二次創作小説(紙ほか)

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

わたし×殿(わたしくろすとの)
日時: 2017/09/24 17:46
名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)

本小説は、ボーカロイドキャラクターをモデルにした小説です。この小説のアイディアは、物書きの端くれの自分が、学生時代に作ったプロットが元になっています


別サイト様に投稿させて頂いている小説と同様のものです


がくぽ、リンのカップリングがダメという方は、読まれないほうが良いと思います







登場人物


鏡音リン『かがみねりん』(14) 本編主役。天災で家族を亡くした少女

神威楽保『かむいがくぽ』(33) 大江戸の偉大な統治者。絶対の信頼を得ている

神威恵保『かむいめぐぽ』(16) 神威の妹にして、世話係。リンをかわいがる

神威凛々『かむいりり』(18) 神威の妹で、侍大将。神威と実力を二分する

神威刈『かむいかる』 (15) 神威の妹。民と共に、農作物を育てる

神威粒兎『かむいりゅうと』(5) 神威の弟。兄から民のための心を学ぶ

錬『れん』 (14) 刀鍛冶見習い。リンの亡くなった弟にそっくりな少年

命子『めいこ』 (23) 岡っ引きの頭(かしら)頼れる姉御。神威の飲み友

海渡『かいと』 (22) 城に使える専属調理師、兼、漁師。神威の親友

美宮『みく』(16) 宮大工の娘。美しい彫り物が得意なチャキチャキ娘

琉華『るか』(21) 美しい、芸妓の太夫(たゆう)人気の歌い手

清輝『きよてる』 (28) 寺子屋の先生。リンに、この時代の知識を教える

勇馬『ゆうま』 (18) 神威の身辺警護をする。岡っ引き見習いの少年

衣愛『いあ』 (18) 服屋の腕利き娘。お城専属の仕立屋

彩華『いろは』 (11) 琉華の妹分。三味線の腕は秀逸

秘呼『ぴこ』 (15) 占い師。豊作か否か等を占う。驚くほど当たる

照都『てと』 (31) 電力を復活させた科学者。風力発電の管理人

ゆかり(18) 神威や命子がひいきにする、飯屋の娘

ずんこ(17) 街一番の菓子屋の看板娘

美器『みき』 (17) 陶器職人の少女。美しい器を作り出す

湯気『ゆき』 (6)  風呂屋の娘。清輝の生徒

アル (25) 米国より来た、陽気な外交大使

Re: わたし×殿(わたしくろすとの) 殿に降る ( No.1 )
日時: 2017/09/24 17:54
名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)

学校から帰宅、といって良いのだろうか。玄関で目が合った親族が嘆息する。完全に厄介者を見る眼。だったら引き取らなくて良かっただろうに。世間体しか気にしなかったのかな。やっぱり、帰宅とは言えない。ここは、わたしの家じゃない

わたしこと、鏡音リン。実の家族は、天災で亡くなった。生き残ってしまった。わたし一人。いっそ、一緒に逝ければ良かった。修学旅行で、わたし一人、別の場所に居たばかりに。逝きそびれた。大好きな家族と、一緒に逝った方が幸せだ。そんなことを考えながら、あてがわれた自分の部屋。厄介者を放り込んでおくための牢獄。そのドアノブに手を掛け、開ける。鞄を放り投げ、部屋に入った。はずだった。落下した、いきなり。さすがに驚く、同時に、目の前が真っ暗になる。何処に落ちる。こんな思いまでして、地獄にでも墜ちるのだろうか。だとすれば、わたしの人生は何だったのだろう

「がっ」
「ぴゃっ」

衝撃。薄明かり。混乱する。今、聞こえた。声が聞こえた。誰の声なのか。地獄の鬼にしては綺麗な声だ。いやまて、わたしは今、うつぶせになっている。手を使って体を起こそうとする。それは叶わなかった。相手の方が、わたしよりも先に体を起こす。一緒に起こされるわたし。距離が少し開く。薄明かりの中、わたしを見ているのは

「そなた、うつけ者—ではないな。そうだったなら、ワシはもう葬られておる。気配も感じなかったしの。何処(いずこ)から参った」

紫の長髪。着流しの美男子の膝の上にわたしはいる。状況が全くわからない

「ワシの言葉、通じておるかの」

再び話しかけられて、少しずつ、気持ちを立て直す。観る。どこから見ても純和風な広い部屋の中。点けられている行燈(あんどん)の薄明かり。目の前の彼の言葉。どうやら日本らしいけれど。わたしは一体、どうなったのだろう

「部屋に入ったはずなのに。落っこちて。真っ暗になって。気がついたら、あなたが居て」

思わず口をついて出た言葉。おかしな事を言っているのは、自分でも分かっている。しかし、ほかに説明のしようが無い。

「ふむ。それが事の顛末か。皆目(かいもく)分からんが、確かにそなたの身に起こったんじゃの」
「信じてくれるの」

驚く。だって、こんな、自分でも信じられないようなことを信じてくれる

「雲を掴むような話しじゃの。だが、確かにそなたは此処におる。相手の言うことを信ぜねば、進まぬ事態というものもあるからの」

確かにそうだけど、なんだか凄い

「一応確認しておきたいがの。そなた、ワシを葬る気は無いのかの」
「な、ない。そんなの絶対無い」

ただわたしは降ってきただけだから、ここへ。薄明かりの中、息を吐く、気配。少し笑った感じ、男の人

「信じよう。名は、御名は何と申すかの」

名前を聞かれる。わたし自身がほっとする。言葉の端から、優しい人となりが伝わるから

「鏡音、リン」
「ワシは楽保。神威楽保(かむいがくぽ)じゃ」

良かった、理解力のある人で。さっきまで、家族と共に逝きたかったなどと思っていたのに。やはり、死ぬのは恐いらしい。目の前の彼風に言えば、葬られることはなさそうだ

「殿さん、どうかしたすかっ。なんかすげ〜音がしたすけど。くせ者なら、俺がぶった斬って」

再び、命の危険を感じるわたし。身がコワバル、と、人差し指一本、自分の口の前。静かにしていろという、男の人。さっき『ガクポ』と言っていた人。無言でうなずく

「案ずるな勇馬(ゆうま)。け躓(つまづ)いて転んだだけじゃ。恵に薬籠を頼んで欲しいの。そうじゃすまぬ、教学について、至急伝えなければならぬ事がある故、清輝(きよてる)を呼んでほしいのぅ。本日は城付きだったはずじゃの」
「っす、殿さん。引き受けっす」

