ダーク・ファンタジー小説

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聖女の呻吟
日時: 2023/03/24 20:44
名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)

 ♰story♰

 ・・・・・・1920年5月16日。ジャンヌ・ダルクが教皇ベネディクトゥス15世によりカトリック教会の聖人に列聖される・・・・・・

 パリに事務所を構える私立探偵の『エメリーヌ・ド・クレイアンクール』と助手の『アガサ・クリスティー』。2人は久々の休暇に羽を休めている最中、ある依頼人が訪れ、奇怪な仕事が舞い込む。
それは数世紀前に火刑により処刑されたジャンヌ・ダルクの本当の死の真相を突き止めてほしいと言う内容だった。

 予想だにしていなかった依頼に困惑するエメリーヌであったが、依頼人の想いに心を動かされ、頼みを承諾する。数世紀前に埋もれた事件の真相を探るため、アガサと共にフランス西部に位置する湿地帯の孤島『ヴァロワ島』へと向かう。

Re: 聖女の呻吟 ( No.3 )
日時: 2023/04/08 19:10
名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)

「クリスティアさん。あなたの話はとても興味深いですし、冷やかしでない事も理解できます。しかしながら数世紀前もの殺人事件を調べるなんて不可能です。そもそも、何故あなたはジャンヌ・ダルクは誰かに殺害されたのだと言い切れるのですか?」

「祖母の悪夢です」

「悪夢・・・・・・?」

 急にシュンと気を落としたクリスティアは足元の床を眺め

「その悪夢は空が曇り、黒い海に浮かぶ寂しげな"孤島"が映るんです。そこから女の人の聲が聞こえてくるんです。"助けて・・・・・・やめて・・・・・・苦しい・・・・・・"と。悪夢は毎晩のように続き、そのせいで祖母は心を病んで病に伏せてしまいました」

「黒い海に浮かぶ孤島・・・・・・確かに不気味ですが、それだけでは確証を持てません。せめて、事件と繋がりがある"手掛かり"はないのですか?」

 クリスティアはその質問を待っていたように、今度はポケットから小さな宝石箱を取り出す。
蓋を開けると、中に細い傷やひびがついた1つの指輪が。
金属の種類は恐らく銀。しかし、この時代の技術で作られたとは思えないアンティークらしい奇妙な形を模っている。
指輪にはイエスとマリアの名前、そして3つの十字架が刻まれていた。

「これは正真正銘、ジャンヌ・ダルクが身に着けていたとされる指輪です。鑑定の結果、本物であると証明されました」

 職業柄、何事にも動じないエメリーヌも予想だにしなかった代物に驚いた様子だった。
アガサも顔を間近に迫らせ、指輪をじっくりと拝見する。

「これが手掛かりです。信じて頂けますよね?」

「この形状や刻印の形からして、数世紀前の技術で作られた物でしょう。随分と古い指輪・・・・・・ですが、これをどこで?」

 クリスティアは一度だけ浅い呼吸を行い、より真剣になって

「"ヴァロワ島"。フランス西部に位置する孤島です。そこに閉鎖された廃教会があって、親戚が許可をもらって立ち寄った際に偶然発見した物です」

「そんな名前の孤島は聞いた事がありません。そもそも、フランス付近に島なんてあるんですか?」

「ヴァロワ島・・・・・・」

 エメリーヌは依頼人の台詞を真似る。
その口調に違和感を持ったアガサが探偵に問いかけた。

「エメリーヌさん?ひょっとして、ヴァロワ島をご存じなんですか?」

「ええ、何度か耳にした名前です。ヴァロワ島は別名"霧の島"と呼ばれる湿地帯の孤島。百年戦争時代、当時のフランス王族であるヴァロワ家によって統治され、島全体が銀の鉱脈と呼べるくらいに銀鉱石が大量に取れたらしいです。しかし、数年前の大戦でフランス政府は戦争に必要な資金を得るために、島の銀を根こそぎ回収してしまった・・・・・・」

