複雑・ファジー小説
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- 妖王の戴冠式【4/3更新】
- 日時: 2015/04/03 20:50
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: foJTwWOG)
あやかしの王様、子供をもうけた。
いっぱいいっぱい子供をもうけた。
たくさんのお妃様と百年の間ずっと。
王様ついに死期が来た、もうすぐ、もう一歩のところまで。
ヒタヒタと、芋虫が這うようにゆったりとだが着実に。
王様困って頭を抱えた。
後継者は、どうしたものだろうか、ってね。
あやかしっていうのはいつだって迷惑をかけてくるものなのさ。
人間にとってはね。
そしてわっちはただの情報屋さ。
誰が戴冠するのか、ただ楽しみに待っている。
ただわっちが期待しているのはこれから始まる戦の方さ。
いつの時代も血と汗の飛び交う祭りっていうのは需要があんのさ。
暇ならあんたも時々ここに話を聞きにきなよ。
心配すんな、代金はいらないし真面目な語り部になってやるからさ。
何も企んでなんかいないさ、わっちはただこの愉快な祭典をなるだけ多い人に広めたいだけだからね。
わっちがあやかし?
馬鹿なこと言いなさんな、わっちはただの情報屋。
人か物の怪かなんて些細な問題じゃないか。
まあ、まだ始まってもいない話なんだしまた来なよ。
できるだけ急いで情報集めてやるからさ。
ーーーーーー
はいはーい皆様初めまして、あるいは少数派の皆様お久しぶりです。
今回手を出すのは妖怪の類いのようですが、どういう方向に進んでいくんでしょうね。
本編は情報屋さんの口調の現れない堅苦しい三人称ですがよろしくお願いしますm(__)m
コメントやアドバイスなんかがあれば気軽に書き込んで下さると嬉しいです。作者でなく情報屋さんが気さくに答えてくれます←
御話
春先の吹雪
>>1 >>3 >>12 >>13 >>14 >>15 >>16 >>17
狐の嫁入り
>>2 >>18
実はしれっとキャラクター募集やってました(締め切りました)
>>4-11
- Re: 妖王の戴冠式【1/15更新】 ( No.14 )
- 日時: 2015/01/16 22:43
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: Ru7e1uoX)
「さてと……人もいないし丁度いいだろ?」
「ええ、あまり期待してなかったけど、ここなら充分話せそうね」
それなりの距離を歩かないといけないので、寺に着いた頃にはもう太陽は地平線の向こう側へと沈み始めていた。オレンジ色の夕焼けが、小さな雲の並ぶ空を染め上げている。
住職たちもこの時間帯には墓地の方にやってこない事は小さい頃から有名なので、邪魔をされる心配は無い。墓参りのシーズンでもないので来客もおらず、非常に閑散としている。
その昔聞いた、夜の闇の向こうから響き渡る低い唸り声を夜行は思い出す。しきりに「めい」とか「せい」とかを繰り返していたあの声。耳から入ってきただけで体中を拘束されるような感覚と、幼いながらも知った背筋に悪寒が走りぬける感覚。やはり、気持ちの良いものではない。
『明星』だろうか、『名声』だろうか、はたまたひっくり返して『生命』だったのだろうか。一つだけ確信を持って言えるのは、あれは意思を持った人間の声だったという事ぐらいだ。
「で、話って?」
「一つしかないでしょう。あなた、このままじゃ不味いわよ」
「えっと、勝手に契約されて破棄できないんだったっけ?」
その通りだと頷いた雪姫は爪を噛んで考え込む。不測の事態には不慣れなため、こういった場合にどうすればいいのか分からない。原因も解決策も何一つ分からなければ、解決などできるはずもない。
だが、解決はしなければならない。一つは自分が必ずこの先勝ち進んでいくため、もう一つは何も知らない普通の人間を巻き込むのが憚られるためだ。
「でもさ、王になるとか契約とか言われても今一ピンとこないんだ。もう少し噛み砕いて教えてくれ」
「ハア……仕方ないわ、話してあげる」
「何でそう高圧的なんだよ……」
夜行の愚痴には付き合わずに、彼が一体どのような事に巻き込まれているのかを雪女は喋りはじめる。さっきの電柱の凍結を自分でやってしまったため、もう目の前の出来事や雪姫から語られるおとぎ話のような内容も信じざるを得ない。そのため、夜行は一心に彼女の声に耳を傾ける。
「事の次第は百年前、今の妖怪の王様が決まった所から始まるわ。当時は皇族が次々と流行病で死んでしまって、王家が途絶える危機だったの」
「病気になるものなのか?」
「ええ、それこそ結核やインフルエンザとかね。といっても、人間のものとは違うわ。症状が同じだけで。黒死病、いわゆるペストで皇族が途絶えかけたの」
「中世ヨーロッパかよ」
最終的に、今の妖王一人しか皇族がいなかったため、彼が着任した。そもそも彼が次期の王として最優先候補だったために、王位を継ぐ事には問題が無かった。しかし、このままでは次世代の候補者が枯渇する。そのため、今の王、通称黄龍帝はあらゆる妖怪と共に子を成して、王族の血を継ぐ者を量産した。
「ただね、それが問題だったの。親が親である以上、その子どもたちも皆優秀な力を持っていた。それこそ、若き日の黄龍帝のように。それだけじゃない、その子どもたち全てが王の嫡男嫡子である以上、全てが候補者として同等の地位を持つ。そのため、誰を次の王にするかで戦争が始まったのが三日前」
「一気に時間が飛んだな」