外の人物に伝える彼。走り去る足音

「さて、リンと申したか。そなた、何処(いずこ)より参ったかの。教えて欲しいのう」

話しかけられる。どう伝えれば良いんだろう。考えあぐねていると、彼の方から伝えてくる

「ここは大和国(やまとのくに)の大江戸。そなたがおるのは、その城の中じゃ」
「江戸、わたし江戸時代に来たの」

そんな馬鹿な。漫画やSFだって、もっと設定に気を遣うだろうに。なんなの、この状況。あり得ないことに目が回る

「江戸ではないの。江戸と呼ばれる時代を模倣してはおるがの。彼(か)の時代は、今より遙か以前の事じゃの」

江戸でもない。ならば一体ここはどこなのだ。ますます持って、頭の中身が混ぜられる

「今は、そうじゃ。西暦と呼んでおった時期もあったか。それに直せば、大体2205年というところかの」

未来。これが。この江戸時代のような部屋が未来の姿

「おにいさま、恵(めぐ)です。薬籠を持って参りました」
「入れ恵保(めぐぽ)」

また、外より来たる声。不安に体を強ばせる

「案ずること無いの。ワシの妹故の」

わたしを案じてくれる。優しい人なのかな。なんとなく思う。ふと彼に目をやる。リモコンのスイッチを押す。扉が開く、スムーズに。江戸風の建物に半自動ドア。あまりにもシュール。提灯を手にやって来る、女の人

「薬籠です。ってわわわ、おにいさま。この子は、くせ者様、それともまさかお夜伽(よとぎ)を」

そこで、殿様の上に乗ったままだったことに気付く。慌てて降りる。殿様の隣に座り直す

「此処へ、恵。説明しよう、の」

頬を染めながら慌てる。歳はわたしより、絶対上なのに。なんだろう、とても可愛い感じの女の人。楽保と名乗った彼の元に来て、うなずきながら説明を聞いている

「この格好では、イヤでも目立とう。恵のお古か、刈(かる)の寝間着でも用意してくれんかの」
「わかりました、お待ちください」

部屋を出て行く。扉が開くと、また別の人物の影がうごく

「ああ、こんばんは、先生様。おにいさまに」
「ええ、至急と勇馬さんに呼ばれまして」
「入ってくれ、輝。勇馬、ご苦労様じゃ。ご褒美は明日にの。恵とさがってほしいの」
「っす。殿さん、あざっす」
「御殿様、失礼いたします」

入ってくる男の人。眼鏡を掛け、見るからに知的だ

「御殿様、至急の用件を伺いに」
「輝、夜分にすまんのぅ。そちらは方便なんじゃ。そちの知恵を拝借そいたくての。実はこの者。リンと申したか。此方(こなた)についてなのじゃ」
「御殿様、そちらの方は」

わたしがここに居る経緯、伝えている目の前の人。わたしが、ここに降ってきたこと。そして、眼鏡の男性について、わたしに説明しくれる

「この者は清輝(きよてる)寺子屋の教頭を務めておる。知恵一番の良き男じゃの。さっそくですまぬが輝よそなたなら何か導きだせんかのぅ。まずはリンの格好から、の」

顎に手を当て、考える。清輝と呼ばれた男の人

「私の知識が正しいとすれば、と前提を申し上げますが」
「かまわんの」
「平成、と呼ばれた時代。2000年代の前半から中盤と思われます。通学する児童は、彼女と似た様相の格好であったかと。リンさん、とおっしゃいましたか。念のために伺いますが、ご自分の身分証明が出来るものはありますか」

身分証明。何か無いか考える。見渡す。部屋に放り投げた鞄はない。ならばポケット。探る、手に感触がある

「これ、生徒手帳。携帯」

当たっていた。私は確かに、その時代を生きていた。手渡す

「平成××年度生徒手帳。旧字体ですね。そちらの機械、携帯とおっしゃいましたね—通信器具であったかと。明日、照都大先生に伺えば確実ですが。どちらもこの時代のものでないことだけは確かです」

さようかと、事の顛末を語る、殿と呼ばれる彼。考える、清輝と呼ばれた男の人。しばらく考えて、言った

「これも仮定の話ですが。リンさんのおっしゃることを推察すると、以上のような事しか考えられません。時空転移。時を超えてこの時代にやってこられたと」
「そうか。ワシらの生きるこの世界、人知の及ばぬ現象は起きるものだしの。すまんの、輝。このことは内密じゃ。リン殿のことは明日、ワシが皆に伝える。ご褒美は明日にの。すまんの、さがってほしいの」
「お役に立てて何よりです、御殿様。他言はしません。墓の中まで持って参ります。それでは失礼いたします」

丁寧に頭を下げ去っててゆく。さっきから、もう何が何だかわからない。ただこの状況を受け入れるしかない。現実、わたしはそんな立場に置かれている。三流映画の中に入り込んでしまったようだった

「さて、リン。混乱するのも無理はない。ワシとてさっぱりじゃ。だが、起きてしまったことはいたしかたない。まずは此処におると良い。部屋も用意しよう。ここに住めば良いの。いつの日かそなたの時代に帰ることができる日まで」

思いがけない言葉にビックリ。だって、降ってきただけのわたしに、だもん

「いいの、わたし、ここに居て」
「他に何処がある。行く当てなどないじゃろう。ここまで深入りして、放り出すことなどできないの。それは無責任というものじゃの」

なぜだろう。何故この人は受け入れてくれるのだろう。赤の他人のわたしの事を。なぜ、こんなにも、優しくしてくれるのだろう。親族達に、厄介者とされたわたしを。受け入れてくれた優しさに、涙が溢れ出る

「泣くでない、の。心細いのはわかるが—」
「ちっちがうのっ。うれっしいの」
「うれしい、こんな状況でか。親兄弟ともはなれて」
「わたし、親も、弟もいません」
「天涯孤独か」
「し、親戚は居るけど—」

わたしは話した。いつのまにか、心のタガが外れた。誰かに聞いてほしかったのかも知れない。自分のことを。彼は聞いてくれた。自分の上に降ってきた、何処の誰ともしれないわたしの話を

「リンと申したの。のう、リン、ワシには姉弟はおるがの。血は繋がっておらん」
「じゃあ、さっきの妹さんは」
「父上が違うのじゃ。父上は、ワシがそなたくらいの時逝ってしもうた。実の母上も、もうおらん。がの、ワシは大家族の主だと勝手に思っておる」
「殿様」
「この城の者、この国の民。皆ワシの家族と思っておる。父上が名付けてくれたこの名、楽保の名に恥じぬよう。民の安楽を保てるよう、大和を良き方向に導く。精進しておるつもりじゃ。己の家族と思わずして、思いやりなど生まれようはずがない」

にやりと笑う彼。思いやり。その単語を聞いたのはいつが最後だっただろう

「今日からリン、そなたも家族じゃ。元の時代にもどる事ができる日まで。そなたが、帰りたいと思うその日まで。ワシの家族になってくれるかの」
「家族。わたし、殿様の家族」
「堅いの。殿でよい。もちろん、リンがイヤでなければじゃがの」