 エメリーヌが曖昧で長い説明を終える。

「"処刑された影武者"、"祖母の悪夢"、"島で発見されたジャンヌ・ダルクの指輪"・・・・・・これは単なる偶然ではない気がするんです」

 クリスティアは確信してるように強く訴える。

「つまり、あなたはヴァロワ島にジャンヌ・ダルク殺害の真相が隠されてる・・・・・・と?」

「はい。その島に行けば答えに辿り着ける・・・・・・そんな気がしてならないのです」

「なるほど」

 エメリーヌはそれだけ言うと、席を立った。
仕事用の机に向かい、2段目の引き出しにしまってあった回転式拳銃を取り出すとシリンダーに1発ずつ弾を込める。
その他にも捜査に必要なあらゆる道具一式を取り揃え、最後にスタンドにかけてあった黒いブレザーを羽織った。

「え?エメリーヌさん・・・・・・?」

 アガサは"まさか"と言わんばかりに口を開き、クリスティアは希望を見出したように明るい笑みを作った。

「もしかして、依頼を受けて頂けるんですか?」

「面白そうな仕事ですからね。やるだけやってみます。しかし、この依頼は私にとっても前代未聞の内容です。いい結果は期待しないで下さい」

「流石はフランスで名の知れた名探偵ですね。エメリーヌさんに頼んで正解でした。事件を解決した際には多額の報酬をお支払いしますので」

 クリスティアは嬉しさのあまり、何度も頭を縦に振った。

「今日は特に仕事はないのでヴァロワ島には今日中に出発する事にしましょう」

「私も一緒に同行してもよろしいでしょうか?」

 その申し出にエメリーヌは静かに頭を横に揺らす。

「助力の申し出は嬉しい限りですが、探偵業は場合によってはかなりの危険を伴う仕事です。依頼人を守る事も探偵の仕事。クリスティアさんは事件が解決するまで、本土でお待ちになっていて下さい。それとジャンヌ・ダルクの指輪を少しの間、お預かりしてもよろしいでしょうか?何が手掛かりになるか分かりませんので」

「勿論です。どうぞ」

 エメリーヌは指輪が入った宝石箱を受け取り、服の裏のポケットにしまい込む。
現在の時刻を確認しながら、アガサにも出発の準備を促した。

「アガサ。数時間後にヴァロワ島に発ちますのであなたも仕度しなさい。それと船の手配を」

Re: 聖女の呻吟 ( No.4 )
日時: 2023/04/19 19:53
名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)

 1920年 5月17日 午後7時48分 北大西洋 ヴァロワ島への海路

 太陽が沈んだ海に一隻の小型船が浮かんでいた。
光の薄い明かりを頼り、水の上をゆっくりと進んでいく。
辺りには灰色の霧が立ち込め、数メートル先も見えない。

 エメリーヌは船の先端のデッキに立ち、前方を眺めていた。
その横ではアガサが船体から身を乗り出し、海面を覗く。
黒い水に映った自身の黒い顔が歪んでいる。

「海を渡っている気がしない・・・・・・まるで、違う世界に迷い込んだ感覚です。エメリーヌさんもそう思うでしょ?」

「そうですね。仕事柄、様々な環境に慣れた私でさえも些か気味が悪いです」

「フランスを出港してから、もうずいぶん経ちますね・・・・・・今、何時ですか?」

 エメリーヌはポケットから金の懐中時計を取り出し、蓋を開けて時間を確認する。

「もうすぐ、8時を迎えます。ヴァロワ島に到着する頃は9時を過ぎるかも知れません」

「島に着いたら、まずはどうしますか?」

「もう、夜も遅い。仕事は明日に回した方がいいでしょう。船を降りたら港で宿屋を探し、部屋を借りましょう。十分に休んだら、就寝前に解決を依頼された事件の内容を振り返ってみるのは如何ですか?」

「分かりました。ああ~、早く夕食が食べたい・・・・・・」

 アガサがぼやいて、凍えた手に生温い吐息を吹きかける。

 それから更に30分が経過した頃、はっとエメリーヌは顔を上げた。
アガサは探偵の異変に気づき、同じ方向を眺める。
濃い霧でよくは確認できないが、そう遠くない向こう側で陸地らしき影が姿を現した。
船が近づけば近づくほど、小さな孤島がはっきりと映し出される。

