複雑・ファジー小説
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- Piper in Eastend【キャラクター募集中】
- 日時: 2013/01/28 01:05
- 名前: しゃもじ ◆QJtCXBfUuQ (ID: JiXa8bGk)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode=view&no=7067
えー、まだプライベートでは忙しいんですが、キャラクター募集のご参考にと冒頭をとりあえずあげます(
まず世界観ですが
舞台:文明が花開く時代。18~19世紀頃の欧州圏をイメージしていただけるとよいかと。
社会:産業が発展して新しい社会階級が誕生していっている時代です。
物語:マイノリティ民族出身の主人公(民族楽器の演奏家)がいろんな人に出会いながら大都会で生活する、というもんです。バトル色は薄いです。
国
連合王国:3つの構成国からなる島国。近年世界を代表する大国となりつつある。
構成国はいずれも独自の文化、言語を保持しているが、近年サクソランドの文化への影響が日増しに強くなっている。
サクソランド・連合王国の主な母体。圧倒的な経済力、文化力の一方食事はまずい。
クレイランド・サクソランドの北方に位置する国。特徴的な文化を最も色濃く残している。主人公の母国。
カディフ・サクソランドの西方に位置する国。鉱山資源に恵まれ発展著しい。
ではでは、どうぞ。
キャラクター募集をリクエスト板でもやっています。
- Re: Piper in Eastend【キャラクター募集中】 ( No.1 )
- 日時: 2013/01/27 15:02
- 名前: しゃもじ ◆QJtCXBfUuQ (ID: JiXa8bGk)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode
—セイント・ジョージ中央駅
広いドーム型の口内に響く靴の音、話し声、アナウンスが響く駅にイアン・オショネシーは降り立った。
村人がせいぜい100人しかいない、全員が互いの顔を覚えられる(といってもみんな同じような顔をしていて、同じような苗字なのだが)北部のコミュニティで育ったイアンにとっては連合王国の首都、サウサンハムのごく一部に過ぎないこの空間ですら全くの異世界に写る。逆に、この白面の少年はここに住まう人間にとって“風変わり”に写っていることもイアンは自身に向けられる好奇の視線と共に感じている。
「まぁ、この格好だから仕方ないよな」
それよりも大事なのは新居にたどり着く事。地図や住所は予め用意しているが地図など人生で一度も使ったことはない。これを有効に使うにはまず駅員を捕まえ、行き方を聞かなくてはいけない。
—イーストエンド
イアンの新居がある地区、イーストエンドはイアンの属する『労働者階級』が多い地域でもある。
連合王国には大きく分けて四つの社会階層が存在する。一つは『上流階級』。いわゆる王侯貴族や聖職者といった、特権的権益を持っている。もう一つは『中産階級』。非肉体労働者がこれにあたる。ここ30年で台頭してきた階層で、豊かな生活を求める思考が非常に強くそれゆえに他の階級から軽蔑されている。
もう一つは肉体労働者の『労働者階級』と、移民や植民地人が属する『階級外』がある。『階級外』は社会制度の外側にあるため階級社会の制約を受けないが、反面不当な差別にあうことがしばしばある。特に安い賃金目当てで雇われた場合、労働者との激しい対立が待っていることを覚悟しなくてはならない、そんな階層だ。
これらの階級には上流階級以外特に制度上差別はないが、その階級にふさわしい服装、職業、振る舞いをすることが求められ、階級間の交流と通婚はあまり推奨されていない。また、一代で階級が変化することはなくいかに経済的成功を収めようと、没落しようと個人は一生その階級に属していることになる。
当然そのような、違う世界が同じ国にいくつも存在するとなれば同じ街でも住む地区が違ってくる。サウサンハムでは労働者階級はイーストエンド、中産階級はウェストバーン、上流階級は郊外や、官公庁付近に居を構えている。