胸が温かくなった。殿が、本当に優しい人であることを知った

「おにいさま、恵です。リンちゃんのお召し物を持って参りました」
「どうぞ〜じゃの、恵」

入ってくる恵さん。寄ってきたとき

「そうじゃ、お手間じゃがの、リンの部屋も用意してほしいのぅ。今しばらくは、ワシの部屋の隣が良いかの。では、ワシは布団をもって来るかのう」
「はい、お兄様。リンちゃん、だったよね、こっちだよ〜」

手を引かれ、お部屋に案内される。わたしは、用意してくれた部屋で、着替えを済ませて。久しぶりによく眠った『リン、そなたも家族じゃ』暖かい言葉を反芻しながら

Re: わたし×殿(わたしくろすとの) ( No.2 )
日時: 2017/09/24 17:55
名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)

目が覚める、目を開ける。小鳥の声と蝉の声が聞こえる。朝日がまぶしい。天井、ものすごく美しい彫り物施される天井

「うっわ、すごい。あれ」

独り言言って、ここはどこだろうと考える。そうだ、わたしは来たのだ。別の時代へ。少〜しずつ、意識が覚醒を始める。十畳はあろうかという広い部屋。わたしは体を起こす。障子戸に近寄って、開ける。美しい自然に囲まれた風景。広大な田畑。反対側の町並みはとても綺麗だ。四方を小高い丘に囲まれた盆地。中心にこのお城があるのだろうか。広がる青空。とても綺麗。この世界で生きてゆけると思うと、なんだか気持ちが高揚する。江戸時代と違うのは、丘の上、おおきな風車が回る塔があること

「携帯、圏外だ」

いまだ実感は湧かないが、わたしは来たんだ、別の時代へ。本当に『未来』にやってきたのだ。部屋のはじ、床張りの場所。洗面所がもうけられている。水盤がある。蛇口がある。どうやら、下水道も整っているらしい。歯磨きと洗顔を終える。お手洗いは、洋式のウォシュレット。これがありがたかった。用意してくれた美しい着物。袖を通そうと、浴衣を脱ごうとして

「しまった。着付け、できない」

つぶやく。脱ぐの止め。仕方ない、寝間着の浴衣のままでいいか。思い、助けを求めるため、隣の殿の部屋を訪れる。とびらの前、見やるとインターフォンが着いている。そうか、昨日あの広い部屋で、外の声がよくきこえたのはこれがあったからか

「殿〜居ますか〜。リンで〜す」

やや間があったあと、扉が開く。半自動ドア。純和風のお城の中で。なんだかコメディーじみている。入ってゆくわたし。巻物に目を通している殿に近づいてゆく。静かに書物に目を通す。昨日は薄暗くて、よくは見えなかった殿。明るいところで見ると、凄まじいまでの美形だ。髪は、高い位置でひとまとめ。白の着流しを身に纏い。恐ろしいほどに格好いい。話しかけることをためらってしまう

「おお、リン。よく眠ることはできたようじゃの。今は九つと半の時じゃ」
「えっと、お殿様、おはよう」

どきりとする。殿から話しかけてくれる。少し慌てる。九時半の事だろうと、勝手に納得。そんなに寝ていたのか。わたし、けっこう図太いんだな

「して、如何したかの」
「あ、すみません。着替え、用意して貰ったけど。着方が分からなくって」
「そうか。う〜むどうするかの。ああ、そうじゃ」

言って、立ち上がる殿。すごく背が高い。彼のおなかくらいまでしか身長がない、わたしの横を通り過ぎて。部屋の奥、棚を探る殿

「これは着方が簡単じゃが、着られるかの。ワシのお下がりですまんのぅ。季節も夏じゃ、寒くはなかろう」
「ありがとうございます」

持って来てくれる甚平を頂く。着替えようとする

「リン、ワシの前で着替えるのは、止めようの。オナゴがはしたないぞぅ」

苦笑いの殿。しまった

「ご、ごめんなさい。着替えてきます」

慌てて自室に戻る。恥を感じながらも着替えを済ます。今思った、自室。自分の部屋。昨日あてがわれたばかりなのに。なぜかしっくりとくる。『自分の部屋』という単語。適応力がありすぎるな、わたし

「リン。着替えは済んだかの〜」

着替えが済んだ頃、今度は殿が訪ねて来てくれる。返事をする代わり、駆けだして、殿の前に出る

「ありがとう、殿様」
「うむ、寸法も大丈夫じゃの。様など要らんの、殿でよい。してリン、腹は減っておらんかの」

言われて気付く空腹。昨日の昼から、何も食べていなかった。急速に騒ぎ出した腹の虫が、わたしの代わりに答えの音を出した。恥ずかしさで、頬が熱くなる

「はっは、正直で良い。朝食(あさげ)にしながら話そう。城の中も覚えて貰わんいかんの。こっちじゃの、案内(あない)しようの」

連れられて、広いお城を歩く。板張りの床は丁寧に磨かれている。いくつかの角を折れ、階段を下る。そこで鉢合わせた人物

「あれ、殿さん。見慣れねえの連れてっすね」
「おお勇馬、そちが昨晩さがった後にの、到着したワシの客人なのじゃ」
「こいつがっすか」

訝しげにわたしを観る。声からすると、昨日わたしを『ぶった斬る』と言った人だ。恐ろしさに、殿にしがみつく

「勇馬、リンは『越後の龍』の遣いじゃ。ぞんざいに扱うは、ワシに背く者と知れ」
「っす。わかりました。すまねえ、お嬢」

言って頭をさげる。彼の元を離れた後、殿に聞く

「殿、あの人は誰。なんかちょっと恐い」
「あれは勇馬。ワシの警護をしておる、岡っ引きの見習いじゃ。悪いやつではないがの。未熟な面もあるゆえ、許してやってくれ」
「ん、わかった。悪い人じゃないんだね。あと『越後の龍』って」
「越後廣田という国を治めておる、ワシの叔父上じゃ。父上の居ないワシにとっては、義理の父のようなお人じゃの。そこから来たと言っておけば、誰も訝しむことはなかろう」

説明してくれた。広いお城を進む。その間幾人もの人とすれ違う。その人達全員がにこやかに殿に話しかけてくる。殿も気さくに応じる。そしてその度

「ワシの客人、リン殿じゃ。越後より参った」

わたしを紹介してくれた。何度目かの時、わたしは気付いたことを訪ねた

「殿、なんでみんなと話すとき、わたしを『リン殿』って呼ぶの」
「ああ、今の皆は、形の上ではワシの配下じゃ。リン殿と申しておれば、リンはワシの客人として認められよう。が、二人の時や、これから向かう、友の前では名のみで呼びたい。他人行儀は嫌だからの」

