複雑・ファジー小説
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- 妖王の戴冠式【4/3更新】
- 日時: 2015/04/03 20:50
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: foJTwWOG)
あやかしの王様、子供をもうけた。
いっぱいいっぱい子供をもうけた。
たくさんのお妃様と百年の間ずっと。
王様ついに死期が来た、もうすぐ、もう一歩のところまで。
ヒタヒタと、芋虫が這うようにゆったりとだが着実に。
王様困って頭を抱えた。
後継者は、どうしたものだろうか、ってね。
あやかしっていうのはいつだって迷惑をかけてくるものなのさ。
人間にとってはね。
そしてわっちはただの情報屋さ。
誰が戴冠するのか、ただ楽しみに待っている。
ただわっちが期待しているのはこれから始まる戦の方さ。
いつの時代も血と汗の飛び交う祭りっていうのは需要があんのさ。
暇ならあんたも時々ここに話を聞きにきなよ。
心配すんな、代金はいらないし真面目な語り部になってやるからさ。
何も企んでなんかいないさ、わっちはただこの愉快な祭典をなるだけ多い人に広めたいだけだからね。
わっちがあやかし?
馬鹿なこと言いなさんな、わっちはただの情報屋。
人か物の怪かなんて些細な問題じゃないか。
まあ、まだ始まってもいない話なんだしまた来なよ。
できるだけ急いで情報集めてやるからさ。
ーーーーーー
はいはーい皆様初めまして、あるいは少数派の皆様お久しぶりです。
今回手を出すのは妖怪の類いのようですが、どういう方向に進んでいくんでしょうね。
本編は情報屋さんの口調の現れない堅苦しい三人称ですがよろしくお願いしますm(__)m
コメントやアドバイスなんかがあれば気軽に書き込んで下さると嬉しいです。作者でなく情報屋さんが気さくに答えてくれます←
御話
春先の吹雪
>>1 >>3 >>12 >>13 >>14 >>15 >>16 >>17
狐の嫁入り
>>2 >>18
実はしれっとキャラクター募集やってました(締め切りました)
>>4-11
- Re: 妖王の戴冠式 ( No.1 )
- 日時: 2015/01/09 20:16
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: Ru7e1uoX)
よく来たね、早速ネタが入ったんだ。どうせ情報料なんか取りやしないんだから聞いてきな、代わりに時間だけはちょいと拝借させてもらうけどね。
何? 真面目な語り部になると自分で言ったじゃないかって? そりゃまだお話は始まってないからさ。ここはまだ導入、予告、前ふり。ただの世間話の延長さ。
そうそう、次の王様候補は腐るほどいるから、全員の話はしてあげられないよ。わっちの情報の仕入れ先との関係から考えるに主に教えてあげられるのは二組くらいかねぇ。
そんな訳で今日わっちが語るのは春先の吹雪と狐の嫁入りの話さね。
さて、始めようかい。こっから先は営業の顔で行くよ。
それは、たいそう珍しい出来事だった。卒業式を終えて、今度は入学式を待つはずの三月下旬、もう暖かな季節が迫っているというのに、その日はえらく冷え込んだ。東京では季節外れの雪が降り、建物や街路樹は真っ白なお化粧をしていたーーーー。
「寒い寒い寒い! 何なんだよもー」
「文句言うなよ、俺だって寒いさ」
コートに身を包んだ少年が二人、買い物袋を提げて自宅へと向かっているところだ。袋の中には服やゲーム、漫画などが入っている。駅前のデパートで買い物を済ませた二人は、往路とはうってかわって真っ白になった復路を見て目を丸くした。それがつい十分ほど前の話である。
「よくいうよ、全然寒くなさそうなくせして」
コートの中で身を小さくして震え上がる彼は、隣で飄々と歩く友人をじろりと睨み付けた。背筋を伸ばして身も震わせずに歩くその姿は、確かに寒気からはほど遠い様子である。
