二次創作小説(紙ほか)

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わたし×殿(わたしくろすとの)
日時: 2017/09/24 17:46
名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)

本小説は、ボーカロイドキャラクターをモデルにした小説です。この小説のアイディアは、物書きの端くれの自分が、学生時代に作ったプロットが元になっています


別サイト様に投稿させて頂いている小説と同様のものです


がくぽ、リンのカップリングがダメという方は、読まれないほうが良いと思います







登場人物


鏡音リン『かがみねりん』(14) 本編主役。天災で家族を亡くした少女

神威楽保『かむいがくぽ』(33) 大江戸の偉大な統治者。絶対の信頼を得ている

神威恵保『かむいめぐぽ』(16) 神威の妹にして、世話係。リンをかわいがる

神威凛々『かむいりり』(18) 神威の妹で、侍大将。神威と実力を二分する

神威刈『かむいかる』 (15) 神威の妹。民と共に、農作物を育てる

神威粒兎『かむいりゅうと』(5) 神威の弟。兄から民のための心を学ぶ

錬『れん』 (14) 刀鍛冶見習い。リンの亡くなった弟にそっくりな少年

命子『めいこ』 (23) 岡っ引きの頭(かしら)頼れる姉御。神威の飲み友

海渡『かいと』 (22) 城に使える専属調理師、兼、漁師。神威の親友

美宮『みく』(16) 宮大工の娘。美しい彫り物が得意なチャキチャキ娘

琉華『るか』(21) 美しい、芸妓の太夫(たゆう)人気の歌い手

清輝『きよてる』 (28) 寺子屋の先生。リンに、この時代の知識を教える

勇馬『ゆうま』 (18) 神威の身辺警護をする。岡っ引き見習いの少年

衣愛『いあ』 (18) 服屋の腕利き娘。お城専属の仕立屋

彩華『いろは』 (11) 琉華の妹分。三味線の腕は秀逸

秘呼『ぴこ』 (15) 占い師。豊作か否か等を占う。驚くほど当たる

照都『てと』 (31) 電力を復活させた科学者。風力発電の管理人

ゆかり(18) 神威や命子がひいきにする、飯屋の娘

ずんこ(17) 街一番の菓子屋の看板娘

美器『みき』 (17) 陶器職人の少女。美しい器を作り出す

湯気『ゆき』 (6)  風呂屋の娘。清輝の生徒

アル (25) 米国より来た、陽気な外交大使

Re: わたし×殿(わたしくろすとの) ( No.11 )
日時: 2017/09/25 07:07
名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)

あの、大きな寺子屋は、殿が子供を想う印。清輝先生が未来の種達を育てる証

「大江戸の西。近名古で不作が続いた時期があった。天候不順が原因だ。ただ、それが四年も続いた。宇治京、大江戸、越後廣田。支援の糧は送り続けたが、相当厳しかったようだ。犠牲者が出たよ。かなりの、ね。気象を沈めようと、生け贄に捧げられたのは秘呼君さ」

生け贄という言葉に、冷たい汗が出る

「生け贄なんて、そんなことまでしたんですね」

あきれ笑いの照都さん

「愚かしいと思わないかい。科学ごときで全てを推し量ろうとしていた人間がさ。手に負えなくなれば神に頼んで、仏にすがる。だがね、生け贄を捧げたところで、神は喜ばないだろう。神様はワガママだ。気に入らない生け贄なら逆効果だ。慈悲深い仏は、その行為にきっと悲しむ。人の力が及ばないことなんて山ほどもあるさね。山中の木にしめ縄で縛り付けられてたそうだよ。殿君が、やはり全国行脚で見つけて連れてきた。占い師のばあちゃんに、弟子入りもさせたんだ」

そうか、海渡さんが『わけあり』の一言で納得していたのは、みんなにそんな理由があったことを知っていたから。そして自分も、殿の世話になっていたから

「今は秘呼君の占いでね。気象を読み、台風の接近などを知ることが出来る。それで作物の育成法を決めるのさ。何をどう植えるか、どの品種が、自然害に強いかなどを吟味する。大江戸に欠かせないよ。皮肉だね、気象を沈めようと生け贄に捧げられた少年。大江戸では、気象を占い、豊作の導き手の一人と成った。捧げた連中、それ知ったらどう思うかね」

たしかに皮肉なものだ

「粒兎くんが生まれた年、五年前のことか。殿君の実の母、義理の父。農作中に野獣の襲撃を受けてね。亡くなられたよ。生まれたばかりの粒兎君、お城に奉公を始めた恵君。殿君が引き取った。殿君と父上が違うからさ、二人の髪の色、同じだったろ」

そう言われて気付く。確かにめぐ姉、粒兎君、髪の色が一緒。照都さん、二回目の喫煙を開始する

「もう、身寄りが無い二人。それは殿君に懐いたよ。粒兎くんは、未だに殿君を『実の兄』と思っている。引き取られた事を知らないからね。子沢山の『越後の龍』から、凛々君、刈君が遣わされたのもその年だ。剣術自慢の凛々君、作物育成が得意な刈君。役に立つだろう、とね。恵君、粒兎君は気の毒だが、今まで、城に家族は居なかった殿君に家族が出来た」

今まで、一人だった殿。そしてだから、民を家族だと想っていたのだろう

「計り知れないよ。彼の背負っているモノの重さ。国の中心。政(まつりごと)を任される人間。十五から、たった一人だった殿君。大江戸城千人の中、一人、まつりごとを取り仕切っていた殿君。彼は、血は繋がっていないとほざくがね。そんな事は無い。実の母から生まれた妹弟(きょうだい)だ。親戚の妹達だ。十七で、奥さんを、子供を失った殿君に、自分と同じ血が流れる『本当の家族』が出来たのさ。自分、父は召されたが、母は達者に生きている。殿君は本当に一人になってしまったからね」

わたしにもわかる。一人きりの寂しさ。居場所の無い切なさ

「嬉しかったと思うよ。自白しよう。子供の頃から殿君見ていた、自分の方が嬉しかったくらいさ。十七の年から十一年間。城の中では、一人、気を張っていた殿君。家臣達とは、気さくに話してはいたけれど。どこか、影を持ってた殿君。奥方の事で気落ちしていた殿君がさ。よちよち歩きの粒兎君。膝に抱いて、あやす嬉しそうな顔を見て。毎日、兄様、おにいさまと、妹に慕われて、微笑む姿を見て」

また涙が溢れてくる。殿の優しさの理由。自分の苦労の裏返し。みんなへの恩返し

「美器君、湯気君。時期は違えど、同じ孤児院でくらした身。殿君が身元引受人となって、奉公させて貰ったのさ。殿君を父のように思っている。湯気君、言ってただろ『おととさま』って。務めている、風呂屋の主人を『とと(父)さま』と呼ぶ。殿君を、もう一人の父親と思っての呼称なのさね」

そうか、それで『おとと(父)さま』なのか

「美器君の言葉遣いが独特なのは、育ての親、師匠の言葉遣いが感染(うつった)だけさ。湯気君を妹のように可愛がっているよ。みなしごや、育てられないと預けられる子供達。一度は孤児院で預かる。そこから、希望で、芸妓の一座に入るか、奉公するか。それは自由だ。どちらも、寺子屋で学びながら、ね。寺子屋の制服や昼ご飯は全て国で賄うよ。午前部、午後の部、夜半の部の三部制だ」

みんなが愛してやまない殿。愛されるには理由がある。それを知った

「さて、しんみりとしてしまった。ゆかいな武勇伝を話そうか。これでも幼なじみだ。結構、殿君の話し相手になっていたからね」

聞きたい、殿の武勇伝。お願いしますと返答。愉快そうに話してくれる照都さん

「この街に、二年前、悪徳飯屋が来たことがあってさ。全国では、かなりの店舗が展開されてるらしいがね。天歌屋の食事を頂いてしまうと、評価するに値しない。程度の良くない食材をどうにか食べられるようにして、格安で提供する。上客と見れば、高級食材を振る舞う。そんな連中だ。ちなみに、大江戸の天歌屋は二号店なのさ」
「そうなんですか。天歌屋さん、大江戸のお店だと思ってました。っていうか、うわ〜嫌なの〜。いかにも、悪徳ってかんじ〜」

てっきり、この大江戸だけのお店だと思っていた。この時代にもあるんだ、全国チェーンとブラックなんとか

「一号店は、越後廣田。三号店は宇治京、『帝の大意』もお気に入りの店だそうだ。四号店が北海。殿君達が、北海に派遣された時に、料理人を連れて行ったのがきっかけさ。日本ではその四カ所だけだ。ただね、五号店が米国にある。リン君達のいた時代風に言うなら『あめりか』だな」

