二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

日和光明記 —Biyori・koumyoki.RPG—
日時: 2010/05/13 22:44
名前: キョウ ◆K17zrcUAbw (ID: j553wc0m)
参照: http://noberu.dee.cc/novel/bbs/nijisousaku/read.cgi?no=160

他サイトで更新中。新作を見たい方はこちら↑(UPL)からどうぞ♪


 血塗られた暗黙の伝記。
 それは歴史上、星の数ほど存在するものだ。ひとつひとつに命のドラマがあり、語り尽くせない思いが詰まっている。
 だが、ただ一人、“彼”は違った。
 人々の頂点に君臨し、神々ですら捻伏せ、絶対的な権力・実力を奮った“紅の王”。

 これは王と、宿星を司った六人の異次元物語。

——日和光明記 Biyori・koumyoki.


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
初めましての方もこんにちはの方も、クリックありがとうございます!!ちょっとでも覗いて行こうと思ったその思考に感謝♪さて、ごあいさつが遅れてしまいましたね。日和&KYOを愛しているキョウと申します。以後お見知り置きを……。
実はまたも自作小説が消されてしまって…「いったれぇぇぇぇ」的なノリで作ってしまいましたww
あっ、帰らないでッ; 
そのお優しいお心のままで下に行って下さるとありがたいです!
その前にいくつかの注意を——

*見た感じよくわからないと思いますが、この小説は『ギャグマンガ日和』と『SAMURAI DEEPER KYO』(サムライ ディーパー キョウ)』の合作です。

※ちょっとしたご注意※
・ネット上のマナーは勿論のこと、カキコの使用上注意も守って下さい。
・「SAMURAI DEEPER KYO」と書かれてはいますが、正式には↑に居た紅の王こと京一朗の事でございます。その他にKYOのキャラが少数出てくると思います。
・宣伝はOKですが、スレ主は見に行けない場合があります。ご了承くださいませ。
・一行コメも極力お控えください。
・誤字&脱字が多いと思います。見つけ次第訂正中です。

*この小説はオリジナル要素を多数含みます。また、キャラ崩壊(京一朗の)があるかと……。

*主に和風で書いております。故に「四獣(朱雀や白虎)」や「妖怪(鬼や九尾の狐」がごく普通に出てきます。(すでに主人公が鬼ですからね^^;)

*主に「鬼男」と「京一朗」視点で進めております。
たまにその他もいると思いますが……

以降の注意事項をクリアした方はどうぞお進みを〜♪
(お進みしてくださった方は神様ですッ!)


—お客様 〜現在5名様〜—
(消えてしまった時にも来て下さった方も含めて)
レッド先輩 美弥様 夜桜様 涼堂 ルナ様 シャリン様(ピクミン様)


—目次—
主要人物 >>1
主要人物の武器・属性 >>2
用語解説>>3

零の巻 〜伝承の詩〜 >>4

【壱の巻 〜冥夜に浮かぶ兆し〜】
其之一 天上の支配者 >>5   其之二 目下の逃走 >>9   其之三 白き狼 >>10 >>14   其之四 託された願望 >>15->>17   其之五 血染めの来訪者 >>18-21   其之六 壬生京一郎>>22->>24>>45   其之七 眠らざる力>>46-54   其之八 邪悪なる行進曲>>55-56>>59-61

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24



Re: 日和光明記 —紅の華・宇宙の理— ( No.115 )
日時: 2010/05/03 20:24
名前: キョウ ◆K17zrcUAbw (ID: j553wc0m)
参照: http://noberu.dee.cc/index.html




 一方、閻魔庁の屋根に、白い獣がいた。
 まるで小さなの犬ほどの体躯。身のこなしはしなやかで柔軟性に富んでいる。全身を金色に輝く毛並みに覆われ、四肢の先には鋭利な爪を隠し持つ。長く柔らかな尾をさっと降り、身動きの不自由な屋根の上でも見事に均衡を保っていた。夜を見張るかす大きな丸い眼は黒く、突き出た鼻はくさび型。
 普通の獣ではない。桁外れの力を持ったモノが、変化した姿だ。
 獣はぴんと尖った耳をそばたて、彼等の会話を一言も漏らさず聞き入っていた。

