複雑・ファジー小説
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- 僕の名を誰が呼ぶ
- 日時: 2014/09/18 23:46
- 名前: ゆういち (ID: 9nquTbLL)
初めて投稿させていただきます、ゆういちと申します。
いろいろな人に小説、掲示板などについてアドバイスをいただければ幸いです。
もしジャンルを間違えていたら、ごめんなさい。
また、内容が矛盾することもあると思います。
- Re: 僕の名を誰が呼ぶ ( No.8 )
- 日時: 2014/09/19 20:55
- 名前: ゆういち (ID: 9nquTbLL)
聞いた通り、東へ行くと確かに不自然な場所だった。木が放射線状に倒れ、ところどころ焦げている。だが思っていたより広い範囲に被害が広がっている様子はない。
「・・・何も思い出せんか」
そういえば僕は、記憶以外に何かとても大切なものを置いてきたような・・・。
何よりも大切なものだったはずなのに。
あたりを探索しているうちに日が傾いていた。
今日はもう切り上げて小屋へ帰る。少女が照明をつけて夕ご飯を作っていた。
「ほら、何突っ立ってるの。手伝いなさい」
少女は手際が良かった。開口一番僕に命令するだけはある。
献立はジャガイモと豆のスープと野菜サラダ。そしてコーヒー。
「料理がうまい人がいることはいいことだ」
「褒められているのね。でもあなただと全然嬉しくない。むしろ虫唾が走る」
“死ね”。その日彼女が最後に発した言葉だった。
翌日、すっかりお馴染みになってしまった少女の罵声に叩き起こされ、木こりの手伝いをし。
記憶こそ失っているが、穏やかで充実した一日だった。
僕はこの二日で、すっかりこの日常になじんでしまっていた。
午後。昨日、少年と約束した時間だ。
日が昇ってゆくのをこまめに確認していたら少女に怒られた。
さて僕は今、少年の言った場所へ歩みを進めていた。
彼はどんな話を僕にしてくれるのだろう。友達とはどんなものなのだろうか。
水面が見えてきた。彼はまだ来ていなかった。早かったのだろうか。
待ってみることにした。
木にもたれ、エメラルドブルーに煌めく水面を見つめる。
まぶしくて目が痛くなったのでやめた。代わりに手近にある色とりどりの花や鳥たちに視線を移す。風にそよぎ、あるいは歌を歌うように。
やがてそれにも飽きてしまい、ただぼうっと物思いにふける。
僕にも友達と呼べる者はいたのだろうか。いったいどんな日々を送っていたのだろうか。
いろんな場面を妄想してみる。それはなんだか、他人の日常を思うような感覚だった。
読書にふけったり勉強にいそしんだり。家の戸につけてあるベルが鳴るのを心待ちにして、それが揺れて
「——ッ」
強烈な恨みの念に、めまいがした。同時に頭をかすめる程度の頭痛。それもすぐに引いていく。
また、僕の知らない場面が脳裏をよぎる。誰かの、透明な涙が僕の記憶を埋め尽くした。
気が付けば日が傾き、日没。ついに少年が姿を現すことはなかった。
僕は何か、彼の気に障ることでもしたのか。あるいは思い違いをしていたのだろうか。
そして、あの記憶はなんなのか。
来た道を引き返した。
- Re: 僕の名を誰が呼ぶ ( No.9 )
- 日時: 2014/09/21 11:29
- 名前: ゆういち (ID: 9nquTbLL)
小屋に明かりはなかった。寝るにはまだ早いはずだ。
戸を開け、声をかけてみる。僕の声が空虚に響く。無視されたということではないようだ。何故なら少女のあの悪意はおろか、人の気配すら感じられないからだ。
まだ帰ってきていない。夕食の支度をして待っていようとも考えたのだが、僕は料理なんてとんとできないことを思い出す。
