ダーク・ファンタジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- ユリカント・セカイ
- 日時: 2024/05/01 16:24
- 名前: みぃみぃ。・しのこもち。・謎の女剣士 (ID: t7GemDmG)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
※諸事情により、みぃみぃ。としのこもち。二人での合作になります
こんにちは、みぃみぃ。と、しのこもち。です。
ユリカント・セカイは、合作小説です。
みぃみぃ。→しのこもち。の順で書きます。
一気読み用 >>1-
第一話 >>1 あの時までは…。
第二話 >>2 ダイキライ
第三話 >>3 幸福と不幸
第四話 >>4 情けと出会い
第五話 >>5 初恋
第六話 >>6 好きな人、嫌いな自分
第七話 >>7 不思議
第八話 >>8 散ってゆく
第九話 >>9 もう一度
- Re: ユリカント・セカイ ( No.9 )
- 日時: 2024/04/23 08:54
- 名前: みぃみぃ。 (ID: t7GemDmG)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
【 第九話 もう一度 】
「はあ………」
そうだ、よく考えればそうだ。
私なんかが小鳥遊くんと付き合えるわけなんか、ない。
きっと、有栖川さんが付き合うんだ。
いや、木村さんかな。それとも、雪ちゃん?
………雪ちゃんと付き合うのが、一番辛い………かな。
「ねえねえお姉ちゃん、ため息ほんっとうるさいんだけど。華やかなお姉ちゃんがため息ついてどーすんの」
ぐるぐるぐるぐると頭の中で考えていると、隣の部屋から来た流愛が文句を言ってくる。
「……私だって人間だよ。悩み事くらいあるよ……」
吐き捨てるようにそう言うと、もう一度ため息をつく。
「あーそうだったね、お姉ちゃんは優等生だもんねー、流愛よりも悩み事多いよねー」
嫌味っぽく言われ、私は少しカッとなる。
「なに、その言い方」
すると、流愛は大きく息を吸い始めた。
何をするのかと思った瞬間。
「お姉ちゃんのバカ!!」
そう言い切った。
私は一瞬、息がぴたっと止まった。
「お姉ちゃんはなんにも分かってないくせに、よくそんなこと言うよね。」
そう続ける。
「流愛が、お姉ちゃんがお姉ちゃんでどんだけ苦労したと思ってんの?お姉ちゃんのせいで流愛は勉強とかスポーツでプレッシャーをかけられっぱなし。バカみたい。お姉ちゃんのせいでっ…!!」
流愛が。あの流愛が。あの自己中な流愛が。
そんなに、悩んでいたなんて……。
私は、衝撃を受けた。
「お姉ちゃんなんか、いなくなればいいのにっ!!」
そう叫ぶと、流愛は自分の部屋に帰って行った。
『お姉ちゃんなんか、いなくなればいいのに』。
これは、あの時、私がすごくいじめられた時、言われた言葉だった。
聞きたくなかった。
私だって、人間だ。
そう思ったのは鮮明に覚えている。
「わ、私だって………、人間、だよ……………。」
言葉にするのが怖かった。
でも、そう言った途端、涙が溢れ出てくる。
止めようとしても、止められなかった。
私だって、私だって………。
涙は止まるどころか、どんどん量が増えていく。
もうこれは、止まらない。
そう確信した私は、ベッドに飛び込み涙を流したまま眠りに落ち……れなかった。
涙は増えるばかりで、止まる気配もない。
どこかに、ずっと流愛を恨む自分がいる。
どこかに、ずっと悲しむ自分がいる。
どこかに、ずっと震える自分がいる。
私はとにかく泣きまくった。
10分、20分………どんどん時間が経っていく。
それから悔しくて辛くて、疲れ果てて眠ってしまった。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'
一週間後。
ベッドから起き上がり、部屋着に着替えてリビングに行く。
「お母さん、おはよー」
「おはよう、流華」
「流愛は今日も遊びに行った?」
「ええ」
お母さんと少し会話すると、私は朝ごはんを食べ始める。
だいたいいつも、この時は私もお母さんも無言になる。
別に私はこの時間は嫌いではない。
しばらくの沈黙の後、お母さんが口を開いた。
「流華、今日、図書館に行かない?」
「……え?いいけど、なんで…?」
いきなりのことに少し驚く。
「なんでって、借りたい本があるからに決まっているじゃない」
「そ、そっか。そうだね」
少し驚いたが、私とお母さんは、図書館に行くことにした。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'
「ああ、もう、なんで入れてくれないの……!?」
行く途中の交差点、お母さんがイライラしていた。
「ああ、もう!!」
お母さんは、最近、変だ。
流愛ことで、ストレスがあるのだろう。
やっと抜け出したと思ったら、次はまた違う理由でイライラしていた。
「はあ?なんでそこ入れるの!?」
私達がさっき通った小さな交差点と同じようなところで。
入ろうとしていた車を2、3台入れたみたいだ。
私は少し矛盾を感じていた。
まあお母さんのことだ、ストレスがあるのだ……と思い、なんとかその場を沈めた。私の中だけなのだけれど。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'
「着いたわよ」
お母さんの声で我に返る。
「お母さんは本を見に行くから、好きな本見てて」
図書館に入るなり、お母さんは奥の方へ入って行った。
何を借りようか……と考えていると、ふいに声をかけられる。
「あ、流華。おひさー」
「み、実乃莉!?ああ、びっくりしたぁ。実乃莉かぁ。」
実乃莉。
工藤 実乃莉。私のいとこ。
「実乃莉かぁって、何よ!あ、流愛は?」
「友達と、遊びに行ったんだって。ここにはお母さんと二人で来てる」
「ふーん」
実乃莉は、流愛のことが嫌いだ。
「あ、そうだった、私の口から伝えたくて。与那野高校合格、おめでとう」
「ふふ。ありがとー!」
実乃莉は満面の笑みを浮かべる。
実乃莉は今、高校1年生。
与那野高校は頭がよく、公立でダントツで頭が良い。
私も、与那野高校を目指してたりして。
「流華も与那野高校受けるつもりなんでしょ?」
「あ、うん。」
「じゃあ今のうちから勉強しといたほうがいいわよ。私は直前に睡眠不足で倒れたんだから………。勉強の詰め込みは厳禁よ」
「え、た、倒れたの……!?それでも受かったの………!?」
私はとても驚く。
「まあ。その後すぐ回復したんだけどね。流華は気をつけなさい」
「う、うん。でもまだ受験まで二年弱あるよ」
「二年弱しかないのよ!せめて本読むくらいやりなさいよ!」
すぅっと息を吸ったかと思ったら、実乃莉が怒鳴る。ここ、図書館です。
「ええ……。じゃあ、おすすめの本は?」
「ああ、ハヤテナオコさんのが良く出るわよ」
「……なんか聞いたことある。あの夏シリーズの人?」
私は記憶を一生懸命辿る。
確か、クラスの女子が、『ハヤテ先生の新シリーズ!あの夏シリーズだって!』とか、『最新のあの夏シリーズ読んだ?』とか、騒いでいた気がする。
「そーそー。でも私、『あの夏の冬』が読めてないんだけどね。飽きちゃった」
「飽きたんかい……」
私はツッコむ。
「実乃莉、借りに行くわよ」
実乃莉のお母さんが実乃莉に声をかける。
「あー、はーい。流華、ごめん、私もう行くね」
「あ、うん。じゃあね」
「バイバイ!」
実乃莉は大きく手を振る。
私は小さく手を振り返す。
『あの夏シリーズ』。
それを借りよう。
ハヤテナオコさんが書いた小説がある本棚に来た。
『あの夏の春』を始め、
『あの夏の夏』や『あの夏の秋』など、沢山並んでいた。
その中に、『あの夏の冬』を見つけた。
私はそれを手に取る。
実乃莉が、読めていない本。
なんだか新鮮な感じがする。
適当に本のどこかのページを開く。
そこには……。
『「なんなの、本当にムカつく、流華ぁ、ふざけんなぁ」
「ほんっとそうだよねー、ふざけんなよって感じ」
「……ねえ。むう、これ、どう思う?」