「ほうお、閻魔も言うようになったな。京一郎を綺麗に鎮めおった」

 感嘆混じりに呟き、獣はふと夜空を振り仰いだ。
 冥界といえど、その空は人界となんら変わりはない。少し暗雲日和が多いだけで、それ以外は同じ。この世界を築き上げ、統治者である閻魔大王がそうしているのだから、さして問題ではない。
 が、今日は妙に異質であった。
 風が、不自然に凪いでいるのである。生温い、僅かに妖気を孕んだ風だ。

「はてさて、これからが大変だぞ、主等。オレを退屈させないよう精々頑張ってくれよ」

 ニヤリと愛嬌のある口端を持ち上げると、小さくも尖った牙が覗いた。
 そしてすいと月から顔を背けて身を翻すと、夜陰に気配ごと溶け込んだしまった。

 小さな獣の思惑など、今の彼等は知る由もない——。

Re: 日和光明記 —紅の華・宇宙の理— ( No.116 )
日時: 2010/05/04 18:51
名前: キョウ ◆K17zrcUAbw (ID: j553wc0m)
参照: http://noberu.dee.cc/index.html


 さて、翌日から鬼男の退屈な日々が始まった。ずっと寝ていようにも落ち着かなく、仕方がないので背中の後ろに脇息を置いて身を凭せ掛けて上体を起こし、鬼男は静かに書物を黙読していた。そういえば読書など久方ぶりだ。ここ最近は妖だの京一郎だので頭がいっぱいだったせいか、読む暇すらなかった。
 脇で寝息をたてる京一郎は身動きすらせず、死んだように眠っている。自分は痛みに魘されて朝早くに目が覚めたのも関わらず、彼が起きているのを見たことがなかった。それほど疲労が溜まっていたのか、霊力を使いすぎたか。それとも——。
 鬼男は紙面に目を通しながら注意深く耳をそばだてた。
 妙に静かだ。閻魔が気を使っているのだろうか。
 
「……お節介野郎め」

 普段通りにしていてくれた方が、こちらも余計な心配をしなくて済むのに。
 珍しく静かな空気を直に感じつつ、鬼男は懇懇と時を数えて夜を待った。
 
 

 戌の刻に入るとすっかり日も暮れて、夜の帳が空を覆う。
 相変わらず床に就いていた鬼男であったが、別の部屋で布団を広げた閻魔が寝静まったのを見計らい、いそいそと寝床から這い出した。 
 夏の夜風は透き通っていて冷たい。氷のように冷え冷えとした廊下を渡って、鬼男は無人の仕事場へと足を運んでいた。……寒い。上着でも羽織って来た方が良かったと今更ながら後悔する。現在彼の服装は昨日と変わらない琥珀色の薄着。動きに特化した為に軽く出来ているのだが、いかせん軽装だと寒さに弱い。それに所々裂けた箇所もあり、そこから冷気が入り込み癒えない傷に負担をかける。くらりと揺れた意識を頭を振って確かにし、鬼男はふらついた足取りで闇を見据えていた。
 今だ、やるなら今しかない。誰にも察されず、秘かに行動するには夜中やちゅうが一番だ。
 昨夜、不思議な声を聴いた。耳朶にではなく、眠り落ちたはずの脳裏に直接。

 ——今宵、誰にも知られず執務室に来い。そこで全てを語ってやろう……。

 まず疑うのが普通なのだが、自分はそうしなかった。確かに単なる夢だ。もしくは空耳にすぎないだろう。だけど。

「真実が、見いだせるのなら」

 それに、その声はいつぞやに聞いた声音に酷く似していた。燃えるような白い毛並みを波打たせ、自分を睥睨する紅い眼。京一郎と同じ眼をした獣。
 ヤツが帰って来たのか。同行である京一郎を迎えに。あの痛々しかった傷は完全に癒えた。なら、もう京一郎がここにいる理由なんて無いはず。

「……なんでなんだろうな」

 支えにしていた壁に背を預け、鬼男は一度歩みを止めて呼吸を整えた。
 清風が仕事場から流れ、金色の髪を翻す。もう少しだ、行き慣れた場所だから暗闇でも距離を憶測できる。
 だが京一郎は、何度教えても道に迷っていた。その度に柱や壁にぶつかり、鼻血を垂らしてへたり込んでしまう。彼を発見(というか救出)すると、閻魔は笑いながら鼻血を拭き、呆れ顔の鬼男が片手を取って立たせる。
 それが、もはや日常であった。増えていく壁の穴はその証。いつかは崩れてしまうのではと思うぐらいあちこちに穿たれてしまっているのだが、自分等はそれを直そうとはしなかった。

 ——あぁすみません、こんなところに柱があるとはグフッ!

