二次創作小説(紙ほか)

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わたし×殿(わたしくろすとの)
日時: 2017/09/24 17:46
名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)

本小説は、ボーカロイドキャラクターをモデルにした小説です。この小説のアイディアは、物書きの端くれの自分が、学生時代に作ったプロットが元になっています


別サイト様に投稿させて頂いている小説と同様のものです


がくぽ、リンのカップリングがダメという方は、読まれないほうが良いと思います







登場人物


鏡音リン『かがみねりん』(14) 本編主役。天災で家族を亡くした少女

神威楽保『かむいがくぽ』(33) 大江戸の偉大な統治者。絶対の信頼を得ている

神威恵保『かむいめぐぽ』(16) 神威の妹にして、世話係。リンをかわいがる

神威凛々『かむいりり』(18) 神威の妹で、侍大将。神威と実力を二分する

神威刈『かむいかる』 (15) 神威の妹。民と共に、農作物を育てる

神威粒兎『かむいりゅうと』(5) 神威の弟。兄から民のための心を学ぶ

錬『れん』 (14) 刀鍛冶見習い。リンの亡くなった弟にそっくりな少年

命子『めいこ』 (23) 岡っ引きの頭(かしら)頼れる姉御。神威の飲み友

海渡『かいと』 (22) 城に使える専属調理師、兼、漁師。神威の親友

美宮『みく』(16) 宮大工の娘。美しい彫り物が得意なチャキチャキ娘

琉華『るか』(21) 美しい、芸妓の太夫(たゆう)人気の歌い手

清輝『きよてる』 (28) 寺子屋の先生。リンに、この時代の知識を教える

勇馬『ゆうま』 (18) 神威の身辺警護をする。岡っ引き見習いの少年

衣愛『いあ』 (18) 服屋の腕利き娘。お城専属の仕立屋

彩華『いろは』 (11) 琉華の妹分。三味線の腕は秀逸

秘呼『ぴこ』 (15) 占い師。豊作か否か等を占う。驚くほど当たる

照都『てと』 (31) 電力を復活させた科学者。風力発電の管理人

ゆかり(18) 神威や命子がひいきにする、飯屋の娘

ずんこ(17) 街一番の菓子屋の看板娘

美器『みき』 (17) 陶器職人の少女。美しい器を作り出す

湯気『ゆき』 (6)  風呂屋の娘。清輝の生徒

アル (25) 米国より来た、陽気な外交大使

Re: わたし×殿(わたしくろすとの) ( No.6 )
日時: 2017/09/24 17:59
名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)

「ほ〜らかわいくできあがり〜」

着付けが済んで、鏡に映してくれる衣愛さん。薄桃の着物。白と金糸の美しい帯。紅白の花、金の瓔珞(ようらく)施される、リボンにつけられた髪飾り。かわいいかは別として、まるで自分でないよう。昨日までは、薄汚れた制服の、黄色いチビだったのに

「着替えは済んだかの〜衣愛〜」
「かわいくなったよ〜リンたん」

部屋の外からかけられる殿の声、返答して、自動ドアを開く

「おお、リン。よく似合っておるな。華やかじゃ。さすがじゃの、衣愛。褒美は後での」
「ありがと〜神威のとのさん。リンたんかわいいでしょ〜」
「うむ、誠可憐じゃ。城の姫君にふさわしいぞリン」

心の準備ができていないわたしに、殿の声が動揺を倍にする

「おお、リンお嬢。神威の姫君達に見劣らねぇようになったな」

命子さんからも声が掛けられて、もう全身が熱い。かゆい、むずがゆい。というか、殿がほんとうにかっこいい。薄緑、上質な着物に、白銀の袴。どこから見ても、完璧に御殿様

「いかがしたかの、リン。堂々としていいの」
「ぅぁ、ありがとぅございます。衣愛さん、殿」

なんとか絞り出す

「では、参ろうかの。命子、与一号を、しばし頼むの。衣愛、ではまたの」
「ガッテン。リンお嬢、いってきな。大江戸は楽しい街だ」
「とのさ〜ん、リンた〜んまたね〜」

殿に連れられ歩き出す。入ってきたのとは別の出口。履き物も用意されている。外へ出る。と、番所の庭、四つの門がある。殿が向かうのは『御成門』と書かれた門

「殿、門が四つあるのはどして」
「ああ、それぞれ用途がちがうのじゃ。わざわざ、民とワシ、分けなくても良いかと思うがの。数代前からの慣例なんじゃよ。ワシと、神威の血の者だけが、この御成門を使うのじゃ」
「残りは」
「あちらの門は、通用門。民が通過する門じゃ。残り二つは、少し悲しいがの。一つは法を破った者が通過する、裁きの門。最後は、亡くなった者を葬る時通過する。旅立ちの門じゃ」

それぞれに意味がある。やっぱり、わたしの居た時代とは大違いだ。歩く、途中で気付く。わたしより、遙かに足の長い殿。遅れをとらないのは、殿がわたしに併せてくれているから。本当にあたたかい殿。門が近づくにつれ、聞こえてくる活気にあふれる、街の音。門番によって、門が開け放たれる。今度は、お城の時とは違い、『御殿様のおな〜り〜』の声が上がる。走っていた人。野菜を洗っていたおじさん。魚を卸していた少年。立ち話をしていた娘さん方。一斉に殿を見る。あがる大歓声

「皆の者、ごくろうさまじゃの〜」

殿の声は、大声援に負けていない。地鳴りのような迫力。その殿の元にみんなが集まってくる。ひとしきり握手を交わした後

「皆々、すまぬのぅ。今日は、このリン殿に街を案内(あない)いたそうと思って参ったのじゃ。越後の龍の末娘(すえむすめ)お見知りおき、お願いの」

あがる、感嘆の息。恥ずかしい、やっぱり。小さくなっていると、ふいに、殿の顔が近づく。心臓が飛び跳ねる

「堂々と、の」

耳打ちされて、息が耳にかかって。鼓動がフルマラソンの後のような状態に。みんなに見られながら、殿と街を進む。純和風。色とりどり華やか。電線が張られているのだけが面白い

「少し、気安くてすまぬがの」

はぐれないように、わたしの肩に手を置いてくれる。殿の手のひらはあたたかい。連れられて、ある店の暖簾(のれん)を、くぐろうとしたときだった。駆けだしてきた少年とぶつかりそうに。よろめくわたし。支えてくれる殿

「っと、すまね、怪我ない」

その声を聴いて、その顔を観て。思わず口をついて出る

「レン」
「リン、なぜ錬(れん)のことを」
「うわ、神威の殿様だ。す、すいません。でも、誰、その子。なんでオレの名前、知ってんの。確かに、オレは鍛冶見習いの錬(れん)だけど。え、っちょっと姉ちゃんどした」

泣く。涙が止まらない。殿にすがりつく。泣き続けるわたし

「錬、すまぬ。少し待ってくれんかの。リンもつらい身の上だったんじゃ」

それだけ告げる殿。しばらく泣き続けて、落ち着いた頃聞かれる

「して、リン。何故、錬を知っておった」
「そっくりだったんです。同じって言ってもいい。声も、顔も、背格好も。亡くなった、わたしの弟に」

亡くなった、で悲痛な顔をする、殿

「では、その弟君(おとうとぎみ)の名が—」
「レンでした」
「おれと、同じ名前の弟—」

目を閉じ、何か、祈りを捧げているように見える殿。錬君の驚いた声

「リン、ここは、そなたがおった時よりも先の世じゃ。あったのかもしれん、輪廻の果報がの」
「輪廻のカホ〜」

今度は、優しい顔で告げる殿。耳慣れない言葉を聞く。弟そっくりな少年も首をかしげる

「亡き弟君(おとうとぎみ)が生まれ変わられたのやもしれん。と言う事じゃ」
「なんだかよくわかんないや。オレ頭ったま悪いから。でも、姉ちゃん、確かにオレによく似た弟いたんでしょ。じゃ、思ってよ。代わりにはなれないだろうけど。オレのこと、弟だって」

笑顔で錬君、告げてくれる。心の中、暖かくなる

「それは良いことじゃの、錬。実はの、リンはこれからしばらく、わしらと城で生活を共にすることになってのぅ。錬にも紹介に参ったのじゃ。リンよ、かつて錬にも姉がおっての。北海の国は領主じゃったの」
「ひっでえ姉ちゃんだったよ。昔っから、自分は姫でオレは召使い扱い。人の言うことなんざ聞きやしない」

錬君、苦い顔で話し出す

「領主の、父上が亡くなってからは、やりたい放題。最後は、民のみんなの反乱で葬られた。オレもやばいとこ、命からがら逃げてきてさ。あ、姉ちゃん、オレの姉ちゃんとは全然似てないからさっ。気にしないでよっ」
「数年前じゃ、ワシが保護しての。以来この鍛冶屋でひたむきに修行しながら、懸命に働いておる。錬よ、そなたも、明日の宴に参加してほしくての。リンを迎えるための宴じゃ」
「いいのっ。出る出る」

