複雑・ファジー小説

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「奇譚、やります。」 ——千刻堂百物語譚
日時: 2014/09/06 03:26
名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: ykAwvZHP)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode=view&no=8089

【目次】
語り部紹介 >>1

『前説』 >>2

『足音』            >>3-4
『とん、ぴとん』        >>5
『八十年蝉』          >>6
『小隊、此処に並び飛ぶ』    >>7-8
『渋滞の多い道』        >>9
『天使の音楽会』        >>10
『土蔵の猫』          >>14
『すずがらす』         >>15
『訳あり物件のエクソシスト?』 >>16
『静謐の犯人』         

——————————————————————————————————

そう、全ては「だて」なのであります。
そう、「すいきょう」なのであります。

一夜を明かしませう。
あおぐろい光の下で。

—————————————————————————————————

【前書き】
 何時だってどうも始めまして、駄文士のSHAKUSYAです。
 別の所であれこれ書いていますが、それとは全く関係のない、駄文士の息抜きホラー短編集です。
 良ければ流し読み程度に。

【注意】
・ この小説はジャンル「一応全年齢」「一人称」「和風ホラー」「オムニバス」「ごく軽微なグロ」「軽い死ネタ」を含みます。でも期待しすぎはNGです。
・ スレ主自体に霊感は全くありません。何も見えない人の創作だと思って、お気楽にお読み下さい。
・ 一般に言う『荒らし行為』に類するコメントの投稿はおやめ下さい。荒らしはスルー、これがこのスレ内の基本です。
・ 更新は不定期です。予めご了承下さい。
・ コメントは毎回しっかりと読み、噛み締めさせていただいておりますが、時に駄文士の返信能力が追いつかず、スルーさせていただく場合が御座います。予めご了承いただくか、あまり中身のないコメントの羅列はお控えいただくようお願い申し上げます。
・ この物語はフィクションです。

【お知らせ】
・ 根緒様の御題屋(URL参照)から、御題『天使の音楽会』を頂きました。根緒様、コメントもありがとうございました!


(平成二六年八月五日 改)

Re: 汝等、彼誰時に何を見るや。 ( No.3 )
日時: 2014/05/07 01:46
名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: c3/sZffZ)
参照: 壱(語り部:榎本 敬一)

   『足音』



 言いだしっぺの法則と言うから、まずは私から。
 何、最初も最初だからな。軽い話から行こうじゃないか。
 語り口は拙いが、聞いてほしい。

 ……此処が私の実家、ということは、もう皆知っているだろう。そう、今でこそあんな便利のいい所に住んでいるが、十年ほど前までは此処で父や母と一緒に暮らしていたんだ。今はほとんど廃屋だがね。
 今夜一発目の話は、この家で私が体験したことだ。

 もう二十年以上も前の話になるだろうか。当時、私は六歳だった。
 私の家は、とても両親が厳しくてね。門限に一分遅刻しただけでも説教、裏手の竹やぶに一歩片足を突っ込んだだけで説教、そこの畑に張られたシメ縄に手をちょっと掛けただけで説教、とにかく説教説教の説教漬けで幼い頃を過ごしたものだ。
 今でこそ意味があることと分かっちゃいるが、その時は眼を三角にして怒鳴る父や母が嫌で嫌で。しかも子供の頃だ、「やるな」と言われたらやりたくなるだろう?
 ……そうだ。当時、私の家では禁忌として言い渡されていたことがいくつかあってね。その一つがこれだった。

 「ヤブの中を枝でつつくな」

 と。何だかやっても害のなさそうなことだったんだが、父も母もこれにはひどく警戒していた。
 何せ、私や姉がシイの小枝に手を触れようとしただけで叩かれたくらいだ。シイの実を取るだけだって何度言っても拾うたびその有様だし、どうしてと聞いても「お前には関係ない」の一点張り。一言弁明があれば溜飲も少しは下げられたかもしれないのに、あの有様じゃ子供心にフラストレーションが溜まる一方で。