驚きの場所の五号店

「アル君が、天歌屋の味を気に入ってね。故郷(くに)にも何とか出店できないかと頼んだ。副料理長が米国へ渡ることを決めたのさね。あちらでも、評価は上々らしい。大和食が盛んに食べられているそうだよ。由緒ある店だが、誰でも入れる価格の良心的な店さ。食材だって、食べる人のことを考えて、良いものをそろえるよ。色々な市場に頭を下げ、苦心しながら。そうしてるうちに、信頼関係が築けるわけだ。あの店になら、良い物を回そうってね」

美味しくても、食べられなければ意味は無い

「悪徳飯屋、はじめのうちは、それこそ殿君を招いた。自分だけに出された高級料理を見て聞いたそうだ『他の者とえらく違うの』と。個室に通されたらしいが、そこまでに、殿君は見ていたんだよ。民が全く違うものを食べさせられているのを」

殿なら、きっとそう言うだろう。たった1日、一緒にいただけで確信できる

「店主から帰ってきた『下民とお殿様は、別の待遇。当然でございます』そんな言葉だったそうだ。殿君、言い放ったそうだ『そなた達の食(じき)食すに値(あたい)せんの』ってな。自分の民『家族』を蔑まされたのだ。きっとハラワタ、煮えくりかえっていたはずさね。一口も口を付けず、帰り際に『皆で食しての』とね。店にいた皆に告げて帰って来たそうさね」

みんなを自分の大好きな家族と思っている殿。その人達をバカにされて、腹が立たないはずがない

「次は名うての商売人なんかを店に招いた。しかしどうにも、評判があがらない。困ってくると、天歌屋に食材回さない裏工作だの、悪評流しをしたけどね。大江戸では揺るがない。食材なんか、海渡君や刈君が直接卸したりしてね。痺れを切らして、小悪党使って、天歌屋襲撃。したのはいいが営業時間外に、丁度呑んでた、殿君、命子君。返り討ちになった挙げ句、事が全部露見。大江戸と越後廣田には、出禁(出入禁止)になったよ」

あの刀傷、小火のあとはそれが理由。まじめな行いには、良いことが帰ってくる

「東大江戸で、天災がおきたときのことだ。天災そのものは、不幸な出来事だった。殿君は、難民をいち早く受け入れた。家屋を失った人が多く出てね。ずん子君一家はその時やってきたのさ。この首都で、元々の生業だった菓子屋を始めてさ。移動屋台の小さな菓子屋だったが、殿君はその菓子屋を見逃さなかった。街に入ったとき『初めてじゃの』って食べさせてもらっんだ。親父さん、その時は、殿君が殿様だって知らなくってさ」

そうだろうと勝手に思う。お殿様が、街を、気安く歩くなんてとても考えられない

「相当気に入ったらしくてさ。大江戸城の茶会(さかい)に菓子を卸してほしいってね。その言葉で、親父さん、殿君の正体に気付いてね。腰を抜かしたそうさね。菓子の噂はあっという間に広まった。今では、大江戸一の菓子屋さ」

殿が受け入れをしなければ、街を歩かなければ。きっと無かったのだ。今の甘州屋さんは

「アル君が、大使として始めてこの国にやって来たのは、三年まえのことだ。米国との交流は、殿君が文献で見つけてね。大使を派遣したのが始まりだ。帰還した船員達と共に、殿君は大層もてなした『命がけの航海。誠恐れ入る』ってね。その時にも、天歌屋の料理が振る舞われた。美味かったよ。ああ、自分も同席したんだ。酒樽がいくつも空になったよ。アル君、殿君も大和も、大層気に入ってな。航海の方法も、回を追うごとに改善された。以来関係は良好さね。その時さ、さっき話した、米国出店の話が出たのは」

アルさんが、気さくに殿に話しかけたのを思い出す。殿が人格者でなければ、あんな受け答えはしない。アルさんも、殿のことが気にいってるんだ

「長々と話してしまったね。見てごらん、帰って来たよ」

まだ遠く、一本道を白馬が全力で駆けてくる。背中に、紫の髪をたなびかせる殿を乗せて。夕日に変わりつつある空。照都さんがわたしを見る

「物事には必然しか無い。自分は、勝手にそう理論付けている。殿君に助けられた皆、幸せを感じている。リン君、キミが時を超え、計らずしも殿君の上に降ったのなら。きっとそれもまた必然だ」
「必然、ですか」

照都さんの手が肩に乗る

「幸せを感じられるようになれ、というね。自分は幸せだと感じているよ。誇らしいよ。殿君の片腕として、この大江戸を築けたことが。問題が一つも無い世の中などは無い。悩みの無い人間などこの世には居ない」

立ち上がる照都さん。両手を広げる。わたしもつられて立ち上がる。少し遠くに広がる綺麗な街並み

「でもね、取り敢えずは皆幸せそうに暮らしているよ。だからね、護っていきたい。殿君たちと。民が笑顔で過ごせる大江戸を」
「照都さん」
「みんなが好きなこの街を護りたい。その先頭に立つ、殿君。みんな殿君が大好きだ。自分も含めてな。本人にそんなこと絶対に言ってやらん。皮肉をこねて、尻を蹴飛ばしてやる。民のため働けとな。それが自分の役割だと感じているからね」

頬が熱くなっていく

「リン君は幸せを感じるため、ここに来た。幸せは、些細なことを幸せだと感じられるかどうかなのさ。リン君は、必然的に殿君と出会った。リン君も必ず好きになる、殿君のことを。皆が大好きなお殿様のことを」

昨日まで、知らなかった空の下。オレンジ色に染まっていく、わたしが生きると決めた世界。わたしはきっと好きになる。どこまでも優しいお殿様のことを






昼間より、涼しくなった風が心地良い。夕日のなか、横乗りで、殿の腕に収まって。与一号に揺られる

「これが携帯とやら。こちらが手帳じゃ、照都」
「うん。間違いないな。20××年制のものか。生徒手帳、平成の文字は旧字体。なるほど、清輝大先生ならすぐにわかるな。張ってあるリン君の肖像、写真という技術だな。本人証明の。平成の年号で、大体のことがわかるね」

少し前、殿と照都さんのやり取り。わたしが過去から来たということが証明される

「やはり、リンは過去より参ったのじゃの」
「なぜそうなった。それは分からんがね。物事には理由がある。リン君には伝えてある。殿君には教えてやらん。自分で見つけることだね」
「わかったの。照都、そなたもリンを迎える宴に出てほしいのぅ。明日、昼から天歌屋での」
「ふふ、平日の昼間から宴会とは、良い身分だな。しかし、リン君を歓迎するためだ。大目に見ようじゃないか。行くよ、殿君」

そんな会話が交わされて、今はお城に戻る途中夕暮れの景色が流れていく

「殿、わたし聞いちゃった。殿のこと、みんなのこと」
「ん、ああ、照都からかの。何も案ずることは無い。人は何かを抱えておるものじゃ」
「殿、わたし、何か役に立てるかな。照都さんがね、言ってた。自分の役目について。人には役目があるって」

頭をよぎった疑問。聞いてみる

「役目、の。まずはリン、ゆっくりと休むことじゃの」
「いいのかな、それで。何かを抱えた、みんなの役に立てるかな」
「リンは、生きることを謳歌すれば良い。皆とのぅ。明るく、仲良く、楽しくじゃ。その中でのぅ、探せば良い。そなたにできることを。照都の言う、役目とやらをの」

考える、自分にできること。みんなのために、できること。殿のためにできること。今は何も浮かばない。いつか思い浮かぶと信じよう。この世界で、みんなと生きていけばいい。役に立てる、その日がやってくるまで

「明るく、仲良く、楽しく。素敵な言葉だね、殿」
「じゃろう。まずは明日、宴を楽しもうかのお」
「やった〜」

自分の役目ができるまで、わたしは生きる。大江戸で。殿と、みんなと生きていく。明るく、仲良く、楽しく

Re: わたし×殿(わたしくろすとの) ( No.12 )
日時: 2017/09/26 06:53
名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)

お寺の、だと思う。6つ鳴らされた鐘の音。小鳥の声と蝉の声。二分混成の大合唱で目が覚める。今日は寝坊、しなかったらしいと目を開ける。寝間着の甚平から、作務衣に着替える。まだ、一人で着付けが出来ないテイタラク。昨日夜、お風呂に入って着替えたとき、ふんどしへの抵抗はなくなった。気にしていたら生きていけない。それに、お城の大きなお風呂に、恵姉達とつかる楽しさの方が大きかったし。ただ、わたしと2つしか年が離れていないのに。恵姉の『恵まれた』体つき。自分との『差』に、少しへこんだ。ミクさんと同い年に見えないのは、それもあるのだろう。朝の身支度を済ませて、廊下へでると

