複雑・ファジー小説

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スクラップとファンタズマ
日時: 2016/12/26 01:09
名前: 糖分過多。 (ID: 4aEPccTQ)

オーラと呼ばれる現世に生を受けた人間は、皆魂の“記憶”を汲み取って成長した『誕生花』を持つ。この誕生花は、魂の記憶を汲んでいるせいか、その人間が何十回かの人生の中で育んできた『人間性』を色濃く示す。そして、その人間の今現在の精神状態もまた、分かりやすく示してくれるのだ。
例えば、その人間の精神が『壊れかかっていた』としよう。すると誕生花は弱り、“病葉”と呼ばれる状態に陥ってしまう。さらに病葉になった人間は、何らかの“タガ”が外れて、特殊な能力を得る。

そんな病葉に掛かった患者を、軽蔑と畏怖の念を込めて、他者は『クランケ』と呼んだ。

ーーこの病葉ですが、実は転生回数を重ねるたびに、魂の“防御壁”が機能を果たせなくなってきて、なりやすくなってしまうんです。平均して100回転生すれば、確実に魂が持たなくなって病葉になる上に、次その魂は“転生出来ない”。
そんなの嫌ですよね?…私も同じ立場だったら、『タナトフォビア』になっていましたよ。
まぁそんな訳で、転生待ちの魂は、安寧に満たされたナーエというあの世に行くことが義務付けられています。一旦落ち着いてから転生出来るように。
けれどいるんですよ、ナーエに行かずに、オーラで彷徨うような魂が。で、そんな彼/彼女を『ファンタズマ』と呼びます。

さて、前置きが酷く長くなってしまいましたが、このお話は『スクラップ』と呼ばれたクランケの青年と、やたらとナーエに行くのを拒む『ファンタズマ』の女性を取り巻く、奇怪で珍妙なモノとなっております。因みに、私も登場人物の一人です。…ふふ、良ければ探してみてくださいね♪

* * *

追記:今更で申し訳ありません、すっかり書くのを忘れていました。

当小説には↓

【ファンタジー、シリアス、バトル物(異能力を多く含む)、軽度な性的描写/残酷的な表現(死ネタ含む)】

上記の要素が含まれております。こういったものが苦手な方には余り閲覧を推奨出来ません。

* * *

最後になってしまいましたが、初めまして、糖分過多。と申します。今回初めて此方に小説を投下させて頂くので、至らぬ点が多々あると思います。ですので、良ければ御教授頂けると嬉しいです。不慣れを言い訳にはしたくありませんが、小説を書くのも初めてですので、投稿ペース不安定、唐突なグダグダもあるやもしれません。

其れでも大丈夫だぜ!という方はどうぞ!

追記:唐突な加筆修正が多くなるかと思われます。そのせいでno.が一時ずれ込む事もありますので、悪しからず。

Re: スクラップとファンタズマ ( No.11 )
日時: 2017/01/18 01:07
名前: 糖分過多 (ID: U.Z/uEo.)

***

シティ・アケル内に入ったスクラップの視界に、最初に飛び込んできたのは、鮮やかな紅の集合体であった。彼はその美しさに驚愕し、思わず身を乗り出して眼下に広がる紅を見つめる。

「トラオムさーん?危ないので身を乗り出さないでくださいね〜。落ちたら確実に死にますよ〜」

「ホント、お願いだから落ちないで…。死体回収すんの私なんだから」

リュクスとカイナが口を揃えて彼に警告をするが、相も変わらず彼は自身が載っている淡紫の蝶の群体から、大きく身を乗り出していた。

ーースクラップはその時、姉とのある会話を思い出していた。

若干過保護すぎる姉は、自分が外に出る時のために、と他の街についてのことをよく語りきかせてくれた。
今日ファンタズマが労働所に突撃してきて、濁流に呑まれながら、雨に打たれながら、リュクスやカイナと出会って、こうして外に飛び出すまで、本気で姉から貰った知識を使うことはないと思っていたが…

