複雑・ファジー小説
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- 【短編集】移ろう花は、徒然に。【完結済】
- 日時: 2020/10/02 00:09
- 名前: 黒雪 ◆SNOW.jyxyk (ID: XOD8NPcM)
*
——花。
あるところに、荒れ果てた土地がありました。広大であるにもかかわらず、作物を育てるのに不向きだったその土地は、人々の悩みの種でした。
土地が肥えていれば、食料に困ることもなかったのに。人々の声は風に乗り、小さな種が荒野に落ちました。
そんなある日、一輪の花が咲きました。それは華やかな色で、それを見た人々は明るい気持ちになりました。
次の日、別の花が咲きました。それは深い悲しみの色で、それを見た人々は悲しみの記憶を思い出しました。
また次の日、別の花が咲きました。それは燃えるような色で、それを見た人々はやり場のない怒りを胸に抱きました。
咲いた花は、どれを見ても同じ色、形、香りをしたものはありません。
——そう、物語のように。
そして艶やかに咲いた花は、一つ、また一つと散ってゆきます。花が散ったあと、また土地には何も無くなりました。広大な土地があるだけです。しかし、荒れ果てた土地ではありません。養分をたっぷり含んだ、素晴らしい土地へと変わっていたのです。
集まった人々はこう言いました。
次はここに、どんな花を咲かせようか。
また季節が変われば、色々な花が咲くだろうか。
*——目次——*
第一部
>>1 【 Sound 】
>>3-5 【 Viola farfalla 】(紫の蝶)
>>6 【 操り人形 】
>>9 【 Sand Glass —Crash— 】(砂時計)
>>10 【 Sand Glass —Cheese— 】
>>11 【 Sand Glass —Close— 】
>>14 【 紫陽花の陰 】
>>15 【 怖がりな彼女 】
幕間
>>17 【少女の憂いと魔女の庭】
第二部
>>18 【 生命の花 】
>>19 【 想い出 】
>>20-21 【 Pre-Established Harmony 】(予定調和)
>>22 【 Transparent Apple 】(透明な林檎)
>>25 【 I 】
>>26 【 感情的なBlue 】
>>27 【スカーレット・レディ】
>>28 【 Eat Me , Drink Me 】
>>29-30 【 壊 】
>>31 【 生命の木 】
終幕
>>32 【 さよならと夢に綴る 】
*——更新履歴——*
更新開始 2014.01.06
小説大会2015冬 金賞
小説大会2017夏 銀賞
終幕 2019.03.07
参照67000
*
——花。それは、煌めく感情の物語。
言の葉を色に乗せ、名もなき痛みを綴りましょう。
*
こんにちは。黒崎加奈、あるいは黒雪と申します。名前でトリップが変わりますが『.KANA』『.SNOW』など文字列が揃っているのが特徴です。
ここでは短編を投稿しています。それぞれが独立している第一部、短編同士を繋げて中編もどきを紡ぐ第二部、という構成になっております。
実験的に書いているお話が多いので、作品の完成度にはバラつきがありますが、どうか見守ってくださいませ。目標は、物語が観えること、文章で魅せることです。
*
長らくありがとうございました。
- Re: 【短編集】移ろう花は、徒然に。【と詩集】 ( No.7 )
- 日時: 2014/03/12 08:58
- 名前: 羽瑠 ◆oEryf/uxzI (ID: jSrGYrPF)
>> 黒雪 さま。
こちらでは、初めまして。
はるとか申すものです。
私的には、【操り人形(マリオネット)】が好きだったり。
他のも、本当に面白いです!凄いなあ。やっぱり。
僕も、根暗なので(号泣)最近暗めばかりで
書くだけで吐きそうww(すんません、嘘です)
更新、心待ちにしております!
時間とれたら、長編の方もゆっくり読んでおこうと想います!
