ダーク・ファンタジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

短な恐怖
日時: 2024/09/15 18:36
名前: J・タナトス (ID: 5kDSbOyc)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=13998

ゾクッとする話しから、ちょっぴり切な怖い話しまで。
色々な怖い話のオムニバス。

怪談・幽霊・ヒトコワ・都市伝説など様々なジャンルのホラーをまとめました。


ラブコメは【ねこ助】名義で投稿しているので
よければそちらも読んでみてくださいね(˙꒳˙ก̀)


◆目次◆

1)真夜中の訪問者>>01
2)黄泉之駅>>02
3)生贄団地>>03
4)紫苑の花>>04
5)野辺送り>>05
6)ミテハイケナイ>>06
7)不死の花>>07
8)山姥>>08
9)菩薩妻>>09
10)リフレイン>>10
11)僕のミア>>11
12)お御影様①>>12
13)お御影様②>>13

菩薩妻 ( No.9 )
日時: 2024/08/20 17:15
名前: J・タナトス (ID: n8TUCoBB)



 「奥さん、優しそうな人ですね」


 俺の妻を見たことのある人は、大抵がそんな言葉を口にする。

 “優しそうな人”とは、一見すると褒め言葉のようで聞こえは良いが、それが褒め言葉ではないということを俺は知っている。きっと、それ以外に形容する言葉が見つからないだけなのだ。
 事実、俺の妻は美人でもなければ特別スタイルが良いわけでもない。むしろ、地味で冴えない不美人な女と言っていいだろう。唯一の長所と言えば、その菩薩ぼさつのような穏やかさだろうか。下膨れに細い瞳で微笑む姿は、まるで観音菩薩かんのんぼさつのそれに似ている。
 そんな人を前にして、何か一つ褒めなければならないとしたら、“優しそうな人”と無難な言葉を口にする他ないのだ。
 所謂いわゆる、社交辞令というやつだ。


「菩薩ってさぁ、ほんっとブスだよね~」


 裸のままベットに横たわっている梨奈が、そう声を漏らしながらシーツを手繰たぐり寄せる。


「ねぇ、何であんなブスと結婚したの? あんな顔毎日見るなんて、私だったら耐えらんな~い」


 遠慮する気など更々無いのであろう梨奈は、あけすけな本音を溢しながら俺を見上げた。
 俺だって、なんでこんな女と結婚してしまったのかと、ここ数年は毎日後悔ばかりしている。たまたまと言ってしまえばそれまでだが、ちょうど鬱憤うっぷんが溜まっていた時にタイミング良く出会ったのが亜希だった。


「俺だって嫌だよ」


 口に咥えたタバコに火を付けると、俺はチラリと梨奈に視線を向けてそう答えた。


「いつからなんだっけ?」

「十年くらい前かな」

「ふ~ん。どこで出会ったの?」

「コンビニ」

「え~、コンビニ? もしかしてナンパでもしたとか?」

「……ま、そんな感じかな」

「え~、マジうける~! あんなブス、よくナンパしたね」
 

 そう言ってケラケラと笑い声を上げた梨奈は、「私にもちょうだい」と言って吸いかけのタバコを取り上げた。
 そんな梨奈の姿を横目に、俺は一人、亜希との出会いを思い出していた。

 今から十年ほど前の十二月。当日になってクリスマスデートをドタキャンされた俺は、ムシャクシャとした気分で近所のコンビニへと立ち寄った。
 普段なら絶対に相手にもしない、地味で冴えない不美人な女。そんなコンビニの店員を前にした俺は、ちょっとだけからかってやろうと、そんな軽い気持ちから声を掛けてみることにした。


『前から思ってたんですけど、お姉さん可愛いですね』


 そう口にすると、途端に顔を真っ赤に染め上げた店員。褒められ慣れていない女とは、こうも簡単に頬を染めてしまうものなのだ。
 その単純さに妙な優越感を覚えた俺は、ほんの少しだけからかうつもりでいた予定を変更すると、そのまま自宅へと連れ帰ることした。
 今にして思えば、それだけドタキャンされたことに腹を立てていたのだろう。
 
 地味で冴えない見た目通りに、とても慎ましく従順な亜希。俺が普段デートしている女達とは真逆のタイプで、正直言って全く好みでもない。けれど、そんな亜希との時間は意外にも悪くはなかった。
 痒い所に手が届くと言えば分かり易いが、亜希はとても気の利く女で、あまつさえ際限なく俺に尽くしてくれる。何より、俺がどこで何をしようとも一切文句も言わないのだから、こんな便利な女は他にいないだろう。

 けれど、やはり抱くとなると梨奈のような美人で可愛い女の方がいい。本来、俺は面食いなのだ。いくら便利な女だからとはいえ、結婚したのは間違いだったのかもしれない。
 家に帰ればあの不美人が居るのかと思うと、ここ数年は本当に憂鬱ゆううつでたまらない。
 唯一の救いといえば、亜希が俺に何も求めてこないということ。家政婦を雇っていると思って我慢さえしていれば、こうして外で自由に女を抱くことができるのだ。


「ねぇ、菩薩と別れる気はないの?」

「まぁ……、便利だからな。家政婦みたいなもんだよ」

「家政婦とか、直輝ひど~い」


 そんなことを言いながらも、クスクスと笑い声を漏らす梨奈。そんな梨奈の姿を見つめながら、この関係がいつまで続くかと考える。
 派手で美人な女は好みだけれど、そういったタイプは総じて奔放な性格が多いのだ。


(……ま、切れたら切れたらで、他にいくらでも女はいるしな)


 一人の女に固執することのない俺にとっては、むしろそのぐらいの方が丁度いい。変に本気になられても、後々面倒なことになるだけなのだ。
 そんな俺の考えを見透かしていたかのように、それから暫くすると梨奈からの連絡は途絶えた。


 “他に好きな人ができちゃった”


 そんな短いメールだけを残して、唐突に終わりを迎えた不倫関係。奔放な女とは、いつだって唐突なのだ。
 きっと、不倫していたことに罪悪感すら感じていないのだろう。


(……ま、俺も人のこと言えないけどな)


