した。
怒号と共に容赦ない勢いで振り下ろされる斧。
鋭く厚い刀身はエメリーヌの額を叩き割ろうとしたが、彼女は素早く体の向きを変え、無防備な姿勢をずらす。
的を外れた斧が地面を抉る前に柄を押さえつけた。
「なっ・・・・・・!?」
思わぬ反撃に驚愕の声を漏らす青年。
エメリーヌは多少は加減し、青年の腹部に蹴りを喰らわした。
痛みに怯んだところで、力を失った手から斧を奪う。
瞬く間に刀身を柄から外し、解体した凶器を手が届かぬ場所へと投げ捨てた。
「がはっ・・・・・・!はあはあ・・・・・・!」
青年は蹲り、蹴られた腹部を押さえながら正面を見上げた。
そこには、さっきと姿勢が変わらないエメリーヌが立ち尽くしている。
「暴力沙汰は避けたい。そう申したはずです」
「くっ・・・・・・クソがぁ・・・・・・!」
青年は懲りずに反抗的な態度を見せるが、武器を喪失し為す術もない。
「まずはお互いに名乗りましょう。私はエメリーヌ・ド・クレイアンクール。先ほど申し上げた通り、私立探偵です。あなたは?」
「うぐっ・・・・・・!アルノ・・・・・・この島の当主・・・・・・シャリュトリュー様に頼まれてこの教会を・・・・・・見張ってんだ・・・・・・!」
青年は痛感が堪え、喋りづらさに苦労しながらも、何とか素性を明かした。
「アルノ。それがあなたの名前なのですね?手荒な真似をしてしまった事はお詫びします。しかし、人をよく判断せず、いきなり暴力に持ち込むのは善良な人のする事ではありませんよ?」
「うっ・・・・・・うるせえ・・・・・・!」
「アガサ。もう、危険は去りましたよ?いつまでもそこにいないで、酒場へと向かいましょう」
アガサは慌てた返事をしてエメリーヌの元へ追いつく。
アルノは当分起き上がれそうもなく、鎖の内側で背を丸めていた。
「――ここで死ぬのかと思いました。エメリーヌさんの強さは知っていますが、下手をしていたら、間違いなく命を落としていましたよ。何故、あの人が襲い掛かろうとした際、銃で脅さなかったんですか?」
アガサのごもっともな質問にエメリーヌは命拾いした震えもなく、平静さを保ちながら
「彼は斧を使い、こちらを脅迫してきましたが犯罪者ではなかったようですね。島の当主に雇われ、ヴァロワ教会の守護を任されていた管理者だった。つまり、彼はこの島で真面目に働く正当な住人です。私は悪意のない人間を撃つつもりはありません。銃を抜かないで正解でした」