社会問題小説・評論板
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- 宇宙の中で —HANABI— 一話〜十七話
- 日時: 2009/10/28 20:47
- 名前: 秋桜 ◆AxS5kEGmew (ID: 4TjuuFmy)
前の分が消えてしまったので、一話〜十七話まで書きます。
コメント禁止です。
- Re: 宇宙の中で —HANABI— 一話〜十七話 ( No.9 )
- 日時: 2009/11/09 19:06
- 名前: 秋桜 ◆AxS5kEGmew (ID: 4TjuuFmy)
第九話
「三好、凛……」
私は思わず声に出してつぶやいていた。
「え……?」
陽子は私の体から離れ、慌てて辺りを見回した。三好さんは丁度、車イスの向きをかえ人混みに消えていくところだった。
「見……見られた?」
陽子は涙のあとがついた顔で、またもや泣き出しそうな表情で私を見上げた。
「分からない」
「見られたの!? ねぇっ! はっきりしてよ……! どうなんだよぉ……」
陽子は声を荒げ、泣きだした。道行く人が、不審そうにその様子を眺めていく。
「陽子、大丈夫だって。ほら、他の人見てるし」
私は陽子の肩を抱きかかえ、家まで送っていった。
私は玄関のドアを開け、ただいまを言わずに自分の部屋に向かった。体が鉛のように重たかった。部屋に入り、ベッドに倒れこむ。
——あれで良かったの?——
自分で自分に質問してみた。私は、何故自分がそんな事をするのか分からなかった。
「良かったんだよ」
声に出してみる。これで良かったのだ。誰かに言えば、陽子は警察沙汰とは行かなくても、親や先生にこっぴどく叱られるだろう。学校では好奇の目の的になる。いじめられるかもしれない。そして——自殺するかもしれない。
そうなれば陽子の人生はメチャクチャだ。私が、陽子の親友のこの私がそうするのか?
一人で笑った。
——じゃあ、どうしてこんなに心が重い?——
その質問は無視した。私は寝返りを打つ。
——卑怯や——
三好さんの声が、また頭に浮かんだ。
翌日、教室に入ると、陽子がクラスメイトとお喋りをしていた。目の前で自慢げに振っているのは——あのリップクリームだった。
「見てこれ、新作だよ」
「うわ、可愛い!」
陽子はそれを唇に薄く塗った。周りは歓声を上げた。
「陽子……」
私は呆然とした。
「あ、友里。おはよう」
陽子は笑っている。私は笑えない。
「ねぇ……なんで?」
「えー、何が?」
陽子は立ち上がり、私のそばに立った。
「いいじゃん、別に。アンタに関係ないし。チクッたら許さないよ」
陽子は私にだけ聞こえるように、低い声で言った。そして、またお喋りに戻っていった。私の膝は、小刻みに震えていた。クラスの騒がしさが、随分遠くに聞こえた。
「おい、萩元」
先生が廊下で陽子を手招きしていた。
「んだよ、あの中年オヤジ」
陽子は文句を言いながら、先生の元へ行き、そのまま職員室へ向かった。
黒板に書かれた「一時間目は自習」の文字を見て、クラスは騒然となった。
陽子は、二時間目になっても帰ってこなかった。
- Re: 宇宙の中で —HANABI— 一話〜十七話 ( No.10 )
- 日時: 2009/11/10 20:10
- 名前: 秋桜 ◆AxS5kEGmew (ID: 4TjuuFmy)
第十話
自習の時間、クラスは静かではなかった。皆、ただならぬフインキを感じ取ったようだ。
私は、全身に汗をかいていた。膝に乗せた両拳を、一層強く握り締める。
クラスの男子が、冗談半分のように大声で言った。
「万引きでもしたんじゃねーの?」
時が止まった。でもすぐに、クラスの騒がしさが耳に飛び込んできた。
私の脇の下は、尋常ではない位濡れていた。歯がカチカチと鳴る。
「友里……?」
ミヤちゃんが怪訝な顔で私を見る。でも、私は答えられなかった。
中休み、やっと陽子は戻ってきた。心配そうなクラスメイトをよそに、陽子は真っ直ぐにこっちへ向かってきた。その瞳は、怒りと憎悪で焦点が定まっていなかった。
「何でチクッたんだよ!」
陽子は叫んだ。唾が私の顔に飛ぶ。
「……え?」
「とぼけんじゃねぇよ!」
陽子が私の頬を張った。鋭い痛みが頬を駆け抜けた。
皆、何が何だか分からないという顔だ。でも、一番分からないのは私だ。
「テメーしかいねぇじゃんよ、うちが万引きしたの知ってるやつは!」
陽子が私の胸倉を掴んだ。
「わ、私じゃ、な……い!」
陽子に揺さぶられていながら、私は息も絶え絶えに言った。
