複雑・ファジー小説
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- 101の日常達
- 日時: 2018/12/09 20:45
- 名前: 雷燕03 ◆bizc.dLEtA (ID: XYGrm/hO)
こんにちは。このスレッドを覗いてくださってありがとうございます。
ライトにするかこちらにするか迷いましたが、暗い話も書く予定なのでこちらに。
短編集になります。
とんでもない遅筆なので、作品によって書いた時期にだいぶ差があります。
企画などに出したものも、企画が終了した後こちらに載せています。
それでは、この物語たちが少しでも、あなたの日々の潤いになりますように。
■目次
1. >>01 水色のシュシュ
2. >>04 この町
3. >>05 冬の雨の日
4. >>09 嘘
5. >>13 夏の終わりと夜の空
6. >>14 雪を翼に
7. >>15 幻と再会
8. >>16 窓の向こうの景色
9. >>17 十か月の追憶
10. >>18 折りたたみ傘
11. >>19 優しさの成果
12. >>21>>22>>25 君と共に足音を
13. >>26 黒の女
14. >>27 イチョウ葉と革靴
- 折りたたみ傘 ( No.18 )
- 日時: 2015/08/31 00:09
- 名前: 雷燕 ◆bizc.dLEtA (ID: a6RsoL4B)
折りたたみ傘
雨が降りだしたことに自動ドア越しに気づいて、本を持ったまま手を止めた。傘は持っていない。朝から怪しい様子ではあったのだが、昨晩の夜更かしのせいで寝坊してしまい慌てて飛び出してきたためである。雨粒は大きくないようだが、しとしとと降り続いている。家からここのバイト先まではそう遠くないため自転車で来ていて、雨が降りそうなときなどは傘を持って歩いてくるのだが、今日は天気予報すら見てなかった。これは濡れるなあ。
俺は外から手元に視線を戻し、本棚の整理に戻った。こんな日は客足も少ないので、普段人の多い場所にも手をつけてみようか。
「降りだしましたね。今朝はだいぶ慌ててましたけど、傘は持ってるんですか?」
同じくアルバイトをしている女子高生が話しかけてきたので目を向ける。髪も黒いしそう派手な格好はしていないのだが、近くで見るとまつげは長くしているし頬はナチュラルに赤く染められているし、抜け目がないなと思う。担当場所が違う上普段なら仕事中に雑談をすることは少ない子なのだが、今は近くに客もいないからであろう。
「それが持ってないんだよ。これはずぶ濡れルート確定だ」
「風邪とか大丈夫ですか?」
「部活帰りに濡れたときに、それを何度願ったことか」
「あはは。体強そうですもんね」
彼女はそう言って笑いながら立ち去った。しっかり者だからやはりしっかりと傘は持っているのだろう。あわよくば相合傘なんて申し込まれてイベントが発生してみないだろうか、なんて悲しい一人身の俺は考えてみるけど、ないない。まず高校生である彼女は俺より先に帰らなければならないし。
「……よし完璧。さすが俺」
目の前の棚がきれいに作者順に並べられた様を見て、独り達成感に浸りながら次の本棚へ向かおうとした。そして一瞬動きが止まる。視線を向けた先には常連客の女子大生がいた。週に二、三度は来店してほぼ毎回本を買っていくのに、雑誌はほとんど読まないらしい読書家だ。彼女の探している本が見つからないときに何度か話したことがあるが、気品があって感じのいい人だった。雨の中来たのだろう、足元が濡れている。
次は彼女のいる棚を整理しようと思っていたのだが、隣でがさごそとされるのもいい気分ではないだろう。他の場所へ移ろうと体を反転させると、誰かにぶつかりそうになった。
「あ、す、すみませ……って君かい」
客かと思って謝りかけたら、俺の後ろに立っていたのはさっきの女子高生だった。
「あの方、美人ですよねえ。この前話したら、先輩と同じ大学に通ってるそうですよ」
「マジで。ていうか君あの人とそんなことまで話すのか」
「同年代の女性店員は私しかいませんからねえ。あ、羨ましいんですか?