「…ん、気を、つける」

姉は元気だろうか。
数年前に彼女が家を飛び出して以来一度も会っていないが、教育長官がしかめっ面で言うには、彼女はずっとシティ・ヴァダーに居たようだし、自分の近況も長官を通して伝わっていた。そしてきっと今も変わらず、あの街に居るのだろう。

其処まで思考して、スクラップは胸の奥から突き抜けるような、強烈な痛みを覚えた。

ーー自分は彼女を、本当の意味で独りにしてしまったのだ。
“自身ら”を白い目で見る両親に耐え切れなくて、飛び出してしまった彼女を、とうとう自分は同じ街で、人伝いに双方の存在を示す手段すら断ってしまったのだ。

そう思うと、やはり自分はあの街から出ない方が良かった。優しい姉を、独りにしてはいけなかった。

後悔の念が、スクラップを覆った。

ーー本当に、スクラップの視界を覆ったのだ。
群青色の、瑠璃色の、灰色の、朱殷色の。ドロリとした蛇が、爛々と煌めく真紅の瞳で彼を見つめて、白銀の牙をチラつかせてくる。
蛇は、スクラップを掴んで、包んで。…離さなかった。



「…ラコルト?」

最初に彼の異変に気付いたのはエスカペイドだった。
実体を持たないがために、蝶の群体の端に座り込んでいたスクラップを、全方向から覗き込むことが出来たからである。

そしてスクラップだが。
珍しく瞳を輝かせて楓を眺めていた彼の動きが急に止まり、その瞳も焦点が合っていない。加えて口をぱくぱくと開け閉めさせ、何かを呟こうとしていた。

「…ラコルト、ちょっと、ラコルト?」

何度エスカペイドが呼びかけても、スクラップは答えようとしない。ただただ虚を見つめるばかりであった。

「エーシャ姉さん、うるッさい!後ちょっとで着くんだから、それまで大人しくーー」

眉間のシワを更に深くして叫んだカイナは、腰を捻ってエスカペイドを正面で捉えた時、思わず絶句した。
エスカペイドが泣きながら顔面蒼白でスクラップに呼びかけていたからである。
カイナの記憶の中では、エスカペイドが泣いたことなんてなかった。
…加えて言えば、強制労働所からスクラップと共に帰って来るまで、エスカペイドの心からの笑顔を見たことがなかった。

「…何よ、その顔。スクラップ君がどうかしたの?」

頬を引きつらせながら、カイナはエスカペイドに問いかけた。
死んでから初めて見る姉の姿に、理解が追いついていないからである。

ーそんな妹の言葉を聞いて、エスカペイドは弾けたように叫びだした。

「…ラコルトの意識がトンでるの!!どうして?なんでなの?こんな、いきなり!これじゃあ意味ないじゃない…!!」

ーーまた“彼女”の魂形質に出逢えたのに、こんなに早くに異常事態が起きるなんて!
つまり彼女は、こう言いたかったようだった。

「トンでるって…。…え、本当ですか!?」

達観した考えを持つリュクスですら、その事態の重さに思わず蝶の使役から意識を放し、大きく目を見開きながら振り返る。
ーー淡紫の蝶が織り成す絨毯は、はらはらと端の方からゆっくりと崩壊し始めていた。

「ちょ、何よ、ぼぉっとすることくらい誰だってあるでしょ?何そんなに焦ってるのよ…」

そんな中、1人だけ状況を理解出来ずにいたカイナが、半笑いで周囲を見渡す。1回目故に、だろうか。彼女はこの世界への理解が浅いようだった。

「そう…ですね、カイナに説明がてら、彼の症状についてのキチンとした推測をしましょうか。
えっとですね、クランケにロストハートという症状があるのはご存知でしょう?彼のロストハートとしての症状が何かは分かりませんが、基本的に短時間での極度なストレス、単純な時間経過で進行するんです。
そうすることで、ロストハートが完全に進行しきってしまうと、ただでさえ壊れかけの魂に、更に傷が深く付いてしまうんです。…結果、魂がボロボロになってしまうと…」