何処の石ころかもわからない、そんな身の上のわたしを案じてくれる。この人は、なぜこんなにやさしいのだろう。率直に聞く

「殿は、なんで良くしてくれるの。見ず知らずのわたしに。なんでそんなに優しいの」
「さて、ワシが特段、優しいとは思わんがの。仮に、リンがそう感ずるならば、情けは人のためならずというところじゃろうて」
「情けは人の—」
「自分のことを良く扱ってほしいならば、まず他の人を大切にせんとな。独りよがりの人間を、誰が丁重に扱うものか。ワシは自分と民に同じ心配りをする。それだけじゃ。もちろんリン、そなたにもな」

殿の言葉。わたしの心が温かくなる。彼の右後ろついて行く。何度目か、階段を降りたとき、再び聞く

「このお城、何階建てなんですか」
「十階建てと言ったところか。ワシらが居たのは天守閣のその上じゃ。今は一階の調理場へ向かっておる」

最後の階段を下る。しばらく廊下を進むと、聞こえてくる喧噪。漂ってくる、美味しそうなニオイ。あ、またお腹鳴った

「ははは、腹ぺこは心身に宜しくない。腹が満たされれば、気持ちも落ち着くの」
「ちょっと恥ずかしい〜。ごめんなさい」

『腹が減るのは生きている証じゃ』言って、頭を撫でてくれる。あ、撫で撫でって、すっごく久しぶり。さらに進んで、喧噪の場所、廊下の突き当たり。暖簾(のれん)をくぐると広い広い調理場。忙しく働く人々。飛び交う、威勢の良い声

「ご苦労様じゃの〜ぅ、皆々様。海渡〜、良いかの〜」
「殿様どした。メシ、食い足りなかったか。ん、かわいい嬢ちゃん連れてんな。見慣れねえけど、誰だ」

その中心で、最も大声を出す男性に話しかける殿

「海渡、こちらのリンに、何か用立ててもらえんかの。昨晩遅くに到着した、ワシの客人なのじゃ」
「あいよっ。嬢ちゃん、ちっとばかし待っててな」

わたしを紹介してくれる。調理場の小上がりに通される。働く人たちのなか、なんだか落ち着かない

「気楽にの。この調理場で大江戸城、千人の食事を賄っておる。今は、朝食の片付けと昼食(ひるげ)の仕込みといったところじゃ」

殿の言葉。わずかに、気持ちが落ち着く。そして、彼が告げた人数に驚く

「千人もお城で働いてるんですか」
「色々な役割があるからの」

袂に手を入れて、話しかけてくれる殿。見やる、調理場、みんな生き生き働いている。すごいな、お仕事って嫌々するものだと思ってた。サラリーマン、お父さんが生きてたとき、そんなこと言ってたもの

「おまちっ。菜っ葉のおひたし、納豆、カツ節と醤油は好みでな。沢庵も置いておくから。豆腐と揚げ、ネギと里芋の味噌汁。飯は、古代米。今朝のあまりモンですまないな」

早速、海渡さん『ご飯を用意』してくれる。ご飯、用意。あれ、久しぶり

「ご苦労じゃ。この者は海渡。料理長と漁師も兼ねておる、ワシの友じゃ」
「よろしく、嬢ちゃん」

殿の正面、ぺたんこ座りの私。目の前に運ばれてきた朝ご飯。並べてくれる、海渡と呼ばれる料理長さん

「あ、ありがとうございます、海渡さん」

お礼を言うわたし。ゆっくり食いねえ、と返してくれる。改めて料理を見やる。全て、美しい容器に盛り付けられている。湯気をたてる薄桃色のご飯、具だくさんのお味噌汁。緑が鮮やかなおひたし。一粒がおおきな納豆は小鉢に。白と茶色。二色のタクアン。こんなふうにあたたかい朝ご飯、食べたのはいつ以来だったろう。カップ麺、投げやりに食パン。時にはお金だけ。朝起きると、いつも部屋の前に置かれていた。今日はちがう。わざわざ、海渡さんが。わたしのために用意してくれた朝ご飯。あたたかな朝ご飯

「ど、どおしてぇ嬢ちゃん」
「リン、泣くほどの身の上だったのか、の」

海渡さんから声が掛けられる。殿が差し出してくれるハンカチ。あれ、泣いていた。いつのまにか

「すっすみません。うれ、嬉しくて」
「海渡、別の機会に説明するがの。リンも訳ありなのじゃ」
「ああ」

納得する海渡さん。なぜすぐに納得をしたのか、その理由は後に知る

「さあ、食(しょく)せリン。腹が満ちれば気持ちも落ち着こう」
「い、ただきます」

促してくれる殿。反射的に言って、口を付けたお味噌汁。一口啜すすってその美味しさに驚く。お味噌汁を呼び水に、食欲に火が付くわたし。盛大に食べ始める。もはや止まらない

「美味しかろう、海渡の食(じき)は」

ジキと言うのは食事の事だろうか。嫌いだった納豆も、ご飯にかけてかっ込む。美味しい。嫌なニオイが全くない。口の中がいっぱいなので、目だけでにっこり返す

「はっはっは。そのいきじゃ、食せ、リン。食する者は生き残る。生きる気力が湧いてこよう」
「良かった〜そんなに旨そうに食ってくれてよ。おかわりもあるからな。できるモンなら何でも作ってやるよ、嬢ちゃん」

二人の温かな言葉に、泣き笑いで。沢庵や二杯目のお味噌汁をおかずにして。わたしは三杯もごはんをたいらげた

Re: わたし×殿(わたしくろすとの) ( No.3 )
日時: 2017/09/24 17:57
名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)

「本当にごちそうさまでした、海渡さん」
「手間じゃったの、海渡。がの、リンも満足じゃ、ありがとうの」

お腹いっぱい。こんなに食べたの何年ぶりだろう。食べる事って、こんなに楽しいんだ

「三食は出すけどよ、腹が減ったらいつでも来な嬢ちゃん。出来るモンならな〜んでも作ってやるからよ」

食堂の暖簾の前、頭を下げるわたし、と、殿が

「そうじゃ、海渡。明日にでも、リンの歓迎の宴をしようと思うたのじゃが。如何かの、時をさけるかの」
「え、歓迎会なんてしてくれるの、殿」

ただ降ってきた、変な話し、どこのかも解んないわたしを

「はは、大江戸でしばし暮らすのじゃ。ワシの家族に加わる故、当然じゃの。如何かの、海渡」
「おいおい、親友の頼みを断るほど、俺っちは無粋じゃ〜ねえぜ。やろうじゃねえか、殿様。嬢ちゃんの歓迎会」
「場所は、そうさの天歌屋(てんかや)を借り切るか。海渡もそちらの厨房で腕をふるうてくれの」
「あいよっ」

