複雑・ファジー小説
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- BAR『ポストの墓場』
- 日時: 2017/02/22 03:00
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: 0L8qbQbH)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=685
【店内に掲示された看板より】
ご来店のお客様へ
大変お待たせ致しました。BAR『ポストの墓場』は16/9/20より新装開店となります。諸般の事情により前倒しの開店となり、何かと準備不足の目立つ開店となったことを此処にお詫び申し上げます。
保管されたログを閲覧される場合は付近のフロアスタッフにお申し付け下さい。該当のログをお客様の元までお持ち致します。
上記URL内にて行っていた、当店フロアスタッフ・バーテンダーの募集は16/9/22を以て一旦締め切りとさせて頂きます。ご応募ありがとうございました。
現在ログとして保管してほしい文書・データの受付準備を進めております。しばらくお待ちください。
BAR『ポストの墓場』 店長
***
【店内に掲示された注意書き】
・ あるログについて「前後の話はないのか」とお尋ねされることが時折ありますが、当店で閲覧できるログは店長の能力で回収・解読が完了したもののみです。当該時系列以外の時間におけるログの回収・解読について努力は続けておりますが、保証は致しかねます。ご了承ください。
・ 基準世界線以外のログは、原則として基準世界線(1-1-1)の言語に翻訳されています。翻訳には細心の注意を払っておりますが、時折意図した文意と齟齬する/翻訳時に誤字や脱字する等のミスが生じることがあります。そのような文を発見した場合は御申しつけ下さい。速やかに訂正させていただきます。
・ 売名としてのログ保管は受け付けておりません。また、喧嘩/誹謗中傷/あまりにも長時間の雑談等、他のお客様の迷惑となるような行為が見られた場合、退店して頂く場合がございます。
***
【ログ保管庫】
※はじめにお読みください。
Log 00000-N 『店内情報一般』★
>>1
Log 00001-N 『前身:繰り返された歴史の遺物』★
>>2 >>3 >>4 *>>5
Log 00002-N 『第一種警戒令:iso-ha関連文書』★
>>14 >>15 >>24
Log 00008-N 『個人宛の手紙(譲渡予定なし)』★
N/A
Log 00009-N 『個人宛の手紙(譲渡予定あり)』★
N/A
Log 00010-N 『一時預かり記録』★
N/A
Log 00287-N 『門出』 《→8》
*>>6 >>7 *>>8 *>>9 >>10
Log 00489-N 『暗澹』 《→6000》
>>16 *>>17
Log 06000-N 『自戒:回避可能な崩壊について』★
>>18 >>19 *>>20
Log 09956-N 『名にし負う:『神曲』関連文書』☆
>>11 >>12 *>>13
Log 26588-N 『光輝:回避された崩壊について』★
>>21 >>22 >>23
***
- Re: BAR『ポストの墓場』 ( No.6 )
- 日時: 2016/09/22 21:22
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)
【Live Log : いつか返却されるべき過去】
「はて」
BAR『ポストの墓場』バックヤードの一角。ログ保管庫の整理に駆り出したスタッフ、もとい——“今日は”男性の姿をした——ロマが、不可解なものを見ているかの如く小首を傾げた。
碧い眼が見るその先は、分厚いクリアファイルがぎっしりと詰まった抽斗。正確には、その抽斗に打ち付けられた『Log 000287』のナンバープレートだ。
「中身が個人宛の手紙にしか見えませんけど、第八ログの保管じゃないんですか? これは」
「第二八七ログは一連の殺人事件への関連文書です。保管された記録は多くが雑多なものですが、関連性がある以上雑文として放り投げる訳にはいきませんので、独立ログとして整理されています。刑事的に重要な証拠を含んでいる文書もありますから、捨てないで下さいね」