妖怪は妖怪で棲む次元を人間と違えることでお互いに干渉しないようになっているが、何百人という皇太子、皇女が一斉に戦い始めたら自分たちの住む世界が壊れてしまう。
「という訳でさっきも言ったけど、契約者の人間に力を譲渡することになったの」
「なるほどな。でもさ、そう簡単に人間が手を貸してくれるのか?」
「場合によるわ。こういう特殊な能力を一時的に手に入れて優越感に浸ろうとする人もいれば、脅迫されて無理やりというケースもある。あるいは、勝ち上がった際に報酬を約束されていたりね」
「俺達みたいなケースは?」
ゆっくりと首を横に振り、彼女は項垂れる。自分も望んでこうなった訳ではないのだという落胆が夜行にも伝わるほどの落ち込みようである。
「この際率直に言うけど、現状一番不味いのはあなたの方よ。くさっても妖同士の戦いである以上。下手すれば怪我をして死ぬのはあなたよ」
「……薄々そんな気はしてた」
「一応、妖術に長けてるような候補者だと契約者が受けるダメージを自分が肩代わりしたりもできるんだけど、私は氷の扱いしかできないから厳しいし……」
その代わり、氷を使った応用技ならば多彩なことができるのだと慌てて彼女は付け加える。間違っても自分が不出来な皇女だっていう訳じゃないんだからと鼻息を荒くして目の前の少年を睨みつける。
「一応、自慢じゃないけど私個人の能力は他の連中と比べてもかなり高い方なのよ、これでも。だから優秀な霊媒師とかをパートナーにすればかなりいいとこいけると思ったんだけど……」
「こんなちんちくりんのガキんちょ、それも男ときたら……」
「頼れるものも頼れないわ」
「ちょっとは否定しろよ。何で俺が自虐しないといけないんだよ」
流れるように即答した彼女に対して夜行は眉をひそめた。さっきまでの意趣返しだと言わんばかりに雪姫は得意げな顔をしている。雪女の姫君だから雪姫、何とも安直な名前だなと、夜行は胸の内で呟いた。
「とりあえず、私にとってもあなたにとっても、早く契約破棄をしないと不味いわ。この状態で他の候補妖怪を倒してしまうと、もう完全に契約者として登録されてしまう」
そのため、しばらくはどうにかなりを潜めて他の連中にみつからないことが重要なのだと彼女は説く。消極的な態度は癪だが、そうでもしないと早々に敗退する可能性がある。何よりも、いくら気に食わない人間の男でも、無関係な自分に巻き込んで死の危険に晒す訳にはいかない。
だから契約破棄する手段を見つけるまでは決して力を使用したりして目立たず、他の候補者とは争わないようにしなければならない。それを彼女は説き、彼も理解しているのだが、どうにも夜行としては釈然としなかった。
「もし、逃げられない時にはどうするんだ?
「覚悟を決めるしかないわね。あなたが巻き込まれるか、私が王を諦めるか」
各後継者達の相棒探しが始まったのは二日前から。そのため、それほど早くに外敵とは接触しないだろうと彼女は判断する。よっぽど早くにパートナーを選べるような力を持ち、その相手と契約を即座に結べるような者などそうは居ない。
だから一先ずは大丈夫。そう、考えていたのは明らかな彼女の浅慮だった。
静まった墓地に足音が響いた。誰かがやってきた、それを咄嗟に悟った二人は会話を聞かれないように黙り込む。こんな時間にどうしてこんな場所に人が来たのか、焦りつつも振り返る。足音は一つであり、他に誰もいない静寂の中で、小さな足音がやけに五月蠅く聞こえた。
今一番恐れている自体が起こった。目で見る限りに明らかだった。二人の視界に最初に入ったのは近づいてきたはずの男ではなくその後ろ、宙に浮く毛むくじゃらの生物の方だ。
大きさは人間と同じぐらいで、人のような手足がある。それなのに全身が茶色い体毛でおおわれていて、口の代わりに大きなくちばし。胡坐をかいた状態で、悠然と宙に浮いている。
「今一番来て欲しくないのが来たわね……」
「うわ、こいつキモ! 逃げんぞ」
「無理よ、こいつサトリの息子だし。……逃げても逃げても隠れ場所とか丸分かりよ」
「マジかよ。覚悟決めるタイミング早すぎるだろ」
契約者であろう男の方を見ると、しきりに雪姫の表情を見ながら息を荒くしている。変態だと、正直に夜行が内心呆れたその瞬間、すぐさまその男の相貌が怒りで崩れた。
「誰が変態だ! 殺すぞクソガキ」
「人の心勝手に読まないでくださいよ。てかあんたストーカーじみた目してるね」
「あなた、誰かれ構わず煽りすぎじゃない……?」
こういうのは開き直りって言うんだと、夜行は宣言通りすっかり開き直る。さっきの話を聞く限り、相手を倒すと契約が完了するが、ちょっと闘ったぐらいじゃ問題ないだろうと高をくくっていた。
「手足凍らせて動けなくして警察に突き出そう。勝敗つかない程度にぶん殴ろう」
「それで本気で契約されても私に文句言わないでよね」
まずは逃げる。話はそれからだと、二人は急襲した敵へと向きなおる。気合は充分、次の瞬間に地面を蹴る。蹴った砂が舞い上がり、宙を舞う。
この瞬間から、戴冠式へと加速していく————。
ふぅ、いつもと違って前置きなしにしてみたよ。
急で悪いんだけどさ、今日はここまで。そろそろ店畳まないと不味いのさ。
前にも言ったけど、次の開店は月曜日だから、その時まで待っててくれると有難いねえ。
今日のところはここまでさ。またの来店を待ってるよ。
- Re: 妖王の戴冠式【1/16更新】 ( No.15 )
- 日時: 2015/01/19 23:07
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: Ru7e1uoX)
「男に用は無えんだよ」