「ウソつくんじゃねぇ」
陽子は低い声で言い、私を突き飛ばした。
皆がざわつく。
「万引き……?」
「スゲェ事やるなぁ」
陽子はさすがに罰が悪そうな顔をしたが、後には引けないと思ったのか、その場に崩れ落ちた。
「出来心だったのに……そう言ったのに! 親友、だったのに……!」
陽子は肩を震わせて泣き出した。どこか、芝居がかかっていた。
「ひど……」
「普通チクる?」
「見損なった」
突き飛ばされた時に腰を打ち、その場で動けないでいる私を、皆は口々に非難した。
——何で、私なの? 違うのに——
「あ……あ……」
反論したいのに、声が出なかった。皆の冷たい視線に射すくめられ、体中に震えが走った。
「うちや」
険悪なムードの中、唐突にはっきりとした声が聞こえた。皆が辺りを見回す。
皆が騒いでいても気にせずに、何も言わずに一人本を読んでいた人物——。
「うちが、先生に萩元さんの事言うたんや」
三好さんは、ゆっくりとページをめくった。
- Re: 宇宙の中で —HANABI— 一話〜十七話 ( No.11 )
- 日時: 2009/11/10 21:16
- 名前: 秋桜 ◆AxS5kEGmew (ID: 4TjuuFmy)
第十一話
「……マジかよ」
陽子はいつの間にか三好さんの前に立ち、上から睨み付けていた。
「何が?」
三好さんがまたページをめくった。分厚い本だな、とボンヤリ思った。
「マジであんたが先公にチクッたのかってことだよ!」
「そうや」
三好さんは本から顔を上げなかった。
「っざけんじゃねぇよ! 何様のつもりだよ」
陽子は三好さんの本を奪い取り、床に叩きつけた。
三好さんは初めて顔を上げた。その上目遣いの大きな瞳が、一層陽子を苛立たせた。
「三好さん、酷いよ」
「そうだよ! 何で言うわけ? 三好さんのせいで陽子の人生メチャクチャじゃん!」
優子とミヤちゃんが陽子を庇った。三好さんは口の端を吊り上げて笑った。狐のようだった。
「悪いのはうちかいな。あんたが万引きなんかせえへんかったら、こんな事にならんかったんちゃうん」
三好さんは冷たく言い放ち、あほらしい、と鼻で笑った。
陽子はその場に泣き崩れた。口の中で、呪詛の言葉をぶやいていた。
「むかつく……」
帰り道、陽子は何度もそれを繰り返した。頬にまだ涙の跡がついていた。
「三好なんて気にする事ないって」
「そうだよ! あんなヤツ、ほっとけばいいんだよ」
優子とミヤちゃんが交互に陽子を慰めていた。私は、ただ時々相槌を打って、後は上の空だった。
——いい気味——
「……」
私は黙って下を向いた。
あの、嘲るような黒い声が、頭に大きく響いた。頭蓋骨にまで響くようだった。
もう、止めてくれ。頼むから。聞きたくないんだ。そんな思いとは関係なく、何度も繰り返された。沢山汚い言葉を吐いていた。
「ちょっと、友里も手伝ってよ」
優子が小声で言い、少し睨む。陽子がまだ不機嫌のようだ。
「……ゴメン、今日先帰るね!」
私はそう言って、自転車に飛び乗り走った。
「ちょっと、友里!?」
ミヤちゃんの叫ぶ声が聞こえるが、無視した。頭がどうにかなってしまいそうだった。
「はぁ……」
私は自転車を降り、家の門柱に手をついた。息が上がった。
深呼吸をして、もう声が聞こえないことを確認すると、自転車を片付けに行った。
——陽子たち、怒ってるかな——
気になっていないわけではなかった。でも、3人の前で取り乱してしまうよりは、ずっと良かった。
- Re: 宇宙の中で —HANABI— 一話〜十七話 ( No.12 )
- 日時: 2009/11/11 20:43
- 名前: 秋桜 ◆AxS5kEGmew (ID: 4TjuuFmy)
第十二話
私は重い手つきで教室の扉を開けた。
陽子達の視線が、痛いほど突き刺さる。私は顔を恐る恐る上げた。
「あの……」
私が言う前に、陽子が担架を切った。
「昨日の態度さ、何?」
私はまたうつむいた。
「昨日私、泣いてたんだよ? 泣いてる親友ほっといて帰るって、どういう事」
表情は分からないが、その声はドライアイスのように冷たく、痛かった。優子とミヤちゃんの視線も同様だ。
「ゴ、ゴメン……」
私の声は、震えていた。口の筋肉が上手く動かない。
「そりゃさー、許してあげたいけどさぁ。タダってわけには行かないっしょ」
「お金……」
私がつぶやくと、陽子が笑った。
「親友がそんな事すると思う? 三好凝らしめんの協力してほしいだけ。あいつありえねぇ、マジ殺してぇ」
陽子は吐き捨てた。
「いじめ、るの?」
私は搾り出すように言った。膝が笑っている。
