複雑・ファジー小説
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- ジアース 〜沈んだ大陸外伝〜
- 日時: 2011/11/11 21:28
- 名前: ハネウマ ◆N.J./4eRbo (ID: sSCO5mTq)
- 参照: http://soysauce2010.blog82.fc2.com/
どうもどうもどうもどうもハネウマです。こんにちは。
ここでは「ジアース 〜沈んだ大陸〜」の外伝を書いていきたいと思います。
「沈んだ大陸」の後日談がほとんどなので、「沈んだ大陸」を読んでからこっちを読んでくださると嬉しいです。
でも用語や設定なら解説するので読んでなくても大丈夫だと思います。・・・多分
参照は毎日更新中の僕のブログです。気が向いたら覗いてやってください。
▼用語解説
ジアース:ネルア地方、ルディア地方、ラフロル地方で構成される世界
レゼラ帝国:ジアース全土を支配する国家
レゼラ帝都:レゼラの都
レゼラ城:帝都の中心部に位置する王城
魔人:魔力と呼ばれる不思議な力を持った人間
第二次魔力爆発:“勇者”と“魔王”と呼ばれる存在が引き起こした、魔力の性質が相反するものが強く衝突した時に起こった現象。希少な存在だった魔人を大量に発生させる原因となった
では物語へ。
- Re: ジアース 〜沈んだ大陸外伝〜 ( No.9 )
- 日時: 2011/11/16 22:52
- 名前: ハネウマ ◆N.J./4eRbo (ID: sSCO5mTq)
- 参照: http://soysauce2010.blog82.fc2.com/
▼マクロアースと幽霊 2
▽マクロアース
じめじめした牢獄だな。
「動くと殺す叫んでも殺す」「ヒッ……」僕は能力を解除し背後から看守の男の首にナイフを当てる。
問いただす。「キキの牢の鍵はどこだ」
「腰……」「腰のどれだ」「黄色の鍵……」「よく言った」
僕は看守を投げ飛ばし前のめりに倒れた男の後頭部を踏みつけ気絶させる。汚い床に倒して悪いね。
黄色の鍵はすぐに見つかった。牢の部屋はいくつもあるが、唯一使われているのが最も奥にある場所。キキさんの居場所だ。
鍵を開ける。うずくまった彼女は僕を見上げ、虚ろな表情で「今日は何日目?」と聞いてきた。
「誘拐されてから三日目ですよ」「そう……ついに私、夫に顔をあわせられない体になっちゃうのね……」
「そんな事ありません」僕は彼女に手を差し伸べ、「僕は、あなたを助けに来ました」
始めは虚ろだった彼女の目も次第に輝きだし、「本当なのね?」と訊く彼女は明るさを少し取り戻したようだ。
「ええ。僕についてきて下さい。手を離してはいけません、一切音を立ててはいけません」
「ありがとう、えっと……」「マクロアースです」「マクロアースさん。あなただけが頼りです。信じていますよ、必ず助けてくれると」
手をつないで牢獄から脱出した。救出作戦、折り返しの道を進む。
冷や汗が脇腹を伝うのに従ってそこが冷えてゆく。
先程二人の男が幽霊について話していたあの部屋。脱出するための扉は閉じられている。あの扉は開く時音が鳴るのを避けられない。誰もいないのに扉が開く、そんな怪しい事が二回も起きれば、魔人による出来事だと感づかれるかもしれない。そうなれば仲間を呼ばれ……考えたくもない。
「このコーヒーうめぇな」「俺が淹れたからな」男二人の他愛ない会話が聞こえる。
殺すか? それは簡単な事だ。だができるだけ殺生は避けたい。やはりここはあまり得意ではないが体術で倒すしかないか?