歯をむき出しにした笑みを浮かべ、男は夜行に突進する。まだ距離はある、相手に詰められる前に手足を凍らせて動きを止めればいいだけだ。先ほど電柱に向けて放った時のように手のひらを男の方へと向ける。
力を爆発させて冷気を相手の足をめがけて飛ばす。しかし目の前の男はそこに攻撃が来る事を読んでいたかのように跳び上がった。夜行の力はただ地面を凍らせた程度で不発に終わる。
ならば追撃だと手のひらをもう一度男に向けるが、すぐさま射線を切るように墓石の影に隠れる。これでは当たらない、舌打ちを鳴らして夜行は足を動かす。こうなれば、避けられないほどに近づくしかない。
「無闇に近づかないで! 返り討ちにあうから!」
「いやいや、お前結構強いんだろ。余裕だって」
そういう問題ではない、そのように制止する雪姫の言葉に耳を傾けずに墓石に紛れながら移動し続ける男との距離を詰めていく。ゼロ距離で放てばまず回避はできない。どれほど反射神経が良かろうが、間に合わない距離ならば凍てつかせられる。
後お墓を一つ飛び越えた先にいる。そこまで追い詰めたのだと思い込んだ夜行は、自分も知らないうちに安堵と油断を漏らした。石の向こう側にいる男は、その油断を見逃さない。
男は不意に墓石の上に手を突き、地面を蹴って跳び上がる。勢いよく地面を蹴った彼の体は左手を支店にして石の上を跳び越えた。不意打ちに面食らった夜行は身を強張らせ、頭が真っ白になる。したり顔で嗤う男は、跳び越えた時の勢いでそのまま蹴りを繰り出す。
不意を突かれた衝撃で、まだ夜行の意識に体の自由が戻っていない。このままでは正面からもろに喰らってしまう。それなのに、立ち尽くしたまま足を動かす事が出来ない。
「“氷飛燕雀”! そう唱えなさい!」
「えっ、おう……“ひひえんじゃく”?」
見るに見かねた雪姫は夜行に自らの術を発動する呪文を教える。彼女の指示に従い、おそるおそる唱えた呪文だったが、辛うじてその術は発動した。急ごしらえの、あまりに弱々しいものだが氷の羽が背中に現れる。精一杯の力で空気に翼を叩きつける。まるで吹雪のような冷たい突風が巻き起こり、夜行の体を宙に浮かせる。
強風に押し戻された男の蹴りは勢いを失い、そのまま流れるように地面に着地する。夜行はというと、風圧で一旦相棒である雪女のすぐ近くまで退避した。
「何でこんな重たそうな羽で飛べるんだ……」
「ちょっと黙ってなさい、そういう術なの」
「それにしても……あいつ何なんだ。こっちの行動とか、油断とか全部見透かしたみたいだった」
だからさっきもそう言っただろうと雪姫は深い深いため息を吐き出した。相手はサトリと黄龍帝の息子とその契約者。その程度のことは朝飯前なのだと。
「サトリって何だよ!」
「人の心を読む、結構な上級妖怪。神通力も凄いはずなんだけど……使ってこないわね」
おそらくは、契約したばかりであまり力を使いこなせていないのだろう。しかし、読心術の方はほぼ完ぺきにマスターしているようだ。それだけでも驚異的だが、先ほどの動きからして体を動かすことには慣れているようでもある。
単調な攻めだと簡単につかまるうえに、策を練っても全て読まれる。厄介な能力だと雪姫は告げる。ここはできれば逃げたいところだが、それすらも許さない心を読む能力。防御さえ徹底すれば負けはしないが、勝てもしないし逃げられもしない。いたちごっこにしかならない現状に思わず二人は眉をひそめる。きっと自分たちが困り果てている様子を見て相手の男は逆に悦んでいる。それが夜行たちにとっては何よりも妬ましい。
「でも、考えが読まれるなら考えなしに反射だけで対応した方が早くないか?」
「あなたとあいつじゃあっちの方が一枚上手よ。さっきので身の程を知りなさい」
「だよなぁ……。待てよ、じゃあさっき何で避けられたんだ?」
ふとさっきの出来事が頭の中に引っ掛かる。こちらの心を読めると言うなら、どうして先ほど雪姫が呪文を教えることができたのだろうか。読めていたなら自分も叫ぶなりして聞きとりの妨害をしてやればよかったはずである。
そして、夜行が呪文を唱えてからようやく受身の準備をしたのも不自然ではある。何か術が唱えられると分かっていたら、もっと早くに体勢を立て直そうと考え直すものではないだろうか。
「こいつもしかして、一度に読めるのは一人だけなんじゃないか?」
答えが出るのはすぐだった。さっきはずっと夜行の心を見ていたため、雪姫の方には気を配っていなかった、否、気を配れなかった。つまり今のものを作戦にしたら勝機が見えるのではないだろうか。
「雪姫! とりあえず俺は適当に相手を追いかけるから、その時に応じた呪文を教えてくれ」
「それに何の意味が……ん? あ、なるほどね」
頷いて返事をした彼女の姿を確認し、夜行は飛び出す。今度は考えなしでもなく、油断するつもりもない。そして、相手への対応も完ぺきだ。
「このガキ意外と頭回るじゃねえか」
「そうじゃないと人は煽れねぇよ」
「俺が言うのも何だけどお前趣味悪いな! 気が合いそうだ」
「良い歳こいて若い女に舌なめずりしてる変態と一緒にしないでくれ」
「やっぱりてめえはぶっ殺す」
言葉こそ荒々しいが、男の楽しげな笑みはもう夜行を邪魔者として扱っていない。自分が遊ぶためのおもちゃの一つ、そう考えているかのような無邪気な目だ。雪姫と遊ぶ前菜の遊具、その程度に見ている。
回避に徹していた先ほどまでとは違い、今度は一直線に夜行の方へと向かう。今度は不意を突くのも無理だと判断しての行動なのだろう。それに合わせて、前もって夜行は相手に照準を定める。いつでも雪姫の指示に従えるよう、耳に全神経を注ぐ。
「唱えなさい! “白の天袈裟”!」
「“ましろのあまげさ”!」
