ダーク・ファンタジー小説
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- ユリカント・セカイ
- 日時: 2025/11/02 22:07
- 名前: みぃみぃ。・しのこもち。・謎の女剣士 (ID: aFmdMFHh)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
※諸事情により、みぃみぃ。としのこもち。二人での合作になります
こんにちは、みぃみぃ。と、しのこもち。です。
ユリカント・セカイは、合作小説です。
みぃみぃ。→しのこもち。の順で書きます。
一気読み用 >>1-
第一話 >>1 あの時までは…。
第二話 >>2 ダイキライ
第三話 >>3 幸福と不幸
第四話 >>4 情けと出会い
第五話 >>5 初恋
第六話 >>6 好きな人、嫌いな自分
第七話 >>7 不思議
第八話 >>8 散ってゆく
第九話 >>9 もう一度
第十話 >>10 答え
第十一話 >>11 ずっと、このまま
第十二話 >>12 変わる日常
第十三話 >>13 結ばれるはずだった人と、結ばれないはずだった私
第十四話 >>14 祝福
- Re: ユリカント・セカイ ( No.10 )
- 日時: 2024/05/18 18:10
- 名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)
- 第十話 答え -
「合格です」
フェアリーナ部長がそう言い放った瞬間、私は安堵の息を漏らした。
「25問中、25問正解。よってテストは満点合格です。おめでとうございます」
フェアリーナ部長は疲れた表情を残しつつも、少し驚いたような声色をしていた。私は何だかそれが嬉しくて、つい口元が緩んでしまう。
「すごいですね。今までの試験でも、満点合格は指で数えられる程度しかいなかったんですけど」
「あ、ありがとうございます……」
私は何だか胸が包まれるような、暖かい気持ちになった。久しぶりに他人に認めてもらえたような気がしたからだ。
そっか。最近の私は周りと比べることに執着しすぎて忘れていた。
私の魅力は私だけにあるということを。誰かに自分のしたことを認めてもらえるような何かを、少なくとも私は持っていたのだ。
私にもみんなみたいに、誇れるようなものがあったのだ。周りと比べる必要なんて、最初からなかったんだ。
そう思った瞬間、私は今にも泣き出してしまいそうになった。
だめだ……最近の私は少し…いや、ものすごく涙腺が緩い気がする。
そんな私に構わず、フェアリーナ部長は自身の長くて綺麗な指で解答用紙を整えながら、その場を後にしようとした。
「………ま、……待って下さい…!」
気付いたら私は、彼女の背中に向かってそう叫んでいた。
私は何をやっているんだろう。早く現実の世界に帰ってしまえば、それで全て終わっていたのに。
フェアリーナ部長は私が大きな声を出して呼び止めたことに驚いたのか、少し動揺しながらも振り向いた。
どうしよう。私は訳も分からず勝手に動いてしまった口をぱくぱくさせながら困惑した。
こんな状況、どう考えたって急に呼び止められたフェアリーナ部長の方が慌てるに決まっているだろう。
それなのにも関わらず、呼び止めた当の私はというと、ただ汗をだらだらかいているだけの変人だ。
「大丈夫ですか?」
「………わっ、私……」
もうどうにでもなってしまえ。そう半ば投げやりな気持ちになった私が発した言葉は──────。
「まっ、まだ………帰りたくないんです…!」
────の一言だった。
もちろん私は言った後、すぐに後悔した。
これじゃあまるで、まだ帰りたくないと駄々をこねている子供ではないか。
私は頬がどんどん赤くなっていくのを感じた。
私はそのりんごのように赤くなった顔を見られまいと、必死に両手で顔を覆った。
絶対変な人だと思われてしまっただろう。
しかし次の瞬間、フェアリーナ部長は幻滅するどころか急に吹き出した。
「……あはははっ、…!ははは…!!!急にどうしたんですか?」
「……えっ?」
彼女はお腹を抱えて豪快に笑い出した。何だかそれすらも恥ずかしくなり、私の顔の色は戻るどころか余計に赤みを増していった。
「はははっ………別にまだ帰らなくてもいいですよ?」
フェアリーナ部長は笑いを堪えながら、ようやく言葉を発してくれた。
「実際、試験に合格できても元の世界にはまだ帰りたくないって言う人も稀にいますから」
「そうなんですか?」
「はい。だってこの世界には自分の名前が嫌いな人しか集まれないのだから、当然それが理由で帰りたくないって人もいるはずです」
確かに、言われてみればそうだ。
あの日、初めてこの世界に招待された時。周りには数え切れないくらいの人で溢れ返っていた。
けれどここに来ていたということは、少なからずあそこにいた人たちはみんな、私のように名前が原因で嫌な思いをしてきたはずなんだ。
そう思うと今更ながら、私は一人じゃなかったんだと心が少し軽くなったような気がした。
「それで試験後に”条件”を提案してくる人もいますよ」
「条件…?」
「そのままの意味です。これを達成したら元の世界に帰りますよ、みたいな約束事を決めるということです」
なるほど、と私は首を縦に振る。
確かにその”条件”とやらを決めてしまえば、自分が達成したいと思っていることも叶えながら元の世界に帰ることができる。
「あなたがどんな過去や思いを背負ってここに来たのか私には分かりませんが、少なくとも帰りたくないと思うような理由があるのでしょう?」
フェアリーナ部長の少し尖った口調は変わらないが、その声色に優しさが混じっているようにも聞こえた。
「苦しみ、悲しみ、嫉妬、期待。それらは一人一人の名前からですら、生まれてきてしまうものです」
「……」
「しかしそれをどう捉え、どう変えていくのかはその人自身にしか決めることはできません。名前というものから解放され、本当の自分に生まれ変われた時、本当の意味であなたはようやく”現実の世界”に帰ることができるのでしょうね」
”本当の自分に生まれ変わる”
その言葉は一瞬で、私の心を揺るがした。
名前なんかに縛られて生きている私は、本当の私ではないのかもしれない。果たしてそんな自分を好いてくれる人なんかいるのだろうか。
きっとこのままじゃ、二度と現れないだろう。
じゃあどうするべきなのか……答えはもう、とっくに私の中で決まっていた。
私はごくり、と息を飲む。そして震える声でフェアリーナ部長に言った。
「………私、変わりたいです。もう名前なんかに怯えずに、胸を張って生きたい」
そして意を決して、大きな声で誓った。
「私っ……好きな人と両想いになるまで帰りません…!!!」
- Re: ユリカント・セカイ ( No.11 )
- 日時: 2025/03/24 19:22
- 名前: みぃみぃ。 (ID: 74hicH8q)
〈第十一話 ずっと、このまま〉
「あっはっはっは!」
「な、なんですか」
私があんな答えをしたから笑ったと分かっていながらも、私はすこし驚いた。
フェアリーナ部長ってこんなキャラだっけ…?
「いやあ、全然いいんだけど。そんな答えの人は初めて見たよ。」
「……」
「あははっ、その好きな人とは誰なのさ。もちろん、ユリカント・セカイにいた人なんだろうな?」
「は、はい……。小鳥遊 留姫亜くん、です」
「ああ、留姫亜か。留異だな。あいつ、イケメンだよな」
「………」
フェアリーナ部長ですら知っているなんて。
でも小鳥遊くんなら、納得がいく。
「でもなあ───」
私は息を呑んだ。
「ユリカント・セカイにくるのは、毎年少しずつ変わるんだよなあ」
私は嫌なことが頭をよぎった。
『………俺さ、自分の名前嫌いなんだよね。でも、凛子に呼ばれるなら好きになれるかも』
あれは夢。
でも、あれが本当になったら……………。
「なんか思い出したのか?まあ、いいけど。大抵の人はくるからな。」
「そ、うなんですね」
「ああ、まあ、大丈夫だろう。まああいつのことさ。来年も来るだろう。」
「え、招待状送るのは部長じゃないんですか…?」
「私じゃないよ、なんてっか、部下っていうか?そんなやつらが送ってる」
「じゃあ、部長が言ったら………あ」
「はは、お前そんなに留姫亜が好きなんだな。ま、どうにかなるさ。」
「………」
辛かった。
フェアリーナ部長が、そんなことを思っているなんて。
私の好きな人を、「どうにかなるさ」で表すなんて。
「あんたは本当にいいわ、本当は返してあげたいところだけど、そう言うなら、ここで過ごしてちょうだい」
そう言ってフェアリーナ部長に連れて行かれたのは、大きく、とても豪華な部屋だった。
「え、いや、こんなところ……。」
私は思わずそう言った。
「いやいや、そんなこと言わずに。あんたは優秀なんだから。さ、入って入って。カードキー式だから、カードキー渡しとくわね」
私にカードキーを渡すと、フェアリーナ部長はさっと立ち去ってしまった。
大きな豪華な部屋に一人取り残された私は、床に座り込んだ。
こんな豪華な部屋に私一人なんて、すごくもったいなく感じた。
あの……あのベッドくらいでいいな……
私は少し離れたところにあるベッドを見つめた。
ふっかふかの大きなベッドに、おしゃれな棚。
そして、可愛い、少し変わった植物。ピンクの丸い実がなっている。
……あれでも、十分すぎるくらいだな。あはは…
そう、苦笑している時だった。
向こうのほうから、ガサっと音が聞こえた。
「ひゃっ!?」
何々!?ええ!?
「………あ」
そこから顔を出したのは、知らない男の人だった。
「こんにちは」
「こ、こんにちは………」
信じられない。ていうか誰?