それでは、またねん!(*^^*)/
- Re: 【短編集】移ろう花は、徒然に。【と詩集】 ( No.8 )
- 日時: 2014/03/16 22:11
- 名前: 黒雪 ◆SNOW.jyxyk (ID: 5T4lUgOl)
>>7
羽瑠様
コメントありがとうございます。
操り人形は、個人的にはリハビリがてら書いた感じなので、気に入っていただけたようで嬉しいです。
短編集なので更新は時々ですが、気長に待っていて頂ければと。
ありがとうございました。
- 【短編集】移ろう花は、徒然に。【Sand Grass】 ( No.9 )
- 日時: 2016/08/19 09:38
- 名前: 黒雪 ◆SNOW.jyxyk (ID: jwhubU7D)
流れ落つるは、時の砂——。
【Sand Glass −Crash−】
時間を止めるにはどうすればいいのか、と最近思う。指をパチンと鳴らすだけで、この世界の時間の流れを止めることができたら、どんなにいいだろうか。
遅刻しそうなときに、時間を止めることができれば遅刻をせずに済む。
私が見ているこの美しい景色を、時間から切りとって永遠に保つこともできる。
時が止まっていれば、罪を犯しても完璧なアリバイを手に入れることができる。
そう、ありとあらゆる可能性が手に入るのだ。
砂時計のように、限られた時間を過ごすのは些か勿体無いと思う。数分間の砂時計に私の人生が詰まっていると思うと、虚しくなる。砂時計を、地面と平行に倒せば砂の流れが止まるように、時間そのものの流れを止めることはできないものか。
私は長年の考察の結果、時間を止める方法を三つ考えつくことができた。
その三つとは、時計を壊すこと、——こと、——ことの三つである。
祖父の物だった本棚を整理してきたら、奇妙な本がたくさん出てきた。真っ黒な表紙の本、見た目は美しいが、内容はとてもグロテスクな本、中には黒魔術やら何やらの本まであり、一体どうしたらこんな本ばかり集まるのか不思議でならない。
しかし、その持ち主である祖父は先日亡くなった。
「答えは聞けずじまい……か」
軽くため息を吐いて、遺品の整理を続ける。遺品、と言っても膨大な数の本だけなのだが。その本の中で、自分が欲しいもの、売りに出すもの、捨てるもの、の三つに山を分けていく。
しかし、圧倒的に捨てる本の山が大きいのはどうしたものか。その多くは保存状態が悪く、内容が読めないものばかり。
せめて、もう少し状態が良ければ売りに出せるのだが、祖父の書き込みに阻まれたりと難航している。祖父は本に色々と書き込みをする癖があったようで、酷いと元の文が読めなくなっているものもあった。
なんだかんだで一週間ほどかかった整理も、ようやく終わりに近づいた。目の前にある棚には、かなりの本があるようだが、これまでの棚に比べれば遥かに少ない。
「えっ? 一体どうなっているんだ」
なぜかこの棚にだけついていた硝子扉を開けると、中には一冊の本しか入っていなかった。慌てて扉を閉じてみると、やはり大量の本が中にあるように見える。かといって、硝子の表面に本の絵が描かれているわけでもない。
何度か開けたり閉じたりしてみたが、一向に仕組みは分かりそうにない。仕組みを解き明かすことは諦めて、中の本を取り出してみた。