 ご丁寧に目の前で作られる陥没。そして再び謝罪をしようとしてぶつかる。その、繰り返し。なのにふらりと部屋を抜け出してひとり大冒険を楽しんでいる時もあった。
 笑っていた。あの不気味だった眼が、その時だけ和らぐように思えた。笑っている時だけ、彼の警戒が失せているように思えた。
 だが自分は知っている。時折垣間見える辛苦を抱え込む表情を。そして、その理由を自分は知ろうとしている。
 本当に、これで善いのだろうか。ずっと訝しんでいた疑問は晴れる。が、京一郎はそれを望んでいるのか。
 過去を訊いた時に努めていた無理な笑顔を思い出し、鬼男はふっと張り詰めていた息を吐き出した。
 壁に手を据えて、廊下の先を見張るかし、鈍く痛み出す足を前へ動かす。

Re: 日和光明記 —紅の華・宇宙の理— ( No.117 )
日時: 2010/05/05 19:51
名前: キョウ ◆K17zrcUAbw (ID: j553wc0m)




 自分の身体には、阿傍との闘いで負った傷の他にも一生消えないであろう古傷を幾つも抱えている。別段それが痛みを伴うことは無いのだが、生涯完治することのない裂傷は刻まれた瞬間を時たま呼び起こす。
 闇夜の中で独りうずくまっていた彼に手を差し伸べた時に負った傷だ。はっきりと、鮮明に覚えている。今よりさほど日が経っていないように思えた。ああなる前に何度も手離せと忠告を促したにも関わらず、彼は辞めようとはしなかった。自分の裁いた者達だからと、くろく巻く霊魂を一生懸命宥めていた。
 その間、夜な夜な響くこもりうたは、彼なりの鎮魂の歌。優しい音色は、間違いなく霊魂を少しずつではあるが癒やしている。
 はずだった。
 鬼男はじっとりと汗ばんだ手のひらを見詰めた。必死に伸ばした。暴走した霊魂の渦から救おうと、必死に。
 だが、あれは思い違いだったのだろうか。彼は差し出した掌をすぐには取ろうせず、ほんの一瞬、迷いを見せていた。
 馬鹿だ、本当に。
 独りで何でも抱え込もうとする性格。見返りなど微塵も求めず、他人の世話ばかり焼く。
 それは、事件後の今でも変わりはない。
 まぁ、人間そう簡単に変われたら苦労しないのだが。

「力が抑制されたのもあの後だったよなぁ……」

 鬼男の独り言は、静かな廊下に響き渡っていった。
 本来、鬼男の髪色は灰銀色だし、京一郎のとは違う紅い眼をしていた。
 が。

「思い出しただけでも腹が立ってきた……」

 突然、閻魔に告げられた。前触れなど無く、唐突に。

 ——強すぎるのも困りものだしなぁ。そうだ、鬼男君、ちょっと弱くなっちゃうけどいーい?

 訳がわからず意味を理解するが前に、閻魔の行動は素早かった。瞬きよりも速い動作であっという間に術をかけられ、はい終了。目が覚めれば文字通り力を半減された“金鬼”が出来上がっていたのである。
 力量を抑制された、真の姿ではない形状かたちに。
 不便にこしたことはない。生活に支障は出ないのだが、普段から本領が発揮できないのは少々慣れが必要であった。
 一体、何の為に。
 やはり閻魔の思考は理解を超えている。
 鬼男はうんざりした風情で息をつくと、鈍く痛むこめかみを押さえた。本来ならばこれぐらい、半日で回復するものを。
 物思いに耽っていた鬼男は、しかし足元にどこからか出現した白い姿に気づかなかった。