「あ……有栖川 賢太、です。」
「賢太、さん…」
「はい。あなたは?」
「あっ……。橘 流華、です」
有栖川。何か身に覚えがあるような気がする。
有栖川、有栖川…………
「あっ!」
「ど、どうかしましたか?」
「あっ、すみません………」
私は顔に血がのぼる。
きっと私の顔は真っ赤になっているだろう。
でも、きっと………。
私は、勇気を出して話しかける。
「………あの、有栖川 美空異さんの、お兄さんですか………?」
もし違ったら。そう思うと、違う気がしてきた。いや、違う。絶対。まずい。きっと苗字がたまたま一緒なだけだ。
そうオロオロしていた時。
帰ってきたのは、予想外の言葉だった。
「えっと……君……流華さんは、美空異のことを知っているのか…?僕は、
美空異の双子の兄だよ。ええと、兄ってのは間違ってないんだけど……」
「………えっ!?」
小鳥遊くんの好きな人の双子のお兄さんが、この賢太さん。
頭がこんがらがる。
「あの、流華さんは、なんで自分の名前が嫌いなんですか?」
そうだった。
ユリカント・セカイは、自分の名前が嫌いな人たちが集まるんだ。
「私、は……。流華の“華”が、華やかな子に育って欲しいっていう意味なんですけど、それを5年の時にみんなの前で言ったら、華やかじゃないじゃんって揶揄われて、それがコンプレックスになっちゃって……」
「……、そうなんですね」
「あの、賢太さんって、なんで自分の名前が嫌いなんですか……?」
「僕は…賢太の賢って、賢いって書くんですけど、僕、バカで、勉強できなくて……。それで、名前が嫌いになって」
「ああ……」
やっと冷静になった時。
私は大変なことに気づいてしまった。
私は、この人……賢太さんと、同じ部屋で暮らさないといけないってこと……!?
しばらく沈黙が続いた。
気まずいなと思い、私はやっとのこと、声を出した。
「「……あの」」
賢太さんと私は、同時に声を出してしまう。
そんな空気を破ったのは……
「あら、ごめんなさいね〜。流華さん、案内する部屋を間違えてしまいまして。」
フェアリーナ部長だった。
「あらま、ごめんなさいね。邪魔です?」
「「い、いえ」」
私と賢太さんは咄嗟に答える。
「そう。じゃあ流華さん、こちらです」
「は、はい」
「んーと。カードキーはよかったみたいね。はいここ。」
「あ、はい」
私は部屋の中に入る。
「……えっ…?………私の、部屋…………?」
そこは、私の部屋……のようなのだけれど、私のお気に入りの小さなソファは大きくなっていて、ベッドの棚にはあの謎の可愛い植物がおいてある。
しかもベッドは巨大。
まさに私の部屋をそのまま巨大にしたような感じだ。
「……………」
静かな時間が続いた。
特に何をしたいというわけでもないし、ここで1年も過ごすと思うと、気が遠くなりそうだ。
「………あ、スマホ」
机の上には、私の使っている可愛げのないカバーのスマホが置いてあった。
「……………Wi-Fi繋がってる。使えそう」
私はゲームアプリを一つ入れた。
雪ちゃんがハマってて、少し気になっていたけれど、特にやろうとも思わなかったゲームだ。
「……意外と、いいかも」
私はこのゲームでずっと時間を潰し続けた。
流愛もいない。何も文句を言われない。
それは私にとって、とても気楽だった。
でも雪ちゃんに会えないと思うと、少し胸がチクリと痛んだ。
ずっと、このままなのかな?
- Re: ユリカント・セカイ ( No.12 )
- 日時: 2024/09/10 16:55
- 名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)
【 第十二話 】変わる日常
「もうこんな時間かぁ……」
ゲームをやり始めてから時計の存在をすっかり忘れていた私は、慌ててスマホに表示されている時刻に目を向けた。気が付くと時刻はもうすぐ夜の七時を示そうとしている。
私はちょうどお腹が空いてきたので、何か食べる物はないかと辺りを見回したが、唯一食べれそうな物はというとあの謎のピンク色の植物くらいしかなかった。
「うっ……」
さすがにこれを食べる勇気と覚悟は私にはなかったため、恐る恐る食べ物を探しに廊下に出ようと立ち上がった。
そういえばこの異世界って現実の世界とも時間が一緒なのかな。
初めてユリカント・セカイに来た時は、確か現実の世界でもここでも同じ夜だったはずだから向こうも今は夜ご飯を食べているくらいの時間なのだろうか。
そんなことを考えながら、私は自分の部屋のドアノブをそっと握った。
「あれ?開かない……」
私の部屋のドアは元々建付けが悪く、たまにこうしてドアノブを捻ろうとすると固くて開かなくなることがある。それで一回ドアノブを壊してしまったことがあるくらいだ。
こんなところまで私の部屋にそっくりだなんて……この世界は一体どうなっているんだろう。
そう思いながら力ずくでドアノブを捻ろうと全体重をかけて扉にのしかかろうとした、その時。
「………うわっ!!!」
─────ドン、バタンッ。
さっきまで固かったドアノブが突然緩くなり、前に体重をかけていた私の体は勢いよく廊下に放り出されてしまった。
「痛っ……」
大きな音と共にあっけなく床に倒れてしまった私の膝からは、少し血が滲み出ていた。
自分の鈍臭さに嫌気が差すどころか、もはや呆れてくる。私は思わず心の中でため息を着いた。
「……大丈夫ですか…?」
じんとする膝の痛みにこらえながら血が止まるのを座ったまま待っていると、近くの部屋から誰かが出てきて話しかけてきた。
反射的に声のする方に顔を上げると……そこにはさきほど会った賢太さんが少し驚いた様子で立っているではないか。
私はこの状況を他人に見られたことを一気に恥ずかしく思い、思わず賢太さんから目を逸らしてしまった。
いくらなんでも部屋から出るだけなのに転ぶのは自分でも恥ずかしすぎる。
「だ、大丈夫です……けど、怪我しちゃって…」
私がそう言うと、賢太さんは黙って手を差し伸べてきてくれた。
「………ありがとう、ございます…」
彼に感謝しつつ、私は咄嗟に賢太さんの手を取って立ち上がった。
自分で失態をおかしておきながら他人の手をとる光景は、誰が見ても呆れるだろう。
ばれないように心の中でため息をつくと、賢太さんが突然口を開いた。
「……あの、もしよかったら部屋に絆創膏とかあるので……寄っていきますか?」
「あ、本当ですか?……じゃあ、お願いします」
一瞬、私の部屋にも絆創膏はあるので断ろうかと悩んだが、賢太さんの気遣いを無下にするわけにもいかず、彼の部屋に着いていくことにした。
「……」
(き、気まずい……)
沈黙の中、私は歩く彼の後ろを少し痛む足で着いていく。廊下には二人分の足音だけがコツコツ、とやけに目立って聞こえており、私たちの空気を更に重くした。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「……ちょっと待ってて下さい」
部屋に入ってすぐの場所にあるソファに座るよう言われ、私は音を立てないように静かに腰を下ろした。
賢太さんはベッドの横にあるサイドテーブルの引き出しをしばらくあさり、絆創膏を持ってきてくれた。
「………どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ぶっきらぼうに絆創膏を私に手渡すと、賢太さんも私が座っているソファの反対端に座った。
「………あの」
絆創膏をしわのないように綺麗に膝に貼ろうとしている私を見ながら、彼が話しかけてきた。
「は、はい」
「………あなたは、何でこの世界に来たんですか?」
────ズキッ。
胸が極端に大きく跳ね上がる。そのおかげで私は思わず絆創膏を落としてしまった。
「……ごめんなさい、無神経なこと聞いて」
「いえ、全然大丈夫です……私もさっき聞いちゃったし」
「…………小学校の時、自分の名前の由来を発表する授業があったんです………でも、クラスのみんなにそんな華やかな名前は私には似合わないってからかわれて。そこから妹にも顔を合わせる度にそのことを言われて、その度に地味で可愛くない自分と周りから愛されてる妹を比べるようになってしまって……」
絆創膏を拾いながら喋る私の声は、情けないくらいに震えていた。
あの日のことを思い出す度に、胸が苦しくなる。自分のことがどんどん嫌いになっていく。
「………本当は、好きだったのに。私の名前も、流愛のことも……でも私のせいで、お母さんが頑張って考えてくれた名前や流愛との関係を汚してしまっているような気がして………そう考えてしまうようになった自分が、本当に嫌いなんです」
震える手でやっと絆創膏を貼り終えた私は、脚の上に乗せた拳を弱々しく握りながら自分の気持ちを語った。
隣にいる賢太さんは何も言わなかった。ただ私の話を相槌も打たずに聞いていただけだった。