「ところでお前さ」「何だ?」
だが二人は倒せたとして、他の盗賊がやってきて数での戦いになると僕の方は問題ないが手を離して透明じゃなくなったキキさんを人質にとられれば迂闊に動けなくなる。
「幽霊の存在信じるか?」「信じねぇよ。いるわけない」「そうか。さて……」
どの選択肢にもリスクがある。どうしたものか。
「あんたはどう思う? そこにいる魔人さんよぉ」
総毛立つ。心臓が飛び出そうになった。キキさんが僕の手を強く握り締める。
おいおい、また能力破られちゃったよ。
▽
俺は俺が淹れたコーヒーを啜りながらそこの魔力の塊を視界の端に捉えていた。やっと来たか。思ったより早いかもな。
さて……揺さぶるか。「ところでお前さ」デルに問う。
「何だ?」
「幽霊の存在信じるか?」「信じねぇよ。いるわけない」さっきはポルターガイストだとかふざけてた癖に。
まぁいいさ。「そうか。さて……」人型の魔力の塊に視線を合わす。
「あんたはどう思う? そこにいる魔人さんよぉ」
魔力の塊がビクッと動く。我ながらいいサプライズだ。
壁に立てかけられた俺の剣を抜く。「シエル、何やってんだ!?」「まぁ見てろって」
魔力の塊に向かって剣を振り下ろす。響く金属音はそこに確かに人間がいて何かで防御したという事を意味していた。
「と透明人間か!?」俺は魔力の塊が繰り出す攻撃を防ぎ、「そうだ。デル、お前は扉を能力で守ってろ」とデルに指示を与えた後攻勢に転じる。
相手の武器は恐らくナイフだ。ほとんど手元の辺りで俺の攻撃を防いでいる事から推測できる。いくら得物が見えなくても、ナイフ程度なら勝てる。
俺の攻撃を避け大きく後退した魔力の塊は、それでもじりじりと俺との間合いを詰める。ハハッ、無駄な事を。周りの仲間が戦闘力の高い魔人になっても俺が幹部にまだ居座り続けられている要因は自他共に認める熟練した剣術。
「魔人騎士のチーム・シムンのリレイにも引けを取らないと言われている俺に勝てるはずもない」俺は剣を構えなおす。
椅子を蹴り飛ばし、魔力の塊にぶつけたのと同時に一気に間合いを詰め突きを繰り出す。肩を切り裂き、血が目に見える形で飛び散る。
更に攻撃を与えようとするが、魔力の塊は俺からデルへと標的を変えた。「デル、そっちに行った!」
闇雲に剣を振り回すデル。が、デルの背後に魔力の塊は移動し能力を解除した。現れる男は金髪の隙間から油断なく覗く瞳で俺を威圧する。デルは首にナイフを当てられ動けずにいる。
「剣を手放せ。頭の後ろで手を組め。言うとおりにしないとこの男を殺す」
俺は無言で剣をふらふらさせる。
「シ……シエル……助けウッ」「喋るな。シエルというのか。言うとおりにしないとこの男を殺すぞ、本気だ」
「ちょっと待ってくれ」俺は棚の後ろに手を伸ばす。
男は慌てて叫ぶ。「やめろ! 殺すぞ!」「ヒィッ」
俺はシュヴァリエル家のお嬢様を掴んで剣を首に当てた。
「貴様っ……!」「なんだ、デルを殺すんじゃなかったのか?」
デル、待たせたな。「さて、俺の言うとおりにしてもらおうか。まずデルを開放しろ」
沈黙。デルをとらえた男の視線は宙を泳ぐ。ハハッ、動揺してやがる。「デルを開放しろ。三秒以内にだ。そうしなければこの女の命はない。三、二、」「わかった」
男はデルを突き飛ばし、デルは俺の目の前で緊張による息切れをして「助かったぜシエル……」と息を吐いた。
「マクロアースさん……私の事はもういい……逃げて……」流石はお嬢様、慈愛溢れるお言葉じゃねぇか。そのお嬢様を壊す瞬間がたまらねぇんだよなぁ。ますます今夜が楽しみだぜ。
「次だ」俺はお嬢様、キキの首に剣を当てたままだ。「ナイフを手放せ」
「言われなくとも」マクロアースとかいう男はさっき動揺していたのが嘘のように不敵な目つきをしていた。「手放してやるよ、ナイフを!」
遅い、遅いなぁ。マクロアースが投げたナイフは狙いは正確だ。だが俺にとっちゃ構えてから投げるまでが遅いんだよ、クズが。
ナイフを剣で弾き飛ばす。どうだ、これでお前はもう為す術がない。なのに何故突っ込んでくるんだ? 能力を発動したって俺には見えるんだよ、死ね!