」
彼女が意地悪そうに笑う。今あの女子大生を見ていたのを見られていたのか。俺は恥ずかしくて早口になって言った。
「いや違うって。つーか話してばっかいないで仕事しろよ」
「はーいすみませーん」
彼女は楽しそうに笑いながら歩いていった。年下にからかわれるなんて、俺もさすがの情けなさだ。
しばらくしてから、俺はレジに移った。少しは客も増えたがやはり暇。しかしそうやって気が抜けているときに、例の女子大生が本を持ってきたので驚いた。結構長く店内にいたんだな。彼女がカウンターに置いた本を手にとって、カバーをつける。
「雨、やみませんね」
彼女が話しかけてきたので、心臓が活発になったのをなるべく無視して冷静に答える。
「そうですね。実は僕、傘を忘れて自転車で来てるんですよ」
「えっ、大丈夫ですか?」
「ご心配ありがとうございます、でも健康だけが取り柄なので平気ですよ」
「そうなんですか、でも気をつけてくださいね。それでは」
彼女は笑顔を浮かべながら本の入った紙袋を手にとってかばんに入れ、その手で折りたたみ傘を取り出しながら外へ出た。
そうやって彼女と話せたから、俺は一日気分のいいままバイトを終わった。とうに高校生の帰らなければならない時間を過ぎ、店長に挨拶をしてから真っ暗になった外へ出る。しかし外の土砂降り具合に、さっきまでの気分は吹っ飛んだ。辺りの音を完全にかき消して水が地面にぶつかっている。梅雨の雨らしく雨粒は細かいのだが、だいぶ量があり、これは自転車で駆け抜けたとして帰ってからが大変そうだ。
誰かがビニール傘を置いていたりしないだろうかと、勝手に使ってはいけないと思いつつも傘たてに目を向けてみた。するとそこには一本の傘がぽつんと残されているではないか。女物の傘だが、こんな日に忘れて帰るなんてあるのだろうか。
そこで俺は、傘の柄に小さな紙が貼り付けられているのに気がついた。近づいて見てみると、きれいな字でこう書いてある。
『女物ですが、よければ使ってください。』
……これは、誰に向けた言葉なのだろう。もしかしてもしかしたら俺だろうか。店の中にはもう店長しか残っていないし、その店長は車で出勤している。これを使ったとして、ばちは当たらないんじゃないか。
しかし女性らしい傘をさして歩くのは恥ずかしいからやはり自転車で駆け抜けようと思いもう一度顔をを上げて、雨のひどさを再確認して、俺が使うなんて見当違いだったらごめんなさい、と傘の主に謝りつつお言葉に甘えることにした。
次の日も雨だった。俺は玄関に干していた傘をたたみ、今度はちゃんと自分の傘をさして店に向かう。昨日の晩よりは雨脚はましになっていて、たたんでいる傘を濡らさず持ってくることができた。店に着くと、『ありがとうございました。濡れずにすみました。』と書いたメモ用紙を傘の柄につけて傘たてに置く。これで持って帰って気づいてくれるだろうか。
見知らぬ人と秘密の会話をすることにわくわくしながら仕事をしていると、俺より少し後に来たバイトの女子高生が話しかけてきた。
「こんにちは。昨日、濡れませんでした?」
「それが、誰かが傘を置いていってくれたみたいで、しかもどうぞ使ってくださいってメモまで残してくれてたから、ありがたく使わせてもらって濡れなかったんだよ。いったい誰なんだろ」
「あ、気づいたんですね。よかったです」
「え……もしかしてあの傘って」
「なんでもないでーす」
そう言いながらまた彼女はすぐに去っていく。あの傘を残してくれたのは彼女なのか。俺が昨日傘を持っていないなんて知っている女性なんて、彼女と例の女子大生くらいしかいないはず。ほとんど交流のない人が、まさかあんなことをしてくれるとも思えないし……。
女子高生が、ただのバイトの先輩にがわざわざこんなことをしてくれるものだろうか。しかし一度そうやって考えてみると彼女はよくバイト中に俺に話しかけてくる気がしないでもない。
いや馬鹿か俺。自意識過剰もほどほどにしないと、一人身暦がさらに長くなるぞ。つーかバイト中だろ仕事しろ。
そう自分に言いきかせて意識を目の前に戻す。しかし視界の隅で自動ドアの開いたのが分かったのでそちらに視線を向けると、あの女子大生だった。濡れた折りたたみ傘を手に持ってこちらの方へ歩いてくる。目が合ったので会釈をすると、向こうは笑いかけてくれた。
「こんにちは。体調は大丈夫ですか」
「ああ、昨日の雨ですか? それが、同じバイトの子が傘を置いていってくれたみたいで助かったんですよね」
俺が若干照れ隠しでそう言うと、
「——そうなんですか。よかったです」