「ようやく、到着のようですね」

 エメリーヌが物静かな普段の口調で言って、アガサがぼそっと囁く。

「あれがヴァロワ島・・・・・・」

 島には浜辺がなく、波止場が来訪者を出迎える。
複数並ぶ桟橋の間にはこの島の信仰として祀られているのか、少女の姿を象った石像が建てられている。  
点在する建物には灯りが灯されているものの活気はなく、人の姿はほとんどない。

 集落と山の間に森林が見えるものの、山岳はゴツゴツとした岩だけの不毛の風景が広がっていた。
しかし、1番高く聳える岩山の頂上には貴族の別荘とも呼べる立派な館が見える。
船は波止場に停泊し、エンジン音が止んだ。
船頭に代金を渡し、礼を済ませると2人はヴァロワ島へ降り立つ。

「これから泊まる場所を探さなきゃいけないのですか?今日はいつもよりも骨が折れそうです・・・・・・」

 アガサがグッタリと実に面倒臭そうに不満をぼやく。

「いいえ。ディナーには思ったより早く在りつけるかも知れませんよ?ほら、あそこに」

 エメリーヌが突き立てた1本の指の先には、まわりの静寂さを保つ家々とは異なる1軒の建物があった。
『銀の銛』の文字が刻まれた看板があり、上にはその名の通り、錆びついているが白銀の面影を残した銛が飾られてあった。
大勢の人間が集まっているのか、内側がやけに騒がしい。

「――あれって酒場?」

「行きましょう。部屋を借りられるかも知れません」

「あっ!待って下さい!」

 一足先に行く探偵の背中をアガサは慌てて追いかける。


「いらっしゃい」

 扉を潜ると酒場の店主らしき青年が活気のない挨拶をした。
彼はエメリーヌ達に特には関心を持たず、グラスを吹いたり酒を振る舞ったりと黙々と店の仕事に明け暮れる。

 店内は人がいるものの、異様な雰囲気だった。
チェスをする者、集団でテーブルを囲み歌を歌う者、1人で静かに酒を飲む者。
日頃の労働で溜まった疲労を解消すべく羽目を外しているが、明るみがなく妙に陰気臭い。

 島の住人はよそ者であるエメリーヌ達の姿を目視した途端、その賑やかさは止む。
見慣れない人間は珍しく、尚且つ毛嫌いしているのか?
友好的とは捉えられない敵意に似た視線が2人に集まる。

 店主に話しかけようとカウンターに近づく。
すると、そこにいた客の1人である男がエメリーヌの足元に唾を吐き捨てた。
そして、何事もなかった顔で2人から視線を逸らした。
品のない行為にアガサは蔑んだ顔で男を睨む。

 エメリーヌは横を向くと躓いたように見せかけて、その男の椅子を蹴飛ばした。
バランスを崩し、床へ転倒する男。
倒れた姿勢のまま、こちらを平然と見下ろす探偵を見上げる。

「失礼しました。前を見ていなかったもので」

 男は不機嫌な面持ちを浮かべながらも、ケンカには持ち込まず、大人しく椅子に座った。

「悪いが、揉め事は起こさないでくれないか?こっちは平和な経営をしたいんだ・・・・・・で、何を飲む?」

 店主が始めに忠告を促し、注文を窺うと

「お酒はいりません。この酒場には宿はありますか?ありましたら、部屋を提供して頂きたいのですが?」

 予想していなかった要求に店主は手の動きを止め、エメリーヌを見た。
怪しさを宿した視線を浴びせ、また逸らすと

「あんたら、この島の住人じゃないな?フランス本土から来たのか?」

「ええ。分かりますか?」

 オーナーは木製のグラスに注いだビールを泡立て

「他の連中とは違って"魔除け"をつけていないからな。それにここいらの人間にしては服装が綺麗だ。ここには観光できたのか?」

 エメリーヌはお世辞にしか聞こえない口調を気にせず、質問を返した。

「開いているお部屋はありますでしょうか?」

 改めて質問を繰り返すと、店主は天井に向けて人差し指を回す。

「ないわけじゃないが、品のあるもてなしはできないと最初に忠告しておく。何たって、この島はいつだって不況だからな。あんた、金はあるのか?」

 エメリーヌは財布を取り出すと値段を聞き、紙幣を取り出すが

「ああ、すまん。この島は本土の貨幣は使えないんだ。そんな物、ここでは価値がない。使えたとしてもせいぜいトイレの紙にするくらいだ」

「――そんな、どうします?」

 失望が膨らんでいくアガサはエメリーヌの影で囁く。

Re: 聖女の呻吟 ( No.5 )
日時: 2023/04/23 19:28
名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)