ここイーストエンドはレンガ作りの、狭い二階建て住宅という典型的な労働者階級の住宅になる。狭く、設備は良くないが家賃は安く治安も対して悪くないので最近では外国からの留学生も好んで使用しているらしい。イアンも当然そういった住宅の一つ『ノートン・パーク・アパートメント』に住むことになる。
—ノートン・パーク・アパートメント、夕方
「すいませーん、いますかー?」
コンコン、と古びた大きなドアを叩いて家主を呼び出してみる。するとドアが開き、中から中背の、胡椒ビンのような寸胴体型の初老の女性が出てきた。
女性は目の前にいる少年の特徴的な格好にやや驚いた様子を見せた。色白の肌、癖がかかったやや金色の混じった赤毛に青い目は珍しくはない。半袖のワイシャツに赤のネクタイと黒のチョッキも——女性が驚いたのは彼がズボンではなく青のタータンチェック柄のスカート、彼の文化圏ではれっきとした男性の服を着用していたことだった。
それでも彼が『どういった人間か』を事前に知っていたのですぐに表情は温和なものへと変わり、
「ああ、オショネシーさんね?」
「はい、一応契約書を見ますか?」
「いいえ結構よ、服装も発音もクレイランドの人だもの。さ、お部屋に案内するわね」
「ここがあなたの部屋よ。綺麗に使ってね」
「ありがとうございます」
そう言われて階段に連れてこられ紹介された部屋は天井が低く、窓とベッド、ランプがあるだけの、小さな部屋だった。おそらく彼の『仕事』の練習をすることなど到底かなうまい。
「(聞いてたより狭いなぁ)」
大都会の労働者階級の住むところなんてそんなものかもしれない、そう言い聞かせるしかなかった。
「玄関の合鍵はあげるけれど食事は日曜日以外7時から、お手洗いは1階にあるから遠慮なく使ってね」「ええ」
大家さんが自分の手から離れた部屋から退出していくと、田舎から来た10代そこそこの若者だけがぽつんと残された形となった。ふぅ、と一息つき、大きな荷物を大事に部屋の隅においてベッドに飛び込むようにして寝転がると、これからのことについて考える間もなく眠りについた。
- Re: Piper in Eastend【キャラクター募集中】 ( No.2 )
- 日時: 2013/01/28 19:25
- 名前: しゃもじ ◆QJtCXBfUuQ (ID: JiXa8bGk)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode
話に聞いていた通りサウサンハム、もっと言うとサクソランドの料理は美味くない。イアンは大家が用意してくれた朝食を食べきって推測が確信へと変わったことを認識した。
まず料理を何種類も作っているのに一皿にどかどか乗せる。ベイクドビーンズ(トマト缶が入っているのが普通だが、イアンがトマト嫌いなので抜いてくれてはいるが)はせっかくカリカリに焼けたトーストを台無しにしてくれるかのようにトーストにかけられているし、ベーコンは肉汁が抜けるまでカリカリに焼けて塩味しかしない。トドメは焼いただけのマッシュルーム。これでは美味しいはずもないな、と口に出さずぼやいた。
「やっぱりおいしくないかしら?」
「えっ? あ、いや……」
「ああいいのよ。私たちも美味しくないってわかっているもの。サクソランド人は料理に精を出すのに関心を持たないからねぇ。クレイランドは羊や魚料理が美味しいからちょっと大変でしょうけど、こっちではこれが普通の料理なのよ」
「はぁ」
連合王国はサクソランド、クレイランド、カディフの3つの国で構成されている。基本的な母体はサクソランドで、残りの二つを併呑した形で連合王国が成り立っているためまず外国人が『連合王国』と言えば大体『サクソランド』を指す場合が多い。
しかしブレトン島——連合王国民はひねくれている。『連合王国人』を意味する『ブレトン人』とは誰も、盟主のサクソランド人も言わず、むしろ自分たちの国をアピールしたがる。そんなことだから互いに異なる言葉(例えばイアンは二つの言葉を操れる)や文化が連合王国の成立から200年近く経っても強く大切に保持されてきたのかもしれない。
「今日はお仕事あるの?」
