複雑・ファジー小説
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- ハラワタ共同体。
- 日時: 2012/05/07 18:32
- 名前: 緑川 蓮 ◆jNZRGbhN7g (ID: U.L93BRt)
はじめまして、緑川蓮といいます。
この小説の、最後までお付き合いいただければうれしいです。
5がつ6にち
ちょっと読みやすくしてみました。
>>1 >>2 >>3 >>4 >>7 >>8 >>9 >>12 >>16 >>17 >>22 >>23
- ハラワタ共同体。 ( No.8 )
- 日時: 2012/05/01 23:58
- 名前: 緑川 蓮 ◆jNZRGbhN7g (ID: U.L93BRt)
息子の寝顔は、いくつになっても可愛いものだ。カレーを食べ終えてテレビでバラエティ番組を見ていた掌は、いつの間にか扇風機の前で、すうすうと小さな寝息を立てていた。どこで育て方を間違えたんだか、この青二才は何かって言うと親をおちょくる。隙だらけで居眠りこいているくせに。
音がうるさかったので、テレビの電源を消す。電気代がもったいないので、エアコンの電源も消した。それから窓を開けた。夜はエアコンをつけなくたって、十分涼しい。後で蚊取り線香も点けておこう。
その前に、クローゼットから毛布を取り出す。
「ほら、風邪ひくよ」掌に毛布をかけてやった。夏風邪はこじらせると厄介なのだ。
掌の枕元に腰掛ける。こうすれば、掌の顔がよく見えるからである。元々の顔立ちが整っていて、肌が綺麗なだけに、生々しい手術痕が一層際立っていた。
掌の顔の傷痕を見るたびに、心がずきりと痛む。あまりに酷い傷だった上に、まだ傷が塞がらない内から突然発狂して掻き毟ったりしていたから、今でも傷痕が残ってしまっているのだ。
八年前の、まだ残暑が厳しい九月の出来事だった。事件が起きたアパートの一室を開けた私の目に飛び込んできたのは、私の夫と息子と、親友とその娘のむごたらしい姿。あの光景は私の全てを狂わせた。事件の後しばらくは、一瞬でも思い出すたびに嘔吐が止まらなかった。口から脳漿が出たかと思うほどに、吐いた。夫の葬式は、途中から記憶がない。それについて、葬式に来ていた人たちに話を聞こうとすると誰もが私から目を逸らしたが、あとで私は、葬式の最中に突然奇声を上げて暴れだしたらしいことを知った。近所の奥様方の井戸端会議を、偶然立ち聞きしたのである。
その後私はしばらくの間、精神科の病院に通院した。その甲斐あってか、私は事件のことを思い出しても正気を保っていられる程度にはマシになった。しかし、掌は壊れたままだった。壊れて、二度と元のかたちには戻らなかった。『ハンプティダンプティ』。そんな名前の謎かけがあったっけ。落ちたら二度と元に戻らないものは何? 答えは『卵』。割れて、元には戻らない。卵も、心も。
それでも、掌は生きている。今はただそのことが嬉しくて、寝息を立てる横顔をいとおしく感じた。そっと指先で髪をよけると、なにかわけのわからないことをむにゃむにゃとつぶやきながら寝返りを打った。可愛いやつめ。
夫を失った今の私には、この子が全てである。だからあの日、今度こそ私の手で守ってみせると、そう決めたのだった。たとえどんなことをしてでも、たとえ、道化を演じてでも。この世の何がどうなったって、この子さえ幸せなら、それでいいから。
もしもこいつが起きていたなら、絶対に恥ずかしくて言えないだろう。けど、どうしても言いたいことがある。何度でも何度でも、耳にたこが出来るほど言ってやりたい。
「_____________」。
さて、そろそろ食器洗ってこようと思い立った。ただし、その前に蚊取り線香を取ってこなければ。チャッカマンはどこへしまったっけ。
背伸びをすると、腰の方が軽くポキポキと鳴る。ついでに立ちくらみがした。いかん、そろそろトシだろうか。思えば最近はやたらと肩も凝るし、二の腕の辺りがたるんできたような気がする。いや、気がするだけで、実際にはそんなことはない。絶対にない。