そこでなかから怒声が飛んでくる

「いけね、師匠にお使い頼まれたんっだ。じゃな、神威の殿様、姉ちゃんも、また明日たな〜」

走って行く錬君。その仕草全てが、弟の生き写しだった。確かに、実の弟ではない、錬君。別人の彼を観て、でも思う。殿の言葉を思い出す。わたしがここで生きているように。レンも、ここで生きていたんだね、と

Re: わたし×殿(わたしくろすとの) ( No.7 )
日時: 2017/09/24 18:29
名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)

歩く、巡る、大江戸を。色々な人から声がかかる。大人気の殿。一件の店の前、足を止める。天歌屋と看板が掛かる、二階建ての大きなお店

「この店の二階を借りて、の。リンを迎える宴を催そうと思うておる」
「大きなお店。歴史がありそ〜」
「店の構えに恥じぬの。酒も食(じき)も大層美味じゃ」

放していると団体のお客さんが出てきた。殿に気付き、歓声。そのお客さんを送りに出てきた女の子が

「神威の上様〜また来てくれた〜」
「おお、ゆかり。親父殿はおるかの」

黄色い声をあげ、殿と会話する

「明日の、店の二階を貸し切って貰えるかの。此方(こなた)リンを迎える宴を催したくてのぅ。ぶしつけな頼みですまんの」
「わ、上様可愛い子連れてるね。そっか、ちょっと聞いてくるね。殿のお願いだもん。二つ返事だと思うけどさ。お〜や〜じ〜」

きびすを返し、店の暖簾をくぐる。その間、団体のお客さんと歓談する殿。今年の作物や酒の出来、漁の具合が内容。そして、わたしを紹介してくれる。殿様が連れている、越後の龍が末娘(すえむすめ)そのネームバリューたるは、あの黄門さんの印籠さえも凌駕した。殿への信頼の証。越後の殿への尊敬が印

「う・え・さ・ま〜。良いってさ〜。親父もおっかあも、めっちゃ喜んでたよ。売れ行きが上がるってさ」
「はは、左様か。では、お願いしようかの。仕入れの代については、後で城の者に届けさせよう。できるものを何でもの。ああ、海渡も、魚と共に厨房に入れてほしいのじゃ」
「いやったぁ。海渡の兄さんの飯も食べれんだぁ。いいよ〜親父に言っとくね」

飛び上がって喜ぶ、割烹着姿の女の子。と、わたしに目線を移して

「ところで上様、隣の可愛い子はだぁれ〜」

にこやかに聞いてくる。周りの人が、越後の龍は末娘と説明してくれる。もはや、浸透しつつあるそのブランド。どうしよう、違うと自分では言えなくなってしまう

「そっかぁ〜。ど〜りで、凛々の上様に似てる気がすると思ったんだ〜。よろしくお願いしますね、リンの上様。飯屋のゆかりでっす。これでも、上様と命子のお頭がひいきにしてくれる店なんだ」

よくよく店を観る。大江戸の老舗なのだろう店舗。刀傷や、ボヤの痕だろう焦げ目も見える

「結構、味自慢だから。上様と一緒に食べに来てね」
「食べに来ます、ゆかりさん。明日はよろしくお願いします」
「ワシからもよろしくの、ゆかり。では、参ろうかの、リン」

ゆかりさん、団体さんに別れを告げ、殿と歩き出す。賑わう街は人の往来も多い。夏の日差しの元、次に連れられてきたのは、甘州屋というお菓子屋さん

「こんれは、これぁ。ようお越しくださいましたぁ、お殿さまぁ。あんれ、今日はまた、随分めんこい娘っこつれてぇ」

店の前、呼び込みをしていた女の子。声がかかる。めんこいという言葉、そのままお返ししたい見た目。東北なまり、それもかわいいの女の子

「ご苦労様じゃの、ずん子。今日は、このリン殿に街を(あない)しておる。そうじゃ、ずん子、葛桜を五十ほど頂こうかの。三十、十五、五つと、別に包んでほしいのじゃ。同じものを、十五と半の刻までにの、寺子屋へ人数分届けてほしいのじゃが、出来るかのう」
「わかりましたぁ〜おっとぅに聞いてみますぅ」

女の子、袂(たもと)からメモ用紙を取り出し、注文を受け付ける

「苦労をかけるのう。それから、水饅頭を別に頂こうかの。店先で食べさせて貰ってもよいかのぅ」
「ありがとうございますぅ、お殿さまぁ。すんぐにお持ちいたすますぅ。葛桜は、食べながらお待ちくださいなぁ〜」
「頼むのぉ」

店のなかに入ってゆく、女の子。日差しを遮るように、張り出す軒下。紅い繊毛(せんもう)敷かれた長椅子に腰を降ろすわたしたち

「この甘州屋はの、大江戸一の菓子屋じゃ。城の茶会(さかい)の菓子も卸してくれておる。先程の娘様は、ずん子。一家で東の国より参った。弓道の腕も随一じゃ」

甘州屋さん、ここも大きなお店。わたし時代だと『和風カフェ』みたいなお店かな。身を乗りだし、中を観て見る。あ、そうっぽい。ずん子さんと同じ着物の女の人、着流しの男の子。注文取ったり、お菓子を運んだり

「天歌屋さんも甘州屋さんも、大きなお店だね、殿〜」
「どちらの店ものう、いかにすれば客人に喜んで頂けるか苦心しての。店主殿や調理人(ちょうりびと)が、腕を磨いた結果じゃろう。それ無くして、店の発展はないからの」

元に戻って、殿とお話し。人が行き交う、華やかな大江戸。殿に気付いて、手を振る人。ほんと、殿大人気

「おまたせしましたぁ、お殿さまぁ。水饅頭。冷やしお抹茶とぉ、ずんだ餅はおもてなしでござぃますぅ。こちらのお漬け物も、舌休めにどんぞぉ」
「これは、かたじけないのぅ、ずん子。親父殿にも、よろしく伝えてほしいの」
「とんでもねぇです。ではぁ、葛桜はお待ちくだせぇ。ああ、寺子屋の分。おっとう、張り切って作るっていってましたぁ」
「手間ですまんが、よろしくのぅ」

再び店のなかへ。置かれている、未知の菓子。丼の中におまんじゅう、たっぷりの氷と水。そして、置かれる白い砂。これは

「ああリン。これはの、この砂糖をかけて食べるのじゃ」
「え、おまんじゅうだよね殿。お砂糖かけるの」

丼の中に、砂糖を入れる殿。丼、水に浸したおまんじゅう。そのうえに砂糖。どんな味なのか。殿、早速砂糖をかけて、大きめにお饅頭を掬う(すくう)豪〜快に一口

「〜、美味じゃのぅ。夏はこれじゃなぁ」

言って爽快に笑う。あ、絶対美味しい、って思った。わたしも、それに習って頬張ってみる。とろける皮。中からは、塩味、固めに仕上げられた、粒餡があふれだしてくる。砂糖の甘みと、粒餡の塩気がベストマッチ。氷の冷たさで、頭が痛くなる。脚をパタパタさせてしまう

「はっはっは、リンは誠、美味しげに食するのう。良いぞ、行儀など気にすることはない。こういうものは好きに食するのが一番じゃ」
「〜ぅあ〜。おいしい〜。おいしいよ殿」

殿と二人、音を発てて食べる。抹茶も冷え冷え、苦みで、おまんじゅうが引き立つ。漬け物の塩気で舌をかえて、二つ目のお菓子へ。鮮やかな緑色の餡が、艶やかなお餅にかけられている。さっき、ずん子さんはなんて言ったっけ

「殿、このお菓子はなんて言うの」
「ずんだ餅じゃ。餅にの、枝豆をつぶして砂糖と和えた餡をかけた菓子じゃ。この店には、他にも隠し味があるようじゃがの。食そうぞリン。喉に詰まらせぬようにな」

今度は箸を使って食べる。もちもちお餅、たっぷりの枝豆が粒々おいしい。笑顔になってしまう。家族が居なくなってからは、こんなにおいしいお菓子を食べたことはなかった

「お殿さまぁ。葛桜、お包みいたしましたぁ〜」
「かたじけないの、ずん子。親父殿も。水饅頭、ずんだ餅も大層美味じゃった。ご馳走様じゃ」

会計をする殿。渡しているのは、白金貨五枚だった。貰いすぎと、慌てる店主に、苦労賃じゃと返す殿。両手にお菓子

「殿、一つ、わたし持つ」
「良いのか、リン」
「うん。お菓子でお腹いっぱい。お昼もたくさん食べた。動かないと太っちっやうよ」
「ははは、リン。そなたは少し目方を増やせ。痩せすぎじゃ。では、この小さな方をお願いしようかの。ずん子、親父殿、皆もご馳走様じゃ」

