複雑・ファジー小説

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ありきたりなファンタジー
日時: 2013/06/11 10:40
名前: 楓 (ID: 07aYTU12)


*目次*

 >>01-03
   序章——ありえないファンタジー
   間章——ありえない「はず」

>>04-11 第一章——君も歩けば罠にかかる
>>12-20 第二章——俗に言う「迷子」というモノ

第一章——君も歩けば罠にかかる ( No.8 )
日時: 2012/01/03 09:12
名前: 楓 (ID: lQwcEz.G)

「ここはお前の帰る場所ではないと言っただろう、ジル」
廃墟のビルの『ドア』を開けた途端、黒く光る目玉が一斉にこっちを向いた。
ジルと呼ばれた少年は目を細め、ごくりと唾を飲み込んで、カラスの姿に戻った。
押し寄せてくるゴミの臭いに、顔をしかめないように注意しながら。
長い黒髪が、少しずつ漆黒の羽毛に変わる。

それを見た仲間たち——カラスの群れは、表情ひとつ変えないで様子をうかがっている。
その目には、冷たい光しか宿っていない。
ジルには全部、ただの二対のビー玉くらいにしか見えなかった。
カラスたちは、人間をとても恨んでいた。
住むところを奪い、仲間の命を奪っていったのは、確かに紛れもない人間だ。
でも、自分たちの食べ物は、元は人間が出したゴミだというのに。
なるべく揺らさないようにして抱えていた少女の体を下ろすと、ジルは二十羽ほどはいるであろうカラスの群れと正面から向き合った。

第一章——君も歩けば罠にかかる ( No.9 )
日時: 2012/01/03 09:13
名前: 楓 (ID: lQwcEz.G)

先頭で、ところどころ銀色の羽が混ざった、威厳に溢れた長が厳しい目でジルを見据えている。
しかし、ジルはひるまなかった。
少女の寝顔をちらりと見やる。
口をへの字に曲げて首からおしぼりをさげた中学生というのは、なかなか見れない光景だ。
——こんなゴミ臭いところで、よく幸せそうな寝顔ができるな……。さすが幼稚園生。
ある意味うらやましくなったジル。

少し恐怖を押し殺せたところで、切り出す。
「仕事だけは協力してくださるという話でしたが」
「我々は人間に関する仕事までは引き受けない」
「話が違います」
「うるさい!!」
右の羽で、コンクリートの床をものすごい力をこめて叩く長。
衝撃で何枚か銀色の羽が舞った。
「わしらはな、ジル。お前のような人間と繋がりのある奴とは関わらん。お前はわしらが食べるものを好まんし、習慣についてくることもできんからな。馬鹿馬鹿しい魔術だかなんだかの仕事など関係ない——もう一度言うぞ、出て行け」
そのとたん、ゴミ臭い空気が一瞬にしてしんと静まり返った。ジルがどう出るか、仲間たちも注目しているのだ。

ジルは深く深呼吸してから、感情のこもらない声で言った。つもりだった。
「……分かりました。こんな薄汚いところ、こっちからお断りだバーカ! オタンコナス! 干しイモ!」
そう言うと、くるりと背を向けて少女を抱え(このとき、少女の体に負担がかからないようにカラスの羽毛まくらのままでいたのは、ジルの優しさだ)、巣を出て行った。
背中に、カラスたちの抗議と怒りの声を絶え間なく浴びせられながら。


後ろ手に『ドア』を閉めたジルは、不思議と冷めていた。
近所の住民が「今日はゴミの日でもないのにカラスが騒がしいわねえ」などと話している声が聞こえたからではない。
確かに近所迷惑は考えるのだが……
いくら憎んでいるとはいえ、仲間たちの住処が奪われてしまうのは、なんとしても避けたかった。
使われなくなったビルの屋上を巣にしているカラスたちの存在は、まだ知られていないのだ。

——それにしても、少し暴言吐きすぎたかな……。
優れた知能をもつカラスにとって「バカ」と「オタンコナス」と「干しイモ」は三大珍味……いや、三大暴言だった。
(しかし、ジルは干しイモが大好きなので複雑だ)
——まあ、あいつらには当然の報いだ!

ところで、カラスの体では、里奈を抱えるのは翼の筋力が発達していても、そのうえ巨大化していてもかなりの大仕事だ。
それでもさっきよりはいくらか楽に抱えられるようになった。
体が慣れてきたのだろうか。
「ふー……。」
思わず力を抜いた瞬間、どさっ、という鈍い音を立てて里奈の体がコンクリートに着地した。

——ジルは、静かに目を見開いた。

第一章——君も歩けば罠にかかる ( No.10 )
日時: 2012/01/03 09:13
名前: 楓 (ID: lQwcEz.G)

目の前に、紛れもない幼稚園生が横たわっていたからだ。
身長は、見たところ一メートルと少し。
さきほどの女子中学生が着ていたものと同じ紺色のブレザーを着て、水筒とおしぼりをさげている。
高くまとめたポニーテールの髪も同じだ。
ただ、頬はさくら色で、ふっくらしている。
そしてなぜか、あのおなじみの黄色い園帽が頭にちょこんと乗っている。
あの少女をそのまま幼稚園生に縮小したような女の子。
嫌な考えが頭をよぎった。
まさか、外見まで幼稚園生に戻った……なんてことは。
いや、ない。
そんなに強烈な副作用なわけ、断じてない!