 そんな事を思いながら自嘲じちょうすると、俺は一人小さく笑みを溢した。


「ハンバーグ、そんなに美味しい?」


 夕食を口に運びながら微笑む俺を見て、どうやら勘違いでもしたのかクスリと声を漏らした亜希。


「……ああ」


 テーブルを挟んで目の前に座っている亜希にそう答えると、「良かった」と言って嬉しそうに微笑む。

 確かに亜希の作る食事はどれも美味しいが、目の前に居るのがこんな不美人では、せっかくの食事も美味しさが半減してしまうというものだ。
 そんなことを思いながらも箸を進めていると、ガリッとした異物感に気付き、俺は食べかけのハンバーグを皿の上に吐き出した。


「……っ、おい。なんだよこれ」


 そう言って小さな宝石のようなものを摘み上げると、申し訳なさそうな顔をして口を開いた亜希。


「ごめんなさい。ネイルのラインストーンが取れちゃったみたい」

「汚ねぇな……、ふざけんなよ」


 菩薩のくせにお洒落に気を使うとは、なんとも気持ちが悪い。くわえて、その飾りがハンバーグに混入していたとなれば、その不快感さはひとしおだ。
 俺はその腹立たしさから「チッ」と舌打ちを溢すと、そのまま席を立ってリビングを後にした。



◆◆◆



 それから数週間が経つ頃には新しい彼女も出来、俺は順風満帆な生活を送っていた。

 いつもと違うことといえば、今回の彼女に対しての本気度だった。
 いっそのこと亜希とは離婚して、このまま彼女の沙奈と一緒になるのも有りなのかもしれない。そんなことを思ってしまう程に、俺は沙奈に心底惚れ込んでいた。


(離婚するにしても、損だけは絶対したくないよな)


 そんなことを考えながらリビングの扉を開くと、そこには風呂上がりの俺を待つ亜希の姿があった。


「ビール、飲むでしょ? 用意しておいたから」


 そう言って、菩薩のような微笑みを浮かべる亜希。
 気が効くのは便利で有難いが、正直、今は亜希の顔など見たくもない。せっかく可愛い彼女とのデートで気分良く帰宅したというのに、これではその余韻も全てが台無しだ。

 そう思った俺は、亜希の顔も見ずに無言でダイニングへと腰を下ろすと、グラスに注がれたビールをグビグビと飲み始めた。


「晩御飯あるけど、どうする?」

「……ああ、食べて来た」

「そう」

「…………」

「最近、また忙しいみたいだけど、あまり無理はしないでね」


 仏頂面で言葉少なげに答える俺とは対象的に、穏やかな笑みを浮かべて話し続ける亜希。そんないつもと変わらない、なんの面白みもない空気が漂う中。
 不意にテーブルに置かれた携帯へとチラリと視線を送った亜希は、その視線を再び俺へと戻すとニッコリと微笑んだ。


「そういえば、さっき携帯に着信があったわよ」

「──!?」


 その言葉を聞いた瞬間、ドキリと鼓動を跳ねさせた俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


「っあ、ああ……、取引先だな、きっと」


 そうは言ったものの、こんな夜遅くに取り引き先から電話が掛かってくるだなんて、そんな可能性は万に一つも無いだろう。おそらく、その着信は沙奈からのものだ。そうと分かってはいても、俺はそう答える他なかった。
 チラリと亜希の様子を伺ってみると、相変わらず菩薩のような微笑みを浮かべているばかりで、その心中を読み解くことはできない。

 着信があった時、亜希は表示された画面を見たのだろうか──? 
 それが気になって仕方がなかった俺は、とにかく誰からの着信だったのかを確かめるべく、テーブルに置かれた携帯を掴むと席を立った。


「ちょっと、掛け直してくる」


 それだけ告げてそそくさとリビングを後にした俺は、自室に籠ると急いで携帯を確認してみた。


「……やっぱり沙奈か」


 画面に表示されている着信履歴を見て、まずいことになってしまったと顔をしかめる。今このタイミングで、不倫をしていることがバレるのは非常にまずい。
 今までも、きっと亜希は気付いていただろうし、その上で何も言ってはこなかった。けれど、離婚を考えている今となっては、この関係が明るみになってしまうのは非常に困るのだ。
 いくら従順な亜希とはいえ、離婚となれば膨大な慰謝料を要求してくる可能性だってある。


「あ~……っ、しくった」


 自分の脇の甘さに「チッ」と舌打ちを打つも、こうなれば気付いていないことを祈るしかない。そう思った俺は、それから毎日不安な日々を送ることとなった。
 けれど、そんな俺の気持ちとは裏腹に、いつもとなんら変わらぬ様子の穏やかな亜希。どうやら俺の心配は杞憂きゆうだったようで、沙奈との不倫には気付いていないようだった。
 けれど、そんな心配事も吹き飛ぶ程の大きな問題が、何の前触れもなく突然俺の身に降りかかってきた。

 ──なんと、沙奈から突然別れを切り出されたのだ。

 いつもの俺なら、さっさと切り替えて別の女でも物色していただろう。けれど、本気で愛してしまった沙奈だからこそ、簡単に諦めることはできなかった。
 ひたすら連絡を取り続けるも、一向に繋がらない沙奈の携帯。そんな状態が数日続いただけで、目に見えてやつれてゆく俺の姿は隠しようもなかった。
 どうやら沙奈は転居してしまったらしく、もしかしたら、このまま二度と会えないのかもしれない──。そう考えるだけで、本当に身を裂かれる思いだった。
 

「今日のハンバーグ、どうかな? 美味しい?」


 俺の沈んだ気持ちなど知りようもない亜希は、そう質問を投げ掛けると小首を傾げた。
 普段は食事の感想など一切求めてこないというのに、何故かハンバーグが食卓に並んだ時にだけ、毎回その味の感想を俺に求める亜希。よくよく考えてみれば、ハンバーグが食卓に並ぶタイミングは、毎回女と別れた時期と重なっていた気がする。

 そんなおぼろげな記憶を辿りながらも、ゴリッとした異物感に口の中のものを吐き出した俺は、皿の上に転がったそれを見て思わずギョッとした。


「え……? なんだよ……っ、これ……」


 心許無くそう声を発した俺には、その時の亜希が一体どんな表情をしていたのかは分からない。
 慌てて口内をくまなく確認するも、そこにあるのはいつも通り綺麗に整った歯列。それを確認した俺は、全身から一気に血の気が引いてゆくのを感じた。