 そしてある日、私はついにやった。
 蝉の良く鳴く、夏の暑い昼下がりだった。ちょうど、今日の昼のような。
 嗚呼。姉と二人で結託して、野菜用に買いためてあった支柱を拝借してね。今まで半歩も入れなかった竹やぶにズカズカ踏み込んで、思いっきり竹やぶをつついて回った。
 鳥が鳴きながら逃げていくのを姉と二人でゲラゲラ笑いあったり、細い竹を揺すって枯葉が落ちてくるのを頭から浴びたり……つつく、というより、最早踏み荒らすといった方が適切かもしれない。
 そうして散々遊びまわった後、証拠を隠滅して家に戻ってきたら、電話が掛かってきた。もうバレたのかって、姉と一緒にがっかりしたものさ。そして、私が受話器を取った。姉は電話が嫌いだから。
 ——嗚呼、私や姉がやってはいけないことをすると、父は何処にいても私達に電話をかけてきて、電話口で説教するんだ。どうやら父は私達がイタズラをするとそれを感じ取れるようでね。いつものことだったから、不満でこそあれ、驚きはしなかった。父はあまり強く説教をするタイプじゃなかったから、怖くもなかった。
 だが、電話口で叫んだのは、いつもの穏やかな父ではなかった。

 「ヤブをつついたな!?」

 開口一番これだ。
 電話口から離れていた姉にすら聞こえるほどの大声で、父は私を怒鳴りつけた。
 私はと言えば、初めて聞いた父の怒声に腰を抜かし、おまけに受話器を取り落とす始末だ。驚いたのと怖いのとで声も出ない私の代わりに、姉が電話を代わった。その時姉が「敬一は使いものにならないから」って言ったのはよく覚えているよ。いやあ、おもらししなかったのは不幸中の幸いさ。
 嗚呼、姉はこういうことに慣れているらしかった。まあそうだろう、私より六歳も年上なんだからな。

 その姉は、受話器を両手で抱えて、何事か父と話をしていた。
 ——いつのまにか蝉の声は止んでいた。鳥の声や風も消えてしまって、うん、うん、と、相槌を打つ姉の声だけが、静かな家の中に響いていた。
 エアコンは切ってあって、じっとしていたら汗が止まらないほどの暑さだったのに、そのとき私は一筋の汗も流れてはいなかった。むしろ寒ささえ感じて、ガタガタガタガタ歯を鳴らしていたほどだ。
 父の怒鳴り声は、そのくらい怖かった。電話越しだったのに、頬を張られた後のような衝撃がいつまでも全身を駆け回っていて、私は床にへたり込んだまま動けなかった。

 それから——姉がどれくらい話をしていたか、それはよく覚えていない。
 受話器を乱暴に置く音がして、私は顔を上げる間もなく姉に引っ張り上げられた。
 何処行くんだと聞いても姉は何も言わない。ただ、私の腕を痛いくらいに掴み、十円ハゲにでもなるんじゃないかってくらいの強さで髪の毛を引っ張って、嫌がる私を無理矢理ある場所に連れて行った。
 ——そこは、何時も母が「閉じ込め部屋」と言っていた部屋。
 要は、この家の三階にある屋根裏部屋だ。元々からそういう用途の部屋らしくて、あるものと言えば臭い布団一式と何やら面妖な神棚だけ。それと、窓に札が張ってあったな。それも、べたべたと何十枚も。
 しかし……そこに姉が入れられているのはしょっちゅう目にしていたが、私自身が入るのは初めてでね。しかも、その部屋は扉の前に立つだけでもまがまがしい空気で、私はそんな場所に行きたくもなかった。
 だが、六歳と十二歳じゃあ、いくら私が男だからと言っても勝てやしない。ブチブチ何本も髪の毛を千切られながら、私は強引にその閉じ込め部屋に引っ張られ、中に放置された。対する姉は、敷きっ放しの布団に私が倒れたと見るや、すぐに扉を閉めて錠を下ろしてしまった。
 もう半狂乱だよ。とにかく泣き喚いた。それから拳が真っ赤になるまで扉を叩いたが、姉の足音は遠ざかる一方。その内、トントントン、と階段を降りていく音がして、私は無駄だと悟ってその場に座り込んだ。
 その時だ。

