二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
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- 『指輪物語』二次小説 第一部
- 日時: 2012/08/09 23:00
- 名前: ウルワルス (ID: fS.QmYjo)
第1章 誕生祝い
時はホビット庄暦1456年5月10日の夜、ところはホビット村の宴会広場−−−
「−−−ちょっとここらで休もうか−−−しとしと降るは雨の音−−−」
広場にはたくさんのテーブルがあり、その一台一台に所狭しと料理が並んでいる。そして広場のほぼ中心に置かれたひときわ大きなテーブルの上で、3人の若いホビットが良い声で歌いながら、料理を踏まないよう巧みなステップで踊っており、周りの者達が囃したてている。
彼らは理由もなくお祭り騒ぎをしているのではなかった。この日は、テーブルの上で歌い踊っている若者達のうちの1人の、33歳の誕生日なのである。33歳という年齢は、ホビットにとっては子供と大人の区切りを成す重要な歳だった。
「−−−でもやっぱりビールが最高だ!」
そう歌い終わると若者の1人がぱっと跳び上がり、隣のテーブルの上に見事に背中から落下した。周りからは笑い声と拍手が巻き起こった。彼が、この誕生祝いの主役であるフロド・ギャムジー。庄長サムワイズ殿の息子である。
「ずいぶんと派手にやったなあ、フロド。せっかくの料理が台無しだ。」
そう言ってフロドの横にやってきたのは、先程まで彼と一緒に歌い踊っていたセオデン・ブランディバック。「偉丈夫」と称される館主メリアドクの息子である。
「構わないじゃないか、セオデン。このパーティーはフロドのために開かれているんだから。それに、まだ食べられる。」
いま1人の若者が2人のいるテーブルの上にやってきた。彼の名はファラミア・トゥック。セイン・ペレグリンの息子である。
「ファラミアの言うとおりだよ、セオデン。さあ、食べよう。」
そう言ってフロドはテーブルの上に散らばった料理を食べ始め、セオデンもそれに倣った。周りからは再び笑い声と拍手が巻き起こる。ファラミアだけはテーブルの上に立ったまま、こう話し出した。
「では諸君!我が親愛なるフロド君の33歳の誕生日というめでたき日にあたって、僕の方から1つ面白い話を聞かせて進ぜよう。」
その場がわっと盛り上がり、「いいぞ、ファラミア!」という声があちこちで上がった。
「かつて僕の父は当時3つだった僕を連れて、ここにいるフロド君の父上サムワイズ殿とセオデン君の父上メリアドク殿と共にイシリアンはエミン・アルネンにある、ゴンドールの執政ファラミア閣下の館に滞在したことがあった。もっとも、エミン・アルネンとはどこのことか知っている人は少ないだろうが。」
聴衆は笑いながら「その通り、その通り!」と応じる。
「どうか諸君、これから僕が話すことを信じてくれ。これはかの高潔なるサムワイズ殿から直接お聞きしたことなのだから。
執政閣下との夕食の席で、僕の父はなんと言ったと思う?トゥック家の家長として、またセインとして、今は常に重々しい雰囲気を纏っているペレグリン殿はこうおっしゃったそうだ。『ファラミアはまだおねしょが治らなくて・・・。』」
これには大爆笑が巻き起こった。ちょうどビールを飲んでいたフロドは、危うく吹き出しそうになった。
「ちなみに、奥方のエオウィン様も爆笑なさったそうだ。もっとも同席していた家臣の方々は笑うに笑えず、近衛隊長のベレゴンド殿などは自分の頬をつねることで何とか笑いを抑えたそうだが。しかしそこを執政閣下に見られてしまい、そのせいかその月の俸給は普段より少なかったということだ。」
「ははは、こいつは傑作だ! 見ろ、ペレグリン殿が苦虫をかみつぶしたようなお顔をしておいでだ。」
と、セオデンが言った。
「まったく、あの馬鹿息子が。」
広場の隅に設けられた小さなテーブルについていたセイン・ペレグリンは、そうは言ったもののそこまで不快そうな様子はしていなかった。
「ファラミア閣下のように物静かで気品にあふれた人物になって欲しいと思い、名付けたというのに。」
「父親が君では、その息子がファラミア閣下のようになるのは無理というものだよ、ピピン。」
と、館主メリアドクが応じる。
「確かにファラミア坊ちゃんにはお調子者なところもありますが、立派な人物ではあると思いますだよ、ピピンの旦那。」