「ごめんなさい。ネイルには気を付けてたんだけど……」


 そう告げた亜希の手元を見てみると、その爪はマニキュア一つ塗られてはいなかった。
 俺は震える身体でゆっくりと顔を上げると、目の前に座っている亜希の顔を凝視した。


「次からは、歯にも気をつけなきゃね」


 そう言って俺の皿から一本の歯を摘み上げた亜希は、まるで観音菩薩かのような穏やかな微笑みを浮かべていた。





─完─

リフレイン ( No.10 )
日時: 2024/08/26 06:04
名前: J・タナトス (ID: CioJXA.1)



 眩い光に思わず反射的に瞼を閉じた男は、ゆっくりと瞳を開くと手元のハンドルを握り直した。

 変わり映えのない曲がりくねった山道を走っていると、どうにも気が緩んでしまう。電灯の少なさからこの車道はとても薄暗く、すぐ脇にあるはずの森には暗闇が広がっている。そのせいもあってか、時折すれ違う車のヘッドライトがやたらと眩しく感じる。
 暗闇に溶け込んでいる道路脇の森は、行きに見かけた限りでは急斜面が広がっていたはず。そんなところで事故など起こしてしまえば、まず無事ではいられないだろう。そんな一抹の不安にゾクリと身体を震わせた男は、気を取り直すとハンドル片手に車内をまさぐった。


(……あ。そういえば、さっきの一本が最後だったか)

 
 そう思い直して手を引っ込めようとすると、カサリと手に触れた目当てのモノ。念の為にと、男はそれを手に取ると中身を確認してみる。どうやら先程空になったと思ったのは勘違いだったようで、そこにはタバコが一本だけ残っていた。
 それを確認した男は、今度こそ空になった箱をクシャリと握りつぶすと、最後のタバコを口に咥えた。


「──夜景、綺麗だったね」


 助手席に座っている彼女が満足気に微笑んだ姿を見て、男はタバコに火を付けると口を開いた。


「たまにはいいよな、こういうデートも」


 人里からそう遠く離れてもいないこの山へと来たのは、峠にある展望台からの夜景を見てみたいと、そう告げた彼女からのリクエストだった。
 展望台以外にこれといって何があるわけでもなかったが、ちょっとしたデートスポットであることから、先程からすれ違う車も何台か見かける。最近では心霊スポットとしても名が知られるようになったらしく、もしかしたらその効果もあるのかもしれない。
 

「山道って、なんだか不気味で怖いよね」

「灯りが少ないから余計だよな。幽霊とか出たりして」


 怖がりな彼女のことをからかうようにしてそう告げれば、やはり予想通りの反応を見せる彼女。


「やだ……っ。もう、やめてよそういうこと言うの! 本当に出たらどうするの」

「冗談だって。いるわけないだろ、幽霊なんて」


 霊感など全くないというのに、どうやら見えもしない幽霊のことが相当怖いらしい。そんな彼女の反応がなんだか可笑しくて、男は怖がる彼女を見てクスリと声を漏らした。


「……ねぇ。あれって、人じゃない?」


 突然投げ掛けられたその言葉に、よくよく目を凝らしてみると確かに前方に人影らしきものが見える。そう認識した数秒後、距離が縮まったことでハッキリとその姿を確認した男は、信じられない思いから驚きに目を見開いた。


「え……、? 何でこんな所に?」


 この山は登山道なんてものもなければ車道だって電灯が少なすぎる程で、決して整備が整っている方だとは言えなかった。
 勿論、民家が存在するだなんてことは聞いたことがないし、そもそも走っている車だって多くはない。そんな場所に歩いている人がいるだなんて、にわかには信じられないような光景だった。


「──危ないっ!」


 そう彼女が叫んだタイミングと、男がブレーキを踏んだタイミングはほぼ同じだった。
 突然、行手を阻むようにして立ちはだかった女性を前に、その身の無事を確認した男は安堵の声を漏らした。


「……っ、びびったぁ……」

「やだ……っ、もしかして……幽霊?」

「いやいや、そんなわけないだろ。足生えてるし」


 どうやら先程の会話がまだ頭に残っていたようで、助手席に座っている彼女は小さく身体を震わせた。
 そんな彼女を横目に吸殻を灰皿へと捨てた男は、僅かに開いていた運転席側の窓をゆっくりと降ろした。


「どうかしましたか?」

「すみません……迷惑でなかったら、車に乗せてくれませんか?」

「……え?」

「途中で降ろされてしまって、困ってるんです」


 彼氏と痴話喧嘩でもしたのだろうか。例えそうだとしても、こんな山の中に女性を一人置き去りにするだなんて、その信じられない行為に男は驚いた。


「乗せてあげようよ」

「あ、ああ、そうだな。……あの、どうぞ後ろに乗ってください」


 つい先程まで怖がっていたというのに、同乗することを先に許可したのは意外にも彼女の方だった。この状況を考えれば、まあ無理もない。きっと同じ女として、一人置き去りにされたこの女性に同情したのだろう。
 礼を告げながら車内に乗り込んだ女性の姿を見て、男は再びハンドルを握るとゆっくりと車を発進させた。


「この近くに住んでるんですか?」

「はい。そう遠くはないです」

「家まで送りましょうか?」

「大丈夫です」


 そんな彼女と女性のやり取りに耳を傾けていた男は、バックミラー越しに女性の姿を確認すると声を掛けた。


「本当に大丈夫ですか? 遠慮しなくていいですよ」

 
 荷物らしきものを一切持っていない女性は、おそらく身一つであの場所を彷徨っていたのだろう。きっと、所持金だって持ち合わせていないはずだ。
 そんな女性を一人街中で降ろすには、どうにも男の良心が咎める。果たして、その先自宅に辿り着くまでの手段はあるのだろうか。


「人を探してるので、それからでないと帰れないんです」


 ミラー越しにそう答えた女性は、随時と顔色が優れないようだった。
 一体、どれほどの時間あの場所で彷徨っていたのだろうか。季節はまだ秋口とはいえ、標高の高い山道はとても気温が低く、夜になればその寒さは相当なものだった。