でもそれがきっと彼なりの優しさなんだろう。私も何も言わないで黙って話を聞いてくれた方がよっぽど話しやすかった。
「…………暗い話になってしまってごめんなさい………でも、こんな風に誰かに自分の本音を打ち明けたことがなかったので、すっきりしました」
賢太さんの方に視線を向け、笑顔を作る。きっと私の顔は引きつっていただろうけど、これが私なりの彼への感謝の気持ちだった。
「…………何か、僕を見てるみたいです」
「えっ…?」
しばらくの間黙りこくっていた彼がようやく言葉を発したかと思ったら、思いがけないことを言われて少し驚いた。
「僕も親に毎日、勉強ができないことを言われて………それが嫌で、この世界に残りました。頭が悪い自分をもしかしたら周りは心の中で嘲笑ってるんじゃないかって……周囲の視線から逃げるために、ここに来たんです」
悲しそうに俯く彼を見て、思わず胸が痛くなった。隣に座る彼もさきほどの私と同じように、握った手を微かに震わせている。
「でも、あなたの話を聞いて気付きました。僕は………僕は、今まで他人のせいにしてたんです。勉強ができないことを自分の名前や比べてくる周りの声を理由にして、ずっと………自分自身から逃げてたんです」
気付いたら、賢太さんは泣いていた。
伝ってくる涙を腕で少し乱暴に拭いながら言葉を紡ぐ賢太さんを見て、私も泣きそうになってしまった。
「…………でも、あなたは違う。周りのせいにも名前のせいにもせず、自分自身を変えようとしてるから。それって凄いことですよ、きっと」
彼は嘘偽りのない瞳で私を見つめた。そう言ってくれる彼の優しさに胸が痛くなる。
私はそんな綺麗な人間なんかじゃない。結局は自分の名前を嫌ってしまっていることに変わりはないから。
誠実な彼のことを騙してしまっているようで、私は罪悪感に押し潰されそうになった。
「………わっ、私はそんなんじゃ────────」
────ぐぅぅぅぅ。
「あっ……」
その言葉を否定しようとしたその時、私のお腹の鳴る音が派手に部屋中に響き渡った。
こんな時に………恥ずかしすぎて穴があったら今すぐ入りたい。
「えっ、あ………そ、その……」
あまりの恥ずかしさに私の顔はゆでだこのように赤くなっているだろう。
「………ぶっ!……はははっ!!!」
すると突然、今まで大人しかった賢太さんが吹き出した。私の醜態が相当おかしかったんだろう。
「……ははっ!そんなタイミングで鳴る?普通……っ…!!!」
「そっ、そんなに笑わなくても……!」
さきほどとは別の意味で溢れてくる涙を拭いながら笑う彼を、私はただ顔を赤くしながら見ることしかできなかった。
「ほんと…っ……あなたって面白いですね」
「え?」
やっと彼の笑いが収まってきたかと思えば、今度はそんなことを言われ、私はぽかんとしてしまった。
「だって初めて会った時は大人しくて静かな人だと思ってたのに、一人で転んだり急にお腹鳴らしたりするから。フェアリーナ部長も変な子だとか言って笑ってましたよ」
「えっ、あの人が!?」
フェアリーナ部長もそんなことを思っていただなんて………私、初対面の人にどれだけ変な印象を持たせているんだ。
「僕はそれもあなただけの魅力だと思いますけどね。むしろ悲観的に思うようなことじゃないですよ」
”魅力”………私だけの。
そんなことを言われて、つい頬が緩んでしまう。それと同時に、さっきまで悩んでいた自分が何だか小さく思えてきた。
「ありがとうございます…何か元気出ました…!」
私は思わずソファから立ち上がった。
─────ぐぅぅぅぅ。
「あっ……」
立ち上がった後、また私のお腹が鳴ったのを聞いた賢太さんが中々笑うのを止めてくれなかったのは言うまでもなかった。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「わぁ……すごい」
「意外と大きかったんですね。この建物」
あの後、賢太さんが二人で食堂を探しに行こうと言ってくれたので、私たちは洋館の中をふらふらと歩き回っていた。
ずっと部屋にいたせいか、建物の中が余計広く見える。まるで高級ホテルに来たような気分で、私は少しワクワクしていた。
「食堂見当たらないですね…」
「ですね………あれ?」
しばらく階段を上がったり下がったりしていると、私は曲がり角の壁に何かが書いてあるのを見つけた。
「………あっ、見て下さい。”食堂は右”って書いてあります」
「ほんとだ。行ってみるか」
書かれた通り曲がり角を曲がると、目の前には大きくて立派な扉がそびえ立っていた。
賢太さんがゆっくりと扉を開ける。すると───────。
「あら、遅かったですね」
そこには長テーブルの中央で堂々と腰を掛けたフェアリーナ部長がいた。
両手にはナイフとフォークを持っており、どうやら食事の真っ最中だったらしい。
「二人が最後だわ。どうぞ座って座って」
フェアリーナ部長にそう促され、私たちは恐る恐る部長の近くの席に腰掛けた。
「二人共苦手なものはある?」
「特にないです」
「多分、大丈夫です」
「了解。リーフェ、お客様にディナーを」
「かしこまりました」
すると次の瞬間、目の前に小さなもやのような紫色の何かが現れたと同時に、急にキラキラとそれが輝き出した。
幻想的な光景に思わずうっとりしていると、気付いたら目の前にはホテルで出されるような豪華な洋食が置いてあり、私は思わず感動してしまった。
「すごい……何これ」
まるで魔法みたいだ。目の前に出された食事も本当に美味しそうで、私はすぐにナイフとフォークを手に持つ。
「どうぞ。ゆっくり楽しんで」
「い、いただきます……」
目を輝かせながら、最初に目に入ったメインディッシュにゆっくりとナイフを入れる。
「お、美味しい…!」
お腹が空いていたのもあってか、今まで食べてきたものの中で一番美味しいと言っても過言ではない気さえした。
「喜んでもらえて良かったです。ところで二人は元々知り合いだったんですか?誰かと一緒に食堂まで来る人なんて滅多にいないので」
向かい合わせに座った私たちを交互に見つめ、不思議そうに尋ねてくるフェアリーナ部長になんと言ったらいいのか分からず、しばらく沈黙が続いた。
「…………何か部屋出た時に、この人が廊下で派手に転んでて。そのままお互い話してたら急にこいつがお腹鳴らすから……」
くすくすと笑いながら説明する賢太さんを見て、思わず頬を膨らませる。この人、どれだけ笑えば気が済むんだろう。
「ちょっと……何でまた笑ってるんですか。失礼ですよっ…!」
「ごめん、ごめん。つい……っ…」
なんて言いつつ後ろを向いて笑いを堪えている彼を見て、私は呆れてしまった。
「…………何か、仲いいですね。二人共」
ずっと黙って聞いていたフェアリーナ部長が口を開いたかと思えばそんな滅相もないことを言ってくるので、私たちは慌てて否定した。
「「いや、仲良くないですから」」
「えっ、めっちゃ仲良いやん笑」
賢太さんと思わず声が被ってしまい、私たちは顔を合わせる。何だかそれがおかしくて、私たち三人は誰からともなく笑い出した。
「いや、今のは偶然です…!」
「………はははっ!もう笑いすぎてお腹痛い……っ…」
「だってあなたが一番笑ってますもん」
「何それ……っ…ははっ…!」
食事中にも関わらず、思う存分私たちは笑った。
この時間がずっと続けばいいのに。そう思ってしまうほどに、私はここでの日常が楽しみでしょうがなかった。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
翌朝。
あれからは他愛もない話を三人でたくさんしながら遅めの夕食を終え、各自部屋に帰った。
部屋に戻った時は夜の十一時を過ぎていたため、浴場に行って帰ってきた頃にはすでに今日になっていた。
そのせいもあってか起きた時には朝の九時になっていて、私は思わず飛び起きた。
「やばい……!」
これは完全に遅刻した。そう絶望した私は光の速さで制服に着替え、部屋を飛び出す。
「遅刻だぁ……!」
誰もいない廊下でそう小さく叫びながら、私は全速力で走る。
すると突然近くの部屋の扉が開き、私と同い年くらいの女の子が出てきた。
そこで私はふと考える。
ん?そもそもうちってこんなに広かったっけ?というか何で流愛とお母さん以外の知らない人が家にいるんだろうか。
「………あの…」
しばらく立ち止まって考えていると、部屋から出てきた女の子が話しかけてきた。
「は、はい」
「何で………制服着てるんですか?」
「…………………あっ…」
その時、私は自分のしてしまったことを完全に理解した。
「や、やらかした……!」
「………ふっ…何かあなた面白いですね」
上品に口元に手を添えながらくすくすと笑う女の子。その顔をよく見てみれば、私は驚きのあまり固まってしまった。
「え……る、流愛…?」
