複雑・ファジー小説

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はきだめのようなもの
日時: 2019/06/16 10:32
名前: 凛太 ◆ZR4vcGLyhI (ID: aruie.9C)

好きなものを好きな時に書きます。

【ショートショート】
罪に、沈む>>1
さすれば、花が咲く>>2
鴉飼い>>3
さよならノスタルジック>>5
別離に泣く>>6
マリオネット >>8 >>17
銀の塔の魔法使い >>10
花嫁行列 >>11
月を観る人 >>12
おはよう、おやすみ >>13
渇望 >>14 >>15
美しいひと>>18
金の砂塵>>19

【短編】
つがいの星 >>4 >>7 >>9 更新中

【雑多なもの】
>>16

Re: はきだめのようなもの ( No.10 )
日時: 2017/11/03 00:32
名前: 凛太 ◆a7opkU66I6 (ID: aruie.9C)

銀の塔の魔法使い



 頂に雲を抱く銀の塔には、曰く魔法使いが棲まうという。


 四方を森で囲まれていた村は、ある時を境に霧で覆われた。村の者は、口々に魔法使いを罵った。あの男は黒檀の髪を持ち、瞳にはほむらを飼っている。きっと、悪魔の手先に違いない。そういえば、それよりも昔、うら若き生娘が魔法使いにかどわかされた。後を追った勇敢な婚約者は、手負いの姿で村へ帰ってきた。やはり、あの魔法使いは村の敵だ。皆、口を揃えてそう言った。凛々しく勇ましい男が森へ立ちいれば、嫉妬で殺されてしまう。清らかで美しい娘が銀の塔をおとなえば、娶られてしまう。だから、けして森へ入ってはならない。大人達は、村の幼子にそう言い聞かせた。
 霧で外の世界から閉ざされて、何十年経ったことだろう。村では奇妙な病が瀰漫していた。黒い痣が体を侵食するのだ。赤子から老人、老人から女、その次は。そういった具合に、徐々に病に蝕まれていった。きっと、魔法使いの仕業に違いない。皆、声を潜めて囁いた。
 そのような顛末から、1人の青年が立ち上がった。狩人の息子で、村一番の勇猛果敢。彼は松明と一振りの剣を携えて、銀の塔へとおもむいた。



 塔の中は仄暗く、松明の灯りが心強い。螺旋状の階段を登れば、沈んだ足音が響くばかりだ。狩人の息子は深く溜息をついた。しじまにかえった塔の中では、溜息さえも反響する。実を言えば、彼は恐ろしくて仕方がなかった。村を霧で隠し、病を蔓延させたあの魔法使いが。
 幾久しく続くように思われた長い階段を登り終えれば、白亜の扉が見えてくる。彼は腰にはいた剣の感触を確かめると、勢いよく扉を開けた。瞬く間、彼の視界に飛び込んできたのは、恐ろしい面をした男でも、醜く歪んだ老人でもない。金糸で飾られたローブを羽織る、花のかんばせだった。本棚と文机、そして安楽椅子にいろどられた小さな部屋の真ん中に、彼女は立っていた。

「お前は、魔法使いか」

 男は恐々とたずねた。眼前に佇む乙女は、けして黒檀の髪でも、瞳にほむらも飼っていない。月光の色をした長い髪に、夕闇を切り取った両まなこ。ローブの袖から伸びる白魚の手は、布で巻かれた何かを抱いていた。それが赤子だと気づいたのは、おぎゃあとないたからだ。

「そうです」

 魔法使いは、たおやかな仕草で頷いた。彼女は慈愛を含んだ眼差しで、胸に抱く赤子をあやしている。狩人の男はわけもわからず、目を瞬かせた。

「その赤ん坊はお前の子か」
「違います」

 魔法使いの娘は静かに首を振った。ならば、誰の子だ。もしかすれば、村の子だろうか。この前トトとアンリの間に、子供が生まれたはずだ。いや、向かいの家のサッシャの子かもしれない。さりとて、こちら側では赤子の顔を見ることが叶わない。男は悶々と思考を巡らせた。それが絶えたのは、娘が口にした言葉のせいだった。