呪文を唱える。しかし、何も起こらない。これには唱えた本人の夜行が驚いた。どうして何も発動しないのか。振り返って雪姫の方を見るがそちらは大して狼狽していない。これが正しい姿というのだろうか。本来のこの力の持ち主が彼女である以上、きっと正しいはず。不安混じりにも、夜行は相手の方を見据えた。
「何だ、不発か? なさけねえ」
慌てる夜行を鼻で笑いながら男は腕を振りかぶる。走る勢いも乗せて全力で夜行を殴りつける腹づもりのようである。本当に大丈夫なのだろうか。そう心配する夜行を尻目に、雪姫は内心で勝利を確信した。
白の天袈裟は防御の能力。体の表面上に冷気を走らせ、相手の攻撃を瞬時に凍らせる防御の衣。衣といっても形の無い冷気によるカーテンである以上、視認も不可。これは決まった、確かに彼女はそう思った。
次の瞬間、男は袖に潜ませていたナイフを、自らの拳の代わりに突きだした。さっきまでどこに隠し持っていたのかと驚くほど自然に長袖から刃物を夜行に突きつける。白の天袈裟は発動し、ナイフを氷漬けにして使い物にならなくさせた。が、男はまだ行動可能である。
今の防御で袈裟の効力は使ってしまったため、今の夜行は生身。不味いと思った彼女は即座に次の呪文を伝えようとする。
「次! “氷願華(ひがんばな)”!」
「遅いぞ」
大きな手で彼は夜行の顔を鷲掴みにした。そのまま、近場の墓石へと夜行を叩きつける。背中を思い切り石にぶつけられて、夜行は咳きを吐き出した。鈍い衝撃が体中を走り抜け、呼吸ができない。一拍遅れてようやく痛みが全身に伝わった。
「どうして……」
「知りたいか嬢ちゃん? 簡単さ。このガキの動きは大して驚異的じゃないから、心を読むまでもない。何の術が飛んでくるか分かってたら対処できるんだ。お前の心を読むに決まってるだろ?」
「あっ……」
失念していた事実に気づいた彼女は眼を瞠った。言われてみればその通りだ、戦っているのが人間二人なのだが、情報を持っているという意味では契約した妖の心を読むのも充分有効的。むしろ、この場合においては攻撃は雪女からのアドバイスに従うと確定していたためにそちらの方が有効である。
「さて……今からがお楽しみだ」
歪んだ笑みと共に細められた彼の目から、狂気と愉悦が浮かぶ。これからどうすれば相手を思う存分痛めつけられるか、それしか考えていない。
「ゆっくり、おじさんと『仲良く』話し合おうじゃないか」
サトリの力とこの男。二人がどうして組んだのか。それはこの、残忍な噛み合わせの良さによるものだと、これから雪女は身を持って体感する。
ああ、やっぱり不甲斐ないねぇ。共通の敵が現れて、ちょっとは良い雰囲気になったかと思えば惨敗じゃないか。
それにこんな男にパートナーを殴らせる雪姫もだけど、それを投げ出して座りこんでる夜行も情けないったらありゃしないよ。
わっちだったらもっとガツンとやっちまうところなんだけど……っていうのは控えておくか。まだまだあいつらお子ちゃまだしね。大人の説教って言うのは耳が痛いだけのもんだろうしさ。
でも、この話も大詰めになってきてるんだよね。今度の休憩が終わったら、不甲斐ない夜行くんもちょっとはマシに見えてくるよ。
それじゃ、また来てね。待ってるよ。
- Re: 妖王の戴冠式【1/19更新】 ( No.16 )
- 日時: 2015/01/25 20:06
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: Ru7e1uoX)
「サトリさん、何をしたら相手の負けになるんだっけ?」
「対戦相手の契約者の人間が意識を失うことさ。まだそこの少年は起きてるよ」
とはいっても、墓石に叩きつけられた衝撃でまだ起き上がることはできない。痛みに苦悶の表情を浮かべて、空気を求めて必死に喘いでいる。このまま夜行を気絶させて勝つのは容易いが、それでは自分が楽しめない。負けた妖はすぐさまあちらの世界に強制送還されるため、男の目的は達成されない。
「いやはや、とんだ外れくじを引いたんだね雪女」
「サトリ……」
サトリの嘲笑、それが雪姫の神経を逆撫でる。あちらの世界にいた頃から、ずっと反りのあわない妖怪。それも屈指の下衆に下に見られているのだから。昔からそうだ、この異形の者は自分の思い通りに事が進むとくちばしの隙間から紫の舌を覗かせる。汚ならしく、不快感を覚えてきた回数は数えきれない。
ただ、それと同じ顔を奴の契約者である男もしていた。人の悪い、自分の悦楽をただただ貪ろうとする醜悪な目付き。そうだ、この目が気にくわない。この目が、母を殺した。この目が、彼女を一人にした。
そして何よりも堪えたのは、母を殺し自分を孤立させた自分を眺める他の奴らの目と同じ事だ。雪女は、あの頃を思い返す。誰にも頼れない、助けてくれない。数少ない友達とも縁を切らされる地獄の日々。誰も声をかけてくれない、助けてくれない。
ふと、母が散りゆく姿を思い出した。自分をかばって、陰陽師に殺された母。その原因を作ったのは彼女を阻害していた他の連中だったのか、自分なのか、今でも彼女は分からない。
「見えているぞ、お前の頭の中が」
条件反射とは言え、自分の弱味を脳裏で描いたのは失策だったと彼女は顔をしかめた。今相対している二人の能力は、人の考えを読む能力。こんなもの見せてしまえば利用されるに決まっている。
「サトリさんが気にくわないってこういう事か。そりゃあ、こんなおままごとみたいな話には付き合っていられないな」
雪姫は、勝手に自分の過去を覗かれた事に顔を赤くする。怒りのためだろうか、はたまた羞恥のためであろうか、それは本人にも分からない。ただ、自分の理想をおままごとと吐き捨てられた、それだけは分かる。
