社会問題小説・評論板
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- フォンダンショコラの狙撃銃
- 日時: 2017/07/17 21:07
- 名前: 水瀬アキラ (ID: 3YwmDpNV)
はじめまして。
『フォンダンショコラの狙撃銃』の作者、水瀬アキラです。
誹謗中傷、晒し、荒らし、私怨、転載等が目的の方は御遠慮ください。
また、こことは別のサイトも併用して書いていますので、ご了承ください。
以下は、この作品シリーズに関するものです。
それらを読んだ上で、自己責任で閲覧してください。
・物理的及び精神的に、病んでいる、もしくは痛い表現があります。
・曖昧な同性愛表現があります。
・誤字脱字があります。
・自分は言わずもがな素人であり、この小説は自己満足である為、皆様が満足いくようなものを書けない可能性があります。
・現実には居ない個性的な登場人物が多いです。
・シリーズ(長編)にする予定です。
もし何か改善や忠告の意見がありましたら、よろしくお願いします。
この小説が皆様に快く読んでいただけるように、努力・配慮します。
- Re: フォンダンショコラの狙撃銃 ( No.9 )
- 日時: 2017/07/23 09:32
- 名前: 水瀬アキラ (ID: JbG8aaI6)
「いらっしゃいませー!」
大学講義が終わってすぐ、彩乃は近所に、紗雪から頼まれたものとは別のバイトに来ていた。
勤め先、四つ葉をシンボルマークとした喫茶クローバーには、そこそこの客が入っている。
メイド服にも似た制服を着て、彩乃はウェイトレスとして働いていた。
明るく元気で優しそうな、接客業専用の営業スマイルを浮かべて、厨房カウンターと客席を往復する。
彩乃がここで働き始めたのは、今から二年ほど前だった。
経済的理由でバイトを始めるにしても、家事や勉強との両立を考えれば、あまりシフトを入れるわけにはいかない。
そんな理由で、こじんまりとした喫茶クローバーの面接を受けてはみたが、スタッフが誰もいないからという理由で、即日採用されてしまった。
路地裏に建てられたその店に来るのは、常連客がほとんどだったが、新しいウェイトレスを見る為に、一日の人数こそ少ないが、彩乃がシフトを入れた時間帯には、誰かが必ず来ていた。
現在の彩乃は、店にも常連客にも重宝され、孫のように扱われている。
大正ロマンをコンセプトとした店内に、橙色の夕陽と共に、新たに二人の女性客が入って来た。
彩乃がお冷を出す為にテーブルに向かうと、突然女性客達に、何がオススメなのかを聞かれた。
紅茶にデザート、果物から軽食等、幅広く記載されている、漢字を駆使したメニュー表を見ながら、彩乃は数秒悩んだ。
あからさまに高価なものでは不審がられる為、彩乃はもうすぐ終わってしまう四月限定のケーキを勧めた。
桜の花をあしらったケーキは可愛らしく、女性客達の心を掴んだようで、合わせて紅茶も注文してくれた。
店の景観のためか、ウェイトレスはハンディターミナルではなく、手書き伝票で注文を取る。
せかせかと伝票をカウンターに出し、自身もカウンターに手をかけ、前のめりになった。
「マスター、注文入りました!」
「あ〜、はいはい。怒鳴らなくても聞こえてるよ」
怒鳴っている、とは言えなくもない。
喉からではなく腹部から発声した為、芯は通っており聞こえやすいものではあった。
しかし、その声を狭い店内で出せば、客達からすれば少々五月蝿いだろう。
クローバーの常連ならば、ウェイトレスがこのような声を出す理由は分かるのだが、どうやら先程の女性客二人は初めてらしい。
目を見開いて、驚いている。
カウンターの下から、ひょっこりと初老の男性が顔を出した。
彼、古澤修二郎(ふるさわ しゅうじろう)の身につける黒い蝶ネクタイと茶色いエプロンは、いかにも喫茶店のマスターらしい。