「おーおー、怪我人が良くもまぁ堂々と出歩いてるもんだな。その信念は評価しよう。だがなぁ、こうして周りが疎かになってちゃあまだまだだな」

「!?」

 楽しげにきょほきょほと笑う声がする。ハッと首を巡らすと、今までに見当たらなかったモノが鬼男を見上げていた。

「なぁに人を化け物みたいに見やがって。よく見ろ、こんなに可愛く愛嬌のある化け物が何処にいる」

「……あやかし——」

 茫然と凝視する鬼男の視線を浴びながら、自称『可愛くて愛嬌のあるモノ』は後ろ足でひょいと立ち上がり、上機嫌でふんぞり返った。
 その姿は、どう見ても動物の風貌。
 突き出たV字形の顔立ちに、黒く大きな瞳。ピンと尖った耳は狐のように二辺が長く、それだけで気性を物語っているようだ。全身を覆う体毛は明るい黄金こがねで、腹部には白が混ざっている。にまりと笑う口の端からは小さな牙が覗き、やはり金毛に覆われた長い尻尾を軸に直立していた。
 砂原の国の図鑑で垣間見た『フェネック』とかいう動物によく似ている。

「おい、話振られたら返事ぐらいしろよな。これだから最近の若者は」

 眉間にシワを寄せ、不機嫌ぎみに鬼男を睨みつける。動物には不釣り合いな二足歩行をし、さらに。

「わかったら返事しろ、おい」

 人間に理解できる言葉まで、喋っていた。

「若いくせにもう耳が遠くなっちまったのか? あぁ不憫なものだな。オレが青春をエンジョイしてた時はな——おわっ!?」

 鬼男がその小柄な身体を掴み上げると、黄金色の獣は突然の事態にいささか狼狽した。
 首根っこを掴んだまま鬼男はそれを眼前に据える。

「お前、どっから入った」

「んー? そりゃあ門からに決まってんだろ」

 半眼になる鬼男に対し、獣は相変わらず飄々としている。鬼男は頭を抱えたくなった。
 こんな小さな雑鬼如きの侵入すら許してしまうなんて。これだから寝たきりは嫌だったんだ。

Re: 日和光明記 —紅の華・宇宙の理— ( No.118 )
日時: 2010/05/11 18:40
名前: キョウ ◆K17zrcUAbw (ID: j553wc0m)

 人語を口にせず四肢で歩いていれば本当に動物そのものなのだが、獣はその条件を全て反し、次いで自分はいかに他と違うとでも言いたげにニンマリと笑っているのである。
 空中でひょんと尾を振り、小馬鹿にしたような目つきで手脚まで組み始めた。
 明らかに人外異形の類に入る。又は、どこかからはぐれた動物の霊魂か。
 目の前に持ち上げて初めて獣が妙な装飾品を身に付けているのに気づいた。長い被毛に埋もれない程度の小さな数珠らしき輪が首輪のように掛けられており、相当大事にしているのか傷ひとつ無く厳かに煌めいていた。

「とにかく、元居た場所に帰れ。じゃなきゃ僕はお前を滅さなくちゃならなくなる」

 ほら、さっさと帰れといった風に手を振りながら獣から手を離した。

 ——善妖なら殺す必要は無いのでしょう?

 酷く目障りな言葉が胸中で反響した。
 ぱっと拘束を解かれ床に着地した獣は、しかし立ち退こうとはせず寧ろその場に後ろ足を折ると真っ直ぐに鬼男を見据えた。黒一色の丸い瞳がふっとほくそ笑んだのを見て、鬼男は疑わしげに腕を組む。長く柔らかそうな尾がサッと振られた。

「怪我人が無理するんじゃねぇよ。行きたいんだろ? だったらお供しますっつってんだ」

 思わぬ物言いに鬼男は唖然と眼を瞠った。こいつ、どうやって自分の行動を詠んだんだ? 妖獣は鬼男の様子などお構いなしに解かれた手をしっかりと握ってぐいぐい引っ張り始めた。