芋づる式に彼女は自分のこれまでの記憶を思い出してしまう。考えたくない、そう思えば思うほど、それは皮肉にも意識を向けてしまっている事になる。自発的な記憶の再生は止まらず、見られたくない思い出が次から次へと湧き出てくる。止まってほしいと願ってもこの濁流はとどまる所を知らない。
「弱いものいじめを止めようとしたら自分が苛められた、か。正義感があると言えばいいのか? 違うね、人の楽しみを邪魔してるんだ」
「ふざけないで、被害者は楽しくも何ともない」
「本人が弱いから悪いんだろう? 事実当時のお前は、弱いくせに歯向かったからサトリさん含む多くの妖から制裁を受けた」
まだろくに雪女としての能力が発言していない頃、彼女は苛められていた妖狐を庇い、苛めていた連中に啖呵を切った。こんな事をして恥ずかしくないのか、と。ただし彼らは当然のごとく恥ずかしいだなんて感じていない。むしろ彼女を嘲け笑い、標的を雪姫へと切り替えた。
その日から、彼女の体には生傷が絶えなかった。雪女の体が悪い方に働き、火車から手ひどい火傷を負わせられた。サトリのせいで自分が最も嫌がるような所業を端的に行われた。母の雪女も、そんな雪姫のせいで彼らの親妖怪から邪険に扱われていた。
弱肉強食、それがあの世界での自然だった。それなのに、彼女はその邪魔をした。間違っていると唱えた。まるでその姿は人間のようで、それが彼らの苛立ちを刺激した。
彼女の目の前で他の誰かが傷つけられた。それが、彼女の心に一番堪えた。だから彼女は天涯孤独になった。母ともいつしか疎遠になるほどに。
「そんなある日、雪山に陰陽師がやってきた。お前を苛めていた連中が、陰陽師のネットワークにお前の母の情報を流した」
今でも細々と陰陽師ネットワークは全国に広がっている。あらゆる妖は全て駆逐する。そういう集団だ。気付いた時にはもうほとんど手遅れだった。陰陽師の棟梁が行方を眩ましているとかで、代わりに大勢の陰陽師が現れたからだ。
間に合わない、そう分かっていても彼女は走った。母を助けてくれと、大嫌いなサトリやその仲間にも土下座した。けれども、返ってくるのは砂埃と罵声、笑い声だけ。怒る気力も何もなく、誰も信じられないと言わんばかりに母のもとへ向かった。
既に勝敗は決してしまっていた。今でも、あの姿は忘れられない。真っ白な体が、着物が血にまみれて黒ずんでいた。嘘だ、叫んでも叫んでも、泣いても喚いてもそれは変わらない。頬をつねっても目が覚めない。
最期の力を振り絞って、母は彼女の頭を撫でた。冷たいはずの掌が、驚くほど暖かかった。今にも死にそうなのに、夢のように柔らかかった。母は雪姫の頬にそっと口づける。最期のプレゼントだと、自分の身に残る力を余すことなく全て譲渡した。その瞬間、その体は雪となって崩れ落ち、代わりに彼女が雪女として完全に覚醒した。
彼女が制裁に走ったのはそれからだ。サトリを含む全ての下衆達に自分と同じ思いを味わわせる。目の前で、自分の力を持ってして彼らの母を殺した。母の力を受け継ぎ、自分の力も目覚めた彼女に、敵はほとんどいないと言って良い。
復讐は完了した。けれども、全く心は満たされない。むしろ哀しみは募る一方だ。仕返しをしたはずが、むしろ彼らは喜んでいたのも原因の一つだ。彼らは、親を親とも思っていなかったのだから。
本当に独りぼっち、寒さに強い雪女の心は、それで完全に凍てついてしまった。
「平和な世界を作る? 無理に決まってるだろ。お前だって同じだ殴られたら殴り返す、それしか方法を知らないんだから。取り繕っても無駄だ。お前は自分が大嫌いな奴等と何一つ変わらない屑なんだよ」
「うるさい……うるさい! 黙りなさい!」
目の焦点が合わない。もう既に、心が死にかけていた。この瞬間が本当に楽しいのだと、男は相好を崩した。人の痛みを見抜くサトリの力とそれを効果的に抉る男の舌。それこそが、彼らの一番の強みだ。そして最後に、彼女の心を両断する。
「結局、お前が母親を殺したんだよ。お母さんも言ってるぞ、あんたのせいだ、許さない、てめぇもとっとと死ねってな」
「嘘よ……母は……母さんはそんなこと言わない」
「お前が言わせてんだよ馬ぁ鹿」
あり得ない、あり得ない、あり得ない。何度も何度も繰り返す。男の声はもうほとんど聞こえていない。聞こえているのは、母のものと思われる幻聴。サトリの心を読む能力は、心を読む程度には留まらない。仮にも黄龍帝の血も引いているため、母のサトリの能力がさらに強化されている。
心を読むだけではなく、心に書き込む能力。イメージを相手の頭に刷り込ませ、使いようによっては苦痛を与える。今は彼女の脳にアクセスして、血まみれの母親が穴の空いた目でお前のせいだと唸っている悪夢を見せている。
頭を抱える、大粒の涙がこぼれでる。膝を折り、強気なその心が、体が地面に崩れ落ちる。耳を塞いでも、目をつぶっても幻覚は消えず自分に訴えかけてくる。網膜にこびりつき、鼓膜よりもさらに奥まで潜り込む。頭の中まで全てが自己嫌悪に染められる。
これだから、心を殺すのは止められない。男は腹を抱えて、今にも笑い出しそうなのを必死にこらえる。笑ってしまっては現実に戻る可能性があるため、静寂を心がける。救いの声も無く、怒りに沸き立つこともできず、ただ咽び泣くことしかできない無様な姿。
この男の拷問は痛みを与えない。言葉で、法で、世間の目で、噂話でその者の精神を壊す。
目的は達成した。愉快な思い出を刻み込んだ彼は、勝負をつけるために振り返る。夜行を倒し、次の標的へと向かう。次のおもちゃはどんなものだろうか。思いを馳せるも、そのための障害が立ち上がっているのを目にした。
「いまの話、本当なのか?」
痛む体の節々を押さえて、苦痛に悶えながら夜行は立ち上がっていた。その顔には言い様のない怒りが浮かんでいる。よろよろと腕をあげて男に狙いを定めるが、簡単に跳び退かれる。だが、それならばと夜行は雪姫に歩み寄った。