歩き出そうとして、わたしも続こうとして

「そうじゃ、忘れておった。いかんいかん。親父殿、明日昼までにの、天歌屋に紅白の大饅頭を届けてほしいのじゃ。薯蕷饅頭が良いのぅ。ずん子に持ってこさせてほしいの。リン殿を迎える宴を催すで、そののまま、ずん子も参加してほしいのじゃ」
「えぇ、おらぁ参加していいんですかぁ。お殿様ぁ」

目が輝くずん子さん。どよめくみなさん

「無論じゃ。甘州屋代表として待っておるぞ。では、またの〜」
「ずん子さん、皆さん。ごちそうさまでした。とっても美味しかった」

手を振る殿、頭をさげるわたし。歓声に見送られ、また大江戸の街へあるきだす。いくつかの通りを横切り、角を曲がり、辻を抜ける。と、その時だ、殿に思い切りぶつかってきた人物。びくともしない殿。相手の方が吹っ飛ばされる。持っていた箱がけたたましく転がり、道具が飛び出す

「おっと、済まんの」
「って〜どこに目ぇつけてやがるこんの、うすらトンカチっって、神様、うあ済まねぇ。平にお許しぉ」
「元気じゃのぅ、美宮。良いことじゃ。走るときは気を配らんとの」

笑いながら、散らばった大工道具を拾ってあげる殿。紅いねじりはちまき。白いさらしに、萌黄色の半被。いかにも大工な女の子。あわてふためき、道具拾いに加勢する

「今日はまた、どんな用事で。まさか、神様がいるたぁ思いやせんで」
「ああ、リン殿に街を案内(あない)しておったのじゃ」
「んん」

しゃがんだ状態でわたしを見やる、美宮とよばれる女の子。ヤンキー座りで眉をつり上げながら

「やせ馬だな、好き嫌いでもしてんのか。食わねえヤツから—」
「美宮よ、リンはの、越後の龍が末娘なんじゃ」

言われて、青ざめ、ひれ伏しながら

「っす、すま、すまねぇ。今日はなんて日なんだ。神様に、越後の大将の娘様まで。っと、ととととんだ失礼—」
「ははははは。美宮、もう良い。リン殿は怒っておらん。の、リン」

うなずくわたし。コロコロ表情に、怒るどころか笑みが出る

「美宮はの、大江戸城を建てた、宮大工の娘じゃ。美しい彫り物が得意での。ワシとリンが、寝室につこうておる部屋の格天井(ごうてんじょう)美宮が僅か六つ時、彫り上げたものじゃ」
「あの天井の彫り細工、6歳の時彫ったの。美宮さん、すごい」

今朝観た、美しい天井を思い出す。格天井と言うのか、あれを六歳の女の子が彫り上げたなんて

「いいいいや、それほどのこたぁ。越後の龍が娘様『さん』なんざいりゃあせん。どうぞ好きに呼んでくだせぇ」
「じゃあ、やっぱり『美宮さん』っかな」
「どうじゃ、美宮。もうさからえんのぅ」
「こここ、こまりやした。あ、いや、おりゃあ、これで。長屋のバサマに、板戸の修理頼まれてやすんで」

駆け出そうとして、殿がよびとめる

「美宮よ。明日昼にの。天歌屋で、リン殿を迎える宴を催す。大工の頭領のそなたも参ってほしいのじゃが、都合はつくかの」
「おりゃあ、場違いじゃ〜ねえか、神様」
「少し話したいこともあるでの」

真顔の殿『何か』を察した美宮さん

「—ガッテン承知の助っ。じゃな、神様、娘様」

今度こそ、砂埃をあげて走ってゆく美宮さん

「なんかイロイロすごいなぁ、美宮さん」
「あの力は、どこから溢れるものかの」

殿と笑い合う。大江戸大工、エネルギッシュな女の子だった

Re: わたし×殿(わたしくろすとの) ( No.8 )
日時: 2017/09/25 06:59
名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)

華やぐ街を歩く。その度、上がった歓声を後にして。やってきたのは、寺子屋と書かれた建物。わたしに言わせれば、木造の立派な学校だ。今は体育の時間だろうか。校庭、甚平姿で走る少年少女。わたしと同じくらいの子もいる

「昨晩の輝、清輝はの。この寺子屋の教頭を務めておる」
「すごい、あんなに若いのに」
「優秀な人物に、齢などは関係ないということじゃのぅ。自らも、学級を担当しておる」

殿の姿を認めると、ここでもあがる、歓喜の声。皆、そのまま努めておれ、感心じゃと返す殿。校舎の中に入る

「それぞれ、六つから十八までの。学びたいものが通ってくる。粒兎は五つじゃが、あまりに好奇心旺盛での。午前は此所へと通わせておる」
「そんなにここに通ってるんだ。どんなことを教えてくれるの」

外履きは、来賓用のうち履きに変える

「言葉、文字の読み書き、算術。法や医学などのぅ。それぞれ担当がわかれておるのじゃ。学びたいものを、学びたい師より学ぶ」
「清輝先生は何を教えてるの」
「文化、文字の読み書き。そして、人としてのありかたじゃの」

階段を上って二階、梅花と書かれる部屋へ入る殿。即座に、殿様だと声が上がる。黒板に向かっていた、清輝先生も目を丸くしながら

「御殿様、本日はまた、どうして」

丁寧にお辞儀をし、殿に向き直る

「すまんの、輝。昨晩のお礼を直接渡したくての。甘州屋の葛桜じゃ。人数分あるから、子らとの。十五の半には、寺子屋人数分も届く故、皆で食しての」

ありがとう殿様と、大歓声が上がる

「誠にありがとうございます、御殿様。甘い物にはめがなくて。ああ、リンさんでしたね。その後、いかがですか。ある意味では、別の世に来られたわけですから。体調は変化ありませんか。戻れる気配などは」

わたしに気付いて、心配りをしてくれる先生

「ありがとう、先生。体の具合、前よりいいくらい。わたし、大江戸気に入っちゃった」
「それはなにより」
「そうじゃ、輝よ。手間を増やして済まんがの。日輪の日にの、リンにコノ世の事を教えてやってほしいのじゃ。歴史や文字、法などものぅ。ワシも少しずつは伝えるがの」
「承りました、御殿様。日輪の日、午前中に伺いましょう」

頷く清輝先生。わたしの家庭教師を引き受けてくれる

「では、皆、清輝の話を良く聞いて、励んでほしいのぅ。大和の未来は、そなたら若人にかかっておるからの」

喝采を受けながら、教室を後にする。その後、教務室にあたる、教員の間に寄って、葛桜が届くことを伝える殿。先生方も大喜びだった








寺子屋を後にして、歩き出す。わたしが持っていたお菓子は、殿が持ってくれている。すると、前から華やかな一団がやって来るのが見える。おつきの傘持ち、荷物持ちの従者。華を振らせる男の人、お囃子の音。上がる感嘆の悲鳴。もれる、黄色いため息

「殿、あの人達は」
「うむ、こちらに来てくれるようじゃ。すぐにわかるの。しても、運が良かったのお。帰って来ておったんじゃの」

華やかな人垣は殿とわたしの前で留まる。従者と華巻きが退いたその先、良い香りが漂う中心にいたのは

「まぁまぁ、御館様。まさか、お目にかかれるとは思いませんでしたわぁ」
「ワシの言葉じゃ、琉華(るか)。戻っておったのじゃのぅ。大江戸へ入ったのはいつじゃ」
「昨日ですわ。御館様がお出ましと耳にしましたので、お目通りさせていただきたくて。急ぎ、やって参りましたの」

花魁着物を着こなし、煌びやかなかんざしを差した美しい女の人がいた。顎のした、鮮やかな扇を開く。かんざしについている、いくつもの瓔珞が、鈴のように鳴る。着物の裾を引きずらないように、小さな二人の女の子が僅かにたくし上げている

「それは、手間をかけたのぅ」
「とんでもありませんわ」
「うむ、そうじゃ。琉華がおるなら頼みたいのじゃ。明日のぅ、天歌屋で、此方のリン殿を迎える宴を行うのじゃ。琉華の歌と舞踊を披露しては貰えんかのぅ」
「まぁまぁ、可愛らしいお嬢様。御館様、お断りする理由がありませんわ。はじめまして、リンさん。琉華と申します。以後お見知りおきを」

妖艶な笑みを浮かべる、琉華さん。扇を胸の位置まで下げ、お辞儀。大人の色香がすさまじい。まわりから、桃色のため息が漏れる

「はっはじめまして、琉華さん」

色気に呑まれそうになる。どうにか立て直して、お辞儀

「リン殿はのぅ琉華、叔父上の末娘なんじゃ。昨晩、越後より参った」
「まぁまぁまあ『越後の龍』様の娘様。それでは、わたくしが参じるなど恐れ多くはありませんか、御館様」