「銀貨でも?」

「勿論」

 エメリーヌは行き詰まっても、困惑した表情を表さなかった。
通貨として利用できない紙幣をしまうと、今度は1枚の硬貨を差し出す。
それは美しい黄金色の輝きを放つ金貨だった。

「ここでは"金"さえも価値のない物ですか?」

 ルールには厳しかった店主だったが、価値のある代物を見せられ、しかめた表情が少し緩んだ。
オーナーは返す言葉も浮かばないまま、金貨を受け取る。

「――まあ、ここまで誠意を示されたら、断る側が悪者になってしまうな。いいだろう。部屋を提供してやる。ついでにディナーもな。個室の1つを好きに使ってくれ。階段はそこだ」

 温かい承諾にエメリーヌは小さく微笑んで

「感謝します。ここは居心地がいいですね。この酒場はあなたが経営してるんですか?」

「まあな。この島はかつて銀が盛んで、大勢の観光客がうちの店に訪れていた。しかし、大戦が始まってから銀はフランス政府に根こそぎ持って行かれ、今じゃもぬけの殻だ。今、この島にあるのは、質の悪いアルコールと不味い魚料理だけだ。売り上げも悪いから薬も買えず、お陰で病弱だった親父も死んでしまった・・・・・・」

「お察しします」

「同情なんかしなくていい。自分が生きてるだけでも幸運だと考えてる」

 オーナーは悲しみを抱くのにも疲れたような態度で堂々と述べた。
曇った顔を俯かせ、客のいないカウンターを灰色に汚れた布で拭く。
視線をちらりとやり、目の前に留まるエメリーヌを見て

「どうした?部屋はもうあんた達の物だ。行かないのか?」

「その前にいくつかお尋ねしたい事があるのですが?少しばかりお時間をお借りして、よろしいでしょうか?」

「聞きたい事?まあ、酒場は情報を提供する場でもあるが・・・・・・あんた、何者なんだ?」

 ますます、疑わしさを深めるオーナーに対し、エメリーヌは素性を打ち明けた。

「私はエメリーヌ・ド・クレイアンクールと申します。パリで事務所を構える私立探偵です。こちらは助手のアガサ・クリスティーです」

「こんばんは・・・・・・」

 アガサはもじもじと挨拶だけを済ませると出しゃばらず、エメリーヌの背後へ引き下がった。

「――あんたら、探偵だったのか?」

 静かに驚くオーナーに間を開けず

「はい。詳しい事はお教えできませんが、この島にはある事件の捜査のために来たんです」

「なるほどな。俺の名は"ジョルジュ"だ。で、何が聞きたいんだ?できれば、手短に頼む。こっちは昼も夜も働きづめでクタクタなんだ」

「勿論です。まずはこの島について教えて下さい」

「この島の事を知りたいだと?つまり?」

 エメリーヌが最初にした質問は

「集落はここだけですか?」

「ああ、まあ・・・・・・そうだな。集落と呼べる所があるとすればここだけだ。この島の連中のほとんどは漁民で魚や鯨を捕って生活している。1日の仕事が終われば、毎晩、この店の酒に酔いしれ憩いの場にするんだ」

「施設と呼べる場所などはありますか?」

 二度目の質問にジョルジュは思い当たる節を探し、やがて思い浮かんだのか、咳に似た吐息を吐き出して

「施設ならいくつかある。この集落の東側に"コルネイユ病院"がある。あとは"アルベール教会"だ。住民の何人かは日曜の安息日に生活の無事を祈るため、そこに向かう。西側にも""ヴァロワ教会があって、銀で構築された立派な聖堂だったが、数年前の大戦で骨組みにされてしまい今は廃墟化し、閉鎖されている」