何とそこには、流愛にそっくりの可愛らしい顔つきをした女の子が立っていたのだ。
今は自分がやってしまったことへの恥ずかしさより、流愛そっくりのこの女の子の方がよっぽど気になる。
「流愛?誰ですか、それ」
「……あ、ごめんなさい。何でも、ないです…」
ついまじまじと目の前にいる流愛(違います)を見てしまう。
「あ、あの……お名前は?」
「あ、えっと……桜林 誠って言います」
緩く結かれた低めのツインテールの毛先をくるくると指で巻きながら恥ずかしそうに笑う誠ちゃんは、やはり流愛そっくりだ。
「あの……もし良かったら一緒に朝ご飯食べに行きませんか?」
「え、いいんですか…?ぜひ……!」
こうして突然、流愛のそっくりさんと朝食を食べることになった私は、二人で話しながらふと家族のことを思い出していた。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「え、流華ちゃんも中一なんだ!」
「うん。同い年だね…!」
あれから食堂に着いた私たちは談笑しながら朝食を食べていた。
誠ちゃんは年齢も声も好きな物まで流愛と全部一緒なので、これは妹のドッペルゲンガーなのではないかと疑ってしまうほどだった。
そして同時に、流愛に似てるなと思う度になぜか胸の奥がチクリと痛むような、そんな気がした。
「ねぇねぇ。流華ちゃんってさ、好きな人いる?」
そんなことをぼんやりと考えていたら、隣に座る誠ちゃんが唐突に聞いてきた。
「えっ…?ま、まぁ……一応」
「本当に!?どんな人どんな人?」
興味津々の顔でそう言ってくる誠ちゃんに、私は少したじろいだ。
「え、えっと……何でもできるかっこいい人、かな」
「何それ!?超ハイスペ男子じゃん!」
「う、うん……そうなの、かな…?」
私は少し違和感を覚えた。
何だか、彼のことを”ハイスペック”の一言で片付けてしまうのは違う気がしたからだ。
「いいなぁ、周りにそんな完璧な人がいるなんて。そりゃあ女子たちはほっておかないよね」
「そ、そうだね……」
確かに彼はモテるだろうから、両思いになるのは難しい。そんな人に好きになってもらえる美空異さんは、やっぱりすごいなと改めて思った。
「誠ちゃんは、好きな人いるの?」
「うん………正確に言えば”いた”って感じかな」
すると誠ちゃんは急に悲しそうな目をした。
「ごめん、聞いちゃだめだったかな……?」
私は慌てて謝る。誠ちゃんは苦笑いを残した後、こう話し始めた。
「ううん、いいの。ただ…………昔のことを、思い出しちゃって」
突然朝食のパンを食べるのを止めた誠ちゃんは、悲しそうな表情を浮かべた。
「ほら、”誠”って響きも漢字も男の子っぽいでしょ?だから、私よくからかわれてたんだ。苗字は”桜林”って華やかなはずなのに、名前は”誠”って………もったいないって、気持ち悪いってみんなに言われた」
ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ誠ちゃん。
さっきまであんなに元気に話していたのに、今の彼女は全くそうは見えなかった。
「でもね、唯一私の名前を肯定してくれた男の子がいたの。いつも話しかけてくれるし、席も隣だったから、彼を好きになることに時間はかからなかった」
「だから浮かれてたの、私。きっとあの人は、私のことを少しでも好きになってくれてるんじゃないかって。だけど……………本当は違った」
持っていたナフキンを弱々しく握ったその手には、彼女の涙が一滴垂れていた。
「告白するために、思い切って彼を教室に呼んだの。ちゃんと勇気を持って”好き”って伝えた。でも彼は…………急に、馬鹿にするように笑い出した」
「”誠なんて男友達みたいな名前の奴なんかと付き合いたくない、気持ち悪い”、”ハブられもんのあんたとつるんどけば好感度上がるし”って………そう言われたんだ」
(何それ……ひどすぎる)
私はショックのあまり何も言えなかった。
隣で静かに泣く誠ちゃんを、ただ見ていることしかできなかった。
「ひどいよね……私それがほんとに悔しくってさ。だから少しでも女の子っぽく振る舞えるように頑張ったんだけど………どうしても、名前のことだけは忘れることなんかできなかったから」
誠ちゃんは笑いながらそう言った。
でもその笑顔が偽りの笑顔だということは見てすぐに分かる。
私は思わず、彼女にそっと抱き着いた。
「誠ちゃん、こんな時にまで我慢しなくていいんだよ。無理して笑わなくていいんだよ」
「泣きたいなら、泣けばいい。辛いなら、吐き出せばいいの。大丈夫だから。私がいるから」
「………うぅっ……流華ちゃん……!私、辛いよ…っ………何で名前だけで、みんなみんな私を否定するの……?何、で……っ…」
私も聞きたいよ、誠ちゃん。
何でこんなにいい子が、そんなひどい目に遭わなきゃいけないんだろう。
どうして”私たち”は、名前なんかに縛られて生きていかなければならなかったんだろう。
──────その答えはまだ、見つからないまま。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
廊下で誠ちゃんと別れ、部屋に戻った私はそのままベッドに寝転がった。
誠ちゃんの苦しそうな笑顔とぐしゃぐしゃになった泣き顔を思い出すだけで、胸がとても苦しくなる。
私はずっと、そのことで頭がいっぱいだ。
…………気分転換に、外の空気でも吸おう。
そう思った私は部屋を後にした。
昨日食堂を探していた時に玄関らしき広間は見つけていたので、私は迷うことなく外出することができた。
勝手に外に出てもいいのかと途中で不安になったが、扉を開けた瞬間そんな思いはあっけなく吹き飛んで行った。
「わぁ………綺麗」
思わずそう呟いてしまうほどの綺麗な小さい花畑が目の前に広がる。
色とりどりで華やか、とまではいかない素朴な感じの花々だったが、私にはそれがどんな花よりも美しく見えた。
今までのことも、その美しさで全部吹き飛ばしてくれそうな気さえした。
洋館の外装は想像と違って少しダークな感じで、私たちが暮らしている棟の隣には少し古びた洋館が建っている。
そういえば昨夜、フェアリーナ部長が試験の合格者と不合格者の棟は別れてるって言っていたような気がする。
とすると隣にあるあの洋館はその人たちが住んでいるのだろうかとそんなことを考えていると、突然心地よい風が吹いてきた。
「………あっ」
気付いたら目の前の花畑の上で、小さな妖精のような女の人がひらひらと飛んでいた。
「お客様、おはようございます。突然来てしまってすみません」
その妖精は宙を舞いながら、私に向かって丁寧にお辞儀をした。
「いえ………ところであなたは?」
「私はフェアリーナ様の使いの”リーフェ”と申します。この建物の管理やお客様へのおもてなしを行っている者です」
「なるほど、そうだったんですね」
私は昨夜と今朝いただいた食事の用意をしてくれたのはこの人だったのかと、今更ながら納得した。
「お客様はなぜこんな花畑にいるのです?」
そう尋ねながら、リーフェさんは体から淡く光る水のようなものを花にあげていた。
それを浴びた花たちは元気を取り戻したかのように、きらきら輝きながら花びらを小さく揺らしていた。
「ずっと部屋にいるのもあれかなと……たまには外の空気も吸いたかったので」
「そうだったんですね。お客様はお花が好きなんですか?」
「……まぁ、見る分には………そうですね」
綺麗な花を見ているとそれだけで心が洗われていくような気がするから、私は好きだ。
でも………同時に名前のことも思い出してしまうから、少し胸が苦しくもなる。
両親は私の名前を考える時、こうやって綺麗に咲く花を見ながら私に華やかな存在になってほしいと思っていたんだろうな、とどうしても考えてしまうからだ。
そんなことを考えながらリーフェさんと話していると、私は花畑の中央に咲いている二輪の花に目がいった。
鮮やかな赤色の椿と、透き通るような水色のアリウム。二つとも対照的な色なのに、隣合って咲いている姿は何とも言えないくらい綺麗だった。
ぱっとした華やかで凛とした椿と、落ち着いているのにどこか目が離せないアリウム。
まるで………美空異さんと小鳥遊くんみたいだ。
「………椿とアリウムですか。綺麗ですよね」
「あっ……やっぱりそう思います?」
少し胸がチクリと痛んだ。目の前で二人がお似合いだと言われているような気がしたからだ。
「お客様は、花言葉など興味はおありですか?」
「ありますけど………あまり知らないです」
以前から花言葉に興味はあったが、そこまで信じるようなものだと思ったことがなかった。
「赤い椿の花言葉は”気取らない優美さ”。そしてアリウムの花言葉は────────」
”深い悲しみ”
「…………えっ?」
彼にそっくりな花。なのに花言葉が………深い悲しみ…?