Re: 汝等、彼誰時に何を見るや。 ( No.4 )
日時: 2014/05/06 16:59
名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: c3/sZffZ)
参照: 壱(語り部:榎本 敬一)

 ……たたたっ、たたたたっ。

 そんな軽い音が——ネズミの走るような音が、床の方から聞こえた。
 それから、堰を切ったように、あちらこちらから足音が聞こえ始めた。

 ——或いは、ガサガサ、カサカサッ、と、ゴキブリが床を這うような。
 ——或いは、人がぎしり、ぎしりと忍び足で歩いているような。
 ——また或いは、熊のように重いものが、どしり、どしり、と通り過ぎていくような。

 最初はほんの軽いものが通る足音が一つだけだった。それが時間を経るたびにどんどん増え、重いものが歩くようなものも混じっていった。覚えている限り、熊のようなものの足音が一番重たい足音だったか。
 そして、それはどんなに耳を塞いでも指の間をすり抜け……いや、どちらかと言えば、頭の中に直接響いていたように思える。兎角、聞くまいと思えば思うほど、それは鮮明に聞こえた。

 ……そりゃ、怖いさ。
 頼りにするはずだった人に見捨てられて、入りたくもなかった部屋にたった一人だ。それで、聞こえるはずのない場所から、聞こえるはずのない無数の足音が聞こえるんだぞ。
 怖すぎて過呼吸寸前だった。息は上がりきって心臓はバクバク、酸欠で視界は段々狭くなってくる。それでも足音だけは妙にはっきり聞こえるんだ。蝉の声や鳥の鳴き声なんか聞こえない。私自身の吐息や、きっと発していただろう嗚咽も聞こえない。
 頭の中はひたすら、足音、足音、足音。
 ずっと、足音だけが、頭の中をぐるぐる回っていた。

 やはり、どれほど時間が経ったかは分からない。だが、窓に貼られた札の隙間から、夕日が差していたことは覚えている。
 泣き疲れ、疲れ果てて、耳を押さえたままうつらうつらとしていた私は、ようやく収まってきた足音の中で、錠前の外される音を聞いてはっとした。
 ……違う、と思ったんだ。
 錠前を開けに来たのは、姉でも父でも、ましてや母でもないと思った。
 でも、その時家を預かっていたのは私達だけだ。祖父は仕事で別の県に飛んでいたし、叔母や叔父が来るなんて話も聞いてない。その時の私は、錠前を開けに来たのが得体の知れない化物だと確信した。
 ——実際は父だったんだがな。もう何が何だか分からなかったんだ。だから、錠が開けられて扉が開いた瞬間、私は伸ばされた手を振り払って逃げた。その時、派手に階段を転げ落ちて手首をひどく捻ったが、その痛みも分からなかった。とにかく逃げよう、逃げなければ、それだけで頭が一杯だった。
 逃げた。
 とにかく逃げて逃げて、私は竹やぶに分け入った。あの場所だったらあの化物からも身を隠せると、そんな短絡的なことを思ってね。真竹の伸ばした枝の下を潜り抜けて、時々伸びかかったタケノコに足を取られて転んで足を挫いたり、熊笹の葉で頬を切ったりしながら、竹やシイの散らした葉の中を走った。
 そしてそこで、私は聞いたんだ。
 また、足音を。

