複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- はきだめのようなもの
- 日時: 2019/06/16 10:32
- 名前: 凛太 ◆ZR4vcGLyhI (ID: aruie.9C)
好きなものを好きな時に書きます。
【ショートショート】
罪に、沈む>>1
さすれば、花が咲く>>2
鴉飼い>>3
さよならノスタルジック>>5
別離に泣く>>6
マリオネット >>8 >>17
銀の塔の魔法使い >>10
花嫁行列 >>11
月を観る人 >>12
おはよう、おやすみ >>13
渇望 >>14 >>15
美しいひと>>18
金の砂塵>>19
【短編】
つがいの星 >>4 >>7 >>9 更新中
【雑多なもの】
>>16
- Re: はきだめのようなもの ( No.5 )
- 日時: 2017/09/05 17:31
- 名前: 凛太 (ID: xV3zxjLd)
さよならノスタルジック
意識が上昇していく。眩い光が差し込んで、確かな感覚がよみがえった。冷たい空気が頬をなでる。かすかに花の香りがふわりと漂って、思い瞼を開けた。
かすむ視界。うっすらと見えるのは、わたしを覗き込む、女性。
「フレデリック。やっと、目が覚めたのね」
彼女の右手が、わたしの目の前に差しだされる。
「ミス・エレノア」
わたしの頭の中の、膨大なメモリーの中から彼女を見つけ出す。ゆっくりと、声に音を重ねて。ノイズ混じりの発音。それでも彼女は、戸惑いの後に優しくほほ笑んだ。
そうしてわたしは、久方ぶりに彼女の手をとった。
「あれから、何年たちましたか」
まだ、あちこちがぎこちない。わたしは、彼女をまじまじと見つめた。ふと視線をずらせば、左手の薬指にはめられた指輪を見つけて、ああそういうことなのかと、ひとり納得した。雑多な思考が脳内を奔流していった。
「そうね、7年よ」
「そう、ですか」
彼女は一見すれば昔と変わらない様子だった。その軽やかな仕草も、鮮やかな表情も。けれども、あの時のあどけない少女ではないのだ。花を差し出せば無邪気に喜び、きれいな硝子の破片を見つければ夢中になって集めた。そんな、子供ではない。
「あなたがなおしてくれたのですか」
わたしはもう一度尋ねる。彼女はかぶりをふった。
「私は違うわ。主に私の知り合いが」
「ありがとうございます」
「ええ、彼女に伝えておく」
きりきりと、胸のあたりが痛いような気がした。そんなもの、あり得はしないのに。
「しかし、どうしてわたしをジャンクにしなかったのか、不思議です。わたしは、用済みだったのに」
わたしの言葉に、彼女は心外だと言いたげに目を丸くした。当たり前のことだ。不具合を起こしたわたしのようなものは、すぐに廃棄される。そして、新しいのを買うのだ。
「そんなことするわけないでしょう。だって、フレデリックは私の兄のような、いいえ。大事な家族ですもの」
「……家族」
「フレデリックのパーツは旧型だったから、代替品を見つけるまでとても苦労したの」
彼女は言い訳をさがすように、早口に言葉を並べた。
「それにあの時は戦時中だったでしょう。だから余計に必要なものも手に入れづらくて」
「……エレノア」
静かに、名前を呼ぶ。視界の端が一瞬だけかすんだ。まだ、調子が悪い。
「ミセス、エレノア」
その時、彼女は泣き崩れた。
「ごめんなさい」
「エレノア、どうして泣くのですか」
「けれど、私、あなたと約束したのに」
彼女はおずおずと顔をあげた。視線が絡み合って、そして彼女の方からそらした。
「ずっと一緒よ、って約束したのに。こんなに、待たせてしまって」
「大丈夫です、気にしてません」
「それに、私を助けてくれたからあなたは壊れてしまったんだわ!」
あの時の光景が鮮明にフラッシュバックする。倒れてきたコンテナ。それを庇おうとして、わたしは。
わたしは落ち着かせようと、彼女の肩に手をおいた。
「わたしは、そういうふうにプログラムされています。あなたを、守るために」
彼女の薬指の指輪が目に入って、わたしはどうにもできなくなった。7年の歳月は、子供から大人に花開くためには十分すぎる歳月らしい。
もしわたしがアンドロイドじゃなかったら。もっと上手に慰められただろう。
もしわたしが人間だったら。悲しい、という感情が理解できたはずだ。
もしわたしが——。
けれども、わたしがアンドロイドであり人間ではなかったからこそ、あの日彼女を救えたのだ。
大事な、エレノア。
わたしはあの日々に、さよならを告げた。
****
わー、一年ぶりくらい!
