複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- worldeternity—受継ぎし者達の物語—【更新再開】
- 日時: 2014/12/20 11:29
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: 6MRlB86t)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode=view&no=8187
前倒しして作りました。
書き始めますよ?うん
どうも、サニ。です。
この小説は、私が抱えている前の小説が終わってからにしようかな、と思っていたのですが、そろそろ終わりそうなので、よし書いちゃえと。
(建て直しましたウオオオ)つまりはソレです(どれだ
オリキャラ募集は終了いたしました。
現在教師キャラ募集。
それではあらすじをば
とある世界では、神話の神や英雄、歴史上の偉人や、童話や物語の人物たちが生まれ変わると、信じられている。
その生まれ変わりたちをいっぺんに集め、育成する機関があった。
その育成機関を人は———————
worldeternity(ワールトエタニティ)、と呼ぶ。
はいだいたいこんなんです。
まあジャンルでいいますと、
学園モノ、バトル、コメディチックetc
あたりになります。
とりあえず早く書きたいと手がうずうずしているので、早速チーム紹介にいきませう!
チーム紹介
チーム01【チルナノグ】>>1
チーム02【アルカディア】>>2
チーム03【エリュシオン】>>3
チーム04【フロンティア】>>4
ソロ【死神モト】>>5
バトルルール
>>6
教師紹介
>>7
神々の解説そのいち
>>19
偉人の解説そのいち
>>20
「———————学園とは即ち、『戦い』だ」
- Re: worldeternity【受継ぎし者達の物語】 ( No.16 )
- 日時: 2014/07/21 16:28
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: II6slNHe)
- 参照: http://planetmeteos.com/index.html
嘉那様
早速ありがとうございます!
特別学科生活がいよいよ始まらせることができて、わたし自身もホットしております。
この作品に寄せられたオリキャラ様は、みんな個性的でどれも素敵なので、上手く動かしたいと思っている所存です。
私のオリキャラでは正直あかずきんがインパクト強すぎて、他が薄まってるので何とかせねば…………
ありがとうございました!
- Re: worldeternity【受継ぎし者達の物語】 ( No.17 )
- 日時: 2014/07/26 20:23
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: wVVEXLrP)
- 参照: http://planetmeteos.com/index.html
歴史組枠ひとり足りない!!!
というわけで歴史組一人プリーズ!!!!!!
- Re: worldeternity【受継ぎし者達の物語】 ( No.18 )
- 日時: 2014/07/28 09:46
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: ktFX/uOB)
第四話—神話組—
「『ここがか?』」
「そう、といっても、ここは数あるクラスの中の、『神話組』ってクラスだけどね」
そう、包帯を巻いた少年は言う。
まるですべてが見えてるかのように、あたりを見回す。
「僕自身初めて入ったけど、へぇ、こんな造りになってるんだ」
初めて入った、ということから、彼はこのクラスではないのだろう。
私も正直このクラスでいいのか……いいのか。
そういえば私はオシリスだった、すっかり忘れていた。
となると、一体彼は何の生まれ変わりなのだろうか。
私は彼に聞いてみた。
「生まれ変わり……?ああ、『レジェンス』のことか」
『レジェンス』?
初耳の言葉だが。
「『レジェンス』ってのは、僕ら生まれ変わりのことを言うんだ。聞いたこともないのはそりゃそうか。レジェンスって呼び方はここだけだからなぁ」
そうだったのか、と納得する。
あのクソジジィ……事前に説明してくれればいいものを……
「あっと、そういえば僕の紹介だったよね。僕は偉大なる陰陽師『安倍晴明』。クラスは歴史組。君とおんなじで『覚醒済み』さ」
陰陽師・安倍晴明。
その昔陰陽道を開いたとされる、平安の陰陽師。
読みは『あべのせいめい』や『あべのはるあきら』など様々。
『せいめい』というのは有職読みであり、本来の下の名前の読みは不確定(陰陽師は名前を知られてはいけないらしい)。
鎌倉時代から明治時代初めまで陰陽寮を統括した安倍氏(土御門家)の祖。
晴明の系譜は明らかでないが、大膳大夫・安倍益材(あべのますき)あるいは淡路守・安倍春材の子とされる。
成程、錫杖を持っていたのはそのことからか。
だが、彼はまた不可解な言葉を発した。
『覚醒』とは?