「ああ、愛しいテオ。泣かないでおくれ」

 赤子がぐずると、娘はよく透る声で宥めた。聞き覚えのない名前に、男は当惑した。

「ところで、貴方はどうしてここへ来たのですか」

 娘に問われ、男は一つ咳払いをした。

「この陰鬱な霧や、近頃村を悩ませるはやり病について物申しに来たのだ。これらは、魔法使いの仕業か?」
「その通りです」
「何故そのようなことをするのだ。村の者達は皆苦しんでいる」

 男は必死に訳を話した。束の間、娘の双眸が見開いた。そこにはなみなみと憎悪が注がれている。男は僅かに後退りをする。咄嗟に剣に手をかけるが、身体が痺れたように言うことを聞かない。

「それならば、こちらが問いましょう。何故、貴方達は魔法使いを憎むのです」
「お前が村に恐ろしい呪いをかけるからだ。遥か昔に娘を攫った話も飽きるほど聞かされた」
「ああ、テオ、可哀想なテオ!」

 娘の頬に真珠ほどの涙が伝うので、男はぎょっとした。そして赤子に顔を埋めて泣き喚くのだ。男は勇気を奮い立たせて娘へ近寄った。そして腕にかき抱く赤子の顔を覗き込む。そこには、黒色の髪と紅蓮の双眸を持った赤子が、あどけない顔をして娘を見上げていた。

「な、何者なのだ、この赤ん坊は!」
「テオ、私の可愛い一番弟子! 銀の塔に住んでしまったばっかりに!」

 男は仰天し、それ以上言葉が出てこなかった。言い伝えにある魔法使いは、この赤子にぴたりと当てはまった。娘はひとしきり泣くと、男に向き直った。

「永らく塔にいた魔法使いは、私ではありません。この純真無垢なテオです」
「しかし、まだ口もきけない赤ん坊ではないか」
「私達魔法使いは、刻を遡り力を使います。果ては、このような姿になって朽ちてしまうのです。恐らく、力を使い過ぎたのでしょうね」

 赤子、テオが無邪気な声を上げる。その度に娘はテオの頬を悪戯に撫でた。

「昔、森に迷い込んだ村の娘とテオは、恋に落ちました。村の娘が銀の塔へおとなう姿を見た娘の幼馴染は、嫉妬にかられて娘を殺しました。そうしてそれを、テオのせいだとうそぶいて村に伝えたのです。心優しいテオが、そのようなことするはずが無いのに!」
「な、ならば霧や病の仕業は! 先程、魔法使いのせいだと言ったばかりではないか!」
「そうです、テオは村の者に嫌われても、亡き娘を想い村を愛し続けました」

 その瞬間、部屋に拵えた窓が勢いよく開け放たれた。娘は窓を指差し、男はゆっくりと歩み寄る。ささやかな風が男の髪をもてあそぶ。窓から望めたのは、霧に包まれた陰気な森ではない。陽光が葉を照らす美しい森だった。霧は、晴れていたのだ。

「村の外では病が流行っていました。とうに、この小さな村など滅びてもおかしくなかったのです。けれどもテオは霧で閉じ込めることによって、村を守っていました。ああ、されど今はもう……」

 男は膝から崩れ落ちる想いだった。ふらつく足取りでテオの元へ近づく。テオは霧によって村を病から遠ざけていた。しかし、霧はすっかりと晴れてしまった。それでは、村は、テオはどうなってしまうのだろう。娘にいだかれたテオの顔を見れば、彼はうつらうつらと微睡んでいた。

「……その、ありがとう」

 このか弱き体躯になるまで、彼は一身にわざわいを引き受けていたのだ。無意識に男はテオの指を握り、こうべを垂れていた。ふと、テオが眩く笑むのはまばたきほどの間だった。気がつけば、テオは柔らかく瞼を閉じていた。恒久に、目の覚めることのない。 娘は男をねめつけた。