『Sand Glass』と表紙に金文字で書かれた皮表紙の本。見た目は普通の本だが、想像していたよりもずっと重かった。
茶色の表紙はどこかで一度装丁をし直したらしく新しかったが、中の紙は黄ばんだり、汚れているところが多い。文字も所々消えていたり、読めないところもあった。
「Sand Glass……砂時計」
今まで整理してきた本とは、だいぶ違う雰囲気があった。祖父の書き込みは一切なく、ただ内容が書かれているだけ。しかしその内容も、ほんの一ページ分だけなのだ。
時間を止めるにはどうすればいいのか、という文章から始まったその本は、作者の考察で締めくくられている。その考察も、最初の一つしか読むことはできないが。
時間を止める方法が気にならないといえば、嘘になる。本当に時間を止めるなんてことが可能なのだろうか。
時間に止まって欲しいと願ったことは、何度もある。今だって、そうだ。
この空間から外へと出れば、また忙しく煩い日々が繰り返す。落ち着いた静寂な日々がずっと続けば、と思う心が、作業の手を自然と緩めていた。
就職活動では内定を貰えず、四月からの生活の当てはない。このまま、永遠に時間が止まっても構わなかった。
ぼーん、ぼーんと大きな音を立てて、柱時計が十回鳴る。
「時計を壊すこと……」
無意識に数えてしまった音が、十時を告げていた。
——まだ、時間はある。少し、考えてみようか。
かなり早めの昼食を作りながら、台所を眺めた。窓枠に置かれた小さな時計が、嫌でも目に飛び込んでくる。カチカチと音を立てながら、規則正しく秒針は動く。
その音が静かな台所に相応しくなくて、手を伸ばした。裏蓋を開け、小さな電池を取り出して時計を止める。
しかしスパゲッティを茹でている最中である事を思い出し、慌てて棚の上に置いてあった砂時計をひっくり返した。
さらさらと流れ落ちる、白い砂をぼんやりと見つめ続ける。
「時計を壊すこと……砂時計も、時計と言えるのか?」
たった数分間の時間を切り取って、ビンに閉じ込めたようだ、なんてことを考える。けれどもよく考えると、この家に本当は時計が一つしかないことに気がついた。
先ほど鳴った大きな柱時計だけでは、何かと不便だったため、自分で寝室や台所に時計を持ち込んだのだ。
静寂が支配するこの家に、一秒おきに音がなる時計は、いらない。
火を止めてから、寝室にある目覚まし時計を止めに行った。手の中に転がる電池を弄びながら、ベッドの上で横になる。
どのくらいの時間が経ったのだろうか。長い時間が経ったように感じた。時計がないだけで、分からなくなる。でも鳴り響く柱時計の音で、実は一時間も経っていないことに気づかされた。
家のどこにいても柱時計の音は必ず聞こえる。狂うことなく正確に時を刻み続けるそれは、時の流れを目に見えるようにしただけにすぎない。
「時計を止めることは、目で見える時間を止める……。つまり、時間を止めることは、時計を壊すこと……」
気がついたら、時計の文字盤が割れていた。気がついたら、腕時計の針が折れていた。
気がついたら、柱時計は音が鳴らなくなっていた。
どのくらい時が経ったのだろう。いつの間にか、窓から夕日が射し込んでいた。窓枠に置かれた砂時計が、きらきら光る。
——ホントウニジカンハトマッタノ?