彼女は微笑を浮かべてもう一度会釈をしてから、よく行く本棚へ歩いていった。
*
風死さんのSS大会に参加させていただきました。お題は「罪」でした。
- 優しさの成果 ( No.19 )
- 日時: 2015/08/31 00:01
- 名前: 雷燕 ◆bizc.dLEtA (ID: a6RsoL4B)
優しさの成果
どうしてこう、うまくいかないのだろう。
「どうせなら何か食べよーぜ。ただ待ってても寒いだけやし」
「あ、じゃあ私買いに行くよ」
「俺も行く。二人の分も買うわ」
奴が立つのに続けて私も立ち上がり、隣に座っていた彼女と彼に笑う。周りは今年最後の花火を見に来たカップルや家族でごったがえしていたが、打ち上げが始まるまでにはまだ時間がある。その間に、二人が会話をして距離が縮まるといいな。人のあふれている階段を下りて後ろを振り返ると、二人は白い息を吐きながら笑いあっていた。うん、いい感じ。
通路に出て、奴の横を屋台通りまで歩く。さーて何を買おう。おなかすいたし、焼き鳥あたりをがっつり食べたい気分だ。私は奴の存在を無視するように人混みをするすると抜けていった。「そんな速く行かんでやー。話しながら歩こうぜー」という声が聞こえてくるから、ついてきてはいるのだろう。
うーん、花火会場となると何もかも高いな。一本三百円なんて、焼き鳥は諦めよう。から揚げ屋に並んでいる列に加わった。
「お、これ買うん?」
「うん。マジおなかすいた」
「俺もー」
奴も私の隣で前の客がいなくなるのを待つ。にやにやにやにや、楽しそうなものだ。
「いやー、お前と花火見に来れるとは思わんかった。この間まであんだけ断ってたのに突然どしたん?」
ああそんなに嬉しかったか。それはよかった。
「最後の花火彼女と一緒に見に来たいし、彼チキンだからね。セッティングしないと何もしなさそう」
「なにそれ俺おまけ?」
「……やばい否定できない」
笑ってごまかした。実際、奴は一番仕方なく連れてきたというか個人的にいなくてもいいというか……うんごめん。でも奴がいないと彼女と彼と私だけになってしまうから、さすがにメンバーがおかしすぎるな。いてくれなきゃ困るよ、私の隣にはいなくていいけど。
彼は奴と違って奥手だから、彼女のことが好きなのに中々アプローチできていない。だからおせっかいで私が二人を誘う……ってのが面目で。実際私が彼と彼女と遊びたいだけだったりする。
彼女は美人で、そして口うるさい女子が多い中で珍しくおしとやかだから私は彼女が大好きだ。あ、友達としてね? そんな彼女のことを彼も好きというのだから、もう応援するしかない。彼女にも恋人を持って青春を楽しんでほしいし、変な男に彼女はやらんが、彼ならまあ許す。
何より、彼が幸せでいてくれることが私の何よりの願いだし。
から揚げの後はクレープを買うことにした。彼女が何が食べたいか分からないけど、外れはしないだろう。人ごみの中をまたすいすいと歩いていると、また後ろから奴の声が聞こえてきた。
「なぁーおまけとかひどくねえ?」
「ごめんごめん冗談だって」
振り返って笑顔を作る。さすがにあれは辛かったか、申し訳ない。クレープを二つ買って、私の後ろに並んでいた、奴を待ってから来た道を戻り始める。「あ、さすがに待ってくれるんやな」と奴が言ったけど、置いて行くなんてことはさすがに非人道的だからしないよ。
さっきまでいた階段に着くと、彼と彼女が楽しそうに話していた。今の間ずっと話していたんだろうな。羨ましいという気持ちを拭えない。両方に対して。
辺りには人がさらに増えていて、私たちがいた場所にも侵入していた。彼と彼女の横のスペースが随分と狭くなってるんですけど……。
「入る? これ」
「ん、入る入る」
私が笑いながら言うと、彼がまた笑いながら答えた。その瞬間、今日ここに来て本当によかったと身にしみて感じる。しかし、彼の機嫌がいいのは彼女のおかげだというのを意識した瞬間に、黒くてぐしゃぐしゃとしたまとまりのない感情が湧いてくるのはもう知っているので、考えるのをやめた。
人の間に足場を探しながら上り、彼女の横に座った。本当にスペースがないので肩が完全に触れる状態になる。彼女とこうしていられるのは個人的に嬉しいのだけど、つまり奴と私もこうなるわけで。寒いからいいけどさ。何が嫌って、奴が喜ぶこと。
「はいクレープ」
彼女に渡して、私はから揚げを食べ始める。クレープなんて自分から買うことはないから、彼女に先に食べてもらわないと食べ方が分からない。奴も食べ始めたので私と奴は無言になったが、彼女は食べながらも彼と話していた。楽しそうだな私も加わりたい。でも、彼の邪魔はしないと決めて来たのだから、やめておこう。