すらすらと語られたログの概要を聞いて尚、ロマの疑念の色は晴れない。どうかしたかと逆に首を傾げ返したマスターへ、ロマは心底不思議そうに質問を返してくる。
「殺人事件とはまた、物騒な案件ですが……本当に関連のある文書ですか?」
「ええ、もちろん。ですが、貴方が今読んでいる箇所——恐らくaf番付近でしょうか。その辺りに保存した文書は家庭内暴力の証拠になりこそすれ、当該事件と直接な関連性を持ったものではありません。実際に事件と関連するであろうログは、ba番以降に大方集約してあります」
そんなものを拾ってくる方もどうかしているだろうが、と、自嘲気味なマスターの声には、何も言わずに苦笑を一つ。ロマはクリアファイルのページを捲る。
そこで、絶句した。
「……Nさん?」
「はい」
長い長い沈黙の後、ロマの上げた声は微かに震えていた。その震えが何であるかマスターは知りながら、尚平素と変わらぬ声と態度で返す。そしてロマもまた、直接感情をマスターにぶつけるほど幼稚ではない。言い聞かせるように深呼吸を一つ、彼は苦味を強めた笑みと共に言葉を紡いだ。
「ギルさんには見せない方が良いんでしょうね、このログは」
「ええ」
二人の会話は、思いの部分ですれ違っている。しかし、それを言う必要もない。
言わなくても察せられる程度には長い時が、彼等の間には横たわっている。
「さ、て——何だか時間喰っちゃいましたね。俺はそろそろ表に戻ります。ギルさんのことだから、多分仕事ほったらかしで喋っていますよ」
「私はまだ整理するものが残っているので、先に戻っていて下さい。三時に一度休憩としましょう」
「了解」
途中まで捲っていたファイルを閉じ、抽斗の中へ戻して、やや肩を竦め。臭いものを見たような顔で、ロマは保管庫の扉を開けて出ていく。その横顔とすれ違い、そして一人残されたマスターは、抽斗に打ち付けられた真鍮のナンバープレートを、ただじっと見ていた。
「そろそろ、移行も考えなければなりませんか……」
独白は、誰にも聞かれぬまま、静謐の中に溶けていく。
→Do yo read 【Log 000287】?
- Re: BAR『ポストの墓場』 ( No.7 )
- 日時: 2016/09/25 21:02
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)
【Log 00287-ba : ■■■公園のゴミ箱から回収された文書】
ななちゃんへ
12じになってもおかあさんがかえってこないときは、おさかなこうえんにスコップをもってきてね。
やくそくしたばしょ、おぼえてるかな?
おさかなこうえんにきたら、さくらの木の下をほって、おてがみをみつけて。
はやくきてね。おかあさんからのおねがい。
おかあさんより
【Log 00287-bb : ■■■公園の八重桜の下から回収された文書】
遺言状
遺言者 喜孝めぐみは次の通り遺言する。
一 娘 喜孝ななみ(■■/■■/■■)には以下の不動産・預金を相続させる。
(1)土地
所在 〔データ削除〕
地番 〔データ削除〕
地目 宅地
地積 ■■■平方メートル
(2)建物
所在 〔データ削除〕
地番 〔データ削除〕
種類 アパートメント
構造 鉄筋コンクリート三階建て
床面積 一階 ■■平方メートル
二階 ■■平方メートル
三階 ■■平方メートル
(3)預金
■■支店の遺言者名義普通預金 (口座番号:■■■■■■)
■■■支店の遺言者名義普通預金 (口座番号:■■■■■■)
■支店の遺言者名義定期預金 (口座番号:■■■■■■)
二 その他、遺言者に関する一切の財産は娘 喜孝ななみに相続させる。
三 遺言執行者として、田村正明弁護士(■■弁護事務所所属)を指定する。
遺言執行者は、遺言者名義の預貯金の名義変更・払い戻し・解約・その他本遺言の執行に必要な一切の行為を行う権限を有する。
四 付記事項
お母さんは、お父さんに殺されると思って、この遺言状を書きました。
この遺言状さえあれば、あなただけでも、わたしは守ってあげられます。
逃げて。お母さんは、もうあなたを守れない。
■■年 ■月■日
〔データ削除〕
遺言者 喜孝めぐみ 〔印〕
〔これと共に、遺言者の遺体が埋めかけの状態で放置されていたそうです。 :マスター〕
〔よく見るとこれ、燃やされたみたいな跡があるんですよね。 :ヨシタカ〕