それと、私と同じ?
一体なんであろうか。
「あれ、もしかして覚醒しらない?さてはあの爺さん何も説明しなかったのか?僕の時と同じように……」
ジジイまともに説明したことなかったのか。
どれだけ大ざっぱなんだ。
「まああのジジイのことだから、カエサル先生に頼んだろうけど、っと君の場合はミネルヴァ先生か。というよりシヴァ先生とかヤクシニ先生とかいたろうに……ってああゴメン、独り言。で、覚醒だったよね。『覚醒』ってのは、ある日を境に昔の記憶……つまり前世の記憶を思い出すこと。君の場合は、どうやら少し違う『覚醒』みたいだ。その話はおいといて。前世の記憶を思い出すことで、前世で持っていた力を取り戻したりするんだ。僕だったら、陰陽師としての力を取り戻したりとかね。これがもし死神だったりすると、魂を狩ったりする力が戻る。まあそんな感じ。で、その『覚醒』したレジェンス達を集めて、未来のために育成する機関がこの———『特別学科ワールドエタニティ』なんだ。ここまでオーケー?無理に全部とは言わないよ、大体七割がた理解できてればいいから」
「『長ったらしいな』」
「……ゴメン」
申し訳なさそうに彼——晴明は謝罪する。
「次、まだ説明あるんだけど……」
「『構わん、話せ』」
「ありがたきお言葉って言ったほうがいいの、かな?まあつづけるよ。そんなここで、数年に一度開催される祭り……って言ったほうが早いか。別の名で『闘劇』とか言ったりするけど。ってどこの世界格ゲー大会の祭典だよ。でその『闘劇』が、今年開催されるらしくて」
どうせ全員参加なのだろうな、と私は勝手に思ったりしていた。
「どうも今年から『希望・チーム制』に変わったらしくて。まあ全員強制参加&全員ソロなんてことだったし、けが人が大量にでりゃねぇ」
意外だった。
生まれ変わり——レジェンスはそんなにいないと思ったのに。
彼の口ぶりからすると、レジェンスはたくさんといるのだろう。
案外、世界も狭いものだな、と冥界の主が言ってみたりする。
「それでその『闘劇』。どうやら」
そういうと彼は口元をニヤリとさせた。
そして私の後ろのほうに指をさした。
私はその光景に驚くほかなかった。
「すでに、エントリー…いや、大会は始まってるみたいだよ、『新入り様』」
後ろでは壮絶な戦いを繰り広げていた、二つの組がいたのだ。
Next
- Re: worldeternity【受継ぎし者達の物語】 ( No.19 )
- 日時: 2014/07/28 10:04
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: ktFX/uOB)
神々とかの解説そのいち
オシリス
オシリス(Osiris)は、古代エジプト神話に登場する神の一柱。オシリスとはギリシャ語読みで、エジプト語ではAsar(アサル)、Aser(アセル)Ausar(アウサル)、Ausir(アウシル)、Wesir(ウェシル)、Usir(ウシル)、Usire、Ausareとも呼ぶ。イシス、ネフティス、セトの4兄弟の長兄とされる。王冠をかぶり、体をミイラとして包帯で巻かれて王座に座る男性の姿で描かれる。
同神話によれば生産の神として、また、エジプトの王として同国に君臨し、トトの手助けを受けながら民に小麦の栽培法やパン及びワインの作り方を教え、法律を作って広めることにより人々の絶大な支持を得たが、これを妬んだ弟のセトに謀殺された。尚、この際遺体はばらばらにされてナイル川に投げ込まれたが、妻であり妹でもあるイシスによって、男根を除く体の各部を拾い集められ、ミイラとして復活。以後は冥界アアルの王としてここに君臨し、死者を裁くこととなった。その一方で、自身の遺児・ホルスをイシスを通じて後見し、セトに奪われた王位を奪還。これをホルスに継承させることに成功。以降、現世はホルスが、冥界はオシリスがそれぞれ統治・君臨することとなった。
(神々の間では、妹や姉と結婚するのはフツーのことです。今の時代は近親相姦やらでアブナイですがそりゃそうか。源氏物語の光源氏は、娘やら姉やら妹やら孫やらお構いなしに手籠めにしていましたが)
