BL・GL小説 (オリジナルで全年齢対象のみ)
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- 日時: 2015/08/03 22:38
- 名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: XH8153kn)
初めまして、奇妙不可解摩訶不思議、とある少女A名義でも活動していた壊れた硝子と人形劇と申す者です。
こちらには、短編連作のBLの話がぽんぽん置いてあります。
蜜は豊かに下りゆく
>>1
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>>9
>>10
>>16
三井拓也 みついたくや 169cm 60kg 偏差値53
平凡な男子中学生。野球部だが、別に坊主ではない。
下北基熙 しもきたもとひろ 172cm 56kg 偏差値68
帰宅部。色白で切れ長の目をもつ美形少年。頭が良い。
豊川絢斗 とよかわけんと 172cm 62kg 偏差値62
野球部で生徒会長。人望も厚く、人柄も良いと評判。
修介の弟。
夏を翔ぶ
>>11
>>12
>>13
>>14
>>15
>>17
鈎取翔平 かぎとりしょうへい 167cm 60kg 偏差値67
童顔でくりくりした目が特徴。素直で慈悲深い。卓球部。
蛍原夏樹 ほとはらなつき 170cm 56kg 偏差値74
奇人検定五段。嘘。ボブヘアにえりあしが長いという、クラゲのような髪型をしている。
豊川修介 とよかわしゅうすけ 178cm 65kg 偏差値65
キリッとした眉とスッと伸びる鼻筋の、甘いマスク。陸上部で、女子からの人気が高い。
- Re: 蜜は豊かに下がりゆく ( No.8 )
- 日時: 2015/01/12 15:05
- 名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: 0xGRiuWU)
下北の反応は、想像と大きく変わっていた。
嬉しそうに目を細め、愉快そうに口の端を歪め、しまいには頬まで染めたりして。白い肌も、黒真珠の目も、夕日にどきついオレンジ色を反射させられている。
「わがまま、豊川」
美しい。
ああこいつは美しいんだ。
木枯らしはひゅうひゅう、落ち葉はかさかさと音を鳴らす。
「三井が好きなものは好きになりたい、から」
豊川は、何も無かった下北の目から、幸せを汲み取ってしまった。
「なんだよそれ!」
握りしめていた豊川の右手が一人でに動いた。そして一瞬感じたのは、下北の薄い胸板の感触と低い体温。下北は胸を押さえたが、豊川の左腕は胸ぐらを掴んだままだった。
「俺がどんな気持ちで、あいつと今まで過ごしたと思ってんだよ!」
豊川は下北を押し倒した。また2、3回殴られながら、ここの地面が砂でよかったと、下北は場違いに冷静なことを考えていた。
しかし、そろそろ胸も肩も痛い。下北は豊川と右肩を思いっきり押した。
「わかんない!」
豊川はバランスを崩し、膝立ちの格好になった。下北はそのまま上半身だけを押し倒し、ヨガでありそうなポーズをとらせた。そのまま首を地面に押し付ける。
「お前の口から聞いてもないのにわかるわけないだろ⁉︎俺だってあの子とはまだ話し始めて一週間も経ってないし、お前なんて今日初めて喋った!」
「それでもふられた俺の気持ちぐらいわかんだろうがよ!なんでそこで同情みたいに俺に優しくすんだ!」
「したくもなるだろ!」
「余計辛いわ!」
このやりとりの間で八回殴られた下北は、豊川の首を締め付け始めた。
「お、おまっ、何を」