頭を下げ、殿に促され。調理場を後にする。ああ、嬉しい。何でかは解んない。でも、わたしを受け入れてくれる、殿

「せっかく下に降りたからの。鍛錬の間にゆこうかの」
「タンレンノマ」

疑問符を浮かべるわたしに、殿が説明してくれる

「剣術や武道の訓練をする間じゃ。この時間じゃ、ワシの妹もおろう」
「えっ、昨日の優しそうな妹さんが」
「ああ、恵ではない。妹と言うたが、親族の一人での」

びっくりした。昨日の妹さんと武術。全く結びつかないから。またも、殿の右後ろ。付いて歩いて行く。草履を履く、用意してくれる殿。城の庭に出る。そこでまず、『あにさま〜』と後ろから声を掛けられる。振り向いたわたしと殿。走って来るのは、泥まみれの女の子

「刈(かる)よ、どうじゃ、今年の作物の出来は」
「期待して、兄さま〜。占いさんの通り植えたら、今年も抜群。野獣の害も無くて状態良好〜。股金鋤(またがねすき)が足りなくなってね。取りに戻って来た〜」

わたし達の方へ駆け寄ってくる、女の子

「それは〜良い。そなたも作りがいがあろう。民が飢えないのは、ワシの願いの一つじゃ。作物の出来が良いのはそなたの育て方もよいという証じゃ。任せたぞ、刈」

殿の前で止まる。土にまみれツギハギの着物を、股上までたくしあげ、ふんどし姿の格好

「任された〜。ところであにさま〜、その子がりんちゃ〜ん」
「左様じゃの。早朝に話したとおりじゃ」

あにさま、ってことは、殿の妹さん。つまりお姫様じゃないのっ

「わ〜かわいいね、りんちゃん。はじめまして〜。野良仕事が担当のかるだよ、よろしくね〜」
「刈も親族。ワシの妹じゃ。作物を、民と共に育てておる」
「えええ、お姫様でしょ、刈さんっ。野良仕事するのぉっ」

紹介される、殿の妹。仰天だよ、お姫様が畑仕事

「はは、リン、何故驚くかの。民の皆々様と共に仕事ぜず、どうして食(ジキ)が頂けるかの」
「みんなと一緒に野良仕事するからごはんがおいし〜んだよ、りんちゃん」

イロイロ突っ込みたいけど、どうも当然のことらしい。この格好からは、とても殿様の妹だとは思えない。でも、その顔に、輝く大きな瞳(ひとみ)綺麗な目鼻立ちからは、気高さが溢れ出ている。妹さんが多いんだな。思うわたし。と、言うか、かわいいなんて照れる。べつにわたし、かわいくなんか無いのに

「刈さん、よろしくお願いします」
「刈でい〜よ、りんちゃん。痩せすぎだよ。これからは、かるの作るお米、たくさん食べてね。またね〜」

刈さんは、農具を持って出ていった。また、殿について歩く。聞こえてくる、男達の声。その中に、凜と響く女性の声。城の離れ、庭を横切った先。広い鍛錬の間。板戸が開け放たれ、大人数の男衆。その中心で声を荒げる、長身痩躯。白の剣道着。金色の髪を振り乱し、木刀を振るう女性

「気が入っておらんぞっ。修練と思うな。鍛錬を誠の戦場(いくさば)と思うて励まん者は早死にぞ」
「ご苦労じゃの、皆の衆。凛々、励んでおるようで頼もしい限りじゃ」

殿が負けじと声を張る。大迫力だ

「兄様、皆しばし己で努めておれ」

わたし達に気付き、駆けてくる彼女。鍛錬の間を出てきて、殿の前に跪く

「ワシの妹、凛々じゃ。侍大将を務めておる。凛々、今朝方、話したリンじゃ」

女の人が、これだけの男の頂点に立つ。何か凄い

「そちがリンか。いま兄様が申したとおりだ。うん、そち、拙者と心なしか似ておるな」
「そ、そうかな。わたしなんて凛々さんみたいに格好良くないし、ちんちくりんだし」

カコイイお侍お姉さんが『似てる』とか、実はちょっと嬉しい

「そう自分を卑下するものでない、リン。言われてみれば、幼少の凛々と似ておるやもしれんの」

でも、ちんちくりんと格好良くないのは、確かなわたし。そんなわたしに

「うむ、決めた。リン、そちは拙者の妹と名乗るが良い」
「それは良いな、凛々。リンも、ワシの家族になるのじゃ。凛々も恵も刈も。姉じゃと思うてくれれば良い。うん『越後の龍』の遣いで参った、凛々の妹ということにしようかの。越後の龍はな、リン。凛々と刈の父君じゃ」

お姉さん。わたしのお姉ちゃん宣言

「さすが兄様、素晴らしいご提案。拙者も賛同いたします。リン、そちは今より、拙者の妹ぞっ。この城に、この大江戸に。そんな屑はおらんと信ずる。がな、もし、虐め(いじめ)られるようなことがあればいつでも申せ。侍大将、凛々の妹だとな。拙者のことは姉と呼べ」

なんだかとても嬉しい。本当のお姉ちゃんができたようで。殿がみんなを大切にしているからだろうか。このお城の人は、なんだかみんな温かい。殿に案内され、城の中を歩く。午前中は、お城の中を見て回るだけで時間が過ぎていった。お寺の、だろうか、鐘の音(ね)が聞こえてくる

「風呂もあるにはあるがの。街の風呂屋へ行った方が快適じゃ。うむ、リン。昼の食(じき)を食べた後は、街を案内(あない)いたそう。ワシの友を紹介したい。もちろん、そなたのこともな」
「はいっ。お願いします、殿。あ、殿〜、ジキって何、ご飯のこと」

気になるので訊いてみる。ニュアンスからご飯っぽいけど、ジキって何

「ああ、すまんの。ワシの御師様だった僧正様がの、使っていた言葉遣いでのぅ」
「ソウジョウサマ、また解んない〜」

大江戸の言葉なのか、わからない

「偉いお坊様のことじゃの、僧正様は。食(ジキ)はリンが言うように、食事のことで間違っておらんの。さてさて、その楽しい小食『お昼ご飯』の時間じゃの。食堂(じきどう)へ向かおうかの、リン」
「は〜いっ、お昼ごはん楽しみ〜ぃっ」

楽しくなってくる。昨日までの閉塞感など、空の彼方に消し飛んじゃう。朝観た、あの綺麗な街に降りることができるのだ。お昼ご飯を食べた後。城の一階、ジキドウ(食堂)に案内される。広く明るい畳敷きの間には、殿の家族や配下の人が入り乱れている。食事はみなと共にという、殿の方針らしい。座る卓は、家族と配下の人たち、さすがに別れているけれど。上座へと通される。良いのだろうか等と思っていると

「にいさま、ただいまもどりました」
「おお、粒兎(りゅうと)よく戻ったの。寺子屋はどうじゃ」
「ほんじつもたのしかったです。きよてるせんせいのおはなしは、とってもわかりやすいです」
「粒兎、先般話したリンじゃ」