【Log 00287-bc : ■月■日の朝刊一部抜粋】
昨日未明に■■公園内で身元不明の遺体が発見された事件について、■■警察は■日、発見された免許証から喜孝めぐみさん(31)であると判明した、と発表した。司法解剖の結果、死因は頭部を複数回鈍器で殴られたことによる脳挫傷及び脳溢血と判明、■■警察は殺人事件と断定した。
〔中略〕
尚、喜孝めぐみさん(31)の親族である喜孝ななみちゃん(5)の行方が分からなくなっており、当局では捜索が進められている。
【Log 00287-bd : ■月■日の夕刊一部抜粋】
今日未明、■■川下流で身元不明の遺体が発見された事件について、■■警察は■日、■■川付近に在住の田村正明さん(56)と判明した、と発表した。司法解剖の結果、死因は溺死と判明し、警察では事故・事件双方の可能性があると見て捜査を進めている。
〔以降、-cyまで事件に関連する文書が続く〕
- Re: BAR『ポストの墓場』 ( No.8 )
- 日時: 2016/09/26 02:18
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)
【Live Log : 掌中の珠】
「——いらっしゃいませ」
蝶番の微かな軋りと、それを掻き消すベルの音。来客を知らせる合図に、ロマはカウンターを拭く手を止め、顔を上げて決まり文句を口にする。釣られるように、フロアで各々の仕事をこなしていた者達からも、次々と同じ言葉が放り投げられた。
手早くカウンターへ回り込んで布巾を流し台へ放り込み、ドアを開けたきり立ち尽くしている来客の許へ、足音を殺して駆け寄る。慌てて応対しようとしていた他のスタッフは、ロマが来たと見るや否や、すぐに身を引いて己の仕事へ戻った。彼が引き受けたならば心配はいらない——そこには静かな、しかし確固たる信頼関係がある。
「此方が『ポストの墓場』で間違いないかしら?」
「はい。……ログの閲覧をご希望の方でしょうか?」
「ええ。古高七恵、と申します」
貴婦人とは斯くあるものであろうと、そう思わせる女性である。
淡い儚さの中にも強い芯を秘めた、矍鑠とした佇まい。一見沈鬱な色使いでありながら、確かな瀟洒を感じる洋装。肩口に零れる一房の白髪。酸いも甘いも知り尽くした老練さと、それでも尚清廉であろうとした覚悟の垣間見える鳶色の瞳。麗しきとはこのような者のことを指すのであろう。
「かしこまりました。マスターへ取り次ぎますので、少々お待ち下さい」
ロマはいつものように、しかし心持ち丁寧に頭を下げた。
それは静謐とした敬意であった。
ロマの言葉を受け、薄暗い保管庫から昼のフロアへ出てきたマスターを、彼女は淡い笑みと共に出迎えた。
「初めまして、オーナーさん」
「お初に御目に掛かります、古高七恵様——いえ、“喜孝ななみ”様」
深々と、一礼。マスターの放った言葉に、スタッフの視線がその方へと集中する。アンドロイドの顔色など読むべくもないが、平素よりゆっくりと頭を上げるその仕草から、慣れたスタッフは深い感慨の色を見ていた。対する彼女は、予想通りの反応と言わんばかりに、ただ黙ってマスターの所作を見つめている。
張り詰めた沈黙が少し。老婦人の声が、凛としてそれを破った。
「此処に私の過去が保管されていると聞きましたの」
「ええ。しかし、今の貴方には必要のないものも含んでおります」
「いいの。お返し頂けないかしら」
ざわり、と空気が揺れた。
見せてほしいではなく、返してほしい——恐らくそれは、マスター以外のスタッフ全員が、初めて出会う要求であろう。そんなことは出来ない、と勢いのまま口走りかけたロマを、マスターは黙って手で制する。気勢を削がれ、彼が口を閉じたその隙を縫うように、再び深く頭を下げた。
「かしこまりました。貴方に関連するログ、全て此方にお持ちいたします」
「お頼みしますわ」
老婦人は多くを語らない。ただ、柔らかく笑って会釈するばかりである。
マスターもまた言葉少なだ。少々お待ち下さい、ときっぱりした態度で応対し、すぐに踵を返した。
そして、暫し。再びマスターがフロアへ戻ってきたのは、店の表に出した看板が「CLOSE」に変わった後であった。
