複雑・ファジー小説
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- 君を、撃ちます。
- 日時: 2018/09/13 16:37
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: 4MZ2FBVM)
君の手は、とてもとても暖かいね。
もう疲れたっていったら、君は怒ったりするかな。
大好きだよ、とってもとっても。
だから、ね。
僕の、最後のお願いを聞いて欲しい。
———————
■二年が経ちました。(>>59)
改めて、更新を開始していこうと思います。ゆったりとした更新ですが、よろしくお願いします。
□どうも、柚子といいます。普段は別名義です。
□
第一話『僕』 >>01-44
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>>38 >>39 >>40 >>41 >>42 >>43
第二話『私』 >>44-66
>>44 >>45 >>48 >>49 >>50 >>51 >>52 >>53 >>54 >>62
>>63 >>64 >>65 >>66
□お客様
ゆぅさん/風死さん/朔良さん/千鶴さん
憂紗さん/日向さん/悠幻さん/涼さん
エリックさん/環奈さん/Orfevreさん
キコリさん
□since.20130318〜
———————
( 虚空に投げたコトノハ )
( オオカミは笑わない )
( さみしそうなけものさん )
ふわりとかすった花の香 /餡子
- Re: 君を、撃ちます。 ( No.31 )
- 日時: 2013/07/26 21:40
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: J7xzQP5I)
- 参照: 描けないなら創るまで
目が覚めた。濡れた枕の感触を頬で感じながら、僕は白い壁を見つめている。目が覚めた、というよりも実際は無理やり覚めさせられたが正しいのかもしれない。ばたばたと騒がしい足音が、まだ完璧に目覚めていない僕の頭を揺さぶった。
その跡は、僕の脳内レコーダーに保存されている。
むくりと起き上がり、一日使わなかった脚で全体重を支えた。少しふらつきそうになったけれど、あまり問題は無いみたいだ。無意識に、指が首に巻かれた包帯の上を滑る。少しゆるく巻かれた、真っ白な包帯。僕は薄く笑って、扉へとゆっくり歩いていった。
生きている実感を感じながら、扉をがらっと音を立てて開ける。ひんやりとした冷たく凍えた空気が、僕の周囲を飲み込んだ。騒がしかった足音は、ずうっと遠くで小さく聞こえている。耳を凝らさないと聞こえないほど遠い。
けれど僕のひとみの先には、誰かが通ったあとは一つも残っていなかった。ひたすらに嗅ぎ慣れてしまったアルコールのにおいが、鼻腔をくすぐる。
僕はどうしてか、あの足音の原因を知りたくなっていた。どれくらいの人数が、何のために朝早くからバタバタと駆けていたのか。不思議でたまらなかった。
もしかしたら、僕の知らないところで誰かの目論見によって、この病院が乗っ取られてしまったのかもしれない。子供だましのそんな妄想が、僕の心を支配する。好奇心が、奥底からマグマのように吹き上げてくるような、恍惚感。
骨が軋むような痛みに耐えながら、一歩ずつ部屋から遠ざかる。ひんやりとした空気が、僕の視界の全てを包み込んでいた。もう誰の足音も聞こえない。
——何だろう。
本当に遠く。そう、遠くでよく覚えのあるぬくもりを感じた気がして、僕は足を止めた。後ろを見る。まだ、誰もいない。けれど小さく、本当に小さく、誰かの話し声が聞こえた。もう少し待ってみよう。
手すりに寄りかかり、音の主がくるのを少しだけ待つ。たった少ししか歩いていなくても、もう足は棒のようだった。それでも運動してなかった頃に比べたら、まだマシなのかもしれない。首に巻いた包帯に指を絡めて、暇を潰す。家にいた頃は、いつも包帯を触っていた。何も思わないで、一日中触って時間を潰していたことを思い出す。