セト
セト(Set)、Seth(セトゥ)、Setekh(セテカー)、Setesh、Seti(セティ)、Sutekh(ステカー)、Setech、Sutech、Tabeh、Typhon(タイフォン)とはエジプト神話に登場する神。オシリスの弟。エジプト九柱の神々の一柱。
砂漠と異邦の神であり、キャラバンの守り神である一方で、砂嵐を引き起こしているのも彼であるとされている。神話体系内でもっとも共通する添え名は『偉大なる強さ』。荒々しさ、敵対、悪、戦争、嵐、外国の土地などをも象徴している。ピラミッド文書の一つには、ファラオの強さはセトの強さであるとの記述がある。サハラの民に信仰された神アシュ(Ash)とも関連がある。
セトはジャッカルの頭をした神であると思われているが、壁画などで表現されている彼の頭は実はツチブタのものである。しかし全身が動物化して表現される時はさながらグレーハウンド犬のようである。一般的に四角い両耳、先の分かれた尾、そして曲がって大きく突き出した鼻を持ち、犬、ツチブタ、ジャッカルのほか、シマウマ、ロバ、ワニ、ブタ、そしてカバなどとも結びつけられている。このため、想像上の動物をわざわざ作ってセトに充てた、とする説も存在する(このように、様々な動物を合体させて想像上の動物を作り神に充てる例は多く、他に、トエリスが挙げられる)。
(こうみるとギリシアのゼウスとハデスそっくりですな)
バステト
バステトは猫の女神として知られる。猫は古代エジプト人が初めて家畜化した動物と言われており、エジプト先王朝時代の遺跡の墓より猫の骨が発見されていることから、紀元前4000年紀後半には家畜化されていたと考えられている。
バステトは当初、猫ではなく雌ライオンの頭部を持った姿で崇拝された。しかし、紀元前1000年頃には猫の姿、あるいは猫の頭部を持つ人間の姿とされるようになった。人間の姿の場合は、しばしば手にシストラム(英語版)という楽器、盾、籠を持っている。
バステト崇拝の中心地としては、ブバスティス(英語版)が挙げられる。もともと、バステトはブバスティスの地方神であったと考えられる。ブバスティスにおいて猫はバステトの聖なる獣とされ、ミイラ化した状態で多数の猫が地下墓地に埋葬されていた。他の崇拝地としては、メンフィス、ヘリオポリス、テーベ、レオントポリス、ヘラクレオポリスが知られている。
バステトは、ファラオの守護者、家の守護者といった役割を持ち、人間を病気や悪霊から守護する女神であるという。また、多産のシンボルとみなされ、豊穣や性愛を司り、音楽や踊りを好むともされる。
月読(ツクヨミ)
『記紀』においては、伊弉諾尊(伊邪那伎命・いざなぎ)によって生み出されたとされる。月を神格化した、夜を統べる神であると考えられているが、異説もある(後述)。天照大神(天照大御神・あまてらす)の弟神にあたり、素戔嗚尊(建速須佐之男命・たけはやすさのお)の兄神にあたる。
ツクヨミは、月の神とされている。しかし、その神格については、文献によって様々な相違がある。『古事記』ではイザナギが黄泉国から逃げ帰って禊ぎをした時に右目から生まれたとされ、もう片方の目から生まれた天照大御神、鼻から生まれた建速須佐之男命と共に重大な三神(三柱の貴子)を成す。一方、『日本書紀』では伊弉諾尊と伊弉冉尊の間に生まれたという話、『古事記』とは逆に左目から生まれたという話、右手に持った白銅鏡から成り出でたとする話もあり、支配領域も天や海など一定しない。
ツクヨミは太陽を象徴するアマテラスと対になって誕生するが、比較神話学の分野では、様々な神話に同様の発想があることが指摘されている。例えばギリシア神話においても太陽神アポローンと月の女神アルテミスが双子とされる。
中国の盤古伝説には、盤古が死してその左眼が太陽に、右目が月になったという起源譚があり、また、『旧約聖書』の創世記では、天地創造の四日目に、神が空の中に「二つの巨いなる光」、すなわち太陽と月を創り上げて、それぞれに昼と夜を司らせ、光と闇を分けたという日月の創造が語られている。