恨めしそうに睨み付ける友人に対して言い訳するように、彼は小声でぼそぼそと呟いた。
「昔から俺は暑がりなんだよ」
確かにそれはそうだと隣の彼は肩を震わせながら頷いた。真夏には炎天下で立つだけで熱中症になりかけるほどである。対照的に寒さには強いというのも納得できない事でもない。彼にとって真に辛い季節は迫りつつあるのだと考えると羨ましさを通り越して同情を覚えた。
「それにしても、高校までおんなじとはなー」
「確かにな。まあ良いじゃん、気楽で」
少なくともぼっちになる心配はないと楽観的な事を言葉にする。幼稚園からずっと一緒な上に家も近所なので二人はかなり仲の良いコンビであるとは有名だ。テニス部内でダブルスを組むととりあえず学校内では一番強い。寒がりなのが宮本 武蔵(みやもと たけぞう)、暑がりなのが阿倍 夜行(あべ やこう)。
高校に入ったら部活はどうしようか、夜行は悩んでいる。武蔵の方はテニスを続けるようだが、自分の家にはもうあまり余裕がないのは分かっている。父親が定職にもつかず、地方をさまよっているためだ。どうやって働いているのかは検討もつかないが、たまに大袈裟な振り込みがあるのだと母から聞いている。
それが不定期なので基本的に彼の家は火の車。高校も私立の進学校のためかなりお金がかかり、父の不定期収入もここに消える。一体何の職なのか一度母親に訊くと易者のようなものだと答えられた。そのため、夜行は父の正体は詐欺師かもしれないと思ったことも多々ある。
「さて、俺ちょっとスーパー行かないとな」
「お使いか、大変だな」
こんなの大したことねーよ。そう軽口を叩いて足早に武蔵は駆けていく。寒さを少しでも和らげようと思って走っているようにも受け取れる。思い立った瞬間にいきなり走り出した彼の姿に夜行は面食らったが、転ぶなよと釘を刺してその背中を見送った。
ふと夜行は、一人になった途端に空を見上げた。鉛色に汚れた空から、真っ白な雪がはらりはらりと舞い落ちる。頬の上に着地しても、溶け出さない。何でだろうなと、昔ながらに彼は疑問に思っている。
雪が降ると誰もが寒いと口にする。それが彼には分からない。寒いと感じた事は十五年間一度もない。聞いてみると母親も同じ体質なのだとか。その代わり、二人揃って夏に弱い。
まるで雪女だな、そう呟いて息を吐いてみる。白い息は出てこない、雪が降っているのにだ。体の芯から冷えているのに、自分自身が異変を感じていないような、そんな感覚。
だけど彼はまだ知らない、本当の雪女を。今日を境に知ることになる、あやかしの世界を。
突然、風が強くなる。頬を撫でる程度だったそれが、たちまち台風のような突風に変化する。それだけではない、空を舞う雪も量を増す。舞うだなんてものではない、暴れて、怒り狂っている。
「何だよ、これ」
あまりに強い風雪に顔をしかめる。顔中、針で突き刺されるような痛みが絶え間なく襲う。布の隙間から忍び込んだ空気が肌にまとわりつく。痛い、そう感じた時には既に夜行は身震いをしていた。咄嗟に自分がとったその行動に彼は目を丸くした。さっきまで、まるで感じていなかったこの感覚、きっとこれが寒気なのだと瞬時に悟った。
一歩踏み出すごとに、風が強くなる。家はもうすぐそこまで迫っているのに中々足が進まない。身を小さくして風の抵抗を減らし、角を曲がった。その時彼は信じがたい光景を目にする。
目の前で吹雪が渦を巻いていた。はるか上空から吹雪が螺旋を描いて道路の真ん中に急降下している。それが、地面にぶつかって四方へと広がり、そこを中心として猛吹雪が放射状に広がっていた。そして何よりも驚いたのは、その渦の中心に人影が見えたことだ。
「何だよあいつ……」
その瞬間、それまでのものよりさらに強い風が周囲に爆散した。急激に力を増したその一瞬で、周囲の家屋が悲鳴をあげて体を歪ませた。が、次の瞬間元に戻る。先程の衝撃と猛風が嘘だったように、風はやみ、春の穏やかな陽気が射し込んだ。