紹介される。話しぶりでは、どうやら殿の弟らしい。にっこり笑い、両手を差し出してくる粒兎君。彼の格好も甚平

「はじめまして、りんねえさま。にいさまからうかがってます。どうか、わしともなかよくしてください」

殿を見習ってか、自分のことを『わし』と呼ぶ粒兎君。あまりにミスマッチで微笑ましい

「よろしくね、粒兎君」

しゃがんで握手を交わす

「さあリン、こちらじゃ。席に着くがよい」
「おにいさま。リンちゃんのお箸用意しておきました〜」
「気が利くの恵。良い箸じゃ」

殿が、恵姉の頭をなでながら腰をおろす。うれしそうに笑う、恵さんの格好はシンプルな着物。わたしも、席に着く。ガラス細工の箸置き。紅い漆に施される、紅葉模様の箸。どちらも美しい

「兄様、午前の稽古は終わりました」
「ご苦労様じゃの、凛々。さあ参れ」

白の袴に着替えたの凛々さんの声が響く。殿が手招きする。妹さん達が、わたしと同じ卓に着く。なんだか申し訳ない気がしてくる

「殿、良いの、わたし一緒で」
「当然じゃ。リンは、ワシらの家族じゃ。案ずるな」

頭に、手が乗る。あ、撫で撫で。撫でられるの大好き。だったのか、わたし

「そうだよ、リンちゃんはわたし達の妹なんだから」
「そうだ、リン。そちは、拙者の妹と申しただろう」
「りんねえさま、わしはおとうとです」

あたたかく、わたしを受け入れてくれる。胸の中が暖まる。そのなかに刈さんの姿が見えない

「殿、刈さんは一緒に食べないの」
「ああ、刈はの、民と共に食べるのじゃ。今頃は畑で、にぎりめしでも頬張っておろう」

殿が告げる。民と共にという。殿の姿勢は、妹さんたちにも染み渡っている。本当に、思いやりに溢れる人なんだ

「畑仕事ができる季節は、だいたい昼は居ないんだよ〜。『さん』じゃなくて、お姉ちゃんだよ、リンちゃん」
「そうだ、リン。ほら、申してみよ」

お姉さん二人、言ってくれる。お姉さんができた。ど、どう呼ぶかな、え〜っと

「えっと、め、恵姉、凛々姉」
「そうじゃ、それでよい。リン」

ちょっとまだ照れる

「おまち〜、今日の昼飯は冷やしぶっかけそばだ。七味とわさびは好みでな」

海渡さん、調理師の人たちを引き連れ運んでくる。殿をはじめ、隣に座るわたし。順々に置かれていく。運んでくれた調理師さん、海渡さん。それぞれ着席

「皆の者、昨晩遅く、越後の国より来られたリン殿じゃ。しばらく城で生活を共にする故、紹介しておく」
「『越後の龍』父上が遣わした拙者の妹だ。皆粗相の無いように頼むぞ」

殿と凛々さん。紹介してくれる。わたし反射的に立ちあがってお辞儀をする。みなさんが、暖かい声で迎えてくれる。涙が出そうになる。わたしを受け入れてくれる人たちがこんなに居る。わたしの居場所がここにはある

「では、感謝の念を込めて、食(じき)をいただこうぞ」

手をあわせ、いただきますの大合唱。わたしもそれに習う。見やる、海渡さんのおそば。きざみ海苔にネギ、天かす、細切りの油揚げ。大根おろしと納豆まで乗っている。殿が隣で豪快に啜っている。わたしも一口啜る。おいしい、本当に。人の手間がかかった食べもの

「んまいか、嬢ちゃん」

離れた席から、海渡さん。朝同様、口の中がいっぱい。首だけを縦に振る

「案ずるな海渡。小気味よく食しておるぞ。いつも通り絶品じゃ」
「良かった〜。たくさん食えよっ。嬢ちゃん、少し痩せすぎだからな」
「ほんとだよ、リンちゃん。美味しいご飯、たくさん食べようね〜」

親族の家に居たときは、お腹が満たされれば何でも良かった。体重は、同世代の女の子より十キロは下回っていた。コンビニ弁当などはまだ上等。スナック菓子とゼリー飲料だけ。廃棄寸前の菓子パンのみ。そんな食生活だった。今、わたしのお腹を満たすのは、そんなものではない。海渡さんが、料理人さん達が。丹精込めて作ってくれた、おいしいご飯。お腹も心も満たれて。わたしは幸せに包まれる

Re: わたし×殿(わたしくろすとの) ( No.4 )
日時: 2017/09/24 17:58
名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)

食事の後、用意してくれた果物まで完食。お茶を飲んで、今は海渡さんの陣頭指揮により、片付けが始まっている。わたし、図々しく食休み。こんなにしっかりとご飯が食べられる。ああ、ステキ

「勇馬、与一号(よいちごう)を門のまえに用意してもらえんかの。リン殿に街を案内(あない)いたす故の」
「っす。至急っ」

殿に命じられ、駆けていく勇馬さん

「殿、与一号ってなに」
「ワシの愛馬じゃ。四代目の、のぅ。さて、リン。街のほうに参るとしようぞ」
「はっはい」

立ち上がった殿。差し出されるのおおきな手。掴んだその手は堅く、でも暖かかった。立ち上がらせてくれる

「みなすまんの、ご苦労様じゃ。手伝いもせんですまぬが、リン殿に街を案内(あない)いたしてくる」
「とんでもねえ、殿様。嬢ちゃんにもこの街を見せてやってくれ」
「兄様、リン、気をつけてな」
「案ずるな、凛々。ああ、恵。勇馬に、褒美のまんじゅうを用意しておいての」
「は〜い。いってらっしゃい。おにいさま、リンちゃん」

歩き出す。一階の玄関、大扉は手動だった。配下の人たちが開けてくれる。差し出される、大太刀

「殿、やっぱり恐い人たちがいるの」
「極々希にの。悲しい事じゃ。がの、どちらかといえば、凶暴化した獣の方が恐ろしい。それから、身を守るための意味合いが強いかの」

腰に差す。時代劇の差し方と反りが逆。殿曰く、これが正しい差し方なのだという。御殿様、出られますの声。外へでる。まぶしい。夏の空の下、わたしが居た世界では、こんな大ボリュームは聞いたことがない。蝉の大合唱が聞こえる門の前へと進む。そこには、勇馬さんが用意した一頭の馬。真っ白な、美しい馬がいた。現われた殿に、鼻をこすりつける