片手に頑丈な紙袋を提げ、平生と何ら変わりない態度で歩み寄るその姿に、またしても店内の眼が集まる。本当にログを人へ渡してしまうのか、と驚愕する視線と、マスターの言うことならば間違いはないだろうが、と諦念を交えつつも猜疑する視線。重い雰囲気が周囲に漂う。
「お待たせ致しました。……此方でご覧になりますか」
「お邪魔でなければ、是非」
しかし、そんなぎくしゃくとした空気も、まるで意に介さない。老婦人が着いた席のテーブルに紙袋を置き、丁寧に一礼して、マスターは静かに傍を離れる。彼女もまた、無言で会釈を返すばかりであった。
ぱたり、とドアの閉じる音。バックヤードへ引っ込んでしまったのだ。一度裏へ閉じこもってしまったならば、彼は休憩時間が終わるか、いっそ強盗でも出ない限りフロアへ戻ることはない。表に残されたスタッフは揃って顔を見合わせ、諦めたように肩を落とした。
“マスターからの釈明を聞くのは後にしよう”と。目は雄弁に語る。
オーナーの姿が消え、時が経つこと十数分。
「お待たせしました、今日のお昼の賄いはクッキー三種! 紅茶も淹れたんで、好きなだけどうぞー」
「おーすげぇじゃねぇのー。俺の娘も丁度こう言うのにハマってるぜ」
仕事を片付けていたスタッフ達は、カウンター席の隅でナベシマの焼いたクッキーを摘んでいた。
夜に訪れる嵐の前の、穏やかな静けさ。そこには緩やかな時と空気が流れている。
「七恵さんも是非どうぞ。此方、サービスです」
「あら、ありがとう。気が利くのね」
紙袋一杯のクリアファイルの、恐らくは三分の二ほどを読んだところであろうか。三十冊以上のファイルが積み重ねられた横に、ナベシマはクッキーを並べた皿とティーセットを置く。婦人の眼は文書を離れ、角砂糖入れを置こうとしていた彼女の横顔を、検めるように見つめていた。
そして、一礼して去っていこうとした背に、柔らかく声を掛ける。
「御礼と言ってはなんだけれど、退屈な昔話を聞いて頂戴」
→Next Page
- Re: BAR『ポストの墓場』 ( No.9 )
- 日時: 2016/09/26 07:06
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)
余韻さえ掻き消すほどに、緊張した空気が漂っていた。
婦人はファイルを閉じ、そして自らの瞳も閉じる。何かを思い起こすための仕草である。
「貴方方はこのファイルの中身を一度は見ているのでしょう? でしたら、きっと私の過去に何が起こっていたかは、上辺であってもご存じのはずね。母親が父親に殺され、遺言の執行者も殺され、娘は行方不明——巷で一時期騒がれた事件の、行方不明になっていた娘が私」
「ぇあ、はいっ」
しどろもどろに返すナベシマに、婦人はくすくすと面白そうに笑った。
「あの後私は叔母に引き取られました。叔母さんには子供が居なくてね、本当の娘のように私を育ててくれて。もう叔母さんも叔父さんも亡くなってしまいましたけど、今でもあの頃が一番幸せだったと思うわ」
「い、今は?」
「あら、私はずっと幸せよ? そう思えるまでに時間が掛かっただけ。あの頃は考えなくても幸せだったの」
礼を失した問いに気分を損ねた様子もなく、婦人の手が目元に零れた髪を払う。ナベシマは気圧されたようにふらふらと数歩後ろへ下がると、糸の切れた人形の如く、すとんと椅子に腰を落とした。
髪を払った手で、紅茶を一口。僅かな間を取り、再び話し出す。
「あんなに騒がれた事件の関係者でも、意外と普通の生活は送れるものね。私はごく普通に学び、友人を作り、大人になった。仕事はとても充実していた。大変な中でも甘い恋をして、家庭を持つことだって出来たわ。……それでも、私は怖かった」
「父親が、ですか……」
「そうかもね。何度も振り払おうとしたけど、そう簡単に出来たら苦労しない。夢は毎日見たわ。私が小さかったときも、学生になっても、仕事が忙しくなってからも。夢の意味が分かってから、もっと怖くなった。大事な商用を控えた夜に魘されて、眼の下に出来た隈をメイクで必死に隠した朝もあった。亭主にも随分迷惑を掛けたわね」
そう話す声には、しかし漣一つ立たず。
窓の向こうの明るみへ向けられた眼は、此処ではない遠くを見つめる。
「人から見た私は、きっと幸せだったのでしょう。でも私は、今までずっと恐れていただけだった」
意味が分からない、と言いたげな顔で、ナベシマは婦人の顔を見た。
婦人もまた、彼女の顔を見ていた。