俺は俺にナイフを弾かせた事で隙を作らせたと思い込んでるマクロアースに制裁を与えるべく剣を振り下ろす。じゃあな、幽霊さんよ。
- Re: ジアース 〜沈んだ大陸外伝〜 ( No.10 )
- 日時: 2011/11/17 22:13
- 名前: ハネウマ ◆N.J./4eRbo (ID: sSCO5mTq)
- 参照: http://soysauce2010.blog82.fc2.com/
▼マクロアースと幽霊 3
▽マクロアース
僕は愚かだった。
リレイにも引けを取らない、そう言ったシエルの自信は本物で、ナイフを弾いた後の隙を突かせてもらえるような相手じゃなかった。
もう止まれない。僕は脳天を切り裂かれ、死に絶えるだろう。憧れていた、ヒーローにもなれずに。
しかし思い出した。
これはマクロアース、きみにしかできない事。リレイの言葉だ。
あなただけが頼りです。信じていますよ、必ず助けてくれると。キキさんの言葉だ。
……ふざけるなよ。
僕が背負っているものは何だ? リレイの信頼だ。キキさんの命だ。キキさんの家族の平和だ。それら全てを捨てようとした自分、ふざけるなよ。絶対、守ってみせる! そしてなってやる、ヒーローに!
▽シエル
何だと!?
マクロアースは俺が振り下ろす剣に当たる直前に、忽然と姿を消した。どういうことだ? まさか、かわされた……?
周囲をバッと見渡す。魔眼に映る魔力の塊はデルのものしかない。何が起きたんだ? 魔眼ですら視認できない……?
その時、視界に映ったものは。
俺の胸をいつの間にか貫いていた、鋭利なナイフだった。
「うっ……ぐっ……」何だ? 一体これは……これはまるで……
「ポルター……ガイスト……ッ」
俺の意識は薄れゆく。
▽マクロアース
僕はシエルが倒れるのを待たずにデルを投げ飛ばし気絶させた。
倒れた二人の盗賊を見やる。シエルは死んだ。僕は初めて殺人を犯した。まだ手が震えている。何やってるんだ、そんなんじゃキキさんをエスコートできないぞ。
殺人を犯した罪悪感と能力の進化による高揚感が僕の手を震わせる。
あの時、確かにシエルの刃は僕の頭を通り抜けた。だが、僕はこうしてここにいる。極限に追い込まれた状況により進化した能力が僕の体を助けたのだ。
言ってみれば、「幽霊化」だ。透明になり、更に物理的な干渉はできなくなる。だからシエルの刃は僕を切り裂けなかった。そしてシエルの反応を見ると、魔力も感じられなくなったのだろう。シエルが僕を何かの能力で魔力だけ視認していたとすれば、それすらも欺ける能力に僕は進化したのだ。
手の震えが治まるのを待ち、へたりこむキキさんに手を差し伸べ、「さぁ、行きましょう」
「はい、マクロアースさん」キキさんは強張りつつも微笑んでみせ、僕の手を掴んだ。柔らかなその手はまだ恐怖の残滓に震えている。
立ち上がる。能力を発動し透明になり、扉を開く。
最大の難関を突破したとはいえ、安堵するにはまだ早い。ここは盗賊のアジトなのだから。
帝都の市場の喧騒。
「マクロアース」名を呼ばれ、振り向く。リレイがそこにいた。
「キキさんを救出したんだって?」「うん。なんとか、ね」僕は頭をかく。
「聞かせて、武勇伝」
今度は僕がリレイを自宅に招き入れた。
僕の好きな白を基調とした部屋だ。「組織」との戦いでのレジスタンスの功績をたたえて与えられた——とはいえ、僕はほとんど役に立てなかったのだけれど——、謝礼金で色々白い家具を買ったりして、自分なりにおしゃれな感じにしたつもりだった。
白は良い色だ。明るいけど、他の色を引き立たせる役もやってのける。地味な僕は、そんな引き立て役の白にどこか自分と同じものを感じているのかもしれない。
「そういえば僕も、リレイ以外の仲間を招待した覚えはないんだよね。どう? この部屋」「マクロアースらしさが出ていていいと思う」
