複雑・ファジー小説

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プロスペル・ド・ラカーユ
日時: 2016/08/15 09:45
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
参照: ht

ボンジュール!マルキ・ド・サドです。掛け持ちする事になって誠に申し訳ございません。

コメントやアドバイスは大いに感謝です。

悪口、皮肉、荒らし、不正工作などは絶対におやめください。

この文を見て不快さを感じた場合はすぐに戻るを(人を不快にさせるのが一番嫌いなので)

ちょっとした豆知識も含まれています。

参照数100になる度にエグリーズの年表を公表します。(飛ばしても大丈夫です。)

今回の部隊は「ジャンヌ・ダルクの晩餐」の時代から数百年前の革命終結後のフランスです。

その作品に出ていた「エディスの仮面」も登場します。

追加ストーリーもできれば書きたいです。


それでは始まります。その前にストーリーと登場人物の紹介から。(用語は飛ばしても大丈夫です。)

Re: プロスペル・ド・ラカーユ ( No.8 )
日時: 2016/08/18 15:55
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
参照: ht

やっとしばらくして休憩の機会がやってきた。
合図の鐘が鳴り乗組員達は疲労気味の表情でそれぞれの道具を置き身体を伸ばした。
佐兵衛も銃を置き首を回した。彼ら以上の疲れ、そして喉も乾いた。
どちらの方角なのか分からないがここはかなり厚い。夏の故郷とは日にならない。

この季節になると夜に必ず友人達と祭りに出かけた。
近くの墓地とその先の森の中に肝試しに行った事もあった。
茂みから飛び出した狐に驚いて途中で逃げ帰ったあの日もいい思い出だった。
それに冷えた西瓜は美味しかった。麦茶に合いこれらを口にしなければ自分の夏は終わらなかった。

考えたら悲しみが増すのが分かっていたが想像せずにはいられなかった。
どうしても家に帰りたい。死ぬまで絶望を背負いながら生きていくなんて絶対にお断りだ。
長時間も手伝ったんだから自分だけ特別に帰してくれなんて無理なお願いだろう。
「船乗りさん達の事は絶対に誰にも言わない」と武家の名にかけて誓っても結果は同じだ。

前向きに考えるべきか?
大陸に着いたらもしかしたら出来た人間に買われるかもしれない・・・・・・
豪華な服に豪華な食事を与えられたらいいな・・・・・・
僧のように慈悲深かい人物だったら故郷に帰してくれるかも・・・・・・!
・・・・・・だめだ、心に余裕ができない。

甲板のドアが開き船長らしき男が姿を現した。
バンダナや鉢巻きではなく特殊な帽子を被り望遠鏡を右手に左手に紫色の酒の入ったガラス瓶を持ていった。
佐兵衛の近くまで来たが彼は子供を眼中に入れる事もなく大筒の横で立ち止まった。
酒を飲みながら海を数秒眺めたった今飲み干し空になった瓶を船外に投げ捨てた。
下品に月賦すると望遠鏡のレンズで水平線を覗き込んだ。

「安全海域は退屈でしょうがないな。異常はないか?」

「へい、お頭の読みは当たりましたね。いるのはカモメだけでさぁ。」

彼らも何やら話を始めた。口調や声の大きさで真剣さが理解できる。

「この餓鬼も含めて奴隷は何人いる?」

「ざっと40人ぐらいです。皆子供だから高く売れますぜ。」

「イギリスに着いたら金と銀をたんまり貰え。酒も忘れずにな。あとそれと・・・・・・」

お頭と呼ばれた男は望遠鏡を目から離し船乗りを見た。

「港にいる英国商人からある物を手渡される。それを受け取ったら私の元に来い。」

「ほう、どんな高価な代物ですかい?」

「紅玉(ルビー)の指輪だ。5000両(6億5000万円)の価値がある。」

船乗りは驚いた。

「本当ですか!?それって王族かなんかの・・・・・・じゃあ俺達大金持ちじゃないすか!!」

「残念ながら金目の物じゃないんだ。その指輪を江戸にいるある人物に届けなければならない。心配するな、当分遊んで暮らせるほどの報酬は出るはずだ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