「ーーもしかして、自我を失うとか、そういうことなの?」

カイナに返答に、リュクスは静かに頷き、エスカペイドは泣き喚いた。
まだ壊れきっていないクランケですら人権が認められていないのだから、この世界で自我を失うことは、社会的にも、魂的にも、完全な死を意味する。その事実にカイナは閉口した。

「……ぁ」

刹那、スクラップが小さく唇を開き、呻くようにして呟いた。



ーー壊れた?僕が?
違う、見えないだけだ。蛇に睨まれて、視界を覆われて、全身を包まれて、ちょっと動きにくくなっただけだ。僕は壊れきったわけじゃない。

『本当に?』

ーースクラップの脳内に、凛とした女性の声が響き渡る。
聞き覚えのない、軍人のような、やたらと張り上げられた声だった。

『貴殿が壊れきっていない保証など、何処にも無いのだ。分かるか?
そもそも貴殿を束縛しているのは、本当に蛇か?違うだろう?
周囲にいる、厄介な3人の男女なんじゃないのか?』

スクラップは、声の主が自分をあらぬ方向へ誘導したがっていると、理解しているつもりだった。
けれど何故か、心の根底から薄汚い不信感が湧き上がってくるのを感じていた。
そう、自身を姉と引き離させた、この3人への不信感である。

『そうだ、その感情だよ!なんだ、私が煽らなくても大丈夫だったじゃないか。…全くあの水女、自身の視界から消えたからって、わざわざシティ・ヒンメルの私を呼び出してくれるなよ…。
まぁいいさ。貴殿がその気になってくれたなら、私は嬉しいよ。

さて、本題だ。その淡紫の絨毯から飛び降りなさい、トラオム青年。

貴殿の眼下に広がる紅の先に、貴殿が愛する人が居る』

愛する人。
ーーそれは姉だ。
自分にはもう姉しか居ない。今でも真に愛している前世以前の人物は、魂形質は有るが、この老い先短い魂を持ってまた会いに行けるかどうかは分からない。
というより、もう会えないだろう。

だったら、自分は姉の元に居たい。
暖かな笑みを浮かべながら、自分を愛でてくれる、あの人の元へ。

ーー想い出したら止まらなかった。
スクラップは、ゆったりとした動作で立ち上がり、眼下の紅を遮るようにして浮遊する気体状の女性を貫いて、淡紫の絨毯から真っ逆様に落下した。

背後で叫ぶ3人の人間を置き去りにして…

Re: スクラップとファンタズマ ( No.12 )
日時: 2017/01/03 00:31
名前: 糖分過多。 (ID: 4aEPccTQ)

☆ ★ ☆

「全く、どいつもこいつも“キミら”を便利屋だと勘違いしているようだ。
そうは思わないかね?今回のようにただの連絡係としてこき使われて。
……まぁ、そうしているのは私だがな」

言いながら、女は深いため息を吐く。
その両眼にはめられた翠の奥に潜む、深い深い輝きと憎悪を煌めかせながら、如何にも“機嫌が悪い”とでも言わんばかりに、厚底の、硬い革靴で覆われた爪先を、金属製の床に激しく打ち付けた。

同時に、自身の視界の端で、震えながら肩を寄せる、“キミら”に見せつけながら。

「コレで、また暫くは……」

女の言う“キミら”の、少女の方が口を開いた。彼女の纏う洋服は、この薄暗がりの中でも分かる程度に、酷く汚れてしまっていた。勿論、その横で少女を見つめる少年の装いも又、同程度に汚らしいものだった。
しかし、どれだけ皮肉られようと、どれだけ泥や埃にまみれようと、その唇から漏れる言葉には、何か言い難い“信念”と、有るはずもない“誇り”を孕んでいるように思えた。

ーーそんな“キミら”の態度が、女は不愉快で堪らなかった。

全く、惨めな暮らしを強いられ、人権も又無視されている身の上の分際で、如何してそんなに“生きて”いられるのだろうか。“まだ自分たちに実験動物としての価値が有る”と思えていられるのだろうか。