「そりゃ、そんだけ高慢で、偏屈な性格になるのも仕方ねぇか。親がいないって、苛められるのって……どうしようもなく悔しいもんな」
それは俺もよく知ってる。傷など気にせず、夜行は微笑んだ。ただしそれは一瞬だけ、すぐに険しい表情に変わった。瞬間、彼女の頬に彼の平手が飛んだ。大きな音を立てて、雪姫ははたかれる。その拍子に彼女は幻覚から解放されて、夜行へと意識を向けた。
「だったら何で同じ事をした! やられたらやり返す? てめぇ馬鹿だろ! やったらやり返されんだよ。そんな事したくせに平和だなんてよく口にできたな。あれか、お前の思う平和っていうのは、邪魔な奴ぶっ殺したら簡単に出来上がるのかよ」
ふざけるな。夜行は唾と共に、彼女への怒りを吐き捨てる。血の混じった唾液が石畳に打ち付けられた。
覚悟は決まった。夜行は雪姫の襟首を掴んで無理矢理立たせる。目を見据えて、はっきりと想いを言葉にする。その言葉に嘘も裏表も何もないと、雪姫は朧気ながら感じ取った。
「俺がお前を王にする。名前だけじゃない、中身だってどこに出しても恥ずかしくない立派な王にする。俺がお前を教育してやる」
だからもううじうじ泣くな。
ぶっきらぼうに彼はそのまま雪姫を突き放した。愛想のないような仕草なのに、どこか親しみの感じられる、そんな仕草だ。
「こいつらが手始めだ。見せてやろうじゃんか、俺らの力」
- Re: 妖王の戴冠式【1/25更新】 ( No.17 )
- 日時: 2015/01/26 19:24
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: Ru7e1uoX)
胸の奥から、熱い何かが沸き上がってくるのを雪姫は感じた。今までに感じた事のない力が、体の芯から立ち上る。火口から溶岩が流れるような、前兆のまるでない妖気の胎動。これはまるで、一体何だと言うのだろうか。
そしてその初めて感じる力は、夜行の憤りと同時に沸き立っていた。彼が雪姫の頬を叩いて正気に戻ったその瞬間、自分の中の殻が向けて、剥き出しの自分がさらけ出された。体が軽く、心地よい拍動が全身を震わせる。
この力は一体、何だと言うのだろうか。
「さっきまで這いつくばってたのに、大きく出たなぁ」
「ははっ、内心焦りまくりのくせに余裕こくなよ変態サディスト」
男のこめかみがピクリと反応する。今の夜行の言葉は、明らかな挑発。それなのに変だと彼女は感じた。戦闘前のやり取りから分かる通り、礼節も落ち着きもない短気なあの人間は、今に至っては怒りではなく動揺を見せた。
もしや、彼は今本当に焦っているのだろうか。
ただし夜行は慌てない。その反応は折り込み済みだと言わんばかりに口角を上げて頷く。墓石に叩きつけられた瞬間から僅かに彼が感じていた違和感。虚飾に紛れた、彼らの弱点。ただしその弱点を虚飾で隠していたのは本人ではなく雪姫の方だった。
「つまり、お前たちの弱点は弱い事だ」
得意気にそう宣言した夜行に対して、彼女は顔色を奇妙に変えた。驚くべきなのか冷静に正すべきなのだろうか。何とも言えず表情筋がコロコロとその形を変える。ただし、彼女の心に染み付いた性格は夜行にキツい物言いで当たり始めた。
「何を馬鹿な事をいってんのよ、弱いところを弱点というのに弱点が弱い事だって日本語不自由なの?」
「五月蝿いな、説明し辛いんだよ」
最初におかしいと感じるべきだったのは石に身を隠すようにして逃げ始めた時だったと夜行は語る。雪姫が警戒するほどの妖怪の契約者の行動にしては些か消極的、慎重すぎる。特に相手は雪女をいたぶろうと躍起になっていたため、血走って正面から来てもおかしくなかった。それなのに最初は安全策に走った。
その理由は、彼がまだ弱いままだから。突き詰めると、耐性も鎧も何もない生身の身体だったからだ。心を読む能力は確かに協力で、相手の行動を先に読む以上有利に戦局を動かせる。だが、貧弱な体が足を引っ張った。
方や夜行はナイフであろうと冷気の衣で凍結させ無力化させたのに、男は夜行の攻撃を逐一回避する逃げ腰の姿勢。それは、人間ならば当然の話で体が凍れば、もう何もできない。気絶はもちろん、凍死もあり得る。なぜなら何度も語る通り彼の体は貧弱な人間のまま、夜行のように身を守る術もない、単純だ。
「もし俺たちがここで、逃げられないほど早く、広範囲でなおかつ防げないほど強力な全体攻撃をすればそれでお前らの敗けだ」
得意気に夜行は狼狽する男は指差した。さっきまで得意気にしていたはずの、ふんぞり返っていたはずの男は攻められる立場に慣れていないのか、途端に慌て始める。きっと今までずっと人を攻める立場であり続けたのだろう。人を傷つけるために刃を研いで、磨いていった挙げ句、自分自身も薄っぺらく脆くなってしまった。
しきりに彼は夜行の顔とサトリの顔を交互に見ながら、少しずつ後ずさる。地面をする靴の音を、夜行は聞き逃さない。動くな、冷徹な声で端的に指示する。蛇に睨まれた蛙とはこういう姿を言うのだろうか、まだ夜行は能力を用いていないのに、男は全身が凍ったかのように動かない。
「さ、さと、ソトリッ、じゃなくてサトリさん……」
「だ、だまれ黙れぇっ! お、お前は俺の契約者だろうが! 俺は王になるんだ、こんな所で負けたら許さん、貴様の血筋、末代まで呪ってくれよう!」
それだけは勘弁してくれと、男はサトリにしがみつく。哀れだ、そう思った夜行はせめてさっさと気絶させてやろうと決める。何よりも、あんな下衆を本当に王にする訳にはいかない。
「こうなったら、無理矢理にでも憑依して」
「もう手遅れだよ」