砂時計の砂は、さらさらと流れ落ち始めた。
*
Image Collar:胡粉色
Special Thanks!:Mr.Taros@
お題 『時間を止める3つの方法』
- 【短編集】移ろう花は、徒然に。【Sand Grass】 ( No.10 )
- 日時: 2016/08/19 09:57
- 名前: 黒雪 ◆SNOW.jyxyk (ID: jwhubU7D)
流るる時間を、凍らせろ——。
【Sand Glass −Cheese−】
時間を止めるにはどうすればいいのか、と最近思う。指をパチンと鳴らすだけで、この世界の時間の流れを止めることができたら、どんなにいいだろうか。
遅刻しそうなときに、時間を止めることができれば遅刻をせずに済む。
私が見ているこの美しい景色を、時間から切りとって永遠に保つこともできる。
時が止まっていれば、罪を犯しても完璧なアリバイを手に入れることができる。
そう、ありとあらゆる可能性が手に入るのだ。
砂時計のように、限られた時間を過ごすのは些か勿体無いと思う。数分間の砂時計に私の人生が詰まっていると思うと、虚しくなる。砂時計を、地面と平行に倒せば砂の流れが止まるように、時間そのものの流れを止めることはできないものか。
私は長年の考察の結果、時間を止める方法を三つ考えつくことができた。
その三つとは、——こと、写真を撮ること、——ことの三つである。
祖父のものだった本棚を整理していたら、懐かしいアルバムがたくさん出てきた。家族みんなで写っているものや、祖父の若い頃を写したものがほとんどだ。しかし、自分の小さい頃の写真まであり、一体どうしたらこんなに写真が集まるのか不思議でならない。
しかし、その持ち主である祖父は先日亡くなった。
「答えは聞けずじまい……か」
軽くため息を吐いて、遺品の整理を続ける。遺品、と言っても膨大な数のアルバムだけなのだが。そのアルバムの中で、自分が欲しいもの、親戚に渡すもの、捨てるもの、の三つに山を分けていく。
しかし、圧倒的に捨てるアルバムの山が大きいのはどうしたものか。その多くは保存状態が悪く、写真が見れないものばかり。
せめて、もう少し状態が良ければ親戚に渡せるのだが、祖父のメモ書きに阻まれたりと難航している。祖父はアルバムに色々とメモを貼る癖があったようで、酷いと元の写真がメモで埋め尽くされているものもあった。
なんだかんだで一週間ほどかかった整理も、ようやく終わりに近づいた。目の前にある棚には、かなりのアルバムがあるようだが、これまでの棚に比べれば遥かに少ない。
「えっ? 一体どうなっているんだ」
なぜかこの棚にだけついていた硝子扉を開けると、中には一冊の本が入っていた。慌てて扉を閉じてみると、大量のアルバムが中にあるように見える。かといって、硝子の表面にアルバムの絵が描かれているわけでもない。
何度か開けたり閉じたりしてみたが、一向に仕組みは分かりそうにない。仕組みを解き明かすことは諦めて、中の本を取り出してみた。
『Sand Glass』と表紙に金文字で書かれた皮表紙の本。見た目は普通の本だが、想像していたよりもずっと重かった。
茶色の表紙はどこかで一度装丁をし直したらしく新しかったが、中の紙は黄ばんだり、汚れているところが多い。文字も所々消えていたり、読めないところもあった。
「Sand Glass……砂時計」
今まで整理してきたものとは、だいぶ違う雰囲気があった。この家にはアルバムしか無いと聞いていたため、不思議に思いながらも本を開いた。そこには祖父のメモ書きは一切なく、ただ内容が書かれているだけ。しかしその内容も、ほんの一ページ分だけなのだ。
時間を止めるにはどうすればいいのか、という文章から始まったその本は、作者の考察で締めくくられている。その考察も、真ん中の一つしか読むことはできないが。
時間を止める方法が気にならないといえば、嘘になる。本当に時間を止めるなんてことが可能なのだろうか。
時間に止まって欲しいと願ったことは、何度もある。今だって、そうだ。
この空間から外へと出れば、また忙しく煩い日々が繰り返す。落ち着いた静寂な日々がずっと続けば、と思う心が、作業の手を自然と緩めていた。