 遠く近く。
 上から下から。
 右から左から。
 それは四方八方から、私に向かって走ってくる。

 無数の足音が混ざりすぎて、ほとんど地鳴りのようだった。重低音は、まるで汽車が動けない私をひき潰そうとしているようにすら聞こえた。本当の汽車の音なんて聞いたことはない。だが、大体分かるだろう? 電車が目の前を通り過ぎるあの音が、頭の中で響いていた。
 叫んだ。耳を押さえ、目を閉じ、喉が潰れるほどに叫んだ。

 「来るな、こっちに来るな!」

 とね。叫びすぎて後で喉が嗄れていた。
 だがそれは来た。一層強く眼を閉じ、私は立ってもいられなくなって、その場に座り込んで泣き喚いていた。

 ……そこから先は、よく覚えていない。
 気付けば、私は父に抱きすくめられていて、足音は消えていた。
 竹やぶの中は平和そのもの。頭上の竹の枝では、その辺りをねぐらにしていたカラス達が、ガァガァと間抜けに鳴いていた。
 そして、階段を転げたときに思いきり捻ってしまった手首と、転んだときに挫いた足と、竹やぶを逃げ惑う内に付いた傷が、いつまでもじくじくと痛かった。

 ——足音の正体?
 いいや、知らない。とうとう父も母も、私達には何も話してくれなかった。

Re: 汝等、彼誰時に何を見るや。 ( No.5 )
日時: 2014/05/07 01:46
名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: c3/sZffZ)
参照: 弐 (語り部:椎木 翔)

   『とん、ぴとん』



 あの、拝み屋さん。
 それ、『軽い』話なんスか? どう聞いても俺には後半に取っておく話だと思うんスけど。
 は、はぁ。そんなもんですか。——俺がおかしいのかなぁ。

 ……ま、まあいいや。
 時間ももったいないし、話しましょう。
 俺も拝み屋さんと同、じ……? まあ『音』に関連する話なんスけどね。ホントにくっだらないというか、起こったこと自体はあんまり大したことないし、俺もすぐ逃げちゃったから、ちょっと二番目を飾る話にしてはショボいかもしれないです。ドラマチックに話す才能もないし。
 でも、まあ、一応後から俺のとっておきは話す予定なので、今はカンベンしてください。

 舞台は俺が通ってた中学校。起きたのは高校受験シーズンの真っ只中。その日は雪が積もるくらいに寒くて、普段は図書館にこもってる俺も、その時ばっかりは家に帰ろうと思ってました。そーなんスよ、中学校には暖房らしいものなんてなんにもなくて。手もかじかんでヤバかったから、もう家に帰ろうと。
 でもまあ、毎日毎日通ってた俺がいきなり来なくなると、図書館の司書さんが不審がるだろうなぁと思って。顔は見せに行きました。で、そのついでに参考書なんか借りてったりして。
 図書館を出てみると、もう誰もいなかった。
 そう、そう。塾とかカテキョーとかで皆出払っちゃってました。そうなんスよ、塾とかカテキョーとか、そういうのには通ってませんでしたから。何か、そういうのイヤで。勉強くらい自分のペースでしたいし、とか、生意気なこと考えてます。——うへぇ、ごめんなさい。お世話になってます拝み屋さん。

 ええっと……
 そうそう。図書館で八時とかまで勉強してると、廊下に誰もいないなんてことは当たり前ッスからね。たいして気にすることもなかったし、ワーワー言ってる部活生の声なんか聞きながら、下駄箱に向かってました。
 冷え切った廊下を歩いて——そうッス、手洗い場のあるところに来たときに。

 とん、ぴとん、とん、ぴとん……

 水がシンクに当たる、あの音がしたんです。
 普段ならあんまり気にしないんスけどね。何だか妙に気になって、見てみました。そしたら、手洗い場の一つの蛇口が緩んでて、水が零れてた。それから、多分ソレ、ずーっとそうやって流れてたんだと思います。蛇口の下に水溜りが出来てて、水がハネ散らかってて。
 それで。そうやって水モレしてるのを見たら、まあほっとくわけにもいかないじゃないスか。蛇口を硬く閉めなおして、もう水が零れないのを確認してから、一旦その場は離れました。