彼を見てそんなことを思ったことはない。ないはずなのに────────。
「………っ…」
私はその時、はっとした。
そして気付いたら……私の頬には一粒の涙が伝っていた。
アリウムのように綺麗で、洗礼されたような私の好きな人。
”小鳥遊 留姫亜”。何もかもが完璧で、彼に不幸せなことなんてきっとないと思ってた。
名前も、私の方がずっとずっと嫌っていると思っていた。
”留姫亜”という珍しく華やかな名前は、彼にぴったりだから。地味な私なんかより、ずっと。
なのに………何で今まで気付かなかったんだろう。
彼がこの世界に招待された理由を、ずっと虚ろな目をしている理由を。
「………大丈夫ですか…?お客様」
「……あっ……ご、ごめんなさい…」
やっと、あの人が美空異さんを好いている本当の理由が分かった気がする。
美空異さんは”彼自身”を見ていたんだ。
表面なんかじゃない。名前だってきっと、誰よりも分かってくれていたんだ。
それは彼にとっても大きな存在になっただろう。
…………………誠ちゃんのように。
”完璧”という言葉が、何よりも一番彼を傷付けた。
なのに彼の弱みも知らないで表面的なところしか見なかった私は、きっと誰よりもあの人を好きになる資格はない。
「あの……ありがとうございます。教えてくれて」
「いえ……お役に立てて良かったです」
花言葉を教えてくれた………私に大事なことを気付かせてくれたリーフェさんに感謝を伝える。
彼のことを、ちゃんと一から見つめ直そう。そう、心の中で誓った。
その瞬間、アリウムの花が風に乗ってどこか切なく揺れた気がした。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
それから私は賢太さんや誠ちゃん、時にはフェアリーナ部長とも楽しい毎日を過ごした。
「賢太さん、好きな人を振り向かすにはどうしたらいいですか?」
勉強中の彼にそんなことを聞いたり。
「どうやったら誠ちゃんみたいに可愛くなれる?」
髪を巻いてる彼女に自分磨きのコツを聞いてみたり。
地道なことだったかもしれないけれど、私は自分なりに成長しようと頑張った。
異世界での生活も徐々に慣れてきて、たまに行く花畑でリーフェさんと話すこともしばしばあった。
現実世界ほど忙しくはないけれど、一年後のことを考えるとこのままではだめな気がしたから。
好きな人のことを毎晩考えながら眠りにつく日々はあっという間に過ぎていった。
誠ちゃんの顔やお母さんからの連絡を見て、よく家族や雪ちゃんのことを思い出して寂しくなるが、一年後に成長した自分で現実世界に戻る日を何度も想像して、胸の痛みを誤魔化していた。
そして、ついに─────────。
「………いよいよ、この日が来た…」
「頑張れよ、流華」
「流華ちゃん頑張ってね。応援してる!」
一年間仲良くしてもらった賢太さんと誠ちゃんに背中を押されながら、私はユリカント・セカイの会場へ一歩踏み出した。
彼に会うのが、正直怖い。でもそれ以上に、今は会いたいという気持ちの方が強かった。
もう一度、彼を好きになるチャンスを。この想いを伝えるチャンスを。
みんなが支えてくれた分、私も変わってみせる。
『これにてユリカント・セカイを開幕します』
人が溢れ返る会場に、フェアリーナ部長の声が響き渡った。
それと同時に私は、今一番会いたかった人の後ろ姿を見つける。
「………留異…!」
私はその大好きな背中に、精一杯の声で話しかけた。
- Re: ユリカント・セカイ ( No.13 )
- 日時: 2024/11/27 16:54
- 名前: みぃみぃ。 (ID: UFZXYiMQ)
【第十三話】結ばれるはずだった人と、結ばれないはずだった私
『流華が、帰ってこない』
それは、私……流愛にとって、とても嬉しいことだった。
流華は11時くらいに帰ってくる予定だったらしいけど、3時を過ぎても帰ってこないらしい。遊んでくると言った公園も見に行ったらしいけど、いなかったらしい。
公園とか、地味すぎる。ほんと、流愛と正反対。地味。あの名前も馬鹿げてるし。流“華”とか、嘘じゃん。
お母さんは慌ててたけど、流愛には分かんない。馬鹿みたい。流華のことなんか、ほっとけばいいのに。
……ああ、最高。流華がいないんだよ?ああ、気楽。全っ然うざくないし。
あーあ、何しよ。
お腹は空いてないし。さっき、凛子とランチしてきたばっかりだ。
あ、ゲームしよ。そうだ、凛子とオンラインでやろっと。
そう思い、流愛は凛子に電話をかけた。
「……もしもし、凛子?」
『ん、流愛?どした?』
「今、暇?」
『うん、めっちゃ暇』
「じゃ、いつものゲームで繋ごうよ」
『おけ、じゃ申請しとくわ』
「さんきゅ。じゃ、またあとで」
『うい、切るね』
「はーい」
プツッと短い会話が切れる。
「申請来てる。参加っと」
凛子はいつも行動が速い。他の人なら、申請にいつも2、3分はかかるのに。もちろん、流愛も。
「はい、りぃ、来たよー」
りぃ、は、凛子のゲーム内での名前だ。流愛は、るぅだ。言ってしまえば、凛子のパクリ。
『るぅ、やっほー』
「んじゃ、やるか」
『おけ』
ゲームがスタートした。
このゲームは、戦闘ゲーム……という名の、なんか可愛いやつが揉め合いみたいなのしてる、なんか可愛いやつだ。全然グロくないし、見てて癒される。
これは多分、クラスで流愛と凛子以外知らないゲームだと思う。……あ、でも、確か白石雪って人は知ってた気がする。あの人嫌いだけど。
『おりゃおりゃおりゃーっ!!』
「うわダメージえぐ!何その技!!」
『こないだ身につけた!とりゃぁっ!』
「うわーっ!!じゃあるぅだって!おりゃーっ!!」
『うわなんだそれーっ!!負けた!』
「おっしゃー!」
──────この時は、流華が帰ってこないことが、あんなことに繋がるなんて、思ってもみなかった。
来てしまった。
後戻りができないことなんて、知っていた。
でも、私……流華は、留姫亜くんと両思いにならなければ、帰れない。
そんなこと、百も承知だ。
「みなさん、今日はユリカント・セカイにお集まりいただき、誠にありがとうございます。今日は楽しんでいただけると、嬉しいです。それでは……ユリカント・セカイを、開始いたします!」
フェアリーナ部長がそう言うと、不思議と緊張の糸が解けたように段々と騒がしくなった。
「……っ…!」
私は耳を塞いだ。
1年のユリカント・セカイでの生活は、賑やかだったとはいえ、いつもより静かだった。
学校に行けば、影口の連続。
家では、流愛の文句の連続。
それがなくなったことで、静かな環境に慣れてしまったのだろう。
……一言で言ってしまえば、とても、うるさかった。
今すぐ、耳栓をしたいくらい。
どうしよう。
……我慢できないくらいだ……
「……あ、誠ちゃん……」
悩んでいるときに目の前に現れたのは、何度見ても流愛にそっくりな誠ちゃんだった。
「……は?」
帰ってきたのは、まさかの………流愛の口調だった。
「あんた…!あんたのせいでっ……!!」
「流、愛?」
これは流愛なのだろうか。
信じられなかった。
一瞬やっぱり誠ちゃんなのかとも思ったけど、やっぱり雰囲気が違った。
「そうだよ、流愛だよ!!流華の馬鹿野郎!!」
周りにいる人が、流愛の大声でこちらを一斉に見る。
恥ずかしかったけど、そんな場合ではなかった。
「流愛……」
私は、流愛の名を口にすることしかできなかった。
「……あの!」
そう聞こえた。
声の聞こえた方には、凛子さんが居た。
「流愛、ごめん!!ねえ、もうあんなことしないから!!お願い…!もうやめてっ!!」
凛子さんがこんなにか弱く見えたのは、初めてだった。
私は夢を見ているのではないか。
そんな考えが頭をよぎったが、ほっぺをつねったら痛いし、目を擦ってもなにも変わらなかった。
「やめてやめてやめて!凛子なんか大嫌い!!来ないで!!嫌だっ!!」
「流愛、ごめん、許して…」
「許せるわけないでしょ!?ふざけないで!」
流愛が、凛子さんをそんなに嫌うなんて。
何があったんだ、と私は動揺する。
そして、私は意を決して声を出す。
「…ねえ、何があったの?流愛と凛子さんの間に…」
流愛が、私をキッと睨んだ。
「ごめん、流華、全部、私が悪いよ…!ごめん!」
急に凛子さんに謝られて、どきっとする。
「凛子が」
流愛が、口を開く。
「凛子が、クラス全員で、流愛を仲間はずれにした」
「……え?」
「流華が行方不明になって、流華の方が勉強も運動もできるし、ってなって、流愛は前までみたいに愛されなくなった」
吐き捨てるように、流愛が言う。
そこで私は、ああそっか、と納得した。
愛されなくなったから、流愛は名前が嫌いになったんだ。
「ねえ、流華。戻ってきて」
流愛が、急に目に涙を浮かべる。
「ねえ、もう、流華の名前を揶揄ったりしないから。お願い。ねえ……」
最後の方は、流愛の声が掠れて、よく聞こえなかった。
そして、涙がほおにつたって、ポツンと床に落ちる。
「じゃあ」
流愛が希望を感じたのかなんなのか、顔が少しだけ明るくなった。
「凛子さん、私に……留姫亜くんと付き合うのを、許して」
凛子さんの顔が、急に真っ青になった。
「なんで……?私、留姫亜と、やっと、付き合ったのに……」
凛子さんが?留姫亜くんは、美空異さんが好きだったはずなのに………
「嘘だ」
声の聞こえた方を見る。
「俺は、こいつと付き合ってなんかいない」
そこにいたのは……留姫亜くんだ。
「全部、嘘だ。俺は、誰とも付き合ってない」
「凛子!!」
流愛が叫んだ。
「嘘つくなんて、信じらんない!!ふざけないで!!」
さっきまで泣いていたのなど、信じられないくらい、流愛は必死だった。
そして、留姫亜くんが、こっちに近付いてきた。
「今、俺が好きなのは、美空異じゃない」
留姫亜くんの息が荒くなり、顔が真っ赤になる。
「流華さん。あなたが好きです。付き合ってくださいっ!」
「……………え?」
やっとのことで出した声は、変な声になってしまった。
「俺……流華さんが、行方不明になってから、テレビで流華さんの顔を見ました。よくよく見たら、すごく、可愛くて……」
私の顔が、真っ赤になっていくのを感じる。