「私はけして貴方達を許さない」

 返すべき言葉は何もない。男は黙ってそれを甘んじた。間も無く村は滅びを辿る。死にたくはない、助けてほしい。男はそう叫びそうになるのを堪えた。テオの亡骸の前では、できそうになかったのだ。
 娘は深呼吸すると、その清らかな声で歌を口ずさんだ。村で伝わる子守唄に似ている、と男は思った。歌い終えれば、娘は男を真っ直ぐに見つめた。

「貴方を許さない。けれどもテオは、最期に貴方の言葉で救われた。ならばその分礼を尽くしましょう」
「どういうことだ」
「家族を連れて西の王都へゆきなさい。そこでは病の研究が進み、特効薬が作られたと聞きます。けれども連れて行けるのは、貴方の家族だけ。他の村の者まで、私は守れないから」

 娘は儚く微笑んだ。男は深く頭を下げると、身を翻して銀の塔を去っていった。



 後に村は滅び、銀の塔は朽ちていった。男は王都にたどり着き、今でも壮健に暮らしているという。時折心優しい魔法使いに思いを馳せては、祈りを捧げる。


***
明るい話が書きたいです。

Re: はきだめのようなもの ( No.11 )
日時: 2017/11/06 20:50
名前: 凛太 ◆a7opkU66I6 (ID: lQjP23yG)

花嫁行列



 うつくしいものを尊ぶということ。幼い頃に必死に集めた、硝子の瓶。胸がすう、となるような夜明けの藍。それらを見た時、わたしはわけもなく懐古の念に浸る。柔らかな真白のレースを翻し、真珠色のヴェールを被った姉は、神さまのもとへ嫁ぐことになった。鮮やかな化粧を施した、しめやかな姉の顔は、わたしには一等うつくしいものに思えた。




 わたしの村では、いまだに時代錯誤めいた儀式が執り行われていた。何百年かに一度、年頃の娘から神さまの花嫁を選ぶ。そうすればしばらくは凶事もなく、村は安寧の日々が続くらしい。時期が近づけば村の大人達は、夜な夜な顔を付き合わせては花嫁のことを話し合う。恐らくは、何かしらの基準に当てはまったのだろう。終いには、わたしの姉に白羽の矢が立てられた。

「シャーリィ、泣かないで」
「でも、わたし、悲しくて」
「死ぬわけじゃないよ、心配しないで」

 姉が神さまの元へ嫁ぐと知らされた日。ちょうど家で刺繍をしていて、蒼白な顔をした父によって告げられたのだ。姉は目をわずかに見開いた後に、困ったように微笑んだだけだった。一方のわたしは、姉の膝でぽろぽろと泣いた。優しい手が、私の亜麻色の髪を梳く。姉も同じ髪の色をしていたが、私のそれとは全く違った。姉の髪は長く、緩やかに波打っていた。比べられるのが嫌で、わたしはいつも髪を短くしていた。

「神さまと結婚しても、いつも通りだよ。何かが変わるわけじゃない」
「それでも、姉さんは」

 その先を紡ごうとして、私は目を逸らした。神さまの元へ嫁ぐということ。昔話みたいに、その命を捧げるわけではない。しかし、姉は神さまを夫にするのだ。子も残せず、見えやしない神さまだけを愛して、一生を終える。

「シャーリィ、とうさま。かわいそうなんて思わないで。この村を支えてきた神さまだから、きっと素敵な旦那さまに決まってる」

 気丈に振る舞う姉の姿に、わたしも父も、もう何も言えなかった。
その日から、婚礼の式に至るまで。周りのものたちは、私たち家族におめでとう、と祝福の言葉を投げかける。姉は顔に喜びを湛え、その度に謝辞を述べるのだ。幾度となく繰り返されたその光景は、わたしにはみにくいものに思えて仕方がなかった。




