複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

エリスの聖域 (5/15 更新)
日時: 2013/05/15 23:23
名前: Lithics ◆19eH5K.uE6 (ID: 9AGFDH0G)
参照: http://www.kakiko.info/bbs_talk/read.cgi?no=10911

 世に光あれかし。
 人に道あれかし。
 そして、どうか——彼女(エリス)に、聖域の加護があらんことを。


 
○ご挨拶
 
 初めまして、Lithicsと申します。
 カキコでは主に短編を書かせて頂いていましたが、この度、長編に取り組みたいと思いスレッドを立てさせてもらいました。
 絶対に手を出すまいと思っていた吸血鬼ものです。人によっては表現に不快感を覚える方がいらっしゃるかも知れないので、あしからず先に断らせて頂きます。
 また我が儘ですが、読んで頂いた方からコメントをもらえると非常に励みになります。ただ、その際、内容の区切りの良い所であれば更に嬉しいです。もしくは参照にある雑談板の方にお越し頂ければ、これまた無上の幸いです。

 ——では。
 どうか、暗い夜道にはお気を付けて。



○目次

第一章:黒い十字架

序幕 >>1-4 >>1 >>2 >>3 >>4

第一幕 >>9-11 >>9 >>10 >>11



・執筆、構成中()
・休筆、コメント待ち(○)

Re: エリスの聖域 ( No.16 )
日時: 2013/05/09 12:29
名前: Lithics ◆19eH5K.uE6 (ID: zpiITAde)

 朝のパンは3枚。
 『わたし』とハルとで、ちょうど1枚と半分ずつ。
 なんていっても、一斤6枚切りがベスト。私にはちょっと多いけど、ハルはせめて、これくらいは食べないとダメだと思う。
 
「や、いけない。マーガリン、切らしてたっけ」

 マーガリン派のハルは、無いと拗ねるだろうか。
 でも仕方が無い、今日は仲良く苺のジャムで我慢してもらおう。奮発して買った高いやつだから、きっとハルも気に入るはず。そうして、あとは段々とジャム派に引き込んでしまえば……うん、その方が色々と楽だし、嬉しい。

「あとは……うん、スープでも作ろうかな」

 上の階では何やらガタガタと慌てる音。
 そろそろ降りてくるだろうから、その前に仕上げてしまおう。ハルの大好きな、コンソメとベーコンのスープ。作るのは簡単だけど、火加減と隠し味はお母さんから教わった秘密。わたしオリジナルとしては、ちょっとお洒落にクルトンなんか入れたりして。
 
 そう。このスープは、黒須家の日常の香りと味がする。
 ゆっくり、ゆっくり掻き混ぜる。ハルがもう二度と日常から、わたしから離れていかないように願いを込めて。


1/ 第二幕:奇想

 きっと、兄は嘘をついている。
 黒須夏希にとって、それは火を見るよりも明らかな事で。本当なら、「きっと」なんて前置きは要らないくらいだった。

「あれで隠したつもりなんだから、相変わらすだよね」

 手慣れた様子でスープの鍋をかき混ぜながら、夏希は誰へともなしに呟いた。兄が(あからさまな)隠し事をするのは、別に今に始まった事ではない。そんな時はいつも指を鳴らし始めるし、困ったような顔をするものだから直ぐに分かる。それに騙されたフリをするのも簡単ではないけど、ずっと兄妹なんてものをやっていればコツも掴めてしまうというものだった。
 まぁ、兄としては、きっと逆のことを考えているのだろうけれど。今回も、きっと何か抱え切れないようなことがあったに違いないのに、夏希には決して話すことはないだろう。

 ——そう、端的に言えば、兄は病的な気遣いの人なのだ。
 
 自分の痛みは、決して誰にも分けようとはしない。そのくせ、他人の痛みは自分のことのように簡単に共感してしまう。その在り方は、まるで『苦痛』に貪欲であるかのよう。怪談の類、とりわけスプラッターが苦手なのは、きっと兄にとって刺激が強すぎるからだろうと思う。架空の話や画面の向こう、そして「可能性」でしかない『痛み』にすら感応してしまうのが、黒須春希という人間だった。