「ご苦労じゃの、勇馬。褒美のまんじゅうを用意させたでの」
「っす。殿さん、アザッス」

ひとしきり撫でてあげる。そして、颯爽とその白馬にまたがる殿の姿。まるで一枚絵のように美しい

「さて、リン、上れるかの」
「踏み台つかえ、お嬢」

殿の手が差し出され、踏み台をつかってのる。殿の前。距離が近い。殿の体温が伝わってきて、ドキドキする

「勇馬は、今日は外しての。ゆっくりと案内(あない)してくる故」
「っす。殿さん」
「では、参ろうかのリン」
「お、おねがいします」

手綱を入れる。うなり声をあげ歩き出す、与一号。お馬さんに乗ったのは、この時がはじめて。殿の前に座らせてもらい、白馬で歩く。昨日までは、考えもしなかった状況

「そうじゃ、リン。街の前に、刈の農作も見ておくかの」
「ぜひっ。お願い、殿」

自分を受け入れてくれる世界。不要物あつかい、されないこの世界。その世界を知りたかったから。与一号に揺られながら、わたしは殿に質問する

「殿、この町を囲んでいる丘は、なんていう丘。それとも、山」
「この地はの、大地が陥没しでできた土地じゃ」
「陥没したの。こんなに広く、深く」

ビックリ、殿を見上げてみる

「左様。それこそ、リンがおった時代の後半かの。天災が発生して、文明は、そこで一度ほぼ壊滅したのじゃ。その時、『ちかてつ』と申したかの。走っておったこの地は、大陥没を起こした。地下ががらんどうじゃから、必然じゃ」
「そんなことが」

起こっていたのか。おどろく

「ワシらの先祖は、瓦礫をどけ、土を盛って。必死になってこの大江戸を築いたのじゃ。その後、何度もおおきな天災にみまわれたがの。ワシ等はめげぬ。何度でも立ち上がる。それが生きておる者の成すことと、生かされている事への恩返しじゃと。ワシは感じておる」

わたしは、殿達の苦労の一端を知る

「感謝もしておる。先祖が耕したこの土地に。先祖に。ワシ等は、先祖のめぐみに生かされておる。ありがたいことじゃ。ワシはそのめぐみを、一代でも先へと残したい。それこそが、命の繋がりじゃろう。そうすることが、生き残った者の務めじゃろう」

殿の言葉。なぜだろう、涙が溢れた。命の繋がり。もし命が繋がっているならば、わたしが生き残った、意味もあるんじゃないか

「どうした、リン。なぜ泣くかの」
「殿。わたしは一人、天災から生き残った。大好きな家族は、亡くなった、みんな。わたしは、生き残ってしまったと思ってた。逝き損なったと思ってた。親族からは、厄介者扱いだった。わたしは要らない子なんだと、そのときから思ってた。殿、わたしが生き残った意味はあるかな。わたしも、ここで生きる意味はある」
「その意味が何か、今はわからん。がの、リン。生き残った意味は必ずある。そなたが生きることに、意味が無いはずなどなかろうが。生きよリン。堂々と生きよ。力強く生きよ。美しく生きよ。それが亡くなった者の魂への感謝に他ならぬ。生きよリン」

生きて良いのだ。わたしはここで、生きていい。殿の言葉。心のタガが外れて、本格的に涙が出る。殿の腕にすがりつく

「時として、生きることは醜い。生きようとして奪い合い、生きんがために、殺め合う。がの、ワシはそれを変えたい。生きるために支え合い、生きるために助けあう。さすれば、生きることは美しい。生きることが尊くなるじゃろう」

限りなく優しい御殿様。わたしの頭を撫でてくれる

「生きようぞ、リン。いつかそなたの時代に戻れる日まで。ワシと共に、ワシらと共にの」
「ありがとう、殿。生きます、わたし、一生懸命」
「そのいきじゃ」

豪快に笑う殿。揺られているわたし。ゆっくりと進む与一号、流れる美しい自然。奇跡のようなシチュエーションを、わたしと殿が進んでいる。見えてきた田畑、広大な土地。右側に田んぼ、左側には、様々な作物が植えられている

「ここが、田畑(でんばた)じゃ。民と共に、刈が管理してくれておるの」
「広い、綺麗」

田んぼで作業をしている多くの人。雑草や害虫対策。畑では収穫。こちら側も大人数。作業をしている

「あにさま〜」

田んぼのなかで泥まみれ、刈姉がわたし達を見つけ、手を振ってくる

「ご苦労じゃ〜刈、皆の者〜」

刈姉が、みなさんが。わたしの、いや、殿の元へと駆けてくる。与一号を止める殿。ふと、背中が涼しくなる。鞍から降りる

「案ずるなリン、与一はおとなしいでの。そのまま乗っておってよい」

おとのさま、御殿様。寄ってくるみなさんに、ごくろうじゃと声を掛け、一人一人握手を交わす。手も着物も泥で汚れるが、気にもとめない殿。ふれあう、全てのひとが笑顔。本当に好かれている御殿様。わたしのなかで御殿様といったら、偉そうに籠に乗って、したに〜したに。そんなイメージ。殿はちがう。自分から、皆と同じ高さに立って交流する。だから殿は、こんなにも好かれているんだと感じた

「皆々、早足ですまぬの。これから街へ行かねばならぬ故、これにて失敬じゃ。こちらのリン殿を案内(あない)したくての。越後より参った、凛々、刈の妹じゃ」

『越後の娘様〜』感嘆の声。て、照れくさい。だってそれウソだもん

「そ、刈の妹〜。街の案内、ないすあいであだ〜兄さま〜。きっとりんちゃん気に入るよ〜」

ナイスアイディア、あれ、純和風だと思ったけど

「殿、英語があるの」
「ん、ああ、米国言葉(べいこくことば)のことかの。いま、大和国には、アルという気さくな大使がよく参っての。その影響じゃ」
「たのし〜人だよりんちゃん」

手を、わき水で洗って立ち去ろうとする殿。与一号に乗ろうとして

「そうじゃ、このまま乗ると、リンも汚れてしまうの」
「だいじょうぶ、殿。みんなが一生懸命、耕した泥だもん。汚いなんて思わない」

昨日までのわたしなら、絶対に思わなかった。そんな考えが自然に思い浮かぶ。この美しい田畑を見て。汗水働くみんなを見て。汚いなんて思ったら天罰が下る

「これはリン、見事な心がけじゃ。ならば、このままゆこうかの。では皆の者、豊作じゃと聞いておる。秋には収穫の祭りをしようの。また会おうの〜う」

与一号にまたがり力強く叫ぶ殿。皆が喝采をあげる。わたしにまで、お嬢様と声をかけてくれる。歓声はしばらく止むことはかった

Re: わたし×殿(わたしくろすとの) ( No.5 )
日時: 2017/09/24 17:58
名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)