から揚げを食べ尽くした頃、一輪目の花が夜空に咲いた。私はクレープを手にとる。
イルミネーションで飾りつけられた町を、人混みにまみれながら歩いた。彼は彼女の隣を歩きたいし、私も彼女の隣を歩きたいし、奴は私の隣を歩きたがるので、四人横並びになろうとするのだけど、こうも人が多いとそれはなかなか叶わない。彼と彼女は相変わらず話しているし、割って入るわけにはいかないので結局私と奴が並んで歩くことになる。この状態が、喜ぶ人が一番多いのだから、やはり一番いいか。
こんな時期にミニスカートでサンタクロースの格好をしてしるお姉さん方を横目に駅を目指す。
「……ねえ、だんだんこっちに近づいてきてる気がするのは気のせい?」
「ん? 気のせい気のせい。そんでそっちはだんだん離れてる気がするのは気のせい?」
「気のせいじゃない」
「あ、そこは気のせいじゃないんかい」
私と奴の会話といえばこんなもの。この期に及んでも相変わらず、とは道中奴に言われたことだが、全くその通りだと思う。残念ながら君との関係の進展を望んで来たわけでは、ちっともないからねえ。
電車を降りるまでずっとそんな感じで、その日は終わった。奴は少し残念そうだったけど、私と出かけたことは多分マイナスなことではないだろうし、彼と彼女は楽しそうにしていたし、そんな二人を見て私は幸せだった。だから勇気を出してみんなの予定を聞いて誘ってみてよかった。と、思っていたのだけれど。
どうしてこう、うまくいかないのだろう。
「いや花火は正直あかんと思う」
クラスメイトの友人が言った。奴と私をくっつけたがっている(クラスの多くはそうなのだが)男で、彼と彼女も誘っていいから奴とどこかに遊びに行けと言っていた。それに従ってあのメンバーで花火に行こうと思ったというのもひとつあるのだけど……何が「あかん」のだろう。
「花火なんか、恋人と行くものやん。その気になっちまうって。そこで普段通りはひどいわ」
「その気」? 今更? 今まで散々あしらってきたのに、友達もつれて花火に行っただけで?
「え、花火と映画とそんなに違う?」
このクラスメイトと話している時は映画かどっかに行けと言われていたものだけど、私の中ではどちらもそんなに変わらないのだけれど。何故映画なら行けと言うのに花火になると駄目なのだ。
「違う。映画は友達のノリで行けるけどさ」
花火は違う、と言うのか。もう分からない。こいつのほうが私よりはよほど恋愛経験も豊富そうだし交友も広いし、一般的な感覚に近いのだろう。けれど、それが理解できないのだからもうどうすればいい。
「でも普段からあんだけ言ってるのに今更さあ……」
よいと思っていたことを否定され、理由が理解できず疲れてしまった私の口からは、そんな言い訳がこぼれてしまった。そこで相手は私にとって最も堪えることを言ってくる。
「とにかく、あの日のせいであいつは傷ついてたぜ」
マジか。
会話はそこで終えたけれど、家でも私は悩んでいた。奴に関しては、しょっちゅう話しかけてくるのを冷たくあしらっている。少々では全く懲りる様子はないし、たまにすねたような落ち込んだような様子も見せるがめげないので、ダメで元々、と半分開き直っているものかと思っていた。それがそもそも間違いだったろうか。少しずつ少しずつ、やつも悲しんでいたのだろうか。だとしたらそれは「話しかけてくるな」とまで言えない私の臆病さのせいだろう。希望を持たせてしまう、優しさという名の臆病さだろう。
どうすればいいのだ。奴が傷ついていたとしたら、今の状態のまま切り離すのは罪悪感で苦しい。しかし好きでもない人間を安っぽく自分の「恋人」と呼びたくは……そこで、結局優先させているのが自分のことであるのにようやく気付く。
ああ、結局中途半端なんだよな。今のような気持ちで奴と付き合うことはできないからそれなりの対応をしているつもりだが、優しい自分でいたいという願望が邪魔をしているのは分かっている。彼が彼女と結ばれて幸せになってほしい気持ちは本当だが、どこかで自分に振り向くという馬鹿みたいな奇跡を諦めきれていないのも知っている。
そうだ、彼が早く恋を実らせてくれれば、完全に諦めもつくところなのだ。あるいはもし彼がフラれてしまえば、私も自分の欲望のためにもっと素直に動けるのに。後者をどこかで期待していることはどうしようもなく事実だった。常々自分の利己心に嫌気がさす。
携帯電話を取り出して彼にメッセージを送った。
『あの日あの子となにか進展あった?