「おお、リン。本日は早いの」
「殿。何やってんの〜」

白い頭巾を被り、割烹着。ほうきとちり取りを持った殿とハチアワセ。奥、殿の部屋。扉の前にはモップとバケツ。どう見ても掃除中

「朝の清掃じゃ。自室の場くらい、自分でせんとの。皆も今、各々の担当区分を清掃しておる」

お殿様は掃除などしない。そんなわたしのイメージを、見事ひっくり返す殿。割烹着姿が、似合っているのが面白い。なんだかかわいい。それならば

「殿、わたしも手伝う〜。わたしの部屋の場所だから〜」
「これは良い心がけじゃ、リン。お願いしようかの」

手伝って、隅々まで綺麗にする。広い廊下、自室。一汗かく、それが気持ちいい。お寺の鐘が7つ鳴ってしばらくの後

「うむ、整ったの。リンのおかげで、昨日までより楽になったの。隅々まで、手入れが行き渡ったしのぅ」

掃除を終えて、殿がにこやかに言ってくれる。嬉しい。あ、思った。今、思いついた

「一つ、役に立てた。一つ、役目ができた〜」
「そうじゃの。一つ、お役目にしようかの」
「殿と一緒に、朝の掃除〜」
「明日からも、よろしくの」

殿と握手。水盤で手を洗ってから、階段を下る。割烹着を脱いだ殿はうす水色の着流し姿。かっこいい。一つ、階段を下ると天守閣の廊下。ふすまの前で

「さて、揃っておるじゃろう。リンは、ワシの隣での」

告げられる。状況が整理できないまま、殿がふすまを開け放つ。勢揃い、家臣の皆さん。それぞれ、役割が分かれているのだろう。着物の色が違う。一斉に集まる視線。側仕えの恵姉、薄桃の着物、桜の髪飾り。三つ指をついて頭を下げる。白の着物と薄灰色の袴。侍大将の凛々姉、立ち上がり礼をする。萌黄色の甚平、粒兎君も殿に向き直る

「皆、本日もおはようございます。じゃのぅ」

律儀に『ございます』をつける、殿の家臣さんへの心遣い。つられてわたしも

「おはようございます」

帰ってくる、おはようございます、お殿様、越後の姫様の斉唱。ものすごくこそばゆい

「堂々と、の」

不意打ちの耳打ちで、心拍数が加速する。肩に手をおかれ、上座右へと座らせてくれる

「おはようございます。にいさま、りんねえさま」

殿のすぐ左の粒兎君。丁寧にお辞儀

「兄様、リン。本日もまた恙無い(つつがない)一日を。兄様、朝の連絡事項であります」

殿の正面に傅く(かしずく)凛々姉。渡しているのは小さな黒板。一礼してさがる

「おはようございます。おにいさま、リンちゃん」

恵姉は、微笑みながらわたしをひと撫でしてくれて。殿の後ろに控えている

「うむ、北海で不作の兆候か。その暁には、支援の糧秣をの。今年、大江戸は大豊作のようじゃ。米や、乾物などをの」

黒板消しで字を消して、何かを書く殿。なるほど、何度も使える。効率が良いと思う。恵姉へ手渡す。立ち上がり、家臣の人に手渡す

「本日も一日、皆よろしくの。今日は一日城をあけてすまんが、いつも通りのぅ。では、あさの食(じき)にいたそうか」

全員が立ち上がる。モーゼのなんとかよろしく、家臣さんたちが道を開ける。殿が立ち上がる。粒兎君、恵姉も

「さ、行こうかの、リン」
「あ、うっうん」

促され、慌てて立ち上がろうとして、よろける

「おっと、リン大事ないかの。慌てずともよい」
「大丈夫、リンちゃん」

支えてくれる殿、気遣ってくれる恵姉。照れ笑いのわたし。家臣さんたちも吹き出す。越後の姫は、本当に愛らしい。そんな声

「こら、貴様等失礼だろう」

凛々姉の怒声。竦むみなさん

「いいよ、凛々姉。愛らしいなんて、わたし嬉しいくらいだもん」
「しかし、そうか、リン」

納得がいかない表情の凛々姉

「はっはっはっはっは。一本取られたの、凛々。寛大じゃ、リン。寛大なことは良き事じゃ」

言って歩き出す。殿とわたしを先頭に、恵姉、粒兎君がすぐ後ろに続く。一歩おいて凛々姉

「おはよっす、殿さん。今日もよろしくっす」

階段の前、控えていた勇馬さんが続く。着流しの裾をたくし上げ、股引きを履いた岡っ引きスタイルだ。数メートルおいて家臣さん。上座に近い方の人達から続く。大集団で移動、しながら気付く

「そういえば、刈姉は」
「うむ、田畑(でんばた)へ行っておる。リンの宴じゃと張り切っておったのぅ。夏野菜を収穫しておるはずじゃ」

賑やかに歩く、大江戸城。殿様と家臣さん。談笑しながら大移動。すれ違う人と、にこやかにアイサツ。みんなでご飯。みんなと同じものを食べる殿。どんな時代劇でも見たことはない。昨日、お昼と晩ご飯を食べた食堂(じきどう)へ。腰を降ろす。調理場と繋がっているのだろう。奥から料理人さん達が大鍋や土鍋を運んでくる。その中に、海渡さんの姿が無い

「殿、海渡さんもいないの」
「海渡はのぅ、零の時(れいのとき)より、海へ出ておる。海渡は不可思議なほど、漁が上手での」
「張り切ってたよ、リンちゃん。海渡さんね『嬢ちゃんのために大物取ってくる』って」

わたしの歓迎会のため。零の時とは、多分午前零時のこと。日付が変わったとたん。そんな早くから漁に行ってくれた海渡さんに、心の中でお礼を言う

「みっかにいちど、りょうにでてくれるんです」
「大江戸城の魚は、海渡殿の船団によって賄われておるのだ。おそらく今日も大漁旗が掲げられよう」

教えてくれるみんな。調理師さんが盛り付けてくれた、朝ご飯を持ってきてくれる。漂う、おいしいニオイ

「おお、十穀米じゃな本日は。がんもどきも嬉しいのお。具だくさんの御味御汁(おみおつけ)朝はこういうのがありがたいのう」
「にいさま、なすのおひたしもついています」

粒兎君と殿、笑顔でやりとりが微笑ましい

「お煮染めに、お漬け物も、美味しそ〜う」
「皆行き渡ったようだな。兄様、お願いいたします」

香りを堪能する恵姉。凛々姉が立ち上がり、様子を見る。全員の元へ、朝食が行き渡ったことを確認して座り直す

「うむ。では、感謝の念を込めて頂こうかの」

手を合わせて、いただきますの大合唱。まずはお味噌汁を一口すする。わたしの世界では味わえないお味噌の味。おいしい。がんもどきは、覚えているものより、一回り大きい。食べるの、いつ以来だろう。はしで切ってかぶりつく。ふわふわの食感に驚く。中から暖かな煮汁が溢れ出る。もったいないご飯と一緒じゃないと、と思い頬張る。夢中で食べていると、頭の上に手が乗る

「良いぞ、食せリン。食せば気力が湧くからの。よく食し、よく働き、よく眠る。それ以上の豊かさはないからの」

その、豊かさを護るため。殿は先頭に立っている。自然にそんなことが思い浮かぶ。食事が温かい。会話が暖かい。それがとってもありがたい。みんなと一緒、たいらげて、ごちそうさま。そして、自然にあがる『おいしかった』の声。お茶を飲んで、食休み。そのあと

「さて、早速ですまんがの。出かけようかのぅ。皆、すまんの」

いってらっしゃい、お殿様。大合唱が帰ってくる

「勇馬よ、車の用意は」
「っす、殿さん。メシ食う前にやったっす。門の前に繋いでるっす」
「車、あるの、殿」
「ああ、馬車がの。本日は、神威の一家総出じゃ。馬車を用いた方が効率がよいからのぅ」

そうか。てっきり自動車のことかと思ってしまった。それは言わないでおこう。余計なことは言わない方がいい。新しく、迎えてくれた家族と連れだって。大江戸城の門を出る。用意されていた馬車。白い幌を掛けただけの簡素な荷台。無駄な贅沢をしない、殿の心だと勝手に思う。昨日の、与一号ではなく、黒の馬が二頭。台車に繋がれている

「では、行くとするかの」

始めに粒兎君を乗せてあげる殿。腰には、昨日も差していた、白銀の鞘、青銅の鍔。白い柄の大太刀。踏み台を使って乗る恵姉、一緒に乗り込んで支えてあげる殿。やさしさが見てとれる

「さ、リン」

手を差し出してくれる。素直に手を取る。引き上げてくれる。殿の左隣、座らせてくれる。なんだか少し、鼓動が跳ねる。最後に凛々姉が乗り込んでくる。白の柄と鞘。金の鍔(つば)の太刀、小刀が腰に差されている

「よし、勇馬だせ」
「っす、いっきま〜す」

御者台の勇馬さんに命ずる。動き出す馬車、下から突き上げる振動。独特の乗り心地。馬車に乗るのも初体験。楽しい

「どうした、リン。如何にもたのしげだな」
「うん。凛々姉、わたし、馬車に乗るの初めてなの。だから楽しい」
「そうか。楽しいことは良い。そち、初見のときは、あまり生気が感じられなかったからな。今は気力にあふれておる。それでこそ、拙者の妹だ」