佐兵衛はその話を最後まで聞いていた。興味のない内容ばかりだが盗み聞きもなかなか楽しいものだ。
粗末な食料と檻の寝床しかないこの輸送船ではそれなりの退屈しのぎにはなる。
再び檻に戻されても明日になったらまたここに放り出される事を期待した。
船内は泣き声しか聞こえない。

短い話を終えた船長はもっと酒が飲みたいと言いながら出てきた扉の中に戻って行った。
重労働の休憩時間はまだ続くはずだ。今のうちにゆっくりしておこう。
あいつらも商品の奴隷に傷をつけるのは避けたいはずだ。
この時間帯くらい丁重にもてなしてくれるだろう。

Re: プロスペル・ド・ラカーユ ( No.9 )
日時: 2016/08/18 15:57
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
参照: ht

「ひっ・・・・・・!?」

突然右の頬に冷たい感触を感じた。
熱い空気の中、いきなりの氷のような痛みに驚き頭部を反射的に横にずらす。
殴られたのではない。何が起こったのか分からずとっさにその方向を向く。
その直後に笑い声が響いた。

声の正体は1人の男だった。予想通りさっきの船乗りだった。
自分を檻から引きずり出した幼女溺愛者。
確か名前は・・・・・・六助だったか?

「よう、坊主。お手伝い頑張ってるか?手抜いたら承知しねえぞ?まあ恐くておふざけなんか出来る訳ないか。ぎゃははは!」

相変わらずの上機嫌のようなたかぶった性格。友好的に見えるが無論信用は出来るはずもない。
佐兵衛が男である事がまだ認められないのか?

片手に無色透明な瓶を持っていた。冬のような感覚がした原因はその飲料水だった。
だが見たところこれまで当たり前のように飲まされた日本酒ではなかった。
真水というのも怪しかったがたくさんの泡が瓶の内側に付着していた。
シューと音を立て透き通った丸い玉は水面に昇り弾けて消えた。

「暑いだろ?飲んでみるか?」

「日本酒ならもう飲みたくない・・・・・・」

六助は再び笑った。首を横に振り見下ろした。

「これは酒じゃねえ、『※炭酸水』ってもんだ。」

「炭酸水?」



※炭酸飲料の歴史

世界で最初に炭酸含有の飲料をつくったのは、クレオパトラだという伝説がある。
真珠をぶどう酒に入れて溶かしそれを美容と不老長寿の秘薬として飲んだと伝えられている。

1750年 フランスのヴェネル教授が酸性の水に重曹のような炭酸塩類を加えて生成した炭酸水を、医療用に提供する。

1770年 イギリスのジョセフ・プリーストリーが曲り管を通して炭酸ガスを水中に飽和させる、炭酸飲料水の製造方法の王道を確立する。

1808年 アメリカの薬剤師タウンゼント・スピークスマンが炭酸水を果汁で味付けして販売を開始する。

1853年 黒船で来航したペリー提督が、ラムネを日本に持ち込む。

1886年 アメリカで「コカ・コーラ」が発明される。

1905年 アサヒが「三ツ矢サイダー」を発売する。



難しそうな言葉に佐兵衛の頭の中が少し混乱する。
生まれてわずか8年、武士の家庭で勉学を行い様々な知識を学んできた。
・・・・・・がまだまだ分からない分野が多くある。
はっきりできないがおそらくこの飲み物も異国の高級飲料だろう。
どこで手に入れたのか考えなかった。酒はもう懲り懲りだった。

長い時間が過ぎ酔いが覚めてもあの辛い味と刺激を思い浮かべるだけで吐き気が帰ってくる。
夜が来るまで何も口に入れたくない。

「いらない・・・・・・」

「暑い日にゃ持って来い、飲んだらスカッとするぜ。俺達の故郷にはまだない貴重品だ。いい思い出作ろうぜ。」

六助が炭酸に衝撃を加えないよう慎重に金属製の蓋を開けた。冷気が出ているのが見える。
それを佐兵衛に差し出した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