 そんな訳だから、追及して聞き出すのはそう難しくないけれど……それでは兄が酷く傷つくだろうとも思う。典型的な悪循環だ。彼の抱える問題を聞き出した時、『私』が抱くだろう少なからぬショックは、そのまま彼の『痛み』となる。だからこそ夏希には、無理に聞き出すことが出来なかった。

「はぁ。ハルは、もうちょっと図太くなればいいのに。ほんと、女の子みたいなんだから……繊細っていうか、ドМっていうか」

 そうして、夏希は深い溜息をつく。そんな所作が兄と瓜二つであることは、自分でもよく分かっている。それはそれ、木の股から生まれてきた訳ではないのだから仕方が無い。
 まぁ……本音を言えば。兄、いや、ハルと兄妹でなかったなら、と思うこともあるのだけれど。

 ——そうだ。『私』はハルのような綺麗な人間とは違う。
 ハルが思うような、良い妹ではないのだ。ずっと前、もう覚えていないくらい昔から、私が彼に対して抱いている感情は、家族の愛情というよりむしろ……


「ちょい待て、夏希。誰がドМだって?」
「わ、もう降りてきたんだ」

 考え事をしていたせいか、階段を下る音に気付かなかったらしい。
 いつの間にか台所まで来ていたハルのジト目を受け流して、丁度トースターから弾かれたパンを渡す。何か聞かれたような気もするが、気にしない。

「はい、これ先にテーブルに持っていって。直ぐにスープも出すから、朝食にしよう?」
「露骨に誤魔化したな。まったく、どこでそんな言葉を覚えてきたやら……」
「教えてあげてもいいけど。ちょっとショックかもよ、お兄様としては」
 
 有無を言わせぬ鉄壁の笑顔。正直に言って、ハル以外には絶対に見せられない顔ではある。

「ん。また寝込みたくはないからな、聞かないでおくよ。おなかも減ったしね」

 引き攣った笑みを返して、ハルが台所から離れていく。その足取りはしっかりしていて、特にいつもと変わった所はないようにも思う。出来上がったスープを器に注ぎつつ、なんとはなしに後ろ姿を眺めてみる。元気そうではあるけれど、まだ無理をしていれば気を回す必要があると思ったから。

 夏希の背丈が160cmに満たないのに対して、春希は170代後半の身長がある。少しだけ前かがみな歩き方が、同じように背が高かった父親とよく似ていると思う。着ている服も父の形見のワイシャツかTシャツ一枚、それと色褪せたデニムのボトムである事が多く、いくらオシャレをしろと言っても聞いた試しはない。今日も暑くなりそうなのに、黒いワイシャツに長ズボンという妙に居住まいの良い出で立ちだった。
 顔はと言えば、妹の目からは何とも言えないけれど……可か不可で言えば、おそらく可。家ではいつも穏やかに笑っているから、「格好良い」なんて印象は皆無だが、学校の男子たちと比べても綺麗に整っている方だとは思う。まぁ、そもそも「ハルはハル」だ。そんな訳だから、顔の善し悪しなどは夏希にとって意味が薄い事だった。

「——おーい。大丈夫か?」
「え……? あぁ、うん。いま行く」

 いけない、呆としていた。
 中々来ないから心配したらしいハルに声を返し、スープやジャムを乗せた盆を持って食卓へ向かう。対面型の台所だから居間は直ぐ目の前なのだが、両親の居た頃からの習慣で、食事は隣の洋間に据えた大きなテーブルで取ることになっていた。

「お、いい匂い……それ、おかわりある?」
「食べる前から何言ってるの。あるけど、私の分も残してよね」

 子供のように目を輝かせるハルに苦笑しつつ、手早く食卓を繕う。ハルはスープの匂いの事を言ったのだろうけれど、夏希には彼の淹れた珈琲の香りの方が強く感じられた。ちょっとした拘りがあるらしい春希の珈琲は、夏希にとっても朝の楽しみの一つ。それをフライング気味に啜る春希の表情は穏やかで、顔色も悪くはないようだった。