言って撫でてくれる凛々姉

「初めてって、越後からはどうやって来たんだ、お嬢。あっちでも乗ったことくらい」
「勇馬、手綱さばきに集中しろ」
「っす、サ〜セン」

睨み付ける凛々姉に、気圧される勇馬さん。殿がカラカラ笑っている

「本日は、番所に衣愛を呼んでおるそうじゃ。公務着も持ってきてくれておるだろうの。着替えて、天歌屋へ向かうでの」
「リンちゃんのお召し物、楽しみだね〜おにいさま」
「衣愛がこしらえる着物だ。リンが着れば、さぞ、愛らしいことだろうな」

殿、恵姉、凛々姉、微笑みながら。三人共に撫でられる。ほんとうに嬉しい。お姉ちゃんがいるってこんな感じなのか。でも、そのなかで、殿の大きな手のひらの感触が一番心地よかった

Re: わたし×殿(わたしくろすとの) ( No.13 )
日時: 2017/09/26 06:54
名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)

わたしたちが到着する。と、同時に駆け寄ってくる若者たち。おそらく、照都さんが言っていた勇馬さんの『部下』だった人。岡っ引きスタイルの青年達。気心知れたように会話し、馬車を繋いでくれいる。踏み台が用意される

「上様、お待ちしておりました。さぁ、どうぞ奥の間に。刈姫と衣愛も待ってますぁ」

赤の紋付き白の袴。白の羽織の命子さん。にこやかに出迎えてくれる。馬車を降りるとき、粒兎君を肩に乗せ、わたしの手を引いてくれる殿の気遣いが嬉しい。番所の奥の間に通される。ふすまを開ける。広々とした部屋の中

「殿さ〜ん、みなたま〜。待ってたよ〜」
「あにさま、おまち〜」

中央、繊毛の上。今日も華やかな着物の衣愛さん、手を振ってくれる。昨日と印象が全く違うのは刈姉。上質な、黒の着物、白と朱、花の染め柄。銀の帯、金の瓔珞が付く簪(かんざし)やはり、神威のお姫様は綺麗。二人と、わたしの居た時代風に言えばスタッフさん数人と待ち受けてくれていた、その部屋の中。色とりどり、豪華絢爛な着物が掛けられている。まるで、和服の展示会

「ありがとうのぅ、衣愛。手間じゃったの。刈よ、美しく着替えたの。野菜は天歌屋かの」
「うん、届けた〜。赤茄子もトウキビもカボチャも〜。お風呂も入れてもらってね。着慣れないから、なんか動きにくいよ」
「どの着物もきれ〜」

眉を下げる刈姉。感想を口にするわたし

「常日頃は、簡素な着物で良い。贅沢などもってのほかじゃからの。だが、公務となるとそうもいかん。交流や外交などは、相手も着飾って参るからの。こちらも礼節を尽くさねば、のぅ。本日は、リンを迎えるための宴じゃ。礼節を尽くして迎え入れんとの。では、粒兎。ワシらも着替えて来ようかの」
「はい、にいさま」
「では、上様と粒兎の殿下はこちらへ」

言って別室へ歩き出す殿、続く粒兎君

「神威の殿さん、粒兎きゅんのお召し物も、お部屋にかけてあるからね〜」
「手間を掛けるのぅ、衣愛。そうじゃ、勇馬。そなたも公務着に着替えて参れ」

廊下に控えている、勇馬さんに促す

「っす、殿さん、俺もすか」
「当然じゃ。そなたも共に宴に参ろうぞ」
「いやったぁ。うめぇもんが食えるぞ〜。殿さん、あざ〜す」

飛び上がって喜ぶ勇馬さん。お頭の命子さんに、ハメ外すなよと釘を刺される

「じゃあ、リンたん着付けちゃおうね〜。これ、リンたんの公務着〜。記念すべき第一着目〜」
「え、もう作ってくれたの。衣愛さん」
「だって今日、リンたんの歓迎会だよ〜。おしゃれしないとね」

上品な緋色。いちょうの染め柄が裾と袖に施された。見るまま綺麗。黒に金の縦格子柄の帯が、きっと映える

「さ、一緒にお着替えしよリンちゃん」

恵姉にも促される。みんなで着替え。わたしに着付けてくれる衣愛さん。華やぐ空気。恵姉は杏色の十二単、スタッフさんが数人がかり。琉華さんのものより、裾は短い。それでも、やっぱり引きずる。外はどう、歩くんだろう。凛々姉は金糸で織られたの白銀の紋付き袴。髪を高い位置、簪(かんざし)自分で留める。神威のお姫様、三人ともすごく綺麗。わたし、きっと相当見劣りする

「はい、リンたんできあがり〜。うん、ゎたしながら百点満点」
「わわわ、リンちゃんかわいいよ〜。さすが仕立屋様」

鏡の前、衣愛さんに抱きしめられる。少し離れた位置から恵姉の声

「うむ、よく似合っているぞリン」
「ぷりて〜だよ、リンちゃん」

凛々姉に撫でられて。刈姉にも褒められる。やっぱり照れくさい。姉達に撫で回される。ものすごくむずがゆい。むず痒いけど、幸せ『姉』なんて何の抵抗もなく思えることが。きっと、見劣りはしているだろうけれど。しばらくされるがまま、幸福感に酔っていると

「皆、入ってもよいかの〜」
「おきがえすみましたか〜」

部屋の外から聞こえる殿、粒兎君の声。殿はどう思うだろう。今のわたしを観て、なんて言ってくれるだろう。考えると、鼓動が早くなっていく。自意識過剰じゃないかな、わたし

「入ってはいって〜、殿さ〜ん」
「兄様、どうぞ御入室を」

離れた位置にあるふすまが開く。このふすまは、自動ドアではない。粒兎君とやって来る殿。胸の位置に大きな扇。藤色のアクセント、散りばめられた金粉。大きく『楽』の文字

「皆、華やかになったものじゃのお」
「わ、みなさん、おきれいです」

にこやかに歩いてくる二人。その前に

「殿さ〜ん。リンたん、かわいくできあがり〜」
「おにいさま。リンちゃんもお召し物も素敵だよ」

近づいてくる、殿の前に押し出されるわたし。心の準備が間に合わないまま、殿と目が合う。銀ねずみ色、白の格子模様の紋付き。真っ白の袴。髪はひと纏めの侍ポニー。腰に大太刀。身震いするほどかっこいい殿

「これはリン、美しく着替えたの。衣愛の織物の出来もさることながらのぅ。見事に似合っておる、誠に愛らしい。桜の髪飾りも良く似合っておるの。リンの明るい髪に、映えておる」
「りんねえさま、とてもおにあいです」
「でしょでしょ〜、神威の殿さん、粒兎きゅん」

言われて。全身の熱が、頬に集まっていく。変な汗、心臓が早鐘を打つ。似合っておる、愛らしい。三人の姉も褒めてくれた。粒兎君も褒めてくれた。でも、なぜだろう。なぜ、殿に褒められると、こんなに胸が高鳴るの

「りんちゃんど〜したの〜」
「なな、何でも無いっ刈姉」

話しかけられ、慌ててしまう

「整いましたか、姫様方。おお、こいつぁ可憐だ」
「失礼っす。くぁ〜眼福ってなぁ、このことっすね〜」

入ってくる、命子さん。十手を肩に載せる。わたしが知っている十手より、二回りは大きい。両拳を掲げる勇馬さん。白に近い桃色の紋付き、灰色の袴に着替えている。なんだか、わたしの時代の成人式。あんな人がよく、TVに映る

「こらぁ、あっしらだけが観たんじゃ勿体(もったい)ねえ。大江戸の連中に、お披露目といきましょう」
「ああ、命子よ。大事(おおごと)にせんでの。ワシらが街に来ただけのことでの」

美しい顔の眉が下がる。扇を振る殿

「なにをおっしゃいます。神威の皆さんが総出で、おいでる。どのみち大事(おおごと)ですぁね。今、車用意させますんで。おら勇馬、ぼさっと突っ立ってんじゃねえ。若頭にも車引かせるぞ。副長にも声かけろ」

頭をはたかれる勇馬さん

「っす、あねさん。おめ〜ら、殿さん達が出発(でっぱつ)っすっぞぉ。車出せえっ。繊毛も敷いとけーっ。アニキ〜、車引いてくれぇ。オヤジ〜、殿さん出っぞ〜」

大声を上げながら、全力で走っていく勇馬さん。ますます成人式じみていて、なんだか面白い。勇馬さんは、みなしごだと聞かされていたことを思い出す『あねさん、アニキ、オヤジ』勇馬さんにとって、この番所のみんなが家族。微笑ましい二人のやり取りで、心拍数も元に戻って、よかった良かった、思っていると