僕もリレイの家にお呼ばれした時そんな感じの事言ったっけな、と苦笑。
「座って待ってて」僕は家の奥で椅子を探す。少し貧乏だった頃の穴の開いた茶色の椅子しかなくて、それで妥協した。
白いテーブルを挟んで僕とリレイは話を始める。白へのこだわりや、謝礼金の使い道、そして盗賊のアジトへの潜入について。
「僕の能力は、進化したというよりも第二の能力を得たと言った方がいいのかもしれない」僕はあれから能力を色々試してみていた。
「まず、『幽霊化』はおよそ三十秒ほどしか持続できない。持続が終わった後一時間ほど経たなければ『幽霊化』を再び使うことはできない。そして持続している間は物理的干渉ができないといっても、服は脱げたりしない。そしてどうやら僕が触れているものにも『幽霊化』が使えるみたいなんだ。物理的干渉ができないのに触れているって言うのもおかしな話だけど」
僕は立ち上がり、僕が座っていた茶色の椅子にできた穴を示す。「『幽霊化』させたナイフの刃を椅子に通す。物理的干渉はできないから、突き刺した手ごたえはない。で、『幽霊化』を解除する。すると、物理的干渉ができるようになったナイフは椅子に穴を開けるんだ」
「面白い能力……そして、強い」「うん。僕もびっくりしたよ」
「何はともあれ」リレイは笑顔になって言う。「キキさんを救えて一件落着。お疲れ様」
「うん。リレイも、仕事頑張ってね」
久しぶりの来客が出ていくのを見送り、雑踏に消えてゆくリレイの背中。振っていた手を降ろし、ほぉっとため息をつく。
僕もヒーローになれたよ、リレイ。誰かを救うって、こんなに嬉しい事なんだ。
見上げる。青く晴れた空と同様、僕の心も晴れ渡っていた。
日常に視線を戻す。さて、林檎でも買いに行ってこようかな。
- Re: ジアース 〜沈んだ大陸外伝〜 ( No.11 )
- 日時: 2011/11/18 23:16
- 名前: ハネウマ ◆N.J./4eRbo (ID: sSCO5mTq)
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▼ピシェラと家出少女 1
俺は帝都を出て、北へ向かっていた。
「はぁ……」ため息をついて額の汗を拭った。湿った手から水分が逃げ、冷めてゆく。
季節は夏真っ盛り。太陽が迷惑な程元気に俺を照らしている。俺が今すぐ水風呂に飛び込みたいという衝動に駆られたのはこれで何度目だ?
目的地である魔剣の一族の里に着けば、少し北だから暑さももう少しましになるだろうか。そんな事ないか。
それにしても。「なーんで俺だけこんなショボい能力なんだろうなぁ……」
手の平を口に当て、能力を発動する。水が手から放射され、俺はそれをごくごく飲む。手から真水を発生させる能力。暑い日には便利な能力だが、「戦闘向きじゃないからなぁ……」
俺は皇帝に仕える魔人騎士集団、チーム・シムンに加わりたかった。
アレンとロゼッタのダークソード姉弟が加入しリレイがリーダーを務めるチーム・シムンには、戦闘能力の高い魔人騎士だけが入隊を許される。俺は「第二次魔力爆発」により強い能力を得たアレンとロゼッタに比べ、非力だ。剣術でも二人に劣るし、俺が「魔力爆発」によって得たこの能力を戦闘に使うといっても、せいぜい目くらまし程度にしか使えない。よって俺はチーム・シムンに入る事はできなかった。
「ピシェラ、お前も剣術を磨いてリレイのような強さを手に入れれば俺達の仲間入りだ。頑張れよ」とはアレンの激励の言葉だ。
「ったく……二人だけずるいぜ……」今、魔剣との契約を行ったら、「劣等感」という負の感情を体現した魔剣ができあがるだろうなぁ。
と、いかんいかん。こんなマイナスの感情を持っては駄目だ。レジスタンスにいた頃の俺は輝いてたじゃないか。それだけは自慢していい事だ。ファイト俺! 魂、燃やせよ!