 でも——
 ちょっと行ったところで、また聞こえたんです。

 とん、ぴとん、とん、ぴとん、とん、ぴとん……とん、ぴとん。

 俺の背後から、また水の零れる音が。
 あの手洗い場なことは明白でしょ。ちょっとゾッとしたけど、その時はあんまり深く考えずに、また戻って蛇口を閉めなおした。さっき閉めたときと同じくらい、蛇口は緩んでました。そうスよね、そこで疑えばよかったけど……随分ボロな校舎だったから、一人でに緩むこともあるだろうって考えてたんです。
 で、今度はもっときつく閉めました。両手でこう、蛇口引っ掴んで。校舎の蛇口は力いっぱい回さないと閉まらなかったんスよ。特に、手洗い場の隣にあった雑巾洗い用のシンクとかはホントに硬かった。

 で、それから、また離れたんスけど。
 そうなんです。また、聞こえるんです。さっきと同じくらい歩いたとこで、また。

 と、とん、と、と、と、とん……とん、とん、と、と……

 しかも、さっきより水の勢いが増してるらしかった。
 流石にゾーッとしましたね。何かおかしいって、やっとその時思えました。
 で、さっきまで何ともなかったのに、急に怖くなって振り向けなくなった。カバンのベルトをギュッと握りしめたまま動けなくて、冷え切った廊下の真ん中で立ちすくんでました。
 窓の外からは相変わらず、部活生の叫び声とか、雪混じりの北風の音とか、そんなのが聞こえてきてたけど……それ以上に、背後から聞こえる水の音は大きかった。ああいうのってマスキング効果なんスかね。一つのことに耳を澄ますと、他のものが聞こえなくなるって言うか。

 それから——振り向く勇気出すのに、ずいぶん掛かったと思います。
 恐る恐る、振り向くと、やっぱり蛇口から水が零れてた。水の勢いは、やっぱり増してました。
 もう息が止まるんじゃないかと。蛇口に飛びついて、おもっくそ硬く閉めました。人の力で開けられるもんなら開けてみろって言えるくらい強く。
 まあ……実際、人が閉めてるから人が開けられるのは当たり前かもしれないけど。でも、その時はもうそんなこと考える余裕もなかった。とにかく、もう出てくんなって、ムキになってました。爪が真っ白になるまで蛇口握りしめるなんて、後にも先にも多分あん時だけだろうなぁ。
 ——それで、走りました。
 歩いてたら絶対またなるだろうって思って。厄介なことに首を突っ込んじゃいけないって、拝み屋さんからも口すっぱく言われてたし。あんまり足は速くないけど、全速力で走って走って……

 聞こえたんです。
 何とか廊下渡りきって、階段を降りようって時に。また、背後から。

 た————————……

 今度は、もっと水勢が増してました。
 もうヤバい。頭、真っ白。
 で、恐ろしくなって、慌てて階段を走った。足元あんまり確認しないで走ったから、階段を何度も転げ落ちてあちこち捻ったりぶつけたりしたけど、まあさっきの拝み屋さんみたくそんなの気にならない。駐輪場から自転車引きずり出して、カギ開けるのもそこそこに、家まで逃げ帰りました。
 それからしばらく、ずっとあの水の流れる音が頭から抜けませんでした。夢にまで見そうになったけど、受験がカブってたから無理矢理そっちに頭向けて、何とか忘れたんスけど。

 ……いやあ、あれの正体、俺も分かりません。
 あれ以来、ちっとも見なくなったし。

Re: 汝等、彼誰時に何を見るや。 ( No.6 )
日時: 2014/06/01 05:57
名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: 7hsLkTT7)
参照: 参 (語り部:菊間 桔梗)