私はペットのむうに話しかける。
「わ、澪が猫に話しかけてるw」
「なんだよぉ、璃子w」
私は璃子にからかわれたから、からかい返す。
むうは、『にぁーお』とのんびりと鳴くだけだ。
「いやでもさ、ほんっとアイツふざけんな。自分勝手」
「うんうん、マジで許せない。」
璃子は目の前の空気を殴る。
「ねえ、明日流華んち行って流華の親に言いつけにいこうぜ」
「いいねぇ」
「お姉ちゃんの流美さんいるかな?」
「あー、流美さんめっちゃ美人だよねぇ、会いたいわぁ」
「お兄ちゃんもめっちゃイケメンだった気がする。めっちゃ会いてぇ」
「うんうん、流衣さんわかるわぁ、イケメン、絶対モテるやん、羨ましいぃっ!」』
私は胸にナイフを突き刺されたような気がした。
『流華ぁ、ふざけんなぁ』
『流華んち行って流華の親に言いつけにいこうぜ』
流華。私の名前。
ただの偶然ってことは分かってる。分かってるけど……。
私は本を戻す。
頭がクラクラする。
そうだ、これはただの偶然だ。偶然。偶然………。
「流華、帰るわよ、借りる本は決まった?」
お母さんの声で我に返る。
私は咄嗟に声が出なくて、首を振った。
「そう。じゃあ、帰る?」
私は頷く。
「じゃあ借りてくるから、待ってて」
お母さんはそう言うと、カウンターの方に行ってしまった。
なんだか、置いてけぼりにされた気がして、少し寂しかった。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'
こうやっていつも通り過ごしている中であんなことがあるなんて、予想しなかった。
それは、夏休み最終日のことだった。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'
ベッドから起き上がる。
今日は起きるの遅かったな……。
すると、雪ちゃんからメールが来ていることに気付く。
しかも、昨日の………夜、11時。
私、起きてたはずなのになあ、なんで気付かなかったんだろう。
そう思い、メールを見る。
『流華ちゃん、明日、公園でバスケしない?あ、忙しかったら大丈夫だけど!てか夏休み終わっちゃうの悲しい〜』
いかにも雪ちゃんらしい文章だ。
そうか、バスケかあ……
最近やってなかったもんね、行きたいな……
『返信遅くなってごめんね!私も、行きたい。でもお母さんに一回聞いてみるね。』
送信して、リビングに行く。
静かだから、きっと流愛は友達とどこかに行ったのだろう。
昨日、流愛、宿題に追われてたっけ。
大丈夫かなあ……いや、あの人のことなんかどうでもいい。
そう思い、お母さんに話しかける。
「おはよ、お母さん。あのさ、雪ちゃんと公園でバスケしにいってもいい?」
「…………あ……え?ああ、分かったわ。いいわよ。何時から?」
お母さんは少し驚いた様子だったが、許可してくれた。
「今、雪ちゃんに聞いてるとこ。」
「そうね、午前中ならいいわよ」
「分かった、ありがとう」
部屋に戻ると、通知が鳴る。
『ううん、全然大丈夫!おっけー!一応、9時から11時くらいまでにしようと思うんだけど。』
『今、聞いてきたよ。午前中なら良いらしいから、その時間に行くね』
返信すると、また通知が鳴る。
『りー!』
『え、「り」ってどういう意味?』
「り」って……本当にどういう意味?私『り』とかいう名前じゃないけど……?
『「り」は「了解」っていう意味だよ!流行りに乗れないタイプだったっけ、流華ちゃん?』
胸がズキっと痛む。
乗れないというか、興味ないタイプかなあ……あはは……………
『ま、その時間に待ってるよー』
私はそっとスマホの電源を切る。
今は8時か…………
とりあえず、着替えよう。
ジャージでいいか…
私は黒に少し白の線が入ったシンプルなジャージを着る。
眼鏡は……やめとこう、コンタクトでいいか。
とりあえず適当に髪をくくっとこう。
私の可愛くないところはこういうところなのかなあ…と改めて思う。
…………あ!!
そういえば、作文の宿題…!!
そういえばそうだった。
昨日、ほぼほぼ出来上がったのだけれど、始め方で迷ってて、そのままに……。
私はスマホを開き、作文の下書きをしていたアプリを開く。
適当に始めを考えて、プリントに書き写す。
あ、もうこんな時間。
私は家を出て、自転車にまたがる。
自転車を漕ぎ始めると、風が気持ちいい。
あっという間に公園に着いてしまった。
もうちょっと漕いでいたかった、なんてね。
着くと、雪ちゃんはまだいなかった。
来るまで何をしようか……と考えていると。
小鳥遊くん……?
そこにいたのは、確実に小鳥遊くんだった。
「小鳥遊、こっちこっち!パス!」
「ういよーっ」
小鳥遊くんは、サッカーをしていた。
でもなぜか、少し違和感を感じていた。
あれは小鳥遊くんだ。絶対。
でも自信が持てなくて、なんだか変な感じだった。
サッカーが終わり、私は勇気を振り絞って話しかける。
「…………ぁ、あの………ユリカント・セカイにいた、小鳥遊 留姫亜さんですよね…………?」
「ゆりかんとせかい?なんじゃそら。ていうか留姫亜ってお兄ちゃんじゃん、僕は留姫衣だよ」
「……あ、すみません。間違えました」
私はそう謝ると、すぐその場を離れる。恥ずかしい。
すると、私は謎の光に包まれた。
そこで私は思い出す。
ユリカント・セカイのことを、誰にも言ってはいけないことを……。
………やってしまった。私はもう…
消えてしまうんだ………。
違和感は、きっと、留姫亜くんじゃなかったからだろう…………。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'
「橘さん、起きてください」
「………あ、フェアリーナ部長…」
目を覚ますと、そこはユリカント・セカイだった。
ここは紛れもなく、ユリカント・セカイだ…
「試験を受けましょう」
フェアリーナ部長はそれだけ言い切って、奥へ奥へと進んで行く。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'
「着きました。試験について簡単に説明します」
……分かった。
フェアリーナ部長は、怒っている。
まあそれはそうだ、だって、きっと沢山の人の対応をしなければいけないのだから。
「これは元々読んでもらう予定だった、利用契約です。」
そう言って、利用契約を出す。A4用紙が、3、4枚くらい重なっている。
「これを読んで、問題に答えてください。100点満点で80点合格、制限時間は30分です。始めてください」
私は少し驚いたが、利用契約を読み始める。
きっと、これからは絶対に言うな、ということだろう。
読み進めると、衝撃を受ける文章を発見した。
『第九条 呼び方について
本サービスの中では、皆様、また、本サービスの従業員の本名(下の名前)で呼ぶことを禁止いたします。
そのため、皆様同士ではペンネーム、本サービスの従業員は苗字で呼んでください。』
これは絶対………問題になっていると思う。
そう思い、問題文を見ると、やはりこういう問題があった。
『第一問
この利用契約の中に、一部知らされていない部分が三つある。第何条か答えよ。』
私は一つ目のマス目に『九』と書く。
そしてまた長い文章を読み始めた。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'
「終了です、少し待っていてください」
フェアリーナ部長が言い、解答用紙を回収して奥に進んで行った。
今から、丸つけをするのだろう。
解けた。解けた……と思う。きっと。
ソワソワしていると、フェアリーナ部長が向こうからやってきた。
まだ1分も立っていないのに。問題数は結構あったはずだ。
「丸つけが終わり、結果が出ました。結果は………。」
私は固唾を飲んで、じっとフェアリーナ部長を見つめた。
- Re: ユリカント・セカイ ( No.10 )
- 日時: 2024/05/18 18:10
- 名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)
- 第十話 答え -
「合格です」