女には、てんで理解出来なかった。いや、例え理解できる機会があったとしても、女は進んで理解しようとはしなかっただろう。

「あぁ……。確か今回の件で、また私の“願い”を叶えてもらう為に、暫くの間“投与の頻度を下げる”ことを約束していたんだったか?
一々言われんでも覚えているよ。其れに、仮に私がキミらの要望を叶えず、横暴を続けていたら、“反動”が返ってきてしまうからな……。守る、守るさ」

「けれども、」と女は言葉を切り、そっと怪しげに微笑んで見せる。

「投与を止めたら、キミらは激痛を回避出来る代わりに、その、たった今行使した力が、一瞬のうちにして衰退するんだぞ?分かっているな?
そして、以前の力を手に入れるために、より多く摂取してもらうことになる。説明したよな、ツインズ」

女の意地悪な笑顔にも負けずに、少年少女は……『グラヴィタ:ツインズ』は、凛とした瞳で、力強く頷いて見せる。
相変わらず此奴らは阿呆で良い。やり易い駒ほど素晴らしいものを私は知らんよ……などと思いながら、一種の哀れみの念を込めて、大袈裟に肩を竦め、煤けた軍帽を脱ぐ。

「結構、結構。では契約成立だ、クルスス=パァンタギア、並びに、アウイナイト=パァンタギア。
今後も、我らが所有都市、“空の街”、シティ・ヒンメルの醍醐味である、“全建築物を浮遊して欲しい”という管理役会の“願い”を、ノーリスクで“叶えて”くれたまえ。全てはキミらに掛かっているのだ。本当に、宜しく頼むぞ?

……投与をやめた所為で建築物を落としたのだとつまらん言い訳を叫ぶつもりならば、その場で三枚に下ろしてやるからな」

翠瞳を煌めかせながら、女はその場を後にする。
残されたツインズは、自身らが勝ち取った一瞬の安寧を噛み締めつつも、これからまた始まる地獄の“業務”に、形容しがたい恐怖心を露わにさせながら咽び泣き、互いの背をさすりながら、投与が再開されるまでの間を過ごした。

Re: スクラップとファンタズマ ( No.13 )
日時: 2017/01/08 00:29
名前: 糖分過多。 (ID: 4aEPccTQ)

* * *

あんなに高い場所から落下したというのに、不思議と痛くなかった。恐るおそる瞼を持ち上げ、周囲を見渡していると、背後から“ぱきん”と乾いた音が鳴った。
どうやら自分の洋服が楓の木に引っかかっているらしい。少し動くだけでも小さく音を立ててその身をしならせる枝は、酷く頼りなかった。

だからスクラップは、後ろ手で躊躇なく枝を折り、尻からの着地を試みた。

ーー結果から行こう、着地は成功したが、手折った枝に頭を小突かれた。

「っい……!?」

じんわりと広がる尻の痛みと、鈍い頭部の痛みに耐えかねて、唇の端から悲鳴が漏れる。まぁ、悲鳴というには余りにも可愛げが無かったが。

患部を抑えながらそっと立ち上がるスクラップの視界は、眼前の楓の赤茶けた幹で覆われる。
木の幹にしては些か赤過ぎるようにも感じられたが、きっと自分がクランケとして引きこもっていた何十年の間に、すっかり姿を変えたんだろうと自己完結させて、スクラップは歩み始めた。

さて、行けども行けども道らしきものが見当たらない。自身に語りかけてきた女の声は、確かにこの楓の森の中に、自分を待つ者が居ると言っていたのに。これはどういうことだろう。

結局スクラップは、そうこうしているうちに街へ着いてしまった。
姉の特徴的な銀髪は、結局見つけることが出来なかった。

「つか、れた……」

言いながら、冷たい路上の端に腰を下ろす。
骨折り損のくたびれ儲け、ということわざがあったが、この状況は全くもってその通りだ。怪しげな声に誘われてエスカペイドたちの元を去ったのは、間違いだったのだろうか?