そして、さっきの渦の中心には、見慣れない和服の少女が立っていた。汚れ一つない真っ白な衣に身を包み、雪のような肌をしている。顔ではその白い肌の上で深紅の唇が目立っている。着物と同じく、髪の毛までもが真っ白で、対照的にその瞳は驚くほどの黒さだった。
外国の人だろうか、などという考えが夜行の脳裏に浮かんだ。さっきの超常現象などすっかり忘れてそう考える。人は信じたくないものを目にすると都合よく理解をするようにできているらしい。冷静に見ると目鼻立ちは明らかに日本人だ。
夜行があっけに取られるその最中、着物の女性はきょろきょろと辺りを見回してみる。改めて、この場所に突然現れたかのような仕草である。話しかけることも、逃げることもできない。夜行が言葉を失って立ちすくんでいるとそれに気付いた彼女が彼へ歩み寄る。
綺麗な人だなぁ、そう感じていた夜行だったが、次の瞬間それを後悔した。
「ちょっとそこの冴えない男、あんたよあんた。ここがどこかさっさと答えなさい。凍らすわよ」
「はぁ!?」
まあ、あれだね。最初は仲が悪いくらいが後から絆が生まれるってもんなんじゃないのかい。これが雪女とそのつがいの出会いの話さね。
さぁて、次は九尾たちの詳細さね、あっちはまだ大阪だからまだ情報が完全に入ってないんだ、またおいで。近いうちに話したげるからさ。
- Re: 妖王の戴冠式 ( No.2 )
- 日時: 2015/01/10 13:40
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: v8ApgZI3)
おっ来たね、待ちくたびれたよ。じゃあ今度は九尾たちの話をしようか。こないだ話した雪の日なんだけど、東京とは違って大阪では雨が降っていたのさ。それも天気雨、まさに狐の嫁入りさ。
と言ってもまあ、今から話すのは雄の狐の話なんだけどさ。それに種族が違うから嫁入りも糞もないって話だね。
こんなわっちの無駄話より早く九尾の話をしろってかい? こっちだってそのつもりさ。さてさて、向こうの飼い主はこないだ話した夜行や武蔵と同い年の女の子の話さね。高校に入る直前だから十五歳、若いねぇ。わっちがその頃は、ってのは歳がばれるからやめとくか。
そいじゃあ始めよう。その日はやけに奇妙な空模様であった。雲一つない快晴の空から、明るい日差しが射し込んでいる。天気予報で東京では雪が降っているというのが信じられないくらいに穏やかな陽気だ。
しかし彼女、鞍馬 愛(くらま まな)にとっては遠く離れた東京の大雪よりも信じられない事態に直面していた、それも二つだ。世界地図では小さく見える日本だが、実のところはかなり距離は開いている。こちらは晴れていても向こうは雪というのは変でも何でもない。
それよりも異質なのはこちらの天気だ。晴れている、それも雲一つない。それなのに、大粒の雨が彼女の肩を濡らしている。折り畳み式の傘を持ってはいたが、いかんせん小さめなので少しだけ肩が濡れてしまう。天気雨にあうのは始めてではないが、こんなにも綺麗な空模様の雨は始めてだ。普通、天気雨とは曇っている中に一筋だけ日の光が射し込むようなものではなかっただろうか。
そしてもう一つの突飛な出来事は目の前に座っていた。サイズとしてはチワワかそれくらいの動物だ。顔立ちとしては狐だろうと思われる。しかしこれは、ただの狐ではなかろうと一目で分かるような姿をしていた。
まるで犬や猫が首輪をつけられるように、紅白の縄がその首もとに結びつけられていた。それは、さながら小さなお稲荷さまのようである。そして、驚くほどに真っ白な毛並み。狐と言われると黄色や茶色を思い浮かべる愛にとってはこれは初めて見る狐の毛並みだ。
ただ、それだけならばただのアルビノ個体を悪戯してお稲荷様のように見せかけているだけだと曲解できなくもない。愛が最も驚いていた理由は他にある。それは目の前のその狐が人間の言葉を口にしていたからだ。