もう、一つの動作を起こすのもめんどくさい。私の代わりに家事を全部こなしてくれる機械とか、誰か開発してくれないだろうか。というか、してくれ。お願い。誰にだかわからないけれど、お願いしてみた。当然、返事は返ってこなかった。
「網代湊、ね」ふと、夕飯を作っている最中に掌が会話に持ち出していた少年の名を思い出した。
世間を賑わせている、現役の高校生探偵。ワイドショーやニュースでは引っ張りだこの、超有名人だったはずだ。ついでに、イケメン。実は少し好みのタイプだったりする。しかし何より、探偵としての実力は相当なものだという話をよく聞く。なぜそんな子が、この田舎町へやってきたのだろうか。やはり例の、連続殺人事件について捜査するためだろうか。
これから少し、何か厄介なことが起こりそうな気がした。根拠は、ないけれど。
♪
ふわりと、温かい感覚がした。頭の中がぼんやりとしていて、毛布をかけられたのだと気付くまで少しかかった。次に、すぐ近くに誰かが座ったような気がした。その人はどうやら、僕の顔を覗き込んでいるらしい。意識は相変わらずはっきりとしないので、僕は黙ってそのまま動かずに居た。
すると不意に、顔を撫でられた。くすぐったかったので寝返りを打つ。何か反論を言おうとしたけれど、はっきりとした言葉にはならなかった。その人はそのまま、じっと僕の傍に座っている。
それから、その人はとても、とても優しい声で、こう言ったのだった。
「生きていてくれて、ありがとう」。
少し泣きそうになった。
- ハラワタ共同体。 ( No.9 )
- 日時: 2012/05/03 03:00
- 名前: 緑川 蓮 ◆jNZRGbhN7g (ID: U.L93BRt)
今日、私のクラスに転校生がやってきた。彼の名前は網代湊。私たちと同い年でありながら、現役の名探偵。私もよくテレビでその顔を見かけていたので、驚きを隠せなかった。
先生に呼ばれて教室に足を踏み入れた網代湊は微笑みを浮かべていた。ああ、ウチの母さんも、あの笑顔に弱かったんだっけ。帰ってから、彼が転校してきたことを話したら、きっとサインを貰ってきてくれとせがまれるに違いない。
彼が教室に入った瞬間、クラス中がざわめいた。ちらほらと黄色い声が上がった。それに対して網代湊はなんにも反応しないで、ただにこにことしているだけだった。
「じゃあ、網代。自己紹介を」「はい。はじめまして、網代湊っていいます。皆さんと一緒に、楽しい学校生活を送れたらいいなと思っています。よろしくお願いします」。
クラス中がざわめいているにもかかわらず、凛とした鈴のような彼の声は、クラス中に響いた。
その2【ラヴ・トライアングル】
放課後になったとたん、案の定、網代君はクラスの皆からの質問攻めに遭っていた。最初は戸惑ったような素振りを見せていたけど、彼は三分もたたずにクラスに打ち解けていた。どこかのニュースかワイドショーで、彼は事件解決のために全国を飛び回っていると聞いたことがある。きっとこういう事にも慣れているのだろう。
「ねえ、綾。あんたはああいうの、興味ないの?」隣の席の、瑞樹が話しかけてきた。「うん」「そっかぁ。まあ、綾はもう想い人がいるって言ってたもんね」「余計なことは言わなくていいの」誰かに聞かれてたらどうするつもりだ、まったく。「でさ、結局誰なの?」「教えない」「ええ、いいじゃん」「だめ」この子に話したら、あっという間に広まってしまう気がした。悪い子ではないのだけれど。
私の名前は、漆間 綾(ウルマ アヤ)という。部活には入っていない。ごくごく普通の女子高生である。時折友達に、趣味が変わっているといわれることがあるけれど。
高校生活のメインイベントといえば、恋愛だと思う。かくいう私も一人の恋する乙女なのであった。私の好きな人は、隣のクラスに居る。網代君と彼を交換してくれないだろうか。もっとも、そんなことを言ったらクラス中の女子を敵に回してしまうのは目に見えているけれど。
瑞樹に呼ばれて、リュックを持って席を立つ。綾と一緒に教室を出て行くときにたまたま、網代君の会話の内容が耳に入った。実のところを言うと、彼が出した名前に反応したのだけど。