「うるさい!」
豊川の首の体温が、下北の手に吸い取られていく。豊川の呼吸数は一度に上がった。スーハー、スーハー苦しそうな呼吸。下北の腕を外そうとする豊川の手から、どんどん力が抜けていった。
30秒、たったろうか。豊川の首を絞める下北の手を、豊川は彼自身の手で包んだ。
「下、北…」
豊川が、涙を流した。
「…たすけて」
下北の心臓がどくんと音を立てた。豊川の目から流れた小さな水の球は、少々浅黒い彼の肌を落ちていく。力なく開かれた眼と口は、か細く何かを訴えかける。
下北は理解した。自分は、豊川を今生かすも殺すも自在だということを。とある権利を持つという時点で優越感のようだが、どうやら違うようだった。
気持ちいい。でも、やめなければいけない。
「おいコラ」
頭上で女の声がした。
- Re: 蜜は豊かに下がりゆく ( No.9 )
- 日時: 2015/01/12 15:09
- 名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: 0xGRiuWU)
さっきの女の人は下北の姉だったらしく、下北が「仁香」と呼んだ。仁香は下北の頭をぽかりと殴り、豊川は下北から解放された。
二人は下北の家に連れて行かれた。下北の家の玄関の鏡の中の自分たちを見ると、青あざ赤あざ、切傷、豊川の首に軽い紫色の首輪、ワイシャツとスラックスは土まみれだった。
「ワイシャツとスラックスは二人とも玄関で脱いでってよ。下着てるっしょ」
優等生の二人はもちろん下に半袖短パンを履いていたので、脱いだ。豊川は一応ちゃんと畳んだが、下北はぐちゃっと置いた。
「うわー、豊川君引っ掻き傷すっげーのな。まず基熙は爪切りなさい」
仁香はよく喋る。豊川は、あ、はい、としか言えなかった。下北は黙って爪切りを手にした。消毒液がしみた綿がちくちくと傷口を指す。
「なんで喧嘩しとったん?私的に基熙結構クールだと思うんけど」
言えるわけがない。一人の男を巡って二人の男が対立してるなんて、女だったら美しい修羅場だが、男だったらせいぜい滑稽な悲劇だ。下北は相変わらずの、しれっとした美しい顔だ。
「あー、もしかして三井君?そういえば君、豊川っていうんだっけか」
「えっ。あ、えと」
下北は頷いた。下北はなんでも姉にいっているらしい。
「そうだね。しょうがないぜ。同情するぜ。でもある意味羨ましいぜ」
「え、仁香さん、は…」
仁香さんは、流石下北の姉と言うべきか、傍目に見ても綺麗だ(でも下北の方が綺麗かも)。髪も明るいし、ピアス穴らしきものもある、言葉も乱暴なので、遊んでるかと豊川は思った。
「ああ私?よくわかんないんだけど不良に見られてるらしくてさー。茶髪っぽいからかな」
よく見たらピアス穴に見えたものは薄い黒子だ。豊川は自分の先入観を恥じた。
「人の気持ちは難しいもんなあ、私も早くぼっち卒業したいぜ」
「はは…」
姉弟揃ってぼっちかよ。
「で、何だっけ」
豊川は一部始終を全て仁香にいった。仁香はその間ずっとガーゼを貼ったりなどして、顔に絆創膏を貼る時も豊川と目を合わせようともしなかった。下北は、パチンパチンと飽きることなく爪を切っていた。
「ほうほう、大変だったこと」
仁香は目の下の切り傷を消毒しながらいった。豊川は、両目をつぶっていた。
「最初は、豊川が悪いね!」
ふっと涙が零れるかもしれないから目をつぶっていてよかったと、豊川は心底思った。わかっていた。三井を無理矢理副会長にして、三井がいつもいつも目に隈を浮かべ、生きながら死んでるみたいな顔をしてたことも、三井が肩身の狭い思いをしてたことも、全部わかっていた。わかっていたが、やめられなかった。三井の取り繕った面以外を、独占していたかった。だから、下北登場のとき、三井への好意を思いっきりぶつけてしまって、困らせてしまったんだ。
