複雑・ファジー小説
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- 愛しき隣人、善き先達
- 日時: 2014/12/01 21:14
- 名前: 月森和葉 ◆Moon/Z905s (ID: RtQ9ht2V)
遠い遠い、どこかにある小さな国と大きな大陸。
そこに住まう人々は、電気を知らない。
ガスも無い、石油なんてものも知らない。
あるのは人力、水力、馬力だけ。
不便に見えるようでも、知らなければ不便に思うようなことなんて無い。
至って幸せに暮らしていた。
さて、このお話の主人公は、大きな国の王子様と、小さな国のお姫様の二人。
二人の恋の行方はどこへやら?
はじめましての方ははじめまして、お久しぶりの方はいつも有り難うございます。月森和葉(つきもりかずは)と申します。
いつもはシリアス・ダークに居たり雑談板に居たりリク依頼総合にてイラスト屋をやらせて頂いたりしています。
興味が沸きましたら、是非とも見てやって下さいませ。
※ここから注意です※
●月森のことが嫌いという方は、無理に見て頂かなくてもかまいません。
●荒らしはご遠慮下さい。
●コメントをする際は、ネチケットを守りましょう。
以上でございます。
皆様に楽しんでいただけますよう。
2014年12月1日
- Re: 愛しき隣人、善き先達 ( No.8 )
- 日時: 2015/04/11 08:50
- 名前: 月森和葉 ◆Moon/Z905s (ID: DvMOJ6NL)
彼らが寝入ったのは、少し深夜には早い時間だった。
暗闇と所在のない心もとなさは恐怖を呼ぶ。
しかし夜は、一度眼を瞑ってさえしまえばいつかは去っていくのだ。
夜の闇が恐ろしいのならば、一刻も早く眠ってしまえばいい。
火を焚いたままでは自分達は此処にいると主張することになってしまうが、幸いこの森には危険な動物は出ないということだったので、安心して火を消して外套にくるまった。
が、しかし、恐ろしい動物は出ないが、恐ろしいことを考える人間は出るのだ。
リンダは尋常ならざる人の騒ぎ声を聞いたような気がして飛び起きた。
見ると、アーネストは既に起き出して遠くを見据えている。馬達もなにやら落ち着かない様子で不安そうに辺りを見回している。
普段は美しい月明かりがより一層不気味に思えた。
思わず横に置いた剣を強く握った。
彼女はユスラグスタスでも一二を争う剣の名手である。冗談で騎士団に入ればいいのにと言われたことさえもある。
だが、それも王城内での危険ではあるが命は保障される舞台の上での話である。
実際に人を斬ったことなどあるわけがない。
緊張の一番の原因はそれだが、次に、この幼馴染に自分が人を斬るところを見られたくない。
彼は昔から勉強ばかりしていて、武術はからきしだ。
そんな男が目の前で人が斬られるのを見たらどう思うだろう。斬った方の人間を軽蔑するだろうか。
意を決して剣を抜く。
彼に軽蔑されるのは悲しいが、彼が死んでしまう方が悲しい。
逃げるという選択肢がないわけではない。
しかし、深い森の中では夜目は利かず、そんな中を足音を立てずに走り抜けるというのは現実的ではない。
かといって応戦するのも現実的ではないが、夜の森を当ても無く彷徨うよりはましかもしれない。
剣を握る手にじんわりと汗が滲む。
徐々に近付いてくる松明の明かりに、心臓が爆発しそうなほどに高鳴る。
柄をぎゅっと握りなおした。
ああ、どうか願わくは、無事に生き延びられるようにと祈りながら。
- Re: 愛しき隣人、善き先達 ( No.9 )
- 日時: 2015/05/11 20:34
- 名前: 月森和葉 ◆Moon/Z905s (ID: cahx6aOE)
やがて現れたのは、十数人の男達だった。
皆片手に剣やらなにやらの武器を持ち、数人が素早く二人の後ろに走る。
これで退路は完全に絶たれてしまった。
二人と盗賊が睨み合っていると、男達を掻き分けてまだ幼い顔を残す、少年とも言っていいくらいの青年が出てきた。
「お二人さん、もう分かってると思うが、死にたくなけりゃ金目のモン全部オレ達に差し出すんだな。さもなくば——」
右手に持っていたサーベルをまっすぐにこちらに向ける。
「あンたら、どうなるか分かんねェぜ?」
幸い、野盗たちは二人の顔は知らなかったらしい。
知っていたとしたら、王宮に莫大な身代金を要求する事だってできるし、王子だとか王女だとかの箔をつけて人買いに売る事だってできる。
アーネストはどうするか考えあぐねていた。
彼らが普通の神経を持ち合わせていれば、自分達は王族の人間だから、王城に連れて行けば金が貰えると言えばいい。
しかし、そこで彼らが二人を人質に取って、下手をすれば二人を殺してまで金を手に入れようとしないとも限らない。
持っている金を全て渡してもいいが、なぜこんな大金を持っているのかと問われたら王族の人間であることが知れてしまう。
盗賊たちを全員倒すというのも無くはないが、自分は剣は不得手だし、第一たった二人でこの人数を相手にするには無理がある。
リンダは剣の柄を握ったまま硬い表情だ。
アーネストとリンダはこの状況をどうするか考え込み、盗賊は獲物の出方を伺っている。
従って、どちらも動かなくなった。
そんな時、リンダが動いた。
盗賊たちの遥か後ろ、森の奥を見つめている。
眼を凝らして見ると微かに松明が揺れているようだ。
その光はだんだん近くなり、彼らが居る少し開けた場所へと現れた。
「おやおや……」
唐突に現れた男は、目元をじんわりと緩ませて微笑んだように見えた。
黒く長い蓬髪に、黄色い眼、顎にはまばらなひげを生やしている。
近くから来たのだろうか、ブラウスを着た腰に布を巻き付け、そこに剣を指しただけという軽装だ。
だが、その男を見た盗賊たちは明らかに困惑した顔になった。
この現場を見られてしまったから困っているのではないようだ。
では何故困惑しているのか?
