複雑・ファジー小説

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夏のおわりの挽歌[完結済]
日時: 2013/01/27 13:35
名前: 名純有都 (ID: vPvQrDFb)

どうも、こんにちは。名純有都です。
ここでは私の過去の作品を載せて行きます。あくまでも過去なので、修正も何もなくただ書き連ねて行きます。



『——夏が逝く。あの女と同じように』




〜目次〜

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Re: 夏のおわりの挽歌 ( No.8 )
日時: 2013/04/05 15:12
名前: 名純有都 (ID: GUpLP2U1)

気付けば、私は何かのバランスを失っていた。見て見ぬふりをして、悪夢の様にむくむくと甦ってくる感情が、よろめく私に入ってくる。  
詰まった排水溝のような心の管に、勢い良く流れ込む。泥の様にへばりつき、心の中を侵食し、躊躇いを押し流す。

 憎しみを恐怖が抑えようとし、殺意は悲しみで相殺され、苛立ちや激昂は情動で掻き消され、それが抑制されたと思えば心には虚無、やがて膨れ上がる衝動、幸せになると言う夢想と空想。それはいとも容易く崩壊し、陽動と興奮に揺れ動く。己の境遇に陶酔し、一方で嘲笑あざわらう。感動は次の瞬間に疲労と困惑に変わり、心の痛みが胸を突き抜ける。一つの大きな波が去った後で、いつか感じた歓びや幸せの後の寂しさが過ぎった。不意に到来する強烈な嫌悪から逃走して、誰かに抱いた慕情が巡る。嘆きが、慟哭どうこくが、叫びが、狂いが、酔いが——脳髄を侵して行く。そしてまた涙が頬を伝っていた。

 夢を見ている。ここは非現実。
 泣いていた。私は、泣いていた。
 世界は……反転する。

Re: 夏のおわりの挽歌 ( No.9 )
日時: 2013/06/09 14:06
名前: 名純有都 (ID: GUpLP2U1)

第九章 蝉時雨の中で

 不幸、という概念が渦巻く。


 憎たらしい青い空が光る。


 入道雲が絶えず形を変える。


 鬱陶しい夏の風が吹く。



 誰かの血の色が蜃気楼に反射する。



 大切なものが、この中のどれにも無いと、気付いた私がその風景の中で泣いている。

 おぼつかない足取りで、夏の終わりのくせをして真夏日の炎天下を歩く。

「赤いわねぇ。ぜんぶ、ぜんぶまっか」

 悲劇のヒロインであれば。誰かを愛し、この人がいればもうなにもいらないと思えるようなひとがいれば。切望すればよかったのかもしれない。人のぬくもりを。
 しかし私はきっと、どこかから誰かが手を差し伸べてくれるものだと思っていたのだろう。見限ったのだろうか、宿命と言う、私の路が。

 ここまで後悔をしなかっただろう、そんな人がいればと。意識下で思う。

 枯れ果てたはずの涙が溢れ出る。それは生理現象だった。
 空虚の中で、揺らされたコップからわずかに零れおちた一滴。中身はもう無くなる。
 だからこれは、よろこびの涙ではない。生きている。わかる。それは、わかる。永遠に楽になれることは無い、それもわかったけれど。

 失ったならつくればいい。
 絶望が諦めを揺るがす。コップの中の水を、まるで最期の水滴まで搾り取るように。


——殺してくれない。

——誰も。私を〝救おう〟となんて、してくれやしない。

——死ねない。

——怖くて怖くて、仕方がない。


 広太郎君は「不幸」と言った。「幸せに見えた私」を、「不幸」と。言いきった。
 私は。「不幸中の幸い」で、「とても可哀想な人」。自分が一番不幸だと思っていた人間はドラマの様な私の状況に驚愕しただけで簡単に「可哀想」と言う。
 それは私が、自分の過去をさらし、彼に散々希望を見出せと説いたからか。死ななければ私は楽になれないと、彼は手紙に残した。

「サヨナラ、斉藤広太郎君。お粗末なバッドエンドでごめんね」

 私は、視界の端でゆうらゆら蠢く赤を見た。
 誰の血だろう?見ると、それはほど近くから滴っている。
 ああ、私のか。なんだか、ありがちな展開だ。ドクン、と鼓動が大きく脈打ち、一層血は流れる。
 痛みは興奮によって快感へと変換されていた。これは興だ。狂ってしまえ。
 多分私は、チエおばあちゃんの家を抜け出し、刃物で衝動に任せて首を切った。頸動脈はしっかり狙っていたのだ。苦痛は不思議と感じない。どれほど私は、この血を流したかったのだろう。ぼたぼたと地面に赤がシミをつくる。酔ったかしら。夢心地の中、踊っているような心地よさだ。暑さもなにもかんじない。神経まで麻痺したのだろうか。

 ざっくりと斬った首筋から、胸元、やがて腹へと血が流れ、脚に到達する。生温かく、血がへばりつく。

「——ああ、いや」

 振り払う。残像までもへばりつく。母の衰弱した顔。父の死に際の普段通りの顔。その時も血だまりの中で眠っていた誰かが……父は、私に「ごめんな」と言って死んだのだったか。
 群れていた女子を思い出す。中学校の時は、私は何をしていたのだろうか。つらかったという過去形での感情が巡り巡って甦る。
 どれだけ逃げただろうか。記憶が曖昧だ。過去がわからない。パァン、と銃声が放たれるような勢いで、なにかが弾ける。