フェアリーナ部長がそう言い放った瞬間、私は安堵の息を漏らした。
「25問中、25問正解。よってテストは満点合格です。おめでとうございます」
フェアリーナ部長は疲れた表情を残しつつも、少し驚いたような声色をしていた。私は何だかそれが嬉しくて、つい口元が緩んでしまう。
「すごいですね。今までの試験でも、満点合格は指で数えられる程度しかいなかったんですけど」
「あ、ありがとうございます……」
私は何だか胸が包まれるような、暖かい気持ちになった。久しぶりに他人に認めてもらえたような気がしたからだ。
そっか。最近の私は周りと比べることに執着しすぎて忘れていた。
私の魅力は私だけにあるということを。誰かに自分のしたことを認めてもらえるような何かを、少なくとも私は持っていたのだ。
私にもみんなみたいに、誇れるようなものがあったのだ。周りと比べる必要なんて、最初からなかったんだ。
そう思った瞬間、私は今にも泣き出してしまいそうになった。
だめだ……最近の私は少し…いや、ものすごく涙腺が緩い気がする。
そんな私に構わず、フェアリーナ部長は自身の長くて綺麗な指で解答用紙を整えながら、その場を後にしようとした。
「………ま、……待って下さい…!」
気付いたら私は、彼女の背中に向かってそう叫んでいた。
私は何をやっているんだろう。早く現実の世界に帰ってしまえば、それで全て終わっていたのに。
フェアリーナ部長は私が大きな声を出して呼び止めたことに驚いたのか、少し動揺しながらも振り向いた。
どうしよう。私は訳も分からず勝手に動いてしまった口をぱくぱくさせながら困惑した。
こんな状況、どう考えたって急に呼び止められたフェアリーナ部長の方が慌てるに決まっているだろう。
それなのにも関わらず、呼び止めた当の私はというと、ただ汗をだらだらかいているだけの変人だ。
「大丈夫ですか?」
「………わっ、私……」
もうどうにでもなってしまえ。そう半ば投げやりな気持ちになった私が発した言葉は──────。
「まっ、まだ………帰りたくないんです…!」
────の一言だった。
もちろん私は言った後、すぐに後悔した。
これじゃあまるで、まだ帰りたくないと駄々をこねている子供ではないか。
私は頬がどんどん赤くなっていくのを感じた。
私はそのりんごのように赤くなった顔を見られまいと、必死に両手で顔を覆った。
絶対変な人だと思われてしまっただろう。
しかし次の瞬間、フェアリーナ部長は幻滅するどころか急に吹き出した。
「……あはははっ、…!ははは…!!!急にどうしたんですか?」
「……えっ?」
彼女はお腹を抱えて豪快に笑い出した。何だかそれすらも恥ずかしくなり、私の顔の色は戻るどころか余計に赤みを増していった。
「はははっ………別にまだ帰らなくてもいいですよ?」
フェアリーナ部長は笑いを堪えながら、ようやく言葉を発してくれた。
「実際、試験に合格できても元の世界にはまだ帰りたくないって言う人も稀にいますから」
「そうなんですか?」
「はい。だってこの世界には自分の名前が嫌いな人しか集まれないのだから、当然それが理由で帰りたくないって人もいるはずです」
確かに、言われてみればそうだ。
あの日、初めてこの世界に招待された時。周りには数え切れないくらいの人で溢れ返っていた。
けれどここに来ていたということは、少なからずあそこにいた人たちはみんな、私のように名前が原因で嫌な思いをしてきたはずなんだ。
そう思うと今更ながら、私は一人じゃなかったんだと心が少し軽くなったような気がした。
「それで試験後に”条件”を提案してくる人もいますよ」
「条件…?」
「そのままの意味です。これを達成したら元の世界に帰りますよ、みたいな約束事を決めるということです」
なるほど、と私は首を縦に振る。
確かにその”条件”とやらを決めてしまえば、自分が達成したいと思っていることも叶えながら元の世界に帰ることができる。
「あなたがどんな過去や思いを背負ってここに来たのか私には分かりませんが、少なくとも帰りたくないと思うような理由があるのでしょう?」
フェアリーナ部長の少し尖った口調は変わらないが、その声色に優しさが混じっているようにも聞こえた。
「苦しみ、悲しみ、嫉妬、期待。それらは一人一人の名前からですら、生まれてきてしまうものです」
「……」
「しかしそれをどう捉え、どう変えていくのかはその人自身にしか決めることはできません。名前というものから解放され、本当の自分に生まれ変われた時、本当の意味であなたはようやく”現実の世界”に帰ることができるのでしょうね」
”本当の自分に生まれ変わる”
その言葉は一瞬で、私の心を揺るがした。
名前なんかに縛られて生きている私は、本当の私ではないのかもしれない。果たしてそんな自分を好いてくれる人なんかいるのだろうか。
きっとこのままじゃ、二度と現れないだろう。
じゃあどうするべきなのか……答えはもう、とっくに私の中で決まっていた。
私はごくり、と息を飲む。そして震える声でフェアリーナ部長に言った。
「………私、変わりたいです。もう名前なんかに怯えずに、胸を張って生きたい」
そして意を決して、大きな声で誓った。
「私っ……好きな人と両想いになるまで帰りません…!!!」
- Re: ユリカント・セカイ ( No.11 )
- 日時: 2024/07/19 12:46
- 名前: みぃみぃ。 (ID: UFZXYiMQ)
〈第十話 ずっと、このまま〉
「あっはっはっは!」
「な、なんですか」
私があんな答えをしたから笑ったと分かっていながらも、私はすこし驚いた。
フェアリーナ部長ってこんなキャラだっけ…?
「いやあ、全然いいんだけど。そんな答えの人は初めて見たよ。」
「……」
「あははっ、その好きな人とは誰なのさ。もちろん、ユリカント・セカイにいた人なんだろうな?」
「は、はい……。小鳥遊 留姫亜くん、です」
「ああ、留姫亜か。留異だな。あいつ、イケメンだよな」
「………」
フェアリーナ部長ですら知っているなんて。
でも小鳥遊くんなら、納得がいく。
「でもなあ───」
私は息を呑んだ。
「ユリカント・セカイにくるのは、毎年少しずつ変わるんだよなあ」
私は嫌なことが頭をよぎった。
『………俺さ、自分の名前嫌いなんだよね。でも、凛子に呼ばれるなら好きになれるかも』
あれは夢。
でも、あれが本当になったら……………。
「なんか思い出したのか?まあ、いいけど。大抵の人はくるからな。」
「そ、うなんですね」
「ああ、まあ、大丈夫だろう。まああいつのことさ。来年も来るだろう。」
「え、招待状送るのは部長じゃないんですか…?」
「私じゃないよ、なんてっか、部下っていうか?そんなやつらが送ってる」
「じゃあ、部長が言ったら………あ」
「はは、お前そんなに留姫亜が好きなんだな。ま、どうにかなるさ。」
「………」
辛かった。
フェアリーナ部長が、そんなことを思っているなんて。
私の好きな人を、「どうにかなるさ」で表すなんて。
「あんたは本当にいいわ、本当は返してあげたいところだけど、そう言うなら、ここで過ごしてちょうだい」
そう言ってフェアリーナ部長に連れて行かれたのは、大きく、とても豪華な部屋だった。
「え、いや、こんなところ……。」
私は思わずそう言った。
「いやいや、そんなこと言わずに。あんたは優秀なんだから。さ、入って入って。カードキー式だから、カードキー渡しとくわね」
私にカードキーを渡すと、フェアリーナ部長はさっと立ち去ってしまった。
大きな豪華な部屋に一人取り残された私は、床に座り込んだ。
こんな豪華な部屋に私一人なんて、すごくもったいなく感じた。
あの……あのベッドくらいでいいな……
私は少し離れたところにあるベッドを見つめた。
ふっかふかの大きなベッドに、おしゃれな棚。
そして、可愛い、少し変わった植物。ピンクの丸い実がなっている。
……あれでも、十分すぎるくらいだな。あはは…
そう、苦笑している時だった。
向こうのほうから、ガサっと音が聞こえた。
「ひゃっ!?」
何々!?ええ!?
「………あ」
そこから顔を出したのは、知らない男の人だった。
「こんにちは」
「こ、こんにちは………」
信じられない。ていうか誰?