アンドロイドが好きです。
またたまーここを更新したいな。
- Re: はきだめのようなもの ( No.6 )
- 日時: 2017/09/06 17:23
- 名前: 凛太 (ID: aruie.9C)
泣くという行為を、始めて知った。それは身が千々れてしまうような、喉の奥から熱いものがこみ上げてくるような、可笑しな感覚だった。ぽろぽろと止めどなく流れる大玉の雫は、行く当てもなく、頬を伝い果ては地に零れ落ちる。視界は霞で遮られ、世界が揺らいでいく。
「もう会えない」
念を押すように告げられた声は、悲哀の情を含んでいた。ああ、もしかしたらという僅かばかりの希望が胸に灯り、けれど次の瞬間にはそれすら消し去った。
「会えないんだ」
僕の指を取った小さな手は、仄かな熱量を持っている。それを砕いてしまうのは、造作ないことだ。彼女の理知的な両の目も、涙に濡れているのだろうか。嗚咽に遮られ、声を発することすらできなくなってしまったようだ。
「私は」
雄雄しく、そして可憐さすら併せ持つ声だった。いつも僕を諭し、教え、導いてくれた声。
「私は、嫁ぐことになった」
心の臓に、矢でも深く刺さったような気がした。じわりと胸に痛みが広がって、身体中を得たいのしれないものが走り抜ける。彼女の手が緩やかに、僕の頭を撫でた。
「相手はここより遠方の国に住んでいるらしい」
相槌だって打つことができなかった。だから代わりに、頭を大きく揺らして頷いて見せる。
「だから、すまない」
謝るなんて、そんな。
その言葉が、僕等の関係ごと不安定にさせてしまう。かつて共に過ごした、煌めきの時すらも、忘却の彼方に流れてしまうのではないか。陽炎のように揺らめく過去は恋い焦がれたもので、されど再び掴み取ることは夢のまた夢だ。
「いつか、共に羽ばたこうと約束したというのにな」
彼女が自嘲的に言った。そのいつかは、とうとう訪れることはなかった。僕は身を震わせる。そうして、彼女に悲しみを伝えるために。衝撃で地がゆれ、何処かで何かが崩れた音がした。
「私は、お前が心配なんだ」
目が見えなくたって、彼女の姿はすぐに思い浮かべることができた。光と見まごう髪を持った、美しい少女。風のように軽やかに、水のように清らかに、それでいて炎のような激しさを身に宿した少女の眼差しは、僕に注がれているのだろう。そのことがたまらなく嬉しく、そして悲しくもあった。
「私が居なくなった後のお前を思うと、いてもたってもいられなくなる」
それは僕とて同じだ。彼女の居ない日々なんて耐えられそうになかった。
「けれど、私は行かねばならない」
手が、離れた。別離の時が近いらしい。今日だって、彼女はほんの少しの合間を縫って来てくれたのだろう。心優しい彼女のことだから。
「今まで、ありがとう」
瞼のあたりで、温かいものに触れた。それが口づけだったと気づくのは、数秒先のことだ。
「そして、さようなら」
瞬間、咆哮にも似た叫びが、腹の底から湧き上がった。空間を震わせたそれに、彼女はどんな表情をしたのだろうか。見当もつかない。それでも、脳裏に輝くのは驚きの混じった彼女の笑顔だった。これは、確かに恋だったのだろう。世界で一番醜い僕は、やはり世界で一番美しい少女に恋をした。それだけの、話だ。
世界の片隅にある小国には、深い森がある。そしてその森の奥には洞窟があり、洞窟の奥には怪物がすんでいた。かつてはお転婆姫と噂された少女は、慈しむようにしてその怪物の話を孫に聞かせるのだ。結局のところ、怪物の真偽は定かではない。けれど、怪物の話は今も語り継がれている。
***
このショートショートを書いたのは、4年前くらい。
書くことから遠ざかっていた時期が長いからでしょうか。
昔の自分の書いた表現に、時折はっとします。
昔に戻りたいなあ!なんて思っちゃったり
- Re: はきだめのようなもの ( No.7 )
- 日時: 2017/09/07 13:44
- 名前: 凛太 (ID: y68rktPl)
つがいの星
2