「では、参ろうかの、リン。皆ものお」

殿の手が肩に乗る。またも鼓動が跳ねる。わたし自身、少し跳ねてしまって

「いかがした、リン」
「なん、でもなひよ」

舌が回らない。左様かと、歩みを促してくれる殿

「あ、待って。神威の殿さん。これ、リンちゃん用の扇(おうぎ)ね。帯に挟むんだよ」

衣愛さんが手渡してくれる

「なにから何までありがとう、衣愛さん」
「どういたまして〜。じゃ、ゎたし、一回お店に戻るね。天歌屋さん、そのあといくよ殿さ〜ん」

微笑んで、部屋を出ようとする衣愛さん、その手に

「苦労かけるの、衣愛。これ、もらい物じゃが、菓子折じゃ。越後の伝統菓子での。若武者が、初陣を飾る際に贈る、餅菓子じゃ。皆との。きな粉がまぶしてあるでの。付属の、黒蜜をかけて食しての」
「わ〜い。ありがと殿さ〜ん。聞いただけでおいしそぅ。お手伝いさん達と食べさせていただきま〜す」

お土産を渡し一度分かれる。歩き出す。わたしの肩に、殿の手が乗る。意識は、殿の手の平のあたたかさに集中。夢見心地のまんま。昨日もそこから出た、反対の玄関。黒の紋付き、金の袴。見るからに重役。壮年の岡っ引きさん。おそらく、命子さんが言っていた『副長』さん。勇馬さん曰く『オヤジ』さん。恭しく、頭を下げる

「お勤め、恐れ入るのう、副長殿」
「副長、あっしらが出た後、樽酒を天歌屋にな」

殿と命子さんが言う。正解、副長さんだった。落ち着いた太い、すこし嗄れた(しわがれた)声で『心得ました』とうなずく。わたしのいた時代の時代劇スター役者に似た感じ。玄関の頑丈そうな扉を開く。玉砂利の広間に敷かれている緋色の繊毛。そうか、恵姉のための配慮かなと思う。これなら裾が汚れない。外で待っていてくれたみなさん、感嘆の声

「っしゃ〜殿さん、皆さん。乗ってっす」

中心に繊毛、両脇に人力車。計三台。待ち受けていた勇馬さんが手を振る。もう一人、白の紋付きに銀色袴。襷掛け(たすきがけ)むき出しの腕、裸足に下駄履き。筋骨隆々、赤い鉢巻きと手甲。この人が『若頭』さんだと思う。腰を折り、礼をしてくる。どうみても頼りがいのある、精悍な顔つき。用意されていたのは、日よけの幌が付く人力車。引き手に『神威家』と書かれた提灯(ちょうちん)が付いている。乗り込むように、促してくれる。殿に導かれるままのわたし

「ああ、勇馬よ。本日は命子がワシらを載せてくれるでの。恵と凛々を頼みたいのじゃ。すまないのぅ、命子」
「あっしの役目さねぇ。気にせんでくださいや、上様」

わたし達と、一緒にやってきた命子さん。白の鉢巻きに襷掛け、拳を上げる

「ではたのむぞ、勇馬」
「っす、凛々さん。ガッテンす」

拳を突き上げる勇馬さん

「拙者が後で乗ろう。恵保、先へ」
「はい、凛々姉様。お願いしますね、勇馬くん」
「—っすす、オネガイす」

優雅に頭を下げ乗り込む恵姉。反応が、凛々姉のものと全く違う勇馬さん。なぜだろう

「ではの、リン」
「ん、殿ありがと。よ、と。ん」

慣れない着物。高めの席、あがりづらい。もう一回

「ではの。気安くてすまんのぅ。よ」

横抱きにされる。心臓が飛び上がる。そのまま踏み台を使い、座席へ座る殿。の右隣に降ろされる

「粒兎も、乗り込んだかの」
「だいじょうぶです、あにさま」
「粒ちゃんも、かるも乗ったよ〜兄様〜」

全員が乗り込み、繊毛が巻かれ、どけられる

「じゃ、行きますよ、上様。お前等、あっしに続け」

ゆっくりと進む。人力車に乗るのも初めてだ。大江戸に来て、初めて体験できることがテンコ盛り。昨日も通過した御成門、今日は『ご一家様の、おな〜り〜』の大声。厳かに開けられる門。人々が足を止め、地鳴りと落雷が合わさったような歓声に迎え入れられる

「お〜う、江戸の皆よ。神威が上様と姫様方、粒兎の殿下に、時を—っと。越後の姫は初お目見え、勢揃いでのお出ましだ。目に焼き付けとけよ〜」

先頭の命子さん。十手を振ってみなさんを促す。小さな子供は無邪気にはしゃぎ、おばあさんは涙ぐみ、おじさんが手を合わせ拝む

「皆、騒がせて済まんのぉ。ご苦労様じゃ。皆の働きで大江戸を支えてくれること、誠に感謝しておるでのお」
「みなさ〜ん。いっつもありがとうございま〜す」
「皆の者の働き。痛み入るぞっ」

大通り、殿とわたし。恵姉、凛々姉。横並び、人力車で移動する。岡っ引きさんが、何人かつきそってくれる。感激の声に、感謝で答える殿と姉。扇を片手に、大きく手を振る殿の真摯なまなざしを見れば。身を乗り出して、満遍の笑みで両手を振る恵姉を見れば。真顔の凛々姉を見れば。お礼の言葉が、うわべで無いことが痛いほど伝わる

「みなさま、おしごとちゅう、しつれいします」
「かると一緒に、野良仕事してくれてありがと〜。いつもたのしいよ」

一台後ろ、刈姉と粒兎君も声を張る。殿が、先頭に立って耕した田畑で。お姫様が、街のみんなと野良仕事。清輝先生のお願いで建てられた寺子屋。みんなと勉強、粒兎君。みんなに寄り添う、殿一家。それがどんなにすごいことか。わたしに時代では考えられない

「みなさ〜ん。あったかい声、ありがと〜。迎えてくれて、本当にありがと〜。おいしいお米を、お野菜を、ホントにホントにありがとお〜」

たかが2日、大江戸で過ごしただけのわたし。つられて声が出る。大手を振る。この街の一員なんて思うのは、図々しいのかもしれない。でも、昨日から食べさせてもらっているご飯も。今、わたしが身を包む着物も。食べることができる。着させて貰っている。みんなのおかげ。殿が、照都さんが。誇りに思う、みなさんのおかげ。感謝の想いが溢れてくる。そんなわたしにさえ、越後の末娘様。声援が飛んでくる。胸の中が暖かい

「感心する心がけじゃの、リン。感謝の心を失のうてはならん。生かして貰っている事を忘れてはならん。全てのものに—」
「感謝せよ、だよね殿。この着物も、衣愛さん、お手伝いさん。みんなが作って、着させてくれて。ごはんだって、みんなが耕してくれて。海渡さんが作ってくれて。感謝しなきゃだめだよね、殿」

一瞬、目を丸くした殿。すぐに満遍の笑み

「その通りじゃリン。さすが、ワシの妹じゃ。見事な心がけじゃの」

豪快に笑いながら、頭を撫でてくれる。さっきまでは『ワシの家族』そうわたしを呼んでいた。今『ワシの妹』と呼ばれた。ますます嬉しくなる。言葉が次々浮かんでくる

「だって、すっごいよ。みんなのおかげ。わたしね、今まで当たり前だった。お店にいけば、おにぎりがあるのが。食べ物売ってるのが。育ててくれてる人の事なんか、作ってくれてる人の苦労なんか。考えなかった。でも、刈姉やみんなが育ててくれなかったら。海渡さんが作ってくれなかったら。ごはん食べられない。着物だって、衣愛さんが、お手伝いさん達が。一生懸命作ってくれたんだよ。わたしなんかのために。感謝だよ、ありがとうだよ」
「誠、美しい心がけじゃの、リン」
「リンのお嬢。見上げたもんじゃないか」

命子さんまでが褒めてくれる。と、殿がわたしに向き直る

「が、のぅリンよ。その心は見事じゃがの。良い恵みだけではない。悪しき恵みに謝することもあってこそ、じゃ」
「悪しき恵み」

悪い恵みとは何だろう。殿の言葉を待つ

「体調を崩せば、健全のありがたみを知るじゃろう。弱き者の心音が分かるじゃろう。そのように、悪しき恵みにも一つの感謝が生じてこそ、じゃ。難しいことじゃが、の」

なんだかすごい。悪いことにも感謝する。わたしには考えも付かない

「ただし、絶対の悪しきことは別じゃ。己の欲のため、他者を害す。むやみな戦をする。子供を傷つける。そんなことなどは、もってのほかじゃ」

言い終わり、またみんなに向かって手を振る殿

Re: わたし×殿(わたしくろすとの) ( No.14 )
日時: 2017/09/26 09:45
名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)

