複雑・ファジー小説

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ありきたりなファンタジー
日時: 2013/06/11 10:40
名前: 楓 (ID: 07aYTU12)


*目次*

 >>01-03
   序章——ありえないファンタジー
   間章——ありえない「はず」

>>04-11 第一章——君も歩けば罠にかかる
>>12-20 第二章——俗に言う「迷子」というモノ

間章——ありえない「はず」 ( No.3 )
日時: 2012/01/03 09:09
名前: 楓 (ID: lQwcEz.G)

この「宅急便で届いた石にノックアウトされた」という紛らわしい出来事を起こした張本人は、そのころコンビニで梅おにぎりと明太子おにぎりを買っているところだった。

ずいぶん整った顔立ちの青年だ。
通った鼻筋、大きく切れ長の瞳、百九十センチは軽く超えていそうな長身。
作り物のような完璧な姿に、バイトの女性店員は思わず見入ってしまうようだ。
青年はにやけた。
もう、コンビニに行っても、店員に怪しまれたり、叫ばれたり、場合によっては通報されたり……しなくて済むのだ。
何しろ、そってもそっても生えてきたもじゃもじゃのあごひげと、しわがれた声と、しわしわの顔つきとおさらばできたのだから。
この青年、いや老人は、たった今五十歳ほど若返ったところだった。
長年の研究で成功した魔術によって。まあ、少しの副作用は別としても……。
でもそんなもの、今まで自分がしてきた身を引き裂かれるような苦労を思えば、当然のことだ。

しかし、深夜のコンビニでこれほど嬉しそうににやけている青年は、いくら男前だとしても怪しまれるものだった。
まだ浮かれて自覚がないぶんにはそっとしておこう……。
意味ありげな視線で店員を見る青年。
そろそろ青年の不自然さに気づいた女性店員は、注意深く目の前の不審者を観察した。
(だから深夜は怖いのよ!)
「……ありがとうございました」
「いやいや、それほどでも」
明るい色の前髪をかきあげながらコンビニを出る青年。
ぽかんと口を開けたまま見送る女性店員以外、彼の姿を見た者はいない。

*〜*〜*〜*〜*〜

第一章——君も歩けば罠にかかる ( No.4 )
日時: 2012/01/03 09:10
名前: 楓 (ID: lQwcEz.G)

*〜*〜*〜*〜*〜

「あ、る、こー、あ、る、こー、わたしはぁー、げんきー♪」
朝7時。並木通りの木々に、ちょうど明るい光がさしたころのこと。
調子っぱずれな歌声が、ここ桜木町3丁目に轟いた。
この静かな空気の中では、誰もが——場合によっては顔をしかめて——その声の主を振り返ることだろう。
幼稚園生か、それでなくとも小学校低学年の可愛らしい女の子を予想して。


しかし……。
「あるくのー、だいっきらーい、くるまでゆ、こ、うー♪」
そこにいたのは、紺色のブレザーを着た女子中学生だった。
度がすぎるくらい高くポニーテールにまとめられた髪は、スキップするたびに頭の真上でぴょんぴょん跳ねている。
さて、ここからが問題だ。
まず、背負っているのは通学カバンではなく、黄色いリュック。
(おそらく夜になると光る蛍光タイプだろう)
側面に油性ペンで大きく……大きく大きく書かれた、「さとう りな」の文字。
リュックの横には、一昔前に流行った少女戦士のキャラクターがぶらさがっている。
そして、肩からかけられた二つの筒。片方は小さな水筒で、もう一つは……おしぼりだ。

第一章——君も歩けば罠にかかる ( No.5 )
日時: 2012/01/03 09:10
名前: 楓 (ID: lQwcEz.G)

今までこの少女——里奈というらしい——とすれ違ったジョギングのおばさん、通勤のお父さん、犬を散歩中の奥さんのほとんどは見なかったふりをするか、全速力で逃げ出すかだった。
わざわざ歌を邪魔して、
『君、今日遠足なの?』
なんて聞くようなツワモノは、絶対にいない、はずだった。
少なくとも、人間には。
しかし、この町に一人だけ、そのツワモノが存在する。


「ねえ、今日遠足なの?」
「さかみちー、とんねるー、くさっ……」
「ねえってばぁ」
「……」
せっかく気持ちよく歌っていたところを邪魔された里奈は、機嫌をそこねたらしく、声の主を振り返らずに答えた。
「うん」
一秒、二秒、三秒。
微妙な沈黙。
小石を蹴りながら歩き出した里奈を、あきらめずに追いかける「ツワモノ」。
「何でそんな格好で遠足に行くの?」
「おようふくきないとつかまっちゃうじゃん」
「答えになってないよ」
相手の口調にむっとした響きを感じた里奈は、しかたなく後ろを振り返った。


