ダーク・ファンタジー小説

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聖女の呻吟
日時: 2023/03/24 20:44
名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)

 ♰story♰

 ・・・・・・1920年5月16日。ジャンヌ・ダルクが教皇ベネディクトゥス15世によりカトリック教会の聖人に列聖される・・・・・・

 パリに事務所を構える私立探偵の『エメリーヌ・ド・クレイアンクール』と助手の『アガサ・クリスティー』。2人は久々の休暇に羽を休めている最中、ある依頼人が訪れ、奇怪な仕事が舞い込む。
それは数世紀前に火刑により処刑されたジャンヌ・ダルクの本当の死の真相を突き止めてほしいと言う内容だった。

 予想だにしていなかった依頼に困惑するエメリーヌであったが、依頼人の想いに心を動かされ、頼みを承諾する。数世紀前に埋もれた事件の真相を探るため、アガサと共にフランス西部に位置する湿地帯の孤島『ヴァロワ島』へと向かう。

Re: 聖女の呻吟 ( No.1 )
日時: 2023/03/28 19:18
名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)

 1920年 5月17日 午前11時9分 フランスの首都 パリ 

 そこはマンションの一室だった。
蓄音器が奏でるピアノの演奏。部屋は美しい音色に包まれている。
隅には本棚があり、並べられた本はどれも推理やミステリーに関連した物ばかり。

 その手前には丸いテーブルがあり、2人の少女が椅子に腰かけている。
彼女達は退屈しのぎのチェスの最中で片方は優勢でもう片方は劣勢、すぐにでも勝負が着いてしまそうな流れだ。

 有利な立場にある少女は、実に冷静な振る舞いで相手の出方を窺っていた。
髪は短く美しい顔立ちで服装は濃い茶色のお洒落な服。更に白い襟には赤い宝石のブローチを飾る。
気品に溢れ、凛々しさを引き立てていた。

 それとは裏腹に、不利な状況に立たされた少女は黒の駒を手に取り悩んでいた。
緑の瞳に襟首あたりの所で切り揃えた髪、薄緑の長袖シャツに同色のミニスカート。
おっとりとした顔立ちで身長も小柄だった。

「う~ん・・・・・・」

 背の低い少女はこめかみを指で突き、しばらく考えていたが、やがて諦めたように兵士の駒をマスに置く。

「チェックメイト」

 背の高い少女が声で駒をマスに置く。
どれくらい続いていたのだろうチェスは彼女の勝利で幕を閉ざした。

「これで0勝6敗・・・・・・やっぱりエメリーヌさんには叶いませんよ」

 背の低い少女は最早、悔しさすら感じない表情で手元にあったマグカップに紅茶を注ぐ。
エメリーヌと呼ばれた背の高い少女は勝負が着いたチェス盤を指差し

「アガサ?観察していて分かったのですが、あなたは何も考えず無計画に駒を動かしていました。このゲームで最も重要なのは相手の動きをよく考え、先を読む事です。そうすれば、自然に勝算が見えてきますよ」