「一応ここに住んでいた友達の紹介で、レストランでパートタイムの仕事があるんです。今日は無いんで公園か広場でまず顔を売ろうかなって思ってるんですよ」
「副業持ちだなんて演奏家も楽じゃないのね。バグパイプだっけ? あれって……あら、ごめんなさいね」
台所から警官が持っている警笛のような音が鳴り響くと大家、エマはいそいそと音の方へ向かい、音の主からグラグラ煮えた熱湯をポットへと移すと、若い部屋の借主の方へと戻っていった。
「イアン君、確かにサクソランドのご飯は美味しくないわ」
とぽとぽとフルーツのような香りの赤いお茶が音を立てて二杯の素朴なカップに注がれる。
「けどこっちは世界一、どこの国の人にも真似できないものだと思わない?」
確かにそうだ、このお茶とビスケットは故郷で午後に飲むやたら濃い羊乳なんか及びじゃない。もしかして食事がまずいのはこれのせいじゃないか、とさえ思える程だった。
—セントラル
イアンには一つ悩みの種があった。サウサンハムには教会が殆どないことだ。あることはあるが宗派が違う。同じ宗教といえども宗派が違う教会で祈りを捧げようとは思えない。元々そこまで信心深いわけではないが、どうも日曜日の昼頃になると教会に行くのが習慣になっているのでそわそわしてしまう。一応同郷の人間たちのコミュニティが作った教会はあるのだが、やたらと遠くて行く気になれない。
「少数派ってこんなもんかな?」
一応自分も連合王国の人間なのだからちゃんと祈る場所を立てて欲しい、例えばここセントラルとか。
セントラルは今や世界でも一二、いや最大の強国になった連合王国の中心の中心。サクソランド以外の連合王国民はもちろん外国人観光客や移民や異教徒でごった返し、名所が色んな所にあるだけではなく『金融市場』だかなんだの7割を取引するほど、つまり世界経済を握っている所で、近くには官公庁や娯楽街と用事がすべてこの小さなエリアで済んでしまう、そういう所。
無論ここを通る人を狙ったスリや大道芸人に溢れ、夜のない街とも言われているほど活気に満ちている。イアンも一度クレイランドの首都インハナで勉強したことがあったが、ここまでの人ごみと活気はなかった。
一方で通る人はどれも何かに追い立てられるかのように忙しそうに歩き過ぎていく。確かに活気はあるがどうにも余裕がないというか、あまり他人に無関心かのように見える。インハナでも人にぶつかれば会釈をして軽い会話をする光景はお組みかけたが、ここではせいぜい「失礼」と言って過ぎ去る程度。そういった人間たちを自分の音楽は相手にしなければならないと思うとやや一歩引いてしまう。
- Re: Piper in Eastend【キャラクター募集中】 ( No.3 )
- 日時: 2013/01/29 20:45
- 名前: しゃもじ ◆QJtCXBfUuQ (ID: JiXa8bGk)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode
——キング・アルバート・パーク
キング・アルバート・パークは先代の国王、アルバート3世が自分の庭園を市民に開放した公園だ。庭園といってもその大きさは庭園の概念をひっくり返す程大きく625エーカー (2.5 km²)もある。
昼は散歩やハイキングを楽しむ市民憩いの場、夜は練習場を求めて夜型の音楽家も練習しに訪れ、周囲の土地は住民が音楽家たちの演奏を聴きながら眠れるということで評判になっている、今セントラルの次に地価が上昇していることでも知られる。
「こいつは夜鳴らせないよな」
しかし、イアンがカバンから取り出し、組み立てていった楽器が夜歓迎されることはないに違いない。イアンのそれは、バグパイプはとにかくやかましい。
この楽器は連合王国では特に珍しい楽器ではない。とある歴史学者によると原型は1500年、800年前には現在の形になった古い楽器でクレイランドのが最も有名で知られる。まず目に付くのは一本だけが飛びぬけて長い三本のパイプ。
パイプはタータン柄のカバーで覆われた牛皮の袋に突き立てられるように直立し、その前方にマウスピーズと指で音程を調整するパイプがある。これを脇に抱えて膨らませ、各パイプにあるリードに圧力をかけて吹き鳴らす。上手く操ることで牛の鳴き声のような和音とけたたましい音は息継ぎしている間も鳴り響く。クレイランドが併合される前もあともこの楽器は戦場で盛んに演奏され、敵の士気を挫くことに成功していた。