「いただきます。今日も悪いな、任せっきりで」
「はいはい。いいよ、朝は簡単だし。珈琲おいしいし」

 杞憂だったのだろうか。
 特に思いつめた様子も、隠し事をしている様子もない。逆に普段通り過ぎて、不審なくらいである。吸血鬼に出くわす、などというのは今や交通事故と並ぶ死因のトップだ。そんな目に遭いかけて平気なんて、それはもうハルではないと思う。

「あ……」
「ん、何?」
「う、ううん、何でもない。ちょっと、パンが焦げてただけ」

 もちろん、声を挙げたのはそんな理由ではない。
 その時、それとなく春希を観察していた夏希が見たものは、テーブルの陰になる所で忙しなく動き、かすかすと小さな音を立てる春希の指だった。

Re: エリスの聖域 (5/9 更新) ( No.17 )
日時: 2013/05/09 16:05
名前: 風死  ◆Z1iQc90X/A (ID: PITau1mw)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode=view&no=1733

二度目のコメント失礼します。
夏ちゃん(と呼ぶことにしましょう)の兄に対する対応や態度など、凄く現実とリンクしている感じで良いなと思います。
幾ら見目麗しかろうが美声だろうが、兄妹間で性的な感覚を抱くというのは余りないものですよね。
……余り、ね。
何でこんな感想を書いているんだ私は(汗

あっ、もし良かったら参照のURL覗いてやってくだry

Re: エリスの聖域 (5/9 更新) ( No.18 )
日時: 2013/05/09 17:11
名前: 神宮 澪 (ID: QMJmjark)

はじめまして。
コメント失礼しますm(_ _)m

緊迫感や、日常の描写がうまくてとても読みやすいです!
(少し参考にさせていただこうかな……?)

これからも、楽しみに読ませていただきます(*´∀`*)

では、短めではありますが、更新頑張ってください!!

Re: エリスの聖域 (5/9 更新) ( No.19 )
日時: 2013/05/10 11:16
名前: Lithics ◆19eH5K.uE6 (ID: mwHMOji8)

>>17
>風死さん

再びのコメント、ありがとうございます!嬉しい限りです^^

そうですね、夏ちゃん(いいですね、これ)の春希に対する感情は性的なものではなく、依存に近いものでしょう。あえて伏線的にいえば、今はその程度に抑圧された感情だとも言えます。ラブコメに路線転換するつもりはないので、あくまで自然な描写が出来ればいいなと思っています。

はい、近い内にお邪魔させて頂きますね!

>>18
>神宮澪さん

はじめまして、コメント心より感謝します!

テーマがテーマなので、ともすれば殺伐としそうで怖いです(笑)あまり場面が偏らないように、緩急付けていければと思っています。なのでそう言って頂けると、とても嬉しいですね。

うーむ、こんなのを参考にされてはいけないような気もしますが……

改めまして、ありがとうございました!

Re: エリスの聖域 (5/9 更新) ( No.20 )
日時: 2013/05/15 23:22
名前: Lithics ◆19eH5K.uE6 (ID: 9AGFDH0G)
参照: http://mb1.net4u.org/bbs/kakiko01/image/1227jpg.html

 
 夏希に心配を掛けてはいけないというのは、もはや強迫観念の類だ。

 パンを齧るのにも精神力を使うようなもので、せっかくのスープも味が良く分からない。平気な『フリ』をするというのも堂に入ってきたとは思うのだが、今回は流石に荷が重すぎた。なにしろ、全く以て平気ではない。自分の心の端っこすら騙せない嘘では、我が妹にバレるのも当然というものだった。
 