就職活動では内定を貰えず、四月からの生活の当てはない。このまま、永遠に時間が止まっても構わなかった。
虚ろな目に、窓ガラス越しの空が映った。
「写真を撮ること……」
無意識のうちに浮かんだのは、この空を切り取りたいという思い。
——まだ、時間はある。少し、考えてみようか。
少し早めの昼食を作りながら、台所を眺めた。窓の外の景色が、嫌でも目に飛び込んでくる。やっぱり、今日の空はとても綺麗だ。
その景色を自分だけの物にしたくて、手を伸ばした。窓を開け、ポケットに入っていたカメラを取りだして写真を撮る。
しかしスパゲッティを茹でている最中である事を思い出し、慌てて棚の上に置いてあった砂時計をひっくり返した。
さらさらと流れ落ちる、白い砂をぼんやりと見つめ続ける。
「写真を撮ること……。砂時計はどうすれば撮れるんだろう」
たった数分の景色を切りとって、ビンに閉じ込めたようだ。なんてことを考える。ふと考えていると、奇妙なことに気がついた。
この家には、時計がないのだ。家に一つだけあった柱時計は壊れて動かなくなり、腕時計の針は落としたときに折れてしまった。
この景色を、永遠に自分の物にしたい。
火を止めてから、靴を履いて外へと出た。やっぱり、今日の空はとても良い。この瞬間の空を切り取りたくて、カメラのシャッターを押す。
なんども、なんども。
どのくらい時間が経ったのだろうか。長い時間が経ったように感じた。外にいると、分からなくなる。でも影の位置がさっきと全く変わっていないため、実は一時間も経っていないことに気づかされた。
絶え間なく吹き荒れる風で、空の景色は変わっていく。あの瞬間に美しいと思った空は、もう存在しない。
「写真を撮ることは、時間の流れを切り取って止める……。つまり、時間を止めることは、写真を撮ること……」
アルバムからは、幼い姿が微笑みかけている。容量がいっぱいになったカメラの中には、美しい空が輝いている。
切り取られた時間は、永遠に止まる。
どのくらい時が経ったのだろう。いつの間にか、顔を夕日が照らしていた。太陽にかざした砂時計が、きらきら光る。
——ホントウニジカンハトマッタノ?
砂時計の砂は、静かに零れ落ちる。
*
Image Collar:胡粉色
Special Thanks!:Mr.Taros@
お題:時間を止める3つの方法
- 【短編集】移ろう花は、徒然に。【Sand Grass 完結】 ( No.11 )
- 日時: 2016/08/19 09:59
- 名前: 黒雪 ◆SNOW.jyxyk (ID: jwhubU7D)
時の流れは、とどまることを知らぬ——。
【Sand Glass −Close−】
時間を止めるにはどうすればいいのか、と最近思う。指をパチンと鳴らすだけで、この世界の時間の流れを止めることができたら、どんなにいいだろうか。
遅刻しそうなときに、時間を止めることができれば遅刻をせずに済む。
私が見ているこの美しい景色を、時間から切りとって永遠に保つこともできる。
時が止まっていれば、罪を犯しても完璧なアリバイを手に入れることができる。
そう、ありとあらゆる可能性が手に入るのだ。
砂時計のように、限られた時間を過ごすのは些か勿体無いと思う。数分間の砂時計に私の人生が詰まっていると思うと、虚しくなる。砂時計を、地面と平行に倒せば砂の流れが止まるように、時間そのものの流れを止めることはできないものか。
私は長年の考察の結果、時間を止める方法を三つ考えつくことができた。
その三つとは、時計を壊すこと、写真を撮ること、——ことの三つである。
祖父のものだった本棚を整理していたら、奇妙な本がたくさん出てきた。真っ黒な表紙の本、見た目は美しいが、内容はとてもグロテスクな本、中には黒魔術やら何やらの本まである。
懐かしいアルバムもたくさん出てきた。家族みんなで写っているものや、祖父の若い頃を写したものがほとんどであるが、自分の小さい頃の写真まである。
一体どうしたら、こんなに本や写真が集まるのか不思議でならない。
しかし、その持ち主である祖父は先日亡くなった。
「答えは聞けずじまい……か」