なんてただでさえ暑いのに更に暑苦しい思いに浸っていると、視界の端に何かをとらえた。風でゆらめく青い布から肌色が見え隠れしている。
人が倒れていた。
折りたたまれた華奢な足を覆い隠そうとする青いワンピース。長い金髪が絡まり地面に広がっている。美しく整った顔立ち。背中を丸め肘を折って横向きに倒れているその女の子は、休憩中というわけではなさそうだ。そもそもこんな暑い日にこんな周りに陰が無い草原で寝ているという時点でよっぽどのマゾヒストかそうでなければ行き倒れだ。前者なら関わりたくないが、後者だった場合命に関わる。
「暑さにやられたか……?」小走りに近づいてその女の子を揺さぶる。「おーい、大丈夫か?」
閉じられた目がほんの少し開いた。「み……ず……」
「水か? ようし、俺が今から飲ませてやる」少女の口をこじ開け、手のひらで塞ぐ。能力を発動する。
水が流れる音と少女のんぐ、んぐという喉から聞こえる音だけがしばらく俺の耳を独占していた。
「うぅ……」水を飲み終え、上体を起こす少女の目に涙が光っているのが見える。「死んじゃうかと思ったよぉ……」
「水はもういいのか?」「うん、ありがとう」「何でこんなところに倒れてたんだ?」「家出しちゃったんだ……それでここまで来て、暑くて……」後悔の色が瞳の奥に見え隠れ。
「家出はよくないな。俺が送ってやるからおとなしく帰ったほうがいい」「ダメ!」
少女は立ち上がり、しゃがんだ俺を見下ろす。「ダメなの! 父様と母様にいやというほど思い知らせてやらなくちゃ」
俺は立ち上がり、少女を見下ろす。「何か深い事情がありそうだな」
暖かい南風が草原を渡り二人を撫でた。
- Re: ジアース 〜沈んだ大陸外伝〜 ( No.12 )
- 日時: 2011/11/19 22:43
- 名前: ハネウマ ◆N.J./4eRbo (ID: sSCO5mTq)
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▼ピシェラと家出少女 2
なんか凄いぞ、こいつ。
少女の名はキアといい、帝都一の金持ち、シュヴァリエル家の末っ子だという。その途方もない財力を駆使して帝都西の市場をまるごと買占めて巨大な店を建てようとしたあのシュヴァリエル家だ。ちなみに民衆の反発にあい最終的には政府からの「助言」でその市場買占め計画はポシャったらしい。
人生の圧倒的勝ち組だ。が、勝ち組にも悩みはあるようで。「私、何種類の習い事をさせられていると思う? オカリナでしょー、チェロにギターでしょー、美術でしょー、算数に古代語でしょー、歴史に理科でしょー、オカリナでしょー、あとは……」
「オカリナ二回言わなかったか」「言ってないわよ、何言ってんの。とにかく習い事が嫌がらせレベルに多すぎて私のやりたい事ができないのよ!」
歩きながら、俺は問う。「じゃあ何がやりたいんだ?」「そうね……うーん……それすらもわかんないのよ! わかる!?」
「わからんが……要するに、それが嫌になって家出したんだな」「そうよ。父様も母様もわかってくれない。それで、家出したの」ここで少女キアは何故か誇らしい顔になる。
あのなぁ。「親に灸を据えるべく家出したんだろうが、さっきお前倒れてただろ。死んだら元も子もないじゃねぇか。それに家出には誇れる要素なんかないぞ」「あんたに何がわかるのよ!」
「色々わかるさ。俺も家出したことがあるからな」俺はキアから目を逸らし遠くを見る。
「俺が家出したのは、九歳の頃だった」「私は十二歳よ! その頃のあんたと一緒にしないで」