——そこには、里奈と同じくらいの背丈の女の子がいた。
人懐こそうな幼い表情と大きな目を見て、少し警戒心を解いた里奈。
黒いキャスケットから流れる背中で束ねた長い黒髪、黒いシャツに、黒いスボン、黒い靴。全身黒づくめの変わり者に、里奈は心の中で「カラスおねえちゃん」というあだ名をつけた。
「……カラスおねえちゃんには関係ないじゃん」
そう言って頬をふくらませた。
中学生の引き締まった頬がゆるみ、妙に可愛らしくなる。
すると、カラスおねえちゃんのほうも眉をよせてむっとした顔をした。
「失礼な! 僕は男だ」
「だって、カラスみたい…………え、おにいちゃんなの? かみのけながいのに?」
「ああ」
この少女がちゃんと中学生の女の子の思考を持っていたならば、カラスおねえちゃんの不自然さに身構えて、逃げる準備をしただろう。
少年は、異質の空気を放っていた。
静かでおだやかな朝の空気に、ひとつだけぽつんと浮き出たような、暗く冷たい別物の空気。
この場所にあってはならない、魔力の存在だ。


第一章——君も歩けば罠にかかる ( No.6 )
日時: 2012/01/03 09:11
名前: 楓 (ID: lQwcEz.G)

——あのじいさん、また何かやらかしたか……。
カラスおねえちゃん改めカラスおにいちゃんは、深いため息をついた。
目の前で、見るからに被害者と見られる少女が不思議そうに首をかしげる。
そして、はっとしたように目を見開くと、こちらに背を向け、ぱたぱた走り出した。
制服のスカートがめくれあがっても、気にするそぶりも見せない。
少女にとって良かったのは、このカラスおにいちゃんが人間ではなかったことだ。


——おそらくこの少女は、若返りの魔術の副作用に巻き込まれたに違いない……。
カラスおにいちゃんは、少女のリュックについている少女戦士のアニメをよく知っていた。
いや、別に変な趣味だとかいうわけではない。
幼馴染の気が強い女の子と、いつも強制的に拾いもののフィギュアで遊ばされていたのだ。
フィギュアの頭にのっかっているキラキラ光るティアラと、魔法を使うときの輝く宝石の杖は、幼馴染たちの目をくらます宝物だった。
……でも、それも七年ほど前の話。


「君、待ってよ」
少し前をおぼつかない足取りで走る少女は、今度は聞こえないそぶりで走り続ける。
「……今日は遠足じゃなくて、期末テストじゃないの?」
「……」
さきほど、同じ紺色のブレザーを着た女子中学生が、期末テストの話をしていたのだ。
もちろん、黄色いリュックではなく通学カバンを持っていたし、歌も歌っていなかったが。
少女の足が止まったので、カラスおにいちゃんは少しだけ期待した。
だが、その期待もすぐに打ち砕かれる。
「きまつてすとって、なあに?」
迷惑そうな顔をされてしまった。
はたから見たら、完全にストーカーか変質者だ。
その証拠に、たった今すれ違った子ども連れの主婦に頭からつま先までじろじろ見られた。
それと、長い髪も。

第一章——君も歩けば罠にかかる ( No.7 )
日時: 2012/01/03 09:11
名前: 楓 (ID: lQwcEz.G)

——普通、僕より先にこの女の子を変人扱いするべきじゃないのか!?
長い髪がこのあたりでは珍しいのは、よく知っている。
姿を変えたときに、たまたま受け継いでしまったから仕方ないのだが。
黒づくめの身なりだって、せめて男子中学生の制服とかに変われば……
いや、長い髪が一発で校則違反だから中学生になりきることは不可能だった。
——この場合、どうすれな良いんだ!

一瞬カラスおにいちゃんの右手に赤い光がともった。
里奈の体は、本能的にびくっとふるえた。
体をひきつらせて立ち止まる。
赤い光が消えても、背筋が震えるようなおそろしさは消えない。

「——おにいちゃん、いったい、だれなの……?」
先ほどとは違い、か細いその声には、はっきりと恐怖が現れていた。
「……僕はカラスだよ」
「そうじゃなくて、」
言いかけて、口をつぐんだ。
おびえた里奈はまつげ一本も動かさない。
カラスおにいちゃんは、本物のカラスに変身したのだ。

少女戦士アニメをいやというほど見ている里奈は、人が変身するときはまぶしい光につつまれて——敵が目を開けたときにはよくわからない決めポーズをとったヒーローがいるとか——
いや、それは戦隊ものの場合だ。
とにかく、このカラスの場合はそうじゃなかった。
顔のパーツが変形してあやふやになったかと思うと、もともと口があった場所にくちばしが生えた。
目は黒い光が宿った鳥の目になり、長い黒髪は羽毛に姿を変え、
体は……なんだか説明するだけでおぞましいような音を立てて鳥の骨格に変わっている。
そして、なぜかこのカラス、体長が一メートルほどあった。
ボキボキ、バサバサ……
無理もない。
こんな気色悪い変身を見せられたら、いくら少女戦士の変身を夢見ている少女でなくとも、軽く気絶するだろう。
里奈は、あごがはずれるほど口を開けたまま、ばったり倒れた。
それを、妙に大きいカラスが両手で……いや、両羽で優しく受け止める。
里奈はまだ知らなかったが、彼女が毎日すやすや寝ている柔らかいベッドは、一応「羽毛ぶとん」と「羽毛まくら」なのだ。
そのまま気持ちよさそうに寝息を立て始めた里奈を見て、巨大カラスは二度目のため息をついた。

このとき、二人のシュールな光景を見守っていた杏並木は思った。
——こいつこそ、現代の子どもたちに見せるべき戦隊アニメだ!
そのへんのチャラチャラした戦士より、よっぽど夢がある!

そう、この杏の木は、少々趣味がズレていた。



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