と、庄長サムワイズが言った。彼ら3人は、自分達だけの時は昔と同じように呼び合っている。
「おらやメリー旦那にはとても礼儀正しく接してくれますだ。それに、このパーティーの企画から会場設営、どんな料理を出すかを考えることまで、主にセオデン坊ちゃんと、ファラミア坊ちゃんがやってくれたんでしょう?使用人に的確な指示を与える姿は立派なもんでしただ。なあ、ゴルディロックス。」
と、サムワイズは傍らに立っていた娘のゴルディロックスに話しかけた。
それまで机上で話すファラミアの姿をじっと見つめていた彼女は、はっとしたように父達の方に目を移した。
「え、あ、はい。私も、ファラミアさんはすごく良い人だと−−」
「ゴルディロックス!」
その時、会話の対象であるファラミアがこちらに駆け寄ってきた。
「僕と一緒に踊らないかい?」
見ると、若い男女達によるダンスが始まっていた。
「ファ、ファラミアさん。でも私、ダンスは苦手で−−」
と、ゴルディロックスは真っ赤になって言ったのだが、
「大丈夫、僕がリードしてあげるから。」
そう言うとファラミアは、サムワイズら3人に軽く頭を下げ、困ったようなうれしいような顔をしているゴルディロックスを連れて離れていった。
「私の息子と君の娘が一緒になれば、私達の仲はより緊密なものになるな、サム。」
と、ペレグリンが言った。
「そうですね、ピピンの旦那。相手がファラミア坊ちゃんならおらも大歓迎ですだ。」
と、サムワイズも言った。
- Re: 『指輪物語』二次小説 ( No.9 )
- 日時: 2012/03/21 16:29
- 名前: ウルワルス (ID: d.8YONjT)
第6章 ノブレス・オブリージュ
ゴンドール王国首都ミナス・ティリスの王宮前の広場の両側に、3人ずつ6人の衛士が佇んでいた。
「今日も平和だな・・・。」その中の1人が言った。
事実、モルドールに拠る暗黒の力が滅んでからというもの、西方世界は平穏そのものだった。確かにエレスサール王は治世の当初には、古の版図を回復するため東夷やハラドリムと戦ったが、それらはいずれも辺境での戦闘だった。20年前、王の世継ぎが誕生した年には、影の山脈や灰の山脈に隠れ潜んでいたオーク達が、ゴンドールの覇権下にあるヌアンを大挙して襲撃したが、ハンドの援軍もあってオーク達は完全に殲滅された。
ただ、ハンドの使節によると、遙か東方のウォマワス・ドラスなる大国が勢力を拡大しており、ハンドとの戦争の準備を進めているようだった。しかしハンド王ラーヴァタには勝算があるようで、援軍は必要ないから自国の守りに専念してくれるよう使節を通して伝えてきた。というのも、東夷がゴンドールへの貢納を停止した背景にウォマワス・ドラスの存在があることは明らかであり、ゴンドールを始めとする西方諸国にいつ矛先が向けられてもおかしくないからであった。
不意に彼らは、南の空から何かがものすごい速さで近づいてくるのを目にした。それは隼だった。それは衛士の1人の肩に舞い降り、驚いた衛士が捕まえてみると、脚に羊皮紙が結びつけられていることが分かった。彼が羊皮紙を取り外すと、隼は南方に飛び去っていった。
「今のは一体何だったのだ。」他の衛士達は、勤務中は持ち場を離れてはならないという規律も忘れて彼の周りに集まった。「その羊皮紙には何か書いてあるのか?」
だが、問われた衛士は答えることができなかった。そして、羊皮紙をまわされた者達も言葉を失った。そこに書いてある内容は、平穏な日々に慣れた彼らにとっては想像したこともない事柄だったからである。
「ゴンドール国王 アラゴルン・エレスサール殿
ハラドワイスの地で狩猟をなさっていた貴殿の御子息は、我がコロナンデ共和国の手に落ちた。以下の条件が満たされるなら、御子息の引き渡しに応じることとする。
・ゴンドール王国は、ウンバール、ハロンドール、イシリアンをコロナンデ共和国に割譲する。
・ゴンドール王国は、ヌアンの宗主権をコロナンデ共和国に譲渡する。
・ゴンドール王国は、ローハン王国との同盟関係を破棄する。
・ゴンドール王国海軍は解体され、その艦船はコロナンデ共和国が接収する。
・ゴンドール王国は、毎年コロナンデ共和国に貢納する。
・ゴンドール王国は、コロナンデ共和国が戦時に当たって要請した場合、兵力を提供する。
以上の条件について2週間以内に承諾の返事をなさらぬ場合、私が率いる30万の軍がヒャルメノストを、ルィ・ラシュブ将軍率いる50万の軍がウンバールを、それぞれ攻撃することになるだろう。もちろんその場合は、御子息の命はないものと思われたし。