日本神話において、ツクヨミは『古事記』『日本書紀』の神話にはあまり登場せず、全般的に活躍に乏しい。わずかに『日本書紀』第五段第十一の一書で、穀物の起源が語られているぐらいである。これはアマテラスとスサノヲという対照的な性格を持った神の間に何もしない神を置くことでバランスをとっているとする説もある。
(このことから、生徒として採用しました。もしそうでなかったら、教師採用かモブか不採用でした)
- Re: worldeternity【受継ぎし者達の物語】 ( No.20 )
- 日時: 2014/07/28 10:28
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: ktFX/uOB)
偉人の解説そのいち
安倍晴明
安倍 晴明(あべ の せいめい/ はるあき/ はるあきら、延喜21年1月11日〈921年2月21日〉 - 寛弘2年9月26日〈1005年10月31日〉)は、平安時代の陰陽師。「晴明」を「せいめい」と読むのは有職読みであり、本来の読み方は確定していない。鎌倉時代から明治時代初めまで陰陽寮を統括した安倍氏(土御門家)の祖。官位は従四位下・播磨守。
晴明の系譜は明らかでないが、大膳大夫・安倍益材(あべのますき)あるいは淡路守・安倍春材の子とされる。
各種史書では『竹取物語』にもその名が登場する右大臣阿倍御主人の子孫とする。ほかに、阿倍仲麻呂の子孫とする説話、あるいは、一部の古文書では安倍朝臣晴明ではなく安倍宿禰晴明と記載されるものが散見されること、また当時は「朝臣」を「宿禰」の上位に厳格に位置づけており、朝臣姓の子孫が宿禰姓となることは考えにくいことから、阿倍御主人の子孫である安倍朝臣姓の家系ではなく、同じく阿倍氏の一族である難波氏(難波吉士、のち忌寸、宿禰)の末裔ではないかとする説もある。
陰陽師として名声を極めた晴明は、天文道で培った計算能力をかわれて主計寮に異動し主計権助を務めた。その後、左京権大夫、穀倉院別当、播磨守などの官職を歴任し、位階は従四位下に昇った。さらに晴明の2人の息子安倍吉昌と安倍吉平が天文博士や陰陽助に任ぜられるなど、安倍氏は晴明一代の間に師である忠行の賀茂氏と並ぶ陰陽道の家としての地位を確立した。
モーツァルト
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(ドイツ語: Wolfgang Amadeus Mozart、洗礼名:ヨハンネス・クリュソストムス・ウォルフガングス・テオフィルス・モザルト(Johannes Chrysostomus Wolfgangus Theophilus Mozart)、1756年1月27日 - 1791年12月5日)はオーストリアの作曲家、演奏家。古典派音楽の代表であり、ハイドン、ベートーヴェンと並んでウィーン古典派三大巨匠の一人である。称号は神聖ローマ帝国皇室宮廷作曲家、神聖ローマ帝国皇室クラヴィーア教師、ヴェローナのアカデミア・フィラルモニカ名誉楽長などを務めた。
1756年1月27日、ザルツブルクに生まれる。現在はオーストリアの都市であるが、当時は神聖ローマ帝国領(当時の正式名称は「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」に属する大司教領であり、オーストリアの前身国家である大公領には含まれていない。この点が現代にまで議論を招いている点は後述)であった。
父・レオポルト・モーツァルトは元々は哲学や歴史を修めるために大学に行ったが、途中から音楽家に転じたという経歴を持つ、ザルツブルクの宮廷作曲家・ヴァイオリニストであった。母はアンナ・マリーア・ペルトルで、七番目の末っ子としてヴォルフガングは生まれた。他の五人は幼児期に死亡し、唯一、五歳上の姉マリーア・アンナだけがいた。この幼児の低い生存率は当時では普通であった。なお、祖先の姓はモッツハルト(Motzhardt)。