——しかし、思ったよりやっかいな仕事を引き受けちまったか……。


すると、コンクリートにたたきつけられた衝撃で、少女が薄目を開けた。
「うーん……。」
しばらく片手でとろんとした目をこするその仕草からは、脳年齢がどちらなのか判別がつかない。
腕、というか翼を組んで少女の目の前に居座り、冷静に観察しようとしたジルが干しイモ……いや、バカだった。
確かに、カラスの姿だと、冷静に物事を判断することができる。
しかし、悪い点もあった。
彼の姿は、紛れもないバケモノなのだから。
少女はゆっくりまばたきした。
……つかの間の静寂。そして、少女が思いっきり息を吸う。
ジルが身構えたときにはもう遅かった。

第一章——君も歩けば罠にかかる ( No.11 )
日時: 2012/01/03 09:13
名前: 楓 (ID: lQwcEz.G)

「バ、バケモノ! いや——————————————っ!」
頭が割れそうなキンキン声に、ただ耳をふさいで後ずさりするしかない。
しかし、柔らかい羽毛では、耳をふさぐことは至難の技だった。
「ごめんなさい! 石は返しますから、殺さな、ぎゃ————っ!」
意味不明なことを言う少女をジルが翼で制しようとすると、襲われると勘違いしたのか、また叫びだす。
——今は何をやっても無駄だな……。
今度こそ賢い判断をしたジルは、ビルの中にあった男子トイレに避難し、頭をかかえた。
——しかし、あの反応のしかたはさっきと違う。さっきまでなら、『カラスおにいちゃんどうしたの?』とか言いそうだもんな。
  どう見ても脳年齢は中学生だ。
  だとしたら、『殺さないで』なんていうセリフはサスペンスドラマの見すぎか……。
  いや、それじゃ昼ドラマニアのおばさんだ。そう、推理小説の読みすぎだ!

地味な結論に達してから、首をふる。
今考えるべきなのは、あの少女を元に戻す方法だけだ。
外では、やっと叫び声がおさまったようだ。
キンキン声の残響が耳の中で鈍く響いている。
ここでハッと息をのんだジル。
やっと、カラスおにいちゃんの姿に戻ればいいことに気づいたのであった。

第二章——俗に言う「迷子」というモノ ( No.12 )
日時: 2012/01/04 09:34
名前: 楓 (ID: bW1QoTcC)

そのころ里奈はというと……。
錆びてところどころ鉄骨がむきだしになった階段を、そろそろと下っているところだった。
あのバケモノが、いつ仲間を呼んで襲いかかってくるか分からない。
走ったほうがいいのは分かっていた。
というか、走ろうとしているのだが、足ががくがく震えて、体を支えるので精一杯なのだ。
……ところで、一番最初に気がつくべきところには、まだ気づいていない。
「えっと、あの看板があっちだから……」
見栄えの良い階段の踊り場で、見慣れない景色にとまどう小さな女の子。
丸っこい水筒が、鉄骨にぶつかって、いやな音が響いた。
……それにさえ気づかないほど、方向音痴でパニックな里奈。

「ここ、どこだろう……」
あのバカでかいカラス……おそらくはカラスの親分かなにかに、エサと勘違いされて連れてこられたに違いない。
——今日、期末テストなのに!
鼻の奥が熱くなってくる。
歯をくいしばって、泣きたいのを懸命にこらえた。
変なところで涙腺がゆるむのは、里奈の弱点だった。
いや、幼稚園生の体だと、普段より泣き虫になるのかもしれないが。

ふいに、ふっくらした頬に涙が伝った。
その瞬間、里奈の心をとめていた何かがはずれて、里奈は盛大に泣き出した。
「……ひっく、お母さーん、だずげでぇー……。」
何とか息を飲み込もうとするが、かぼそい泣き声がもれてくる。
——何泣いてるんだろ、私。こんなところで中学生が迷子になって泣いてるなんて、恥ずかしいったらありゃしない!

けれど、見た目とはいえ幼稚園生が道端で泣いているのは、日常的にはまだ「普通」の圏内だ。
「普通」の中の小さな異常を見つけた、たまたま通りかかった警察官が里奈のわきにしゃがみこんだ。


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