「私には難しい難題ですね。頭が痛くなりそう・・・・・・」

 アガサはアドバイスを聞き流すような言い方でお茶を一口啜った。

「少し頭を休めましょう。私も外の空気が吸いたくなりました」

 エメリーヌは席を立ち、仕事用の机の裏まで行く既にカーテンがずらされた窓を開けた。
外は新鮮な空気で満ちていた。空は青く澄み渡り、白く輝く太陽の光が心地いい。

「今日もいい天気ですね。考えたのですが、久々に日頃の疲れを癒しに街に出かけませんか?レストランなんかいかがでしょう?」

「――え?ホントですか!?」

それを聞いて、アガサは実に子供らしくはしゃいだ。

「あ、でも!レストランも勿論賛成ですけど、私!前から見たい映画があったんです!一緒に行きませんか!?」

「映画ですか?まあ、観賞も気晴らしにはいいかも知れませんね」

「やった!じゃあ今日の夜でも見に行きましょうよ!」

 すっかり上機嫌になったアガサは嬉しそうにテーブルの上を片付ける。

「決まりですね。新聞。こっちに持って来てくれませんか?」

「喜んで!」

 頼んだ物を受け取ったエメリーヌは机の椅子に腰かけ、新聞を広げた。
そして、最近のニュースが大きく載ったページを読み始める。

「バチカンのサン・ピエトロ大聖堂にて、ローマ教皇ベネディクトゥス15世がジャンヌ・ダルクを列聖。ジャンヌの家族の子孫140人を含む6万人以上が出席・・・・・・」

 読み上げた文字の内容にアガサは興味深く食いつく。

「私も読みましたけど、凄い出来事ですよね。まさか、大昔の人間が数世紀前の時を経て、聖人の位を与えられるなんて。今頃はフランス中、その話で持ちきりですよ」

「ジャンヌ・ダルク・・・・・・ドンレミの村で生まれた彼女は神のお告げを聞き、大勢の人々を惹きつけ、フランスを勝利へと導いた英雄。しかし、彼女は魔女の汚名を着せられ、火刑という惨い最期を遂げた・・・・・・」

 エメリーヌが独り言でジャンヌの生涯について語った。次に手元にあった1枚の色のない写真に視線を移す。
写真には彼女自身と隣に背の高い青年が映っていた。
博覧会の会場を背景に上品な格好、直立不動の姿勢で撮られている。

「"アルテュール"・・・・・・あなたはどこに行ってしまったの?まだ、生きているのなら、今頃、何をしているの?」

 エメリーヌは決して動かない青年を見つめ、悲し気な表情を繕う。

 ふいに呼び鈴の音が鳴る。どうやら、誰かがやって来たらしい。
2人は緊張感のある面持ちを作り、扉の方へ視線を送った。


『"すみません。エメリーヌさんはいらっしゃるでしょうか?"』


 扉の向こうから中に問いかける女性の高い声が聞こえた。
焦りを感じさせない冷静な口調だ。返事がないので、彼女は呼び鈴をもう一度鳴らす。

「――どなたでしょう?」

 エメリーヌは新聞を置き、席を立つと

「私が出ますので、すぐに紅茶を用意して下さい」

 エメリーヌはもてなしの役目を助手に任せ、自身は来客が待つ玄関の方へ向かう。
扉を開け、顔を覗かせると白く長い長髪を生やした少女が。
肌が白く美しい顔立ちだが、その目つきはどこか、ただならぬ怪しい雰囲気を漂わせる。
彼女は布で覆われた四角い板状のような"何か"を大事そうに抱えていた。

「どなたでしょうか?」

「あなたが私立探偵のエメリーヌ・ド・クレイアンクールさん?」

 少女が自信に欠けた口ぶりで問いかけた。

「如何にも。私がエメリーヌです。あなたは?」

 エメリーヌが肯定の返答を述べ、次に訪問者に聞き返す。

「私は"クリスティア・ベアール"。とある事件捜査の依頼のためにやって来ました」

「事件捜査?」

「はい。"この国に真実を伝える"ための重要な内容です」

 エメリーヌは一瞬、目の前の人間を疑ったが、クリスティアと名乗る少女に偽りの意は感じられない。
逆にこれ程、真剣になった子供も珍しいと心の奥底で思った。

「どうぞ。中にお入り下さい。温かい紅茶を淹れますので」

Re: 聖女の呻吟 ( No.2 )
日時: 2023/04/03 20:40
名前: メリッサ (ID: FWNZhYRN)

 頼みを承諾したエメリーヌは扉の隙間を広げ、依頼人を室内へ招き入れる。
部屋の中に戻ると、頼まれたお茶をテーブルへ運ぶアガサがいて、接客に不慣れながらも笑顔で挨拶する。

「いらっしゃいませ。こちらにお掛けになって下さい」

 クリスティアは板状の何かを暖炉の前のソファーに置き、その隣に腰を下ろした。
アガサはテーブルに2人分の紅茶を置き、浅くお辞儀をする。
エメリーヌもその向かいに座り、依頼人と対面すると

「では、クリスティアさん。捜査依頼の内容をお伺いしたいのですが?その前にまず、あなたの事を教えて頂けないでしょうか?言いたくない内容がございましたら、黙秘しても構いませんので」

 クリスティアは黙って頷くと自身の素性について語る。

「私はドンレミで生まれ育ち、今はパリで銀行員として働いています。そして、列聖されたジャンヌ・ダルクの家族の遠い子孫にあたる者です。昨日、サン・ピエトロ大聖堂にも出席しました」