「まさかぁ。懲らしめだってば」
陽子たちはけたたましく笑った。私は笑えなかった。
陽子達の言った「懲らしめ」は、マンガなどで見られる過激な物ではなかった。机の中に、悪口を書いた紙をつっこんでおいたのだ。
中を書いたのは私だ。罪悪感がないと言ったらウソになる。でも、三好さんは自業自得なのだと思う。思おうとした。
「どうかな?」
「まだ来ないのかよ……」
陽子たちは三好さんの机をちらちらと見て、落ち着きが無かった。
「来たっ!」
三好さんが車イスを器用に操りながら、教室に入ってきた。そして、机の中を覗きこみ、紙を開いた。
三好さんは特に表情を変えず、紙を持ち真っ直ぐに先生の元へ行った。
「ウソ……」
ミヤちゃんは呆然としていた。
「またチクるのかよっ!?」
「神経おかしいよ」
陽子たちはひそひそと会話をしていた。先生は頷き、紙を預かった。
一時間目、先生が教団に立ち、全員を見回す。
「三好の机の中に、中傷文が書かれた紙が入っていたらしい。心当たりはないか」
私は心臓の鼓動が早くなるのを感じた。陽子達をチラリと見る。
——自白したら許さない——
3人の目は、そう告げていた。その途端、心の中で小さな爆発があった。
——どんな言い訳をしてもいじめはいじめ。そんな腐ったやつはさっさと死ね。いっそ自白してやろうか。そうして、地獄に落ちろ——
私は下を向き、頭をかかえた。陽子たちはそれを見て、満足したのか悠々と前を向いた。
その後、何度も同じ事が繰り返された。私達は何度も紙を入れたが、三好さんは何度も先生に言った。
陽子達の怒りは、ピークに達しているようだ。三好さんへの憎悪の言葉が、口から溢れるように出ていた。
「あのさぁ、悪いけど今日一人で帰ってくんない?」
下校時、陽子たちが妙な絵美を浮かべて言った。
「え、何で?」
「いいからさ。話し合うことがあんの」
陽子の瞳は、怪しげに揺らいでいた。
- Re: 宇宙の中で —HANABI— 一話〜十七話 ( No.13 )
- 日時: 2009/11/12 20:35
- 名前: 秋桜 ◆AxS5kEGmew (ID: 4TjuuFmy)
第十三話
私はのろのろと駐輪場へ向かい、自転車を出した。またがって、ペダルを漕いでいると風が顔に当たって気持ちいい。
今日は、何だか物凄く疲れた。早く帰って、リビングのソファで寝転びたい。
次々と後ろに走っていく景色を眺めていると、目の前に車イスが見えた。そして、そこに乗っている女の子も。
私は自転車を降りた。何だか三好さんが気になって、付けてみる事にしたのだ。三好さんが止まって柿の木を見上げれば、私も止まった。自転車を押しながら忍び足で歩くのは、なかなか難しい。
「付けてくるって、どういう事なん」
三好さんが、不意に言った。私は一瞬口ごもった。
「あ……ゴメン」
何て情けない声だろう。私は真っ赤になって下を向いた。
「別にええけど、佐々木さん、スパイにはなれへんな」
私という事もばれているらしい。三好さんは肩をゆすりながら笑っていた。振り向かないけど、たぶんそうだ。
三好さんはまたゆっくりと車イスを進めた。私は、何故か三好さんともう少し一緒にいたくなり、呼びとめた。
「あのっ、三好さん」
「何?」
面倒くさそうな声だったけど、迷惑そうではなかった。
「三好さんの家って、どこ?」
どうしてこうも、私はアドリブに弱いんだろう。つまらない、全くつまらない事を聞いてしまう。
「あそこ」
三好さんは、沢山のビルティングの中で一層小さく見える、黄色い建物だった。あそこは確か、この街でただ一つの——施設だったはずだ。
「……」
私は自分で聞いたくせに、言葉に詰まってしまった。
「うち、小さい時に両親早く亡くして、大阪の施設に預けられてん。で、ここに引っ越してきたから」
三好さんは、その建物を見つめながら言った。丁度その空に、飛行機が飛んで雲を作った。
「あのさぁ、あの紙入れとんの、あんたらやろ」
三好さんが唐突に言った。私はまた口ごもる。
「なんなん、あれ。やるのも気にくわんけど、やり方はもっと気にくわんな。おっかなびっくりで、腫れ物に触るみたいに。アホとちゃうか。やるんやったら、ちゃんとやってくれな、見とってイライラすんねんけど」
三好さんは一息に言った。やっぱり振り向かない。その背中から、不機嫌さが漂っていた。
三好さんは車イスを動かす。今度は私も呼び止めなかった。
——もう、やめよう——
私はさっきよりも遅く自転車を漕いでいた。
——明日、言おう。陽子たちが止めなくても、私はもう嫌だ——
自信は無かったけれど、心に誓った。