 それでも夏希が知らない『フリ』をしてくれたのは、きっと荷の重さを察してくれたからだろう。まったく、悪循環だ。嘘をつく側とつかれる側の利害は、一致したとしても良い事なんて一つもないというのに。
 あぁ、だけど。可能性に過ぎないとはいえ、やっぱり告白ことは出来ない、絶対に。


 ——自分が化け物になったかも知れない、なんて、ね。
 


2/第二幕:狂想


 午前七時。
 黒須兄妹が揃って家を出た時には、街は眩いほどの夏の日差しの中にあった。

 街には人通りもあり、昨晩の無人街のような不気味さは消え去っている。この時代において、夏はもっとも『人間の時間』が長い貴重な季節だ。例えば高校や大学の始業は6時半と決まっているし、商店街は日の出とともに開店するのが当たり前。もし夏休みでなければ、今はもう派手に遅刻している時間だった。

「うわぁ……こりゃ思ったより暑っいな。平気か、夏希」

 晴れ渡った蒼穹を見上げて、春希は軽い眩暈に酔う。
 このグラグラとする感覚が好きな人間なんてそうはいないだろうけれど、今の春希にとっては、少なからず安心感をもたらすものだった。
 先刻、自室で慌てて窓まで走り、遮光カーテンを開いてみた時にも感じた事だが。これほど日差しがありがたく思えたのは、多分、生まれて初めてではなかろうか。そうして少しだけ晴れ晴れとした気分で、春希は伸びをしながら夏希に声をかけた。

「うん、大丈夫。ハルこそ、もやしっ子なんだから倒れたりしないでね」

「もや……うん、まぁ否定はしないけど。でも発芽もしてない豆っ子に言われたくはないなぁ」
「あ、ひどい。仕方ないでしょ、日差しそのものに慣れてないんだから」

 どこか気の抜けた下らない会話を交わしながら、夏希と一緒に家の裏手へと回る。
 肌に感じる気温はすでに汗ばむくらいで、隣家の屋根瓦には陽炎が踊っている。春希はシャツの袖をまくって胸元のボタンも開けているからまだ良いが、日差しを避ける為に長袖のカーディガンを羽織っている夏希は、見るからに暑そうだ。だが、それも仕方が無い。身体が弱い彼女にとって、夏の日差しは長い時間浴びていられるほどフレンドリーなものではないのである。

「待っててな、今、バイク出してくるから」

 やがて(というほど大きな家ではないのだが)、家の裏口に寄り添うようなガレージへと着いた春希は、その前で夏希を待たせて中へと入った。
 ひやりとした空気。なまじ外が明るい為か、目が慣れるまで何も見えないくらいに暗く狭いガレージの中は、いつでも春希の童心をくすぐる。幼い頃、父親の目を盗んで秘密基地のように使っていたのを、ふと思い出した。ここには父親の趣味であった機械いじりの道具がいまだに散乱していて、古い油の匂いが漂っている。

 そして。その中央に眠るようにして鎮座しているのが、父のこよなく愛した銀色の大型バイクだった。型は古く、決して巨大ではなく、排気が極端に多い訳でもない。だが父が施していたかなり極端な調整と、春希が定期的な整備を欠かさなかったこともあって、性能は最新式に見劣りしないはずであった。

「頼む、動いてくれよ」

 サイドスタンドを蹴り上げ、ガレージの外へと車体を転がしていく。春希にとっては幼い頃からの憧れであり、父親の形見である。整備を欠かさないのは当然として、出来れば日常的に使いたいところなのだが。しかし近頃のガソリン価格は異常な高騰を見せていて、ついに枯渇したんじゃないかなどという噂もあるくらいだった。生活費を貯蓄に頼る黒須兄妹には、そこまでの余裕はないのである。
 まさに世紀末の名に相応しい崖っぷちぶり。吸血鬼に石油切れでは、もはや人類は終わりだろうとも思う。だが当面の問題として重要なのは昨晩の件と、今、ひと月の間走らせていないバイクが動くかどうかだった。 


Page:1 2 3 4