驚きの声と顔の琉華さん。周りの人たち、御殿様、琉華太夫(たゆう)に越後様の娘殿。今日はなんて日だ。そんな声をあげる。事態が大げさになりすぎて、もうどうにもできない

「何を申すか琉華。大和一のそなたが歌と舞、是非みせてほしいのじゃ。おお、そうじゃ、鍛冶見習いの錬も呼んでおるぞ」

錬君の名前を聞いた琉華さん、微笑みが増しマシ

「ええ、錬さんも。ますます、お断りできませんわ。ああ、愛しの錬さん」
「はっはっは、存分に可愛がると良いの」

カラカラ笑う殿

「そうですわ、御館様。わたくしの妹を連れて行っても構いませんか。最近入った新顔で、歌と踊りはまだまだですが、お三味線の腕は逸品ですわ。そろそろお座敷にお顔見せさせたいと思っていましたの」
「これは、嬉しい申し出じゃ。願ってもないの。リン殿の宴がお披露目というわけじゃ。ますますもって、楽しみじゃの。琉華、明日昼より催すでの」
「必ず伺いますわ」
「では、本日はこれにてのぅ。急ぎ足ですまんのじゃが、リン殿に、大江戸を案内(あない)しておる最中での」

歓声、感嘆、黄色桃色。色々な悲鳴に見送られ、再び歩き出す。わたしは殿に聞く

「殿、あの美人さん。琉華さんはどんな人」
「琉華はの、大人気の芸妓じゃ。歌と舞踊で人を魅了するのじゃ。大和一の太夫(たゆう)でのぅ、大江戸に居ることは少ないほどじゃ。国中引っ張りだこだからの」
「そうなんだ。ホント、綺麗なひとだもんね〜。そういえば、錬君のことも言ってたけど、なにか関係あるの」

納得と、再び浮かぶ疑問を口にする

「以前のぅ、座敷が遅くなったときがあったらしくての。野犬に襲われてしまったらしいんじゃ。たまたま通りがかった錬が、必死に撃退したらしくての。よい男気じゃ」
「錬君、ほんとにイイコなんだね。琉華さん護ったんだぁ」
「傷だらけじゃったそうだの。付ききりで琉華が看病したらしいのぅ。以来、錬が、大のお気に入りというわけじゃ」
「あんな綺麗な人のお気に入り、錬君幸せ者だ〜」

殿、吐息をつき、笑いながらわたしを観る

「じゃの。本人は大分(だいぶん)照れておるがの。じゃが、錬もつらい身の上を生きてきたでの。幸せに過ぎるくらいでちょうど良い。リン、そなたにも同じ事が言えようの」
「わたしにも」
「左様。これからは、幸せに生きるので良いということじゃ。もとの世にもどっても、の」
「殿」

歩みを止めるわたし

「如何した、リン」
「昨日も言ったけど。わたしは、家族を亡くした。親族には、疎まれてた。引き取られたとき、転校で友達とも離ればなれ。新しい学校で、わたしは一人ぼっち。生き残った、ちょっと面倒くさそうなヤツって。誰も話しかけては来なかった。家族と一緒に逝ければ良かったと思ってた」

何も言わず、話しを聞いてくれる殿

「生きてても、何もいいことない。そんな風に思った。思ってた。この大江戸に来て、勇馬さんに斬られそうになって。わたし、思った。生きてたいって。殿に生きよって言われて思った。生きようって」

涙が溢れる。こらえることが出来ない

「殿、幸せにして。わたしをこの大江戸で。わたしを生きようとさせてくれたこの街で。帰る方法なんていらない。帰さないで。わたしを生かして。殿が言うように、レン(おとうと)が、生きているこの大江戸で」

わたしの肩に、手を置いたままの殿。その手に力が籠もる。頭に手が乗る。撫でてくれる。その安堵感。幸福感。いよいよ涙が止まらない

「リンよ。よう耐えた。よう堪え忍んだ。まずはこの大江戸で、しばらく体と心を休めるがよいの。すまんのぅ。そんなにつらいことと、考えも及ばなんだの」

肩に乗った手が、わたしをさすってくれる

「ならば、ここにおれ。そなたが幸せを感ぜるこの世にの。そして、心変わりしたら、いつでも申せ。帰りたいとの。さすれば、ワシが、必ずそなたを彼の世に還す。その方法があるのかないのか分からんがの。必ずそなたを還す。この命にかえても、の」

わたしの前に回り込む。目を合わせながら、わたしに告げてくれる。どこまでも真剣に。わたしのことを、こんなに想ってくれる人がいる。わたしは生きていく。この大江戸で生きていく。殿と同じこの時を、わたしはみんなと生きていく

「ワシと共に、ワシら家族と共に生きようぞ、リン」

涙を拭ってくれる。ワシと共に、ワシら家族と共に。なんて素敵な響きだろう

「わたし、生きるね。殿たちと一緒に」

今度は泣き笑い。精一杯応える

「そのいきじゃ。さて、ゆこうかの」

再びわたしの背後に回り、肩に手を置いてくれる。その手の熱さが心地よい。わたしはここで生きてゆく







殿と二人、笑い合う。進んでゆく。夜には灯りが点くだろう、灯籠を横切る。少し先、賑やかな集団がいる。台のまえ、瓔珞がついたヴェール。纏うのは、陰陽師のような衣装。かざす手、水晶玉が二つ。透き通った碧と黒。見るからに占い師さん。通過しようとする、わたしと殿の姿を認めると

「殿にいちゃん」

声をかけてくれる。周りにいた人たち、お殿様と仰天する

「ああ、秘呼(ぴこ)すまんのう。商売の邪魔になるかと、行き過ぎようかと思うたのじゃがの」
「なに言ってんですかぁ、水くさい。今のぼくがあるのは殿にいちゃんのおかげだもん」

左右で目の色が違う。『ぼく』という言葉遣いの美しい女の子。前屈みで立ちあがる

「今日はの、此方、リン殿に大江戸を案内(あない)しておる最中なんじゃ」
「はじめまして、おリンちゃん。占い師の秘呼だよ」

両手をひらひら振ってくる姿が可愛らしい。両手首には数珠ブレス、と言って良いのかはわからないけれど。同じく、透き通る碧と黒。二つずつ着けられている

「はじめまして、秘呼さん。よろしくです」
「よろしくね〜」
「そうじゃ、秘呼。リン殿を視てやってはもらえんかのぅ」

殿が、内密にの、と耳打ちする。周りの人たちには、割り込んですまんのぅと告げる

「では、おリンちゃん、ぼくの前に。緊張しないで〜」

座るわたし。水晶玉に手をかざす。しばらく、水晶の上、手を回していた秘呼さん

「わ〜、わぁ〜」

驚いたように、水晶玉をのぞき込む。顔を上げ、殿に向かって目を剥く秘呼さん。頷く殿

「おリンちゃん、凄い処から来たんだね」
「そうなのじゃ。皆すまんのう。リン殿はの、叔父上の末娘。凛々と刈の妹なのじゃ。さすが秘呼、よく視ぬいたのぅ」

『越後の龍』の娘様。驚きの声。もはや、神経が麻痺してなにも感じないわたし。秘呼さんは、再び殿を見る。頷く殿、『そういうことに』という顔だ

「やっぱり。ぼくも言おうと思ってたんだ〜。おリンちゃん、大丈夫だよ」

わたしに顔を近づけて、これは本当。小さくつぶやいた後で

「殿に〜ちゃんと一緒に居ればナンクルナイサ〜。おリンちゃんが進む人生(みち)、幸せに満たされる。水晶は教えてくれた。よく頑張ってきたね、おリンちゃん。これからは、楽しいことが待ってるよ」

涙を浮かべ、破顔する秘呼さん。その顔は、とても幼く見えた

「では、行こうかの、リン。あまり長居して、皆の時間を奪ってはいかんからの。秘呼の商売の邪魔をしてもいかん。おお、そうじゃ、秘呼よ。そなたも出席してくれんかの」
「邪魔なんてそんなぁ〜。ところで何に出るですかぁ、殿に〜ちゃ〜ん」

笑顔、小首をかしげ、唇に人差し指をあてながら秘呼さん。一つ一つの仕草が、やたら可愛い

「明日の、天歌屋で、リン殿を迎える宴を開くのじゃ。是非、そなたにも参ってほしいのぅ。諸々と占ってほしいこともある故の」

秘呼さんの瞳。輝く色がそれぞれ違うがサンザメク

「わかりました。行きます、行きます、秘呼いっきま〜す」
「では、待っておるでの。昼からじゃからの」

集団に別れを告げて、歩き出すまえに

「あ、秘呼さん、ナンクルナイサ〜ってなに〜」

また解らない言葉を聞く。大江戸言葉

「どうにかなるよ〜ってこと。おば〜が良く使ってたんだ。龍宮(りゅうくう)の言葉なんだって〜」
「そっか、どうにかなるさ、ナンクルナイサ〜。あ、ステキ。ありがとう、秘呼さん」
「大老の口癖は、秘呼が占いの秘術と共に、受け継いだというわけじゃ。ではの秘呼、皆々様も、の」