「それから、与那野東中の女バス部は、どんどん弱くなっていったんです。で、俺の学校のバスケ部のコーチが何か言っているのが聞こえて。『行方不明になった子は、この学校の子だったような。あの子がいる時はこんなに弱くなかったのにな』って呟いてたんです。それですぐ、ああ、流華さんのことだな、って……。」
留姫亜くんの顔が、これでもかと思うくらい、さらに赤くなっていく。
「流華さん、俺は、運動神経が良くて、可愛くて………そんな流華さんが、好きです。」
留姫亜くんが言い終わる前に、もう答えは決まっていた。
でも………言えなかった。
留姫亜くんには、留姫衣さんという、双子の弟がいる。私は…………留姫衣さんにも、惹かれてしまったのだ。
私は、なんて人を好きになってしまったのだろう。
「留姫亜さん、ごめんなさい。」
流愛が、留姫亜くんに断りを入れる。
「凛子!?なんで嘘ついたの!?」
急に、叫び出した。びっくりして、何も声がでなかった。
「流華も、留姫亜さんも………流愛だって、わけわかんないよ」
「だって……」
凛子さんが、泣きそうな声で言う。
「留姫亜くん、私に……凛子に、ちょっと惹かれちゃったかもって……それって、好きって意味じゃないの?」
「それは……」
留姫亜くんが、申し訳なさそうに言う。
でも私は、そんなのどうでも良かった。
留姫亜くんが。あの、美空異さん一筋だった、留姫亜くんが。
凛子さんに、目移りするなんて。
信じられなかった。
「それに、これが終わった後……言ってくれたじゃん…」
凛子さんが、泣きそうな声になる。
「『俺、凛子となら、付き合ってもいいかも』って……
それって、付き合うって意味じゃないの!?!?」
凛子さんは、必死だった。
今までに一番、必死だった。
「俺そんなこと言ってねえ」
留姫亜くんが吐き捨てるように言う。
「お前がそう言われたの、夢じゃねーの?」
そう言われて、ドキッとした。
私は………留姫亜くんが凛子さんに、話しかけて、楽しそうに笑っている夢を見た。
それと同じように、凛子さんも、……留姫亜くんだって、夢を見ていたのかもしれない。
凛子さんはきっと、嬉しくて、現実との区別がつかなくなったのだろう。
「え…………」
凛子さんが、絶望の顔をする。
そして……大粒の涙が、凛子さんの目から流れる。
「……ごめんなさい、私、勘違いしてたなんて……………」
凛子さんは、今までで一番か弱く見えた。
「留姫亜くん………美空異さんは、もう、好きじゃないの……?私が代わりに、なるの………?」
美空異さんに代わる自信がなかった。
みずほらしい自分が。女子力のない自分が。
「留姫亜!!」
美空異さんが、駆け寄ってきた。
「留姫亜、自分が流華さんが好きだと思うなら、そんな言葉に惑わされちゃダメ!!そもそも私、留姫亜に告白されて、驚いたんだから。それで振られたからとかで流華さんになったらわかるけど、今の話聞いてたら……あんた、本気で流華さんが好きなんでしょ?」
美空異さんの話を聞いて、私はびっくりした。
留姫亜さん……本当に、私が、本気で、好きだなんて……
「美空異……」
留姫亜さんの目に涙が浮かんでいる。
そして、遂に、決心したように、こちらを向いた。
「…流華さん。俺は、あなたのことが、好きです。…付き合ってください!」
付き合ってくださいの声だけが異常に大きく聞こえた。
それと同時に、周りの人が、こちらに寄ってきたり、避けて通っていったり、私たちのことを気にしているようだった。
中には、こちらを向いて祈るような手をしている人もいた。
留姫衣さんがどうとか、今の私には関係なかった。
ただ、私は、留姫亜さんが、好き。
私の中で、答えは決まっていた。今は、その言葉を出せば、留姫亜さんに伝えれば、それで良い。
「はい。私も留姫亜くんがずっと、あのときから、大好きでした、……私でよければ、付き合ってください!」
- Re: ユリカント・セカイ ( No.14 )
- 日時: 2025/11/08 17:27
- 名前: しのこもち。 (ID: X2iPJYSg)
【 第十四話 祝福 】
-小鳥遊 留姫亜 Side-
「やーい、オカマ姫!」
”留姫亜”
この名前を一度だって好きになったことはない。どんな時だってこの胸に張り付いては、名前という形で俺のアイデンティティを腐食していくこの言葉が、昔から大嫌いだった。
子供の頃から、友達にはよくオカマだのお姫様だの名前をいじられ続け、気付いた時には自分の名前は人を、そして自分自身を不快にさせるような醜いものなのだと認識するようになった。
周りの人たちは皆、俺という存在を”留姫亜”という物珍しい名前でしか見てくれない。
それは実の両親でさえ、例外ではなかった。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「何でこんな簡単なテストで満点すら取れないのよ!」
────ビリビリッ!
母は目の前で容赦なく国語のテスト用紙を破いた。紙が裂ける音と耳を塞ぎたくなるような母の怒号だけが静かな部屋に響き渡った。
「ねぇ、留姫亜。お母さんたちが何であなたに留姫亜って名前付けたか知ってる?」
仮面のように貼り付けた偽りの笑顔を浮かべながら、母は言った。
「あなたは周りの馬鹿とは違う、特別な子供だから。完璧な人間が地味な名前なんて名乗れないでしょう?」
ぞっとした。体の芯から凍てつく氷のように冷たくなっていくのがすぐに分かった。目の前にいるはずの母が、今はただの冷徹な幽霊のようにしか見えない。
重力に従いながら無様に散っていくテスト用紙の切れ端を、俺はただぼーっと眺めることしかできなかった。
俺なりに、頑張ったはずだったのに。赤ペンで書かれた ”98” という数字の横には、担任の先生らしい達筆な字体で『素晴らしい!頑張ったね』と記してあった。
しかしそれも、今となっては引き裂かれたゴミ同然。母にとっても、100点以外はこの紙切れたちと変わらないのだ。
母は眉さえピクリとも動かさずに、スタスタと部屋を出て行った。扉が閉まる音が鳴ったと同時に、俺は膝から崩れ落ちた。
不思議と涙は出なかった。怒りや悲しみといった感情も湧いてこなかった。なぜか俺の口からは、乾いた笑みだけがぽろりと零れ出ていた。
両親が完璧な自分以外認めない、冷たい人間だと知ったのはこの日からだ。当時小学四年生だった俺は、それ以来、勉強時間もスポーツの練習も小学生とは思えないほどの量をこなした。
もちろん、どれだけ頑張っていても失敗することは稀にあり、そんな時はいつも母に怒鳴られ父に無視されていた。酷い時は暴力を振るわれることも珍しくはない。
俺は完璧な”留姫亜”として生まれてきた。失敗なんて許されない。そんな自分が自分であるためには、こうするしかないのだ。
子供ながらにして、親にここまで洗脳されるなんて、もう俺はとっくに人間ではなく二人の操り人形へと化していたのかもしれない。
しかし、いくら人形になれたからといって完璧を磨くための毎日が苦でないはずがなかった。
苦手だった勉強も、友達と放課後にするのが好きだっただけの運動も、本格的に時間を費やせば費やすほど、その分のプレッシャーと両親の期待が増え、段々とそれが重荷になっていった。
単純に辛かった。ただのくだらない小学生が、睡眠時間を削って勉強したり、好きでもないスポーツの練習に時間を潰したって、それが楽しいと思える人間がいるのだろうか。
高学年へと進級する度、段々とそんな疑問ばかりが胸を支配するようになり、俺は日に日に勉強やクラブチームに集中できなくなった。
そんなある日、学校のテストで初めて80点を取った。もちろんそんな点数じゃ親が満足するはずもなく、今までで一番叩かれた。
その時、気付いてしまった。あんな地獄のような毎日を送るより、親に嫌われる方がよっぽどましなのだと。
自分は一体、今まで何にそんな怯えていたのだろう。その夜殴られた回数は多かったはずなのに、なぜか全く痛みを感じなかった。
それからはチームの練習をサボったり、勉強もほとんどせず、帰ったら自分の部屋に籠って自由に過ごす日々が続いた。これが普通なのだと、ようやく皆と同じ生活が知れたと、親に怒鳴らたり暴力を振るわれたりする時以外は、とにかくすごく幸せだった。
だから俺は自ら自身の体を犠牲にし、あくまで普通の小学生として振る舞うことに徹底した。慣れてくれば、殴られる痛みなんていつの間にか苦ではなくなっていた。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
「その傷、大丈夫?」
しかし、そんな俺に初めて ”人を愛する” という感情を教えてくれた人物が現れたのだ。
その日は、いつものように部屋に隠した90点の小テストが父に見つかってしまい、顔を思い切り叩かれたせいで頬の部分が酷く腫れていた。
そんな俺を心配して、あの時 ”美空異” は声をかけてくれた。
「…………大丈夫。転んだだけ」
「えー、それ本当?なんか最近、ずっとあちこちに怪我してるよ」
いつもは長袖の服や長めの靴下で隠していた傷跡。今までクラスメイトにも、先生にも特に何も指摘されたことはなかったのに、なぜか彼女だけには全部お見通しだったらしい。
もしかすると家のことがばれたのかもしれない。そんな不安がよぎった俺は、必死に拙い言葉で、怪我の事情をありもしない嘘で取り繕った。
「………い、いや、俺……こう見えてドジなとこあるんだ。あと、最近……家の階段滑りやすくて、よく転んじゃうからさ」
明らかに目が泳いでいる俺を見て、怪我を見抜く鋭い彼女は絶対にその言葉は嘘だと察しただろう。俺は背中に冷や汗が伝うのを感じた。
「う、嘘じゃないからな………」
「────────ははっ、あはははっ…!」
しかし、彼女の反応は俺の想像とは違った。気付いたら目の前には、口を大きく開きながら笑う美空異がいたのだ。
「ドジって……!クールだと思ってたけど、意外とお茶目なんだね。小鳥遊くんって」
そんなに面白かったのか、お腹を抱えて豪快に笑う美空異。一応嘘のつもりで言ったのに、そんなに笑われると何だかこちらも恥ずかしくなる。
「わー、耳真っ赤だ!可愛いー!笑」
「…………う、うるさいな」
「ふふっ。ねぇねぇ、私さ、もっと小鳥遊くんと仲良くなりたいっ!」