告白しちゃった??笑』
彼が突然そんなことを出来る人でないことは大方予想がつくが。しばらくすると返信があった。
『残念ながら。笑
むしろより気まずくなってしまったかもしれん笑』
二行目に体が硬くなる。あの日、二人でいる間に何かあったのだろうか。私が聞き耳を立てている間はいい感じだったように思われたのだけど。
詳しく事情を聴いてみると、なにか特別なことがあったというよりは、二人で長時間話しているということ自体が彼にとって辛い部分もあったらしい。黙ってしまっては退屈させてしまうので話題を提供し続けなければならないプレッシャーとか、そのせいで選んでしまった会話の内容がふさわしくないのではという心配とか。さらには彼女のことを知りたいのもあり話題にしやすいのもあり、質問をたくさん彼女にしたらしい。プライベートなこともきいてしまったので、もしかしたら向こうが気にしているのではないかと気がかりなようだ。彼女からそんな話は聞かなかったが、嫌がっていたら私にも話さないか。
とにかく、そんなこんなで手ごたえは全くなかったとのこと。
『せっかく誘ってくれたんにごめんな』
そんな言葉に慌ててそんなことはない、と返す。むしろ私のほうこそ、彼にそんな気持ちにさせてしまったことが申し訳なくてたまらなかった。
あの日、結局いい結果なんて何一つ無かったじゃないか。奴は私が傷つけてしまったし、彼は彼女に対し気まずさを覚えてしまうし、彼女もそんな彼の相手をずっとしていたわけだし。付け加えてもいいのなら、私も奴と話しながら二人を見ているのはつらい部分がある。その人によって来る人間は、やはりその人の程度を表してるなあなんて、奴に対しとんでもなく失礼なことも思ってしまう。
考えなし過ぎたのだろう。奴のことにしろ彼のことにしろ。深く考えもせずに思いついたことをよかれと思って、それが優しさだと信じたかった。私が奴の行動を、それを応援する周囲の温かい気持ちを鬱陶しいと感じているように、彼女からしたら私は迷惑極まりないかもしれないのに。
私は結局私のためにしか動いていない。彼に、彼女に幸せになってほしいとかいうのは心の中での面目で、二人がくっついて彼を完全に諦める理由がほしいだけ。奴にも少しでも楽しんで貰いたいとか思ってるつもりで、人に冷たくすることのできない臆病なだけ。
「……どうしてこう、うまくいかないかなあ」
私がこんなだからだ。
ひっそりと、心を殺す覚悟をした。
- Re: 101の日常達 ( No.20 )
- 日時: 2015/08/29 13:09
- 名前: 管理人 ◆cU6R.QLFmM (ID: QYM4d7FG)
こんにちは、管理人です。
サルベージが完了しました。
ご確認ください。
- 君と共に足音を ( No.21 )
- 日時: 2015/08/30 22:23
- 名前: 雷燕 ◆bizc.dLEtA (ID: a6RsoL4B)
君と共に足音を
「突然の死」を悼む言葉を見かけるけど、思うに死なんてものは、ああ、突然訪れるべきものなのだ。足音を響かせながらゆっくりゆっくり近づいてくる死ほど、たちの悪いものはない。
街から外れた道路を行く。途中で曲がってさらに山へ向かい、しばらく坂を登ると目的地に着いた。
木々に囲まれた旅館のような見た目をしたそのきれいな建物は、しかし旅館ではなく、病院だ。診療所ではなく何人もの人が入院しているれっきとした病院なのだけど、大掛かりな治療器具は備えていないため、病院にしてはこぢんまりとしている。
もう治療を諦めた……いや、受けないことに決めた人々が入院している病院。死の足音を聞きながら静かに待つための場所。
アルコール消毒液を手にすりこみながら慣れた足取りで廊下を行く。両側に並ぶ横開きのドアはよく見る病院のそれだが、やさしい茶色をした木の壁は見る人にどちらかというと老人ホームのような印象を与える。
ひとつのドアにノックして、特に返事も待たずに中へ入った。