目の下の染みる痛みがなくなったのを感じて、豊川はゆっくり目を開けた。少々視界は潤んでいた。
「なんだ豊川、泣いてんの」
「泣いてねーよ」
「ごめんマキロンつけすぎたかも」
豊川は下北のKYに呆れ、仁香の気遣いに感謝した。
「三井くんと豊川くんがさっぱりした以降は基熙が悪い」
豊川は下北の顔をちらと見た。下北は爪を切り終え、ソファに上半身を投げ出していた。
「ふられた相手と仲良くしたいとか、仲良いのはいいことだろうけどさ、豊川くんは基熙のこと大っ嫌いだろ。好きな人持ってかれたんだから。拒絶反応起こされるって」
仁香は思ったことをズケズケ容赦無く言う。少々豊川にも下北にも耳に痛かったが、この場合はその方がいいかと思われた。
「これからどうするかはあんたらが決めなさい。私は知らん」
仁香はそういって下北の治療にとりかかった。豊川を家に帰らせないあたり下北の姉だな、と豊川は思った。
「豊川」
「…何だよ」
「俺のこと、どう思う」
唐突に言われたって困る。
「自分を客観的に見て、どう思ってるか全て述べて欲しい。字数は問わない。」
こいつ論理的すぎるんだ。人間らしさとか思いやりとか気遣いとか、さっぱり見えない。
「さっきいったろ、大嫌いって」
「本当?俺のこと嫌ってなさそうだよ」
「は…っ?」
「豊川、もしかしてさ、意地で怒ってんじゃないの。違うの。」
豊川の頬がかあっと熱くなった。頭に血が上った。豊川はそっぽを向いて、拳を握って、声を低くして言った。彼も、もう今は下北を殴りたくないのだ。
「んなわけ、ねーよ」
豊川の目の奥がギュンとなって、鼻の奥がつまった。目の上の水の膜が厚くなったように見える。
三井を好きになればなるほど、下北が憎らしくなっていく。頭はどんどん熱くなっているのに、
「冷静になんか、なれないし…」
かすれ始めた小さな声で、でもしっかり聞こえた。仁香が包帯を巻いて、最後にギュッとしめる感覚が、それと不思議とリンクした。
「なれてるじゃん」
豊川は振り向いて、少し涙目で下北の顔を見た。
「冷静になれないって分かってるじゃん。もう冷静じゃん」
「お…おう」
下北の言うことは、わかるようでわからない。筋が通っているようでいないようだ。その上、空気を読まない(もう慣れ始めた)。でも、それについてわちゃわちゃいうのも気が引けた。
「繰り返すようだが、俺は豊川と仲良くしたい」
「…それを一方的に押し付けられても応えたくないんだよ」
「なんで?」
下北はこっちを見つめながら、ぱちと瞬きをする。本当に分かんねえんだなあ。本当に俺に好きになって欲しいんだなあ。馬鹿。
そう思うと、なんだか下北を甘く扱いたいと思う気持ちが、少しずつ湧いた。
下北に、考え方を合わせてあげよう。このままじゃ、解決しないから。
「俺は、三井を奪った奴として、お前のことを憎んでる。」
「好きでも嫌いでも、豊川が俺に執着してることには変わらない」
「お前はさ、セロリとプリンが同じだって言う訳?」
下北が詰まった。理屈を重ねれば、こいつは容易く論破できると、豊川は思った。
「やっぱりさ、俺は嫌いなんだよ。お前のこと拒否すんだ。」
仁香さんが下北の頬に絆創膏を貼ったのを最後に、救急箱を片付け始めた。
「お前はさ、なんで俺と仲良くしたいの?まさかマジで三井の好きなもの全部好きになりたいわけじゃないよな」
それに対する返答は遅かった。俺が下北の家のリビングに視線を泳がせ、恐らく仁香さんのものであろう雑誌が、1ヶ月おきに買ってあるなんてことを考えて、ようやく、下北は答えた。