「あっ、そこの人、もしかして僕が見えてる?」
初め、何が起こったのか彼女は受け止めきれなかった。まさか動物がいきなり喋るとは思わない。一体誰が喋ったのだろうかと辺りを見渡してみるが、このミニお稲荷様以外誰もいない。
段々と理解していくと共に、段々と驚きが沸き上がる。今は、喉の奥から飛び出しそうな叫び声を必死に押さえ込もうとしているところだ。狐は喋らない、何かしかけがある。そう言い聞かせるが、そんな悪戯を誰がするというのだろうか。
「僕だよ、ちゃんと見えてるんでしょ?」
「き、キツネが喋っとる……」
やっとの思いで口にできたのはそれだけだった。やっぱりねと、狐は前足をあげてヤレヤレだとポーズを取る。簡単に二足で立ち上がったその姿にさらに愛はぎょっとした。顔の表情もどこか人間らしく、喜怒哀楽がはっきりと伝わってくる。これは、嬉しさと呆れが混じっているのだと感じられた。
「まったく、僕以外に誰がいるのさ。まあ良いさ、じゃあちょっとお願いがあって」
「ちょっと待って。頭がついてかれへん」
「ついてかれへん?」
「ついていけない、って事。何やこっちの言葉分からんのか?」
「うーん、若干聞いたことがあるかな、ぐらい」
何やこいつ。彼女の九尾に対する第一印象はそれだった。目の前で獣が喋るという非現実、その上表情をコロコロ変えて後ろ足だけで立ち上がる。しかもお願いがあるときたものだ。信じたくないが目の前のこれは意思を持っているのだと認めざるを得ない。
しかし、だからと言って向こうの頼みを聞くかどうかはまた別の話である。
「いや、うちも忙しいし」
「そこを何とか……そもそも見える人と会うの初めてなんです」
「あんた幽霊か何かなん? それやったら余計に願い下げやねんけど」
「安心してください、ただの九尾の妖狐の子供です!」
「余計恐ろしいわ! ってかあんた尻尾一本やんか」
「これから増えるんです」
妖狐というのは自らの霊力に比例してその尾の数を増やす……。というような妖怪談義を勝手に仔狐は始める。勿論、愛はそれ以上付き合いたくはない。
「うちは今引っ越し準備で忙しいねん。付き合うてられへん。行かしてもらうで」
「そこを何とか! このままじゃ夢を叶えられません」
「何やねん、まあよっぽどたいそうな夢やったら聞いたろか」
「実は王様になりたくて……」
「真面目に聞いたったうちがアホやったわ。そんじゃ頑張ってな」
アホくさいと吐き捨てて踵を返す。受験ノイローゼの後遺症のようなものだろうと無理やり愛は結論づけた。幻覚に受け答えするなど、周りから白い目で見られること間違いない。
「待ってください、本気なんです」
「あ、うん本気の馬鹿だとは分かったから。ごめんな」
「そんな残念な人を見る目で見ないでくださいよ!」
「そんなつもりはないよ。あんたは残念な狐や」
「ひどい、これが関西特有のノリツッコミなのか」
「あんたノリツッコミの意味分かっとらんやろ。てか関西特有ちゃうし」
「そうなんですか。じゃあボケってやつですね!」
「それはあんたやろ」
ひどい、そう言って彼はわざとらしく涙を流す。その手には乗らんと愛はそっぽを向いた。しかし、その反応は彼にとって折り込み済みである。彼女がこちらを向いていないその隙をついて、俊敏な動きで駆け寄った。跳躍し、その頭の上に飛び乗る。
「こら、乗るな!」
「悪いですけど無理やり既成事実を作って契約しちゃいましょう」
「あんた何する気やねん?」
「ちょっと取り憑くだけです。憑依とも言います」
そんな事させてたまるかと、腕を伸ばして狐を掴む。そのまま頭から下ろしてやろうとしたが、もう時既に遅かった。密閉された空気が小さな穴から吐き出されたようなポンとした音がなると共に、彼女の体は煙に包まれる。一体何が起こったのか、それを彼女が理解した途端に絶叫する羽目になったのはまた今度話そうか。