軽くため息を吐いて、遺品の整理を続ける。遺品、と言っても膨大な数の本とアルバムだけなのだが。
その本とアルバムの中で、自分が欲しいもの、売りに出すもの、捨てるもの、親戚に渡すもの四つに山を分けていく。
しかし、圧倒的に捨てる本とアルバムの山が大きいのはどうしたものか。その多くは保存状態が悪く、内容や写真が見られないものばかり。
せめて、もう少し状態が良ければ売りに出すなり、親戚に渡すなりするのだが、祖父の書き込みに阻まれたりと難航している。祖父は本やアルバムに色々と書き込みをする癖があったようで、酷いと元の文や写真が見えなくなっているものもあった。
なんだかんだで一週間ほどかかった整理も、ようやく終わりに近づいた。目の前にある棚には、かなりの本とアルバムがあるようだが、これまでの棚に比べれば遥かに少ない。
「えっ? 一体どうなっているんだ」
なぜかこの棚にだけついていた硝子扉を開けると、中には一冊の本が入っていた。慌てて扉を閉じてみると、大量の本とアルバムが中にあるように見える。かといって、硝子の表面に本やアルバムの絵が描かれているわけでもない。
何度か開けたり閉じたりしてみたが、一向に仕組みは分かりそうにない。仕組みを解き明かすことは諦めて、中の本を取り出してみた。
『Sand Glass』と表紙に金文字で書かれた皮表紙の本。見た目は普通の本だが、想像していたよりもずっと重かった。
茶色の表紙はどこかで一度装丁をし直したらしく新しかったが、中の紙は黄ばんだり、汚れているところが多い。文字も所々消えていたり、読めないところもあった。
「Sand Glass……砂時計」
今まで整理してきたものとは、だいぶ違う雰囲気があった。この家には本とアルバムしか無いと聞いていたため、不思議に思いながらも本を開いた。そこには祖父の書き込みは一切なく、ただ内容が書かれているだけ。しかしその内容も、ほんの1ページ分だけなのだ。
時間を止めるにはどうすればいいのか、という文章から始まったその本は、作者の考察で締めくくられている。その考察は、一番下のものだけ読めないが。
時間を止める方法が気にならないといえば、嘘になる。本当に時間を止めるなんてことが可能なのだろうか。
時間に止まって欲しいと願ったことは、何度もある。今だって、そうだ。
この空間から外へと出れば、また忙しく煩い日々が繰り返す。落ち着いた静寂な日々がずっと続けば、と思う心が、作業の手を自然と緩めていた。
就職活動では内定を貰えず、四月からの生活の当てはない。このまま、永遠に時間が止まっても構わなかった。
虚ろな目に、窓ガラス越しの空と砂時計が映る。
「時計を壊し、写真を撮る……」
ふと、この家に来た時のことを思い出した。家に一つしかない時計は壊されており、柱時計の針が進むところは見たことがない。一時間おきに、とても美しい音が鳴ると聞いていたため、少しがっかりした気分になった。
アルバムの整理をしていた時もそうだった。
この家から撮ったらしい風景がたくさんあった。なんの変哲もない景色を、どうしてこんなに撮るのだろうかと、疑問に思った。
カーテンを閉め、砂時計を手に取ると、寝室のベッドに横たわった。
さらさらと動く、白い砂をぼんやりと見つめ続ける。
「時間を止める三つの方法。3つ目は何があるのだろうか……?」
時計を壊すことは、目で見える時間を止めること。
写真を撮ることは、時間の流れを切り取って止めること。
でも、時間の流れは止まっていない。
目に時間の表記が映らなくても、太陽や月、自然の動きで時間の流れはわかる。
一瞬の表情を切り取っても、絶え間なく自然は姿を変えて、時間の流れを感じさせる。
「ならば、何も見なければ良い。何も見なければ、そもそも時間、なんてものに支配されることはないのだから」
暗い寝室で一人、静かに目を閉じる。
どのくらい時が経ったのだろう。それを判断する術はない。手に握られた砂時計が、射し込んだ光できらきら光る。
——ホントウニジカンハトマッタノ?
横倒しにされた砂時計の砂は、流れ落ちない。
*
Image Collar:胡粉色
Special Thanks!:Mr.Taros@
お題:時間を止める3つの方法