「お前らが、欲しかった、のかも」
豊川は、目を点にして下北を見るしかなかった。
「お前ら二人みたいに、誰かとずっといたかったのかもしれない。お前らの中に入りたかった」
豊川は、阿呆のように口を開けたままでいた。
「…馬鹿じゃねぇの」
豊川は、笑ってしまった。
「俺たちに憧れてたのかよ可愛いやつめ」
「馬鹿、確かにお前ら二人に惹かれたけど、それ以上に三井に惹かれたんだ。」
「どういうところが?」
「お前の逆光で光れない。」
今度は豊川が詰まった。
「お前の反射でしか輝けない。それに満足できないまま、飢えている。それでも、光源のお前に嫌われないように必死。でも疲れて、疲れて疲れて、限界になって泣き出したらどうなるかな、って思った」
豊川の胸に、胸糞悪さが湧いた。それを押し殺し、おそるおそる聞いた。
「…どうだった」
「最高。あれで毎晩抜いてる。鼻水、涙でぐっちゃぐちゃの顔。少し上ずる鼻声、おえおえ、あっあって嗚咽。たまんない」
「お前の性癖なんて知らねーけど、三井にDVしたら殺す」
下北が苦笑した。
- Re: 蜜は豊かに下がりゆく ( No.10 )
- 日時: 2015/01/12 15:13
- 名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: 0xGRiuWU)
「三井、帰ろ」
「うん」
最近、僕たちは三人で登下校することが多くなった。どういう経緯だかは分からないけれど、下北と豊川の、ささくれだった雰囲気がなくなったことは分かる。
学校を出て、ミニストップが見えてきたあたりで、下北が突如言った。
「三井、豊川のこと、好きか」
「うん」
「俺も」
突然のことだったから、反射的に肯定した上、自分が何を言われて何を言ったのかが分からなかった。ようやく理解した頃、焦って豊川を見たら、冷や汗を垂らしながら赤面してた。
「あっ、えっと、豊川…」
フォローの言葉がでない。
「豊川は、三井のこと好きだろ?」
豊川は下北を見て、小さく頷いた。僕は二人に挟まれておろおろと成り行きを見ていた。
「豊川が俺のこと好きになったら、三井と付き合ってもいいから俺とも付き合ってほしい」
「はッ…?」
下北の言うことはむちゃくちゃだったけど、僕は心底賛成したかった。僕も豊川の好意を、一度は否定したけどやはり気持ちがいいものだと思う。
「三井も、そう思うだろ」
突然こっちに振られて、一瞬の躊躇いののち、僕はこくこくと頷いた。そしてちらりと豊川を見ると、豊川はすごく困った顔だった。
「前、お前のことは好きになれないって言ったじゃん」
「お前の泣き顔見てぶち犯したくなった」
「死ねっ、変態」
「じゃあ三井だけでもいいから付き合え」
僕はとりあえず二人のなすがままにすることに決めておいたので、下北の言うことにも従っておいた。
「三井と付き合うか、二人と付き合うか、どっちかしかない」
「お前本当に自己中だな」
「どっち」
「…」
豊川はため息をついて、苦笑した。
「いいよ、もう付き合ってやるよ。一応頑張ってみるけどよ。うまくいかなくても知らねーかんな」
「やった」
事は上手く運んだらしい。台風前のあの日から、いつの間にか木枯らしが吹き付け、弱まって、今はもう爆弾低気圧がしんしんと雪を積もらす。2学期が終わり、もうじき僕たちの苦しい時期が来る。でも、僕たちの関係はまだ始まったばっかり、かもしれない。これからどうなるんだろうね、と二人に問いたかったが、二人とも、どうも神妙な面持ちをしていたのでやめた。
- Re: 蜜は豊かに下がりゆく ( No.11 )
- 日時: 2015/07/22 18:28