その殿の横、命子さんに引かれ、人力車で進んでゆく。色々な人が、家から、店から。殿や恵姉たちを見るために出てくる。布団たたきを片手のままの奥さん。おそばを食べながらの若者、お団子屋さんも手を止めて。食べていたお姉さん、団子をくわえたままで。お殿様、お姫様、殿下様の大斉唱。わたしも手を振る。幾つかの角を曲がったとき

「お〜い、殿様〜、姫様〜。お、命子も一緒か〜」

大荷物の荷車を引いた集団がやって来る。中心にいるのは、ねじり鉢巻き、サラシ姿の海渡さん。荷車に掲げられている大漁の幟(のぼり)

「わぁ、さすが料理長様。今日も大漁ですね」
「苦労じゃったのう、海渡。恵が言っておるように、の。聞くまでも無さそうだがの。釣果はどうじゃった」

豪快に微笑む海渡さん。そのリアクションだけで、大漁だったことがわかる

「ここ最近では一番よ、殿様。嬢ちゃん、美味いもの腹一杯食わしてやるよ。きっとよ、海神様(うみがみさま)も、嬢ちゃんを祝ってんだ。殿様をたのむぜ、命子。俺っちぁ、このまま天歌屋の厨房入っからよ」
「任しときな海渡。美味いの期待してるぞ」

すれ違いながら、会話する。わたしも身を乗り出して

「海渡さん。みなさん。朝早くから、ホント〜にありがと〜」

大きく手を振りながらお礼を言う。拳をあげて答えてくれる。前に向き直る。と、街のみんなの中、頭二つ飛び抜けた人物。昨日も会った気さくな大使さん。今日も陽気に

「ハ〜イ、オトノサマ、オヒメサマ。It’s a beautiful。後で大Party、メリケン土産モッテLet’s go」
「はろ〜太子さん。はばないすで〜」
「Owe、カルサマ、Good English」

サムズアップ、ウインクしながら話しかけてくれる。アルさんの格好も着流しにさらし。持っているのは、草団子。大江戸の文化に溶け込んでいる。その前を通り過ぎ、またしばらく、声援に手を振る。すすむ、大江戸の大通り。そうだ、と気になったことを殿に聞く

「殿、恵姉って、美宮さんと同い年なんだよね」
「いかにも、の。照都に聴いたんじゃの」
「勇馬さんはいくつなの。勇馬さん、恵姉より年下なの。なんだか、恵姉だけに、態度が変だけど」

殿が、微笑みながら顔を近づけてくる。一瞬心臓が跳ねる。扇で口元を隠しながら

「勇馬は十八、恵より歳は上じゃ。がの、どうやら恵に気があるようでのぅ」
「—あ〜そ〜ゆう」

ことか。声を潜め話す。わたしも殿も微笑む

「初めに、勇馬を恵に紹介した日のことじゃ。恵がの『初めまして、勇馬様』と三つ指をついてお辞儀したらのぅ。茹で上げたての、真蛸のように赤くなっての」

反応がものすごく分かりやすい。殿と二人、内緒話も楽しい

「息せき切ったように『様』などと呼ばれると痒いから、やめてくれ。との。以来、勇馬『くん』と呼ぶようになっての。恵の前では、アガリ通しじゃ」

殿が元の位置に戻って、再びみんなに手を振る。勇馬さんに目をやる、少し顔が赤い気がする。勇馬さんが想いを寄せていることに気付かないだろう、恵姉。みんなにむかって、手を振っている。なんだか微笑ましい。辻を通り抜け、ある建物の前、別の注目を注いでいた大集団。殿に気付きお殿様の声が上がる

「お、ありゃあ、太夫の琉華だなぁ」

命子さんが声を上げる。建物から出てくる琉華さん。男の子が二人。それぞれ、十二単の裾をもって。一段と華やかな着物。簪(かんざし)の瓔珞も倍の数。お囃子の人、囃し立て。傘持ちの男の子、構える。琉華さん、人力車に乗り込む直前

「まあまぁ、御館様。これは素晴らしい時に、出会えましたわぁ」
「大層、華やかじゃの、琉華よ。その言葉は、そのまま、ワシの言葉じゃ」
「ないすたいみんぐだ〜、たゆさま〜」

わたし達に気付いてくれる。大集団の歓声が、より一層大きな物になる。ふいに、琉華さんと目が合う。艶やかに微笑みかけられる

「リンさん。まぁ、美しく成られて。もう、この芸妓の一座にいらしてほしい程ですわぁ」

その琉華さんの言葉と笑み。わたし、その気ないのに。なんだか危ない気持ちに

「琉華よ、ワシの妹を取らんでくれ。リンには、これから共にの。公務をこなして貰わんといかんからの」

肩を抱かれる。吹っ飛ぶ、琉華さんへの気持ち。殿、殿がわたしを抱き寄せてくれている。鼓動の全力走が始まる。解放されても、暫くはソフトラン

「冗談ですわ。わたくしにはもう、かわいい可愛い妹達がいますもの。新しく加わった妹を紹介いたしますわ。ほら、出ておいでなさい。御館様へご挨拶を」

言われて、怖ず怖ずと建物から出てくる女の子。琉華さんと同じ色の髪。でも、目は違う。大きな目、子猫のような。かわいらしい子だと思った。山吹色、華やかな着物を身に纏い、包みを手にしている。たぶん、あれが三味線

「お、お初お目通しになりんす。わっちの名は彩華(いろは)か、神威のご一家、越後の姫様。宴の席で、お三味線を奏でさせていただくこと。誠(まっこと)と光栄でありんす」
「そう、堅くなるでないの、彩華よ。初めまして、じゃの。本日は、共にリンを迎えてほしいのぅ」

見るからに緊張しているのが、尚のことかわいらしい

「では、わたくし共、一足先に天歌屋様へ参らせていただきましょうかしらね、彩華」
「いや、せっかくじゃ。もう大騒ぎになってしまっておるからの。琉華も車列に加わってくれんかのぅ。大江戸でも、琉華の姿は中々目にかかれんからの。皆々も、ワシなんぞよりも、琉華を見る方が喜ぼうてのぅ」

扇を緩やかに振りながら、促す殿。その場全員から、歓喜の悲鳴があがる。琉華さんまで、子供のように目が輝く

「御館様『琉華の方が』なんて恐れ多い。恐縮しておきながらどう致しましょう、ご一緒できるなんてお断り出来ませんわぁ」
「ははは。謙遜、痛み入るの、琉華。良いよい。共に参ろう」

殿の提案に、凛々姉、粒兎君

「太夫殿とご一緒できる。誠に光栄の極み」
「たゆうさま、わしらとまいりましょう」

楽しげに呼びかける

「では、お言葉に甘えさせていただきますわ。それでは、傘持ちさん、もう三人いらして下さいな。御館様方に添って下さい」

人力車に乗り込む琉華さん。その両脇に男の子。最後に彩華ちゃんが付く。店の中から、傘持ちの男の子がやって来て、わたし達の車の横についてくれる。お囃子がはじまり、花吹雪が散らされる

「こいつぁ華やかだ。おい皆の衆、こんな事は、この先お目にかかれるかわからんぞ。しっかりその眼に焼き付けとくんだぞ」

命子さん、十手で大観衆に指し示す

「では、参ろうかの」

わたしと殿、恵姉、凛々姉の車が先頭。その後ろ、刈姉、粒兎君。そこに、琉華さんの車が加わる。大江戸の街の中。お囃子と舞う花吹雪。傘持ちさんを付けて、引かれる人力車。歓声をあげる人たちの真ん中を、殿とわたしが進んでく。なんだろう、あの有名監督のアニメ世界に、そのまま入ってしまった感覚。いや、それ以上、目の前に広がる光景はCGでも作画でもない

「すごい、すごいよ殿。すっご〜い。こんなの初めてだよ」
「はは、大事(おおごと)に成ってしまったのぅ。まぁ、皆が喜んでくれるのならば何よりじゃ。リン、ワシらも楽しもうかの」

街を行く。そういえば、照都さんは昨日、言っていた。今日は平日だと。平日だからこそ人出が多いのかも知れない。思うと同時に思い出す

「殿、清輝先生に言ってなかったよね。宴会するって。学校、あ、寺子屋があるからかな。先生も来てほしかったなぁ」
「ああ、心配要らん。輝には、しっかり言付けてあるでの。学校の前も通るはずじゃ。の、命子」
「ったりまえですよ、上様。子供達だけ見られんなんざ可哀想ですからねぇ。ああ、誰か走って、小屋長に知らせてこい。囃子の音が聞こえたら、学校の前に整列しとけってな」

岡っ引きさんの一人が、駆けていく。わたしが前に、いた時代。ゲームの世界で写し出されたような風景を。わたしは引かれ進んでく。殿の横に、腰掛けて

Re: わたし×殿(わたしくろすとの) ( No.15 )
日時: 2017/09/26 09:47
名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)