しばらくすると、壮太くんは学校を休み始めた。空白になった席を視界の端で捉えるたび、あの時の言葉がよみがえる。俺、あと少しでいなくなるから、だなんて。彼は、そういう人なのだ。捉えどころのない、透明な風のような人。私には到底、彼を掴んで胸にしまい込むなんて、できそうになかった。それでも、と。ほんのちょっぴりの勇気を奮い立たせ、壮太くんの家の前に立ったのは、彼が休み始めて5日たったあとだった。久しぶりに訪れた彼の家は、荒涼とした雰囲気を孕んでいる。よく手入れされた庭先や、可愛らしく飾られた表札は、どこか寂しげだった。
インターホンを鳴らして一呼吸おけば、扉から真由子さんが顔を出す。真由子さんは、壮太くんのお母さんだ。少女みたいに悪戯めいた、あどけなさと美しさが入り混じった顔。だけれども、今日の真由子さんの表情は、疲れが色濃く滲み出ていた。
「千夏ちゃん、お久しぶりね。5年ぶりくらいかしら、大人っぽくなって」
「お久しぶりです。今日は壮太くんに学校のプリントを届けに来ました」
「あら、そうなの、ありがとう」
鞄からプリント一式を取り出し、真由子さんに手渡す。受け取る彼女の手は、僅かに震えていた。
「あ、あの」
何故だか急に言葉を発さなきゃいけない気持ちに襲われた。ここで立ち去っては、いけない。そんなことを思わせるくらいには、今日の真由子さんの様子はおかしかった。胸の内側がひりつく。
「壮太くん、元気ですか」
真由子さんの両目が、大きく揺ぐ。
「ずっと、学校来てないから」
「そう、よね。心配になるわよね」
真由子さんは頬に手を当て、数秒の間、口を一文字に引き結んだ。その後に、ゆっくりと家の中を指差す。
「千夏ちゃん、少しだけでいいの。来てくれる?」
「は、はい」
真由子さんの言葉に従い、私は玄関を潜った。一歩中へ足を踏み入れれば、シトラス系の香りが漂う。真由子さんは気遣わしげに私を見やると、そのままリビングルームに案内した。鈍い青色のソファに座るように促され、私は素直にそこへ腰を掛けた。一息ついて部屋の中をぐるりと見渡すと、恐らく真由子さんの趣味だろう、かわいらしい調度品で彩られていた。真由子さんがティーカップを持って、向かいの椅子に座る。しばらく、互いの視線が絡み合った。
「ねえ、壮太に会いたい?」
「……え」
突然の問いかけに、私は間の抜けた声を漏らしてしまう。
「あたし、もう限界なの。1人で抱えるなんて、嫌よ、千夏ちゃん」
「お、落ち着いてください」
真由子さんは急に血相を変え、取り乱した。私は慌ててそれを抑えようとする。今の彼女は、正常ではなかった。整然と並んだ積み木が、音を立てて崩れてしまったような、そんな感じ。
「……さっきの質問に、正直に答えてちょうだい」
落ち着きを取り戻した真由子さんは、平坦な声音で語りかける。お腹のあたりが急に冷たくなるのを感じた。唾を飲む。喉が渇いて、差し出された紅茶を流し込んだ。
「会い、たいです」
私の返事に満足したのか、真由子さんは淡い笑みを形作った。壮太くんのことが心配だ。この家で、何かが起こっている。だけれど、なんだろう。この不安は。真由子さんはよろよろと立ち上がった。
「強引なことして、ごめんなさい。壮太の部屋に行きましょう」
私は無言のまま頷いて、彼女の背中を追いかけた。階段を上がり、突き当たりの扉。それが壮太くんの部屋だった。真由子さんは軽くノックをすると、扉を静かに開けた。わたしは恐る恐る、中を覗いた。しかし予想と反して、飛び込んできた光景は穏やかなものだった。ベッドの上に、壮太くんが横たわっている。規則正しい寝息は、彼の命を証明していた。
「千夏ちゃん、壮太の顔、触ってみて」
私はそっと、壊れ物を扱うみたいにして、彼の頬に触れた。熱い。反射的に手を引いた。人間が持つ体温では、明らかになかった。高熱が出ているとか、そのような類ではない。それなのに、壮太くんの寝顔は穏やかだった。