未知の類に挑戦するのも度胸を鍛えられるものだと思ったのか仕方なく受け取った。
まず匂いをかいでみた。だが香りはしなかった。
疑いの目をしたままゆっくりと瓶を強く握りしめながら口に数滴垂らし込む。

舌の上で弱い痛みがした。身体を一瞬痙攣のように震わせる。
少し不安になったが何故かそれが癖になった。
今度は調子に乗って一気に流し込む。

「・・・・・・!」

海栗を呑み込んだような痛みに目から涙が出た。
炭酸の強さと氷のような冷たさは頭をも刺激する。
でも・・・・・・冷たくて美味しい。

「ぷはぁ・・・・・・!・・・・・・げほっ!」

六助はまた笑った。

「ガハハハハ!いい飲みっぷりだ!将来は酒豪だな!」

確かに暑い日にはこれ程うってつけな物はない。
攫われてから初めていい経験をした。たった今のこの瞬間が唯一の救いかもしれない。
疲れも取れ身体も軽くなってくる。

佐兵衛はすっかり気に入った炭酸水をすぐに飲み干した。
再び息を大きく吐き爽快感にそそられ無邪気に微笑む。

「もう、1本いくか?内緒だぞ?奴隷に贅沢な思いをさせてりゃ俺が鮫の餌にされちまう。」

「分かった。」

簡単な返答を済ませ右手に握りしめられた瓶を強引に引っ張った。

Re: プロスペル・ド・ラカーユ ( No.10 )
日時: 2016/08/19 23:08
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
参照: ht

2人はしばらく海を眺めた。残り僅かになった炭酸水を飲みながら色々な話をした。
どれもお互いの故郷に関連した内容ばかり。
自分の住む場所、日常生活、文化、そして何より愛している家族の事。
今の状況、緊張が緩まない関係を忘れ言いたい事を言い合った。

まさかこんな楽しい展開が訪れるなんて欠片も思っていなかった。
久しぶりの愉快な気持ちと安心感、この時間がずっと続けばとさえ思えてきた。
夕日が沈んでもいつまでもこうしていたい。

「ごめんな、坊主・・・・・・いや佐兵衛と言ったか?俺だってこんな事したくないんだ。」

六助は罪悪感を隠せない顔で足元に視線を向けた。
はそんな彼を見上げた。

「緑って娘がいてな、お前にそっくりなんだ。船内に降りてお前を引っ張り出したのはそれが理由だったんだ。丁重に甲板へ連れて来たかったが周りの目が・・・・・・」

「僕達を誘拐するしかなかったの?」

「ああ、俺の故郷は貧しくてな・・・・・・年貢を納める余裕すらなかった。だから外れた道を選んだ。家族を養うために、今思えば偽善だが・・・・・・」

まだ幼い佐兵衛にとって『同情』なんて言葉自体知らなかった。
ただ、『大人は子供より大変』。そのような言葉を何度も聞いた。
家事を少し手伝っただけで大人がやるような仕事の経験なんてあるわけなかった。
だから彼らの気持ちなんて分かるはずもない。

「こんな俺を見て娘はどう思うんだろうな・・・・・・」

後悔が剥き出しになった口調で吐き出される発言は心の痛みをそのまま絵に描いた様なものだった。
平気そうに笑っていてもその反面は間違いなく違っていた。
この汚れた仕事に良識を感じないのは六助ただ1人ではないはずだ。

予想だにしなかった不幸な運命に正道を捨てざるをえなかった者達。
家族や故郷を養うために誰かの不幸を代償にする罪深き地獄と変わらない世界。
だが責める気もしなかった。一方的に相手が悪いと思わなかったからだ。
他人の事情なんて分からない。本人じゃなければ理解できない。

成長を重ねていく度にそびえ立つ困難がやがて増えていくのだろうか?