「イヴァン、まだそんなことをしているのか?」
- Re: 愛しき隣人、善き先達 ( No.10 )
- 日時: 2015/06/17 22:24
- 名前: 月森和葉 ◆Moon/Z905s (ID: cahx6aOE)
「ニコロさん……」
イヴァンと呼ばれた青年は、唐突に現れた男に大層困っているようだ。
男は盗賊たちには一瞥をくれただけで、彼らが囲んでいる二人に眼をやった。
「君達、大丈夫かい?」
話しかけられたのに驚いたが、反射的に「はい」と言って剣を下げる。
よし、というように頷くと、青年に眼を当てて問うた。
「イヴァン、まだこんなことをしているのか? 警護の仕事はどうした」
青年は気まずそうに目を逸らす。
「だって、あいつらいちいちうるさいんだもんよ……」
言い訳がましくぼそぼそと喋る。実際に言い訳なのだろう。
男は深くため息を吐くと、盗賊たちにちゃんと仕事に行くように言ってあっさり返してしまった。
その様子を呆気に取られて見ていたリンダは、恐る恐る男に話しかけた。
「あの……、有り難うございました」
「ああ、いいのだよ。彼らの動向を見るのも私の仕事なんだが、眼が行き届いていなかったようでね。迷惑を掛けてしまってすまない」
男はニコロ・コルトゥと名乗った。
その上で今夜は自分の屋敷に泊まらないかと言ってきた。
「君達にどんな事情があるかは知らないが、自分の屋敷が近いのに少年少女を野宿させるわけにはいくまい」
そう言って断らせようとしない。
思わずアーネストの方を振り返ると、彼は難しい顔をして考え込んでいた。
だが警戒している様子もないので素直に泊めてもらうことにした。
- Re: 愛しき隣人、善き先達 ( No.11 )
- 日時: 2015/07/19 16:35
- 名前: 月森和葉 ◆Moon/Z905s (ID: cahx6aOE)
「付いてきたまえ。そう遠くはない」
リンダが素直に後に付こうとすると、アーネストがその肩を掴んでそっと耳打ちした。
「名前を聞かれても、本名は言わないで」
現在、自分達は逃亡の身である。
当然の配慮だと頷いた。
すぐさま移動しようと、自分達の馬を立たせ、手綱を持って並んで歩く。
そうして森を抜ける頃、静かに小雨が降り出した。
しかし、それはやがて地面を穿つ豪雨となって降り注いだのである。
ニコロに案内された屋敷に着くまでに雨は段々と強まり、三人とも屋根の下に入る頃には皆全身ずぶ濡れになっていた。
以外にも小ぶりの屋敷の扉の前では、決して少なくない人数の使用人たちが待ち構えていた。
大方強い雨が降ったから、外に出ていた主人を心配してのことだろう。
二匹の馬は馬屋番が連れて行き、二人は屋敷の中に案内された。
「お帰りなさいませ」
主人の帰りを知った使用人達がまたぞくぞくとやってきて乾いた拭き物を差し出す。
「いますぐ着替えをお持ちします」
「ああ、有り難う。ついでに彼らにも湯と着替えと、何か食べるものを用意してやってくれ」
忠実な使用人は二人が誰なのかも聞かず、ただかしこまりましたとだけ言って奥へと戻っていった。
拭き物がずっしりと水を吸うまで丹念に拭いたが、やはり着ている物が濡れているのは気分が悪い。
どうにか出来まいかと考えていると、女性の使用人がやってきて一礼した。
「主人よりお部屋に案内するよう申し付かりましたので、ご案内します」
濡れた拭き物を使用人が持つ籠に入れ、後へ付いてゆく。
二人が案内された部屋は、外の道に面していた。
壁にいくつも出窓があり、その窓一つ一つに天鵞絨のカーテンが掛けられている。
左手に三人が大の字になって寝てもまだ余裕がありそうなほど大きな寝台があり、しかもその寝台には天蓋もある。
右には脚の低い机とソファ、チェスト、文机などが置かれ、足元の絨毯もとても柔らかい。