「みてみて、花嫁行列!」
「なんてきれいなんだろう、あたしもきてみたいなあ」

 色とりどりの花弁が風に舞い、楽師達は祝婚歌を奏でる。凪いだ湖面を映したような青空だった。一様に白い服を着た大人たちを引き連れて、花嫁衣装を纏った姉は丘の上の教会へ向かう。傍らには、新郎がいるべき場所には、誰もいない。胃から苦いものがせり上げて、わたしはその場を立ち去った。とにかく、この馬鹿馬鹿しい祭り事から離れたかった。
 村はずれまでくれば、もうあたりに人の気配なんてない。花嫁行列を見に、皆目抜き通りの方まで出かけているのだ。

「神さまがなんだっていうの、姉さんの幸せを奪っておいて」

 感情のままに、言葉が溢れた。婚礼の式が終わった後、姉はずっと教会で暮らすことになるだろう。神さまの嫁になったのだ、あまり自由になんてさせてもらえない。ずっと、会えなくなるわけではない。だけれど、姉の幸せはどうなってしまうのだろう。

「ねえ、お嬢さん、どうしたの」

 不意に話しかけられて、わたしは大声をあげそうになった。声の方を見れば、フードで顔を覆った男の姿があった。

「旅人の方?」
「そのようなものだよ、お嬢さんはこの村の?」

 簡素なローブを着た長身の旅人に、わたしは訝しげな視線を送り、首を縦に振る。村は閉鎖的だから、あまり人が立ち寄ることはない。たまに異国の行商人が訪れては、足早に立ち去って行く。
 旅人の男はぐっと伸びをして、恐らくは遠くを見つめたのだろう。彼方に見える丘陵へと顔を向けた。

「今日は祝事があったんだね」
「そう、わたしの姉さんの結婚式」
「けれどもお嬢さん、あんたはあまり嬉しそうではない」

 旅人の語り口は、穏やかで優しいものだった。けれども、苛立ちが募るばかりだった。

「姉さんは、神さまと結婚するんだ」
「なるほど」
「みんな、口を揃えておめでとうと言う。でも、これって本当に幸せなことなの? 他の女の子みたいに恋もできないし、何かあれば神さまの妻だからといわれる。ねえ、旅人さま。これって、本当におめでたいこと?」
「あんたはべらべらとお喋り好きみたいだ」

 旅人があまりに軽やかな笑い声をあげるので、わたしは急に気恥ずかしくなった。

「よくある話だ、多くのために1人を人柱にするなんて」
「そうかもしれない。けれど、神さまって、本当にいるのかな」

 最後の方は、消え入るような声だった。その時、フードの奥でわたしをじっと見据えてる気がした。微かに覗く口元がやわらぐ。

「そんなこと、言ってはいけないよ。少なくともこの婚礼の間はね」
「どうして」
「ひとりきりの婚礼なんて、さみしいに決まってるからね」

 そう言って、旅人はわたしの頭を撫でた。その手の冷たさに、わたしは驚きで肩が跳ねた。そのさまをみた旅人は、再び笑い声をあげる。そうっと手が離れた時の名残惜しさは、一体何だったのか。

「案ずることはない、お嬢さんの姉上は幸福に恵まれる」

 旅人は背を向け、目抜き通りに繋がる路地へ歩いていく。わたしは慌てて追いかけた。

「旅人さま、あなたのお名前は?」

 叫びながら路地に入れば、そこには望んだ背中はなかった。かわりに、白い猫がわたしを凝視していた。うつくしい、真白の毛並みと瑠璃色の双眸を持つ猫だった。隙間から溢れる木漏れ日にあてられて、猫の毛はうすらと輝きを帯びている。しばらくして、猫は興味を失ったのか、一鳴きして去っていった。
 その日は始終、旅人の姿を探したが、ついには会うことは叶わなかった。 それから、婚礼の式はつつがなく終わり、姉は神さまの花嫁になった。教会のそばにある小さな家に移り住んだ姉を訪ねるために、わたしは毎日丘を登る。時折、姉に不思議な旅人の話をするけれど、その度に姉は嬉しそうな顔で笑むのだ。



***
明るい話が書きたかった。

Re: はきだめのようなもの ( No.12 )
日時: 2017/11/11 17:56
名前: 凛太 (ID: aruie.9C)