「その探してる人って、貴女をあそこに置いてった人ですか?」

「はい」


 あんな山道に女性を置き去りにするような彼氏に、この女性の身を任せていいのかも疑問だ。やはり、自宅まで送り届けた方が無難だろう。
 男は内心そう思いながらも、これ以上深く立ち入るのも無粋かと口をつぐんだ。


「それにしても、あんな所に置き去りにするなんて酷い彼氏さんですね」


 我慢できないとばかりにそう告げた彼女は、眉間に皺を寄せると憤慨した。
 真相は定かではないものの、きっと痴話喧嘩の末に置き去りにされたと判断したのだろう。それは男も同じ考えだった。

 けれど、女性の口から出た言葉は意外なものだった。


「彼氏ではないです」

「……え、彼氏じゃないんですか? それじゃあ、男友達とか……? デートで来たのに置き去りにするとか、そんな男最低ですね!」


 益々怒りを露わにした彼女は、少しだけ声を荒げると頬を膨らませた。
 彼女がここまで怒るのも無理はなかった。彼氏だろうとそうでなかろうと、こんな山道に人を置き去りにするなんてろくなもんじゃない。


「友達……でもないです」

「…………え?」

「知らない男の人に攫われて……」


 まさかの発言に心底驚愕した男は、驚きに見開かれた瞳でミラー越しの女性を凝視した。


(それって、犯罪じゃないか……っ!)


 男の視線を避けるようにして俯いてしまった女性は、それでもゆっくりとした口調で話し続けた。


「やめてって言ったのに、やめてくれなかった……。痛くて、怖くて……』


 途端に不穏な空気に包まれた車内は、ゴクリと息を飲む二人の息遣いだけが、ただ、静かに響いた。


『ただ、家に帰りたかった……それだけだったのに……』


 固く凍てつくような女性の声を聞きながらも、男はカタカタと震え始めた自分の身体に気が付いた。
 霊感など全くないのだから大丈夫だと。そう何度も心の中で言い聞かせながらも、けれど、男はその考えに自信がもてなかった。

 ミラー越しにゆっくりと顔を上げた女性は、そんな男の瞳を見つめると、ボトリと目玉を崩れ落とした。



     “どうして殺したの”



「っ……うわぁあぁあーー「きゃあぁああーー」!!!」


 ドロリと崩れ落ちた顔の女性に抱きつかれ、それに恐怖した男は思わずハンドルを切った──次の瞬間。
 大きな衝撃音と共に意識を失った男は、ゆっくりと瞼を開くとその視線を彷徨わせた。


「っ、ゔ……」


 全身に走った凄まじい痛みに顔を歪めると、男は助手席にいる彼女に向けて手を伸ばした。名前を呼んで身体を揺すってみても全く起きる気配はなく、頭から血を流してぐったりとしている。
 車からはもくもくと煙が立ち込め、このままここに居ては間違いなく危険だ。そう判断した男は、傷だらけの身体でなんとか彼女を背負うと、そのまま急な斜面を登って車道へと出た。


(誰か……っ、誰か来てくれて……)


 祈るような気持ちで薄暗い車道を見渡すと、車のヘッドライトらしきものが近付いて来る。男はそれに向けてすがるように手を伸ばすと、行手を阻むようにして立ち塞がった。
 けれど、速度を落とすことなくこちらに向かって走って来る車。そのヘッドライトの眩しさに、男は思わず反射的に瞼を閉じた──。





──────

────





「うわ……っ、マジじゃん。今の……見た?」

「うん……、見た。なんか、全身焼けただれたみたいな……っ」

「やべぇ……俺にも見えた。ここ、マジで出るって本当だったんだな」

「なんか、車に乗せてくれって女の霊も出るらしいよ。美人だけど、車に乗せたら顔が崩れ落ちるんだって」

「ゔ……、なんだよそれ……っ。てか、こんなとこで歩いてるやつなんて絶対人じゃねーじゃん」

「ここって二十年以上前はデートスポットだったらしくて、今と違って勘違いする人もいたみたいだよ。今じゃただの心霊スポットだけどね……」


 男達はそう騒ぎ立てながら山道を走ると、先程見たおぞましい姿の亡霊に恐怖した。

 かつてはデートスポットとして人気のあったこの場所も、今では度胸試しにと訪れる車ばかり。そんな場所でも、年間に訪れる若者の数は決して少なくはなかった。
 けれど、そんな車も立ち去ってしまえば、ただ、先の見えない暗闇が広がるばかり。

 彷徨える魂は幾度となく出口を探し求めては、明けない暗闇の中を彷徨い続けている。





─完─

僕のミア ( No.11 )
日時: 2024/09/01 22:16
名前: J・タナトス (ID: S55y0ege)




 僕の一日の始まりは、まず起きてすぐに可愛いペットへ朝の挨拶のキスをすることから始まる。
 チュッと軽くリップ音を響かせると、僕は慈愛に満ちた瞳を細めた。


「おはよう、ミア。今日も可愛いね」


 そう優しく微笑みながらそっと頭を撫でてやれば、嬉しそうに頭をくねらせて可愛らしい声を上げたミア。
 そんな姿を愛おしく思いながらクスリと声を漏らすと、もう一度ミアの頭を優しく撫でてから口を開いた。


「今、朝ご飯用意するからね」


 寝起きで頭の冴えない状態のままキッチンへと向かうと、自分の朝食は後回しにしてミアの為の朝ご飯を準備する。
 やはり、ペットを飼っているとどうしても自分のことは後回しになってしまう。それ程に、ペットという存在は愛おしい。

 正直、ペットを飼っていると旅行にだって行けやしないし、心配で夜遅くまで家を空けることもできない。中々言うことを聞いてくれない躾の時間には、時には骨が折れる程の苦労をさせられることもある。
 だけど、ミアはその苦労以上の幸せを僕に与えてくれる。

 ミアの面倒を見ることは飼い主である僕にしかできないことだし、飼った責任だって勿論ある。僕の自分勝手な都合でペットとして飼われることになったミアのことを思うと、一生手放す事なく愛情を注いであげなければならない。
 それが責任というものだ。


「ほら、ミア。ご飯だよ」
 

 新しい水と食事をキッチンから持ってくると、ミアの足元にお皿を置いてニッコリと微笑む。


「たんとお食べ」


 促すようにそっと頭を抑えてやると、足元に置かれた餌の存在に気付いたミアは、嬉しそうに喉を鳴らすとピチャピチャと食べ始めた。
 その姿を眺めながら朝の癒しを堪能すると、棚に置かれた時計の針を見て慌てて会社へ行く準備に取りかかる。