「恐らく、ジャンヌ・ダルクの指輪が見つかった場所ですね」

 アガサの確信にエメリーヌは心の中で頷き、反応までは示さなかった。
今度は個人的に気になった問いを投げかける。

「船の上でこの孤島を目にした際、峠に聳える豪邸を見たのですが、あそこには誰がお住まいになっているのですか?」

「あれか?この島を統治している貴族、"ブランシャール家の館"だ。"シャルロッテ"と言う令嬢が現当主らしいんだが、その姿を見た奴はほとんどいないんだよな。ここいらじゃ、彼女の正体は幽霊や魔物なんじゃないかと噂が立ってるくらいだ」

「魔物・・・・・・ですか?」

「たかが噂だ。鵜呑みにするなんてバカらしい」

 エメリーヌは苦笑し、"そうですよね"と話を合わせ、最後に重要な質問をする。

「最後に可笑しな事を窺いますが、この島はジャンヌ・ダルクと関連はありますか?」

 唐突な内容にジョルジュは"はあ?"と露骨に顔をしかめた。
その面持ちは驚愕の他に不可解さと呆れを感じさせる。

「どうして、このタイミングでジャンヌ・ダルクの名が出てくる?あんた、そもそも何の事件の捜査をしているんだ?」

「これは仕事上の機密事項なのでお教えする事はできませんが、とても重要な事なんです。何か知りませんか?」

 エメリーヌはしつこく、質問を改めるが

「――さあな。俺は百年戦争の英雄にも歴史についても興味はない。この島で生まれ育ったが、ジャンヌ・ダルクがこの島と接点はあるかどうかは知らん。知ってると言ってもせいぜい昔、絵本で読んだくらいだ。力になれなくて悪いが、それが事実だ」

 残念ながら、有力な証言は得られなかった。

「分かりました。質問は以上です。お忙しい中、ご協力下さりありがとうございました。さあ、アガサ?部屋に行き、英気を養いましょう」

「え?もう、いいんですか?」

 不満を覚える助手にエメリーヌは去ろうとした際、本人に聞こえないよう耳元で囁いた。

「彼は嘘や隠し事をしていません。事情聴取の最中、彼の動きを観察していましたが、動揺も焦りもありませんでした。探偵を名乗り出てもジャンヌ・ダルクについて聞いても、これといった反応を示さなかった。つまり、彼は事件とは関係していない」

Re: 聖女の呻吟 ( No.6 )
日時: 2023/05/05 19:52
名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)

 エメリーヌとアガサは2階の借り部屋の扉を開く。
2人を出迎えたのは、居心地の悪さが目立つ不衛生な寝室だった。
全体が狭く、使えそうな家具もほとんど置かれていない。
何年も手入れが施されていないのか、黴臭くて湿気が一面に漂っていた。

「ナメクジが好みそうな部屋ですね。こんなにも汚い場所で一夜を過ごすだなんて・・・・・・金貨の恩を仇で返されましたね・・・・・・」

 アガサは粗末な部屋に対し、皮肉と不満をぶちまける。

「人の親切に文句を言ってはいけません。雨風を凌げれば、十分でしょう」

 エメリーヌは助手の欠けたモラルに説教をする。
前向きに考えているものの、実は心底では彼女自身も苦情の欲求に満ちていた。
机にあったランプに火を灯すと2人はそれぞれのベッドに腰を下ろし、数時間ぶりの休息を満喫する。

 アガサは気紛れに窓の外を覗く。
海は見えず、気配のない不気味な家々が景色として広がっていた。

「しかし、何も取り柄がなさそうなこんな孤島に本当にジャンヌ・ダルクの死の真相が隠されているんでしょうか?」

「私も事件についてはこれといった確信はありません。ですが事実、この島でジャンヌの指輪が発見されているんです。関連性は否定できないと思いますよ」

「数世紀前の殺人事件と言っても、どこから調べればいいのか見当もつきませんね。明日になったとしても何から始めればいいのか・・・・・・」

「捜査は第一に聞き込みです。たくさんの情報を集めれば、自然と手掛かりに繋がります。夜が明けたら、改めて聞き込みを続行しましょう。まずは今回の被害者であるジャンヌ・ダルクについて振り返りましょう。有力なヒントを得られる知れません」