「そうと決まれば早く行こうぜ。寒気は傷に悪いだろ」

「お、おい待てよ」

 慌てる鬼男の手を掴みつつ、獣は軽やかな足取りでしきりに先を促す。

「いいからいいから。どうせ出口はあっちにしか無いんだろ?」

 それは、そうだが。
 鬼男はひとつ嘆息し、仕方なく促されるままに歩を進めた。端からして見ればおかしな動物に疲労困憊の青年が手を取り合っているように見えなくはないが、確かにそういう状態なのである。
 妖の身でありながら、鬼男に好意的に付き添う。なんというか、実に怪しいことこの上ない。
 畜生道から逸れた成れの果てであろうか。早々に手を打たねば、こちら側としても危うい。
 鬼男は溜め息混じりに言った。

「大丈夫だから。お前なんぞに心配されるほど、僕はやわじゃない」

「またまたぁ。この間も同じようなこと言っといて足元掬われかけただろうが」

 鬼男は軽く目を剥いた。明らかに記憶に無いその出で立ちに、獣はからからとした笑顔で笑った。

「ほら、あともうちょいだぜ。頑張れよ、冥界の番人さんや」

 黄金色の尾が応援旗のように揺れる。随分と口の達者な妖だと鬼男は苦虫を噛み潰したような表情で獣を見やり、しかし案外悪くないものだとも思うのだった。

「しっかしここは随分冷えるなぁ。風当たりが良すぎるのも悪かあねぇが、床も冷たいし凍えちまいそうだ」

 ぶるると小さく身震いする獣に鬼男は片目を眇めた。

「毛皮を持ってるくせになに贅沢いってるんだ。門がいつも開きっ放しだからな。特に夜は冷え込む」

 そんな他愛もない会話を交わしつつ、一行は歩調を緩めなかった。しかし、仕事場までこんなに離れていただろうか。もっと近かったような気もしたが、と心中でつらつら思案していた鬼男は、ふと気づいて軽く首を傾げた。先程からの声援のせいか、怪我の痛みがいつの間にか消えていたのだ。
 空いた手でそっと脇腹に触れてみる。閻魔が巻いてくれた包帯の下で、いまも徐々に回復しつつあるのだろう。
 それにしても、この妖はよく閻魔庁の中まで入り込めたよな、と獣の背を見ながら心無しか感嘆した。少なくとも閻魔は侵入を察知できるのだろうけど、もしかしてわざと野ざらしにしているのだろうか。

「そもそもオレは寒さに弱くてだな——まぁ、いわゆる冷え症ってやつだ。この毛皮だって万能なんだぜ? 夏は涼しく冬は耐熱性に富んでくれる。だがよぉ、ここは間違いなく寒いぜ。冷え症のオレが言ってるから信用出来ないってか? それはそれ、これはこれだ。現に薄着のお前だって震えてただろうに。出歩くならそれ相応の格好をするのが筋ってもんだぜ」

 などと元気良く、自称『可愛くて愛嬌のある妖』は淡々と喋り続けていた。
 なんて饒舌な妖なんだ、と半ばうんざりしながら聞いていた鬼男に、それまで淡々と語っていた獣は突然眉を寄せて言った。

「おい、聞いてるのか、鬼子」

 名前を知らないから当然の呼びかけだったのだが、これが鬼男の逆鱗に触れた。

「鬼子って言うな! あのな、僕にはちゃんと主から命名された名ってもんがあるんだ」

 掴んでいた手を離して、ほお、じゃあ何だと薄く笑う獣。しかし一瞬教えていいのかと思い止まった。名は、強力な言霊だ。故に不用意に名乗ってはいけない。だが、いつまでもその既視感のあるあだ名で呼ばれるのも気が引けた。