懐かしい。
思わず、ふふっと息がこぼれた。そうしてると、だんだん足音が近く、大きくなってくる。スニーカーじゃなくて、女の人がよく履くようなヒールのような音だと思う。
近づいた、近づいた。僕はじっと音の方向を見つめ続ける。誰がくるのか、分からないけれど僕は見ていなくちゃいけなかったんだと思う。
僕が見つめる先を、息を切らしながら走る女性の姿。何回か見たことがある、淡い桃色のスカート。手すりにつけていた背中は、自然と浮いた。無意識に、女性のほうへ体が向く。息を荒げながら、僕の進行方向だった廊下の先を見つめているみたいだ。
僕は驚いたけれど「母親」に、いつものように手を振る。普段なら手を振り返してくれるはずの「母親」だが、今日はどうしてか手を振り返してくれない。思わず、眉をひそめてしまった。何よりも大事にしてくれた僕を気にすることが出来ないほど、何に焦っているのかと。
僕を気にせず通り過ぎようとする「母親」が、無性に怖くて。ハンドバッグを持った「母親」の腕を、僕はぎゅっと握る。それでも「母親」は構うことなく走っていった。僕が掴んだと思っていたのは、「母親」の腕ではなくて、ただの虚空だったらしい。
駆けていく「母親」の背中を見送っていると、後ろから看護師達の会話が聞こえた。
「今朝早くに運ばれてきた男の子、237号室の子にすごく似てなかった?」
「思ったわ、それ! 瓜二つ……双子なんじゃないかって思っちゃったわよ」
「でも、お母さん一緒よね? 本当に双子だったりしちゃって」
クスクスと笑い声交じりの言葉を聴いて、僕は内心愕然とした。僕よりも、僕とは違う「僕」を「母親」が選んだかと、大切な人に見捨てられた悲しみが、大きな衝撃となって僕のことを襲う。
痛いなんてものじゃなかった。体は、動こうとしない。動かない。たった一つで満たされていた心は、簡単に音を立てて崩れ去ったみたいだ。見捨てられても、涙は出なかった。
母親が曲がっていった、廊下の突き当たり。本当なら今頃、僕があそこのあたりを歩いていたはずだった。好奇心に負けて、あの曲がり角を越えているはず。僕はそのまま、ぺたっと音を立てて床に座りこんだ。
ひんやりと冷たい床が、僕の熱をじんわりと奪っていく。奪われる熱の中には、僕の感情や心の破片が混じっていたのかもしれない。音も無く、すっと流れていく僕の破片たち。何を思うことも、思わないことも、もう、できない。
「椿木」……。
たった一人の肉親に見捨てられた心が最後に呼んだのは、何故か「椿木」のことだった。好きでも嫌いでもない、とある「少女」の名前。なんのきっかけで知り合ったのかも、忘れてしまった。
だけれど良い人だったのだろう。僕の脳内は、そんなことも分からないくらい、どろりと溶け墜ちてしまっていた。
- Re: 君を、撃ちます。 ( No.32 )
- 日時: 2013/08/17 23:07
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: LJWVvIF8)
- 参照: 描けないなら創るまで
ゆっくりと立ち上がる。
僕の視界に広がる全ては虚言を写しているかのようだ。何が真か偽かも、良く分かっていない。「母親」が僕に気づかなかった理由も、僕と同じ顔の「誰か」が運ばれてきたという「看護師たち」の話も。等しく、僕の脳内をじんわりと侵食していった。
壊されていく、何もかも。
ただそれだけが、僕の脳裏に浮上しては消えた。われても現れる、シャボン玉みたいに。下らないと心では毒づいてみても、下らないだなんて言葉で片付けられるほど簡単なことではなかった。初めて感じる、驚きと小さな恐怖。今まで作ってきた世界が、ぐらりと傾く感覚がする。
考えていても仕方ないと、足裏を床につけぐっと力をいれ立ち上がった。先に捉えるのは、僕が出てきた扉。名札には、「社木伊吹」の文字。その事実だけで、何故か救われたような気がした。欲を言えば、「母親」か「椿木」に今すぐ会いたい。痛みに、気づいて欲しいと願っていた。