コロナンデ共和国執政官名代にして軍司令官 ヌゥ・ディアイン」
何はともあれ、彼らは羊皮紙を王のもとに持って行くことにした。
アラゴルン・エレスサールは、王宮の最上部にある小部屋へと急いでいた。
王宮の門衛が持ってきた羊皮紙に書かれていた内容は、彼を驚愕させた。生粋のドゥナダンである彼はある程度人の心を読むことができるため、衛士が暇つぶしに悪戯をしているのではないことは分かった。しかし、単に鳥を操る技術を持った何者かの悪戯である可能性もあるため、本当にエルダリオンが囚われの身になっているのか見てみる必要があった−−−パランティア* によって−−−。
アラゴルンは小部屋に入るとパランティアの北側に立ち、被いを取り去って片手を石にかざした。
最初に映ったのは、ハルネン川の南岸に布陣している大軍勢だった。対岸には、ヒャルメノスト駐屯のゴンドール軍が渡河を阻止するべく集結している。コロナンデ軍の兵力は30万もあるようには見えなかったが、ゴンドール軍より遙かに多く、10万はあるようだった。
アラゴルンはできる限り映像を拡大し、コロナンデ軍の陣中にエルダリオンの姿を探したが、それらしき姿は見られなかった。
彼はさらに南西へ、ウンバールへと意思を向けた。コロナンデ軍は、ウンバール市の城壁から半マイルと離れていない地点にまで迫っていた。ここにもエルダリオンの姿は見られなかったが、例の羊皮紙に書かれていた内容のうち、コロナンデ軍がヒャルメノストとウンバールを攻撃するつもりでいることは明らかだった。
エルダリオンが捕らわれている可能性は高かったが、アラゴルンは父としての情よりも王としての責務を優先することにした。
* オルサンクのパランティアは、ミナス・ティリスに移されていた。
- Re: 『指輪物語』二次小説 ( No.10 )
- 日時: 2012/02/26 12:47
- 名前: ウルワルス (ID: Bq9cgBvZ)
アラゴルンはパランティアの西側に立ち位置を移した。南方で戦争が始まる以上、東方の脅威であるウォマワス・ドラスの動静をつかんでおく必要があった。
最初のうち映像ははっきりしなかったが、次第に鮮明になっていき、疾駆する大騎馬軍団が認められた。アラゴルンは、この映像が遙か昔のものであることを直感的に理解した。
騎馬軍団の行く手には見慣れぬ武装をした軍勢が待ち受けているが、浮き足立っていることは傍目にも分かり、案の定彼らは騎馬軍団に蹴散らされた。
映像が切り替わった。大きな美しい都が、先程の騎馬軍団に蹂躙されている情景だった。
再び映像が切り替わった。今度は凶作に苦しむ農村が舞台だった。役人とおぼしき騎馬の一隊が、農民達からなけなしの穀物を取り上げている。さらには、穀物が定量に達しなかったためか、騎馬の者達は家畜の徴集まで始めた。アラゴルンは、彼らは先程までの騎馬民族と同族であり、哀れな農民達は被征服民族なのだろうと見当をつけた。
映像が切り替わった。先程と同じ農村が舞台だったが、様子が全く異なっていた。畑には作物が豊かに実っている。そして村の広場には人々が集まっており、皆跪いている。跪く人々の前には、青い髪と鬚をした人物が立っていた。黒っぽい上衣の端々から、青い衣が覗いている。
映像が切り替わった。騎馬軍団と、歩兵を主力とする軍団とが対峙している。歩兵軍団を率いているのは、馬上で弓をかまえた、青い髪と鬚をした人物だった。上衣を着けてはおらず、青い衣が風になびいている。
- Re: 『指輪物語』二次小説 ( No.11 )
- 日時: 2012/03/21 15:44
- 名前: ウルワルス (ID: d.8YONjT)
両軍が互いに矢を射かけながら接近を始めた。しかし、青衣の人物は弓をかまえたまま動かなかった。その視線の先には、豪華な装飾が施され、4頭の馬に引かれた戦車に乗っている騎馬民族の王がいた。槍で次々と敵兵を突き殺しながら、青衣の人物の方に向かってくる。
矢が放たれた。王は喉元を射抜かれ、絶命した。騎馬軍団は大混乱に陥り、程なくして敗走した。
映像が切り替わった。今度も戦闘の情景であり、交戦勢力の一方は、先程の映像で青衣の人物に率いられていたのと同じ民族のようだった。先程とは異なり、軍の主力は騎兵だった。しかし彼らの多くが騎乗しているのは馬ではなく、頭部に2本の角を持ち、二足歩行をする巨大なトカゲのような生き物だった。その生き物の力は圧倒的で、敵兵は、歩兵も騎兵も次々と屠られていった。