部屋は簡素な作りの個室で、中央のベッドではミカが上半身だけ起こしてこちらを向いていた。ベッドテーブルには描きかけの絵と色鉛筆、それからパソコンが置かれ、ベッドの向かいにあるテレビでコメンテーターが何かを話している。静かすぎると寂しいのか、彼女は見る気もないテレビをとりあえずつけていることが多い。
「おっす」
そんな挨拶をしてからベッドの横の椅子に座った。彼女は「やっほ」とかそんな言葉を返してきたが、ぜんぜん意識してなかったのでちゃんとは聞き取れなかった。街中の大きな病院からここに移ったのがもう半年ほど前、彼女の声はずいぶんか細くなってしまって、気を抜くと何と言ったのか分からなくなる。
「頼まれてた本買ってきたぜ」
俺がそう言って紙袋の中から何冊かの本を取り出し、
「ありがとう」
彼女はそれを受け取って、俺が座っている側とはベッドをはさんで反対にある引き出しの上に立てた。そのあと引き出しから財布を手にとって「レシートは?」と訊いてくる。俺はもう一度紙袋に手を突っ込んで、底に落ちていた紙を渡す。
プレゼントしたい気持ちは山々なのだけど、両親と並ぶくらい頻繁にここを訪れる俺がこういった「おつかい」をすることは多くて、貧乏大学生にはさすがにつらいのでありがたくお金は頂戴している。彼女は特に読書家でもなかったが、入院し始めてからは暇なのかたくさんの本を読むようになった。
「絵描いてた?」
「うん」
ベッドテーブルの上で放置された紙には鳥が何匹かいて、一匹は頭と翼の途中までしか塗られていなかった。パソコンの画面には絵と同じ鳥の写真が表示されている。聞けばモズという鳥らしく、付近で見かけることもあるのだとか。
彼女は大学では軽音楽サークルに入っていて美術系の活動も特にしていなかった記憶があるが、「絵はいつでも描けると思ってた」のだそうだ。
入学して二年もたたずに退学してしまったけど今でも見舞いに来てくれる大学の連中の近況やら、つけっぱなしのテレビが喋った最近のニュースやら、雑談をする。相手は声を出すのもきつそうなのでなるべく俺が話し続けるようにした。とはいえあまりたくさんの話題も持ち合わせていなかったので、しばらくすると無言の空間になってしまった。なるべく一緒にいたいため帰りたくはないが、絵を描いていたのを中断させておいて無言のまま時間を奪うのも申し訳ない。
「今日他に誰か来る予定ある? ……ここでレポート書いていい?」
「あはは。たぶん誰も来ないよ、どうぞ」
弱々しく笑いながら彼女はそう言ったので、俺が鞄からノートパソコンを取り出してキーボードを打ち始めると、彼女も痩せて血管が浮き出てしまった手で色鉛筆を握り、絵の続きを描き始める。しばらくすると彼女がテレビを消したのか、色鉛筆が紙の上を滑る音とタイピング音だけが部屋に響く時間が続いた。たまに顔を上げて彼女の横顔を眺める。
パソコンの画面で時刻を確認して、そろそろ帰るかと思った頃には窓からオレンジ色の西日が射していた。彼女は最期の鳥を塗り終わって読書に移行していた。
「悪い、長居したな。そろそろ帰る」
「ううん、長くいてくれると嬉しい」
彼女が微笑むと、頬のこけてしまった顔でも愛らしさが溢れる(主観なのは否定しない)。
「じゃあまた。バイバイ」
「うん待ってる。またね」
手を振ってから部屋を出て駐車場に行くと、露出された腕が夕方の肌寒い空気に触れた。初夏なので日が出ているとはいえ時刻は結構遅い。車に乗り込んで家へ向かった。一人暮らしには憧れていたが、親の車がすぐに借りられるので今は自宅通いでよかったと思っている。
本を読んで、絵を描いて、見舞いに来る人と会話をして。ゆっくりとしたそんな日々。彼女が何を思いながら最期を待っているのか、俺には到底わからないんだろう。
*続きます
- 君と共に足音を ( No.22 )
- 日時: 2015/09/02 00:36
- 名前: 雷燕 ◆bizc.dLEtA (ID: a6RsoL4B)
一週間くらいあとの日曜日にまた彼女の部屋を訪れた。部屋に入ったときテレビがひとりで喋っているのは相変わらずだったが、彼女はベッドの上で横を向いて完全に寝そべっていて、視線だけをこちらに向けた。
「きょう調子悪い?」