珈琲豆の袋を持っていることから、どうやらカウンターに備え付けられた棚の中を整理していたようだ。
「普通の声で伝えても、マスター聞こえないじゃないですか」
「そこまで老いてないわい」
彩乃は冗談混じりに言ったつもりだが、その言葉は、あながち間違ってもいなかった。
痩身で白髪の修二郎は、伝票をまじまじと見つめるが、途中で老眼鏡をかけ出したのだ。
女性客達はその光景に、彩乃の声量に納得した。
しかし段々と、微笑ましくも思えた。
「彩乃ちゃん! こっちにも注文来てくれよ」
「はい、ただいま」
「おいおい、あんまり、うちのウェイトレスをこき使わんでくれよ。給料払う方のみにもなってくれや。働かせすぎて店が潰れるわい。あーあ、雇うんじゃなかった」
「え……では私、クビですか?」
「そっちの方が店には大損害なんじゃねーのか。マスター?」
軽口の言葉を大真面目に受け取った彩乃の反応に、店内は笑い声で包まれた。
- Re: フォンダンショコラの狙撃銃 ( No.10 )
- 日時: 2017/07/26 15:42
- 名前: 水瀬アキラ (ID: 3YwmDpNV)
同日二十時過ぎ。
とあるマンションの最上階に、彩乃は来ていた。
紗雪はここに一人で暮らしている。
高級とまではいかないが、一人で暮らすには贅沢な広さのマンションだ。
彩乃は右手にはエコバッグを下げている。
ついさっき、スーパーで購入した食材達だ。
紗雪は好き嫌いが多く、あの声の様子と焦り具合から、あまり時間のかかるものは食べたがらない。
彼女のことだ。
高校時代からの経験でわかる。
作業効率の為にと、食事は大豆バーとエナジードリンクで済まし、徹夜をしたに違いない。
ならばある程度、栄養価のある夜食を作ってあげよう。
自分はバイトなのだから極力手伝い、彼女自身には出来るだけ早く休息をとってもらおう。
彩乃は表向きには嫌々引き受けていながら、その真面目すぎる性格ゆえにか、万全の態勢で向かっていた。
紗雪は電話の途中で、給金を増額させた。
それだけ切羽詰まっているのだ。
彩乃はそれを理解しているからこそ、払われる給料が高くなくても、紗雪の手伝いはするつもりでいた。
まさか今、疲労で倒れているのでは……不安から来る不吉な考えを掻き消す為に、彩乃は『三角』の文字を掲げた表札の真下に設置された、インターフォンを押した。
「三角さん、バイトに来ましたよ」
十秒もせずに、足音が聞こえた。
その次に、何重にも施された鍵が開いていく音が鳴る。
チェーンが外れる音を最後に、扉が開いた。
「いらっしゃい、彩乃ちゃん。早速で悪いんだけど、ご飯作ってもらっていいかな? 昨日から何も食べてなくて……」
扉の向こうから、首にヘッドフォンをかけ、目の下に隈を作った紗雪が、顔を覗かせた。
彩乃が思っていたよりも、紗雪はずっと重症だった。
大豆バーでもエナジードリンクでも良いから、何かしら食べておいてほしかったものだ。
彩乃は紗雪の体調を確認する為に、彼女の顔をまじまじと見つめた。
中性的な顔立ちとショートヘアの髪、『僕』という一人称は、男性らしさよりもむしろ、少年らしさを感じさせた。
一人称に関してはマシロと似てはいたが、紗雪の性別は肉体的にも精神的にも、男性でも少年でもなく、れっきとした女性だ。
しかし初見では、紗雪の性別を間違える人も少なくはないだろう。
紗雪も自分の顔立ちをよく理解していた。
しかし気にする様子はなく、むしろ高低を自由に操れる声帯を利用して、男装を楽しむこともあった。
それが理由で、彼女は告白されることが絶えない。
ただし、女性から。
彩乃が知る限りでは、高校生の頃から大学生となった今でも、ずっと。
紗雪から言わせれば、中学生の頃からだったらしいが。
- Re: フォンダンショコラの狙撃銃 ( No.11 )