無視して続ける。「理由は、里の因習で十歳の時にある儀式をするんだが、それが嫌だったからだ。その頃ジアースは三国戦争の真っ只中だった」「私と理由違うじゃない。一緒にしないでって言ってるでしょ」
「理由は他にもある」俺は遠くに大きな鳥が飛んでいるのを見る。「俺は里の長老の息子のそのまた息子だったんだが、その立場ゆえにせまっ苦しい生活を余儀なくされていたからだ。退屈な、友達と遊べる時間もろくにとれない生活だ」
キアをちらりと見る。言い返してこない。
「俺は何も持たず着の身着のまま、無計画に家出した。親と喧嘩して家を飛び出したから、何も準備する暇はなかった。そこんところは、同じだろ?」
「…………」図星か、やっぱりな。荷物が少なすぎる。
目指していた木陰に辿り着きキアは腰を下ろす。俺は立ったまま汗を拭い、話を続ける。
「俺はお前みたいに草原を一人で歩いた。帝都を目指していたんだ。そして行く手を阻んだのが魔獣。俺は剣術ができたが、その時は剣も何も持っていなかった。申し訳程度に習っていた体術だけでどうこうなる訳も無く、俺は魔獣に殺されそうになった」俺のトラウマだ。しかしその直後に起こった出来事は幼少期一番の良い思い出。
「そんな俺を助けてくれたのが、父さんだ。カッコよかったなぁ。群がる魔獣を秒殺して、俺を助けてくれた。俺の頭を撫でて安心させてくれた」本当はその時大泣きしたんだが、恥ずかしいので端折る。
「親は何だかんだいって、子を愛してるんだよ。お前の習い事だってそうだ。お前に多才な人間になって欲しくてそうさせてるのであって、嫌がらせなんかじゃない。帰って、両親を安心させてやりな」
キアは憂鬱そうな顔をして、「でも、まだ家出して一時間も経ってないよ。こんなんじゃ、何も変わらない。どうすればいいの? 私」
「そうだなぁ、実は俺も流石にお前の親はやり過ぎだと思ってる。てなわけで、俺の故郷に来ないか?」「どこ?」
「魔剣の一族の里さ。今日中に着くし、明日帝都に帰ればいい」
と、ここで殺気を感じる。キアの顔が恐怖に歪む。振り向く。
大きな魔鳥。おぞましい鳴き声。俺は剣を抜き放ち飛び上がる。直後、魔鳥は首を刎ねられ地面へ落下する。
剣を収めた。
「一緒に来いよ。俺が守ってやる」
現代の魔剣の一族では、魔剣を現出させる「魔剣との契約」は行われていない。レゼラがジアース全土を支配したとなれば、戦争に使う魔剣はあまり必要ないからだ。また、魔剣を所持しあるいは使用することでの体へのダメージや寿命への影響も考慮し、魔剣との契約は実施されなくなった。よって「魔剣の一族」という呼称をやめようかと議論になった事もあるらしいが、結局はそのままだ。
魔剣がなければ里はただの田舎。帝都に引っ越す者も現れ、元々三国時代に戦争と魔剣使用による死者を多数出していた一族は人口が減少している。
そんな里の畑道を歩くのは俺とキアの二人だけ。たまに畑の中で子供が怪訝そうな視線を送ってくる。あれ? 俺覚えられてない? まぁ当然っちゃ当然か、三国時代が終わって帰ってきて、一年も経たないうちに出て行ったからな。魔剣の使用で短くなった残りの人生を楽しむために。
「さぁ、ここだ」俺とキアは石造の家に辿り着く。「ここが、母さんの家だ」
軋む戸を開ける。「ただいまー! 母さん、いるー?」
階段を急ぎ足で降りてくる音がする。「ピシェラ? その声、ピシェラなのね!?」
「久しぶりー」「来るなら前もって伝えなさいよ、ドタバタするじゃない! あら、その子は?」ふくよかな俺の母は視線を俺の背後のキアに移す。
キアは前に進み出る。「あ、えっと、キアっていいます。よろしくお願いします」「家出少女だ。明日までここで過ごす」