彼女は小さく「うん」と言いながら頷いた。いつも以上に細い声に耳を傾けると、どうやら足にたまった水を抜いたそうで(内臓が癌になったら足に水がたまるという仕組みがいまいちよく分からないが)、だいぶしんどい状態だそうだ。
こんな時はそばにいたほうがいいのか、気を遣わせないようにさっさと帰ったほうがいいのか、正直よく分からない。
そんな俺の心理を察したのかはわからないが、彼女がぼそぼそと喋りだした。いつも以上に聞き取りにくい声で、頻繁に呼吸を区切りながら、この間読んだ本の感想や面白かったテレビの話をする。そのあいだ一度も笑うことはなくて、気を紛らわせようとしているようにも見えた。
その時、個室の扉をノックする音が聞こえた。大きな声が出せないので彼女が返事をしないと知らないのだろうか、少しの間があって、おずおずと扉を開けて少女が入ってきた。高校生くらいに見える少女は、俺の顔を見てからびっくりして、そのあと彼女がいることを確認したようだった。
「あっ、ミカ姉ちゃん……」
「ハナちゃん」
ベッドの上の彼女が言ったが、すぐ横の俺がようやく聞き取れるくらいの声量だったので、扉の前にいた少女には聞こえなかったと思う。ハナちゃん、と呼ばれた少女は彼女が声を発したことにも気づかなかったのかそれとも訊きかえすのも気が引けたのか、とにかく黙って彼女の横、俺の反対側に移動した。
少女は俺を一瞥してから彼女に話しかける。知らない人と鉢合わせたのが気まずいのだろう。
「今日行くってメールしたんだけど、ごめん見てなかったかな」
「ごめん、家に帰る途中で寄るって言うから、勝手に午後だと」
「あーそっかいつ行くのかちゃんと言えばよかったね、ごめん」
お互いに謝りあってから、少し間が空いた。
「あ、えっとね、これサトル君。まあ怪しい人じゃないから。んで、こっちが従姉妹のハナちゃん。しばらく会ってないからって、今日来てくれたの」
短い息で彼女が言ったあとに俺が「どうも」と軽く頭を下げると、少女のほうも頭を下げた。
「ハナちゃん高三だよね。志望校は決まってるの?」
「何となくいいなってとこはあるんだけどまだ……」
「そっか。あんまり周りは気にしないで、行きたいとこに行ったほうがいいよ」
そんな会話が続く。しばらく会っていなかったらしいから、高校生の少女にとって、彼女の衰弱ぶりは予想外だったのかもしれない。特に今日はずっとベッドに横たわったままだし。少女は会話の糸口を見つけあぐねていて、彼女の方が相手の生活を訊いていくという調子だった。
あまり時間の経たないうちに少女が部屋の時計を見て言う。
「あ、来たばっかだけど、ごめんバスがあんまりないからもう出なきゃ」
「バス? バス停からはどうやって来たの?」
「歩いて」
「えっ?」
それまでずっと黙っていたけど少女の言葉に驚いてつい声を漏らしてしまい、彼女の声と重なった。
てっきり自転車で来たと思っていた。この病院は山の中にあるから、バス停が遠いのだ。バス停から歩いたら一時間までかからないだろうが、三十分ではまず着かない。そんな距離。
「遠いじゃん、サトルに送ってもらいなよ」
彼女は俺になんの断りもなくそう言うけど、ちょうど俺もそれを考えていた。しかし初対面の男と、従姉妹の彼氏と車で二人きりなんて、気まずいことこの上ないじゃないか。相手が嫌がるだろう、と思っていると案の定、
「え、い、いやいいよ申し訳ないし! そこまで遠くないし」
少女は慌てた様子で断った。しかしその少女は旅行帰りなのかよく分からないけど、通学よりは大きそうな荷物も抱えていて、それも理由に彼女から強く推されて結局俺の車に乗ることになった。急ぐ必要はなくなったのでもうしばらく二人は会話を続ける。
「じゃあまたね」
彼女はこの病院に来てから、別れ際には必ず「またね」という言葉を使うようになった。
少女が俺の少し後ろをついてくる。「ごめん後ろは荷物があるから助手席に」と言うと短く「はい」と言って車に乗り込んだ。車を発進させてバス停へ向かう。