夜行は両手を重ねて二人に向ける。それを見て焦ったサトリはなおさら無理矢理に男に憑依してやろうと自らの契約者に襲いかかる。異形の化け物が飛びかかってくる様子に心底怯えた男はというと契約者だというのに、膝が笑って立つこともままならなくなる。
「夜行、呪文は……」
「白霜天寒冷氷河大瀑布」
「……! 何よその呪文?」
次の瞬間、世界は白に染まった。墓地全体が、瞬時に真っ白な氷に覆われる。春先、柔らかな夕焼けが射し込む墓地、寂れて幽霊でも出そうなその土地は、真っ白な雪化粧で飾り付けられた。冷気に当てられた水蒸気は空中で凍てつく。キラキラと舞い散る氷の結晶と水分とがその場の空気を彩り、虹をかける。
さっきの二人は……雪姫がそう思って目をやると、そこには綺麗に氷に浸けられた二人の姿。今にもその爪を食い込ませようとしているサトリと、それから必死に逃げようとする男の姿がまるで彫刻のように固まっていた。
周りの霜とは違い、その氷は雪姫のものと同様に透き通っていた。それにしても、これは尋常ではない事態だ。雪姫はすぐさまそれを感じ取った。自分の能力よりも、遥かに強い。それが何よりもおかしいのだ。
夜行には、確かに力を全て貸し与えてある。それは、人間が使う方が、妖怪が使うよりも出力を抑えられるからだ。しかし、この様子は一体何だ、出力を抑えるどころの話ではない。
雪女と同等の力、それだけでも可笑しいのに何よりも異常であるのは、この威力が雪姫の全力よりもさらに高いことだ。妖気を譲渡しただけである以上、雪姫の全力が契約者の使える限界の力のはず。だというのに、その当然の前提が崩壊している。
そして最後に、先程の呪文。あんな術は、雪姫ですら知らなかった。
「おい冷凍庫、どうしたらこれを融かせるんだ?」
「だから、愉快な呼び名を使うのは止めなさい! ひっぱたくわよ」
「凍らせるわよ! じゃないのかしら雪姫ちゃん」
「あなたねぇ、いい加減に……」
その瞬間だった。薄暗くなりつつある夕暮れの景色が、突然真昼のように明るくなったのは。先程まで訪れていた、寒冷地の真冬のような冷気を全て吹き飛ばすほどの熱気がその場を満たした。それは氷の力とは対照的な、南国のような気候だ。
目も眩む凄まじい閃光と、湿った空気を瞬時に乾かすような熱風。急激な熱気に、目など敏感な部位を守るように夜行は周囲に冷気を展開する。特に雪女だと体調に重大な異変が起きてもおかしくはない。
その熱気が収まった頃に、今までの戦いの爪痕を吹き消すように季節相応の風が吹く。目を開けると、夜行が氷漬けにしたはずの景色が吹き飛び、元の何事もない墓地へと姿を戻していた。まるで、派手な争いなど何も無かったかのように。
ただし何もかも戦いの痕跡が消えた訳ではなく、消えかけのサトリと意識を失った男の体は残っている。
「今の風って……」
「ラッキー、融けてるじゃん。このままほっとこうか。助けてやる義理無いしな」
「ちょっと待ちなさいよ!」
疑問は残るが仕方ない。今の熱風の持ち主が現れたらいくら今の力でも勝てるかはかなり怪しい。
「まさか四神がこんな近くにいるなんて……」
果たして、いつか彼らと邂逅したとして、王の座を奪い取る事ができるのだろうか。果たしてそれは、彼女にもまだ予想できない。けれども、さっきの言葉を思い出すと、不思議と心が軽くなる。足取りだって軽くなる。背中を支えてもらうのは、これほどまでに心強いことだったのだろうか。
俺がお前を王にする。
たった一言で、彼は彼女の不安を振り払った。まずは歩いていこう、前だけを見て。雪姫は、夜行の後を追って歩き出す。
いやぁ、長かったねぇ。ここまでかかるとはわっちも思っちゃいなかったよ。でもまぁ、ここらでこいつらの話は一段落ついたし、今度からは九尾の話さね。
と、行きたい所なんだけど、ちょいとあの熱風の主のネタも入ったところなんだよねぇ、これが。九尾の話も長くなるしさ、今度は奴らの話をさしてもらうよ。
んじゃあ、これにて今日は店じまい。また来て頂戴な、たっぷりお話聞かせちゃうから、さ。
- Re: 妖王の戴冠式【1/26更新】 ( No.18 )
- 日時: 2015/04/03 20:48
- 名前: 狒本大牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: foJTwWOG)
「えらいことになってもうた……」
自室にこもった彼女、鞍馬 愛は頭を抱えた。どうしてこのようになってしまったのかと今日一日を思い返す。路地でのあの出逢い、それこそが今の惨状を作り出したに違いない。頭の辺りをそっとなでるようにして、彼女は頭皮にいきなり生えたそれの存在を確信した。
引っ越しの準備のために、彼女の部屋からは私物がきれいさっぱり無くなっている。残っているのは妹に譲るための鏡台くらいのものだ。今にも泣き出しそうな目が鏡にうつった自分の姿を見つめる。やはり、愛の頭からは狐の耳が生えていた。
それもこれも、九尾を自称する真っ白な狐に憑依されたらしいところから始まった。抵抗しようとする愛だったが、時すでに遅く狐は頭上に。次の瞬間には頭上の重みが消えて狐の耳と尻尾が生えていたのだ。
その後のことは覚えているようで覚えていない。大声で叫びながら走って走って。落ち着いた頃に頭を触るとやっぱり耳が付いたままで。その頃には諦めが混じり、気落ちしていた。
「もうすぐ会わへんくなるご近所さんからどう思われても別に構わへんけど、お母さんたちにはばれたくないなぁ」
幸い、愛の家族に霊感は無いようで、彼らにはこの耳や尻尾は見えない。どうして愛にだけ霊感があるのかと首を捻る。忌々しい仔狐の話を信じるのならば、時折このような天才とも言うべき異端者が生まれるのだとか。伝承の安倍晴明などがまさにその例であるとも言っていた。