- 名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: XH8153kn)
塾で、僕の隣の席の子は、とても頭が良いそうです。
「Dを通りGAに平行な補助線をひくと、三角形の外角により角DとEの和が角F」
目つきの悪い垂れ目で、病気みたいな青白い肌。ショートボブと緩くカールした後れ毛を組み合わせた髪型で、僕はこっそり、くらげヘアーと呼んでいます。最初は女かと思ったけど、制服がスラックスだったから男なんでしょう。
「180(9-2)より、1260が九角形の内角なので正九角形の内角一つは140度、それから角Fを引いて終わり」
そうそう、彼です。ハスキーな声で、今僕に説明してる彼。赤間学園付属の制服をきてる、そうそれです。あ、僕はその隣の、巣村中学校の。
「難しいですね」
「補助線を外角にするって言う発想がないんだよ、次から気をつければいいんだ」
僕はクラゲくんの言うことを、青いペンでノートに書き込みました。僕の塾は、少々変わっています。六人の少人数で、長机に3人ずつ座るのです。もちろん基本と応用に分かれてて、僕は、応用。えへん。
「私は数の計算とか、文字式なんかが好きなんだけどなぁ」
「僕は関数が好きなんです。得意じゃないけど、型にはまってるから」
「文字式のワンパターンじゃないところがいいじゃないか」
「解けないんです」
僕はそう言いつつも、彼らしいなと思いました。彼は、自由に、たくさんのパターンで解くのが好きなんでしょう。
「ねぇ、ねぇ、翔平くん。学校ってどう思う?何のためにいくんだと思う?」
言い忘れた、僕の名前は鈎取翔平です。珍しい苗字だとよく言われます。
「もちろん勉強のためでもあると思います、でも社会性を養うのでもあるのかもしれません」
「勉強って、なんだろう?俺たち一生懸命やってるけどさ、九角形の角度とか、イオンの仕組みとか、なんで役に立たなそうなものばかり?」
「夢に近づくため…?」
「夢がない子は?」
僕は黙り込んでしまいました。だって、全く思いつかないから。本当に、勉強の意味が見出せません。全員が全員何かの研究者になるわけじゃないのですから。
「私はね、こう思ったよ。勉強が嫌いな子の忍耐力のため、勉強が好きな子の学欲を満たすため」
「普通な子は?」
「…真っ当な場所に就職するため」
「結局学歴社会なんですね」
「他人の心ばっかりはなかなか変えられないね」
くらげくんはそう言ったきり、黙りこみました。僕も中点連結定理の証明に集中することにしました。
寒い寒い外。11月の東北の夜というのは、そう、まったく1月の大阪くらいで。
「翔平くん、一緒に帰ろうか」
品の良さそうな紺のショートトレンチコート、朱のマフラー。くらげくんは、よく見ると不思議な美形ですから、ああいうのを普通に着れるのでしょう。僕はアディダスのロングボアコートを着てます。
黙って二人で帰り道を歩いています。上を見上げてみたら、まともに星屑も見えません。僕は思い余って、この街一帯を停電させたくなっちゃいました。
「翔平くん、手を出して」
「はい?」
僕は牡羊座を探しながら、手を差し出したところ、手が冷たい柔らかい何かに包まれて、ヒュッて変な声を出してしまいました。
「あの、冷たい、です」
「私は暖かいよ」
だって、皮膚の表面に貼り付いて離れないような冷たさが僕に伝わるんです。でも仕方がありませんし、それでも悔しい。僕は牡羊座を諦めて、くらげくんの首を空いた方の手で触りました。
「、あふっ」
「流石に首は暖かいんですね」
「なんだ、締めてくれるのかと思ったじゃないか」