今度はまた、秘呼さんの占いに群がる皆さん。歩きながら、わたしは殿に

「かわいい女の子だね、秘呼さんって」
「ははははは、リンよ、まちごうておるようじゃの」
「間違いって」

あれ、なに間違ったの

「秘呼は男の子(おのこ)じゃ。女子(おなご)ではないの。『ぼく』ともうしておったじゃろ」
「えええ」

男の子で、あの可愛らしさは反則だと思う。わたしのいた世界。ぼくという女の子が、二次元三次元問わず。それなりに居たとは、どうも言い出せない

Re: わたし×殿(わたしくろすとの) ( No.9 )
日時: 2017/09/25 07:02
名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)

番所に戻り、与一号に跨がる。今度は、着物。わたしは跨がることができない。殿の前、横座りでのる。さっきより、殿の顔が近い。ちょっ鼓動が早くなる。大柄の殿の腕に収まって、街を迂回し、目指すのは大風車。流れる景色は本当に綺麗。緑の香りが強い。丘へ向かい、田舎道が一筋のびている。ゆっくり歩く、与一号

「凄く綺麗な世界だね、殿」
「綺麗にしたのじゃ。ワシらの先祖達がの。幾たびの天災を乗り越えてのぅ。だからこそ、この恵を伝えていかねばならん。それが、ワシらの務めじゃ」

殿の力強いこえ。強い夏の日の下、見上げる殿の顔。恐ろしいほど格好いいと、気付く。うっすらとよぎり傷。右えらから、鼻にかけて。腕にも、ミミズ腫れの大きな傷。そこかしこに傷がある

「殿、この怪我はどうしたの」
「これはの、野獣との戦いでつけられた傷跡じゃ」
「え、殿が自分で戦ったの。配下の人や、岡っ引きさんはどうしたの」
「はは、自分の国じゃ。治めておる、ワシが出撃(で)ずしてなんとするかの」

信じられない言葉。わたしの居た世界では、国のトップなんて、ただ命令を下すだけ。殿のように、街に降り、自分で闘う。そんなことは全くしない

「民を飢えさせるな。民を死なせるな。民のために生きよ。お前のために民が生きておるでない。民を生かすために、お前がおる。ワシが、生涯越えることができんじゃろう目標。偉大な父上の言葉じゃ」

誇らしげに話す殿。殿のお父さんもまた、みんなのことを考える人だったということを知る

「でもすごいね、殿。やっぱりなかなか出来ないよ。思っていても。皆のためにって。ちょっと恥ずかしいな。わたし、自分の事ばっかり言ってて」
「リンは、今まで生きることで精一杯。生きていく場所を求めることで余裕がなかっただけじゃ。これから少しずつ探せば良い。皆のために何が出来るかの」
「うん。そうする。そうやって生きていく」
「見上げた心音じゃリン。それでこそ、ワシの家族じゃ」

丘を登る。塔の前、与一号を止める殿。巨大な風車。と、殿に横抱きにされる。姫だっこをされた事なんて記憶に無い。心臓が飛び跳ねる

「横乗りで、馬上に一人は危ないからの」

与一号から、飛び降りる殿。颯爽と。降ろしてくれる。心拍がもとに戻らない

「どうした、リン」
「なな、何でも無い」

不思議そうな殿。すぐに、そうかの、とつぶやく。与一号の手綱を、柵にくくりつける。塔の扉をあける

「リン、ついて参れ〜」

呼ばれ、慌ててついて行く。一階、木製の箱が並ぶ。多分、機械が入っているのだろう。小さくうなり音が聞こえる。天井が高い。塔そのものは木造。幾重にも柱と梁が通っている。薄暗いけど、通気が良いのか、湿気っぽさやかび臭さはない。埃っぽさも。突き当たり、階段を上って行く

「照都〜おるか〜」

その問いかけに返答する声がする。二階、部屋の奥の机。気だるげに腰掛けていた女性。作務衣に白の白衣というスタイル。袂(ふところ)が空いためずらしい白衣。丸めがねを鼻にかけている

「や〜あ、殿君。めずらしいね。何の用だい、こんな所で油を売っていないで、民のため、馬車馬のように働きたまえよ」
「ははは。相変わらず手厳しいの、照都」

白衣の女性。立ち上がって、白衣の袂に両手を入れてやって来る。目の下にはクマ。薄笑み

「陣中見舞いにの。甘州屋の葛桜じゃ。食してくれ」
「ありがたく頂こうじゃないか。うん、見ない顔を連れているね。この手土産の真意はその子のことかな」
「半分は、の。もう半分は、そなたへの見舞いじゃ。いつも電力をありがとうの、照都。此方はリン。時を超えてやって来たのじゃ。昨晩の、ワシの上に降って参った」

真顔の殿。わたしの身の上をストレートに話すのはハジメテだ

「正気かい、殿君。と、茶化す顔ではないね」

女性も真顔になる。眼鏡を、中指で上げる

「清輝の導き出した答えじゃ。秘呼も感づいたようじゃの。ああ、しもうたの、携帯とやらを持って来なかったのぅ」
「肝心なものを忘れるとは、間抜けだねぇ。しかし、今携帯と言ったね。うむ、そんな言葉が出る時点で、もう決定だろうな。清輝大先生、秘呼君も認めるのだ。自分が口を挟まなくても良いのではないかね」
「リン、此方は照都。大和一の科学者じゃ。ワシの幼なじみでもあるの。確証はないからの。そなたの意見もほしいのじゃ」
「ふふふ、その通りだよ、と図に乗ったフリをしておこうか。照都(てと)だ、よろしく、リン君」

片手を差し出してくる、照都さんの前に歩み出て握手を交わす

「リンです。よろしくお願いします」
「では、携帯を取ってくるかの。昨晩の手帳も、リンの部屋にあるかの」

一人、戻ろうとする殿。連れて行っては貰えないのだろうかと声をかける

「与一で早駆けするからの。一緒では危ない故のぅ。今からじゃと、急がんと夜になる。夜は、野獣の危険も増での。しばし待っておってくれ」
「わかった。部屋、まだ何にも無いから。携帯と生徒手帳、畳んだ、ふとんの上においてあるよ、殿」

あいわかった、と駆けていく殿。残される、わたし。どうしよう、照都さんと間が持つだろうか。思っていると、照都さん、鼻だけで笑う

「相変わらずだな、殿君。人の心配ばっかりして。リン君と言ったね、ちょっとつきあってくれ」

照都さんは、魔法瓶と茶碗を一つ、棚から取る。階段へ歩き出す。昇って三階。見知らない機械の部屋を抜けて、屋上へ。扉が開けられる。差し込んでくる光と風。まぶしさで眩む

「どうだい、この眺めは」

少しずつ、目が慣れる。風車の歯車の間に広がる景色。丘に囲まれた一体。彼方に大江戸城、手前に街。お城の右、牧場だろうか。左には木、果樹園に見える。城のさらに後ろ側、刈姉達の畑と田んぼが広がっている。この塔に来て、初めて分かった。丘の上、並んでいるソーラーパネル

「すごい。すご〜い。綺麗です、照都さん」
「ようやく、自分たちはここまで来た。先代や殿君達と、天災を乗り越えて」

そうだ、殿は言っていた。この地には天災があったと

「リン君は、どのくらいのことを聞いたかね。この世界について」
「えと、天災で陥没したって」
「うん、それが引き金の天災だ。ま、掛けたまえ」

腰を下ろす照都さん。隣にすわる。魔法瓶を開け、わたしには茶碗、自分にはカップに、お茶を注ぐ

「その後だ、太陽からの風が、この星を直撃した」

包みをあける照都さん

「おお、五つも。三つは取っておくか。後で冷蔵庫に入れておこう」

葛桜を促してくれる。透明な葛の中に見えているのはあんこだろうか。これも初めて見るお菓子。今日、食べてばっかりだな。太陽の風、なんだろう。だまって、事の顛末を聞く

「太陽の風の影響で、当時の通信網、発電網はすべてダメになった。人間は万能だと奢っていた時代だ。驕慢(きょうまん)への警告と罰だったのかもしれん。各国の通信が途絶したからね。自分の国の事、自分が生きることで精一杯になったよ」
「そんなに、災害が続いたんですか」
「ああ、目を背けたくなるほど、ね。一度文明は衰退した。そうして、ようやく知ったんだよ、人間は。自然と仲良く生きていくしかないってね」