「あ……有栖川 賢太、です。」
「賢太、さん…」
「はい。あなたは?」
「あっ……。橘 流華、です」
有栖川。何か身に覚えがあるような気がする。
有栖川、有栖川…………
「あっ!」
「ど、どうかしましたか?」
「あっ、すみません………」
私は顔に血がのぼる。
きっと私の顔は真っ赤になっているだろう。
でも、きっと………。
私は、勇気を出して話しかける。
「………あの、有栖川 美空異さんの、お兄さんですか………?」
もし違ったら。そう思うと、違う気がしてきた。いや、違う。絶対。まずい。きっと苗字がたまたま一緒なだけだ。
そうオロオロしていた時。
帰ってきたのは、予想外の言葉だった。
「えっと……君……流華さんは、美空異のことを知っているのか…?僕は、
美空異の双子の兄だよ。ええと、兄ってのは間違ってないんだけど……」
「………えっ!?」
小鳥遊くんの好きな人の双子のお兄さんが、この賢太さん。
頭がこんがらがる。
「あの、流華さんは、なんで自分の名前が嫌いなんですか?」
そうだった。
ユリカント・セカイは、自分の名前が嫌いな人たちが集まるんだ。
「私、は……。流華の“華”が、華やかな子に育って欲しいっていう意味なんですけど、それを5年の時にみんなの前で言ったら、華やかじゃないじゃんって揶揄われて、それがコンプレックスになっちゃって……」
「……、そうなんですね」
「あの、賢太さんって、なんで自分の名前が嫌いなんですか……?」
「僕は…賢太の賢って、賢いって書くんですけど、僕、バカで、勉強できなくて……。それで、名前が嫌いになって」
「ああ……」
やっと冷静になった時。
私は大変なことに気づいてしまった。
私は、この人……賢太さんと、同じ部屋で暮らさないといけないってこと……!?
しばらく沈黙が続いた。
気まずいなと思い、私はやっとのこと、声を出した。
「「……あの」」
賢太さんと私は、同時に声を出してしまう。
そんな空気を破ったのは……
「あら、ごめんなさいね〜。流華さん、案内する部屋を間違えてしまいまして。」
フェアリーナ部長だった。
「あらま、ごめんなさいね。邪魔です?」
「「い、いえ」」
私と賢太さんは咄嗟に答える。
「そう。じゃあ流華さん、こちらです」
「は、はい」
「んーと。カードキーはよかったみたいね。はいここ。」
「あ、はい」
私は部屋の中に入る。
「……えっ…?………私の、部屋…………?」
そこは、私の部屋……のようなのだけれど、私のお気に入りの小さなソファは大きくなっていて、ベッドの棚にはあの謎の可愛い植物がおいてある。
しかもベッドは巨大。
まさに私の部屋をそのまま巨大にしたような感じだ。
「……………」
静かな時間が続いた。
特に何をしたいというわけでもないし、ここで1年も過ごすと思うと、気が遠くなりそうだ。
「………あ、スマホ」
机の上には、私の使っている可愛げのないカバーのスマホが置いてあった。
「……………Wi-Fi繋がってる。使えそう」
私はゲームアプリを一つ入れた。
雪ちゃんがハマってて、少し気になっていたけれど、特にやろうとも思わなかったゲームだ。
「……意外と、いいかも」
私はこのゲームでずっと時間を潰し続けた。
流愛もいない。何も文句を言われない。
それは私にとって、とても気楽だった。
でも雪ちゃんに会えないと思うと、少し胸がチクリと痛んだ。
ずっと、このままなのかな?
- Re: ユリカント・セカイ ( No.12 )
- 日時: 2024/09/10 16:55
- 名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)
【 第十二話 】変わる日常
「もうこんな時間かぁ……」
ゲームをやり始めてから時計の存在をすっかり忘れていた私は、慌ててスマホに表示されている時刻に目を向けた。気が付くと時刻はもうすぐ夜の七時を示そうとしている。
私はちょうどお腹が空いてきたので、何か食べる物はないかと辺りを見回したが、唯一食べれそうな物はというとあの謎のピンク色の植物くらいしかなかった。
「うっ……」
さすがにこれを食べる勇気と覚悟は私にはなかったため、恐る恐る食べ物を探しに廊下に出ようと立ち上がった。
そういえばこの異世界って現実の世界とも時間が一緒なのかな。
初めてユリカント・セカイに来た時は、確か現実の世界でもここでも同じ夜だったはずだから向こうも今は夜ご飯を食べているくらいの時間なのだろうか。
そんなことを考えながら、私は自分の部屋のドアノブをそっと握った。
「あれ?開かない……」
私の部屋のドアは元々建付けが悪く、たまにこうしてドアノブを捻ろうとすると固くて開かなくなることがある。それで一回ドアノブを壊してしまったことがあるくらいだ。
こんなところまで私の部屋にそっくりだなんて……この世界は一体どうなっているんだろう。
そう思いながら力ずくでドアノブを捻ろうと全体重をかけて扉にのしかかろうとした、その時。
「………うわっ!!!」
─────ドン、バタンッ。
さっきまで固かったドアノブが突然緩くなり、前に体重をかけていた私の体は勢いよく廊下に放り出されてしまった。
「痛っ……」
大きな音と共にあっけなく床に倒れてしまった私の膝からは、少し血が滲み出ていた。
自分の鈍臭さに嫌気が差すどころか、もはや呆れてくる。私は思わず心の中でため息を着いた。
「……大丈夫ですか…?」
じんとする膝の痛みにこらえながら血が止まるのを座ったまま待っていると、近くの部屋から誰かが出てきて話しかけてきた。
反射的に声のする方に顔を上げると……そこにはさきほど会った賢太さんが少し驚いた様子で立っているではないか。
私はこの状況を他人に見られたことを一気に恥ずかしく思い、思わず賢太さんから目を逸らしてしまった。
いくらなんでも部屋から出るだけなのに転ぶのは自分でも恥ずかしすぎる。
「だ、大丈夫です……けど、怪我しちゃって…」
私がそう言うと、賢太さんは黙って手を差し伸べてきてくれた。
「………ありがとう、ございます…」
彼に感謝しつつ、私は咄嗟に賢太さんの手を取って立ち上がった。
自分で失態をおかしておきながら他人の手をとる光景は、誰が見ても呆れるだろう。
ばれないように心の中でため息をつくと、賢太さんが突然口を開いた。
「……あの、もしよかったら部屋に絆創膏とかあるので……寄っていきますか?」
「あ、本当ですか?……じゃあ、お願いします」
一瞬、私の部屋にも絆創膏はあるので断ろうかと悩んだが、賢太さんの気遣いを無下にするわけにもいかず、彼の部屋に着いていくことにした。
「……」
(き、気まずい……)
沈黙の中、私は歩く彼の後ろを少し痛む足で着いていく。廊下には二人分の足音だけがコツコツ、とやけに目立って聞こえており、私たちの空気を更に重くした。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「……ちょっと待ってて下さい」
部屋に入ってすぐの場所にあるソファに座るよう言われ、私は音を立てないように静かに腰を下ろした。
賢太さんはベッドの横にあるサイドテーブルの引き出しをしばらくあさり、絆創膏を持ってきてくれた。
「………どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ぶっきらぼうに絆創膏を私に手渡すと、賢太さんも私が座っているソファの反対端に座った。
「………あの」
絆創膏をしわのないように綺麗に膝に貼ろうとしている私を見ながら、彼が話しかけてきた。
「は、はい」
「………あなたは、何でこの世界に来たんですか?」
────ズキッ。
胸が極端に大きく跳ね上がる。そのおかげで私は思わず絆創膏を落としてしまった。
「……ごめんなさい、無神経なこと聞いて」
「いえ、全然大丈夫です……私もさっき聞いちゃったし」
「…………小学校の時、自分の名前の由来を発表する授業があったんです………でも、クラスのみんなにそんな華やかな名前は私には似合わないってからかわれて。そこから妹にも顔を合わせる度にそのことを言われて、その度に地味で可愛くない自分と周りから愛されてる妹を比べるようになってしまって……」
絆創膏を拾いながら喋る私の声は、情けないくらいに震えていた。
あの日のことを思い出す度に、胸が苦しくなる。自分のことがどんどん嫌いになっていく。
「………本当は、好きだったのに。私の名前も、流愛のことも……でも私のせいで、お母さんが頑張って考えてくれた名前や流愛との関係を汚してしまっているような気がして………そう考えてしまうようになった自分が、本当に嫌いなんです」
震える手でやっと絆創膏を貼り終えた私は、脚の上に乗せた拳を弱々しく握りながら自分の気持ちを語った。
隣にいる賢太さんは何も言わなかった。ただ私の話を相槌も打たずに聞いていただけだった。