「あら、家出。懐かしいわねぇ、あんたもまだ可愛かった頃に家出して大泣き」「だーっ! いいから、とりあえず俺とキアの分のメシ作ってくれよ。俺も手伝うからさ」
そんなこんなで、元気だった太陽は今はなりを潜め、月が里を照らし始める。
俺と母さんとキアはテーブルを囲んで夕食の席についた。
「う、何このパン! 硬い」「ははーん、こんな庶民の食事、食った事ないんだろ。小麦が不作な時はそういう硬いパンしか食えないんだよ、庶民は」
「なぁにこの子。お金持ちの生まれなの?」「ああ。シュヴァリエル家。聞いたことあるだろ」「まぁ! でも何故家出したの?」
久しぶりの母さんとの食卓での会話。これほど懐かしくて暖かい時間はしばらく味わってなかったな。笑顔が溢れ、その日の食卓は質素だがいつになく豪華なものになった。
- Re: ジアース 〜沈んだ大陸外伝〜 ( No.13 )
- 日時: 2011/11/20 22:11
- 名前: ハネウマ ◆N.J./4eRbo (ID: sSCO5mTq)
- 参照: http://soysauce2010.blog82.fc2.com/
▼ピシェラと家出少女 3
朝。清々しい朝。
俺がキアよりも母さんよりも早く起きて外で日光を浴び体を伸ばした後戻ってみると、キアはベッドで上体を起こし、窓の外を見つめていた。
そういえばキアは俺が褒め称えた父さんの事を訊いてこないな。歴史を習っているというから、魔剣を使う者の末路を知っているのだろう。だから気を使って訊いてこないんだ。
父さんは死んだ。三国時代の終わり頃、ルディア地方を治めていたルヤナ共和国との戦いで死亡した。俺は周りの仲間が死んでいくのには慣れていたが、父さんの死はショックだった。俺はルヤナ軍を恨み、その負の感情に任せて魔剣ペインを振るった。戦争が終わっても、俺はもう消えたルヤナを恨み続けた。
不思議だな。あれほど恨んでいたのに時間とともにその怨恨は薄れ、代わりに父さんの安穏を祈る気持ちが強くなった。死後の世界があるかは知らないが。
「キア、戻る決心はついたか?」キアはその声でこちらに気付き、眠たげにとろんと半分閉じられた目をこすって頷いた。
ここからは逆光だが改めて見ると、美しい顔立ちだ。可愛いというより美しい。末っ子とはいえ流石にシュヴァリエル家、幼さは残っているが優雅さも兼ね備えていて……「ピシェラ、どうしたの? 見つめられると、は、恥ずかしいんだけど」「いや、何でもない」そう、何でもないんだ。
いびきを立てて眠る母さんを捨て置き二人で一階に降りる。朝食を簡単に済ませる。「ほぉいえあは」とキア。
「飲み込んでから言え」「うわ、それ父様の口癖」「口癖になるほど言わせてんのかよ」
「そういえばさ、ピシェラは何でお母さんを一人残して里の外にいたの?」それを訊かれるとちょっと心が痛むな。
「こんな田舎で暮らすより、帝都で暮らしたり旅をする方が俺の性に合ってんだよ。まぁ母さんを一人にさせたのはちょっと後悔してるけど……」
「ふーん。私も田舎はちょっとダメかも」そう言ってキアは顔をしかめながら硬いパンを頬張る。
俺は服を着替え、腰に剣を差したところで丁度キアは朝飯を食い終わったようだ。「ねぇ、私、どこで着替えたらいい?」
「俺は二階行って母さん起こしてくるから、そこらへんで着替えりゃいいだろ」「わかった。いいって言うまで絶対来ないでよ」
俺はとんとんと階段を上がり寝室で母さんを起こすべく揺さぶる。「おーい、母さん、起きろー」
俺がガキの頃には家の誰よりも早く起きていた母さんだが、一人暮らしをするうちに遅く起きるようになり、今でもそうだ。「母さん。かーあーさーんー」