 昨夜遅くまでミアの躾をしていたせいか寝坊をしてしまった為、どうやら今朝は朝食を食べる余裕はないようだ。
 だけど、どんなに寝坊をしようともミアの世話だけは欠かさない。それが、ペットを飼う責任というもの。


「それじゃ、行ってくるね。いい子で留守番してるんだよ、ミア」


 悲しそうな瞳で僕を見送るミアの姿に心を痛めながらも、仕事を休むわけにもいかずに断腸の思いで自宅を後にする。


(今日は、お土産にミアの好きな魚でも買って帰ろう)


 ミアの喜ぶ姿を想像しながらクスリと小さく微笑むと、僕は会社へと向かう足を急がせたのだった。



─────


────



「──ただいま、ミア。いい子にしてたかな?」


 魚のお土産片手に自宅へと帰ってきた僕は、部屋の片隅に座っているミアを見つけるとニッコリと微笑んだ。
 どうやら、今日は大人しく留守番をしてくれていたらしい。悪戯された気配のない室内を見渡すと、優しく微笑みながらミアの頭を撫でてあげる。


「いい子だね、ミア」


 それに機嫌を良くしたのか、頭をくねらせたミアは僕に向かって小さく声を上げた。
 今すぐに構ってあげたいのは山々だけれど、まずはトイレ掃除をしてあげなければならない。それが終われば、次はミアの夜ご飯の準備だ。
 これが、僕の毎日のルーティン。


「ちょっと待っててね」


 そう声をかければ理解したのか、ちゃんと静かに待っている様子のミア。そんな姿がとても可愛いくて、トイレを片付けながらも思わず鼻歌が零れる。


「今日はね、ミアの好きな魚を買ってきたんだよ。食べやすいようにほぐしてあげるからね」


 トイレ掃除を無事に済ませると、そのままウキウキとした気分でキッチンへと向かう。
 本当なら今すぐにでも堅苦しいスーツなど脱ぎ捨てたいところだけれど、可愛いミアを待たせるわけにはいかない。他のどんなことよりも、まずはミアのお世話が優先なのだ。


「ほら、魚だよ。今日はいい子だったね」


 そう告げながらミアの足元にお皿を置くと、喉を鳴らしてピチャピチャと食べ始めたミア。その姿は、本当に愛くるしい。
 可愛いミアの姿を充分に堪能し終えると、僕はやっとスーツを脱ぎ捨てると部屋着へと着替えた。

 帰宅途中で買ってきた弁当をテーブルの上に広げると、足元に横たわるミアの身体を撫でながら夕食を食べ始める。


「後でお風呂に入ろうね、ミア」


 ミアの身体が少し汚れていることに気付いた僕は、箸を進めながらも優しくミアの身体を撫でた。『お風呂』という言葉を理解したのか、僕の手をすり抜けると部屋の隅へと身を寄せたミア。どうやら、相変わらずのお風呂嫌いなようだ。
 暴れるミアをお風呂に入れるのは本当に大変だけれど、汚れをそのままにしておくわけにもいかない。今夜も躾に苦労しそうだ。
 そんなことを思いながらも、ミアのお世話をするのが楽しくてフフッと声を漏らす。


「ご馳走様」


 ミアを待たせては悪いとばかりに早々に食事を済ませると、部屋の隅に縮こまっているミアの側に近寄りその頭を優しく撫でてやる。


「お待たせ、ミア。お風呂に入ろうか」


 ミアの首に付けられた首輪を外すと、その身体を抱えてお風呂場へと移動する。これから起こることが分かったのか、急に暴れ始めたミア。危うく落としそうになり、慌てて抱え直す。


「コラッ! 大人しくしないとダメだろ、ミア!」


(どうやら、今夜も躾で遅くなりそうだ)


 そんな予感を感じながらも、愛おしくて堪らないミアを抱きしめてニッコリと微笑む。
 今にも逃げ出してしまいそうなミアをどうにかお風呂へと入れると、暴れるミアを抑えてその身体を丁寧に洗ってゆく。
 この時間が、実はお世話の中で一番大変だったりする。隙あらば脱走しようとするミアと、それを阻止しようとする僕との攻防戦が繰り広げられるのだ。


「っ、……コラッ! 暴れるな!」


 そんな事を言いながらも、この攻防戦が楽しかったりもする。小さな身体では当然僕の力に敵うはずもなく、項垂れたミアは観念したかのように大人しくなった。
 敵うはずもないと分かっているくせに、毎度のように脱走してみせようとするミア。そんなミアが可愛くて、クスリと声を漏らした僕は鼻歌混じりにミアの身体にお湯をかけた。


「よし、終わり。頑張ったね、ミア」


 グッタリとしたミアを抱え上げると、濡れた身体を優しくタオルで拭いてあげる。それだけでは乾ききらなかった毛を乾かすために、予め用意してあったドライヤーを手に取ると丁寧にミアの毛を乾かしてゆく。
 ペットのお世話をするのは本当に大変だけれど、その分愛しさも溢れてくる。僕は、そう感じるこの瞬間が大好きなのだ。


「もう、24時過ぎてる……」


 カチリとドライヤーの電源を切ると、視界に入ってきた時計を眺めてポツリと呟く。
 どうやら僕の予想は当たっていたようで、今夜もミアのお世話で気付けば24時を回ってしまった。


「もう寝ようね、ミア」


 細っそりとしたミアの首に首輪を取り付けると、優しく微笑みながらそう語りかける。


「…………ミア?」


 何の反応も示さずに、グッタリとしている僕のミア。


「あれ……?」


 ミアの顔に右手をかざして確認してみると、呼吸をしている気配を感じられない。どうやら、今回のミアも壊れてしまったようだ。


「ペットのお世話は、本当に大変だな……」


 首輪に繋がれた鎖をジャラリと響かせると、僕はグッタリと横たわるミアを抱き起こした。


「おやすみ、ミア」


 ミアだった”それ”の髪を丁寧にかき分けると、虚な瞳のまま命尽きたミアの唇にそっとキスを落とす。
 明日からまた、新しいミアを用意しなければならない苦労を考えると残念でならないけれど、こうなってしまったら仕方がない。ペットのお世話とは、それだけ大変なのだ。
 だけど、それ以上の幸せを僕に与えてくれる。

 僕の毎日を愛しい時間で満たす為に、明日からまた、新しいミアを探しに行こう。

 愛しい愛しい、僕だけのミアを──。





─完─

お御影様① ( No.12 )
日時: 2024/09/10 07:25
名前: J・タナトス (ID: m3Hl5NzI)




 影に追われる──。
 あなたは、そんな体験をしたことがありますか?