 探偵と助手は手掛かりのピースを探すため、ジャンヌの歴史に関してのプロファイリングを始める。

「ジャンヌ・ダルクの死のきっかけと言えば、異端審問。裁判を務めたのは親イングランド派の聖職者にして彼女の異端審問において裁判長を務めた"ピエール・コーション"。弁護士もつけられなかった不正裁判によってジャンヌは有罪とされ、最後は火刑に処された。史実ではそうなっていますが、依頼人のアメリアさんの証言ではそれは偽りで実際に火刑に処されたのは影武者。本物は何者かに殺害された・・・・・・アガサ?あなたは誰が犯人だと思いますか?」

「ジャンヌ・ダルクはコンピエーニュの戦いで撤退しようとした際、自軍の要塞の門が閉ざされ、捕らえられた。フランス軍はイングランド軍の侵入を防ぐためとあったとされていますが、裏切りによる陰謀だとういう説も挙げられています。私的には、その部分が引っ掛かりますね。つまり、犯人はイングランド側だけではなく、フランス側にいる可能性もあるのでは?これはあくまでも勘ですが、ジャンヌの戦友の中に彼女を手にかけた犯人がいたのかも知れません」

 アガサの意見にエメリーヌは一理として受け入れ、更に続ける。

「ジャンヌの戦友は30人にも上ると言われています。中でも有名なのが大元帥"アルチュール・ド・リッシュモン"。四騎士の1人として名高い"ジル・ド・レ"。美男公の通称を持つ"ジャン・ダランソン2世"。オルレアン包囲戦時の防衛指揮官を務めた"ジャン・ド・デュノワ"。傭兵隊長の"ラ・イル"。そして、その盟友である"ジャン・ポトン・ド・ザントライユ"・・・・・・」

「その中に犯人がいるのでしょうか?」

「何とも言えませんね。ですが、彼らは皆、ジャンヌに心酔していました。中には純粋な愛を通り越し、禁断の欲求が芽生えた者もいたのではないでしょうか?中でもダランソン2世はジャンヌの体について、不埒な証言をしていたくらいですから」

「戦友だけでも容疑者の数はかなり多いですね。複数犯の可能性も否定できなくなってきます。この事件の解決は海に落ちたコインを手探りで探し当てるようなものですよ」

「でしたら、事件は解決するでしょう」

「――え?」

 困難を上手く例えられてもエメリーヌは弱気を見せない。

「コインは海の底に沈んでも、消えてなくなるわけではありません。それは手掛かりが消えないのと道理です。海の底には必ず落としたコインが沈んでいる。必ず・・・・・・」

 ふいに寝室の扉がノックもなしに開いた。
2人は話し合いの姿勢を保ち、頭だけが横に向く。     
入って来たのは酒場のオーナーであるジョルジュで彼の両手には料理が盛られたプレートが乗っている。

「夕食を運んで来た。これくらいのもてなししかできないが、悪く思わないでくれ」

「お心遣いに感謝致します」

 ジョルジュは弱い鼻息を鳴らすだけで返事をしなかった。
料理をテーブルに配り、早々に部屋から立ち去り扉を閉ざす。

 提供された料理は見た目はいまいちだが、品揃えは豊富なメニューだった。
少し焦げたブレットに野菜と貝が煮込まれたスープ。
メインディッシュは様々な魚介類がてんこ盛りにされた物で塩とハーブオイルで味付けされている。
デザートは輪切りに果実だが、林檎でも梨でもない。フランス本土では見慣れない妙な代物だ。

「いただきます!」

 アガサは遠慮を捨て、子供らしさを露にすると食器を手にスープを音を立てて啜った。
エメリーヌも短く祈りを済ませ、食事につく。

「はむはむ・・・・・・ところで、聞き込みするのはいいとして、まずはどこから始めます?」

 アガサはパンを頬張り、明日の予定を尋ねると

「明日になったら、酒場の常連客、またはジョルジュさんに色々と聞こうと思っています。ひとまず、今日は心身ともに休める事が重要でしょう。この島に来るだけで、かなりの体力を消耗しましたからね」