・・・・・・だけど、小さな佐兵衛がその事を知るのはまだまだ先のお話・・・・・・

「ううん大丈夫だよ、緑ちゃんは今の六助叔父さんを見ても絶対に怒らないよ。だって皆のためにこんなに必死になっているんだから。」

外道に堕ちていると分かっていてもそれでも彼を励ました。
まだ子供だから身に染みるような言葉は思いつかなかった。
でも心を込めて言った。相手の心の奥底に届くように。

勿論佐兵衛自身だって許せないという意で一杯だった。
しかし苦しんでいる者に追い打ちをかけるのはもっと許せなかった。
『相手を許し慈悲を持つ事が武家の本当の誇り高き道だ』と。
それが父の口癖だった。

「・・・・・・ありがとうな、佐兵衛。お前はやっぱりいい子だ。」

それだけ言うと六助は佐兵衛の頭を我が子のように撫でた。
本当の親子のように笑い合った。そしてまた色々な事を語り合った。
船の揺れもカモメの鳴き声も美しい海の色も何も変わらないまま楽しい時間だけが過ぎていった。
いつの間にか2本目の瓶の中身も空になっていた。

「あれ?」

佐兵衛がふとある異変に気がついた。
水平線の空の色が変わっていた。それは黒い雲だった。
今気付いたが空気が変わりさっきより少し寒い。気温が下がったようだ。

「やばいな・・・・・・」

六助もいつの間にか変わっていた環境に勘付いた様子だった。
2人分の瓶を捨て立ち上がり目を細くして暗雲を見る。
他の乗組員達もざわざわと騒がしくなってきた。

「嵐が来るかもしれない。」

「嵐?さっきまでずっと晴れていたのに?」

佐兵衛はこの先の悪天候の事を全く信じていなかった。

Re: プロスペル・ド・ラカーユ ( No.11 )
日時: 2016/08/17 21:23
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
参照: ht

参照数100突破!どうもありがとうございます。


1433年 マリア・デ・ラセールが聖カトリーヌ教会の地下に保管されていた謎のオーパーツを元に次世代の技術兵器を造り出す。
その後秘密結社を設立。エグリーズ(教会)と名付けられる。

この組織には

『ルイ・ド・ヴァロワ(ルイ11世)』

『ラ・イル』

『ジャン・ポトン・ド・サントライユ』

『ジル・ド・レ』

『オスヴァルト・フォン・ ヴォルケンシュタイン』

『ジャン・ダランソン2世』

『クロード・ボーヴァルレ=シャルパンティエ』等が加わった。

Re: プロスペル・ド・ラカーユ ( No.12 )
日時: 2016/08/20 20:05
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

それから1時間も経たないうちに船が大きく揺れ始めた。
荒波が容赦なく木の船体に衝撃を加える。
雨と落雷が降り注いだのはその直後だった。

船内の子供達は怯えていた。
互いに手を握り寄り添いながら目を強く閉じ嵐の恐怖に耐えていた。
船体の板の間、劣化して開いた穴から海水が漏れ出している。
床は水浸しとなり足の高さまで溜まっていた。

こんな状態がずっと続くと思うと・・・・・・不安にならないわけがない。
沈没なんてしなければいいが・・・・・・
もしそうなったら確実に溺死は免れない。
望みのない幸運を祈るだけで精一杯だった。