月を観る人





 日に透かせば、彼の黒髪に緑が差す。きらめく瑠璃色の双眸や、派手ではないけれど整った顔立ち。そして、飄々とした態度。やはり彼は、真夜中が似合う。
 壁で覆われたこの街にも、等しく冬が来る。冬は好きじゃない。だって、この街の無機質さが強調される気がして。この街は、どこか歪だ。ぐるりと街を囲む鉛色の壁に閉じ込められて、私たちは息を吸っている。耳を塞ぎたくなるような決まりごとによって、生かされていた。歪な街、だけれども。彼だけは違うと思う。理由なんてないけれど、確かにそう感じたのだ。

「陸さん、奇遇だね」

 寒さが身に堪えるからと、わたしは学校からの帰路を急いでいた。今日の夕食当番は妹のはずだから、あまり早く帰る必要はない。しかしこの寒空の下では、どこかへ行く気も失せてしまう。だというのに、彼は平気で私を呼び止める。

「……観月さん」

 彼の名前を転がせば、残ったのは奇妙な違和感だった。彼は簡素な紺の外套を羽織り、悠然と佇んでいる。口元には、緩やかな笑みをたたえて。

「その服装だと、学校帰り?」
「そうだよ」
「へえ、僕も高校なんて行ってみたかった」

 そういえば、と思う。彼は私と同じくらいの年の頃で、学校に行ってる素ぶりなんて全く見せない。もしかしたら、何か事情があるのかもしれない。私は話題を変えることを試みた。

「それより、外で会うなんて珍しいね」
「ああ、ちょっと用事があってね、終わったところだよ」

 彼は退屈だったと言わんばかりに、溜息をついてみせた。 私はそうなんだ、と相槌を打って、いつ別れの挨拶を切り出そうかと算段する。皆に合わせて、丈を少し短くしたスカートでは、防寒なんてまったくできない。早く暖かい我が家に帰りたかった。

「ねえ、観月さん。そろそろ」
「そうだ、陸さんも来なよ。僕、あと一つ寄りたいところがあったんだ」

 彼はマイペースにも私の言葉を遮った。そうして私は、つい頷いてしまったのだ。断ろうとと思ったけれど、珍しい彼の誘いに、好奇心を抱いたことは否定できない。

「じゃあ、行こうか」

 彼は綺麗な笑みを形作る。その手には、いつのまにか懐中電灯が携えられていた。




 連れてかれたのは、街外れにある美術館だった。場所柄、訪れる人も少ない。硝子張りの外装で、周囲を木々に囲まれているせいか、どこか寂しげだった。彼は迷いなく美術館の扉をあけて、中へと突き進んで行く。私は慌てて追いかけた。

「チケットとか、買わなくていいの?」
「ああ、いらないよ。ここの美術館は閉館になったからね。明後日、取り壊されるよ」

 私は驚いて、辺りを見回した。確かに美術館のホールは、ひと気がなく、電気すら灯されていなかった。窓から夕日が差し込み、どこか現実感を伴わない。

「その前に、見たいものがあったんだ」

 そう彼は呟いて、奥へと歩いていく。壁に掛けられた絵画は、どれも似たようなものだった。街の風景画か、抽象的なものばかり。それら全てを、彼は無視していく。
 ようやく立ち止まったのは、狭まった細い廊下だった。そこだけ、雰囲気が異質だった。壁には等間隔で美術品が飾られており、彼は丁寧にそれらを懐中電灯で照らしていく。そこには、見たことのない景色があった。巨大な建物が林立した街並み、一面砂で覆われた大地。どれも、街の中にはないもの。外だ、外の世界だ。もう出ることの叶わない世界が、そこにはあった。

「ここの館長は、こういったものを集めていたらしい。それを咎められて、閉館になった」
「その人は、今どうしているの」

 彼は何も言わず、首を横に振った。この街は、いつもそうだ。知らない間に人がいなくなって、いつのまにか人が増えている。奇妙な均衡を保っているのだ。私は食い入るようにして、絵画を見つめた。