「大いに賛成です」

Re: 聖女の呻吟 ( No.7 )
日時: 2023/05/12 20:02
名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)

 依頼を受けて2日目の朝が来る。
ヴァロワ島の環境は昨日の光景と変わらず、暗雲が立ち込めていた。
太陽の光が当たらない空気はひんやりと涼しく、湿り気が肌を濡らす。

 エメリーヌとアガサは寝室を出て下階に降り立つ。
迎えた酒場は相変わらず陰気臭さが漂うが、客はほとんどいない。
カウンターの向こうで早朝から仕事に明け暮れるジョルジュのがいたで傍に寄って挨拶をした。

「お!あんた達か。よく眠れたか?」

「はい。寝心地がとてもよかったもので」

 エメリーヌは部屋と食事の提供にお礼を言った。
ちょうど、空腹を感じていたので朝食を注文しようと考えたが、その前にしたかった事をする。

 エメリーヌは調査の続きとして、酒場にいる客の1人1人に聞き込みを行う。
しかし、どれも結果は同じでジャンヌ・ダルクの名前を出す度、首を傾げられる始末だ。
結局、有力な情報に繋がりそうなきっかけは掴めず終いだった。

 ふと、店の片隅でありきたりなまわりとは雰囲気が異なる奇妙な客人の存在に気づく。
格好は修道士を思わせる宗教的な黒いローブを身に纏う。
肝心の顔はフードで覆われているため、口元しか把握できない。
実に不思議な気配を放ちながら、残りが減った食事を終わらせようとしている。

 エメリーヌは何故か、その人物に関わるべき予感を無性に感じた。 
今までと同じ接し方で聞き込みを行おうとするが

「あの、失礼ですが・・・・・・」

 すると、ローブの客人は残り僅かとなった朝食を平らげ、席を立つ。
エメリーヌ達を無視し、黙って逃げるように酒場の外に出て行った。

「感じ悪い・・・・・・」

 非友好的に取られた態度にアガサが嫌みを吐き捨てる。

「どうやら、この島の住民の多くはよそ者を歓迎しないようですね。孤島ならよくある話です。さて、仕事に取り掛かる前に何か召しあがりましょう。私もいささか、お腹が空きました」

 できないものは諦めてまずは食欲を満たす事にした。
カウンターに戻り、ジョルジュにメニューを注文する。

「何が食べたいんだ?まあ、ほとんどが魚料理だが」

「私は食べられる物なら、どれでも構いません。ちなみに、揚げた魚はありますか?」

 しばらく経ってからカウンターのテーブルに配られた貝類の煮込みスープ。  
おかずはレモンの汁を垂らした揚げた海老の盛り合わせで主食は昨日と同じくパンにした。
そして、再び並べられた得体の知れないフルーツ。
2人はここに来て、ヴァロワ島ならではの2日目の郷土料理を堪能する。

「昨日振舞った料理だが、口に合ったか・・・・・・?」

 ジョルジュは気を遣い、自身の料理の感想を問う。

「ええ。とても美味でしたよ。私もミシェルも残さずに頂きました」

 ジョルジュは期待していた好評に照れ薄笑いし、ポリポリと頭の裏をかいた。
ついでに黒いローブを身に纏った謎の人物について、誰なのかと尋ねると

「――え?ああ、あいつか?随分と怪しい格好だろ?"オバディア教"というこの島に巣食う奇妙な宗教団体の1人だ。屋敷周辺の森に潜んでいて、何やら怪しい儀式をやってるらしい。詳しい事は知らないが」