「ん……ぐう」「ぐうじゃなくて、起きろよ」「ピシェラ……また行っちゃうの……?」「え」
くるだろうと予想はしていた問いかけだが、いざ返すとなると迷う。「……そうだな、キアを帰らせたら戻ってくるよ。一緒に暮らそう」俺自身の願望は引っ込み、母さんのためになる選択肢を選び取った。それでいいのか、俺。
「いいのよ、ピシェラ……あなた自身がやりたい事をやればいいんだから……」起き上がり、ベッドから降りる母さん。
母さんは俺の胸に手を当てた。「帝都にだって、ジアースの果てにだって、行きたいところに行けばいい。でも、手紙は書いて。それで、私が死ぬ前には帰ってきて」「いいの? 母さんはそれでも」
笑顔がはじけ、母さんの顔は若返った。「いいのよ。だって、ピシェラにやりたい事は何でもやってもらうのが私の幸せなんだから」
触れられた胸から伝わる温かみが内包する慈愛。その懐かしい優しさは俺の心に沁み渡り揺さぶりを与え、その衝撃で俺の目に涙が滲んだ。息が詰まる。
「まったくもう、泣き虫なのは直ってないわけ?」「そそんなことねぇよ」俺は拙劣なやり方で感情を包み隠すように乱暴に涙を拭き、「俺とキアは朝飯済ませたから、もう出発するぞ」
「ピシェラー、もういいよー」キアの声が着替えの終了を告げる。
帝都から魔剣の一族の里まで行く途中休んだあの木陰に、俺とキアは二人で座る。
暖かい風が草原の草木をざわめかせ、その草たちはまるで波のようにうねり自身の匂いを風に運ばせている。
「ここだったよね」隣のキアが口を開く。「ピシェラが怖い鳥から私を守ってくれた場所」
「そうだな」俺は空を見上げる。魔鳥の姿は見当たらない。
「あの時はかっこよかったよ、ピシェラ」キアのその言葉にはサラッとしているようで感謝の意が凝縮されているのに気付いた俺は思わず顔を紅潮させ笑いをこぼす。
「ま、チーム・シムンに志願したくらい剣術には自信があるからな」だが結局は。「能力の関係上、俺はチームに入るには弱過ぎると判断されちまったよ」
「でも、その能力で私の命を助けてくれたじゃん」キアの声からうかがえる高揚感は何を意味しているのだろうか。「大いに役に立つ能力だよ。そうだ、これ」キアは懐から金色の丸いものを取り出す。
「懐中時計?」「そう。この前買ってもらったんだけど、あげる。誇り高きキア・シュヴァリエルからの贈り物であります」わざとらしい高慢ちきな口振りで時計を差し出す。
「ありがたく頂戴致します」俺が時計を受け取る瞬間触れ合う手と手。その柔らかさにどきりとし、小ささに愛着を覚える。
時計を眺めた。三つの針が時のうつろいに従って静かに告げる、十時の刻。
「命の恩人に対してこんな事で貸し借り無しにしようなんて言わないけど」キアは立ち上がり俺の前でにっこり笑う。心拍数が上がる。「ありがとね。ピシェラのお陰で私も色々考えられたよ」
「何をだ?」「父様と母様について。私が欲しいと言ったものを買ってくれた父様、私が病気で寝込んだ時ずっと傍にいてくれた母様。ほんとは優しくて、だけどそれ故に習い事を押し付けて。私の事なんか考えてくれてないと思ってた、でも今なら本当にわかりあえる気がするの。この小さな旅の終わりとその後に」
キアの顔を見る。風の吹いてくる方向を向いている。初めてキアを見た時は涙目でなよなよしていて、でもそれが今は少しだが凛々しく成長していて。
「また一歩、大人に近づいたな」俺はキアに起きた成長が自分のことのように嬉しく、笑顔になる。「早く大人になれよ?」「うわ、それ父様の口癖」「またかよ」
俺も立ち上がり、風がやってくる方角を見渡す。草原の波は俺とキアを巻き込み、清々しい夏の季節を感じさせる。
「さぁ、行くか」「うん」