 影自体が単体で動くだなんて、普通に考えたら絶対にあり得ないことですよね。私だって、そんな話は今まで一度も聞いたことがありませんでした。でも、そんな体験をしたことのある人は、意外にも少なくはないようなんです。

 私がそれを知るきっかけとなったのは、二十年来の友人であるAと久しぶりに会った時のことでした。お互いに仕事で忙しかったこともあって、Aと顔を合わせるのはこの日が2カ月ぶりのことでした。
 久しぶりに見たAの姿は随分と痩せこけ、それほど仕事が忙しいのかと心配になってしまう程でした。
 

「ねぇ、なんか凄く痩せたみたいだけど。ちゃんと食べてる?」

「あー……、やっぱ分かる? 実は最近、食欲がなくってさぁ」

「そんなに忙しいの?」

「まぁ、忙しいっちゃ忙しいけど、そこじゃないっていうか……」


 続く言葉を濁すようにして苦笑してみせたAは、ストロー片手にくるくると円を描くと、グラスに入った氷をカラカラと響かせた。そんなAの姿を見て、きっと何か悩みごとでもあるのだろうと、私は瞬時にそう理解しました。
 長年の付き合いがあるからこそ、普通なら見落としてしまいそうなその小さな仕草も、Aのことならなんとなく私には分かってしまうんです。人に頼ることが苦手なAは、なんてことない素振りを見せながらも、それに反してどこか手元の動きが活発になるところがあって、それはきっと、A自身も気付いていない癖なんだと思います。


「ねぇ、何か悩みがあるんでしょ? 私で良かったら聞くよ」
 

 そう告げると、回していたストローをピタリと止めたAは、観念したかのように大きな溜め息を吐きました。


「やっぱり、Mには隠し事はできないなぁ。……笑わないって約束してよ?」

「うん、約束する」

「私ね、影に付きまとわれてるの」

「…………え? 影?」


 予想外の言葉に口をポカンと開いたまま固まってしまった私は、さぞや間抜けな顔をしていたことでしょう。それほどに、Aから告げたれた言葉の意味が理解できなかったのです。


「え、ちょっと待って。影って、あの影のことだよね?」

「……もう、笑わないって約束したのに」

「いや、笑ってはないから。でも意味が分からなくて……。影に付き纏われてるって、どうゆうこと?」


 いじけ始めたAに向けてそう答えると、それに促されるようにして、ポツリポツリと、Aは“影”についての詳細を語り始めました。

 その話によれば、最初に違和感を感じ始めたのは二週間程前のことだったそうです。
 誰かにつけられているような気がする。そうは感じたものの、それらしき人物の姿も見当たらなかったので、最初はAもただの勘違いかと思っていたそうです。でも、それから暫くしても妙な気配が消えることはなく、ずっと誰かに後をつけられているような感覚が続いていたある日。妙な気配を感じて後ろを振り返ったAは、そこで初めて足元にある影に気付いたんだそうです。


「そりゃ気付かないよね。だって、まさか影に追われてるなんて思いもしなかったし、いちいち足元の影を気にしながら生活してる人もいないでしょ? でもね、間違いなくその“影”は意志を持って私を追いかけてくるの」


 真剣な眼差しでそう語ったAからは、決して面白半分の作り話を語っているとは思えませんでした。とはいえ、きっと疲れからくる見間違いなのだろうと、その時の私は話半分で聞いていたのです。
 だって、そんな話信じられないじゃないですか。物体もなく、影だけがそこに存在しているだなんて。少なくとも私は、今までにそんなものを見たこともなければ、聞いたこともありませんでしたから。

 それから一週間程が経った頃だったと思います。真夜中に突然、AからSOSの電話が掛かってきたのは。
 電話口から聞こえてきたその異常な程の怯えぶりに、心配になった私はすぐさまタクシーでAの自宅へと向かいました。チャイムを鳴らしても扉が開く気配はなく、勝手知ったるAの家ということもあって、私は鍵の掛かっていなかった玄関扉を開くと、Aの名を呼びながら室内へと入ったのです。


「……っ、どうしよう……どうしよう……っ」


 暗い室内から聞こえてきたのは、啜り泣く音と共に小さく響いた、か細く震えるAの声でした。
 いつも気丈なAがこんなにも弱っているだなんて、それだけで只事ではないことが起こっているのだと分かり、その瞬間、私の身体に緊張が走ったのは言うまでもありません。


「……ねぇ、どうしたの? 電気も点けないで。とりあえず、電気点けるよ」


 言いながらスイッチに手を触れようとした瞬間。突然立ち上がったAによって阻まれた私は、その目的を果たすことなくその手を宙に彷徨わせました。


「ダメ!!! 点けないでっ!!!」

「ちょ……っ、どうしたの?」

「お願いだから電気は点けないで!! 影が……っ、影が来ちゃうから!!!」


 あまりの迫力に気圧されつつも、私はAに言われるがままに暗い室内に腰を下ろすと、一体今Aの身に何が起きているのか、その現状を確かめるべくAから話を聞かせてもらうことにしました。

 Aが言うには、それまで外でしか見かけることのなかった“影”が、三日前についに自宅にまで現れるようになったのだそうです。そして、今までただそこに存在しているだけだった“ソレ”は、まるでAの影に触れようとしているかのように、ゆっくりと動き始めたらしいのです。
 その話に半信半疑ながらも、怯えるAを一人にしておけるわけもなく、私はその日は朝までAの傍に寄り添うことにしました。


 ──翌日。私はその“影”についての情報を調べる為に、あらゆるキーワードを用いて、ネット上で検索をかけてみることにしました。
 というのも、Aはどうやらここ三日程外出することもできずに、ただジッと光の届かない部屋に閉じこもっているだけの生活を送っているらしく、そんな異常な暮らしぶりを聞いてしまっては、このまま放置しておくわけにはいかないと思ったのです。

 けれど、そう簡単に“影”についての情報が集まるわけもなく、半ば諦めかけていたその時。偶然にも私の目に留まったのは、あるオカルト掲示板だったのです。もしかしたら、ここでなら何か“影”についての情報が得られるのでは──。
 そんな淡い期待を胸に、私はオカルト掲示板に書き込みをしてみたのです。


132 :名無し:2022/06/23(木) 20:18:47
影”に追われたことのある人はいますか?