仲良く。再び、葛桜を促される。口をつける。葛の表面が口の中をくすぐる。甘さ控えめこしあんがぎっしり。大葉は塩気を効かせている絶妙だ。おいしい。すごくおいしい

「今も天災はあるけどね。昔ほどの被害は無い。バカみたいに高い建物だの、要らない施設だの無いからね。文明だって、必要なものから復元された。農業や医療がその最たるものだ。逆に要らない技術は捨てられた。戦略兵器だの、使えない発電施設だのね。大自然に逆らうことをなるべくしない。少しは学んだわけだ。ま、そうして、この世界は今に至る」

仲良く生きる。大切なことなんだと感じた

「さて、一方通行で話してしまった。リン君、何か聞きたいことはあるかい。世界の事でも、殿君の事でもいい。答えられる範囲で答えるよ」

考える。この世界について、聞きたいことは結構あった。でも、それは清輝先生にも聞くことができる気がした。だから

「殿について聞きたいです。照都さんは、殿の幼なじみって言ってたから。わたしの話しを、なんで信じてくれたのか。なんで、あんなに優しいのか」
「優しい、か」

照都さん、葛桜に口を付ける。咀嚼する。しばらく無言。わたしもお茶でつなぐ

「さすが甘州屋だ。大層美味いな。さて、リン君。ああ見えて、殿君はなかなか苦労人でな。殿君が人に優しいのは、苦労の裏返しと言ったところか」
「お殿様だから、苦労したんですか」

考えを、ダイレクトに言ってみる

「いや、殿様だからこそ苦労しない。そんなヤツは多くいるよ。中央でふんぞり返ってても、血筋だけで贅沢三昧できるからね」
「じゃあ、なんで」
「大江戸は『殿様たる資格が無い』と民が思ったら、殿様を変える事ができるんだよ。神威の初代が決めて、『帝の大意(みかどのたいい)』の承認も得られた」
「帝の大意ってなんですか」
「ああ、政(まつりごと)の最終決定者だよ。国の統治者をまとめる、まあ、大和の象徴たる女性さね」

女の人なのか。片手持ち、お茶を啜る照都さん。なんだかかっこいい

「世襲制だと、あぐらをかいて偉そうにする輩が出るからね。偉そうなだけ。偉いわけでもないくせに、ね。ならば、大和全土でそうすれば良い。そうは思うが、したくない連中もいる。今、民の意見で殿様をすげ替えられる国は、大江戸と越後廣田だけさ。ああ、国というのは、そうだな。かつて『県』と呼ばれていた」

そうか、国とは、県のことだったのか

「でも、錬君の国では反乱があったって」

葛桜を飲み込んで、疑問を口にする。観念したかのような笑みの照都さん。またお茶を一口飲んで

「錬君に聞いたのか。まあ、希な例さ。ともかく、民の信頼を得るため、殿君はがんばった。先代も厳しく育て上げたからね。政(まつりごと)についても、肉体的にも。国を治める者は強くあれってね」
「厳しく」
「子供の頃は生傷だらけだったよ。でもね、愛情にあふれた厳しさだった。稽古が終われば、勉強が終われば。よく頑張ったって溺愛してたな、先代」

なんとなくわかる。殿を見ていると

「その先代の口癖が」
「民を飢えさせるな。民を死なせるな。民のために生きよ。お前のために民が生きておるでない。民を生かすために、お前がおる」

さっき、殿に聞いた言葉。自然と口をついて出る

「んん、もう殿君に聞いたか。その通り。殿君に、その姿勢は染みついているよ」

大江戸の、街のみんなの反応を見ればなんとなくわかる

「だがね、先代が亡くなったときは大変だった」

照都さん、今度は煙管(きせる)を懐から取り出す

「遺言で、殿君が大江戸の上座に着いたは良いが、元服したばかりの十五の若造—」
「ゲンプクって何ですか」
「ああ、役職に就くこと。独立して、職業に就くこと。婚姻することが許される年齢に達することだよ。一応、大人とされるわけだ。飲酒や喫煙はまだ許されんがね」

結婚も許されるのか

「偉大な先代の上座を、世襲で引き継いだ小僧。そんな風に見る連中もいたわけさね。寝首をかこう、あわよくば自分が影の支配者になろう。そんなことを考える愚か者もでるわけだ」

マッチで火を点ける。わたしから顔を背け、煙を吐く

「実の母親は下野させられた。嫁いできた身とはいえ、先代に近い母上が邪魔だったんだろうね」
「ゲヤって—」
「ああ、城を追放されたと言うことさ。権力を剥奪されてね。理由はなんでもつけられるさ。元々、おとなしくて、謙虚な方だったから、何の反抗もしなかったよ。その後、一般の男性と幸せに暮らせたのが救いさね。殿君は、良く会いに行っていた。民の信頼を絶対にしたとき、もう一度城に来ないかと殿君さそったこともあったな。けれど、もうお城には戻りたくないってね」

それは、そうだろうと思う。そんな扱いを受ければ

「でも、殿君の政(まつりごと)への姿勢は、民の信頼を得ていった。いつでも声を聴けるように、しょっちゅう街へ降りていった。投書箱も設けた。あの気さくさで、民の心を掴んでいった。そのうち、殿君の信頼を絶対にする事変が起きた。野獣の襲来さね」
「殿も言ってたけど、そんなに恐いんですか、野獣って」

二度頷く照都さん。あ、怖さ伝わる。クールな照都さん、頷き方が大げさ

「あれから身を守るために団結してるようなところもあるからね。ピンキリだが、恐ろしいヤツは数十人がかりさ。城に侍の部隊が居ただろう。あれは、対野獣の特別隊さ」
「どうしてそんなのが出るようになったんですか。わたしがいた時代にはいなかったのに」
「さてね。理由は分からない。人工衛星とか言ったか。あれがこの星に落下した事があってね。相当数。その頃から出現するようになった」

ふたたび、煙を吐く照都さん。髪を掻き上げる

「大江戸は野獣で大混乱さ。夜な夜なやってきて『漁って』逃げていく。棺桶屋は儲かったろうさ。喜んじゃいられない。自作の棺桶に、自身が入るかもしれんのだからね」

冗談ではない。背筋が寒くなる

「岡っ引きや侍にも犠牲者がでた。そんなのが数週間続いた時、街に行った殿君の耳に話しが入った。家臣は、この話し、殿君にしてなかった。しないようにしてた。一応、身を案じて。話しを聞けば、殿君、自分ですっ飛んでくの目に見えてたから。がね、寝首をかこうとした奴らは、ある良民を脅して、わざと殿君に話させたのさ。体よく殿君を亡き者にするために、ね」

非道い話しだ。自分が権力を手に入れる、そのためだけ。殿を邪魔者扱いなんて

「話しを聞いた殿君、激怒したよ。なぜ教えなかったって。案の定言った『ワシが行く』って。殿君の身を案じる家臣も多かった。でもね『ワシの民を害すモノを許せるか。民を護るため、ワシが出撃(で)ずしてなんとする』言い切った。誰も逆らえなかった。当然だよね、大江戸最強の侍は殿君なのだから」

さっき殿からも聞いた言葉。本当に民のことを考えている殿。想いも愛も、闘う力も最強のお殿様

「そうして夜回りをして、ついに殿君は闘った。民の目の前。満身創痍になりながら。その時使った大太刀は、錬君のお師さんが打ったものだ。ナマクラならへし折られていただろうが、最後まで耐えてくれたよ。トドメと同時に折れたがね。野獣も殿君も動かなくなった。その場の全員が凍り付いたよ。でも、立ち上がったよ、殿君。上がった勝鬨(かちどき)の声。民の信頼を絶対のものにした瞬間さね」

残った葛桜を、口に放り込む。お茶で流して

「もう、そうなれば刃向かうものなど出やしない。現金なものだろう。少し前まで楯突いてた連中、冷や冷やさ。そうだろう、社会的にも、物理的にも、首が飛ぶかもしれない。ちなみに、寝首をかこうと企てた首謀だけは、大江戸から逃げていったよ。今、どこに居るか、生きてるのかもわからん」

確かに心が狭ければそうなるだろう。そんな風に思ってしまう

「殿君はそんなことしなかった。逆に、その反対意見も重要じゃってね。心が広いよ。広いから、もめ事も引き受ける。リン君。城にいるってことは、海渡君には会ったかい」
「はい。朝も昼も、ごちそうになりました」

わたしも残りのお茶を飲む。注ぎ足してくれる照都さん

「海渡君は城に魚を卸す、漁師の一人息子っだった。年上の殿君に懐いてね。そのうち親友になった。岡っ引きの命子君も、先代の頭と良く会う、殿君と友達になってな」

灰皿に、燃えかすを落とす

Re: わたし×殿(わたしくろすとの) ( No.10 )
日時: 2017/09/25 07:04
名前: 代打の代打 (ID: d/GWKRkW)