思ってもみなかった提案に、俺は一瞬その場で固まった。なんせ彼女はクラスの人気者だ。顔も同級生とは思えないほど綺麗で美しい。
そんな人と友達になる資格が自分にはあるのだろうかとしばらく悩んだ。なぜなら俺は、親の期待にも応えようとしない捻くれ者だ。
返事に迷っていると、それを見越した彼女は俺の手を取って言った。
「はい、時間切れ!これからは私たち”友達”だよ!よろしくね」
「う、うん……」
彼女の勢いに少し困惑する一方、友達として俺のことを認めてくれて嬉しくもあった。
「私、美空異っていうの!君は?」
「…………た、小鳥遊、留姫亜」
俺はそっぽを向きながら掠れるほどの小さい声で名前を告げる。
気付けば俺の手は震えていた。すごく、怖かった。また名前を笑われるかもしれない、幻滅されるかもしれない。そんな不安が膨れ上がる一方だった。
今、目の前にいる彼女がどんな顔をしているのか、確かめたくもない。どうせまた、馬鹿にするような目で見てくるんだろうか─────────。
「素敵な名前だねっ!」
しかし、美空異という少女は違った。顔を上げるとそこには、花のような満面の笑みだけが咲いていた。
─────その言葉は、空っぽだった俺の心を癒すには十分すぎるものだった。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
そこから俺が美空異を好きになることに時間はかからなかった。今まで放っていた勉強も運動も再びエンジンを掛けるようにして頑張った。
好きな人という目標を得られた俺はみるみるうちに成長し、気付いた時には体の傷はほとんど消えていた。
学校では話したこともないような女子に告白されては断る日を過ごすこともしばしばで、みんながみんな、尊敬の目で俺という存在を見つめてくれた。
単純に嬉しかった。この時の俺は何でもできるような、そんな気さえした。
「…………ごめん。私、留姫亜のことそういう目で見たことないんだ」
だけど、調子に乗りすぎた罰だったのかもしれない。初めての恋は、無情にもその二言で散っていった。
それでも俺は美空異を好きでい続けた。いや、もしかすると振られた時からは恋愛的な意味ではなくて、人として彼女のことを好いていたのかもしれない。
きっと俺は顔やスペックだけで群がってくる周りの奴らとは違う、名前すらも包み込んで認めてくれるような、そんな人との出会いを心の中でひっそりと求めていたのだ。
そんな運命的な出会い人は美空異と──────流華だった。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
『………好き、かもしれない』
顔を赤らめた彼女の口から、ぽろりと零れた言葉。それが紛れもない告白であることは、さすがの俺でもすぐに分かった。
『………ごめんなさい。僕には、好きな人がいるので……』
またか。どうせこの人も、顔しか見ていないんだろう。この時の俺は、心の奥で流華のことを軽蔑していた。
きっと俺の本当の姿を見れば、すぐにみんな離れていく。だから幻滅される前に、彼女には躊躇なく自分の名前を名乗った。
俺は、美空異さえいてくれればそれでいい。俺自身を見つめてくれる誰かがいればそれでいい。いつからか好きだったはずの人にすら、そんな最低なことを思うようになっていた。
『…………』
流華を振ってからの練習は、何とも言えない気まずい雰囲気が漂っていた。しかも運の悪いことに二人きりで練習することになった時は、正直とても憂鬱だった。
でも、不思議と彼女といることに抵抗は感じない。周りの女子たちと違って媚びを売るような言動はしないからなのか、むしろ今はこの沈黙の方が居心地が良かった。
そんな一度振った相手に好意を寄せ始めたのは、彼女が失踪してからだ。
流華が行方不明になってから、与那野中の女バスは段々と弱くなっていった。
もちろん三年生が引退したのも一つの大きな要因だろうが、監督がよく「あの強い一年生の子はいなくなったのか」と呟くようになったので、流華があのチームの重要メンバーだったことは確かに言えるはずだ。
実は一緒に練習をしたあの時、俺も薄々思っていた。
癖のない綺麗なフォームに、無駄がない動き。息を乱しながらもボールを追いかける懸命さ。シュートが百発百中入るのも、きっと裏には相当な努力が隠されているのだろう。
そんな彼女の背中は──────────不覚にも昔の俺と重なっていた。
誰よりも強く、誰よりも弱々しく儚い後ろ姿。何かを追いかけるような、何かに怯えるような必死な表情。彼女の全てが、なぜだかとても輝かしくて、俺はこの時からすでに惹かれていたのかもしれない。
しかし、どれだけ流華に惹かれていても、心のどこかにあの時のどうしようもない俺を1番に救ってくれた美空異がいて、どうしても忘れることはできなかった。
助けてくれたのにすぐに他人に恋愛感情を抱くなんて。そんな罪悪感も、もしかしたらあったのかもしれない。
でも、流華が行方不明になってから分かった。自分が本当に想っていたのは──────彼女だったのだと。
失ってから、初めて気付いた。両親からの愛に飢え、他人を1度だって信用したことのない俺が心を動かされたのは、君だった。君ひとりだった。
もしかしたら君は、俺よりもっと辛い過去を背負って、もがき苦しんでいるのかもしれない。でも、そんな君でも、そんな僕らでも───────。
いつか一緒に、眩しすぎるくらいの光を見てみたい。君が、そう思わせてくれた。
٭•。❁。.*・゚ .゚・*.❁。.*・٭•。٭•。❁。.*・゚
- 橘 流華 Side -
「私でよければ、付き合ってください!」
あなたのことが好き。そんな気持ちを彼に伝えるために、精一杯の大きな声で叫んだ。
周りには大勢の人がいると言うのに、そんなことを気にする余地もないくらい、今はこの人にもう一度、私の想いをぶつけたい。ただそう思った。
すると目の前に立つ留異────留姫亜は涙ぐみながらこちらに駆け寄り、思いっきり私のことを抱きしめた。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。周りのきゃー、という歓声や溢れんばかりの拍手のおかげで、ようやく今の状況を理解する。
「…………へっ…?」
好きな人に抱きしめられているということを再確認した瞬間、私は思わず拍子抜けな声を出してしまった。
「ありがとう………俺を、”留異”を見つけてくれて、好きになってくれて本当にありがとう……っ…」
そんな一方で、彼の感謝に震える声はか細くて弱々しかった。振り絞ったような力ないその声からは、彼の安堵や歓喜などの些細な感情が隅々まで伝わってくる。
私は驚きながらも、勇気づけるように”留異”の背中に腕を回して力強く抱きしめ返した。
周りの拍手は更に大きくなる。気付けば会場にいたほとんどの人たちが、私たちの周りを囲ってその様子を見守っている。
「お前らおめでとうー!」
「ふっ、お姉ちゃんたまにはやるじゃないの。私だってもう子供じゃないんだからっ。ずっとずっと、応援するから!」
「くぅっ………なんで私じゃないのよ!なんであんな地味な流々がっ……」
「……………留異、成長したんだね。2人とも本当におめでとう」
笑顔で祝福してくれる妹の流愛。悔しそうに呟く凛子ちゃん。そして、温かく微笑みながら拍手する美空異さん。
みんながみんな、私たちのことを祝ってくれて、胸がいっぱいになった。この1年間、いや、生まれてから今までたくさんの人たちに支えられて、少しずつかもしれないけど、少しかもしれないけど変われた私。
今まで頑張ってきて、自分を信じてきて本当によかった。あなたを好きになってよかった。
これからもまだ、自身の名前に、立ちはだかる壁に苦しめられることもあるかもしれない。
それでも、きっと大丈夫。
だって私には──────────。
しばらくすると、交わっていたお互いの腕が解ける。私たちは顔を見合わせた途端、どちらからともなく照れくさく笑った。
何より、今の私には”あなた”がいる。
「…………みんな、ありがとうっ!」
振り返って、あたりを見回しながら私は大きな声で言い放った。そして今夜1番の拍手が巻き起こる。
「………………時間になりました。これにてユリカント・セカイを終了いたします」
しばらく告白の余韻に浸っていると、ユリカント・セカイの終了の合図が響いた。
ふと振り返った目線の遠く先に、フェアリーナ部長がふっ、と笑っていた気がした。
「”流々”さん。あなたが本当の意味で変わったこと、本当の意味で現実世界に帰れることをここに認めます」
最後のアナウンスがその場に響き渡った後、今夜のユリカント・セカイは幕を閉じた。
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「流華ちゃぁぁぁん!」
「流華!」
ユリカント・セカイが終わった後、目覚めると私は1年間過ごしてきたあの異世界のちょっと歪な自分の部屋で横たわっていた。
起きると同時に部屋に訪問してきたリーフェさんいわく、明後日にはこの異世界とはお別れして現実世界に戻れるそうだ。
特に荷物をまとめたりする必要もないので、私はこの1年間の思い出をなぞるように建物の中をゆっくりと歩いていた。
すると、廊下で誠ちゃんと賢太くんにばったり会って今に至る。二人はそれはもう嬉しそうに頬を緩ませて話し始めた。
「私たち見てたよ、流華ちゃんのこと!ほんっっっっっとうにおめでとう!!!」
すると誠ちゃんがいきなり抱き着いてくるので、私は戸惑いつつ笑いながらありがとうと言った。
「俺も見てた。ちょっと残念だけど………でも、おめでとう」
照れくさそうに頭を搔く賢太くんを見て、微笑ましく思う。
「ふふっ、ありがとう」
「……………あんた、意味分かってないだろ」
「え、何が?」
「………ほんと、鈍感だよな」
よく分からないことを言う賢太くんを見て、ふと思った。彼の背は初めて会った時から随分伸びており、声も若干低くなっている。
(時が経つのって早いなぁ………)
そんなことをしみじみと感じて、なぜだか急に泣き出しそうになってしまった。
「………って流華ちゃん、どうしたの!?すんごい涙目だよ!」