「——あ」

イタイ。

 痛い、いたいいたいいたいイタイ痛い。

 麻酔が解けたようにそれは寸断されて、幻のように意識は鮮明になる。
 死に際のまたたく光がよぎった。

「ねぇ、このまま助けがこなければ良いのよね。私、〝救われる〟のよね」

 誰かに問うた。
 それは結局死んだ母か、私を捨てた父か、かつての同級生か、チエおばあちゃんか、私と床を共にした男たちか、その中の一人、広太郎君か。

 ああ私、こんなにも生きていて嬉しかったことは無い。

 苦しみから解放される瞬間が待ち遠しかった。

 腹が立つほど澄みきって私を受け入れない蒼穹と、威圧してくる入道雲を視界に残したまま、私はふらりと木の陰に身を預けた。


「夏は、……私のことが、きらい——かしらね」


 わたしはあなたがだいきらい。

 意識が閉じて行く感覚は、こんな感じなのだな、と直感する。痛みに負けない激しさで、また蝉が啼く。蝉時雨の一斉の声が、耳朶を侵す。
 じりじりとまるで私を追いこむかのように。

 結局私は夏に殺される。

 頬には笑みが浮かんだ。私の死体を見つける人は、どうかチエおばあちゃんでありませんように。
 どうか、広太郎君が生きれますように。








——————————————————————————————————
 夏、某日。女性の変死体が●●村で発見された。
 女性の戸籍照合は難航しており、情報がない。
 ふらりとこの村に現れ、やがて定住したそうだが、どこから来たのかさえわかっていない。「さよちゃん」と呼ばれていたそうだが、 それ以外は何の手がかりもなく、彼女が住んでいたという家の家主は別の人物の管理下という話である。
 死因は頸動脈からの多量出血。暴行された痕もないため、警察は自殺とみてDNA鑑定を進めている。
——————————————————————————————————


 その死体(ホトケ)は、静かに微笑んでいた。
 しかし、珍しいものだとこの事件を担当した刑事は思う。戸籍情報がない。それはつまり、彼女は何らかの理由で、都市から逃げてきたという事になる。
 死を望んでいたひと。その死体は酷く美しかった。退廃的で幻想的で、……不謹慎だったが絵になる死体だった。木の陰に体をあずけ、なにかに安堵した微笑を浮かべる女。
 壮絶なまでに悲しく美しい光景だった。

「心から死を望んだ人間は、死を救いだと思っているのかもしれないな」

 死ねなかった時の恐怖を知っているから。

 刑事は、女性に眼を閉じ合掌した。

Re: 夏のおわりの挽歌 ( No.10 )
日時: 2013/04/05 15:37
名前: 名純有都 (ID: GUpLP2U1)

終章 夏のおわりの挽歌

 陽炎がくゆる。雨靄にけぶるあぜみちに、人の影がぽつんと立っている。その人物は叩きつけるような雨の中で、傘もささずに天を仰いでいた。



 夏が逝く。あの女と同じように。



 新聞の片隅に載っていた、訃報。
 身元が漸く判明した、とのことだった。

 風間小夜子(24)。肉親、親戚、伝手は日夜さがしたところ、全て他界したとの情報だった。
 とても小さな記事。
 祖母がさよちゃんと呼び、自分が抱いた女。得体の知れず、不幸なままを望んで逝った女。
 あの手紙を出せば、彼女が追ってくると思った。しかし、きっと彼女はすぐに悟っただろう。

『傷の舐め合いをしたいだけ』。『自身が不幸なことを確かめるため』。

 あの女は、そう言ったことだろう。

「誇り高い女だったな」

 存命していたひととして。存在を霞ませなかった命として。
 女を追うように、夏が消えて行く。残されるのは青年と秋の初めのどこか痛みを覚える匂い。
 いっしょにくるか、と言って、ええ、と頷いてくれるのを望んでいた。
 当たり前だと、思っていた。幸せになりたいという願望など。

 きっと、風間小夜子という人間は初めて「絶望」しただろう。「諦め」た人間が、不意にその向こう側の幸せを直視したのだから。
 祖母に、もう一度会った。祖母は、泣いていた。彼女が死んだ意味がわからないのは当然だった。

 だって彼女はとても幸せそうであったから。

 誰にだってわからない。いつそのアンバランスが崩れるかなんて。


「ばいばい、こうたろうくん」


 そのあとで夏は嫌いよと。笑って逝った声が聞こえた気がした。
 同時に、女の死は最後だけの感動的な雨を残した。

 それが予知されたかのように。その日は乾涸びた村に雨が降った。

 雨が降る。その音色は、さながら広太郎への挽歌のようだった。

Re: 夏のおわりの挽歌[完結済] ( No.11 )
日時: 2013/01/27 15:43
名前: 名純有都 (ID: vPvQrDFb)

はい。載せ終わりました。

気が向いたら、別目線で書いてみるかもしれませぬ。

Re: 夏のおわりの挽歌[完結済] ( No.12 )
日時: 2013/04/05 15:39
名前: 名純有都 (ID: GUpLP2U1)

 自分の為に解説。


 最後「広太郎への挽歌」というのは、次に「諦め」た人への、って意味になります。小夜子への挽歌は、多分蝉時雨でしょう。多分(書いたの自分


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