バス停の名前を確認したあとは何を話していいのやら思いつかず、こちらが黙ってる方が相手も気を遣う必要がないとわかるんじゃないか、なんて胸中で言い訳をして黙っていた。大して長い時間ドライブするわけでもないし無言でいいだろう。つけっぱなしのラジオから流行の歌だけが聞こえてくる。
信号待ちをしていたとき、視界の端で何かが動いたので何も考えずにそちらを向いてしまったら、少女が目をこすっていた。俺はすぐに前を向いて、そのあとに彼女は涙を拭っていたのだと気づいた。
俺だったら見て見ぬ振りをされるほうが辛いなと思って、「ごめん」と口にする。
「いえ、すみません……泣かないようにしてたんですけど……」
すでに発車していたので横は見なかったが、視界の隅で少女がまた涙を拭いた気がした。
「あんなに痩せてるなんて、あんなか細い声だなんて、思わなくて」
誰にともなく、言い訳をするような調子で少女が続けた。
そうか、健康な彼女しか知らない人が今の彼女を見たら、相当なショックを受けるものなのか。ぼんやりと考える。この少女は、彼女の命がもう長くないというのをさっき初めて実感したのかもしれない。ちょうど、彼女が今の病院に移ることにしたと聞いたときの俺のように。
大人になる過程の中には「人は死ぬ」という事実を改めて「知る」ことが含まれるんだろうな、なんて、最近思う。半年前までの俺や、おそらくさっきまでの少女のように、幸せな子供は何だかんだ全てうまくいくと思っている節があるのだろう。知らないうちに大人が全てどうにかしてくれていたから。その幻想を現実に打ち破られて、病気に、事故に、犯罪に、災害に、不況に、諸々に恐怖するようになって、人は大人になるのだろう。ああ嫌だ、ずっと子供でいたい。
俺より少し若い年齢で大人になるための大きな段差を迎えることになった少女は、バス停についてもまだ涙が止まっていなかった。そのままドアを開けて降りようとする。
「すみません、ありがとうございました」
「家の近くのバス停まで乗って帰るの?」
「いや駅で降ります。定期が使えるので」
「じゃあさ、よければその駅まで送るよ」
泣いたままバスに乗るのと慣れない男と車に乗るのと、どちらがマシなんだろうかと思いながらとりあえず提案すると、少女は俺の車に乗ることを選んだ。ラジオからは控えめな音量で、日曜の昼にはふさわしいけどこの車にはあまりふさわしくない陽気な会話が聞こえてくる。
「お母さんから聞いたんですけど、ミカ姉ちゃんの父方の叔母が、この前あそこに行ったらしいんですよ。それで、ミカ姉ちゃんを見てずっと泣いてたとか。見舞いに来てずっと泣かれても、無駄に辛気臭くなりますし、本人が一番困りますよねえ」
苦笑したような声が隣側から聞こえてきた。
「だから本人の前ではどうにか我慢したんですけど、飾ってあった写真を思いだしちゃって……」
本が立てられている側のベッドを挟んで反対にはボードが立てられていて、メモのほかに二枚だが写真が飾られている。俺と彼女が二人で笑っている写真と、彼女の母親の誕生日に家族三人でパーティグッズを身に着けた写真だ。どちらも楽しそうな写真なのだが……。
ああ、この少女は今日の彼女しか見てないから、あの写真から今の状態まで直線的に悪くなったと思ったのかもしれない。そういえば今日の彼女はほとんど笑っていなかった気がする。もう彼女はあんなふうに笑うことができないのかと、悲しくなったんだろうか。入院してからもあんなふうに楽しそうにしてたときがあると分かって、ほっとした気持ちもあったんだろうか。
想像すると胸が苦しくなった。自分の知っていた従姉妹は病気で、もう治療もしてなくて、目を閉じると永遠に起きないんじゃないかというくらい痩せ細って弱りきってて。もう、飾られた写真のように笑っていた日々は戻ってこなくて。
「今日のあいつは特別具合が悪かったんだ。いつもはあそこまでないよ」
自分の想像を振り払うように言うと、
「あっ、そうなんですね」
少女は今日聞いた中で一番嬉しそうな声を出した。
……かといって明日は今日より良くなる保証なんてどこにもないんだけどね。
我ながら縁起でもないし泣きなくなるようなことを考えてしまって、それから駅に着くまでひたすらラジオに意識を向けていた。
*もうちょっと続きます