「やっぱり、おかしいよ」

 自然と、言葉が漏れてしまう。

「私たち、閉じ込められてるんだ」
「そうだね」
「なんで、観月さんはそんなに冷静なの」
「じゃあ聞くけど、陸さんはこの街を出たいと思う?」

 その問いかけに、私は目を逸らした。この街がおかしいこと。それを知って、私にできることなんてあるのだろうか。見て見ぬ振りをしていれば、何も危険なことはない。安穏とした生活を、受け入れて過ごす。その方が、よっぽと賢明だ。
 私が口を噤んでいると、彼は眉を下げて悲しそうな顔をした。どうして、そんな表情をするの。

「そろそろ、帰ろうか」

 それだけ言って、彼は背を向けた。彼は変わっている。この街には似つかわしくない。ひょっとしたら、彼はこの街を出たいのだろうか。そこまで考えて、私は思考を止めた。私には、関係のないことだ。目を瞑って、知らないふりをして、私はこの街に染まっていく。



***
4年前にここで書いてた「夜明けの街、真夜中の瞳」の話です。
思い入れのある2人なので、書けてよかった。
SSは空き時間にぱぱって書けるので、楽しいですね。


Re: はきだめのようなもの ( No.13 )
日時: 2017/11/18 17:52
名前: 凛太 ◆a7opkU66I6 (ID: KG6j5ysh)

おはよう、おやすみ



 あ、あの子に借りた小説、返さなきゃ。これが、目が覚めてから思ったことの、ひとつめ。



 端的に言って、人類はコールドスリープに失敗した。災いから逃れる為に、偉い学者や研究者が作ったカプセル。ほとんどは、そのまま棺桶になってしまったけれど。それでもわずかに生き残った人々は、身を寄せ合って暮らしている。

「桜子、捜しましたよ」

 うんざりするような白い廊下を歩いていたら、スピカに見つかった。彼女は、人工めいている。というよりも、正真正銘のアンドロイドだ。すらりと細身の体躯、日本人離れした明るい髪や、猫のようにつり上がった双眸も。全てが全て、作り物なのだ。
 彼女はゆっくりと申し訳なさそうな顔を形作り、あたしに近寄った。

「もう就寝時間です」
「あたしはまだ眠くないよ」
「我儘を言わないで」

 スピカは一層困ったように眉を下げた。その顔に、つい言葉が詰まる。アンドロイドに感情なんてあるわけない。でも、スピカは人間より人間らしく振る舞う。あたしはため息をついた。そうして廊下の奥を指差す。

「じゃあお願いを聞いてくれたら、寝るよ」
「はい、なんでしょうか」
「星、見たい」

 スピカの表情が止まった。恐らく、これが強張るということなのだと思う。しばらくして、緩慢な仕草で顔を横に振った。

「シェルターの外は危険です。安全を確認してからでなければ、許可できません」
「いつ安全になるの? そんなこというなら、明日だって明後日だって一年後だって、ずうっと危険のままだ」

 あたしは、まだ子どもだ。ようやく高校生なんだね、って母さんと笑いあったことが、妙に思い出される。スピカが正しいなんてわかってた。これが、屁理屈だということも。きっと彼女が人間だったなら、あたしの頬を叩いてたに違いない。けれども、それはできないのだ。彼女は、そういうふうにプログラムされているから。スピカはひたすら、あたしを見つめて立ち尽くしていた。

「桜子、スピカを困らせないで。彼女は俺より繊細だから」
「アルク」

 よく透る声が響く。振り返れば、そこにはアルクの姿があった。スピカとアルクは、対のアンドロイドだ。よく似た容貌。アルクは男性型だから、背格好が高いけれど。
 アルクは柔和な笑みを浮かべて、あたりの肩に手を回した。

「星が見たいなら、資料室に行けばいい。確かそこに、プラネタリウムがあったろう」

 滑らかな言葉は、アルクを人に近いものにさせていた。スピカだって、よく見なければ、アンドロイドだってわからない。しかし、アルクはそれ以上だ。自然なタイミングで相槌を打つし、適切な表情を選んでみせる。人の感情に聡く、警戒感なんて微塵も抱かせない。