「…………うぅっ、何か急にみんなと初めて会った時のこと思い出しちゃって………」
賢太くんに初対面で急にずっこけて恥を晒してしまったあの日、流愛にそっくりすぎる誠ちゃんを見た時の衝撃、二人で迷子になった食堂までの道、フェアリーナ部長に吐き出した私の思い、リーフェさんとの庭での些細な会話。
この世界で過ごした日々は、全部全部私のかけがえのない宝物だった。どこを切り取っても、全てが大切な思い出で。
絶対、永遠に忘れることはない。
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「では、そろそろですね」
そしてついに、出発の日が来た。出発と言っても現実世界に戻るだけなのだが、それだけでも私には相当な覚悟がいることだった。
「最後に、みんなに渡したいものがあるの」
私は手に持っていた紙袋から、2つの小さな花束としおりを取り出した。
実は昨日、これらを作るためにあの玄関付近の花壇に行っていたのだ。
『おはようございます、流華さん』
みんなに渡す花を長い間選んでいると、リーフェさんが声をかけてきた。私は花言葉に詳しい彼女に一つ一つの花の花言葉を聞き出して、四人にぴったりな花々を摘んだ。
誠ちゃんは『誠実』という意味のスミレ、賢太くんは『応援』という意味の鈴蘭をいくつか束ねた。フェアリーナ部長とリーフェさんには『切なる喜び』『感謝』の意味のピンクのカスミソウを押し花にしてしおりにした。
誠ちゃんと賢太くん二人には、早く現世に戻ってきてほしいという思いを込めて短命の生きた花束を、フェアリーナ部長とリーフェさん二人にはこれからも末長く、名前に苦しむ人たちを救ってほしいという願いから、ずっと保管できるしおりを作った。
「え!これ流華ちゃんが作ったの?嬉しい、ありがとう!」
「…………俺たちも、すぐそっちに行けるように頑張るから。絶対に忘れるなよ」
「流華さん、これからもあなたらしく心清らかに過ごしてください。リーフェは遠くからそっと応援しています」
「みんな………」
また泣きそうになるのを、ぐっと堪える。お別れの時くらい、笑顔でいたいとずっと決めていたからだ。それなのに…………。
「………もうっ、流華ちゃんったら泣きすぎだよ!私たち、どうせすぐ会えるでしょう?」
「でもっ……現実世界で必ず再会できるとは限らないから………」
一度溢れ出した涙は止まることを知らず、私は何度も嗚咽した。
「………もし、名前を克服してユリカント・セカイに招待されなくなったとしても、ここに来たくなったら”みんなに会いたい”と、心の中で叫んでください。私がいつでも連れて来ますから」
「本当ですか……っ!」
「よかったね、流華ちゃん!これでいつでもみんなと会えるよ!」
フェアリーナ部長からの嬉しい言葉で、私の涙は落ち着いてきた。最後の一滴の雫を拭うと、私は覚悟を決める。
「さあ。それじゃあ、行きますよ」
「みんな、今まで本当にありがとう!元気でね────────」
すると、フェアリーナ部長の合図で私の体は急に淡く光り出した。最後に手を振ると、私はそこで意識を閉ざした。
さようなら。またいつか出会う、その時まで────────。
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「………華、流華…!」
懐かしい声で、目を覚ます。目を開けると、そこには見慣れた天井があった。
いつもと違うのは部屋のサイズ感と、あの謎のピンクの植物がないことくらい。それと………。
「流華。よかった、無事で……」
一年ぶりの、家族の顔。ベッドの隣に座るお母さんの顔を見て、私は泣きそうになった。
「お母さん!………ごめんなさい。心配かけて、迷惑かけて、ごめんなさい……っ…」
私は母の背中に腕を回しながらそう言った。
久しぶりの、現実世界。ずっと恋しかったこの温もりに包まれた途端、本当にここに母がいるのだと実感する。
家族や周りの人たちに迷惑をかけてしまった申し訳なさとともに、胸には家に帰れた感動やら歓喜やらがごちゃ混ぜになった、何とも言い表せない気持ちが、涙と一緒に込み上げてくる。
「………いいのよ。あなたが無事で、本当によかった」
「お母さん……」
後に聞いた話によると、私は一年前に異世界に飛ばされるきっかけとなった留姫亜の弟と遭遇したあの公園の砂場で倒れており、それを見た近所の人が母に教えてくれたのだそう。
涙で滲んだ視界の中央には、母の安心したような満面の笑みが咲いていた。小さい頃からずっと、大好きな笑顔だ。
「………お母さん。私、行かなきゃいけないところがあるの」
しばらくして落ち着いた私は、着ていた制服のポケットに”あれ”が入っていることを恐る恐る確認した。ポケットには、まだあの柔らかい感触が残っている。
よかった。異世界から現実世界に移動する時に失うのではないかと怖かったが、それが消えていないことに安堵する。
そして私はゆっくりとベッドから立ち上がり、部屋から去ろうと扉を開けた。
「行かなきゃいけないって………こんな時間に、どこへ?」
お母さんは振り返らない私の背中に、不思議そうに問いかける。一瞬、これ以上母に心配をかけたくないという気持ちが揺らいだが、私は後ろを振り返って強く言い放った。
「私の………”一番大切な人”のところっ!」
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十一月に入ったばかりの夜はとても肌寒く、冬の接近をやけに綺麗な星空が知らせてくれる。そっか、ここはもうこんな季節なんだ。
そう思いながら、私は凍える体を温めるように、”あの人”のところへ無我夢中で走った。
『もし流華が現実世界に帰って来れたら、緑の丘で会おう』
留姫亜とあの夜、ユリカント・セカイで交わした、約束。
緑の丘。私が住んでいる与那野東町と、留姫亜の中学校がある与那野町のちょうど間にある、小高い丘だ。
『冬は空気が乾燥して、星がよく見えるんだってさ。俺、ずっと待ってるから』
会いたい。ついこの間話したばかりのはずなのに、どうしてこんなにも今すぐ会いたくて仕方ないんだろう。
私は息を切らしながら、丘の前に到着する。少し見上げると、丘の頂上には──────────どんな時も恋しかった、君がいた。
「留姫亜!」
私は一度も休まずに走ったせいでくたくたになった足を必死に動かして、丘を上る。名前に反応して、彼がゆっくりと振り向いた。
「………流華…!」
丘の頂上に着いた瞬間、私は思いっきり大好きな恋人を抱きしめた。
「……ふふっ。ただいま、留姫亜」
「うん……おかえり、流華」
彼の体は、汗ばむ私とは反対に氷のように冷たかった。きっと長い間待ってくれていたのかもしれない。そう思うと、とても申し訳ない気持ちになる。
「こないだ会ったばっかなのにね、私、留姫亜に会いたくてしょうがなかったんだよ」
「俺も。不思議だよな。あの日からずっと上の空っていうか、すごい舞い上がってるんだよ。なんか夢の中にいる感じ」
「え、すごい分かる!」
私たちはどちらからともなく話し始めた。会話は尽きることなく、一年間会えなかった寂しさを埋めるように永遠に続いた。
「………あ。私ね、留姫亜に渡したいものがあるの」
それからどれくらい経ったのだろう。いつの間にか空は来た時よりもすっかり暗くなっていて、星たちがより目立って輝いていた。
話に夢中になりすぎて、一番肝心なことを忘れるところだった。私はポケットから留姫亜へのプレゼントをそっと取り出す。
取り出したのは……………四本の赤いガーベラを束ねた小さな花束。誠ちゃんと賢太くんにも渡したものとお揃いだ。
花言葉は──────────。
「あなたを、永遠に愛します」
私は長い間ポケットに入れていたせいで、少ししおれてしまった花びらを優しく包むように花束を彼に渡す。
「花言葉とかそんなに興味ないかな?…………でもね、私はずっと信じてる。こうやって大切な人に何かを伝えたい時に、勇気をくれるから」
私は目の前で驚く留姫亜に向かって大きく言う。
「留姫亜、大好きだよ!今までも、これからもずっと。ずーっと!」
「流華…………ありがとう。俺もだよっ……」
すると急に、留姫亜は泣き出した。今度は私の方が困惑する。
「どうしたの、大丈夫……?」
「………ううん、違うんだ。ただ………嬉しくて。こうやって誰かにプレゼントされるのも、ずっと大嫌いだった名前を呼ばれたはずなのに、こんなに嬉しくなるのも、全部初めてだったから……っ…」
彼は渡した花束を抱えながら静かに泣いた。何かを噛み締めるような、何かを押し殺すような、そんな涙を流しているような気がした。
留姫亜もユリカント・セカイの来客だ。言われなくとも、この人が今までどんなに辛い思いをしてきたのかが、一瞬で分かる。
「…………っ……ありがとう。ありがとう、流華。俺、自分の名前も、過去も、自分の存在ですら、全部が嫌いだった。消えてほしかった。でも…………流華が、いてくれたから。今、こんなにも嬉しい。出会ってくれて、本当にありがとう……っ…」
幼い子供のように泣きぐしゃる彼は……………不覚にも、昔の私と重なって見えた。
でも、あの頃の私とは違う、弱々しい姿なんかじゃない。きっと、留姫亜も今この瞬間、変わったんだ。
泣く彼の手を握りながら、私はふと、星空を見上げた。すると急に、光る白い筋が真っ暗な夜空に走って消えていくのが見えた。
「あ!留姫亜、見て。流れ星だ……!」
私は流れ星を指差す。その途端、流れ星は次から次へと空を駆け巡っていく。
流星群のようにたくさん降る星の雨を目の前に、私たちは顔を見合わせた後、目を瞑る。
これからはずっと、あなたの隣で一緒に笑えますように。
儚く流れていく星に、私はそう願った。
二人の間に降り注ぐ星たちは、まるで私たちを祝福してくれているみたいだった。
【 ユリカント・セカイ読者のみなさまへ 】
更新が本当に遅くなってしまい、ごめんなさい。読んでくださっている方々に、申し訳ない気持ちでいっぱいです。自分の計画性のなさを見直し、執筆のはやさをこれから改善していくつもりです。執筆を休止していた期間を除く約1年間もの間、お待たせしてしまい、改めて申し訳ありませんでした。
十四話 執筆・しのこもち。より