「5日前から、ずっとこう。1日のほとんどは寝て過ごしてるの。起きてると、胸が痛くて気持ち悪くなるんですって。寝顔、すごく安らかでしょう。今、壮太は星になる準備をしているのよ」
「星に、なる?」
聞き慣れない言葉だ。ファンタジーの世界に、迷い込んだ気分だった。
「あたしの夫もそうだった。この子、星の子なの。星の血を引いてるのよ。信じられないでしょう? あたしも夫に聞かされた時、笑い飛ばしたもの」
「星の子って、なんですか。壮太くん、どうなっちゃうんですか」
聞きたいことはもっとあった。せわしなく流れ行く思考とは反対に、私の体は硬直していた。
「星の子は、心臓の代わりに星を燃やしているの。燃え尽きたら、その身体が星になる」
「助かる方法、ないんですか」
「あるわよ」
真由子さんは、緩慢な動作で壮太君の額を撫でる。熱さなど、今の彼女には関係がなかったのだろう。
「でも、あの子がそれを望まないと思うから」
このこと、誰かに伝えたかったの。あたしだけじゃ、抱えきれそうにないから。真由子さんは、そう話を切り結んだ。そんなこと言われたって、私だって抱えきれない。帰路につけば、もう一番星が輝く頃合いだった。
「壮太くん、遠いなぁ」
真由子さんに、からかわれたのだろうか。一度あの家から出てしまえば、現実感は急速に色あせていった。次に学校に行く時に、あのたゆたうような笑顔で、バカ千夏って呼んでくれる気がした。
***
持て余し気味な夏休みも、あと少しで終わります。
あと2、3話くらいかなあ。
- Re: はきだめのようなもの ( No.8 )
- 日時: 2017/09/10 20:38
- 名前: 凛太 (ID: aruie.9C)
マリオネット
桐一さんは、私の口約束の許婚だった。幼少のみぎり、互いの祖父が成した、たわいもない決め事だ。恐らくは冗談も含んでいたのだろう。その当人達が亡くなった今では、その真意は土に還ってしまった。
2つ上の桐一さんは、寡黙で清涼とした容姿を持つ人だった。特に、濡れ羽色の瞳が印象的だったように思う。私はその双眸が、ひどく怖かった。ふとそちらに意識を遣れば、深い闇にとらわれてしまう気がしたのだ。だから大人になった今でも、面と向かって話すのは苦手だった。
「誉さん、仕事はどう」
桐一さんと会うのは、決まって第3週の日曜日だった。人気のないコーヒーショップで、向かい合わせに座る。儀礼的な問いかけは、彼が面接官だと錯覚してしまうには充分すぎるほどだった。
「順調、かな。今は運動会の準備で大忙しだけど」
「幼稚園の先生は、常に大変だね」
抑揚の篭っていない声で、彼は言った。私は曖昧な笑みを浮かべては、そうねと相槌を打つ。彼は、お喋りな女性は好みではない。だから私は、求められたもの以上のことを口にしたりはしない。髪型や、服装だってそうだ。私の髪が長いのも、早く起きて丁寧に髪を巻かなければならないのも、趣味ではないワンピースを着なければならないのも、彼に起因していた。整然と並んだ規律を、僅かでも踏み越えてしまったならば、彼は静かに顔を歪めるのだろう。そこに少量の侮蔑を含んでいるであろうことは、想像に難くない。
「ああ、そうだ。誉さん、結婚しよう」
彼は眼前のパンケーキを切り分けながら、そう告げた。淡々とした声だった。
「ええ、喜んで」
彼は、私を一瞥しただけだった。だから私も、なんの感慨もなさそうに、努めて冷静にコーヒーを飲んだ。彼のことはよくわからない。ただ、計画が崩れることを厭う人だった。取り立てて暴力に走るだとか、喚き散らすだとか、そういったことはしない。ただ、責めるような目で私を据えるのだ。
過去に一度だけ、大学生の頃だったか、別の人と付き合ったことがある。許婚なんて、名ばかりだと言い聞かせて。けれども結局のところ、罪悪感に潰れて別れてしまった。愛だとか、恋だとかそういうものではない。ただ逃れられない何かが、私達の間に絶えず存在していた。
「誉さん」
名前を呼ばれて、顔を上げる。
「幸せにするよ」
「ありがとう」