映像が切り替わった。アラゴルンは、これは過去の映像ではなくごく近い未来のものであることを、直感的に理解した。
これまでの映像に登場してきたのと同じ民族−−−彼は、彼らがウォマワス・ドラスの国人「ウォマウ」なのだろうと考えるようになっていた−−−の大軍が、進軍している。その数はウンバールを攻撃せんとしているコロナンデ軍よりさらに多く、巨大なトカゲのような生き物も多数いた。彼らが向かっている先には、ゴンドールの東部国境を守る城塞ローメノストが認められた。
アラゴルンはパランティアを覗くのをやめた。ゴンドールの総兵力は3万5千であり、ローハンやロヴァニオンからの援軍を加えたとしても、まともな戦法をとっていては三方から迫る敵の大軍を撃退できないのは明らかだった。しかし、彼を悩ませているのはそのことだけではなかった。
アラゴルンは重臣達を招集し、例の羊皮紙に書かれていた内容のことや、パランティアを覗いた結果その内容が大体は真実であることが分かったこと、コロナンデが出してきた条件を呑むことはせず、戦闘によってコロナンデ軍を撃退するつもりであること、しかしウォマワス・ドラスとの戦いもせまっているため兵力がとても足りず、三方から迫る敵軍のいずれかに対しては奇策を用いる他ないであろうことを伝え、国内の諸侯及びローハン王との戦略会議を行うことを決定した。
エルダリオンがハラドの地に出発してからというもの、アルウェン・ウンドーミエルは自分でもよく分からない漠然とした不安に苛まれていた。彼女は子供の頃、父エルロンドの館に保管されていたヌメノールの古文書を読んだときのことを思い出していた。文書の1つに、当時の中つ国の情勢について書かれたものがあった。それには、「ハルネン以南の地に住む民族は肌の黒い野蛮人であるが、エンドール最南部には高度な文明を持つ国が存在する。その国の住民の肌の色は褐色である。彼らは王を戴かず、100人の有力者からなる会議によって国政を行う。」というようなことが書かれていた。その文書はヌメノール人が堕落する以前の時代のものであり、その国は既に滅んでいるかもしれなかった。それでも彼女は、なぜかその国のことが気にかかっていた。
- Re: 『指輪物語』二次小説 ( No.12 )
- 日時: 2012/03/21 16:25
- 名前: ウルワルス (ID: d.8YONjT)
「アルウェン。」
アルウェンは物思いから覚め、アラゴルンが寝室の扉のところに立っていることに気づいた。彼はいつになく深刻な表情をしていた。
「これを読んで欲しい。」そう言って彼は、手に持っていた羊皮紙をアルウェンに渡した。
「パランティアを覗いたところ、」アルウェンが真っ青な顔をして読み進めていくのを見ながら、アラゴルンは言った。「コロナンデ軍と思われる大軍勢がヒャルメノスト及びウンバール市の近郊に迫っているのが見えた。エルダリオンが捕らわれているといのも、恐らく本当だろう。
だが我らはこの国の王と王妃だ。親としての情よりも統治者としての責務を優先しなければならない。」
「分かっています。」と、アルウェンは言った。「私達はゴンドールの民と国土に責任を負っているのですから。」
「すまない。すべては、南方の地の現状認識を欠き、狩りに行く許可を軽々しく与えた私の過ちだ。
それを考えると、ファラミア、エオウィンやサム、ピピン、メリーにもすまないことをした。他の者達も、エルダリオンと共に捕らわれているであろうからな・・・。」
「彼らはいずれも強い人物です。」と、アルウェンは言った。「父としての情よりも王としての責務を優先しなければならないあなたの苦しみを理解し、この運命を受け入れてくれるでしょう。」
- Re: 『指輪物語』二次小説 ( No.13 )
- 日時: 2012/07/22 14:47
- 名前: ウルワルス (ID: AzyLAkTK)
第7章 ハンド
「おめでとう、ファラミア!」
「おめでとう、ゴルディロックス!」
口々に発せられる歓呼の中、ファラミアは白いドレスを着たゴルディロックスと手を取り合って、ホビット村の宴会広場に立っていた。
互いに向き合った時、ゴルディロックスは はにかむような、それでいて喜びにあふれた笑みを向けてきた。ファラミアも微笑み返し、顔を近づけた。そして、2人の唇が重なり合おうとした−−−