「そのような怪しい人を店に招き入れて恐ろしくはないのですか?」

「変質者だろうが何だろうが、面倒事を起こさなければどいつも客だ。向こうは金を払ってこっちは酒や料理を振る舞う。問題でもあるか?」

 ジョルジュは当たり前のように言って、エメリーヌは更に質問を重ねる。

「あの方は、いつもここにお越しになるのですか?」

「たまにな。毎日ってわけじゃないが、最近はよくここを訪れるようになった。孤独になれる時間が欲しいのかもな」

 エメリーヌは一旦沈黙し、ちょっとばかり会話の間を広げ

「ところで昨日の晩餐の頃から気になっていたのですが、この果実は何という果実なのですか?味覚が捉えた味は林檎でも梨でもありませんでした。私でさえも知らない物です」

 エメリーヌが謎に満ちた果物の詳細を尋ねると

「やはり、あんたも気になるのか。知ってる事は全部教えるが、恐がらないで聞いてくれよ?この果物はこの島だけに自生している特有の物だ。どういうわけか、大戦終結後に急に生えてきたんだ。最初は峠の屋敷付近にだけだったんだが、1年もしないうちに今じゃ、島の至る所に生えている。最初は気味が悪くて、誰も触ろうすらしなかったよ」

「そのような物が何故、今は食後のデザートに?」

「島の住民である子供が食べてしまってな・・・・・・でも、毒に侵されるどころか、その子供はあまりの美味しさに1日中、大はしゃぎだったらしい。その時からこの果物はヴァロワ島の新たな唯一の資源として、様々な物に常用される事となった。俺達は『聖女の涙』と呼んでる」

 ヴァロワ島特有の歴史の1つを学び、エメリーヌは更に質問した。

「何故、聖女の涙と名付けられたのですか?」

「この果物はただの甘いデザートじゃない。体に含んだ者のあらゆる病を治し、種も万能の薬になる奇跡の実なんだ。無論、俺は迷信だと疑ったさ。だが腕に怪我を負った際、半信半疑でこれを食べたら翌日には傷は消えていた。傷跡も残らず、皮膚が元の形に再生していたんだよ」

「あり得ませんよ!そんなのが現実にあるわけっ・・・・・・!」

 アガサが激しい驚きにジョルジュは"うるさい"と言いたそうな不快な顔つきで黙らせ

「聖女の涙はうちが扱う酒にも用いられている。飲みたかったら、遠慮なく頼んでくれ。値段は張るがな」

「土産物にするにはいいかも知れませんね。ボトルを2本ほど譲ってはもらえないでしょうか?ついでにいくつかのアルコールを頂ければ幸いです」

 エメリーヌは喜ばしそうに頼んで昨日と同じ金貨を1枚差し出した。
気前のいい2回目の支払いにジョルジュはニヤリと薄笑いし、注文の品を用意する。

 聖女の涙で造られた酒はアブサンと似て、深緑の色に染まっていた。
ラベルには"Celebration du Saint(聖女の祝杯)"という文字とジャンヌ・ダルクらしき少女の絵が描かれている。
すると、エメリーヌは"ある事"が脳裏に過り、はっと何かを知ってしまったような表情が浮かぶ。
今までの得られた証言の中にある重要な点に気づいたのか、沈着冷静な性格を一変させる。

「ちなみに、その果実の名付け親は誰かご存知ですか?」

 唐突な問いにジョルジュは首を傾げた。

「あんた。本当に質問が好きなんだな?あ、探偵の職業柄ってやつか・・・・・・まあ、別に黙秘する理由はないし、そんなに知りたいなら教えてやる。この果実に名前を付けた人間は"マリア"という修道女だ。アルベール教会の教祖を務めている」

「ひょっとすると、このラベルのデザインもその方が考案したものなのですか?」

「ああ」

 ジョルジュは率直に肯定する。

「そのアルベール教会はどこに?」

「ここから東だ。峠のふもと近くにある」

「アガサ。食事を済ませたら、すぐに教会に向かいましょう」

 落ち着きのないエメリーヌの意見にアガサが怪訝そうな顔をした。

「いいんじゃないか?捜査のついでに、この魔除けを貰いに行ったらどうだ?ここいらは昼でも物騒だし、誰に絡まれるか分かったもんじゃない。金貨を所持したよそ者は特にな・・・・・・そうだ。もし、教会に行くんだったら、ついでに"妹"に会ってこのリストを渡してくれないか?この不況で礼はできんが」

「妹さんがいらっしゃるのですか?」

「唯一の肉親だよ。長い白髪が特徴で密造酒を作っているんだが、この時間帯は教会で休んでる頃だろう。おっと、言い忘れるとこだった。くれぐれも髪の事は話題に出さないでくれ。本人も気にしてるんだ」


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