反面この楽器は、やたらと融通が利かない。現在の形になったのが800年前という原始的な楽器なので音が9種類しかないから、他の楽器と合わすのが難しい。そして……
(ああ、やっぱ驚くよな。わかるよ)
うるさいのだ、この楽器は。思いっきり圧力をかけないと鳴らないので音量の調整が不可能になり大音量を出し続けないといけない。あまりにうるさいのでベンチで寝ていた老人も、芝生の上で会話を楽しんでいたカップルも、裸で走り回っていた子供も奇妙な出で立ちをした若者がかき鳴らすこの楽器に釘付けになる。その上しっかりしていることにこの若者は宣伝用のビラをそばの木に貼り付けて自らを宣伝しているのだ。
『Bagpipes concert
Piper: Ian O'Shaunessy(from Elgin, Clayland)
Every MON, WEN, SAT
10:00~13:00、15~17:00
At King Albert Park』
しかし、ただで見れるというだけあって所詮見世物。多くは少しの間目を奪われるが再び自分たちの世界に入っていく。
(まあ最初はそうだよな。初めてだし)
クレイランドの意地の悪い人間達に比べればまだマシかもしれない。なにせ民族の象徴とも言える楽器を演奏するのだから「完璧」を求められる。イアンはやられたことはないが、一緒に吹いていた仲間が音程を間違えてしまい生卵をぶつけられたことがある。それくらいクレイランドでは大切なのだが、こっちではただの民族楽器に過ぎない。
「いい演奏だったよ」
「クレイランドから? ここは暑いだろう?」
「またやりに来るのかい?」
「ええ、詳しくはパンフレットを見てください」
一通り演奏が終わると、気に入ってくれた人が声をかけてバッグにお金を入れに来る。結果がはっきりわかるこの時がやっぱり一番嬉しいし、怖い。今回と硬貨が良くなるのでハッピーといったところか。計算してみたら35ポンド(同世代の労働者階級の平均月収は1400ポンド)も貰えていた。初めてで、会場を借りていない状態でこれは上出来といっていい。会場を借りて10ポンドで見たいと考える客が50人くらい来てくれれば、知名度も上がるし3ヶ月分の家賃も払える。早くそうなりたいな、そうすれば余裕が出来て仕送りもできるに違いない。
——リッチモンド・レイク、キング・アルバート・パーク
この公園には湖がある。人工物ではない、れっきとした小さな泉が。そしえあまり知名度が低いのか、周りが背の高い広葉樹に囲まれているせいか人気が少なく非常に静かだ。そういった情報を以前同じ部屋に住んでいた同郷の友人、メルからそう聞いていた。平素適当だがこういうことはよく知っている。
湖はほとんど人がおらず、カラッと晴れた日差しが水面に射し込み底の石や砂まで映している。人間をほとんど心配する必要のない雀が気に止まって羽を休ませ、人間も喧騒とは無縁の静かな空間にすっかりリラックスしているようだった。
「サウサンハムにもこんな静かな所があったんだなぁ…」
故郷のエルギンもこれよりはずっと大きいが、湖がある。背の高い木が無い山に囲まれ、羊や牛を放牧して生計を立てていくのが故郷でやらなくてはならない仕事。その仕事が終わったら羊の乳を搾って湖をぼんやりと見ながら休む。
小さい頃から行ってきた習慣が、ほぼ同じ環境、それも大都会でできるのが嬉しくてたまらない。顔を笑みで綻ばせてバッグの中からパンにハムとレタスを挟んだ手軽な昼食を手に取り、ほおばろうと口を開いて寄せる。
「ん?」
昼食の時間は少し遅れることになるかもしれない。都会に来たばかりのイアンに映ったのはより湖に近い距離で黙々絵を描く画家。その画家の出で立ちは場に似つかわしくない良い仕立ての服、自分よりも濃い色の腰まで届きそうな髪をしていた……
- Re: Piper in Eastend【キャラクター募集中】 ( No.4 )
- 日時: 2013/01/30 21:19
- 名前: しゃもじ ◆QJtCXBfUuQ (ID: JiXa8bGk)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode
「……何か?」
画家が振り返ってさっきから感じていた視線の主に問いかけた。翠の瞳は主がサンドイッチを片手に持ったクレイランド人(それも労働者階級か?)であることに驚きと若干の好奇心を示し、一方右手は筆をしっかりと握り締めていた。
「あ、ああいやここってほとんど人がいないって聞いていたから……」
「そうね。この街には唯一といっていいほど静かで豊かなところだから」
筆をキャンパスにおいた。
「私も時折こうして絵を描いてるの。落ち着くから」
「へぇ、画家じゃないんだ」
赤毛の女性が、自分よりも少し小柄な若者に手を差し伸べ
「ええ。私はローラ。貴方は?」
碧眼の若者も差し伸べられた手を握り返す。
「イアン。昨日越してきたばかりなんだ」
まずいな、とイアンは直感した。もうわかってしまった。
(この子、上流階級の娘さんだ……)
連合王国の人間はわずか数秒の間で発音と服装、所作で相手がどこに属するかわかってしまう。階級が違う人間同士は組織や立場上の都合を除いて砕けた言葉遣いで話すことはできるが、結婚にでもならない限り(そうしたことはほぼありえないが)必要以上に付き合ってはならないのが社会常識。
普通ならば挨拶をして、適当に済ますのがマナーだが16歳の好奇心を抑えるにはあまりにこの社会通念というものは酷なものだった。
「貴方、クレイランドの人でしょう?」
「えっ?」
「服装もそうだけど、thをdと発音したり、rをやたら巻いてるもの。丸出しよ」
これが都会モンの田舎いじりか……確かに訛りは重々承知しているが、上流階級の人間に言われるとなにか引っかるものがあるのか、たちまちイアンは顔を紅に染め上げてしまった。
「父は下品だって嫌っているけれど、私は嫌いじゃないわ。むしろ古びた感じがして好き」
「はぁ(褒めてんのかそれ)」
上流階級の人間の言い回しというものは上品なのだが、妙に自分たち労働者階級とずれて面倒だなと思わせてしまう。頭が良いのか馬鹿なのか。
「仕事は何をしているの?」
「明日レストランで働くことになっているんだ。あとここで演奏も週三で始めているよ。こっちが俺の本業でね」
一瞬ローラの広角が引き攣り、片方の眉が上がった気がした。やはり労働者階級だと完全に悟ったからだろうか。疑問と不安が頭を過ぎってしまう。
「……そう、頑張ってね。私はそろそろ戻らなきゃ」
「ああ、もう帰るの? 描き上げてないけれど」
「私にも仕事があるから。それに絵は何日もかけて描いたほうがいいのよ?」
そういうとローラはてきぱきと、丁寧に道具を片付け始める。絵画とはそんなものなのかな、と思いつつも上流階級の令嬢の割に面倒な道具を一人で持ち込み、絵を描くという行動力の方に関心が写ってしまう。面白い人だな、と生まれて初めて目の当たりにする生の令嬢を見てイアンは常識を超えてまでより興味を抱いた自分に気づいた。
(でも、これだけはやっておかないとなぁ)
「あ…」
「重いだろう? 家まで持っていってやるよ」
女性にこの重い鞄を引きずらせるのは男としてまずい、家で耳が痛くなるほど教え込まれた考えを実行しないほどイアンはずぼらではない。ローラもこの階級違いの男の行動に多少面食らったのかキョトンとしたが、状況を飲み込むとすぐに笑みをこぼした。
「じゃあチェスター寺院までお願いできるかしら、騎士様?」
「任されて! ……って寺院んん?!」
「そうよ、シスターですもの」
最悪だ。上流階級でシスター……下手したら結婚まで清らかに居るため修道の道に入っている貴族の娘かもしれない。階級差があるだけで不要な親切や会話すら、あまり褒められたことではないのに聖職者にここまで軽々しいことをしているなんて、自分はとんでもないことをしている。動揺する心と比例して足取りが重くなり、腕も荷物持ちとして全く稼動しなくなってしまい、しっかり持てたカバンは張り付いたように地面から動かなくなった。
「意外と信仰が篤いのね。大丈夫よ、傍から見ればレディのお供をする下男ですもの」
(おいおい)
全くフォローになってないフォロー。これがサウサンハムか、素敵だと皮肉を飛ばすしかない。ともかくもズレたお嬢さんの手伝いをしたら今日はもう帰ろう。