「うっ!」ファラミアは左肩に強い痛みを感じ、目を覚ました。
「さっさと起きろ! このクソチビが!」奴隷監督がひどく訛った西方語で怒鳴った。先程の痛みは、この男がファラミアを起こそうと左肩に蹴りを入れた時のものらしかった。
エルボロン、セオデン、ファラミアがコロナンデ軍によってハラドリムの奴隷商人に売られてから18日が経っていた。奴隷商人の一行は前日の夕方にハンドの都ティースフォンに到着し、城内の宿屋に宿泊していた。奴隷商人は奴隷達にわずかな食物を与えると、市場に向かった。
奴隷制度は、ゴンドールやローハンなどの西方諸国には存在しないが、東夷やハラドリムの居住地には存在していた。東夷やハラドリムと同じく冥王サウロンの影響を受けてきたヴァリアグの国ハンドにも、奴隷制度は存在した。
しかし現国王ラーヴァタは即位早々に「文明化」の一環として、自国の商人が奴隷売買に携わることを禁じた。また、自国人を奴隷として使役することを禁じ、奴隷のうちハンド国人である者達を解放した。それゆえ、国外から奴隷をもたらすハラドやチェイの商人はハンドの富裕層に重宝され、奴隷は高額で売れるのだった。
「ウォマワス・ドラス軍による、ハルガギス及びアハール領内への襲撃と略奪は激しさを増しております、陛下。」
ティースフォンの王宮では、増大するウォマワス・ドラスの脅威について、ラーヴァタ王と重臣達との会議が行われていた。
もともと中つ国東部を支配していたウォマワス・ドラスが急速に勢力を拡大したのは、モルドールの冥王サウロンが滅亡してからのことだった。モルドールの属国だったウルドール、ワウ、チェイは、瞬く間にドラスに征服された。そして今またドラスは、ハンドの属国であるハルガギスとアハールを、さらにはハンドそのものをも支配下に置こうと図っているのだった。
「両国の貴族のなかには、臣従先をドラスに切り替えることを望んでいる者達もおります。我が国が静観を続ければ、両国はドラスの属国となることを選ぶでしょう。それはすなわち、我が国に侵攻するための拠点がドラスの手に落ちることを意味します。ただちに援軍を送るべきだと存じますが。」
臣下の1人が提案した。王の御前会議に出席しているということは、相当に高位の政治家或いは軍人のはずだが、年の頃はせいぜい20代前半にしか見えない。
「ドラス軍は、『王蛇』という恐るべき生き物の大部隊を擁している。まともに戦っても勝利の見込みは低い。」と、ラーヴァタは言った。「そのような提案を行うとは、そなたは予の戦略を不服としているのか? ヴァフランよ。」
「いえ、決してそのようなことはございません。ただわたくしは、これまで我が国に忠実だった属国の民がドラスの侵略に苦しんでいることを思うと、いたたまれないのです。」 ヴァフランと呼ばれた若者が答えた。
「そなたは正義感が強すぎるな。」 ラーヴァタは苦笑しながら言った。「為政者たる者は、時として非情に思える決断を下さねばならない。だがそれが結果として自国の民の安寧につながるのなら、何も罪悪感を感じることはないのだ。」
「恐れながら、陛下、」別の臣下が発言した。「聖地マシュバールを焼き払うことを、ウーヴァタの祭司達が受け入れるとは思えませぬ。それにウーヴァタは、ハンドの統一を成し遂げ、海に至るまでの地を征服し、ハルガギス及びアハールを属国化した、我々ヴァリアグにとっての英雄王ではありませぬか。その彼が祀られている聖地に敵軍を踏み込ませ、その上火を放つなど−−−」
「ウーヴァタは当初は英雄と呼べるような人物だったかもしれぬ。だが彼は結局、暗黒の王サウロンの召使いに身を落とした。サウロンの意を受けたウーヴァタの長い支配のもとで、ハンドの民は自国に何の益ももたらさない戦争に駆り出され、サウロンへの過重な貢ぎ物を取り立てられたのだ。
それと、そなたは『祭司達が受け入れるとは思えない』と言ったが、そもそも予は、事前に祭司どもに通告して許可を得るつもりなどない。誤った信仰に固執して民を惑わす者どもは、ドラス軍ともども殲滅されるのが妥当であろう。
我が甥オーヴァタよ、そなたはどう考える?」
「異論のあるはずがございません。」 ラーヴァタの妹の息子であるオーヴァタが言った。
結局、ウォマワス・ドラスに対する基本戦略は従来通りとされ、御前会議は終わった。
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