ゆっくりと、扉を開けベッドに向かう。ベッドに腰掛けると自重でスプリングが軋んだ。そんな小さなリアルさえ、今ここに僕がいることを証明してくれているようで支えになる。
末期。
自嘲するかのように、僕は笑った。今更、僕が存在しているかどうかを気にするのなんて馬鹿げていると感じたのだ。四角い部屋で独り静かに窓の外を眺めていたあの頃は、僕自身の存在についてなんか何も考えていなかったのに。
今更。馬鹿みたいで、しょうがない。考えることをやめ、僕はぐったりとベッドに寝転がった。——全てを飲み込むような天井の白。僕の心を、すっぽりと吸い込んでしまうほどの白だ。首の包帯より、シーツよりも透き通った天井に、僕は囚われているような錯覚を覚えた。
心だけを囚われた、いわばうつろな人形として僕は白の中にいる。
誰かが助けにきてくれることを祈りながら、僕は瞳を閉じた。
「……伊吹くーん。寝ちゃってるかな?」
聞き覚えのある、優しく心地良い声が僕の脳を包み込んだ。それと同時に、ゆっくりと僕の瞼はひらく。目じりを数回こすって、おぼろげだった声の主にピントを合わせた。
どこか寂しげな笑顔を見せる「椿木」の顔。僕はむくりと起き上がった。僕が起き上がってから、「椿木」は僕の視線と自身の視線を交差させ、口を開く。
「ね、伊吹くん。もしこれが全部嘘だとしたら、伊吹くんは、どうする?」
意味が分からなかった。僕は一つも表情を変えずに「椿木」を見つめる。「椿木」はその目に深い悲しみと、どこにも置いてくることができなかった悲しみがうつっていた。そうしてもう一度、「椿木」は口を開く。
「私と伊吹くんが、こうして話してること。私が伊吹くんに片想いしてること。伊吹くんに弟がいること、伊吹くんのお母さんが伊吹くんを放って行ったこと。……伊吹くんの声が、でないこと。全部、全部嘘だとしたら、どうする?」
眉尻を下げて、懇願するように「椿木」は僕に言った。何を伝えたいのか、僕は全く持って分からない。けれど、僕は一つだけ明白な答えを持っていた。枕元に置いているメモ帳とボールペンを手に取り、文字を殴り書きしていく。
字の汚さは、もうどうしようもないものだから気にもしなくなった。書いたものを、不安そうな顔の「椿木」に見せる。僕はメモ帳を渡して、窓の外を眺めた。太陽は昇っていて、眩しい日差しが目を刺激する。
「……だよね」
安心した。少しだけ嬉しそうに笑った「椿木」の顔を、横目でちらりと見る。たった一日二日振りだけれど、数ヶ月ぶりくらいの感覚がした。少し懐かしい、そんな感じだ。
僕は「椿木」の目をしっかりと見て、優しく微笑む。壊れかけの僕のどこから、優しげな笑みが出たのかなんかは分からないけれど、見せた笑顔はきっと優しいものだった。
「伊吹くん、もう少し時間が経ったら一緒に売店行こうよっ」
まだ少し、考えているような純粋ではない笑顔。けれど楽しそうな雰囲気を感じて、僕はコクリと頷いた。
- 柚子様 ( No.34 )
- 日時: 2013/08/22 13:48
- 名前: 外園 伊織 (ID: pACO7V1S)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode=view&no=7259
依頼されたイラストが描けました。
上記のURLをクリックし、スレッドの<<28に記載されているURLをクリックしてください。
遅れてしまって申し訳ありませんでした!!
- Re: 君を、撃ちます。 ( No.35 )
- 日時: 2013/08/22 21:48
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: R/0A/CXj)
- 参照: 君の話と、僕の夢
外園伊織さん
イラスト、有り難う御座いました^^
スレッドの方でもご挨拶させて頂きましたが、こちらでも。
伊吹をかっこよく仕上げていただいて、嬉しい限りです*
本当に、有り難う御座いました!