「桜子、それでいいですか」

 スピカが躊躇いがちに尋ねる。こうまでされて、反抗的な自分が恥ずかしくなった。あたしは黙って頷いた。



 資料室に向かう道中は、淡白なものだった。代わり映えのない廊下を、黙々と進む。たまにアルクが軽口を叩くが、スピカに一蹴された。よく似た二人のアンドロイドを眺めると、夢の中なのではないかという気分になる。何故、父さんや母さんは目覚めず、あたしだけ。シェルターの暮らしは、思ったより悪いものではない。学校に行かなくていいし、煩わしい人間関係はほぼリセットされた。暑くもなく寒くもなく、食糧だってたっぷりと蓄えられている。けれど、空っぽなのだ。大好きだった家族や、親友、長年見てきた街の景色だって。あたしがあたしであることを証明するものは、失われてしまった。

「桜子、ついたよ」

 アルクに言われて、あたしははっと顔を上げた。そこには灰色の扉があって、スピカが手をかざせば自動的に開いていく。恐る恐る扉をくぐれば、懐かしい匂いがした。本の、匂いだ。中は本棚で埋め尽くされていた。その間を縫うようにして、対のアンドロイドが歩いていく。やがて開けた空間に出た。仰々しい機械が据えてある。知ってる、プラネタリウムの投影機だ。アルクは手慣れたふうにして、それを弄り出す。

「まだ生きてるな。スピカ、電気を消して」
「わかりました」

 スピカが灯りを消す。一瞬の暗闇の後、天上に浮かび上がったのは、眩い星々の色彩だった。どこまでも澄み通った星空だ。心臓が跳ねる。あたし、生きてる。こんなことに、ちょっと感動してるんだ。さっきまでの憂鬱な気持ちが、少しだけ溶けていった。やがてゆっくりと星が移ろい始めた頃、スピカは言った。

「この投影機は、私達を作ってくださった方のものです。彼は、星が好きでしたから」

 淡々とした声だった。スピカとアルクを作ってくれた人。その人は、起きているのだろうか。それとも。

「スピカは、その人に会いたいの」

 何となく、聞いてみた。

「どうでしょうね」

 同じ言葉を、口の中で転がす。どうしでしょうね、なんて。そんな曖昧なはぐらかし方、まるで人間みたいだ。
 二人は、人類が眠りについてる間、このシェルターにいた。私達を守るために、そしていつ起きてもいいように。だって、そのために作られたのだから。寂しくなかったのかな。なんて考えるのは、あたしのおこがましさだろう。アンドロイドはプラグラムによって動いてる。だけれども、今こうして隣に立って星を見上げてる二人には、感情が、意思があるように思われた。

「桜子、あまりスピカをいじめないでくれよ。これが終わったら、ちゃんと眠りにつくんだ」

 喉の奥からくつくつと笑い声をあげながら、アルクが言った。

「……はーい」

 そう返事をしながらも、あたしの頬はちょっとだけ緩んでいた。アルクの年長ぶった物言い。まるで、兄みたいだ。

「いつか、本物の星を見に行きましょう」

 スピカの言葉に目を丸くしたのは、どうやらあたしだけではなかった。アルクもまた、スピカの方を凝視し、驚いてるようだった。スピカがこんな、気の利いたことを言えるなんて。あたしは思い切り頷いた。

「そうだね、行こう」

 外の世界は、どうなっているのだろう。まだ鉛色の雲が被さっているのだろうか。もしかしたら、もう本物なんて拝めないかもしれない。本物と、偽物。何が違うんだろう。今資料室に映るのは、投影機によるものだ。しかし、確かにあたしは、僅かにでも心が動かされた。スピカとアルクの姿を盗み見る。人の姿、だけども人工的で。
 難しいことは、よくわからない。あたしは未来が不安だし、過去に戻りたくて仕方がない。だからスピカに我儘だってぶつけてしまう。もしかしたら、二人も同じ気持ちなのかもしれない。想定外のことが起きたのだ。ずっと二人でシェルターを管理してたのに、ほとんどの人が目覚めることが出来ずじまい。こんなこと、あたしの想像でしかないけど、朝になったらもう少しだけ、二人に優しくしよう。意味なんて、ないかもしれないけど。そう、思ったのだ。