でもそれがきっと彼なりの優しさなんだろう。私も何も言わないで黙って話を聞いてくれた方がよっぽど話しやすかった。
「…………暗い話になってしまってごめんなさい………でも、こんな風に誰かに自分の本音を打ち明けたことがなかったので、すっきりしました」
賢太さんの方に視線を向け、笑顔を作る。きっと私の顔は引きつっていただろうけど、これが私なりの彼への感謝の気持ちだった。
「…………何か、僕を見てるみたいです」
「えっ…?」
しばらくの間黙りこくっていた彼がようやく言葉を発したかと思ったら、思いがけないことを言われて少し驚いた。
「僕も親に毎日、勉強ができないことを言われて………それが嫌で、この世界に残りました。頭が悪い自分をもしかしたら周りは心の中で嘲笑ってるんじゃないかって……周囲の視線から逃げるために、ここに来たんです」
悲しそうに俯く彼を見て、思わず胸が痛くなった。隣に座る彼もさきほどの私と同じように、握った手を微かに震わせている。
「でも、あなたの話を聞いて気付きました。僕は………僕は、今まで他人のせいにしてたんです。勉強ができないことを自分の名前や比べてくる周りの声を理由にして、ずっと………自分自身から逃げてたんです」
気付いたら、賢太さんは泣いていた。
伝ってくる涙を腕で少し乱暴に拭いながら言葉を紡ぐ賢太さんを見て、私も泣きそうになってしまった。
「…………でも、あなたは違う。周りのせいにも名前のせいにもせず、自分自身を変えようとしてるから。それって凄いことですよ、きっと」
彼は嘘偽りのない瞳で私を見つめた。そう言ってくれる彼の優しさに胸が痛くなる。
私はそんな綺麗な人間なんかじゃない。結局は自分の名前を嫌ってしまっていることに変わりはないから。
誠実な彼のことを騙してしまっているようで、私は罪悪感に押し潰されそうになった。
「………わっ、私はそんなんじゃ────────」
────ぐぅぅぅぅ。
「あっ……」
その言葉を否定しようとしたその時、私のお腹の鳴る音が派手に部屋中に響き渡った。
こんな時に………恥ずかしすぎて穴があったら今すぐ入りたい。
「えっ、あ………そ、その……」
あまりの恥ずかしさに私の顔はゆでだこのように赤くなっているだろう。
「………ぶっ!……はははっ!!!」
すると突然、今まで大人しかった賢太さんが吹き出した。私の醜態が相当おかしかったんだろう。
「……ははっ!そんなタイミングで鳴る?普通……っ…!!!」
「そっ、そんなに笑わなくても……!」
さきほどとは別の意味で溢れてくる涙を拭いながら笑う彼を、私はただ顔を赤くしながら見ることしかできなかった。
「ほんと…っ……あなたって面白いですね」
「え?」
やっと彼の笑いが収まってきたかと思えば、今度はそんなことを言われ、私はぽかんとしてしまった。
「だって初めて会った時は大人しくて静かな人だと思ってたのに、一人で転んだり急にお腹鳴らしたりするから。フェアリーナ部長も変な子だとか言って笑ってましたよ」
「えっ、あの人が!?」
フェアリーナ部長もそんなことを思っていただなんて………私、初対面の人にどれだけ変な印象を持たせているんだ。
「僕はそれもあなただけの魅力だと思いますけどね。むしろ悲観的に思うようなことじゃないですよ」
”魅力”………私だけの。
そんなことを言われて、つい頬が緩んでしまう。それと同時に、さっきまで悩んでいた自分が何だか小さく思えてきた。
「ありがとうございます…何か元気出ました…!」
私は思わずソファから立ち上がった。
─────ぐぅぅぅぅ。
「あっ……」
立ち上がった後、また私のお腹が鳴ったのを聞いた賢太さんが中々笑うのを止めてくれなかったのは言うまでもなかった。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「わぁ……すごい」
「意外と大きかったんですね。この建物」
あの後、賢太さんが二人で食堂を探しに行こうと言ってくれたので、私たちは洋館の中をふらふらと歩き回っていた。
ずっと部屋にいたせいか、建物の中が余計広く見える。まるで高級ホテルに来たような気分で、私は少しワクワクしていた。
「食堂見当たらないですね…」
「ですね………あれ?」
しばらく階段を上がったり下がったりしていると、私は曲がり角の壁に何かが書いてあるのを見つけた。
「………あっ、見て下さい。”食堂は右”って書いてあります」
「ほんとだ。行ってみるか」
書かれた通り曲がり角を曲がると、目の前には大きくて立派な扉がそびえ立っていた。
賢太さんがゆっくりと扉を開ける。すると───────。
「あら、遅かったですね」
そこには長テーブルの中央で堂々と腰を掛けたフェアリーナ部長がいた。
両手にはナイフとフォークを持っており、どうやら食事の真っ最中だったらしい。
「二人が最後だわ。どうぞ座って座って」
フェアリーナ部長にそう促され、私たちは恐る恐る部長の近くの席に腰掛けた。
「二人共苦手なものはある?」
「特にないです」
「多分、大丈夫です」
「了解。リーフェ、お客様にディナーを」
「かしこまりました」
すると次の瞬間、目の前に小さなもやのような紫色の何かが現れたと同時に、急にキラキラとそれが輝き出した。
幻想的な光景に思わずうっとりしていると、気付いたら目の前にはホテルで出されるような豪華な洋食が置いてあり、私は思わず感動してしまった。
「すごい……何これ」
まるで魔法みたいだ。目の前に出された食事も本当に美味しそうで、私はすぐにナイフとフォークを手に持つ。
「どうぞ。ゆっくり楽しんで」
「い、いただきます……」
目を輝かせながら、最初に目に入ったメインディッシュにゆっくりとナイフを入れる。
「お、美味しい…!」
お腹が空いていたのもあってか、今まで食べてきたものの中で一番美味しいと言っても過言ではない気さえした。
「喜んでもらえて良かったです。ところで二人は元々知り合いだったんですか?誰かと一緒に食堂まで来る人なんて滅多にいないので」
向かい合わせに座った私たちを交互に見つめ、不思議そうに尋ねてくるフェアリーナ部長になんと言ったらいいのか分からず、しばらく沈黙が続いた。
「…………何か部屋出た時に、この人が廊下で派手に転んでて。そのままお互い話してたら急にこいつがお腹鳴らすから……」
くすくすと笑いながら説明する賢太さんを見て、思わず頬を膨らませる。この人、どれだけ笑えば気が済むんだろう。
「ちょっと……何でまた笑ってるんですか。失礼ですよっ…!」
「ごめん、ごめん。つい……っ…」
なんて言いつつ後ろを向いて笑いを堪えている彼を見て、私は呆れてしまった。
「…………何か、仲いいですね。二人共」
ずっと黙って聞いていたフェアリーナ部長が口を開いたかと思えばそんな滅相もないことを言ってくるので、私たちは慌てて否定した。
「「いや、仲良くないですから」」
「えっ、めっちゃ仲良いやん笑」
賢太さんと思わず声が被ってしまい、私たちは顔を合わせる。何だかそれがおかしくて、私たち三人は誰からともなく笑い出した。
「いや、今のは偶然です…!」
「………はははっ!もう笑いすぎてお腹痛い……っ…」
「だってあなたが一番笑ってますもん」
「何それ……っ…ははっ…!」
食事中にも関わらず、思う存分私たちは笑った。
この時間がずっと続けばいいのに。そう思ってしまうほどに、私はここでの日常が楽しみでしょうがなかった。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
翌朝。
あれからは他愛もない話を三人でたくさんしながら遅めの夕食を終え、各自部屋に帰った。
部屋に戻った時は夜の十一時を過ぎていたため、浴場に行って帰ってきた頃にはすでに今日になっていた。
そのせいもあってか起きた時には朝の九時になっていて、私は思わず飛び起きた。
「やばい……!」
これは完全に遅刻した。そう絶望した私は光の速さで制服に着替え、部屋を飛び出す。
「遅刻だぁ……!」
誰もいない廊下でそう小さく叫びながら、私は全速力で走る。
すると突然近くの部屋の扉が開き、私と同い年くらいの女の子が出てきた。
そこで私はふと考える。
ん?そもそもうちってこんなに広かったっけ?というか何で流愛とお母さん以外の知らない人が家にいるんだろうか。
「………あの…」
しばらく立ち止まって考えていると、部屋から出てきた女の子が話しかけてきた。
「は、はい」
「何で………制服着てるんですか?」
「…………………あっ…」
その時、私は自分のしてしまったことを完全に理解した。
「や、やらかした……!」
「………ふっ…何かあなた面白いですね」
上品に口元に手を添えながらくすくすと笑う女の子。その顔をよく見てみれば、私は驚きのあまり固まってしまった。
「え……る、流愛…?」