- Re: 君を、撃ちます。 ( No.36 )
- 日時: 2013/08/23 23:26
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: ol9itQdY)
それから数十分近く「椿木」の話を聞いていた。学校祭が始まったこと、クラスの出店の話、とても盛り上がった企画があったこと。それらを話す「椿木」の表情は、先ほどまでの暗さが分からないほど楽しそうだった。
僕もつられて、口元に笑みがこぼれる。何も考えなくても出る、本当の笑顔かもしれない。相槌のかわりに微笑むことくらいしか出来ないが、それでも「椿木」は楽しそうに話してくれる。それだけで、僕の心は満たされた。
「そろそろ、売店行く?」
「椿木」の言葉に、僕は頷きベッドから足を放り出し、地面を踏む。立ち上がった瞬間、少し気が抜けふらついたところを「椿木」に支えてもらった。恥ずかしく、照れ笑いをして誤魔化す。
支えてくれていた手を離してもらい、自力で歩き病室を出る。目を閉じる前のひんやりとした空気は、廊下のどこにもなかった。あるのは明るい「看護師」の飛び交う声。僕の脳内で、目を閉じる前のあの出来事は、無かったことにされていた。
僕も「椿木」も黙ったまま、真っ直ぐ売店へ向かう。沈黙の時間を、別に苦だとは思わなかった。むしろ、どこか心地がいいと感じる。昔テレビで誰かが言っていた、“沈黙を心地良いと感じる恋人同士であれ”という言葉を不意に思い出した。
僕と「椿木」がそうだと言う事ではないけれど、少しだけ嬉しく感じる。待合室の時計は、正午になりかけていた。昼頃だからか、ロビーのソファは診察を待つ人でほぼ満席状態。中には涙を流し、泣き叫ぶ子ども達もいる。
「注射のこと覚えてたら、病院ってだけで泣いちゃうよね」
懐かしいと微笑を見せながら、「椿木」は言う。
「私もね、小学二年生くらいまで病院きたとき、ずーっと泣いてたんだよ。注射が怖くてさ。今もちょっと、体強張っちゃうんだけど」
他の人には内緒だよ? 「椿木」はそういってヤンチャな笑顔を見せた。僕にはしたことがない体験をしていて、楽しそうだなあと本心から思う。風邪を引いても、それがたとえインフルエンザだとしても病院にはいかなかった。
僕が思っていることが伝わらないなら、行く意味なんかないと幼いながらに分かっていたから。ロビーを過ぎたところにつけられたエレベータで、二階に向かう。エレベータの中も、独特の消毒液のにおいが染み付いていた。僕にとっては心地のいい薬のにおい。「椿木」は少し苦手なようで、鼻を押さえていた。
チン、と歯切れのいい音を合図に扉は開く。僕は先に「椿木」に降りてもらい、その後に続いた。それが僕に出来る最大限のレディファーストだ。実際は売店の場所が分からないから、というのが「椿木」に先に行ってもらった最大の理由である。
手を背中のあたりで握って、楽しそうに「椿木」は通路を歩く。開いた病室の扉の中を覗くと、点滴をさした子ども達が何人かいた。小児病棟なのかと思いながら、「椿木」が入っていった売店へ入る。「椿木」は見たことあるものばかりなのか、どれが良いかを選んでいた。
僕にとっては見たことが無いお菓子ばかりで、胸がおどる世界。棚の上から下まで、物珍しそうに食べたことの無いお菓子を物色する。どれが美味しいか、どんな味なのか。パッケージを見るだけで、満たされる世界が広がっているのだ。
「伊吹くん、これでいいと思う?」
そういって「椿木」が見せてくれたのは、おいしそうなスナック菓子と見たことのないグミだった。ポテトチップスではなく、コーンチップスと呼ばれるあまり見ないチップス系のお菓子に、くねくねした形が特徴的なグミ。
僕の気持ち的に、もうそれだけで十分だ。早く、そのお菓子を食べたいと心が叫ぶ。
「買ってくるね」
クスクス笑いながら「椿木」は“会計”と書かれた場所へ、お菓子を持っていく。僕は棚においてあるお菓子などをみて、「椿木」が戻ってくるのを待つ。短い時間だったのだろう。けれど僕にはその時間でさえ長く感じた。
それくらい、お菓子を食べることを心待ちにしている。
とても魅力的なお菓子がたくさん並ぶ。今の僕は、デパートメントの玩具売り場で玩具に目がくらんだ子どものようだろう。
「伊吹くん、買ったよ。もどろっ」
そういって僕にレジ袋を見せ、「椿木」はにっこりと笑う。本当に笑顔が似合うと、心底から僕は感じた。
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