- 日時: 2017/07/30 16:39
- 名前: 水瀬アキラ (ID: 3YwmDpNV)
彩乃は台所に案内されると、持参した食材で雑炊を作った。
空腹と栄養失調気味の紗雪からは大絶賛だった。
胃もたれをしない、栄養も取れる、様々な食材を入れてあるから飽きない、何より自分の嫌いな食材が入っていないと、一日ぶりの晩餐を楽しんだ。
しかし、紗雪の苦手な椎茸が細かく刻まれて入っていたことは、彩乃だけの秘密だ。
その後は、紗雪に頼まれたバイトとしての本格的な仕事の始まりだった。
紗雪は簡潔に、このページの印ついてる部分のベタ塗りして、と彩乃に画材を渡し、自身の作業に戻ってしまう。
彩乃もこのバイトには慣れた為、分かりましたと簡潔に答えると、自分の課題に取り掛かった。
紗雪は漫画やアニメやゲームが大好きだ。
しかし、その趣味を隠す気は、全くと言っていいほど無い。
スマートフォンにはアニメのキーホルダーをつけ、大学の休み時間には持参したゲーム機で遊ぶ。
コミックマーケットやコスチュームプレイの界隈では五本の指に入る有名人でもあるが、彩乃はその説明を聞いても、いまいち理解できていなかった。
紗雪は悩んだ末、趣味で描いた本が増刷レベルで売れていて、クオリティの高い服を作ってスポンサーをつけている、と説明した。
彩乃はそれでようやく、全てを理解したわけではないが納得はした。
自活しているんですね、と当たりも外れもしない解答として認識している。
紗雪がそれによって生活費の大部分を稼いでいるのも事実だった為、それ以上の答えは求めなかった。
彩乃は紗雪を、ある意味で尊敬していた。
自分に正直で、好きなものを好きだと公言する紗雪を、かっこいいと思った。
紗雪は彩乃を、ある意味で大切にしていた。
自分の嗜好を知っても変わらず接し、偏見を持たずにいる彩乃に、感謝していた。
二人の心の距離は近すぎず遠すぎず、まさに適度だった。
お互い、踏み込まれたくないスペースは大きい。
彩乃はマシロに関して、紗雪は紗雪で抱えているものがある。
だからこそ、今が一番ちょうど良いのだ。
もくもくと指定された箇所にベタ塗りをしている彩乃を後目に、紗雪は意気込みを含めた伸びをした。
- Re: フォンダンショコラの狙撃銃 ( No.12 )
- 日時: 2017/08/02 12:38
- 名前: 水瀬アキラ (ID: 3YwmDpNV)
「あー、終わった……!」
「はい、お疲れ様でした」
珍しく笑顔を見せながら、紗雪は原稿用紙を封筒に入れた。
手にはインクが所々ついており、大事な原稿を汚さないようにと気をつけている。
彩乃は紗雪に御褒美として、珈琲でも淹れようかと考えたが、今は深夜で、これから寝ようとしている紗雪を、カフェインで邪魔するわけにもいかないと、紅茶の茶葉を探し始めた。
しかしどうやら、紗雪は寝るつもりがないらしい。
イベント用のコスチュームを製作するから、濃いめの珈琲を淹れてほしいと頼んできた。
彩乃がバイトとして頼まれたのはアシスタントとメシスタントまでであり、コスチュームの方は手伝えることがない。
出来ることは、紗雪の要望通りに、とびきり濃い珈琲を用意することだけだ。
彩乃としては、一刻も早く紗雪に休息をとってほしかった為に、最初は反対していたが、三時間後には絶対に眠るという約束の元、彩乃はようやく折れた。
彩乃は珈琲を淹れるのが、比較的に上手かった。
喫茶クローバーの店長、修二郎直伝の技だろう。
紗雪もそれを知っており、最近は彩乃の淹れる珈琲が飲みたくて仕方なかった。
自分で淹れるより、美味しいのだ。
彩乃は粉珈琲、そして蜂蜜を用意した。
カフェインが必要だからと濃く淹れるが、紗雪は苦い珈琲はそこまで好きではない。
むしろ甘党だ。
苦味を消し、甘味を増やす為、蜂蜜をこれでもかと言うほどたっぷりと溶かす。