「鬼男。鬼のように屈強な男だそうだ。わかったか、獣」

 そう諭され、獣は何度か眼を瞬かせると、不服そうに口を尖らせた。

「別に鬼子でもいいじゃねぇか。まだまだ半人前なんだろ? それと」

 と黒曜の瞳を眇める。

「獣って、なんだ」
「だってお前、見た目獣だろ?」

 鬼男の物言いに獣は開いた口が塞がらない風体で暫く凝視すると、やがて背を向けて大仰に息を吐いた。

「なんだよ」

 訝しげに睨む鬼男を獣は肩越しに振り返った。

「いや、確かにそうなんだけどさぁ。うーん……もっとこう、違う呼び方あるだろ?」
「無い」
「あっそ」

 再び背を向けて落胆する獣の行動に、鬼男はムッとする。

「そこまで文句を言うなら名を名乗れ、ちゃんと。そしたらそれを呼んでやる」

 すると獣はふと神妙な面持ちをして鬼男へ向き直った。そのまま鬼男をじっと見上げる。

「————」

 それまでとは何かが違う眼差しに思えて、鬼男は眼を丸くして獣の双眸を見返した。そして、ふと思い当たった。ああ、この瞳の黒は夜闇の色と同じだな、と。
 無言で鬼男を凝視していた獣は、すっと視線を背き口を開いた。

「————すまん、今は、無理だ」

 もったいぶった言い方に鬼男の眼に険しさが含まれる。

「なんだよ。人が教えたんだからお前も名乗るのが礼儀だろう」

 しかし獣は頭を振る。

「無理なものは無理だ。本当にすまないと思ってる。だが、今のオレの口からじゃ到底言えやしないんだ」

 そう告げて独り歩き出した獣。なぜか、その姿が先程よりもやけに小さく思えて、僅かに眼を眇めた鬼男は一度瞬きをすると獣の後を追い闊歩した。

Re: 日和光明記 —紅の華・宇宙の理— ( No.119 )
日時: 2010/05/13 22:42
名前: キョウ ◆K17zrcUAbw (ID: j553wc0m)




 もうそろそろ威の刻に入るであろう。思いの外時間がかかってしまった事に半ば落胆しつつ、鬼男は肩の上で休む獣を見やった。先に行ってしまったと思いきや、スタスタと引き返して来て「乗ってもいいか」のひとこと。獣曰わく久々に歩いて疲れたそうだ。妖が何を言うかと不満を口にするも仕方なく許可してやったのだ。まるで体重が無いかのように軽いため、傷に負担はかからない。獣の毛皮が温かそうでもあり、こうして肩に乗せていると予想通り良いマフラー代わりになる。

「そういや鬼子、お前なんで起き上がろうと思ったんだ?」

 ついさっき漂わせていた雰囲気など見事に消え去り、元の調子に戻っている。あまり触れていい話しではなかったのかもしれない。
 というか、教えたのにまだ『鬼子』なのか。

「それがさ、呼ばれたんだ」
「誰に」

 獣の問いに鬼男は困ったように小首を傾げる。

「わからない。取り敢えず行かなくちゃいけない気がしてな。行って、真実を見出さなくちゃいけない」

「なるほどな」

 言うと、獣は面白そうに眼を細めて考えるような表情をした。
 鬼男の言葉は心中そのものであろう。真の答えを求めるのは誰しもそうであろうが、彼の場合言語外にいろいろな意味を告げている。痛みを堪えてまで聞きたい真実とは、相当大事な話しなのであろう。

「つまり、お前はその何者かも定まってない奴の言葉を、敵かもしれない奴の言葉を真実として受け止めるのか」

 鬼男は頷いた。それぐらい部屋を出ようと決心した時からわかっていたことだ。だが例え真実でなくとも、それを仮定に憶測が立てられる。何も聞かないで終わりにするよりは余程マシだと考えてからの行動だった。
 獣が溜め息混じりに口を開いた。

「呆れた。嘘でも信じようってのか。それこそお前を手当てしてくれた奴の心遣いに背くぞ。しかも、本当に敵だったらどうする。今のお前じゃまともに太刀打ち出来ないんじゃないか?」

「その場合はお前を捧げるさ」

 本意のように告げられた脅しに獣の毛がゾゾゾと音を立てて総毛立った。それを横目に冗談だと笑う鬼男なのだが、どうも冗談として聞き入れ切れないのは気のせいだろうか。

「その時は全力を尽くすよ。お前、僕の本質わかってる? 鬼だよ、鬼。鬼のように屈強な男なんだよ?」

 鬼男は得意気に微笑むと、壁に据えた手とは逆の手で獣の背をぽんぽんと叩いた。
 そうか、鬼子。お前ならばそう言うと思っていたよ。
 ふっと肩を竦め、獣が満足そうに頷いたのを、当の青年は知らずにいる。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24



この掲示板は過去ログ化されています。