   『八十年蝉』



 まだ御話は一桁ですのに、面白い御話が続いておりますねぇ。御二方とも、やはり霊を視る目が備わっているからで御座いましょうか。……いいえ。残念ながら、わたくしにはそれほど視る目が御座いません。お二方のような、迫力のある御話と言う訳には参りませんよ。
 ですから、今から御話致します奇談は、後に続く怖ァい御話の、ほんの口直し程度にどうぞ。
 宜しければ、御静聴願います。

 時は三十年前。暑い暑い、夏の真昼で御座いました。
 わたくし共はその時、結婚式の予定を立てていたので御座いますが——その前々から、ずっと主人が体調を崩しておりましてねぇ。主人は無茶をする方でありますし、道に逃げ水が出来るほどの暑さで御座いましたから、わたくしは勝手に主人が霍乱を起こしていたものと思っておりました。
 ……霍乱と言うのは、暑気中り、夏ばてのことですわ。人間が古いものですから、ついつい言葉も古うなってしまいますね。気を付けましょう。

 そう。起きているのも辛そうな風情でしたから、わたくしは主人を床に就かせました。
 ですがその時、暑気に中ったと言うには不自然なほど、身体が冷えていることに気付きましてねぇ。質してみますれば、確かに酷く寒いと。それは冬の寒さと言うより、悪寒のようでありました。
 しかしながら、部屋の中は居ても立ってもいられぬほどの暑さだったのですよ。そして、主人が喫食した冷たいものと言えば、数杯の氷水のみ。暑がるのはともかく、身体が冷えると言うのはどうしたことかと、わたくしも初めて重く考えたのです。
 そのような訳で、お医者様を呼びましたが——
 手を尽くしても、主人の具合は悪くなる一方で御座いました。お医者様にも原因が分からなかったようで御座いまして、その内に主人は寒い寒いと言って聞かなくなってしまいますし、お医者様もわたくしも当惑するばかりで。結局、わたくしもお医者様にはお帰りいただくしかできなくなってしまいまして。
 えぇ……主人は病院が嫌いなので御座いますよ。救急車も、あのピーポーピーポーと言う音を聞いただけで顔がこう、しかめっ面になる程なのです。あの時のお医者様には悪いことをしてしまいました。

 さて。そうしてお医者様を見送り、主人の傍へ戻ってきた、その時で御座います。
 じゃあじゃあと鳴き騒ぐ蝉達の声中に、一際目立つ鳴き声が致しました。

 ぎぃぃ……ぎぃぃ……

 と、まるでこげらの鳴くような、寂しく木の軋るような音でしてねぇ。その上、他の蝉達と違い、蚊帳のすぐ外から聞こえてくるのです。わたくしもこの真昼にこげらが鳴くものかと思いまして、その方をふと見上げました。
 そして、蚊帳の外にぽつんと止まって翅を震わせていた、その蝉を見つけたので御座います。

 一言で言えば、それはみんみんぜみのような格好で御座いました。
 真っ黒な身体に薄緑の線が幾本も入っておりまして、翅は透明——向こうの空を何処までも碧く透かしておりました。しかし身体は熊蝉より一回りも大きく、そして殊更目に付きたるは、やはり力強い十本の足と閉じきれていない六枚の翅でありましょう。
 姿形と言いなんと言い、それは普通の蝉ではありませんでしたよ。
 ——えぇ。わたくしは三十分ほど粘って見ていたのですが、それは何時までも蚊帳に止まって鳴き続けておりました。そして、気付けば主人の寒がる声もぱたりと止んで。半日ほど経った時には、もう御布団の中で大いびきで御座いましたよ。
 うっふふふ……えぇ、ええ。
 今度はもうぐっすりと。体調を崩し始めてから二週間近く、ほとんど寝付かれなかったようですからねぇ。わたくしの前では平然としておりましたけど、わたくしの目にはちゃぁんと分かっていましたよ。
 えぇ、そうです。あんまりスヤスヤと御休みになるものですから、わたくしも起こせなくって。結局、三日も寝ていらしたんです。その間、結婚式の予定はわたくし一人が頑張ったんですよ、あなた。