何とそこには、流愛にそっくりの可愛らしい顔つきをした女の子が立っていたのだ。
今は自分がやってしまったことへの恥ずかしさより、流愛そっくりのこの女の子の方がよっぽど気になる。
「流愛?誰ですか、それ」
「……あ、ごめんなさい。何でも、ないです…」
ついまじまじと目の前にいる流愛(違います)を見てしまう。
「あ、あの……お名前は?」
「あ、えっと……桜林 誠って言います」
緩く結かれた低めのツインテールの毛先をくるくると指で巻きながら恥ずかしそうに笑う誠ちゃんは、やはり流愛そっくりだ。
「あの……もし良かったら一緒に朝ご飯食べに行きませんか?」
「え、いいんですか…?ぜひ……!」
こうして突然、流愛のそっくりさんと朝食を食べることになった私は、二人で話しながらふと家族のことを思い出していた。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「え、流華ちゃんも中一なんだ!」
「うん。同い年だね…!」
あれから食堂に着いた私たちは談笑しながら朝食を食べていた。
誠ちゃんは年齢も声も好きな物まで流愛と全部一緒なので、これは妹のドッペルゲンガーなのではないかと疑ってしまうほどだった。
そして同時に、流愛に似てるなと思う度になぜか胸の奥がチクリと痛むような、そんな気がした。
「ねぇねぇ。流華ちゃんってさ、好きな人いる?」
そんなことをぼんやりと考えていたら、隣に座る誠ちゃんが唐突に聞いてきた。
「えっ…?ま、まぁ……一応」
「本当に!?どんな人どんな人?」
興味津々の顔でそう言ってくる誠ちゃんに、私は少したじろいだ。
「え、えっと……何でもできるかっこいい人、かな」
「何それ!?超ハイスペ男子じゃん!」
「う、うん……そうなの、かな…?」
私は少し違和感を覚えた。
何だか、彼のことを”ハイスペック”の一言で片付けてしまうのは違う気がしたからだ。
「いいなぁ、周りにそんな完璧な人がいるなんて。そりゃあ女子たちはほっておかないよね」
「そ、そうだね……」
確かに彼はモテるだろうから、両思いになるのは難しい。そんな人に好きになってもらえる美空異さんは、やっぱりすごいなと改めて思った。
「誠ちゃんは、好きな人いるの?」
「うん………正確に言えば”いた”って感じかな」
すると誠ちゃんは急に悲しそうな目をした。
「ごめん、聞いちゃだめだったかな……?」
私は慌てて謝る。誠ちゃんは苦笑いを残した後、こう話し始めた。
「ううん、いいの。ただ…………昔のことを、思い出しちゃって」
突然朝食のパンを食べるのを止めた誠ちゃんは、悲しそうな表情を浮かべた。
「ほら、”誠”って響きも漢字も男の子っぽいでしょ?だから、私よくからかわれてたんだ。苗字は”桜林”って華やかなはずなのに、名前は”誠”って………もったいないって、気持ち悪いってみんなに言われた」
ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ誠ちゃん。
さっきまであんなに元気に話していたのに、今の彼女は全くそうは見えなかった。
「でもね、唯一私の名前を肯定してくれた男の子がいたの。いつも話しかけてくれるし、席も隣だったから、彼を好きになることに時間はかからなかった」
「だから浮かれてたの、私。きっとあの人は、私のことを少しでも好きになってくれてるんじゃないかって。だけど……………本当は違った」
持っていたナフキンを弱々しく握ったその手には、彼女の涙が一滴垂れていた。
「告白するために、思い切って彼を教室に呼んだの。ちゃんと勇気を持って”好き”って伝えた。でも彼は…………急に、馬鹿にするように笑い出した」
「”誠なんて男友達みたいな名前の奴なんかと付き合いたくない、気持ち悪い”、”ハブられもんのあんたとつるんどけば好感度上がるし”って………そう言われたんだ」
(何それ……ひどすぎる)
私はショックのあまり何も言えなかった。
隣で静かに泣く誠ちゃんを、ただ見ていることしかできなかった。
「ひどいよね……私それがほんとに悔しくってさ。だから少しでも女の子っぽく振る舞えるように頑張ったんだけど………どうしても、名前のことだけは忘れることなんかできなかったから」
誠ちゃんは笑いながらそう言った。
でもその笑顔が偽りの笑顔だということは見てすぐに分かる。
私は思わず、彼女にそっと抱き着いた。
「誠ちゃん、こんな時にまで我慢しなくていいんだよ。無理して笑わなくていいんだよ」
「泣きたいなら、泣けばいい。辛いなら、吐き出せばいいの。大丈夫だから。私がいるから」
「………うぅっ……流華ちゃん……!私、辛いよ…っ………何で名前だけで、みんなみんな私を否定するの……?何、で……っ…」
私も聞きたいよ、誠ちゃん。
何でこんなにいい子が、そんなひどい目に遭わなきゃいけないんだろう。
どうして”私たち”は、名前なんかに縛られて生きていかなければならなかったんだろう。
──────その答えはまだ、見つからないまま。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
廊下で誠ちゃんと別れ、部屋に戻った私はそのままベッドに寝転がった。
誠ちゃんの苦しそうな笑顔とぐしゃぐしゃになった泣き顔を思い出すだけで、胸がとても苦しくなる。
私はずっと、そのことで頭がいっぱいだ。
…………気分転換に、外の空気でも吸おう。
そう思った私は部屋を後にした。
昨日食堂を探していた時に玄関らしき広間は見つけていたので、私は迷うことなく外出することができた。
勝手に外に出てもいいのかと途中で不安になったが、扉を開けた瞬間そんな思いはあっけなく吹き飛んで行った。
「わぁ………綺麗」
思わずそう呟いてしまうほどの綺麗な小さい花畑が目の前に広がる。
色とりどりで華やか、とまではいかない素朴な感じの花々だったが、私にはそれがどんな花よりも美しく見えた。
今までのことも、その美しさで全部吹き飛ばしてくれそうな気さえした。
洋館の外装は想像と違って少しダークな感じで、私たちが暮らしている棟の隣には少し古びた洋館が建っている。
そういえば昨夜、フェアリーナ部長が試験の合格者と不合格者の棟は別れてるって言っていたような気がする。
とすると隣にあるあの洋館はその人たちが住んでいるのだろうかとそんなことを考えていると、突然心地よい風が吹いてきた。
「………あっ」
気付いたら目の前の花畑の上で、小さな妖精のような女の人がひらひらと飛んでいた。
「お客様、おはようございます。突然来てしまってすみません」
その妖精は宙を舞いながら、私に向かって丁寧にお辞儀をした。
「いえ………ところであなたは?」
「私はフェアリーナ様の使いの”リーフェ”と申します。この建物の管理やお客様へのおもてなしを行っている者です」
「なるほど、そうだったんですね」
私は昨夜と今朝いただいた食事の用意をしてくれたのはこの人だったのかと、今更ながら納得した。
「お客様はなぜこんな花畑にいるのです?」
そう尋ねながら、リーフェさんは体から淡く光る水のようなものを花にあげていた。
それを浴びた花たちは元気を取り戻したかのように、きらきら輝きながら花びらを小さく揺らしていた。
「ずっと部屋にいるのもあれかなと……たまには外の空気も吸いたかったので」
「そうだったんですね。お客様はお花が好きなんですか?」
「……まぁ、見る分には………そうですね」
綺麗な花を見ているとそれだけで心が洗われていくような気がするから、私は好きだ。
でも………同時に名前のことも思い出してしまうから、少し胸が苦しくもなる。
両親は私の名前を考える時、こうやって綺麗に咲く花を見ながら私に華やかな存在になってほしいと思っていたんだろうな、とどうしても考えてしまうからだ。
そんなことを考えながらリーフェさんと話していると、私は花畑の中央に咲いている二輪の花に目がいった。
鮮やかな赤色の椿と、透き通るような水色のアリウム。二つとも対照的な色なのに、隣合って咲いている姿は何とも言えないくらい綺麗だった。
ぱっとした華やかで凛とした椿と、落ち着いているのにどこか目が離せないアリウム。
まるで………美空異さんと小鳥遊くんみたいだ。
「………椿とアリウムですか。綺麗ですよね」
「あっ……やっぱりそう思います?」
少し胸がチクリと痛んだ。目の前で二人がお似合いだと言われているような気がしたからだ。
「お客様は、花言葉など興味はおありですか?」
「ありますけど………あまり知らないです」
以前から花言葉に興味はあったが、そこまで信じるようなものだと思ったことがなかった。
「赤い椿の花言葉は”気取らない優美さ”。そしてアリウムの花言葉は────────」
”深い悲しみ”
「…………えっ?」
彼にそっくりな花。なのに花言葉が………深い悲しみ…?
