複雑・ファジー小説

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夏のおわりの挽歌[完結済]
日時: 2013/01/27 13:35
名前: 名純有都 (ID: vPvQrDFb)

どうも、こんにちは。名純有都です。
ここでは私の過去の作品を載せて行きます。あくまでも過去なので、修正も何もなくただ書き連ねて行きます。



『——夏が逝く。あの女と同じように』




〜目次〜

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Re: 夏のおわりの挽歌 ( No.1 )
日時: 2013/04/05 15:02
名前: 名純有都 (ID: GUpLP2U1)

第一章 あの日に帰す
 
 このまま、凍りつけばいい。今、窓際の入道雲を見て思った。夏の風にうかされて、人の発する雰囲気もどこか浮ついている。
 たぶん下町の方ではかき氷が大盛況で、風鈴の音がそこかしこで鳴り止まないだろう。きっと夏祭りにも若者たちで溢れる。今日の様な微風が吹く日は、人々の心を何かで湧かせるだろうから。……私だけが、感傷に浸っているだけかもしれないけれど。
 なんだか、私だけこの季節に置いていかれているように錯覚していた。
 夏めく空、緑に色づく木々、匂いも風もなにもかも。私を取り残していく。
 
アブラゼミが啼いている。蝉時雨とはたしか、夏の季語だったろうか。

 母が死んだのは今日の様な夏日だった。うんざりする様な暑さに陽炎が立つ、中二の虚ろな夏休みの最中だった。
 私は部活の最中に、母が車で事故に遭い、危篤になったのを知った。顧問の「お前は早く帰りなさい」という言葉でようやく我に返った。

「交通事故に遭い、風間小枝子さん(39)危篤」。次の日の新聞にはそう載った。まるで人ごとの様に、しばらくは現実感なく過ごして、次第に眼を覚まさないままの母に苛立った。
父は私以上に役に立たない。母が私を残して行くとしたなら私も一緒に死んだ方がましだと思ったくらいだった。
遠巻きにして見る近所の人や学校の友達には平気を装い「大丈夫」とだけ言った。

 自分が傷ついている他人に対して優しくしている、という優越感と粋がった思想に、私はそれとなく気付いていた。そのおかげでまれにいる親身になって考えてくれる人たちでさえ鬱陶しかった。    
 そして私はきっと、その時からひとりを選んだのだろう。
 しばらく希望の見えない状態が続いた。そうしてだんだん私の心には今後の生活やら、将来の事やらやけに現実的な、そして絶望的なことがめぐり始める。
嗚呼、母が死んでしまったならまだ中二の私にはなにもできない。
そう考えるといたずらに事故を起こした「自動車運転過失傷害」の罪で逮捕されたサラリーマンと、今にも命の灯が途絶えそうな母が憎くて堪らなくなった。

 なんで私だけ。身勝手だとわかってはいたけれど、その頃の私はそんじょそこらの思春期中学生と専ら同じで感情を家族にぶつけてばかりで、なにも見えてはいなかった。

 今だから言えることだろう。きっと私は父と母の価値を決めつけていた。
 
 いやだ。苦しい助けて。嘆くだけ嘆いた。周囲を見ようともせずに、「私はかわいそうだ、だから助けて!」と、シンパシーに訴えかけることはせず。
 
 私は愚かだった。この世を諦めようとした。そうすれば、私は楽になると思った。もしも楽になれるならどんなことでもするつもりだった。
 派手に死ぬつもりはなかった。ヘリウムガスの大量吸入で、安楽死のような死に方をしたかった。痛みを抱えながら、死ぬのが怖かっただけかもしれない。
 しかし、その時の私は知らない。
 
 失敗した時の絶望を。私を救ってくれるものがこの世になくなるという、虚しさを。
 
 それは勝手な思い込みに過ぎなくて、これはただの子供の悲観で、私の思いなどこの世の端っこに掃き捨てられるのも決まっていること。
 今私が窓枠に切り取られた夏空を見ているということは、すなわち自殺が失敗したという事にはなるけれど。けれど、私の心は深く眠った。もう、目を覚まさないだろう。私が望まないから。それを望む人間もいないから。
 この世の人間は私がただの無力な女だとしか、思っていない。
 綺麗事を並べる人間は、私を自殺未遂した馬鹿な子供だと思ってる人間は、所詮私の中の心が戻ってきてもそうでなくても、どうとも思わない。
 人は、感情に関係なく笑う事も泣くことも怒ることもできるのだから。
 
 面倒だ、と言って死んだ人間を思い出す。同じく、面倒だなぁと思った自分を思い出す。
 
——確かに、

「人間なんて面倒くさいの一言でこの世を捨てられる生き物だ」
 
 父がそうだったように。

Re: 夏のおわりの挽歌 ( No.2 )
日時: 2013/03/28 22:22
名前: 名純有都 (ID: td9e1UNQ)

第二章 命の名前
 
 夏は憂鬱だ。高校生なら、きっと男女で青春を謳歌しているのだろうけど。あいにく、ここは田舎だ。私は、誰かといるのをずいぶん前にやめた。
 重い籠を抱えながら、サンダルを引きずって歩く。サンダルの下のアスファルトが熱を持っていて、足の裏が熱い。痛みになってくる。籠の中には冷たい氷と、清流で洗った野菜。一時間くらい置いておいたから、きんきんに冷えている。
 アスファルトの向こう側には、逃げ水が見える。
 プリズム、蜃気楼、陽炎。
 どれでもいいが、本当に水溜りのように見える。
 木々が地面に濃い影を落とし、それは細く長く線を引く。私はその上を飛び越えながら、ただひたすらに一本道を歩いて行く。だだっ広い田んぼのあぜ道に抜けると、逃げ水は遥か向こうまで待っていて私が立ち止まればとそれも止まる。
 
 昨日みたいに風が吹くこともない、今日みたいな暑い日にしか見られない「逃げ水」。蒸した空気、突きぬける弓なりに反った空。否が応にも夏だと、そう感じた。

「——こりゃ、もっかい冷やさないと痛むわね」
 
 私は思わずつぶやく。まだまだ家までは遠い。3週間分の食糧だし、相当重い。バイク便はまだ来ない。肉類の痛みやすい食料はまだ見込めないから、里の方まで下りたのだが、やはりこうも暑いと体力を削がれる。

「冬だったら、スノーモービル使えるんだけど」
 
 額から、汗が流れてきて落ちた。そろそろ、この重い荷物を置きたい。もう一度戻るわけにもいかないし、この先にもまだ川はある。
 うし、と気合を入れて籠を持つ手に力を込めた。
 夏っていう季節は、私に何かを思い出させる。でもさっき思ったことは、子供の頃のことだ、私ももう大人になった。下らないと思う、今では。私も、私を捨てて死んだ親も。母への気持ちはやつ当たりで、父へものは恨みだったと思う。

 だから時々、私は自分の手首を掻き切りたくなる。
 
 喉を裂いて、心の臓を突き刺して、この身にある血を全て流してしまいたくなる。
 そう思ったのはおかしいことだろうか。憎く思いはしない。もう昔のことだ。私は、割り切った上でこの衝動に耐えているんだから。もう死んでいる。もう風間小夜子は死んだ。風間小枝子の娘は、あのとき永久に死んだ。
 今の私は、まるで隠居のように、現世を捨てたただの女。名を捨て、この世を捨て、心を捨てた。捨てようとしなかったのは、命だけだった。
 たとえ衝動に負けて命を捨てたとして、あの時に自殺が成功したとしても。現実、今この刹那に私は生きているわけだから。


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