甲板はたちまち戦場になった。
乗組員全員が死に物狂いで嵐を凌いでいた。

「ロープを固定しろ!放り出されるなよ!」

「こっちに手を貸してくれ!」

「大筒が濡れちまった!これじゃ使い物にならねえよ・・・・・・!」

「そんなの後だ!いいから手伝え!」

船が大きく揺れ数人の船員が足を滑らせ傾いた方へ転げ落ちた。
階段に身体を強く打ちつけ悲痛の声を上げた。

佐兵衛は無事だった。
六助がしっかりと腕を握り締めていたからだ。
冷たい海水を頭から浴び苦しそうに咳をした。

泥色に変色した波が生きてるように船上に押し上げてくる。
全身に力を入れ必死に大人の腕にしがみつく。

「くそ、いつもこの海路を通っているがここまで酷い嵐は初めてだ・・・・・・!海賊に襲われた方がマシだった!」

立っているのがやっとの船長も外の様子を見て愚痴を零した。

「船長・・・・・・!このままじゃ沈んでしまいやす!」

ロープを縛り終えた船員が後ろを指差し訴えた。
船長は数秒だけ考えそしてすぐに決断を下した。

「仕方ない・・・・・・、余計な積荷を投げ捨てろ!全部だ!砲弾と火薬は少し残しておけ!間違っても食料と酒だけは捨てるんじゃないぞ!分かったらさっさとやれ!」


「佐兵衛!大丈夫か!?」

六助も叫んだ。

「うん、大丈夫・・・・・・いっぱい揺れて気持ち悪い・・・・・・」

「頼むから酒を飲んだ時意外は吐かないでくれよ?ちょっと手伝ってくれないか!?結ぶのを手伝ってくれ!」

2人は近くにあった太い縄を持ち船に強く結んだ。
海に落ちないように六助の衣服を掴みながら引っ張る。
ロープの穴にロープを入れる。幾度も繰り返す。

天気は悪化するばかりだった。
空は炭の様に黒く染まりその中から流れ出てくる龍のような白い雷光が耳に響く轟音を立てる。
揺れが治まるのは何時間もあとの事だろう。

「よし、これでいい!ありがとな、助かったぜ!」

佐兵衛も無邪気に笑い再び彼にしがみついた。
これでできる事はなくなった。大の大人たちに任せるだけだ。

「そのままつかまってろ、お前を船内に入れる。」

その時だった。

鼓膜が破ける程の轟音が船の上で鳴り響いた。
耳鳴りがして目の前が真っ白になった。
最初は何が起こったのか分からなかった。

船上の真ん中に何かが落ちてきた。
黒く焦げた大きな塊・・・・・・それは・・・・・・

「辰蔵っ!!」

乗務員の1人が叫んだ。
佐兵衛が思った通り人間だった。
彼はマストの見張り台で雷に打たれ死亡した。
一瞬で過剰に焼いた肉の塊に変えてしまった。
それを理解した途端恐怖で精神が埋め尽くされた。

「危ないっ!」

誰かが叫んだ。
見上げて初めて最悪な状況に気がついた。
落雷の犠牲になったのは辰蔵だけじゃなかった。
マストが折れてしまった・・・・・・
帆を広げっぱなしになっていたそれは焦げた死体の真上に落下した。

荒波以上の衝撃が加わり全員が倒れ込んだ。

「・・・・・・まずい・・・・・・」

たった1人立っていた船長が気づいた。
落下したマストの先端は深く突き刺さりそこから大きなひびが入っていた。
それは嵐の影響で全体に広がった。
つまり・・・・・・

「離れろぉぉー!!!」

もう遅かった・・・・・・いや、もう既に終わっていた。
残念ながらイギリスには行けない。
静かで冷たい暗い世界に沈む・・・・・・

船が裂けた・・・・・・
先端が切り離されそこにいた船員は海に落ちた・・・・・・
波が船を飲み込む・・・・・・最早泣き叫ぶ声も聞こえない・・・・・・
船長も船員も自分を含む子供達もみんな死ぬ・・・・・・

「佐兵衛ェェェェ!!!!」

小さくて髪の長い男の子は海に放り出された。
叫んだ男は二度とその子を目にする事はなかった。
助からないと分かっていてもまだ壊れていく船につかまっていた。
ただ、終焉が来るまで黒い海に叫び続けていた。


「ぷはっ・・・・・・!げほっ・・・・・・!」

息ができない・・・・・・
溺れるというものがこんなにも苦しかったなんて・・・・・・
短い人生だった、やり残した事がたくさんあったのに・・・・・・
家族にも、友達にも会えないまま1人ぼっちで死ぬのか・・・・・・

波に攫われ何もない暗いだけの世界に引き込まれていく。
微かだが船が沈没していくのが見えた。
多分まだ、六助はあそこにいるのだろう。
自分を探しているに違いない・・・・・・

(さようなら・・・・・・)

佐兵衛は海の中に沈んでいった。


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