133 :名無し:2022/06/23(木) 20:24:02
影って、何の影?

134 :俺氏:2022/06/23(木) 20:26:50
俺は毎日影に追われてる。俺とヤツは一心同体だからな

135 :名無し:2022/06/23(木) 20:27:30
影に追われるって何

136 :名無し:2022/06/23(木) 20:30:12
友達が言うには、物体のない“影”だけの存在に付き纏われているらしいんです。

137 :俺氏:2022/06/23(木) 20:32:48
気にするな。影に付き纏われてるのは俺も一緒

138 :名無し:2022/06/23(木) 20:32:50
物体がないって、そんなことあるの?

139 :名無し:2022/06/23(木) 20:35:26
物体がないならそれは影とは言わない


 どうやらまともな返事など返って来る気配もなく、次々と書き込まれてゆくコメントを眺めながらも、私は画面越しに意気消沈してしまいました。ですが、わらにもすがる思いで書き込みをしていた私は、それでも暫くそのスレッドの様子を見守ることにしたんです。
 すると、二時間程が経った頃でしょうか。既に別の話題へと話しが流れていた中、そのコメントは何の前触れもなく突然書き込まれたのです。


168 :名無し:2022/06/23(木) 22:08:32
>>136
それ、多分お御影様だと思う

169 :名無し:2022/06/23(木) 22:09:50
>>168
それって何なんでしょうか?


 私は急いでそのコメントに返信を書き込むと、再びそのスレッドは“影”の話題へと戻ったのです。


170 :俺氏:2022/06/23(木)
22:11:29
俺の影に名前があったとは初耳だ

171 :名無し:2022/06/23(木) 22:13:10
お御影様? 何それ

172 :名無し:2022/06/23(木) 22:13:59
>>168
詳しく教えて

173 :名無し:2022/06/23(木) 22:15:42
俺も聞いたことある そのお御影様ってやつ。神霊らしいよ

174 :名無し:2022/06/23(木) 22:16:57
神霊って神様ってこと?

175 :名無し:2022/06/23(木) 22:17:21
まさかの神降臨

176 :俺氏:2022/06/23(木) 22:18:32
俺もついに神になったか

177 :名無し:2022/06/23(木) 22:18:51
>>169
詳しくは知らないけど、人が死んで神になったものらしい

178 :名無し:2022/06/23(木) 22:20:06
神様が憑いてるとか、なんか羨ましい

179 :名無し:2022/06/23(木) 22:20:11
その“影”は安全なんでしょうか?

180 :名無し:2022/06/23(木) 22:21:05
神なら安全。むしろ御利益ありそう

181 :俺氏:2022/06/23(木)
22:21:13
安心しろ。俺は危害は加えない

182 :名無し:2022/06/23(木) 22:21:53
神様なら、お御影様に一度会ってみたいな

182 :名無し:2022/06/23(木) 22:23:24
>>179
神様みたいなものだから、悪いものではないって聞いた


 そんなやり取りが続く中、一人安堵した私は感謝の言葉を述べてからスレッドを退出すると、早速Aへと“お御影様”についての報告をすることにしました。


「──もしもし。A、大丈夫? あのね、“影”について調べてみたんだけど。その“影”は“お御影様”って言ってね、神様みたいなものらしいよ」

『神様……? じゃあ、何か悪いものとかではないってこと?』

「うん。心配ないみたい」

『良かった……っ』


 心底安堵したようなAの様子を受けて、これでもう大丈夫だろうと私も安堵したのです。ですが、それでAの元から影の存在が消えたというわけでもなく、相変わらずAの傍には影が纏わり付いているようでした。以前のように怯えることはなくなったものの、かと言って居心地の良いものでもありません。
 それからというもの、Aから影についての報告を聞くことが私の日課となりました。きっと、私に話すことで不安な気持ちを幾分か和らげる効果もあったのだと思います。

 そんなある日。少し焦ったような声音で電話を掛けてきたAから告げられたのは、ついにお御影様に腕を掴まれてしまったという報告でした。といっても、掴まれたのは“影”の話しで、お御影様がAの影を掴んだというのです。


「でも、神様みたいなものらしいし、きっと大丈夫だよ」


 不安がるAに向けてそう励ましてはみたものの、私自身、何かよからぬことが起きているのではないかと、そんな漠然とした不安に襲われたのです。
 そのどうにも拭いきれない不安さに、Aとの通話を終えた私は、久しぶりにあのスレッドを覗いてみることにしました。


637 :名無し:2022/06/29(水) 17:21:42
で結局、その影ってのは大丈夫なのか?

638 :俺氏:2022/06/29(水) 18:01:15
友達は平気か?心配だな

639 :名無し:2022/06/29(水) 18:14:57
どうせ作り話だろ。本気にしすぎ

640 :名無し:2022/06/29(水) 18:42:28
もう見てないのかな…

641 :名無し:2022/06/29(水) 18:49:44
>>637
話し聞いた感じ、全然大丈夫じゃなさそう

642 :名無し:2022/06/29(水) 18:55:26
けど、どっちが正しいか分からないよな。誰か他に影を見たヤツいないの?