今日の話はここまでだね。それにしてもこっちの人間はかなり口数の多い子だね。まあ賑やかな女の子は悪くないって事さ。となるとわっちもまだまだいけるって事かねぇ。
冗談さ。さてさて、こんな風にして出会った二組のつがいだけど、まだまだ油断はしてられない。だってどっちもお互いの相棒とは仲が悪いからねぇ。それがどんな波乱を呼ぶのやら。
ん? 何だか面白そうなネタがもうすぐ入りそうだ。あの雪女の相棒がついに怒ったみたいだね。話は今度まとめて話すから、今日のところはそろそろ帰りな。
また後日の来店を待ってるよ、じゃあね。
- Re: 妖王の戴冠式 ( No.3 )
- 日時: 2015/01/11 17:16
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: lv59jgSm)
いやぁ、怖いもの知らずの生意気娘ってのは見てるこっちがハラハラして仕方がないもんだね。こりゃああの子がぶちギレるのも当たり前だね。怖いものどころか、あの娘はずっと山に籠ってたから世間知らずとも来たもんだ。そのくせ人間相手に盛大な人間批判、馬鹿だねぇ。
まあ彼女の境遇としちゃあそれも仕方ないか。調べて分かったんだけど、あの二人には相当に濃い因果があってね、あの二人がつがいになったのもそれが原因じゃあないのかねえ。
今度の話はちぃと長いよ。途中で休憩を挟みながら進めるとしようか。
時は、夜行と雪女が出会ったその瞬間へと移る。温かな日差しが射し込んだかと思ったが、夜行の肌にはまだまだ刺すような寒波が感じられていた。
「早く答えなさい。ここはどこなの?」
「え」
あまりに横柄な彼女の態度に唖然とした夜行は何も言い返すことができない。目を丸くして目の前の女性がさらに険しい表情になるのを見届けるだけだ。彼女の鋭い目付きがよりいっそう尖りだす。口をへの字にしてこれ以上ない不愉快を示している。
しかし、そのような表情すらも、まるで人形や絵画のように思えるほど美しく整った顔立ちだった。どことなく母と似ている。彼はふと、そう思った。彼の母も、年齢が信じられないほど若々しく、美しい。
「良いから答えなさい。早く!」
「東京だけど……」
初めからそう言えば良いのだと、彼女は夜行の足を踏みつけた。履いていたのがヒールでなく草履だったのでそれほど痛くはなかったが、予想外の不意打ちに反応できず、なされるがまま右足を踏まれる。
草履を履いている違和感よりもいきなり足を踏まれた苛立ちが上回る。呆気に取られっぱなしの彼だったが、これでやっと我を取り戻す。目の前の真っ白な女性の不機嫌が伝播したかのようにたちまち不機嫌になる。
「いってぇな、何すんだよ」
「さっさと答えないのが悪いんでしょ。生きてるだけましだと感謝しなさい」
「何寝ぼけた事言ってんだ。何様だよお前」
二人して自分の主張をぶつけ合い、騒ぎ立てる。お互いの第一印象は最悪だ。言い争いが発展するにつれて剣呑な雰囲気は次第に募っていく。そして女性のあまりにもな横暴な態度の相手をするのも疲れたのか、夜行は一つ溜め息をついた。
「人間風情がよくも私相手に溜め息なんてできるわね、凍らすわよ」
「おーおー格好いいねえ、やれるもんならやってみろよ。あれかお前、歩く冷蔵庫様ですかー?」
「失礼な、私はどこからどう見ても雪女でしょう」
「ちょっと頭の弱い方のようですね、この現代社会で自称妖怪とは。いや、とんでもない夢遊病患者に捕まっちゃって大変だなぁ、俺も」
どうやら売り言葉に買い言葉の不毛な言い争いよりも、こんな風にのらりくらりと嫌味を差し込んだ方が効果的に挑発できると気付いたため、夜行はそのように接し始める。当初は二人とも余裕が全くなかったが、今や余裕綽々の夜行が相手の女を軽々とあしらっている程である。真っ白だった彼女の頬はあまりの怒りと興奮のために真っ赤になっていた。
「ふざけないで! 本当にぶっ殺すわよ」
「そんな事したらお前もただじゃ済まねえよ、法治国家嘗めんな」