言い方を変えれば才能の塊のようだが、こんなにも嬉しくないのはなぜだろうか、愛は悲しくなってくる。厄介なものしか引き付けないというならば、こんなもの無い方が良いに決まっている。
それにしても、どうして今までこんな能力のことを知らずに過ごせていたのだろうか、それも気になってならないことだ。身を護るためにフィルターのようなものがかかってそういう世界から自分を遠ざけていた? そんな事もあるのだろうか。
「ねぇねぇ愛、女の子の部屋ってもっと可愛らしいものでごちゃごちゃってしてると思ってたんだけど、凄い寂しいね」
「あー、うち東京の私立に行くからなぁ。女子高の寮に入らなあかんから私物は全部片付けてん」
実際には愛に憑依しているため実体は無いはずなのに、例の狐の声が部屋の中に響いた。余計なものは何一つ無いがらんとした部屋にはやけにうるさく感じられる。
「って何堂々としゃべりかけとんねん、うちにはあんたの相手したるつもりはないからな!」
「お姉ちゃん一人でうるさいけどどうかしたのー?」
「ごめんごめん、ちょっと騒いでて」
思わず飛び出した叫び声が階下まで聞こえていたらしい。鏡に写った自分を睨み付けながら、怪しまれないよう下へ応答する。視覚は共有しているので、自分が睨まれていると分かるはずだ。
「とりあえずあんたは絶対に喋らないように」
「つまんないの」
せめて寮で一人部屋になればこいつの相手をするのも問題ないのに。誰に聞かれるか分からない緊張感に苛まれ、苛々は頂点に達しつつある。そんな彼女の想いを知ってか知らずかこの自称妖怪はべらべらと喋る。
お願いだから静かにしてくれ、そんな愛の願いも全て聞き届けられない。
「とりあえず、何であんたがこんな事したんか教えてくれる?」
「話すと長いですが良いですか!」
「元気はつらつやなぁ、まあええよ」
そして彼は語り出した。あやかしの王様と、その大量の息子娘、後継者を決める戦いとつがいとなる人間選び。そしてこの戦いに、人間が足を踏み入れる危険性。
「という訳ですよ」
「絶対嫌や」
なぜ自分が妖怪どもの王様を決めるという自分にはまったく関わりの無い世界での争いのとばっちりを受けなければならないのか。しかも大怪我や死の危険性と隣り合わせ、そんなもの華の女子高生にさせるべきものではない。
「待ってください、危険な目には会わせませんから」
「いやいや無理やろ、さっきの話聞く限り、どう転んでも危ないやん」
九尾の秘術を用いれば問題ありませんと奴は断言する。何だか誇らしげなその口調が、愛にとってはたいそういらだたしい。
「秘術を使えば、あなたのうける傷を肩代わりできます。実質傷つくのは私だけという訳です」
「あのなぁ、失敗したらどないすんねん?」
「うぅー、な、ならせめて他に契約できそうな人が見つかるまで一緒にいてください」
その後はその人に自分の事を押し付けても構わないとそれでも気に入らないというなら、その時はそれまで起こらせたぶん好きなだけ痛め付けてくれても構わない。必死になってそう訴える。
「いや、流石にボコボコにはせえへんけど」
「優しいんですね、そのまま僕のつがいに……」
「ならんわど阿呆」
調子に乗るなと一蹴され、彼の声のトーンが落ちる。仕方ないかと呟く声には哀愁が漂ってすらいた。
「大体なあ、そんな危ないことに協力してくれる人がいるって端からあてにしてるのがあかんやろ。もっと現実見ぃや」
「ですよね、どうせ僕なんて誰からも見向きもされず通りすぎる人の背中をじっと見つめることしかできない、やっと見つけた見える人にも頼ることのできないクソキツネですもんね」
こんな僕なんてまたいじめられる日々に逆戻りだ。あーあ、こんな事ならこんなに大層な血筋なんて要らなかったのに。まだまだ彼のネガティブトークは続く。
ああもうじれったいなぁ、そう言って愛はまた鏡に向き直る。
「他に契約できそうな人が見つかるまでやからな」
「はい! ありがとうございます!」
「あんた名前ないん? 呼びにくいねんけど」
「ずっと九尾って呼ばれてました」
それやと大して可愛くないしなあ。そう言って腕を組み、彼女は考える。数秒の後に顔をあげ、明るい顔でいい放つ。
「よし、狐やから今日から君はコン太や」
「僕の名前……ありがとうございます!」
名前をもらったコン太は憑依していた愛の体から飛び出した。真っ白な毛並みはふわふわとしている。なついている意を示すために彼は愛の足元にすりよった。
「やめんかい、くすぐったい」
「愛、少しの間だけどよろしくお願いします」
こうして二人の、契約者探しという他とは一風変わったコンビが出来上がる。果たして彼らは、相応しい人物を見つけられるのか、それはどのような人物なのか、それともーーーー。
さあさあお店を開けるのも久方ぶりだねぇ、元気にしてたかい? わっちは元気だったよ。ただ作者の方が忙しかったみたいでねぇ、中々こうやって開店するタイミングがなかったみたいでさ。なっさけない話だよ。
話自体が久方ぶりだけど、さらに懐かしい九尾たちのお話さね。裏話なんだけど、作者の方も九尾のことを地の文でどう表記するかかなり悩んでたからねぇ。名前自体は前から決まってたけど、名付けるまでのこの間が一苦労だったって訳だ。
それにしてもコン太なんて安直な名前、ほんと彼女のセンスは一体どんなものなのかねぇ。あ、でも分かりやすさは天下一品さね。
そんなこんなで、今日もそろそろ店じまいかな。バランス配分が片寄ってるけど、次回からまた雪女たちのデコボココンビさ。
またおいで、とびきりの酒と肴を用意して、待ってるからさ。