その全てが濃紺で統一され、天鵞絨のカーテンの留め紐や淵を飾る房は金だ。
金の糸が天鵞絨のところどころに縫い付けられ、まるで夜の空に浮かぶ星のように見える。
この部屋まで二人を案内した女中に代わり、別の使用人がやって来て言った。
「湯浴みの用意が整いましてございます」
軽く頭を下げると、アーネストはリンダに言う。
「君が先に入るといい」
いつまでも濡れたままでいるのは良くない。
彼女が先に温まるよう促し、自分は新しく渡された拭き物を丁寧に畳んでソファに座った。
見れば見るほど見事な装飾である。
芸術品には明るいつもりだったが、知らない意匠ばかりで驚かされる。
窓の外では未だ激しい雨が打ち付けていた。
そうしてぼんやりと外を眺めている間にも次々と使用人たちがやってきて机の上に軽食を並べていく。
彼はそれに手をつけようとはしなかった。
腹は空いていなかったし、リンダが戻ってきたら彼女の話を聞きながらでもゆっくり食べればいいと思った。
- Re: 愛しき隣人、善き先達 ( No.12 )
- 日時: 2015/09/06 08:44
- 名前: 月森和葉 ◆Moon/Z905s (ID: tMBSASgt)
膝を抱えて座ったまま動かないでいると、開け放たれたままのドアがノックされた。
見ると、重い木製の扉に握った手の甲をつけた格好でニコロが立っている。
「やあ、少し、いいかな?」
小さく頷くとニコロは何か思うことがあるようで、意味ありげな表情で部屋の中に入ってきた。
「まだ君達の名前を聞いていないと思ってね」
そういえばまだ名乗っていなかった。
相手の訳知り顔な様子を見るに、自分たちのことを知っているのではないかと疑っていたが、どうやら違ったらしい。
「——俺はアーネスト、彼女はリンダです」
「ふうん?」
答えると、男は面白そうに顎鬚を擦った。
「——何か?」
訝しげな視線を当てる。
「いや、失礼。隣国の、式典の途中に城を抜け出したという殿下と姫君と、同じ名前だと思ってね」
内心、どきりとした。
それは間違いなく自分とリンダだ。
だが顔は平静を装い、それどころか煩わしげな表情まで作ってみせた。
「そんな名前の人など世界中どこにでも居ましょう。名が同じというだけでは疑う要因としては不十分だ」
予想に反し、ニコロは笑顔を作った。
「それはそうだろう。君には関係の無いことだ。——こちらへ来たまえ」
唐突に彼を部屋の外へ招く。
後に付いて歩くと、急に視界が開けた。
そこは街が一望できるテラスで、今は雨に遮られているが、晴れていればかなり遠くまで見渡せることだろう。
ニコロはガラス張りの扉を開けてテラスに出た。
庇が雨を遮ってはくれるが、足元はすぐに水浸しになり、何か話している声も何も聞こえない。
傍に寄ると、やっと声が聞き取れた。
「——すまないが、君達には明日、この屋敷を出て行ってもらわねばならない。急用が入ってしまってね」
突然に押し掛けてしまったのだから、相手に用事があってもなんら不思議は無い。
素直に頷くと、ニコロは雨で霞む街の一角を指差した。
庇の下に組まれた松明が勢い良く燃え上がり、周囲を照らしていることが辛うじて分かる。
「明日になったら、あそこへ向かってくれ。私の知人がいるんだ。信頼に足る奴だし、私からも話を通しておくから」
拭いたばかりの長髪がまた雨に塗れて、室内の光を映している。
「あ……」
アーネストが何か言おうと口を開いた丁度そのとき、女中が静かにやって来て頭を下げる。
「湯浴みのご用意が整いました」
「だそうだ。アーネスト君、行ってくるといい」
そう言われて断るわけにもいかず、身体も冷えていることだし、素直に女中の後についていった。
アーネストの背中を見送ると、そっと傍に控えていた従者に言った。
「リュウに連絡を。——それと、サディとアンディにも頼む」
老齢の執事は主人の言葉に静かに頭を下げた。