「首閉められるの好きですか?」
「冷たい手のひらで、首を撫で回すみたいにゆっくりゆっくり締めてもらいたいんだ」
ちょっと離れた街灯が、薄ぼんやりと僕たちを照らしています。薄ぼんやり見えるくらげくんは、にやけを我慢しながらも、目を細めて悦に浸っています。
「誰かにしてもらったことあるんですか?」
「翔平くんがいるのに他の誰かなんか。でも自分でやっても勃つから結局片手でしか締めれないんだ。」
「…もう。」
「あっ♡」
「なにもしてませんってば」
手のひらがあったまってくると、手の甲の冷たさに気づきます。僕は手の甲を彼の喉仏に押し付けました。ああ、こんな顔してこんな髪型でも、くらげくんは、やっぱり、男でした。
「翔平くんったら、積極的」
言い返すのもすこし、億劫です。
「翔平くん、明日遊ぼうよ」
「明日学校ですから」
「郡教研でどうせ午前授業でしょ?」
「な、なんで知って、」
「同じ郡内だから」
そうでした、赤間中は市町村は違うけど、同じ郡内。よく考えればわかるのに、と自分に苦笑してしまいました。
突然、彼が立ち止まって、つながれてた手を、ぎゅっと握られました。驚いてくらげくんの顔を見ようとすると、目の前ににんまり笑う彼の顔がありました。
「ね、いいっしょ?」
美しい。純粋ではなくて、ちょっと嫌味ったらしいのです。目尻がセクシーで、鼻の筋がこう、すいっとしてて、唇は薄くて広くて。
「…いい、ですけど」
僕は彼の顔を見ていられなくて、目をそらしてしまいました。目の前でその顔は、圧倒されてしまって。
「翔平くんすごく可愛かったよ。眠たそうなのに大きい目が、長いまつ毛を伏せてさ。白くも黒くもない肌がさ、うっとり赤くなってさ」
「あ、あのっ」
くらげくんの繋いでない方の手が僕の胸と脇腹で遊んでいます。やめろ。
「本当に翔平君は可愛いね。食べちゃいたいくらい。でも今食べたら、そのあと僕は寂しくなってしまうからね」
「お腹、触んないでください」
「やだなぁ、ここにいずれは私と翔平くんの子が宿るじゃない」
僕のなかなか貧弱な腕で、そこそこ普通なくらげくんの腕を押すけど、無駄な抗いでした。
「ぼっ、僕は男ですよ、」
「私は女に見えるだろう?」
「帰りましょう!」
ほら、って手を差し出すと、くらげくんは、にた〜と笑って手を取るのです。
「絶対翔平くんは僕を見捨てないから嬉しいよ」
「言ってなさい」
- Re: 蜜は豊かに下がりゆく ( No.12 )
- 日時: 2015/07/22 18:31
- 名前: 壊れた硝子と人形劇 (ID: XH8153kn)
くらげくんが僕の顔を凝視しながら、手だけを動かしているのです。ノートも見ずに、です。前はノートを見ずに計算しながら、僕の顔を眺めて妄想を膨らませたそうです。まさか、今回はな、と思い、声をかけた所です。
「翔平くんの顔を描いているんだよ。でも私は上手くないから翔平くんをそのまま描けないや」
「みせてください」
「完成してからね」
「すごく下手だったら怒りますからいまのうちに見せてください」
「怒られるから見せないよ。私の力量じゃ翔平くんは可愛らしすぎて描ききれないね」
「あの、気持ち悪いです…」
「うつむかないでくれるかい、描けないじゃないか」
僕は黙って顔を上げました。また、嫌味なくらげイケメンが視界に入るのです。女の子のようで、謎のぶち抜いた下品さを持つのです。ゲス度とはこのことを言うのだろうな、と僕は薄ぼんやり思うのでした。
「できたよ」
紙の中で薄っぺらく笑う僕は無駄にイケメンだ。
「翔平くんは繊細だからね、筆圧は薄くした」
「白黒写真みたいです」