はきだめのようなものは、よく村とか人類とか滅ぼしてますね。
そろそろ、別名義のものに着手できたらいいな。

Re: はきだめのようなもの ( No.14 )
日時: 2018/01/21 22:54
名前: 凛太 (ID: aruie.9C)

 Aは、私にとっての良き友でした。





渇望 上




 これは、懺悔です。私は心の機微に疎い人間ですから、どうしても誰かを傷つけてしまうのです。とりわけ、Aは私の特別でした。

 事の始まりは、不可解なものでした。当時の私は、ひどく鬱屈とした感情を抱えておりました。思春期というものは、概して人を迷宮にかどわかしてしまいます。あの頃は同級生や親ですら、私を指差し嘲笑っているかのような気がしたのです。つまり、孤独でした。
 今はもうしていませんが、私には変わった趣味がありました。出鱈目なメールアドレスに、雑多な感情をぶつける事です。ただ一言を、行き場のない電子の海の中へと奔流させていたのです。それは「むかつく」だとか「お腹すいた」のような、他愛のないものでした。誰に届きもしない文章は、ある種のSNSのようなものでした。
 けれども暗い一人遊びは唐突に終わりを迎えます。返事が来たのです。私は驚きました。もしかしたら、迷惑メールの類かもしれない。慎重に、メールボックスを開けました。



僕と、友達になってください。



 そこには、それだけが綴られていたのです。私は目を丸くしました。私はどう扱うべきか、一晩逡巡を重ねました。そうして翌朝、好奇心も手伝って返事を書いたのです。



喜んで。



 突飛な考えかもしれません。名前も知らない見知らぬ誰かが、私を必要としている。そう思うと、嬉しかったのです。
 それから、奇妙なやりとりが始まりました。便宜上、彼をAと呼びましょう。初めは淡々としたものでしたが、徐々にAの人柄が見えてきました。思慮深く、落ち着いていて、達観したところがある。年の頃は私と同じくらいでしたが、Aは同年代とは異なる雰囲気を持っていました。欠点といえば、少し世間に疎いくらい。だけれども、そんなことなんて気にならないくらいに、Aは完璧でした。

 Aは私の話を好んで聞きたがりました。いつもAは優しい聞き役だったのです。時折私が悩みを打ち明けることがあっても、穏やかに相槌を打ってくれました。



僕は孤独だ。けれど、君がいるから平気だ。



 これが、Aの口癖でした。私にはAしかいない。そして、Aにも私しかいない。この言葉を引き出す度に、愉悦を感じていました。
 そうして文を重ねるうちに、Aと現実でも会いたいと思うようになりました。今振り返れば、とても危険なことです。本名も知らない相手と、会うなんて。私は衝動のまま、Aに提案しました。Aも私と同じ気持ちに違いない、そう確信していたのです。



ごめん、それはできない。




 愚かな当時の私は、裏切られたと感じました。断るなんて、当然のことです。Aが正しかったのです。それなのに、私は自分のことばかり考えて。すっかり打ちひしがれた私は、ひどい言葉をたくさん書き殴った気がします。Aは謝りました。けど、私はメールアドレス変えて。Aとの繋がりを自ら断ったのです。

 それから緩やかに時間が流れました。孤独だと思い込んでいただけの私は、いつしか高校にも居場所が出来て、Aのことなどすっかり忘れていたのです。3年かけて、私はAを傷つけたのだと理解しました。唯一の救いは、アドレスまでは消していなかったことです。もしかしたら、もう届かないのかもしれない。私のことをすっかり忘れているのかもしれない。これは、身勝手な自己満足です。文字を打つ手が震えます。




ごめんなさい、A。






***
短め。
もう少し続きます。







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