彼を見てそんなことを思ったことはない。ないはずなのに────────。
「………っ…」
私はその時、はっとした。
そして気付いたら……私の頬には一粒の涙が伝っていた。
アリウムのように綺麗で、洗礼されたような私の好きな人。
”小鳥遊 留姫亜”。何もかもが完璧で、彼に不幸せなことなんてきっとないと思ってた。
名前も、私の方がずっとずっと嫌っていると思っていた。
”留姫亜”という珍しく華やかな名前は、彼にぴったりだから。地味な私なんかより、ずっと。
なのに………何で今まで気付かなかったんだろう。
彼がこの世界に招待された理由を、ずっと虚ろな目をしている理由を。
「………大丈夫ですか…?お客様」
「……あっ……ご、ごめんなさい…」
やっと、あの人が美空異さんを好いている本当の理由が分かった気がする。
美空異さんは”彼自身”を見ていたんだ。
表面なんかじゃない。名前だってきっと、誰よりも分かってくれていたんだ。
それは彼にとっても大きな存在になっただろう。
…………………誠ちゃんのように。
”完璧”という言葉が、何よりも一番彼を傷付けた。
なのに彼の弱みも知らないで表面的なところしか見なかった私は、きっと誰よりもあの人を好きになる資格はない。
「あの……ありがとうございます。教えてくれて」
「いえ……お役に立てて良かったです」
花言葉を教えてくれた………私に大事なことを気付かせてくれたリーフェさんに感謝を伝える。
彼のことを、ちゃんと一から見つめ直そう。そう、心の中で誓った。
その瞬間、アリウムの花が風に乗ってどこか切なく揺れた気がした。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
それから私は賢太さんや誠ちゃん、時にはフェアリーナ部長とも楽しい毎日を過ごした。
「賢太さん、好きな人を振り向かすにはどうしたらいいですか?」
勉強中の彼にそんなことを聞いたり。
「どうやったら誠ちゃんみたいに可愛くなれる?」
髪を巻いてる彼女に自分磨きのコツを聞いてみたり。
地道なことだったかもしれないけれど、私は自分なりに成長しようと頑張った。
異世界での生活も徐々に慣れてきて、たまに行く花畑でリーフェさんと話すこともしばしばあった。
現実世界ほど忙しくはないけれど、一年後のことを考えるとこのままではだめな気がしたから。
好きな人のことを毎晩考えながら眠りにつく日々はあっという間に過ぎていった。
誠ちゃんの顔やお母さんからの連絡を見て、よく家族や雪ちゃんのことを思い出して寂しくなるが、一年後に成長した自分で現実世界に戻る日を何度も想像して、胸の痛みを誤魔化していた。
そして、ついに─────────。
「………いよいよ、この日が来た…」
「頑張れよ、流華」
「流華ちゃん頑張ってね。応援してる!」
一年間仲良くしてもらった賢太さんと誠ちゃんに背中を押されながら、私はユリカント・セカイの会場へ一歩踏み出した。
彼に会うのが、正直怖い。でもそれ以上に、今は会いたいという気持ちの方が強かった。
もう一度、彼を好きになるチャンスを。この想いを伝えるチャンスを。
みんなが支えてくれた分、私も変わってみせる。
『これにてユリカント・セカイを開幕します』
人が溢れ返る会場に、フェアリーナ部長の声が響き渡った。
それと同時に私は、今一番会いたかった人の後ろ姿を見つける。
「………留異…!」
私はその大好きな背中に、精一杯の声で話しかけた。
- Re: ユリカント・セカイ ( No.13 )
- 日時: 2024/11/27 16:54
- 名前: みぃみぃ。 (ID: UFZXYiMQ)
【第十三話】結ばれるはずだった人と、結ばれないはずだった私
『流華が、帰ってこない』
それは、私……流愛にとって、とても嬉しいことだった。
流華は11時くらいに帰ってくる予定だったらしいけど、3時を過ぎても帰ってこないらしい。遊んでくると言った公園も見に行ったらしいけど、いなかったらしい。
公園とか、地味すぎる。ほんと、流愛と正反対。地味。あの名前も馬鹿げてるし。流“華”とか、嘘じゃん。
お母さんは慌ててたけど、流愛には分かんない。馬鹿みたい。流華のことなんか、ほっとけばいいのに。
……ああ、最高。流華がいないんだよ?ああ、気楽。全っ然うざくないし。
あーあ、何しよ。
お腹は空いてないし。さっき、凛子とランチしてきたばっかりだ。
あ、ゲームしよ。そうだ、凛子とオンラインでやろっと。
そう思い、流愛は凛子に電話をかけた。
「……もしもし、凛子?」
『ん、流愛?どした?』
「今、暇?」
『うん、めっちゃ暇』
「じゃ、いつものゲームで繋ごうよ」
『おけ、じゃ申請しとくわ』
「さんきゅ。じゃ、またあとで」
『うい、切るね』
「はーい」
プツッと短い会話が切れる。
「申請来てる。参加っと」
凛子はいつも行動が速い。他の人なら、申請にいつも2、3分はかかるのに。もちろん、流愛も。
「はい、りぃ、来たよー」
りぃ、は、凛子のゲーム内での名前だ。流愛は、るぅだ。言ってしまえば、凛子のパクリ。
『るぅ、やっほー』
「んじゃ、やるか」
『おけ』
ゲームがスタートした。
このゲームは、戦闘ゲーム……という名の、なんか可愛いやつが揉め合いみたいなのしてる、なんか可愛いやつだ。全然グロくないし、見てて癒される。
これは多分、クラスで流愛と凛子以外知らないゲームだと思う。……あ、でも、確か白石雪って人は知ってた気がする。あの人嫌いだけど。
『おりゃおりゃおりゃーっ!!』
「うわダメージえぐ!何その技!!」
『こないだ身につけた!とりゃぁっ!』
「うわーっ!!じゃあるぅだって!おりゃーっ!!」
『うわなんだそれーっ!!負けた!』
「おっしゃー!」
──────この時は、流華が帰ってこないことが、あんなことに繋がるなんて、思ってもみなかった。
来てしまった。
後戻りができないことなんて、知っていた。
でも、私……流華は、留姫亜くんと両思いにならなければ、帰れない。
そんなこと、百も承知だ。
「みなさん、今日はユリカント・セカイにお集まりいただき、誠にありがとうございます。今日は楽しんでいただけると、嬉しいです。それでは……ユリカント・セカイを、開始いたします!」
フェアリーナ部長がそう言うと、不思議と緊張の糸が解けたように段々と騒がしくなった。
「……っ…!」
私は耳を塞いだ。
1年のユリカント・セカイでの生活は、賑やかだったとはいえ、いつもより静かだった。
学校に行けば、影口の連続。
家では、流愛の文句の連続。
それがなくなったことで、静かな環境に慣れてしまったのだろう。
……一言で言ってしまえば、とても、うるさかった。
今すぐ、耳栓をしたいくらい。
どうしよう。
……我慢できないくらいだ……
「……あ、誠ちゃん……」
悩んでいるときに目の前に現れたのは、何度見ても流愛にそっくりな誠ちゃんだった。
「……は?」
帰ってきたのは、まさかの………流愛の口調だった。
「あんた…!あんたのせいでっ……!!」
「流、愛?」