タッチは雑。筆圧は普段強いくせに、絵を書く時は薄い。陰影もトーンを貼ったように均一で、非の打ち所もなければ、良の打ち所もないようなデッサン絵。それでも、普通より上手いのはわかる。
「翔平君も書こうよ」
「描けません」
「ここにペンギンを描いてみてよ」
くらげくんのノートの端を差し出され、僕はそこにペンギンを書いた。
「だめだね、こりゃ」
「だから僕は描けませんって」
「こらー、そんなことしてる場合じゃないだろこのホモー。宿題忘れたんだったら今のうちにでもしてろー」
細谷先生に怒られた。
今日は僕とくらげくんの2人しかいない。補習だ。くらげくんですら、やはりこの県一番の学校の合格は、落ちても違和感はないレベルだそう。僕は偏差値65くらいのところを目指してる、んだけど、ちょっと。
「私たちの美しい少年愛をホモなんて言葉にすり替えないでください」
「うるせぇお前らはまず勉強しろ」
そんなこと、心の底では2人とも分かってる。分かってるから、僕はだいぶ苦しい。彼はどうだろう。
「そうですね、とりあえず僕は宿題をします」
「翔平くん、絵がかけないからって!」
「ちっげーだろ」
高校も、違う。高校生になったら、塾は個人授業になる。僕らの接点は、なくなる。連絡先もわからない。心細さを混ぜ込んだ恐怖が身に迫っているのを感じたけれど、それを受験のせいにすり替えた。
その時お姉ちゃんは柄にもなくロマンチックで、月になりたいと言いました。カーテンを乱暴に開けて、12月なのに窓を開けて。
「誰かの光を受けて、光りたい」
僕はお姉ちゃんを愛しています。成績優秀で、美少女で、運動はそんなにできなかったけど、ひょうきんで明るくて、意外と気を遣う人なのです。
「お姉ちゃんは太陽だよ。皆を照らすから」
僕は冷め切ったミントティーを飲みました。スッとした匂いのせいで、喉が-5度になって、余計寒いです。
お姉ちゃんは急に言うのです。
「翔平、太陽ってガスの塊が燃えてるだけなのよ」
くれ、と僕のミントティーを指しつつ、お姉ちゃんはこっちを振り向きました。手元の受験勉強は、順調のようで。僕は二段ベッドの下から、のそのそ起き上がりました。
「そしてガスはいずれ無くなるのよ。生き物はいなくなるってさ」
「えっ」
「大丈夫、あと54億年は燃え続ける」
僕はホッとしました。死とか、世界の終わりとか、漠然としたミステリアスな恐怖は苦手なのです。
「太陽だと擦り減っちゃうじゃん、自分が」
「お姉ちゃん、利己主義だね」
「何言ってんのよ、ある程度は得しないと」
それもそうか。
「僕は何?」
「あんたはね、そうね、地球…地球ね」
地球。それほど環境は恵まれていないし、でも太陽の光を浴びれるならそれでいいかもしれないな、と浅ましく思いました。
「先寝るね」
「あっそう、おやすみ」
カツカツと規則正しいシャーペンの音が聞こえます。今は社会をしてるのでしょう。数学だったらこんなには手は動きませんから。
なんだか、寒い。僕は布団に包まります。自分が目が冷めたことに気づくと、僕は外がやけに明るいことにも気がつきました。ああ、寒い寒い。カーテンがなびいています。
あれ。
窓が開けっ放しになってる。
「お姉ちゃん、しめてよ」
ひゅうひゅう音がする。
ひゅうひゅう音がする。
ひゅうひゅう音がする。
いない。
お姉ちゃんがどこにもいないんです。
「お姉ちゃん、」
僕は窓に吸い寄せられます。
下を見ました。
ひゅうひゅう音がしていた。
お姉ちゃんは、真っ赤な血飛沫の真ん中で、良かった脳味噌を撒き散らして、大怪我をしていました。
54億年が、一夜で過ぎたのです。
太陽が、死んだのです。