「そういえばさ、美波掌君ってこのクラスじゃないのかな?」「え、美波君?」「誰だっけ」「ほら、あの顔に傷のある子だよ」「ああ、隣のクラスの」「でも網代君、突然どうして?」「うん、ちょっと彼に用があるんだ」。
網代君は美波君と知り合いなのだろうか。とにかく、彼が美波君の名前を出したのは意外だった。網代君は、一体何の用があるのだろう。私の好きな美波君に。
「ごめんね、瑞樹」「どうしたの綾?」「私これから用事あったんだった」「そっか、じゃあ先に帰ってるね」「うん、ごめんね」「気にしなくて良いよ。じゃあまた明日ね」。
♪
「美波掌君って、このクラスであってる?」
先生以外で僕を呼ぶなんて、一体誰だろう。教室の扉のほうを見ると網代が立っていた。網代は昨日と同じようににこにこしている。
網代は僕を見つけると、物怖じせずに教室へ踏み込んできた。そして僕の席のほうへ近づいてくる。何事かといわんばかりのクラスの皆の視線が痛いけど、仕方ない。普段誰も話しかけないようなクラスメイトに、テレビにも出ているという有名人が用があるというのだから。
「やあ、掌君」「やあ。僕に何か用?」「一緒に帰らない?」「メダマも一緒でいいなら、かまわないけれど」「じゃあ決まりだね」。
クラスメイトの皆は、とにかく唖然としていた。視線が痛い。網代は構わずに、にこにことしている。至極居心地が悪いので、一刻も早くこの場を離れてしまいたい。荷物を手早くバッグの馬鹿に放り込んで、さっさと立ち上がって、教室を後にする。網代は笑顔のまま、その後ろをついてきていた。
正門の端に、いつものようにメダマが立っていた。いつも思うのだけど、どうして汗一つかかずに涼しげで居られるのだろう。網代でさえ、ハンカチで汗を拭いていた。
「メダマ、お待たせ。今日は網代も一緒に帰るんだけど、いいかな?」メダマは黙って頷いた。
僕らの学校の前には、田んぼとあぜ道が広がっている。僕とメダマと網代はあぜ道を歩いていく。なにしろ暑い上に日陰も何もないので、時折吹くそよ風がとても心地良い。
「ねえ網代」「何だい?」「網代はどうして、僕を誘ったの?」「どうしてって?」「君のクラスにも、一緒に帰りたがっている人はいただろうに」「昨日君に会ったからかな」「それだけで?」「うん」。
よくわからない理由だった。網代は探偵をやっている。網代は頭がいいから、頭の悪い僕にはわからないのだろうか。メダマはどうなんだろうと思って見てみると、彼女はそ知らぬ顔でいた。きっと、話を聞いていなかったのだろう。
でも、あまり深くは追及しないことにした。僕も悪い気分はしていないからだ。何より、網代は僕の顔のつぎはぎを気にしない。
- Re: ハラワタ共同体。 ( No.10 )
- 日時: 2012/05/03 12:41
- 名前: 朝倉疾風 (ID: 2WH8DHxb)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
一気読みしてしまいました。
名前がとても個性的で面白いです。
あと、朝倉のツボをこんなにも刺激してくるなんて、
とても素敵な小説だなと思ったり。
さっそくお気に入りにポチッといれます。はい。
絵のリアリティを求めて自分の血を使うなんて
掌くんの美意識というかいやリアリティ追求は彼にとって
至極当然のことだったかもしれないけれど、見習いたいです。
朝倉も、メダマの餌になるのならどうなってもいいと
思うのだけれど、でもそれよりも朝倉は食べる側の
人間だと自負しているから、結果的にメダマを食べる
のは朝倉なわけで。えふえふ。
過去の事件は興味深い。
とても興味深いですね。
早くその過去が知りたい、夜も眠れない…これは言い過ぎですね。
夜はきちんと寝ます。 成長したいので。 身長。
けれど頭の片隅でチラリとはこの小説の続きを自分なりに
妄想してニヤニヤして、こちらで読んでニヤニヤして。
そういうのも悪くはないでしょう。
綾さんとは朝倉、いい恋敵になりそうねと他人ごとだから
そう思います。 張り合うつもりは毛頭ないけれど。
高校生活ではリア充だのソロ充だのと周りが五月蝿いけれど