これは流愛なのだろうか。
信じられなかった。
一瞬やっぱり誠ちゃんなのかとも思ったけど、やっぱり雰囲気が違った。
「そうだよ、流愛だよ!!流華の馬鹿野郎!!」
周りにいる人が、流愛の大声でこちらを一斉に見る。
恥ずかしかったけど、そんな場合ではなかった。
「流愛……」
私は、流愛の名を口にすることしかできなかった。
「……あの!」
そう聞こえた。
声の聞こえた方には、凛子さんが居た。
「流愛、ごめん!!ねえ、もうあんなことしないから!!お願い…!もうやめてっ!!」
凛子さんがこんなにか弱く見えたのは、初めてだった。
私は夢を見ているのではないか。
そんな考えが頭をよぎったが、ほっぺをつねったら痛いし、目を擦ってもなにも変わらなかった。
「やめてやめてやめて!凛子なんか大嫌い!!来ないで!!嫌だっ!!」
「流愛、ごめん、許して…」
「許せるわけないでしょ!?ふざけないで!」
流愛が、凛子さんをそんなに嫌うなんて。
何があったんだ、と私は動揺する。
そして、私は意を決して声を出す。
「…ねえ、何があったの?流愛と凛子さんの間に…」
流愛が、私をキッと睨んだ。
「ごめん、流華、全部、私が悪いよ…!ごめん!」
急に凛子さんに謝られて、どきっとする。
「凛子が」
流愛が、口を開く。
「凛子が、クラス全員で、流愛を仲間はずれにした」
「……え?」
「流華が行方不明になって、流華の方が勉強も運動もできるし、ってなって、流愛は前までみたいに愛されなくなった」
吐き捨てるように、流愛が言う。
そこで私は、ああそっか、と納得した。
愛されなくなったから、流愛は名前が嫌いになったんだ。
「ねえ、流華。戻ってきて」
流愛が、急に目に涙を浮かべる。
「ねえ、もう、流華の名前を揶揄ったりしないから。お願い。ねえ……」
最後の方は、流愛の声が掠れて、よく聞こえなかった。
そして、涙がほおにつたって、ポツンと床に落ちる。
「じゃあ」
流愛が希望を感じたのかなんなのか、顔が少しだけ明るくなった。
「凛子さん、私に……留姫亜くんと付き合うのを、許して」
凛子さんの顔が、急に真っ青になった。
「なんで……?私、留姫亜と、やっと、付き合ったのに……」
凛子さんが?留姫亜くんは、美空異さんが好きだったはずなのに………
「嘘だ」
声の聞こえた方を見る。
「俺は、こいつと付き合ってなんかいない」
そこにいたのは……留姫亜くんだ。
「全部、嘘だ。俺は、誰とも付き合ってない」
「凛子!!」
流愛が叫んだ。
「嘘つくなんて、信じらんない!!ふざけないで!!」
さっきまで泣いていたのなど、信じられないくらい、流愛は必死だった。
そして、留姫亜くんが、こっちに近付いてきた。
「今、俺が好きなのは、美空異じゃない」
留姫亜くんの息が荒くなり、顔が真っ赤になる。
「流華さん。あなたが好きです。付き合ってくださいっ!」
「……………え?」
やっとのことで出した声は、変な声になってしまった。
「俺……流華さんが、行方不明になってから、テレビで流華さんの顔を見ました。よくよく見たら、すごく、可愛くて……」
私の顔が、真っ赤になっていくのを感じる。
「それから、与那野東中の女バス部は、どんどん弱くなっていったんです。で、俺の学校のバスケ部のコーチが何か言っているのが聞こえて。『行方不明になった子は、この学校の子だったような。あの子がいる時はこんなに弱くなかったのにな』って呟いてたんです。それですぐ、ああ、流華さんのことだな、って……。」
留姫亜くんの顔が、これでもかと思うくらい、さらに赤くなっていく。
「流華さん、俺は、運動神経が良くて、可愛くて………そんな流華さんが、好きです。」
留姫亜くんが言い終わる前に、もう答えは決まっていた。
でも………言えなかった。
留姫亜くんには、留姫衣さんという、双子の弟がいる。私は…………留姫衣さんにも、惹かれてしまったのだ。
私は、なんて人を好きになってしまったのだろう。
「留姫亜さん、ごめんなさい。」
流愛が、留姫亜くんに断りを入れる。
「凛子!?なんで嘘ついたの!?」
急に、叫び出した。びっくりして、何も声がでなかった。
「流華も、留姫亜さんも………流愛だって、わけわかんないよ」
「だって……」
凛子さんが、泣きそうな声で言う。
「留姫亜くん、私に……凛子に、ちょっと惹かれちゃったかもって……それって、好きって意味じゃないの?」
「それは……」
留姫亜くんが、申し訳なさそうに言う。
でも私は、そんなのどうでも良かった。
留姫亜くんが。あの、美空異さん一筋だった、留姫亜くんが。
凛子さんに、目移りするなんて。
信じられなかった。
「それに、これが終わった後……言ってくれたじゃん…」
凛子さんが、泣きそうな声になる。
「『俺、凛子となら、付き合ってもいいかも』って……
それって、付き合うって意味じゃないの!?!?」
凛子さんは、必死だった。
今までに一番、必死だった。
「俺そんなこと言ってねえ」
留姫亜くんが吐き捨てるように言う。
「お前がそう言われたの、夢じゃねーの?」
そう言われて、ドキッとした。
私は………留姫亜くんが凛子さんに、話しかけて、楽しそうに笑っている夢を見た。
それと同じように、凛子さんも、……留姫亜くんだって、夢を見ていたのかもしれない。
凛子さんはきっと、嬉しくて、現実との区別がつかなくなったのだろう。
「え…………」
凛子さんが、絶望の顔をする。
そして……大粒の涙が、凛子さんの目から流れる。
「……ごめんなさい、私、勘違いしてたなんて……………」
凛子さんは、今までで一番か弱く見えた。
「留姫亜くん………美空異さんは、もう、好きじゃないの……?私が代わりに、なるの………?」
美空異さんに代わる自信がなかった。
みずほらしい自分が。女子力のない自分が。
「留姫亜!!」
美空異さんが、駆け寄ってきた。
「留姫亜、自分が流華さんが好きだと思うなら、そんな言葉に惑わされちゃダメ!!そもそも私、留姫亜に告白されて、驚いたんだから。それで振られたからとかで流華さんになったらわかるけど、今の話聞いてたら……あんた、本気で流華さんが好きなんでしょ?」
美空異さんの話を聞いて、私はびっくりした。
留姫亜さん……本当に、私が、本気で、好きだなんて……
「美空異……」
留姫亜さんの目に涙が浮かんでいる。
そして、遂に、決心したように、こちらを向いた。
「…流華さん。俺は、あなたのことが、好きです。…付き合ってください!」
付き合ってくださいの声だけが異常に大きく聞こえた。
それと同時に、周りの人が、こちらに寄ってきたり、避けて通っていったり、私たちのことを気にしているようだった。
中には、こちらを向いて祈るような手をしている人もいた。
留姫衣さんがどうとか、今の私には関係なかった。
ただ、私は、留姫亜さんが、好き。
私の中で、答えは決まっていた。今は、その言葉を出せば、留姫亜さんに伝えれば、それで良い。
「はい。私も留姫亜くんがずっと、あのときから、大好きでした、……私でよければ、付き合ってください!」