周囲から見れば、幸せな2人なのだろう。もう逃げられない、と思った。いいや、最初から、逃げるつもりなどなかったのだ。はじめて祖父から彼を紹介された日、差し出された手をとってから。彼が望む私でいる限り、彼は私を必要としてくれる。ずっと抗い続けるより、罪に沈んでしまうより、その双眸に囚われてしまう方が、きっと楽だ。
「死が2人を分かつ時まで」
彼が、薄く笑った。
きっと、誰よりも不変に焦がれていたのだ。
****
オチがないです。
- Re: はきだめのようなもの ( No.9 )
- 日時: 2017/09/24 23:24
- 名前: 凛太 (ID: aruie.9C)
つがいの星
3
その日はやけに蒸し暑い日だった。塾が終わった後の、気だるい雰囲気がまとわりつく夜。私は、駅のホームで電車を待っていた。次に来るのは快速で、私が乗るべき電車はまだ来そうになかった。手持ち無沙汰になって、鞄から携帯を取り出す。
あの日から、壮太くんの家を訪ねてから、私はおかしかった。地に足の付いていないような感覚に、目眩がしそうになる。私はため息をついた。ふと携帯から目を離せば、隣に彼の姿があった。一瞬、息が止まる。
「千夏、久しぶり」
「そう、たくん」
淡く微笑みを浮かべる壮太くんは、何も変わらないように見えた。かけるべき言葉は沢山あった。けれども、そのどれもが浮かんでは弾けていく。壮太くんは気恥ずかしそうに、髪の毛を掻いた。そんな何気無い動作一つとっても、私には見逃すことなんて到底できなかった。
「塾帰り?」
「う、うん」
「受験生って大変だな」
そう言って、他人事みたいに彼は苦笑した。
「母さんから聞いただろ」
心臓が跳ねた。彼の声色は、優しさと、少しの悲哀の念をはらんでいる気がした。私は黙ったまま、確かに頷く。それしか、できそうになかったのだ。
「ごめんな、千夏を巻き込むつもりはなかったんだ」
「いなくなること、本当なの」
意を決して尋ねれば、彼は困ったように目を伏せた。
「本当だよ」
「壮太くん、今だってこんなに元気だよ、なのに何で」
「今日で終わりだから」
うまく、彼の言葉が飲み込めなかった。彼は、私の言葉を静かに待っているようだった。不思議と悲しくはなかった。ただ、どうして壮太くんは居なくなるのだろう。そればかりが、私の頭を捕らえて離さない。星の子って何なんだろう。人と、私と、何が違うっていうの。
「壮太くん、今日で死ぬの」
とうとう出てきた言葉は、最低なものだったように思う。口をついて出てきたのは、純粋な疑問だった。壮太くんは、返事の代わりに、私の手を握った。この前ほどではない。しかし、確かな熱量を持っていた。
「起きたら、久しぶりに体が軽くてさ。調子が良かったんだ。でも、勘ってやつかな。ああ、俺今日で死ぬなあ、って。そしたら、千夏の顔が思い浮かんで、会いに行かなきゃって、それだけなんだ」
ひどく、寂しげな顔だった。きっと、壮太くんは孤独だったんだ。星の子だなんて、私にはよくわからない。いつだって、壮太くんは冷静だった。困ったことがあれば、しょうがないなって、笑って助けてくれた。けれど、今目の前にいる彼は。
咄嗟に、彼の手を強く握り返した。驚いた風に、彼は目を丸くする。事務的な駅員のアナウンスが流れ、ほどなくして電車が到着した。私は彼の手を引いて、勢いよく電車に乗り込む。
「これって快速だろ」
珍しく慌てた声だったが、けして私の手を解こうとはしなかった。発車の音が軽快に鳴り響いて、扉が閉まる。もうホームには戻れなかった。体が火照ったような感覚だった。微弱な興奮に襲われる。心臓の音がうるさい。
引き止めなきゃ、と思った。方法なんてわからない。衝動のまま、電車に乗った。
「どこかに、行こうよ」
「どこかってどこだよ」
「わかんないけど」
「なんだ、それ」
電車の中は人もまばらだった。私達は並んで腰掛けて、ただ流れていく風景を眺める。繋いだ手は、そのままだった。
「終点まで行くか」
優しい声色で、彼はそう言った。この夜がずっと途絶えなければ、壮太くんは死なないのだろうか。