「なるほど。あなたは聖女の血を引く末裔という訳ですね?」

 エメリーヌは目を丸くしたが、特に驚くわけでもなく平然と振る舞う。

「はい。ですが、昨日行われたあの列聖には大きな間違いがあるんです。真実は闇に埋もれ、大勢の人間が嘘を信じ込んでいる」

「――どういう意味でしょうか?」

「それをこれから、あなたに解明してほしいんです」

 流石のエメリーヌもクリスティアの謎めく発言の連続には理解に苦しんだ。
1つだけはっきりしているのは、目の前の人間が決して自分を侮辱したり、欺こうとしてない事。
それ以外の事は何も掴めない。

「申し訳ないのですが。私にはあなたの仰っている意味がよく分かりません。具体的に何をしてほしいのか、簡単に説明して頂けませんか?」

「今からある物をお見せします」

 クリスティアは所有物である板状の何かを覆っていた布を時間を掛けて外し、中身を曝け出す。
それは芸術家が描いたであろう1枚の絵画。
黒雲が青空を覆う街の中、悲しむ民衆に囲まれ、1人の女が木の台に乗り柱に縛りつけられている。
白いロングスカートを身に付け、頭には罪人を示す被り物が。
台の底は燃え上がり、足元には白煙が上がっていた。

「この絵をご存知ですか?」

 クリスティアの質問にエメリーヌは"ええ"と即答し

「ヘルマン・スティルケが1843年に描いた『火刑台のジャンヌ・ダルク』ですね。前の助手と一緒にエルミタージュ美術館に寄った際に目にした事があります」

「その通り。そしてこれがあなたに調べてほしい内容なのです」

「――と、仰いますと・・・・・・?」


『"この絵に描かれている女性はジャンヌ・ダルクではありません"』


 クリスティアの告白にエメリーヌの表情が変わる。
何をどう言い返せばいいか分からず、ただ口を小さく開いた。
探偵と依頼人の話を傍で聞いていたアガサも、怪訝の視線を2人の方へを送った。

「ジャンヌ・ダルクではないと?」

「はい。実際に火刑に処された人間はジャンヌとは別人です」

 エメリーヌは混乱に頭を悩ませながら

「では、この絵に描かれている人物は一体誰なのですか?」

「この絵の女性の名前は『"アメリア・クロムウェル"』。ジャンヌ・ダルクの戦友の1人です」

 クリスティアは堂々と絵に描かれた女の名を口にする。

「アメリア・クロムウェル・・・・・・知らない人物です。アガサ?あなたはこの国の歴史の多くを学んだはず。この人物をご存知ですか?」

「う、う~ん・・・・・・百年戦争の歴史はいくつか勉強しましたが、アメリアという人物は聞いた事がありません」

「ご存じないのも当然です。何故ならこのアメリアと言う女性はジャンヌの影武者。人々に知られず、史実では存在していない事になっているのですから。彼女の存在を唯一、知っている者がいるとすればジャンヌを含む当時の英雄達と私達ベアール家の人間だけ。私の一族はクロムウェル家の子孫でもあるからです」

 クリスティアはその説明に間を挟んで、少し冷めてきた紅茶を飲む。
エメリーヌも興味という関心に惹かれながら同じく、お茶を啜った。

「実に面白い話ですね。聖女の血を引くあなたが言うと、説得力がある。こういった内容の話は嫌いじゃありません。しかし、この絵に描かれている人物がアメリアで間違いないとしたら、本物のジャンヌはどのような最期を迎えたのでしょう?影武者を身代わりに火刑を免れているのですから、本物がどうなったのか非常に気になります」

「ジャンヌ・ダルクは"何者かに殺された"んです」

 クリスティアはそう断言した。

「殺された?誰に?」

「その真犯人をあなたに突き止めてほしいんです」

 エメリーヌとアガサは一旦、お互いの怪訝な顔と驚いた顔を合わせた。
再びクリスティアに視線を送ると、何食わぬ顔をした彼女がこちらを見つめている。
無論、淀みのない真剣な目で。

「つまり、数世紀も前の人物が誰に殺害されたか真相を探ってほしい・・・・・・と?」

「はい。今、そのように申し上げたはずです」

 前代未聞の依頼にエメリーヌは困惑した。
同時に厄介な客人を招いたと言わずと頭を悩ませる。


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