643 :名無し:2022/06/29(水) 18:58:41
>>639
信じてないのにスレ見てるとかw本当は怖いんだろ?素直になれよ

643 :名無し:2022/06/29(水) 19:01:25
友達大丈夫?見てたらコメントして


 私がスレッドを目にしてまず最初に驚いたことは、“お御影様”についての話題で未だに盛り上がっていることでした。
 オカルトという幅広いジャンルでありながらも、あれから一週間近く経っているというのに、他の話題に逸れることなくたった一つの話題で盛り上がり続けていたのです。

 最新のコメントからすると、どうやら心配されているということだけは分かりました。ですが、一体どういう流れからそうなったのかが分からなかった私は、少し前へとスレッドを遡ってみることにしたんです。
 すると、そこに気になるコメントが投稿されているのを見つけたのです。




お御影様 ( No.13 )
日時: 2024/09/15 18:35
名前: J・タナトス (ID: 5kDSbOyc)




214 :名無し:2022/06/24(金) 07:08:55
>>168
お御影様じゃなくて御身影様。漢字が違う

215 :名無し:2022/06/24(金) 11:42:03
おんみ影様?

216 :名無し:2022/06/24(金) 12:02:18
いや、漢字が違う言ってるから読みは同じなんじゃない

217 :名無し:2022/06/24(金) 12:37:21
けど漢字が違うだけでもだいぶ意味は違ってくるよな

218 :名無し:2022/06/24(金) 14:11:36
御影=神仏 御身=身体

219 :名無し:2022/06/24(金) 15:08:22
>>214
御身影様って何?神様じゃないってこと?

220 :名無し:2022/06/24(金) 15:18:53
身体様?www


 漢字が違うとの指摘にコクリと小さく喉を鳴らすと、私はそのままゆっくりとカーソルを下へと動かしていきました。


221 :名無し:2022/06/24(金) 16:01:30
>>219
神様なんかじゃない。むしろ死神。絶対に関わったらダメなやつ

222 :名無し:2022/06/24(金) 16:27:13
>>221
経験者?

223 :名無し:2022/06/24(金) 16:36:57
兄ちゃんが経験した。あれは本気でヤバイ

224 :名無し:2022/06/24(金) 16:54:06
死神って…もしかして兄貴亡くなった?

225 :俺氏:2022/06/24(金)
17:12:13
おいおい。御身影様だって?神様じゃなかったのかよ

226 :名無し:2022/06/24(金) 17:15:09
いや、兄ちゃんは生きてる。けど足を切断した

227 :名無し:2022/06/24(金) 17:15:59
マジかよ…

228 :名無し:2022/06/24(金) 17:17:13
御身影様見たら足切断されるのかよ!てか、おみかげ様で読み方合ってる?

229 :名無し:2022/06/24(金) 17:22:41
兄ちゃんは、影に足を触られた次の日交通事故で足を切断した。読み方は合ってる


 そこまでのコメントを読み終えると、私は急いでスレッドに書き込みをしました。


644 :名無し:2022/06/29(水) 19:08:54
今晩は。以前、影についての相談をした者です。あの影は、神様みたいなものではなかった…ということでしょうか?

645 :名無し:2022/06/29(水) 19:14:11
お御影様なのか、御身影様なのかによる

646 :俺氏:2022/06/29(水) 19:14:32
>>644
どうやら違うらしいぞ。友達は大丈夫か?

647 :名無し:2022/06/29(水) 19:16:40
でもさ、どっちが正しいか分からないよ。お御影様なのか御身影様なのか

648 :名無し:2022/06/29(水) 19:18:39
友達が、影に腕を掴まれたと言っているんです。それって大丈夫なんでしょうか…

649 :名無し:2022/06/29(水) 19:21:51
>>648
御身影様ならヤバイ

650 :名無し:2022/06/29(水) 19:23:16
影に触られた翌日、足を切断したって言ってたやついたよな

651 :名無し:2022/06/29(水) 19:23:22
そもそもさ、漢字が間違ってただけで一種類しかないって話しだろ?

652 :名無し:2022/06/29(水) 19:25:50
最初に神様って言いだしたヤツは、どこ情報だったんだ?確か2人くらいいたよな


 流れるコメントを見て、私の不安はより強いものへと変わりました。
 けれど、それから暫くしても解決策を見つけることはできずに、私は不安な気持ちを抱えたままスレッドを退出するしかなかったのです。



 ──Aが交通事故によって片腕を失ったのは、それから三日が過ぎた頃でした。
 影に腕を掴まれた翌日ではなかったものの、それが偶然の事故だとはどうしても思えません。確たる証拠はないとはいえ、きっとあの“御身影様”による仕業なんだと私は思っています。

 それから一年近く“御身影様”について独自に調べてはきましたが、先程お話しした以上の情報を入手することはできませんでした。
 “影”に付きまとわれたことがある。そう証言する人は意外にも少なくはありませんでしたが、お御影様なのか御身影様なのか……その正しい呼び方さえ分かってはいません。

 “影”に遭遇したことがある。という方の体験談を聞いたことはありませんか? もし貴女自身が、あるいはそんな体験談を聞いたことがあるなら、是非とも私に教えて欲しいのです。
 というのも、一ヶ月程前から、ついに私の元にもその影が現れるようになってしまったのです。Aが体験したことを思うと、本当に気が気ではありません。

 影に付き纏われた場合、果たしてそれから逃れられる術はあるのか──。
 残念ながら、私が調べた限りではその方法を知り得ることはできませんでした。影に掴まったが最期、まるで抗えない運命にでも囚われてしまったかのように、皆んな必ずその掴まれた部位を失っているのです。それは時に、病気や事故などといった様々な理由で。

 私がその影に捕まったのは、つい昨日のことです。これまで影に遭遇してきた人達と同様に、きっと私も掴まれた部位を失う運命にあるのでしょう。
 それでも私は、どうしても諦めるわけにはいかないのです。まるで締め上げるようにして両手で掴んでいたのは、確かに私の首元だったから。もし、その部位を失うことになってしまったら……。
 間違いなく、私は絶命してしまうでしょう。

 ですから、どうか教えて下さい。
 影に捕まっても尚、助かる方法を知っているなら。



──────


────



 そんなメールが私の元へと届いたのは、つい数時間前のことです。
 残念ながら私にはそんな経験もなく、その“影”の存在を知ったのもこのメールがきっかけでした。それでも、彼女を救う為に何か行動を起こすべきだと思い、今回このお話を投稿させて頂くことにしました。

 “物体のない影”に付き纏われたことがある。そんな経験をしたことのある人、あるいは体験談を聞いたことのある人はいらっしゃいませんか?
 助かる方法を知っている方がいるなら、是非ともその方法を教えて欲しいのです。




─完─


Page:1 2 3



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。