学校の前、勢揃いの少年少女。かわいらしい大声援をもらう。わたしと同世代、もしくは上の人達からも、桃色の悲鳴。清輝先生もにこやかに迎えてくれた。大江戸中をめぐって、歓声をもらう。わたしたちも感謝の心を伝える。巡り巡って、天歌屋さんの前。お寺の鐘が11回鳴らされたときに到着。赤い繊毛が敷かれ店員さん、店長さんに女将さん。お囃子の音に気付き、店の外に出てきたお客さん。勢揃いで迎えてくれる

「神威の上様〜、皆様〜。まってったよ〜。わっ、琉華のあねさままでご一緒だぁ。って、勇馬このやろ〜、何でお前がいるんだよ」

にこやかに迎えてくれたゆかりさん。割烹着姿が可愛いの。が、勇馬さんを見つけて、露骨に嫌そうな顔

「ああ、てめ〜に言われる筋合いねぇだろ。凛々のあねさんと、め、恵さん連れてきたんだよ」
「じゃ、宴会には出んなよ〜。命子のお頭〜、勇馬のやろ〜、たまに客のお下がりでただメシしてくんだよ〜」

ゆかりさん、命子さんの背中に隠れながら、勇馬さんを指さす

「あ、ってめきったねぇぞ、それい—」
「ほ〜う勇馬。おめぇん〜な狡い(こすい)ことやってたんかぁ」
「あ、いいいや、懐が寒いときだけで—」
「ああ」

命子さんに睨み付けられて、縮こまる勇馬さん。その命子さんの背後。したり顔のゆかりさんがおかしい。周りの岡っ引きさんも笑っている

「これこれ、あまり虐めるでない。のう、勇馬。お下がりも無駄にならずに済むというものじゃ」

人力車を降りながら、殿が言う。とたん、目を輝かせる勇馬さん。最強の援軍が来た、と言わんばかり

「っす、殿さん、アザッス」
「と言って、あまりタダで貪るは(むさぼる)は感心せんがの。卑しい心はいかんのぅ」
「っす。すんません」

しおれる勇馬さんの横、恵姉や刈姉がころころ笑う

「はいはい、そこまでソコマデ〜。勇馬くんも反省してるよね、ね」
「っっす。恵さん。してっす。マジで」

真っ赤になりながら勇馬さん。90°に腰を折る

「うん。これからは、あんまりしないようにね。料理長様に言えば、何か作ってくださるから」

頭なでなで。完熟した、赤パプリカのような勇馬さん。周りから笑い声が漏れる。あ、恵姉が美宮さんと同い年に見えない理由も一つ見っけ。背が高いんだ。殿の家系はみんなそうだ。凛々姉も背が高いもの。殿のお母さんも背が高くて、キレイな人だったんだろうな。恵姉を見れば、想像が付く。勇馬さんが、すこし小柄なのもあるけど、恵姉と並ぶと、背が同じ。凛々姉の方が、完全に背が高い

「ははっ、どっちが年上かぁ分かんねえなあ。ええ、勇馬ぁ」

豪快に笑う命子さん。若頭さんまで、精悍な顔を緩ませ笑っている。照れ照れの勇馬さん

「ふはは、全くじゃのぅ。さて、ゆかりよ、それでは上げて貰おうかの。さあリン、気をつけて、の」

手を差し出される。わたし、気をつけて降りる。さすがに、何度も殿の上に降っては申し訳ない。でも、結局殿に肩を貸して貰う

「ありがとう、殿〜」
「では、参ろうかの」

繊毛の上を歩き出す。出迎えてくれた、店のみなさんが二つにわれる。命子さん、迎えの手順を、若頭さんに告げる

「さぁど〜ぞ〜、上様。親父も海渡さんと一緒に腕振るってるよ〜」
「お殿さまぁ〜、みんなさまぁ〜」

暖簾をくぐる前、小さなリヤカーを引いたずん子さんがやってくる。荷台の上には、薄い布。そうだ、昨日殿はおまんじゅうを頼んでいた。『リヤカー』は小さい。でも『おまんじゅう』は大きい

「お〜お、ずん子。苦労をかけたの〜ぅ。これは丁度良い時に参ってくれたものじゃ」
「とんでもねぇす〜。おっとう、腕に縒り(より)かけてましたぁ」
「お、甘州屋の看板娘じゃないか。男衆、行け、手伝ってやれ」

命子さんの声に、駆けていく岡っ引きさん。リヤカーを引き継ぐ。運ばれて来る、おまんじゅう

「わぁ、お菓子屋様までご宴会に。ありがとうございます」
「とんでもねぇですぅ、恵さまぁ。まんじゅう持ってきましたぁ〜」

丁寧に頭を下げる恵姉。同じく返すずん子さん

「にいさま、おまんじゅうということは、もしかして」
「うむ、縁分け(えにしわけ)の饅頭じゃ、粒兎。リンを正式にのぅ。家族として迎え入れるために、の」
「エニシワケ」

どういうことだろう。察しくれた、殿が微笑んで、わたしを見る

「本来は夫婦(めおと)となる者同士の儀式じゃがの。共に鉄べらを、手を重ね持つ。しての、初めに紅の饅頭を切り分けて、二人で食す。その後にの、白い饅頭を切り分けて食す。全く違う者同士がの、赤き血潮が、白の布に染み込むように同じ血族となる。最後に、全員で饅頭を食し、その良き縁(えにし)を皆へとも振り向ける。リンを家族として迎えるには、相応しいと思うての」

聞いて、思い浮かぶ。ウエディングケーキのナイフ入れ。そんな想像をしていいのだろうか

「それは良い考え。さすが兄様です」
「お迎えのぱ〜て〜にぴったりだ〜」

凛々姉、刈姉の声で、現実へ帰ってくる。んん、今『妄想』の中で、誰とケーキにナイフを入れていただろう。考えないことにしよう

「あと、こんれ。代わり映えないモンですみません〜。心ばかりのずんだ餅ですぅ」

おまんじゅうの上、置かれていた包みを差しだす、ずん子さん

「これは、誠かたじけないのぅ、ずん子。そなたの作るずんだ餅は、絶品じゃからのぅ。リン、甘州屋のずんだ餅はの、ずん子が一手(ひとて)に拵えて(こしらえて)おるのじゃ」
「え、昨日食べたずんだ餅、ずん子さんがつくったの。すご〜い。とっても美味しかったよ、ずん子さん」

驚く。てっきり、ずん子さん曰く『おっとう』の店主さんが作ったのだと思っていた

「と、とんでもねえす。お殿様ぁ。リンちゃぁん、ありがとうなぁ」
「では、手分けして運ぶかの」

言って、薄紙に包まれたおまんじゅうを、自分で持ち上げる殿。何でも率先するのがすごいとこ。よ〜し

「殿、手伝う〜」
「うむ、リンよ。案ずる事はないの。ワシ一人でも—」
「手分けしてって言ったも〜ん。それに、わたしが家族にしてもらうためのおまんじゅうだよ。運びた〜い」

なんだか、殿と作業できるだけで楽しい

「はっは、リン、楽しげじゃの。では、共に運ぼうかのぅ。そうじゃゆかり、お手間じゃがの。二階に、大三方(おおさんぼう)を二つ用意して貰えんかの。ずんだ餅も、料理と共に出してほしいの」
「は〜い上様、うけたまわり〜」

店の中に、駆けてゆくゆかりさん。殿はおなかの位置、わたしは顔の高さで。運ぼうと持ち上げる。おまんじゅうと思えない重量感。目の前にして改めて分かる大きさ。大型乗用車のタイヤ程の大きさ、大まんじゅう。まだ、作って時間がたっていないのだろう。温かくて、甘い良いにおいが漂ってくる

「おう、勇馬。タダメシ食ってんじゃねぇぞ、手ぇ貸せ」
「っす、あねさん」

若頭さんを筆頭に、岡っ引きさん達を番所に戻らせた命子さん。殿と二人おまんじゅうを手に暖簾をくぐる。お店の中にも繊毛。めぐ姉への配慮だろう。すぐ後ろに、命子さん、勇馬さん

「皆、邪魔をてすまんの〜」
「し、失礼しま〜す」

店に入る、一斉に集まるみんなの視線。食事する手を止め、始まる手拍子。オットノッサマ、おっとのっさま。あがる歓声。何処へ行っても大人気。昨日、居合わせた人もいたんだろう。越後様の末娘さまだ。そんな声も聞こえる。ウソでごめんなさい。みんなの殿が開いてくれる、わたしの歓迎会。そう考えると嬉しさが倍になる