瑞樹さんもそういう女の子なのかしら。
その調子だと、きっと好きな人を喋ったらその日のうちに
皆に広まってしまうでしょうね。
掌くんに興味が湧いてきたかしら、湊くん。
名探偵だなんて凄い。 少し有名らしいけれど。
ついでにイケメンだなんて羨ましい。じゅるり。
母子って不思議なものねと思ってみたり。
でも掌くんのお母さん、とても良い人で不安定で
朝倉は好きだけれど。
親孝行しろと掌くんを前に悟りを開いてみたいと思ったり。
メダマちゃんの少し薄い影が好き。
こういうと失礼かもしれないけれど。
トコトコ着いてきてとても可愛らしい。
湊くんはあまり何か気にしないタイプらしいから、
掌くんにとっても楽なのかも。
いちいち顔を見られてギョッとされていては、面倒だし。
ああ、メダマちゃんと一緒に暮らしてみたいと心からそう思います。
けれど、朝倉の頭の中でのメダマちゃんは、単眼症のかよわい
女の子となっているんです。
メダマちゃん、だから。
左目を包帯で隠しているとはいえ、朝倉にとっては単眼少女だと
いうことに変わりはないです。ちょっと自分でも何を言っている
のかわからなくなってきたので、ここで長ったらしいコメントを
終わりたいと思います。まる。
ああ…コメントが長いのは朝倉がダラダラと自分の妄想を
入り混じりつつ書いているから……。
ごめんなさいね。
反省も後悔もなにひとつ、していないけれど。
- Re:ハラワタ共同体。 ( No.11 )
- 日時: 2012/05/03 13:31
- 名前: 緑川 蓮 ◆jNZRGbhN7g (ID: U.L93BRt)
朝倉師匠
来ていただけて、うれしいです。
長いコメントは、ああ、ちゃんと読んでくれているんだなあっていうのがわかって嬉しいです。
掌は、きっと芸術家の鑑だと思います。
天才にとってはいつも、自分がやってることが当たり前なんでしょうね。
食べるのはいいけれど、その前に、お腹壊しちゃったりしないのでしょうか。
過去の事件は、とても凄惨なものだったようです。
掌や記念母さんはともかく、狩衣先生までもが吐きそうになるほどですから。
湊は、興味があることは、きっとどんどん突き進んでいくと思います。
だから名探偵になれたのかな。
記念母さんはとても息子想いです。少し、行き過ぎてしまう程度には。
自分の行動に後悔しないのは、素敵なことです。
一生そうあり続けていられたら、どれだけ幸せなんだろう。
これからも、後悔しないでくださいね。
コメントありがとうございます。
- ハラワタ共同体。 ( No.12 )
- 日時: 2012/05/03 14:51
- 名前: 緑川 蓮 ◆jNZRGbhN7g (ID: U.L93BRt)
僕と初めて会う人は、たいていぎょっとした顔をする。僕はそのたびに、胸がちくりと痛むような感覚を味わうのだ。今の学校に転入してきたときもそうだった。皆が変な目で僕を見るものだから、学校に居るだけで胸が張り裂けそうだった。どうして、僕を、そんな目で見るの。人の顔なんてどれもこれも、顔の皮を剥いでしまえば、血と肉があるだけなのに。
その話をすると、網代は微笑みながら頷いた。網代は自分が綺麗な顔をしているくせに、顔のかたちだとかそういうことには興味がないみたいだった。
「犯罪者の中にはね、自分から顔を変える人もいるんだ」「どうして?」「警察や僕たち探偵の目をごまかす為さ」なるほど、と思った。「そういう人たちを見てると、かっこいいとか、不細工とかって、結局のところ飾りにしかならないんだってわかるんだ」そうだ、網代は有名な探偵だった。だから、聞きたいことがあるのだった。「ねえ網代」「何かな?」「網代はどうして、この町に引っ越してきたの?」「それはね、最近この町で何件か殺人事件が起きてるだろ?」「そうなんだ」ニュースや新聞をあまり見ない上に他人と会話をすることも少ないので、知らなかった。「うん。それを調査するために来たんだ」。
網代はずっと前に、とある刑事に命を救われたことがあると言った。だから網代はその人に憧れて、今度は自分がその人を助けられるような職業に就きたいと思って、それで探偵になったらしい。