「名前を変え、姓を変え、過去を消して——“喜孝ななみ”として、私は生きてこられたかしら?」
「…………」
「私は何時までも母を愛しています。だからもう一度、私は“喜孝ななみ”として、母から貰った名前と過去を負って生きたい。その為に、私は此処へ来たの。残っていること、忘れたこと、思い出さないようにしてきたこと……私が捨ててきた、“喜孝ななみ”の過去を取り戻すために」
いつの間にか、紅茶は冷め切っていた。
誰も彼もが背を正して固まり、空気さえも停滞している。
「あら、オーナーさん」
重苦しい停滞と膠着を打ち崩したのは、バックヤードと表を隔てる扉の軋りと、老婦人の明るい一声だった。凍り付いていたスタッフが一斉にその方へ眼をやり、矢のような視線を浴びて、マスターは扉を閉めた体制のまま一同を見回す。そして、何も言わずに婦人の前まで歩み寄った。
アンドロイドの機体は重く、古びた床を下手に歩けば容易に踏み抜いてしまう。しかし、その歩が床に悲鳴を挙げさせることはない。緊張した空気を乱すことなく歩み寄る様は、ある種不気味ですらあった。
「お伺いしたいことが御座います。喜孝様」
感情の読めない声。鳶色の双眸が、色のないモノアイを見上げる。
「何でしょう?」
「貴方は、父親を許すことが出来ますか?」
「いいえ。私はそんなに大人じゃありませんもの」
即答。そこに躊躇いや迷いはただの一瞬もない。
蛇のように執念深い恨みが、童女の如く無邪気な笑みの裏に張り付いていた。
「かしこまりました。突然無遠慮な質問をしてしまい、申し訳ありません」
マスターはただ、いつものように頭を下げた。
からん、からん。涼やかにドアベルの音が響く。
重たい紙袋を片手に、颯爽と辞していった貴婦人の背を、ロマとマスターは並んで見送った。
「Nさん、俺の疑問に答えてくれませんか。他のスタッフも思っていることです」
「ええ。ログの譲渡——いえ返却は、今までに実行したことのある事例です。ログを書いた方本人か、或いは親族の方が強く希望され、諸条件が合致した場合にのみ、ログの原本をお返ししています。……勿論ですが、コピーは残してありますよ? 必要にならない時が来ないとは限りませんから」
ドアが閉じ、ベルの音が消えても、二人は立ち尽くしたまま。
閉じられたドアを眺めながら、会話は続く。
「今まで俺に言わなかったってことは、俺の管轄外だろうと思います。質問を変えましょう」
「……喜孝様があの場でイエスと言ったならば、私はこれをお渡しするつもりでした」
誰しもが思い、かの者もまた回答の要求を予想したであろう質問を、わざわざもう一度言う必要もない。マスターは呟くように告げてエプロンのポケットに手を入れ、薄い茶封筒をロマに手渡した。
“古高七恵様”——乱雑でがたがたの、釘で引っ掻いたような文字である。封筒のフラップは「〆」の字で適当に戒めてあるばかり、切手も張り付けられていなければ、名前以外のいかなる情報もない。仮令ポストに投函したとしても、届くはずのないものだ。
——渡せば届いた願いを、此処で握り潰す。その心は。
ロマの表情は確信を得た者のそれであった。
「あの方にはもう、必要のない愛です」
これは第八ログへ。
そう言い伝えて去っていくマスターに、ロマは黙って首肯した。
〔当事案を以て、【Log 00287】関連ログは全て第八ログへ移行しました。 :マスター〕
→Do you read 【Log 00008】?
- Re: BAR『ポストの墓場』 ( No.10 )
- 日時: 2016/09/26 02:28
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)
【Log 00008-agbu : ■■警察病院の病棟より回収された文書】
お前がおれの前からいなくなってずい分たつ。おれは年をとった。
色々お前に伝えたいが、もう手紙をかく余力もない。
だから、これだけ言わせてくれ。
おれは母さんもお前も愛していた。
あの時は気の迷いだったんだ。おれがバカだった。
今でも愛している。
お前も母さんも。ずっと。
——喜孝順次
〔この手紙を残した後、喜孝順次氏は肺癌により死亡しています。 :マスター〕
〔独善にも程があるだろこれは。 :ギルバート〕
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