やっぱり探そう。
ガラスの月明かりの道を、一歩ずつ歩いていく。時折大きな声を上げる。ここでまた一つ気づいたことがある。彼女の名前を知らない。
記憶喪失なのだから、きっと聞いても無駄だし、また罵倒されるだろう。
どこまで行ってしまったのか。
うつろな気持ちで見上げた先で、ふわり髪が踊った。
はたして、少女はそこにいた。
「君の作るキッシュが食べたい」
木の枝に腰掛ける彼女を見上げる。
「口説き文句だとしたら最低レベルね」
月が割れて光の粒に砕かれて、金糸を紡いで少女の輪郭をかたどっていく。そのくせ肩ごしに僕を見下ろす姿は翳っていて、表情が窺えない。心なしか僕をけなす言葉に覇気が感じられないようで。
「そのつもりはなかったのだが」
彼女の髪が殊更淡く、柔らかくきらめいた。
よく見ようと目を凝らしたが、顔をそらされてしまった。
僕と少女の間を冷たい夜風が切った。
「月を見ていたのよ」
「今宵は満月だ」
「だから」
少女の言葉は、しり切れたまま宙に消えてしまった。何を言いたいのか。ただ、その声色が、すべてを悟ったような諦観を思わせた。
僕は深いため息をついた。
それが耳に入ったのか、少女は渋々といった風に降りる素振りを見せた。
「わかったわ。キッシュは作れないけど」
その声に、いつもの刺々しさが加わる。
僕が何かを言おうとする直前、彼女が足を滑らせた。
瞬間、何もかもが止まった感覚を覚えた。
いや、動いていた。確実に、ゆっくりと。ふっとバランスを崩す少女。短い悲鳴。
結果から言うと、僕は少女の尻に敷かれていた。物理的な話だ。
考えるより先に行動していたのだ。胸が潰れて座布団になるほど痛くて苦しかったが、そんなことはおくびにも出さない。
「重い。早くどいてくれたまえ」
口に出してからしまった、と思った。私に命令するんじゃないわよ、などなど僕を叩いてくる気がしたからだ。
しかし、目をつむって身構えても、そんなことはなかった。
素直に軽くなった腰に違和感を覚えつつ起き上がる。
大丈夫か、と少女の肩を叩こうとした。そうして、はっとする。
- Re: 僕の名を誰が呼ぶ ( No.10 )
- 日時: 2014/09/19 21:13
- 名前: ゆういち (ID: 9nquTbLL)
その華奢な肩が、震えていた。薄紅の頬を、透明な涙が濡らした。
一段と明るい月夜が満ちる中、息をのむほどに美しく、哀しい姿だった。同時に、かける言葉を失った。
さっき脳裏をかすめた記憶と重ねていた。
悲痛で残酷で、綺麗な瞳。涙。言葉。
考えれば考えるほどに彼女と重なる。
一瞬の間に次々と現れては消える映像。一つ一つかみしめていると、少女が消え入りそうな声で語りだす。
「最初は幸せだったの。家族がいて、友達がいて、好きな人がいて」
触れれば壊れてしまいそうだ。普段の彼女からは想像もできないくらい弱い姿。
「魔法使い、か?」
「分からない。でも、私は、皆は・・・」
きっと悲しい記憶があったのだろう。僕はここにいない方がいい気がしたが、一人にしてはいけないとも思った。結局彼女と向かい合う形で腰を下ろす。
「一人で月を見るのは嫌」
「平気だよ。今、二人で見てるから。同じ月の下にいる限り、君は僕が守ろう」
僕は誰に言っているのだろう。そんなことすら、どうでもいいかもしれないな。
どれほどそうしていただろうか。いつしか少女は泣き止み、潤んだ瞳を細めた。
「ごはんが食べたいから私を捜したの。奇妙な話ね」
彼女が初めて、笑顔を見せた。どうやら元気になったようだ。僕も口角を上げてみる。
「何、その変な笑い方」
「君のまねをしているだけだよ」
喋るとちょっと、形が崩れるような。