「皆様、いつもお世話になってます。ありがとうございま〜す」
「皆、邪魔して済まぬな。今日は拙者の妹を歓迎する、宴を催すのだ」

恵姉が続く、丁寧にアイサツ。リリ姉は堂々と、威風堂々

「みなさま、おさわがせいたします」
「ごはんたべにきたの〜。お邪魔してごめんね〜」

粒兎君は、刈姉の腕に抱かれている。この光景を観て、ご一家様が、総出でいらした。椅子を蹴って立ち上がる人、目を剥く人。飲みかけのお味噌汁を吹き出す人まで。驚愕と驚喜(きょうき)の声があがる

「お食事中、失礼いたしますわぁ。賑やかしで参りましたぁ」

傘もちさんや、お囃子の人はさすがに帰ったけれど。緩やかに、美しい扇を上下させる琉華さん。彩華ちゃんを引き連れて『太夫様までいらしたぞ』さらに大きくなる喜びの声と、拍手の音

「はは、琉華よ。そう卑下するでない。そなたの舞を久しぶりに観ることができるのじゃ。楽しみにしておる」
「琉華さんのお舞見るの初めて〜。わたしも楽しみなんだよ琉華さ〜ん」
「まぁ、もったいないお言葉です御館様。背筋が伸びるようですわぁ、リンさん」

広い店内。土間を通り、小上がりへ。お客さん達と会話を交わすご一家。わたしも、慣れないながら、一言二言会話を交わす。店の中に入って実感する。天歌屋さん、とても大きなお店だ。賑やかに、おまんじゅうを持って床張りの小上がりへ上がった時

「Hayオトノサマ、メリケン土産持ってキタヨ〜」

陽気の塊。さっきも会った大使さん。大声が店に響き渡る。手には、なにやら包みに袋。背中にも、風呂敷を背負い込んでいる。ざわつくお客さん

「おお、大使殿。よくぞ来られた」
「大使さん、うえるかむ〜」

華やかさが、賑やかさが増していく。とても広い階段を上がる。畳敷きの大広間。丁度オオサンボウが運び込まれるところ。神社なんかで、お供えをのせるアレが大きくなったもの。そうか、オオサンボウというのか

「うむ。さすがに美器の作った大三方じゃ。趣が違うの」

朱塗りに金。黒塗りに銀。それだけなのに美しい。何がどうかって聞かれても困る。でも、とにかく綺麗だ

「あれも、美器さんが作ったんだ。キレ〜。殿ぉ、あれが大三方っていうの、初めて知った〜」

部屋に入る。何畳間か分からない、大きな部屋。その真ん中に、黒い大きな丸テーブル。腰掛け椅子に座り、待っていた面々がいる

「ふふ、娘。相変わらず、嬉しくなる事を言ってくれるな。だがな、三方(さんぼう)が正式な名称だ。あれは、巨大故に、大三方と呼んでいるだけだよ」

立ち上がり、にこやかに出迎えてくれる、紺の浴衣の美器さん

「そうなんだ〜。美器さん、初めて知りました。恥ずかしいな、知らなかった〜」
「聞くは一時の恥。聞かぬは生涯の恥さね。リン君、気にすることはない。知らないことなど、この世には万とあるよ。むしろ、何でも知っている気になる方が愚かしい」

照都さんは、昨日と変わらない白衣スタイル。気だるげに腰を下ろす。ただ、どこか楽しそう。中の着物は薄紅色

「こんにちは〜殿にいちゃん、おリンちゃん」

両手を、胸の前で振りながら寄ってくる。なんだかアラビアンナイトの姫みたいな秘呼さん。出迎えてくれる

「こんにちは。わ〜かわいい秘呼さん。こんな服があるんだ〜」
「うん。アルさんがね、メリケン土産ってくれたんだ。おリンちゃんはかわいいけど、ぼくは可愛くないよ〜」
「Owe ピコサン、着てくれてthanksデス。Knot、Berry prettyデスヨ〜」

続いて入ってきたアルさん。この服を贈るって、まさか変な趣味じゃないよね

「アルもの。リンと同じでのぅ。秘呼を女子(おなご)と勘違いしておっての。以前持ってきてくれたんじゃ。男の子(おのこ)と知って慌てておったが、秘呼は服を気に入ってのぅ」
「うん。ぼくこの服好きなの。一張羅にしてるんだ〜」

華やぐ秘呼さん

「Yes マッコトスマンセン、ピコサン」

逆に申し訳なさそうなアルさん。ところが

「ぜ〜んぜん。ありがとぉ、アルさん」

嬉しそうに微笑む秘呼さん。本当に気に入ってるんだろうな。そうか、そんな理由があったのか。疑ってごめんなさい、アルさん

「皆の者よ、ご足労だ。大いに楽しもうぞ。今日は大いに拙者の妹をもてなしてくれ」
「陶芸家様、科学者様、占い師様。ご機嫌よう。錬くんも、本日は楽しい時を過ごしましょうね」

凛々姉、恵姉も入ってくる

「ありがとう、恵姉様。おっす、ねえちゃん」
「錬君、こんにちは」
「まぁまぁまあ、錬さん。また少し逞しくなられましたわぁ」

駆け寄って来てくれた錬君と、あいさつを交わした直後。琉華さんの歓喜の声が後ろから。凄い勢いで振り向く錬君

「るる、琉華さん、いつ大江戸ぅっ—」

それまでの、優雅な動作がうって変わる。錬君に駆け寄って、言い終わる前、その胸に抱きしめる

「一昨日ですわぁ。お座敷などの都合でお目にかかれず、寂しかったですわあ」

もがく錬君。両手でしっかりと抱きしめて、放さない琉華さん。笑顔になる面々。呆け顔の面々。反応がそれぞれおかしい。琉華さん、よっぽどお気に入りなんだな。錬君の頭に頬ずりしてる

「神威の上様〜整ったよ〜」

尻目に、着々と。それでも可笑しそうに。準備を進めていた、ゆかりさん、店員さん達のプロ魂。掛け軸が掛けられ、花が飾られた床の間の前。中央にオオサンボウが置かれ、模様入りの薄紙がかけられている。凝った模様の彫られた紙

「おお、美しい八丁紙じゃの、ゆかり。ありがとうのぅ」
「お正月にね、美宮ちゃんが作ってくれた余りだけどさ。ちょうどいいかな〜って」

美宮さんも、本当に凄腕。オオサンボウの脇『歓迎 番所一同』のノシ紙が付いた樽酒が繊毛の上に。樽の後ろに金屏風

「手間を取らせたの。すまんの皆。ああ、ゆかり、そなたは本日の。店の賄い手ではなく、客人として、宴に参加してほしいのじゃ」

店員さんと共に、さがろうとしたゆかりさん。目の中に星が瞬く

「いいの、上様」
「天歌屋代表として是非に、の」
「やた〜。じゃ、ちょっと親父に知らせてくるね〜」

嬉しそうに走ってゆく

「ではの、リン。ワシらが持つ、赤饅頭は黒の大三方にの」
「うん。よっこらしょ〜」

オオサンボウに収まるおまんじゅう。隣では、命子さんたちが、同じように収めている

「うむ、祝宴らしくなってきたな、恵保」
「楽しくなってくるね、凛々お姉様」
「う・え・さ・ま〜。親父に許可取ってきたよ〜。あ、これおまんじゅう用の鉄長べらねっ」

階段を駆け上がって来たゆかりさん。わたしの時代、特徴的な打席の入り方をする、日本人メジャーリーガーが居た。その人よろしく、右手に、鉄べらと呼ばれる器具をかかげる

「よかったのう、ゆかり。鉄べらも、良う持ってきてくれた。ありがとうの」
「へへへ〜。縁分けには必須でしょ〜。あっ、ずんちゃんが居るってことは、おまんじゅうは甘州屋さんのだね。ぅわは〜楽しみ〜」
「飯屋のねさまぁ、おっとう気張って作ってましたぁ。お殿様ぁ、ご希望通り薯蕷饅頭。白の中身は、抹茶味の粒餡。赤の中身は大福豆入りのこしあんでございますぅ。沢山たくさん、いいことがぁあるようにってぇ〜」
「手間をかけさせてしまったのぅ。ありがとうの。親父殿にも、よろしく伝えての」

殿、懐に両手を入れ、にこやかにお礼を言う。見る鉄べら。先の丸い、長包丁に見える

「殿、包丁じゃぁないの、それ」
「うむ、包丁だと『切って』しまうからの。良き縁(えにし)を『切って』しまってはよろしくないのぅ。故にの、この鉄長べらを用いての、『良縁を分け合う』のじゃ」

たしかに。よく見ると、刃らしき物がない。凄く良く考えられた風習だと思った

「そっか。いい縁を、みんなと分け合うんだね。わ〜いいなぁ」
「悪縁は、断ち切った方が良い。がの、良き縁、目出度(めでた)き事は、何度あっても良いからの」
「その通りでさぁね、上様。じゃ、他の連中来るまで、あっしらも待ちますか」

命子さんに促され、席に着く。床の間を背負った上座が殿


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