 嗚呼、すみませんねぇ。その蝉のことでしょう?
 主人が床から起き上がれるようになった頃、お腹を見せて、御縁側に落ちていましたわ。
 わたくしが気付いて拾い上げたときには、もうすっかり硬くなっていまして。主人はそれを箱に入れていたのですけれど、三日も経つと砂のように崩れてしまいました。三十年も経った今では、もう跡形も残ってはおりませんよ。写真も撮りましたけれど、わたくしの目には何も見えませんでねぇ……
 はい? えぇ、持って来ておりますよ。
 蚊帳しか映っておりませんが、見える方には見えるでしょう。良ければ回してくださいな。

 蝉の正体、ですか? せっかちですねぇ、今から御話しようと思っていたところで御座いますよ。
 そう——主人の体調がようやく元に戻った後で、やっぱりわたくしも聞きましたよ。
 六枚翅の蝉が居た、あれは何だ。そう質しますと、主人は床の中からじぃっと蚊帳の方を見つめながら、「八十年蝉だ」と呟きましてねぇ。わたくしの方はちらともしないで、ぽつりぽつりと、あの蝉について話を始めたので御座います。
 ——八十年蝉は、八十年に一度見られるか否かと言う、とても珍しい虫の怪。決まって主人が悪しき気に倒れたる時に現れ、これを祓い、祓が終わるとすぐに死んでしまうものだ——
 と、主人はそう語りました。ですから、わたくしは勝手に「御祓い蝉」などと申しておりますよ。八十年蝉の八十年には「とても長い」と言う意味も込められているそうですが、長くない時も御座いますのでねぇ。

 ええ。八十年蝉と言っても、本当に八十年毎に現れるものではないようです。悪しき気が溜まることで生ずる怪でありますから、溜まり方が違えば現れる時もまちまちとなるのは道理でありましょう。
 実際、主人から聞いた話ですと、主人のお父様は十の時に一度、三十の時に一度、五十の時に一度と、実に三度もこの八十年蝉を見たと主人に話したことがあるそうです。御先祖様の中には、彼の者が存命中に蝉は十度も現れたと伝わる人もいらっしゃいます。

 ですがねぇ皆様。とても珍しい蝉の怪であることに、やはり変わりは御座いませんよ。
 何せわたくし共、あの時から三十年の時を経ておりますが、その蝉はまだ一度も見ておりません。
 八十年後にまた出ると言うなら、わたくし達は百歳も越えたおばあちゃんですよ。うふふふ……

 さあ、これにてこの話は御仕舞いです。
 御静聴、有難う御座いました。

Re: 奇譚、有ります。 ( No.7 )
日時: 2014/06/03 01:14
名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: 7hsLkTT7)
参照: 肆 (語り部:萩原 直人)

   『小隊、此処に並び飛ぶ』



 ……八十年蝉かぁ。僕の不運も祓ってくれないかな。
 この前も初心者マークつけたプリウスに轢かれかけて、そりゃーもう大変だったんだよ。僕はちゃんと青信号になって渡ったっつーのに、向こうは「向こうが見なかったのが悪い」なんて駄々こねるし、警察の人が注意したら開き直るし、しまいには僕に掴みかかって——
 っと、あーごめん皆。僕の愚痴大会になるトコだったね。シケたことしてたら幽霊が寄って来そうだ。
 大丈夫、今から僕のする話は、そんなシケたことじゃないから。怖い話じゃないけど、不思議な話で、しかも因縁譚だよ。聞いておくれな。