煙管(きせる)を置く照都さん

「そのうち、命子君、海渡君は恋仲になってね。夫婦(めおと)になろうとした。それが、先代のお頭の耳に入ると『漁師ごときの息子など』なんて言ってさ。一悶着あった。その時さね、殿君、海渡君の料理の腕、知ってたからね。城付きの漁師兼料理長にしちゃってね『これで、身分は頭より上じゃの。第一、そなたは誰の魚に、誰の作物に生かしてもろうておる。恥と知れ』って一喝した。殿君が二十八の頃かな。頭、猛省してたな」

そんな事があったとは思わなかった。というか、今思った

「殿って、いくつなんですか。わたし、てっきり25歳くらいかと思ってた」
「ふふ、自分の歳がバレるね。殿君は三十三歳だ。自分は二つ下」

殿も照都さんも、三十代に見えない。驚きである

「夫婦といえば、殿君はね、一度結婚してる。十六の時か」
「え、でも今は」

それなら、奥さんは何処へ

「近名古の末娘さんだったな、同い年の。自分もよく知っているよ。幼なじみの一人さ。仲の良い夫婦だった。子供も授かってね。ところがだ。出産の日が近くなったある冬の日、亡くなったよ。未だ原因は分からない。—、眠るような穏やかな顔だった事だけが救いだ」

一瞬、照都さんの声、少し震える

「殿君、傍目には平然装ってたけどさ。バレバレだよ、とてつもなく気落ちしてた。殿君のせいではないにしろ、どこか自分を責めてた。あれいらい独り身だもの」

さっきから聞いている殿の身の上。とてもせつない

「まったく、婚期を逃した男ってのは。ま、自分もいい、行き遅れだがな」

暗くなりそうな空気を振り払うよう、軽口でおどけた照都さん

「父が城付きの科学者だったからというのもある。電力復活の研究を亡くなった父から引き継いでね。これが面白くて、結婚どころのさわぎじゃない。電力供給の方法を見つけてから。普段はもっぱら、この風車の管理人、太陽発電の調整役だ」

風車を指さす照都さん。どこか誇らしげ

「殿君の資金援助がなければ、無理だっただろうな。残りがほとんど無い文献も、全国から集めてくれたよ。電気を生み出す方法が出来て、殿君、大和中に普及させてくれたよ。照都という大科学者が編み出したって」
「それで、電気があるんですね。文献って、そんなに本が無いんですか」

わたしも、風車を見やる。夏の日差しが、徐々に夕方のそれへと変わる

「ああ。今、この世界には、リン君がやって来たヘイセイの重要文献がほとんど残っていない。デジタル化とやらの影響だろうな。余計なことをしてくれたものだ。データとやらは、太陽の風で全て吹っ飛んだ。紙媒体にしておけば、何百年と保存が利くものを。ああ、すまんね、リン君を責めているわけではないんだ。ま、そのくせ要らない本だの娯楽文献は残っている物も多かったがね」

その時代を生きた人間としては、耳が痛い

「この大江戸が『江戸』と呼ばれた時代を模倣しているのはそのせいさ。最も残っていた文献が多かった。メイジやショウワの文献も、それなりに残っているが、どうもきな臭い物が多くていけない。戦争やら、汚染物質やらね。ま、それでも良い点は取り入れ、残っている」
「それで、江戸に似ているんですね」

あくまでも『似ている』だけ。違うと言えば相当違う。水洗トイレや水道、電気。あるのはすごくありがたい

「そういうことだ。江戸は、最も平和な期間が長かったようだしな。自然との調和も、とれていると感じる。さて、錬君の事は聞いたようだが、他の皆はどうかな。その様子だ。殿君、皆に紹介しただろう、リン君を」
「はい。本当のことを知っているのは、恵姉達と、清輝先生。あと、秘呼さん、照都さんだけですけど」

うん、うん。頷く照都さん。少し考えた後

「どのみち、そのうち、知るだろうからね。教えようか、皆のこと」

少しの含み笑いを浮かべ、でも、切なさと、真剣さ。何ともいい知れない表情を浮かべ、照都さんが言う

「—おねがい、します」

これから語られることは、きっととても辛い話がある。切ない出来事もある。これから話すこと、整理するように、お茶を含む照都さん。きっと気持ちの整理も付けている。何となく、それが伝わってくる

「さて、リン君の時空転移を見抜いた清輝君のことから話そうか。清輝君、今では寺子屋の大先生だがね、昔はいじめられっ子だった。おとなしくて、本ばかり読んでいる子だったな」

この時代にもあるのか。どの時代にもあるのか。最低最悪なその響き

「同じ寺子屋に通う殿君が、ある日、いじめの現場を見た。いじめっ子に言ったらしい『そなた達は、恥ずべき行為をしておるのがわからんようじゃの』ってね。その日からなくなったよ、清輝君へのいじめ」

助けられた、清輝先生。でも、どこかにイジメは潜んで—

「殿君はね、その日に御触れを出した『いじめられて、誰にも言えぬならワシに言ってくれ。必ずなんとかする』ってね」
「殿様が自分で」
「その時はまだ、殿下だったがね。何件ものお願いに、殿君一つ一つ立ち向かった。だからだろうな。今、大江戸でいじめ事案は驚くほど少ない。悲しいのは、一つも無いと言えない事か。この御触れは、今も取り下げられていない。事案があれば、殿君は解決しにいくよ」

自分で立ち向かう。それがどれだけ凄いことか。想像も出来ない凄いこと

「清輝君、おっと、昔の癖だ。大先生には『よく学んでおるの、いつか大江戸一の先生となってほしいものじゃ』って。そしてね、清輝大先生に剣術も仕込んだ。今、先生は凛々君の向こうを張る剣士さね。『さすがに恐れ多いですから』って。殿君とはしなくなったが、凛々君とは、しょっちゅう手合わせしているよ。部活動で、剣道の顧問もやっている。隣国の越後廣田、近名古との交流試合では優勝者が出るほどの教え上手だ」

言葉通り、清輝さんは今先生だ。まさか、その上で剣士様だったとは。照都さんの言う、大先生。わたし的にはスーパー先生だ

「美宮君は、大江戸城の門前に捨られていた子でね。本人も、そのことは知っている。殿君が、子宝にめぐまれない宮大工の棟梁を知っててさ。あの夫婦なら育ててくれるって。棟梁も女将さんも、喜んで引き取ってくれたよ」

美宮さん、捨てられたのか。わたしの境遇など、遙かにしのぐ

「棟梁も女将さんも。美しい宮を作れるよう。美しく生きる、良い子になるよう、願いを込めた名前だ。恵君が生まれたのもその年だ」

照都さんが、お茶で指を湿らせ、床に書いた『美宮』の文字。ん、ちょっと気になった

「美宮さんが、棟梁さんに預けられたその年に、恵姉が生まれたんですよね」
「そうだ、二人とも同い年の十六だよ。どうしたかね」
「い、いえ」

同い年に見えない。なぜかな

「ふふふふふ。同い年に見えないという顔だね。わかるよ。恵君のほうが落ち着いている。殿君の側仕えとして、意義作法や、心構えを仕込まれているからね」

たしかに。でも、そうか。始めて見たとき、かわいらしい人と感じた。わたしと2つしか離れてないのか

「名の願い通り、美宮君は良い子に育った。棟梁について回った影響だろうな。多少、おてんばではあるがね」

殿に体当たりした光景が思い浮かぶ

「棟梁に、ついて回って手伝って。しているうちに、棟梁も、自分の技術を惜しみなく伝えてね。美宮くんも、水を吸う海綿のように、教えを吸収した。棟梁は亡くなる前に、美宮君に禰宜屋(ねぎや)一家の棟梁を引き継がせたよ。だが、六つという年齢。疑問を持つ者も居て、すこしゴタゴタしたんだ」

たしかに、6歳と年齢だけ聞けば不安に感じるかもしれないが

「美宮君の腕の良さを知っていた殿君。城の寝室と二ノ間に、格天井(ごうてんじょう)を彫らせてね。人々を招いてお披露目してさ。もう、誰も異論無いよ、あの腕だ」
「わかります。信じられないほど綺麗でした」
「見事なものだよな。美宮君が筆頭となって、修繕した寺社仏閣はかなりの数さ。宮大工、ああ、寺社仏閣修理、建造が本職の大工のことさ。禰宜屋の名前に恥じないよ。神官のことを、禰宜(ねぎ)というからね」

宮大工と言う言葉に、疑問符を浮かべたわたしに、解説してくれる

「美宮君が捨てられていたことがあって以来、殿君は考えていた。身寄りが無い、育てられない子供を引き取る制度を作るってね。里親制も。殿君が十八の時、ようやく実現したよ。孤児院も建てられた」

民のため、人のため、子供達のため。殿はほんとうにやさしい

「太夫の琉華君はね、子供を売買する組織に売られた子供だった。その組織は、全国から子供を集めてた。育てられない親の、弱みにつけ込んで買い取る。目的に応じて売る。最低な連中さ。どこからか、大江戸にやって来て、取引を始めた」