……否、そんなこともないだろう。彼女らは、というか彼女は、大切な姉妹に等しい愛情も与えず、死後も自分勝手な理由で翻弄し続けたらしいじゃないか。そうまでして奪取した僕のことも、全く見ようとしないで。
そんな人に付いていかなくて良かった、とスクラップは心の奥底で安堵する。

ーー自分から深く知ろうともしないで、他者の言葉と雰囲気で植えつけられた先入観で人を語ってしまう彼もまた、同様に“そんな人”と近しいというのに。

そんなことにも気づくことが出来ないまま、スクラップはただただ落ちていく夕陽を見つめ、溜息を吐いていた。

Re: スクラップとファンタズマ ( No.14 )
日時: 2017/01/15 18:14
名前: 糖分過多。 (ID: 80kMZFUh)

* * *

スクラップ君が落ちた後、一言で言うと私たちは最悪の雰囲気だった。
……いや、その雰囲気を感じ取っていたのは、下手したら私だけだったかもしれない。


姉さんは、まぁ家族が目に入らないくらいアレに逢いたがっていたから、いきなり死なれて可笑しくなるのは分かる……本当は分かりたくないけど……。
ひとしきり叫び終えて、その後姉はスクラップ君を追って真紅の樹海に飛び込んだ。此方としては姉が居なくなって清々している。

けど、リュクスはどうしたんだろうか。

彼はまるで童話の吸血鬼のように白い手を、淡紫の蝶の痣がよく映えるその手を、高く天に伸ばしていた。
自分の力不足……そんなことは絶対にないけれど……を悔いたんだろうか。
もしくは、彼にも何らかの理由で、スクラップ君を手元に置いておきたい気持ちがあったんだろうか。
或いは、実は元から姉さんに惹かれていてーーというのも一瞬考えたけど、あの姉に惹かれるような男が居たら爆笑モノなので、速攻で其方の考えは捨てた。

ーー“あんな女よりも、絶対に私の方が良いのに”

「….…カイナ?何をむくれているんです?」

私今、そんなにむくれてた?

そう思いながら、無意識に「別に」と素っ気ない返事をしつつ、握っていた弓を隣の切り株に置いて、顎に手をやり視線をずらした。

リュクスの表情が想像以上に優しくて、辛そうに見えたから。

「もしかして貴女、色々考え込んでます?……あはは、だとしたらやめた方が良いですよ。昔から貴女、頭使うの苦手だったじゃないですか。

そういうのは私の役目です、無理しないで下さいね」



「ーーやめようよ、そういうの。一人で抱え込んじゃってさ。
リュクスが昔の話をするから言うけど、あんただって会った時からずっとそうだよ。

自分だけで頑張って、自滅しかけて。

なんで頼ってくれないの?

私言ったでしょ、“助けてもらったんだから、全部恩を返せるまで離れない”って」

今の私は、どんな表情をしているんだろうか。きっと眉を下げて、若干唇を震わせて、怒り出しそうにもなっていそうな、泣き出しそうにもなっているような、そんな表情なんだろうな。

あぁ……ヤダヤダ、怒っても泣いても可愛くないんだよね、私。

そんな私を見て、リュクスは目を見開いて、唇を薄く開いた。よく見れば眉も少しだけヒクついているようにも見える。

「……貴女にそんな風に言われるとは。
すみません、少しばかり参っていました。昔もこういうことがありましてね、勝手に関連付けてゲンナリしていました」

言いながら、彼は照れ隠しなのか、はにかみながら頬を掻いた。

昔、昔と年寄りくさいが、私と彼の“むかし”では格が違い過ぎる。
彼は83回目で、所詮私は1回目なのだ。しかもその1回目でも、私はまだ19。彼と並ぶことは出来やしない。
かといって、むやみやたらに死にまくってまで回数を稼ぎたく無い。

ーーついでに言うなら、死ぬのは恐ろしい。この輪廻転成の世界で、死についてどうたら言うのは可笑しいのかもしれないけれど。

「あんたの昔って何時頃?
……まぁ、分かんないし、聞きたくもないけどさ。
それに、私が見てるのは今のあんただしね」

エーシャ姉さんとは違うのよ、私。とまで呟いて、私は薄く微笑んで見せた。



ーーゲンナリしたくなる昔。

それなら私にだってある。

この世界ではあり得ない程に植物を排除された、統制の効いた美しい鋼鉄製の町の裏。
汚い空気の掃き溜めのような路地で、幼い妹のために、抜け殻のような姉のために、両親が残した借金を返すために、ただひたすらにネオンの街に抱かれた、あの日々。