あまりの悔しさと怒りに我を忘れることのないよう、彼女は唇を噛み締める。俯いて、肩をわなわなと震わせながら怒気を露にする。さすがに言い過ぎたかと夜行は一瞬後悔したが、それもこれも全てこの女が自分から挑発してきたのだからとすぐさま後悔を打ち消した。
だが、ずっとこの女の相手をする訳にもいかないので、そろそろ立ち去ろうと彼女の横を素通りする。頑張れよと言葉を残し、去ろうとしたのだが不意に肩を掴まれる。ふりほどこうとしたが、思いの外に強い力で握りしめられる。伸びた彼女の爪が肩の辺りの布に食い込んだ。
「待ちなさいよ、こんだけ私を馬鹿にして逃げる気なの?」
「離せよ、そろそろ帰りたいんだよ」
「ふざけないで、あんただけは絶対許さないから」
なおも帰ろうとして肩を掴んだ手を振りほどこうとする夜行は彼女からひっぱたかれた。叩かれた音が小気味良く周囲に広がる。叩かれた頬を押さえて再び彼女の顔を真正面から睨み付けると、向かい合ったその顔からも自分と同じかそれ以上の怒りや憎悪を感じ取った。
「どいつも、こいつも……皆私を馬鹿にして……私が、私がどんな想いで……」
俺じゃない、ふと夜行はそう思った。この女の怒りが向いているのは、夜行のように見えて夜行ではない。その瞳には直接写っていない、言わば目蓋の裏に、記憶の中に焼き付けられたずっと遠くにいる自分じゃない誰か。そこにこの激情は向いているのだと、彼は悟る。
彼女の怒りを湛えた目は、夜行の方向を見ているようであったが、実のところ彼には焦点が合っていない。そのさらに奥にいる、夜行をスクリーンとして写し出された全く違う誰かに向いている、そんな目だった。
「皆、皆私が……この手でぶっ殺してやる!」
風が吹いたかと思うと、彼女の真っ白な髪が舞い上がった。ゆらゆらと揺れるその髪は、まるで吹雪を表現しているかのようだった。その姿に、突飛な話であるはずなのに、彼女は本当に雪女なのかもしれない、ふと夜行はそう思った。
ただし気迫はあくまでも気迫である。端から彼は雪女が実在するだなんて信じていない。結局は、この女は本気で雪女だと思い込んでいるのだろうなとしか思えなかった。
「私は……私が王になる。私が思う平和を、私の願う平穏を脅かす誰かには容赦しない。あなたも、あの女も、あいつらだって……私を馬鹿にするなら、全員揃って黄泉へ送ってやる!」
夜行の肩におかれた手にさらに力が込められる。大の男よりも遥かに強いであろうその握力に、彼は顔をしかめた。伸びた爪が服の上から突き刺さり、鋭い痛みを訴える。
その瞬間だった、夜行が、周囲の世界の変化に気付いたのは。正確には周囲が変わったのではなく彼が変わったのだが、自分を取り巻く世界の様子が、今までとは全く違って感じられる事に。
周囲の至るところから、気配を感じる。土の下や空の上など、おおよそ人が居なさそうな空間から、周囲の各地に。そして、その気配の強弱すら分かるほどに。最後に、目の前の女から、探索可能な範囲内において、最も強大な気迫が放たれている事に。
目の前の女性の暴走と自らに起こった異変に板挟みになり、何も考えられない。先程、武蔵と別れてからものの数分で突拍子もない事ばかりが起きていて、聞かされている。分からないことだらけで何をすれば良いのか分からない理性と頭脳に代わり、本能と体はとっくに答えを出したようだ。大人しく、受け入れるしかないのだと。だからただただ立ち竦む。抵抗せずに、じっと、静かに。
次の瞬間、彼女の中で暴走していた力が弾けた。物凄い勢いで吐き出された力の固まりは一心不乱に夜行へと注ぎ込まれる。その間、夜行はずっと動くことができなかった。
とりあえずここらでいっちょ休憩させてもらうよ。それにしても、ぬくぬく育った人間ってのは妖怪の存在を信じないものなんだね。まあ仕方ないか基本的に世の中見えない人の方が多いしさ。
わっちの休憩は長いからね、あんまり急かさないでくれよ。