 確か、僕に空自を辞める前後くらいの話だから……そうだね、今から二年くらい前かな。
 所属していた基地は『そういうモノ』の道の傍にあってね。基地の連中はしょっちゅう心霊体験をしていた。
 僕も部屋でよく変なものを見たり聞いたりしたよ。もやっとした顔みたいな奴が天井をふわふわしてたり、何処とも知れないサイレン音が一晩中してたりとかね。時には基地全体がラップ音を立てたり、閉めても閉めてもドアが開いたりもしたもんさ。
 しかも場所や時間問わず。割と出しゃばりがいるんだよなぁ、あの基地。お陰で新規の人の離職率が高い高い。心霊スポット付近の部屋は、しょっちゅう人が入れ替わってたのを覚えてるよ。

 えーと、ゴメン。話がズレたね。
 そう——それは真昼間の演習場で起こったことだ。
 季節は真夏。すごい燦々晴れの日で、異様なくらい気温が高かった。で、あんまり暑いせいで、僕の同僚がぶっ倒れちゃってね。それでも我慢してたせいで、気付いたときにはひどい熱中症だった。
 ……そりゃあ訓練はするさ。だから普通ならあの装備で炎天下の場所にいても平気なんだけど、そいつ、どーも前の晩うなされてたらしい。そいつは僕ほど霊の声に慣れてないから、まあ仕方ないよ。班長もそう訳を話したら笑ってたよ、「俺も昔はそうだった」って言ってさ。
 そんでだ。そいつが滑走路の上で倒れたお陰で、飛行機が少しの間飛ばせなくなってね。僕はその時、滑走路の上でマーシャリング——嗚呼、戦闘機を飛ばすための誘導をしてた訳だけど、班長が一旦ヤメって叫ぶもんだから、少し手を止めてた。
 そんな時に、それは起きたんだ。


 ブゥゥゥ————ン……


 てな感じで。聞こえてきたのは、零戦一一型のプロペラ音だ。
 そして、それは何機もそこに集っていた。

 ……いや。本当は聞けるはずないんだ、零戦一一型は現存してないんだから。だから僕も一一型のプロペラ音なんて知るよしも無かった。でも、その時何故か、僕らにはそれがそうなんだとハッキリ分かった。——ホラ、よくあるだろ? 何て言ってるか分からないはずなのに、何となく意味が分かるってこと。アレだよ。
 その音は他の連中にも聞こえてたらしくてね。零戦がこんな所を飛ぶわけがないし、そもそも上空に飛行機が飛んでちゃー戦闘機は飛ばせないから、演習は本格的に一旦中止。班長も僕らも、揃って空を見上げたわけさ。

 それは、零戦六機の編隊だった。
 僕らの戦闘機が飛ぶよりずっと低い位置を、僕らが飛ぶよりずっと遅く飛ぶ、現存しないはずの一一型——でも、それは普通の幽霊みたく半透明だったり、違和感を感じるようなもんじゃない。確かに、真っ青な空の上を飛んでいた。その場の全員が、きっとそれを本物の零戦だと思っただろう。
 いや、そんなんじゃないんだ。ただ呆然として空を見上げることしか、僕にはできなかった。普段なら心霊現象なんて屁とも思わない班長ですら、その時ばかりは空を眺めて、口をぽかんと半開きにしていたよ。
 そうだね……一番正確に言葉を補うとするなら、見惚れていたんだろう。特段すごい編隊飛行をしていたわけじゃないけど、真っ青な空にモスグリーンの機体が良く映えていた。
 いやぁ、本当は見てもらいたかったよ。写真撮ったんだから。でも何故か写真に映らなくてね。何枚現像しても、何回霊感の特別強い同僚に見てもらっても、気配はするけど肝心の姿はどこにも映せなかったんだ。一応一枚持ってきたけど、榎本さんなら分かるかい?
 ……そうか、やっぱりダメか。まあ、気配は感じられるだろ?

 とりあえず、話を戻そうか。


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