意外に僕は冷静で、お母さんとお父さんに状況を説明して、とりあえず警察に行きました。お姉ちゃんは自殺したのです。ミステリーだと僕に容疑がかかるんだと思っていたけど、そうでもありませんてわした。だって先ほどまで勉強していたノートに、遺書が記されていたそうで。
僕はその日、お姉ちゃんのお葬式を思いました。割れてしまった頭は花で隠すそう。本心のところ、お姉ちゃんには白装束なんかじゃなくて、真っ赤なオートクチュールのドレスを着てもらいたかった。でもそんなこと言うと次は僕が死にかねないような気がしたから、もちろん言いませんでした。僕は代わりに、ボルドーのレースのドレスを着たお姉ちゃんの絵を描きました。知識の詰まった頭から、カメラフィルムや歯車が溢れて、スカートの真っ赤なフリルが大きく広がって、カラ元気の笑顔を絶やさないのです。
開けっ放しの窓から、ひゅうひゅう音がする。
お葬式は退屈で、僕は始めて着る制服が窮屈で仕方ありませんでした。入学式より先にお葬式で制服を着るなんて、と苦笑してしまいそう。
お葬式が始まる前に、お姉ちゃんの棺桶を見ました。
棺桶の中のお姉ちゃんは、真っ白な竜胆にかこまれて、真っ白な顔をしていました。
月だ。
真っ白な月だ。
太陽は月になったんだ。
炎の中で燃やされるお姉ちゃんは、太陽に食べられてる月みたいでした。
お母さんは泣き叫ぶようになり、お父さんは少しずつ痩せていきました。
僕はある夜、トイレに起きました。帰り道にお父さんとお母さんの寝室を通ると、すすり泣きと低い声が聞こえてきました。
聞き耳、立てました。
お姉ちゃんがまだ見えると嘯いて泣くお母さんを、お父さんが励ましているようです。厳しいお父さんだけど、すごく苦労もしてる。なんて感慨に浸ってたら、
「翔平が、頑張ってくれるよ」
声が、心臓を押しつぶしたみたいでした。僕は突然、後ろから何かが迫ってるような気がして、自分の部屋に逃げました。ベッドに逃げました。
怖くて、怖くて、かたかたかたかた震えて、残ったベッドの温もりじゃ足らなくて。
僕は自覚しました。
僕が、太陽になったんだ。
僕は本当に頑張りました。身を削って頑張りました。それでもやっぱり、元の太陽には届かないのです。周りの目が怖かった。星みたいにチロチロ光って、360度全ての方向から僕を監視するみたい。
今回のテストの結果も、芳しかったけど、完璧ではありませんでした。結果表を見た時の、二人の顔。「ああ、またか」って顔。僕は怒りを感じる余裕すらなくて、黙りました。
「翔平」
「何、お母さん」
「塾に行きなさい」
なんとなくこうなるだろうなあ、と予想はしていた。悪いことではないと思っていました。部活も、あんまり上達しませんし。というか、すごく嫌味な言い方だけど、皆のやる気がない雰囲気の中で、いくら練習しても強くなれないって、知ってて、そもそも僕が一番強くて、顧問はほとんど部活に来ない感じで、ダメなのは分かり切ってて。
でも、
なんだか、
ムカつきました。
星のくせに。
僕の光を反射して光ってるくせに。
母さんはいつもそうだ。お姉ちゃんが頭にいいことを鼻にかけていた。お姉ちゃんがいなくなったら、今度は僕なのだ。クラスメイトのお母さんが、僕のことを褒めるのを見て、勝手に喜んでるのだ。
「分かった」
お前んちの母さんは優雅だとか、優しいとか友達は言うけど、彼女はただの見栄っ張りなんだよと言ってしまいたいです。
星のくせに。星のくせに。僕の光を反射するしかできない星のくせに。
僕はきたない感情を抱えながら、部屋に戻ることにしました。
ああ、太陽らしからぬ、太陽らしからぬ。心臓が胸腔を叩いているみたいだ。むかむかする。プレッシャーを跳ね除ける方法が、僕にはもうこの方法しかない。情けない。