街の門が見えてくる。門番が、わたし達の姿を認め、立ちふさがろうとして

「ご苦労様じゃの」

殿の声。恐れおののく。開けはなたれる門、入った先は広い庭。黒い紋付きを着た人たちが駆けてくる。その中に、一人赤い紋付きを着た、綺麗な女の人がいる

「上様、よくお越し下さいやした」
「お勤めご苦労様じゃ、命子」

言いながら、与一号を降りる。そして

「降りられるかの、リン」

手を貸してくれる。降りようとして

「ひゃ」
「っとリン。やはり痩せすぎじゃ。軽いのぅ。大事はないかの」

上手くいかず、落ちる。殿に抱き留められる。殿の上に降るのは二度目だ。至近距離で、空色の、綺麗な瞳に射抜かれる。わたしの心臓が跳ねる

「どうしたリン。どこか打ったかの」
「あっだ、大丈夫」

殿に見とれていた。話しかけられて、頬が熱くなる。地面に降ろしてくれる

「して、上様。本日はどのようなご用で。ああ、その前にお召し替えを。泥まみれじゃありゃあせんか」
「ああ、命子。このリン殿を紹介したくての。かまわん、このままで。これから、街も案内(あない)したくての」
「いや、さすがに示しがつきやせんから。今、仕立屋の衣愛(いあ)に着替えを持ってこさせやすんで。おい、誰か行ってこい」
「うむ、そうかの。そうじゃ、ついでに、リン殿の寸法も測って貰おうかの。すまぬが、そのように伝えてもらえるかの」

殿と、女性の命令に、駆け出していく若者。若い人が多い

「して、上様。この娘さんは」
「うむ、命子、皆にも紹介する。こちら様はリン殿じゃ『越後の龍』の娘、凛々と刈の妹じゃの」

わたしの肩に手を当てて、紹介してくれる。跪く(ひざまずく)命子とよばれる女性。ひれ伏す、男の人たち。『控えおろう』な状態。そんなことをしてもらう身分ではないのに。なんだかむずがゆい

「さて、番所のなかで話そうかの。命子、済まんが人払いを」
「わかりました。お前等、少し外してろ」

番所のなかに通される。どっかり座る、殿と命子さん。わたしは殿の横に腰を下ろす。お茶が運ばれ、その若者も下がった後

「実はの、命子。先ほどの話は方便じゃ。リンはの、遙か昔の時より参った者なのじゃ。昨晩ワシの上に降って参った」
「上様、そいつぁどういうことですか」

わたしのことを話し始める殿

「ワシにも、皆目わからん。がの、輝のお墨付きじゃ。時を超えてきた。他に考えられんのじゃ」
「先生さんが。それならもう、あっしの考えは及びませんや。兎にも角にも、殿が直々に連れてくる。ならもう、言うこともありゃせん。リンお嬢、よろしくな。岡っ引きの頭をやってる、命子ってもんだ」

にやっと笑い、片手が差し出される。いかにも豪快そうなお姉さん。わたし、両手を差し出し握手をしながら

「リンです。よろしくお願いします、命子さん」

挨拶する。がっしり。やや手が痛い

「リン、命子は海渡と夫婦(めおと)での。二人も、この大江戸には欠かせん。大切なワシの友じゃ。そうじゃの命子。明日の、リンを迎え入れる宴を催すのじゃが、そなたも参加してほしいのぅ」
「光栄でさぁ上様。喜んで。大樽で酒持ってきますよ。場所はどこですかね」
「天歌屋を貸りきらせて貰おうと思うておる。その場での、リンのことは、ワシが言うでの。今日のところは内密にの」
「ガッテン、上様」
「命子たま〜、衣愛です〜。神威のとのさんのお召し物持ってきました〜。女の子着も〜」

話していると、扉の外から聞こえる可愛らしい声。入ってくれと命子さん、リモコンを操作。自動ドアの向こうには、華やかな着物を身に纏う座った女の子。声に見合う、可愛らしい女性

「失礼〜しま〜す、命子たま。こんにちは、神威のとのさ〜ん」
「衣愛、ご苦労。手間をかけてすまんの。本日も華やかじゃな」

籠を手に歩いてくる。頭のかんざしが奏でる音が心地よい

「神威のとのさま〜、今日はどんな御用事ですか〜」
「こちらのリンに、着るものをこさえてほしくての。普段着、公用着含め何着かの」

言われて、わたしを見る女の人。その目が輝いた

「はじめましてだね〜、リンたん。わぁ〜かわいいよう」

と、思った瞬間抱きしめられ、ほおずりされる。良い香りがする。思いがけない行動に出られて、処理が追いつかない

「これこれ、衣愛。リンが愛らしいのはわかるがの。困っておるではないか、解放してあげようの。そなたまで、泥まみれになるの」
「は〜い、殿さん。ごめんね、リンた〜ん」

殿の言葉で解放される。衣愛さんの行動『愛らしい』という殿の言葉。加速度的に照れくささが上がってゆく

「ところで神威のとのさん、どこから来たの〜リンたん」
「越後じゃ。詳しいことは後々の。衣愛、そなたもリン殿を迎える宴、参加してほしいのじゃが、明日、都合はつくかの」
「ぜひぜひです〜とのさま。あ、こちらがお召し物です」
「ありがとうの。では、リンを採寸してやってくれ。その間に着替えてくるかの」
「では、上様こちらへ」

言って立ち上がり、部屋を出る殿、命子さん

「じゃ〜、リンたん、お着物ぬぎぬぎ〜」
「わぅ」

促される、というか脱がされる。だ、大丈夫なのだろうかわたし。下着だけにされる。あきらかに楽しんでいる衣愛さん。目が燦々(さんさん)と輝いている。ナニカされないか不安になる。ただ幸い、それ以上変なことはされず、着々と採寸がされてゆく

「変わった下着だね」

言われて気付く。そういえば刈さんは、ふんどしを締めていた。となるとわたしもそうなるのか。考えていると、抱きしめられた。やっぱり、ナニカされてしまうの

「痩せてるね、リンたん。殿さんが、ゎたしたちに紹介してくれる。リンたんも何か訳ありなんだね。でもね、リンたん、めげちゃダメ。生きようね。ゎたしたちと。神威の殿さんと」

鼻声の衣愛さん。変なことはされなかった。ほっとする。と、同時に感じる。リンたん『も』と、衣愛さんは言った。と言うことは

「うん。殿にもいわれたよ、衣愛さん。じゃあ、衣愛さんも」
「そ〜。おとたんが飲んだくれでね〜。かあたんは、働き過ぎで亡くなっちゃった。おとたん、ゎたしにも働けって。げんこつが恐くて逃げ出して、さまよってたところ。全国行脚してた、神威の殿さんが助けてくれた」

この明るくて、優しげで、気立て良さそうな衣愛さん。背負っていたのはそんな過去。ふたたび、採寸にもどる

「裁縫ができるって言ったら、見せてみよって。殿さんの紋付き袴、作ったの。見事じゃって褒めて貰えた。お城専属の縫い士にもしてくれた〜。かあたんから教わったんだお裁縫。殿さんに言ったら、そなたの中に、母上が生きておる証じゃって。嬉しかったな〜。お店も出させてくれた。リンたんが、どんな訳ありか。今は聞かないよ。きっと殿さんが言ってくれるから。さて、おしま〜い。じゃ、リンたんもお着替えおきがえ」

取り出される一式。着付けは衣愛さんが教えてくれた。その日、ふんどしは締めなかったけど


Page:1 2 3 4



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。