「死ねばいいのにね」
それもちょっと、嬉しいような。
「君の百面相もおかしいが」
「殴るわよ」
相変わらず笑顔のまま、右手の拳を振り上げた。さすがに殴られたくないので、両手を上げて降参。
「冗談さ」
僕たちはそれ以上何も言わず小屋に戻り、パンと温かいミルクを用意した。
「僕は、君を知っている。きっと君も」
「うん。きっとあなたを知っている。忘れていたくても、体のどこかが憶えてる」
どんな関係だかは知らないけど、きっと今ほどいい仲ではなかったはずだ。それが悲しいとは思わない。
少女が微笑み、僕の心は穏やかに。ただ、今のこの距離感が好きなのだ。
もっとこの時間が続けばいいのに、と願うのはなぜか。記憶が戻らなければいいと思ってしまうのは。
- Re: 僕の名を誰が呼ぶ ( No.11 )
- 日時: 2014/09/19 21:20
- 名前: ゆういち (ID: 9nquTbLL)
あれから幾日か経ったころ。
午前は、すっかり習慣となってしまった木こりの仕事の手伝いをしていた。
「なんか二人、妙に仲良くなってねえか?」
木こりが手を止めて、僕と少女を見ていた。隣にいた少女が僕の足元に鉈を落とした。思わず足を引っ込める。
「そんなことはないわ。こんなできそこないのクズと仲良しごっこ、なんて無理ね」
「そうだろうか?僕は多少だが、君との距離が縮まったように」
「黙れ、死ね!」
「解せぬ」
「あーあ、すっかり変な空気になってやがる」
あの木こりがすねた。頬がむずがゆくなる。
「やっぱりあんたって変な笑い方するのね!」
「いや、そんなことは・・・」
「あーもう、やめだやめ!今日はもういい、帰れ!」
木こりの機嫌がすっかり悪くなったおかげで今日は早く終わった。
しかし特にやることもなく、午後は一人森の中を散歩していた。湿った風が、一仕事終えた体に心地よい。
ついでに明日まで機嫌を損ねてくれれば、ゆっくり休むことができるのだが。これからたまに彼をからかってやろうか。
それはそれとして今日をのんびり過ごすことに決め、昼寝ができそうな場所を探す。何故外なのかというと、小屋で寝ていると掃除の邪魔だと叩き出されたからだった。
探すといっても、僕の足は自然とあの場所へ向かっていた。
少年と会うはずだった湖。日がよく当たって暖かいのだ。
と、誰かの声が聞こえる。聞いたことのある声が、何者かを呼んでいた。そのほとりに、先客がいた。その背格好には見覚えがある。
案の定、あの少年だった。
何者かを探しているようだ。いや、待て。あの手に持っているのはなんだ?
- Re: 僕の名を誰が呼ぶ ( No.12 )
- 日時: 2014/09/19 21:47
- 名前: ゆういち (ID: 9nquTbLL)
僕が言葉を失い、その場に立ち尽くしていると、彼が気付いた。
「あ、兄ちゃん」
少年の顔が、ぱっと花が咲くようにほころんだ。
その間も、手に握られた青いものに目を奪われていた。あれは、サファイアのペンダントだろうか。
少年に駆け寄る。
「この間はごめん。怒った?」
「いや。怒ってない」
「あの後ね、これ見つけて持ち帰っちゃったんだ。そしたら森に行ったこと、ママにばれちゃった」
「どこに落ちていた?」
「ここより東に・・・ちょっと行ったところだよ」
東。まさかあの場所。
「魔法使いのものらしいから、友達と返しにきたの。それでその子とはぐれちゃって。剣を持ったやつなんだけど・・・って兄ちゃん、聞いてる?」
だとすると。
「それ」
「へっへー、綺麗でしょ。でもなんかピリピリする・・・」
「よく見せろ」
「え?」
言うが先か、小さな手からペンダントを奪い取ろうとした。が、できなかった。
暗転。