網代が最初に解決したのは、彼が小学校二年のときに、自分の家の近所で起きたひったくり事件だという。近所のおばさんが被害にあったのを、聞き込みを繰り返して、犯人の特徴や事件が起きた状況、そして、近隣住人全員のアリバイを調べて、犯人を絞り出したのだという。犯人は、近所の浪人生だったという。
どんな小学校二年生だよ、と思った。でも、後で調べてわかったのだけど、どうやら本当らしい。当時はニュースにもなったようだ。
「じゃあ、僕とメダマはこっちだから」「うん、また明日。おれは少し神社の方を見てみるよ」「神社?」「この町には来たばかりだから、いろいろと見て回りたいんだ」「そっか。じゃあ、またね」。
網代は、にこにこしながら手を振っていた。
メダマは相変わらず無表情のままでいる。そういえば、メダマと網代は一回も言葉を交わしていない気がした。拗ねてるんだろうか。ごめんね、メダマ。でも、僕が愛してるのはメダマだけだから、安心して。
♪
「それで、何か用かな」網代が行ってしまうのを見送ったおれは、あぜ道の向こうからやってくる彼女に話しかけた。「君は確か、おれのクラスメイトだったね」「記憶力が良いんだね」「一応これでも、探偵やってるから」。
おれと掌の後をずっとつけていたのは、黒髪をツインテールにしたクラスメイトだった。他のクラスメイトが俺のところへ集まる中で、彼女ともう一人、他のクラスメイトはそ知らぬ顔をしていたからよく覚えていた。
それからもう一つ、この少女について判ったことがある。
「尾けてたでしょ」「は?」「おれ達のこと、尾行してたでしょ」「何言ってるの? 私、普通に家に帰ろうとしてただけだから」「君の家は反対方向なのに?」ツインテールの少女は言葉に詰まった。「昨日先生に挨拶するついでに、クラスメイト全員分の資料に目を通しておいたんだ」。
嘘だ。そもそも他の生徒の個人情報なんて勝手に漁ろうものなら、保護者から苦情が殺到してしまう。おれはこの少女の家がある場所など知らなかった。
ただ、あの高校は校門を出ると、目の前に田んぼが広がっていて、帰るには右か左へ行くしかない。住宅街があるのは、右側だ。
それから、彼女が友人を先に帰らせるのを見た。本当に彼女の家と彼女の友達の家がこっち側にあるのなら、別々に帰る必要などないはずなのだ。
これによって、彼女はそっちに住んでいる可能性が高いと踏んだ。
そして住宅街のほうに住んでいるのなら、友達の誘いを蹴って、わざわざおれ達が学校を出るのを見計らって、後からついてくる必要はない。
だからこの少女は、おれ達を尾行したのだと推測した。
「何で、私があなたたちを尾行する理由があるの?」「突如転校してきた高校生探偵。テレビにも出てる。十分理由はあると思うけど」「ごめん、私そういうのあまり興味はないから」「知ってる。さっきクラスに居たときも、おれに話しかけようとしなかったもんね」。
じゃあ、何で。そうでも言いたそうに、少女はおれを睨み付けていた。
♪
事件の捜査のためにこの田舎町へ引っ越してきたのなら、私たちの資料に目を通したことも納得はできる。尾行していたことがばれたのも、向こうが探偵で、そういう事に慣れているからだと思えば合点がいく。
けどおかしなことに、もっと重要なことを見透かされている気がした。
そして、その予感は当たっていた。
「好きなんでしょ、美波掌君のこと」。
心臓が止まった気がした。どうして今日転入してきたばかりの彼が、まだ誰にも話していない、私の秘密を知っているのか。網代はにこにこ微笑んでいて、それが余計に恐ろしかった。
「簡単だよ。教室で僕が美波君の名前を出したとき、それまで興味のない素振りを見せていた君の視線が、一瞬だけこちらを向いた」網代は笑みを絶やさずに言う。「その後、僕らを尾行した。そうなると、考えられる可能性は概ねひとつだけだ」網代は人差し指を立ててみせた。「『転入してきた有名人が、自分の好きな人を呼び出し、一緒に帰ると言い出した。だから気になって後をつけた』ってところでしょ、大方」。
まさに、その通りだった。