玉藻の前
玉藻前(たまものまえ)とは、平安時代末期に鳥羽上皇に仕えた二尾あるいは九尾の狐が化けたという伝説上の絶世の美女。玉藻御前(たまもごぜん)ともいう。
玉藻前の伝説は、最も早いものでは史書の『神明鏡』鳥羽院の条に見られる。次いで能の『殺生石』、御伽草子の『玉藻の草子』がある。近世には浄瑠璃に仕組まれ、紀海音の『殺生石』、 近松梅枝軒・佐川藤太合作の『玉藻前曦袂』(たまものまえあさひのたもと)が知られる。 高井蘭山の『絵本三国妖婦伝』では、それまで簡略に片付けられていた唐土・天竺の条が増補された。これが好評を博したことで玉藻前の物語が流行し、玉藻前を題材とした浄瑠璃や歌舞伎、小説が盛んに作られた。その伝説の概要は、およそ以下のようなものである。ただし以下の内「九尾(江戸期以前は双尾七尋)」及び「妲己始め他国伝承との同一視」は明らかに江戸期以降「追加された」設定である。
最初は藻女(みずくめ)と呼ばれ、子に恵まれない夫婦の手で大切に育てられ、美しく成長した。18歳で宮中で仕え、のちに鳥羽上皇に仕える女官となって玉藻前(たまものまえ)と名乗る。その美貌と博識から次第に鳥羽上皇に寵愛され、契りを結ぶこととなった。
エウリュステネス
エウリュステネス(エウリュステネース、 ラテン文字転記:Eurysthenes, 在位:紀元前930年頃)は伝説的なスパルタ王で、アギス朝の始祖である。
エウリュステネスはヘラクレスの子孫で、アリストデモスの子であり、プロクレスとの双子の兄である。また、次代の王アギス1世の父でもある。したがってエウリュステネスは歴史というよりむしろ神話の人物である。ペロポネソス半島に侵入したドリス人と戦ったアリストデモスの戦死と共に共同で王位につき、成人に達するまでは母アルゲイアの兄弟のテラスの後見を受けた。
(これしか情報が載ってませんでした申し訳ないです)
諸葛孔明
諸葛 亮(しょかつ りょう)は、中国後漢末期から三国時代の蜀漢の政治家・軍人。字は孔明(こうめい)。
司隷校尉諸葛豊の子孫。泰山郡丞諸葛珪の子。諡は忠武侯(ちゅうぶこう)。蜀漢の建国者である劉備の創業を助け、その子の劉禅の丞相としてよく補佐した。伏龍、臥龍とも呼ばれる。今も成都や南陽には諸葛亮を祀る武侯祠があり、多くの観光客が訪れている。 妻は黄夫人。子は蜀漢に仕え綿竹(成都付近)で戦死した諸葛瞻。孫には同じく蜀漢に仕え父と共に綿竹で戦死した諸葛尚や、西晋の江州刺史になった諸葛京がいる。親族として従父(叔父)の豫章太守諸葛玄、兄で呉に仕えた諸葛瑾とその息子の諸葛恪、弟で同じく蜀漢に仕えた諸葛均などが知られる。一族には、魏に仕えた諸葛誕などがいる。
琅邪郡陽都(現在の山東省臨沂市沂南県)が本貫だが、出生地は不明。身長は8尺(後漢の頃の1尺は23cmで8尺は184cm、魏・西晋の頃の1尺は24.1cmで8尺は192.8cmになる)。その祖先は前漢元帝の時の司隷校尉の諸葛豊で、父は諸葛珪。泰山郡の丞(郡の副長官)を務めた人物であるが、諸葛亮が幼い時に死去している。生母の章氏も同様に幼い時に死去していたが、父は後に後妻の宋氏を娶っている。年の離れた兄には呉に仕えた諸葛瑾、弟には同じく蜀漢に仕えた諸葛均、他に妹がいる。
まだ幼い頃、徐州から弟の諸葛均と共に従父の諸葛玄に連れられ南方へ移住する。この時の行き先について『三国志』本伝では、従父・諸葛玄は袁術の命令を受けて豫章太守に任命されるが、後漢の朝廷からは朱皓(朱儁の子)が豫章太守として派遣され、その後劉表の元に身を寄せたとなっている。これに対して裴松之注に引く『献帝春秋』では、朝廷が任命した豫章太守の周術が病死したので劉表が代わりに諸葛玄を任命したが、朝廷からは朱皓が送り込まれ、朱皓は劉の力を借りて諸葛玄を追い出し、諸葛玄は逃れたが建安二年(197年)に民衆の反乱に遭って殺され、首を劉に送られたとなっている。
(あのマンガの『待て!これは孔明の罠だ!』で有名な方です)