人の売買。そんな恐ろしいことをする人たちが。いや、あった。わたしの時代にも。TVで見たことがある

「殿君がその情報を聞きつけてね。岡っ引きと乗り込んで文字通りぶっ潰した。殿君が二十一の時だったな。救い出した子供達を、孤児院へね。そのなかで、踊りや芸事を嗜んでいた子供達は、芸妓の姐さんの元へやってさ。芸を身につけて、食べていけるようにって。姐さん『琉璃(るり)の玉のように華やかな芸妓になりなさい』と、付けたのがこの名さね」

示される、『琉華』の文字。あの美しい琉華さんにも、そんな苦労があったんだ

「そんな事があってだ。大和を知らねばってね。殿君が全国行脚を始めたのは二十四の時。その翌年、山の中をさまよってた、衣愛君を連れてきた。衣愛君は—」
「聞きました。おとたんがって」
「そうか。では、衣愛君に名前がなかったのも知っているな」
「え、それは初めて聞きました」

衣愛さんは言っていなかった

「そうか。衣愛君はね、保護されて大江戸に来た。がね、自分の名前を覚えていなかった。裁縫を教えたほどの母親だ。きっと母は、名前で呼んでいたのだろうさ。ところが、だ。忘れてしまったんだよ。自分の名を挙げ句の果てに、さ」

自分の名前を忘れてしまう。どれほど残酷な扱いを受けたか、想像もしたくない

「殿君が道中、名はなんと申すって聞いたらしい『あれ。それ。バカ。役立たず』何度聞いてもそれを言う。非道(ひどう)に過ぎるだろう。それを言ったのが、真の役立たずなんだから。父親、元は、名うての作家だったそうだが。うまく構想がまとまらないと酒に走る。そのうち、アル中になったとさ。終いに、賭け事にはしる。母親は心労で亡くなったらしい」

自分の事のように怒りが込み上げる。なんて自分勝手な父親だろう

「暫くは、『少女』と呼ばれていた。でもね、大江戸で殿君の紋付き袴を作ったあの日。殿君がね『紡ぐ衣(ころも)を愛せ。紡ぐ衣に愛されよ。これからは人に愛されよ』って。そして名付けたのさ『衣愛』の名を。母がそなたを愛したように。皆に愛される縫い師と成れって」

床に書き示してくれる。そうだったのか。衣愛さんの名、殿が付けたものだったのか

「その翌年だ、勇馬君達を連れてきたのは。彼らはね、全国行脚中の殿君に襲いかかった盗賊団だったそうさね。勇馬君が筆頭の」
「勇馬さん、盗賊だったんですか」

驚く。今は確か、岡っ引きの見習いだったはず

「みなしごだけで結成された、な。体術だけで返り討ちにした殿君。悔しがる勇馬君らに『働き口があれば、盗みなどせんで済むじゃろう』ってね。岡っ引きの中に放り込めば、行動も正されるじゃろうって。それぞれ、名前はあったが、表記を知らない。殿君が字をあてた。四十人全員に。一人一人に願いを込めて。勇壮に走る馬のように、逞しく生きよ、美しく生きよ。気高く生きよ。それが、勇馬君への願いだ。未成年が働くには、身元引受人がいる。殿君はその時、四十人、全員の引受人になったよ」

そういうことだったのか。勇馬さんが今、殿に心酔している理由は。番所に、若い人が多かった理由もわかった。二人してお茶を一口

「四年前だ、錬君を連れてきたのは。経緯は知っているね」
「はい、反乱で、自分もまずかったって」

照都さんの唇があがる。目が閉じられる。額に指をあて嘆息した後

「よっぽど非道かったんだろうな。約百四十年前か。大和の大元の体制が出来たのは。今のところ最初で最後だよ。反乱で国の長が変わったのは」

そこまで言われる、悪逆非道。中身はしりたくない

「だが、錬君はイイコだ。ひたむきで努力家。思いやりも、男気にも溢れている」
「殿から聞きました。琉華さんを護ったって」

そこで思う。錬君にも姉がいたと。姉弟(してい)で、なぜそんなにも違うのだろう

「育ての親が違ったそうだよ。錬君は、民を思う大臣夫婦に。姉は、次期当主が決まっている。蝶よ華やと、女王様と。ちやほやされて、我が儘三昧だったそうだ。それでだろうさ」

聞く前に、照都さんが教えてくれる。育て方、育てられ方

「事態を収めるため、次の体制の基礎を築くため。『帝の大意』のご意向でね。殿君と『越後の龍』が派遣された。その途上、北海へ渡るための浜辺。かつては『アオモリ』と呼ばれていた地か。錬くんは、ぼろぼろで倒れていたらしい。僅か十の子供が、全てを失って。たった一人、荒れる海を逃げてきた。その心情など推し量れない」

錬君、一人で海を渡ったのか。北海とは、北海道のことだろう。北海道から青森まで。想像だにできない。恐かっただろう

「話しかけた殿君。錬君は開口一番『僕を北海へはやらないで』言ったそうだよ。よほどの目にあったんだろう。殿君、北海へ行くとさえ言っていなかったそうなのに」

恐くてコワクテ。だから、戻さないでと言ったんだろう

「事情を、生い立ちを聞いた殿君。錬君を保護してね、今よりワシの家族になれって『越後の龍』も、それは良いと賛同してくださった。錬君大泣きしたそうだよ。安心したんだろうな」

照都さん、癖なのか、袂に両手を入れる

「北海へ還されでもしたら、命が危ないからね。護衛に、一足先に大江戸に連れてこさせた。暫くは、城で殿君と過ごした。殿君と過ごすうちにね、少しずつ色々なことを手伝い始めたそうだ。そんなある日、海渡君の包丁を研いでいたそうなんだよ。とても綺麗に研ぎ上げてね。それならば、と殿君。刀鍛冶に弟子入りさせた。その刀匠が『錬』と名を変えさせた」

示してくれる『錬』の文字

「殿君の太刀を作った、あのお師さんだ『お前は生まれ変わったのだ。北海が暴君の弟は、国の旧体制と共に葬られた。これからは、俺の弟子、鍛冶屋の錬だ。鉄を鍛え己の鍛錬に励む男の子(おのこ)になれ。お前は鍛冶見習い、錬として生きるのだ』そう言ってたそうだ。素晴らしい事を言ってくれたよ。元がどういう字なのかは分からない。知らない方がいい。殿君曰く『れん』という名だったことは確かなようだ」

ああ、わたしと同じだ。わたしが一人きりになった歳と同じ。錬君も一人になったのか。そうして、この大江戸で生まれ変わったんだ。殿の家族になることで。レン、本当に生まれ変わって、わたしの前に来てくれたのかな。錬君になって、わたしの前に

「うん、うん。つらかったんだな、リン君も。リン君も家族にしてもらったかな」
「はい、はいっ」

いつのまにか泣いていたわたし。照都さんが肩に手をあててくれる

「なら、もう心配することは無い。殿君は、民を『家族』と言い切るからね。大江戸で作物が不作だったときがあった。話しが前後して済まんね。殿君が二十二の時だ。越後廣田『越後の龍』より、支援の米が届いた。殿君はそれを資金に変えることを決めた。新しい作物の種を買うために。強い栽培方法を作るために」
「食べなかったんですか。ごはん足りないのに」

涙をぬぐい、聞く

「『これだけの米、食してしまえば何日にも成らぬ。これを先への糧秣とするは、明日の一万俵ぞ』それが殿君の言葉だ。備蓄も、なんとか食いつなげる量はあったからね」

今を我慢して、明日を豊かに。すごい考え。というか、わたし、以外と食い意地張ってるんだな。はずかしい

「殿君自身『家族』である、民と同じ。僅かな米と野菜で食いつなぎながら。自分も、少々ひもじかったが、田畑が、牧場が。輝きを取り戻していく光景は素晴らしかったよ。それを、この風車塔から眺めるのが好きだった。殿君、率先して野に出た。田を作り直し、畑を耕したよ、民の皆と共に。自分も、たまに手伝いに行ったな。牧畜の方法も学んだ。その結果、農牧は大きく発展した。全国から、農牧方を学よびに来る者がいるくらいだ」

刈姉達が育てていた、耕していた。畑、田んぼ。殿が率先して手がけたものだったのか。農機具を振るうお殿様、信じられない

「清輝大先生の発案で、子供を、無償で教える寺子屋も建てられた。『人を育てないと先はない。学びたくても学費がない。その子達を救えば、御殿様の言う、一万俵は、百万俵にもなりましょう』十七の清輝君、必死に訴えた。殿君はその提案に大賛成だった。建てられた寺子屋。殿君は、清輝大先生を小屋長にしようとしたがね『私はあくまでも教える者として』ということで、教頭に納まった。こちらも、今は、学びたいと、全国から生徒が集まるほどさ。この出来事も、民の信頼を揺るがないものにした一件だったな」

大家族の家長。殿はそんなことを言っていた


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