そうして出来上がった、カフェインも甘さもある珈琲を、マグカップに注いだ。
珈琲の良い香りが広がり、彩乃も一杯飲みたくなってきてしまう。
しかし、自分はこれから眠る身だ。
それこそカフェインを効かせてはいけない。
明日も大学に行かなければならないのだから。
悩んだ末に、いつも自分が大学に持っていく魔法瓶に入れておくことにした。
いつもより寝不足になる明日は、講義中に睡魔が襲ってくるに違いない。
そんな時こそ、カフェインの出番となる。
彩乃は新たに、紗雪のものと同じくらい濃い珈琲を淹れる。
紗雪の残りを頂くことも考えたが、生憎彩乃はブラックが好きなのだ。
甘くても飲めるし、甘いのも好きだが、比べてしまうとブラックの方が勝ってしまう。
甘党の紗雪には、信じられないと言われたことがある。
彩乃からしてみれば、高校生の頃から一日に何杯も珈琲を飲む紗雪に未だにカフェインの効果がある方が信じられなかった。
- Re: フォンダンショコラの狙撃銃 ( No.13 )
- 日時: 2017/08/06 11:37
- 名前: 水瀬アキラ (ID: 3YwmDpNV)
「……ただいま」
彩乃が家についたのは、深夜一時過ぎだった。
紗雪のバイトはどうしても帰宅が遅くなってしまう。
いつも通りなら、二十時過ぎには帰れたはずだ。
彩乃の自宅前には街灯が無く、木造二階建ての家屋はどこか不気味に感じられた。
もともと家自体が暗色なのだ。
愛しの我が家がホラー映画のワンシーンに見えてしまっても、無理はないだろう。
二階にいる母親は、もう寝ているのか。
それとも起きているのか。
どちらにしろ近所迷惑にならないように、彩乃は小声で、帰宅を示す挨拶をする。
引き戸を開ける、廊下を歩く、それだけの動作にも最新の注意を払って、静かにしていた。
風呂に入りたかったが、電気に大きな水音、それこそ近所迷惑になってしまうと考え、仕方なく明日の朝に入ることにした。
紗雪の晩御飯と共に買った、今日の特売品、タマネギとジャガイモを冷蔵庫に入れる。
結局、今夜は使えなかった。
明日の晩御飯にしようと考える。
「マシロさん、明日の晩御飯、カレーがいいですか?」
「肉じゃがの予定じゃなかったの〜?」
冷蔵庫の扉に反射したマシロが尋ねる。
マシロは首は、疑問を示す為に傾げる程度だったが、最終的にはきっちり九十度になるまで曲げられた。
彩乃は最初、マシロの首がもげたのではないかと驚いたが、すぐに平静を取り戻した。
マシロが奇天烈なポーズをすることは、思えばよくあることだ。
「今朝、晩御飯の予想が外れて残念そうにしていたので。挽肉なのでキーマカレーになりますけど、どうしますか?」
「ん〜ふふふふふ、ありがと〜」
どこか不気味な笑い方で、マシロははにかんだ。
しかし言葉を繋げる為に、口を開く。
「だけどさぁカレールー、家に無いんでしょ〜。明日わざわざ買わなきゃいけないじゃ〜ん。だ〜か〜ら〜、肉じゃがでいいよ〜。彩乃の作るご飯はね〜、カレーでも肉じゃがでも美味しいも〜ん」
くるくるとその場で回りながら、軽快にそう言った。
マシロが気を使ってくれていると分かった。
彩乃はあえて、その優しさに甘えることにした。
洗濯機に服を入れ、寝間着がわりのシャツに袖を通す。
歯磨きをしていると、三面鏡に映ったマシロが呟いた。
「あ〜、疲れたよ〜……紗雪さんのバイト、肩凝った〜」
「でも時給九百円ですよ。しかも即日払いです」
「……まあ好条件だけど、珈琲まで貰えちゃったけど」
わざとらしく頬を膨らませ、マシロは部屋の隅で膝を抱えている。
どうやらマシロは彩乃の動きに合わせなくてもいいらしい。
「別にデスクワークが嫌いなわけじゃないんだよ〜。たださぁ、身体が重くなるっていうかさ〜」
「……マシロさん、あれをデスクワークとは言いませんよ」