肉欲のはけ口として、身を売り捌いたあの日々ーー

ほんの数年前のことだけど、私の長かった茶色の髪と、泳ぐようにしてひらめいていたドレスは、今では面影もないくらいスッキリした。



そして、あの汚泥の中を、哀れな金魚のように泳ぎ回っていた私を、気まぐれに優しく掬い出してくれたのは、紛れもなく眼前の青年なのだ。

痛いほどに冷たい雨の中、うずくまっていた私に傘と全部を与えてくれたのは、リュクスだ。
知らない温もりを孕んだ大きな手で誘い出し、豊かな緑を見せてくれたのも、彼だ。

こうして彼の元で、クランケを治療するための治療薬を作っていると知ったら、当時の客や同僚はなんと言うだろう。



「エスカペイドと張り合っているつもりですか?……全く、しょうがないですね」

そして彼も、私がしたようにそっと微笑む。

その笑顔は、私の心を桃色の花でいっぱいに埋め尽くしてくれる、素晴らしいものだった。

Re: スクラップとファンタズマ ( No.15 )
日時: 2017/01/19 17:32
名前: 糖分過多。 (ID: U.Z/uEo.)

* * *

例えば、隣で眠っている大切な人が、突然亡くなったら。

或いは、その大切な人の目の前で、自分が死んでしまったら。

いくら最高の世界があるって言われたって、未練残っちゃうわよね?

ね、そうでしょ?

アタシ、間違ってなんてないわよね……?

* * *

正直、今代の家族なんてどうでも良かった。アタシの目的は、“彼女”と一緒に、ナーエ以外の、何処か素晴らしい場所へ行くことだったから。

けど、彼女はなんでかアタシの腕の中からするりと逃げ出してしまった。
無機質な、全然感情を映さない真っ黒な瞳で、まるでアタシを存在しない者のように扱ったのよ?

あんなに愛し合っていたのに。
あんなに永遠を誓い合ったのに。

どうしてかしら?






『どうして、アタシが“彼女の器”を壊そうとしていることに気づかれたのかしら』


ーーエスカペイドは歩いている。
楓の森に、半ば埋もれながら。その白く、本当に透き通ってしまっている両手を見つめながら。
今しがた自身の認識外へ飛び出した“愛する者”への想いを馳せて。

「折角一緒になれそうだったのに」

「きっと彼女の今代のお姉さんの所為ね!過保護にも程があるわ!」

「けど、大丈夫よ」

「絶対に、助け出してあげるわ」

ーー言いながら、薄い淡桃色の唇を三日月型に歪ませる。

* * *

そうよね、間違ってるなんて思う方が間違ってるわ。

あんなにボロボロなんだもの、直ぐに私が治してあげなくちゃ……。

* * *

日が落ちた。

焦がしたオレンジキャンディのように飴色が美しい夕陽は、今はもう居ない。
少々肌寒くなってきて、スクラップは脚を抱えた。

姉の銀髪は、未だ姿を見せないままだった。

「……寒……」

吐かれた言葉は、白い吐息に包まれて空に運ばれる。
自分も先の言葉のように、誰にも聞かれることなく、地べたを這って、やがてナーエへ還ってしまうんだろうか。

其れは其れで有りだな、とスクラップが考えていた、刹那だった。

「ラコルト」

「……!」

女性にしては低い、アルトボイスが響き渡る。
ーー否、実際には響いてなどいない。スクラップの耳の中で、感動的に反響しているだけだ。

しかし、それだけスクラップにとっては、その声は懐かしく、同時に恋しいものだったのだ。

「久々ね。……大丈夫?どうしたの?」

姉は変わっていなかった。
変わっているところといったら、家にいた頃に着ていた、柔らかな素材で出来たドレスでは無く、薄水色のカーディガンを羽織っただけの、シャツとジーパンというラフな服装というところ。
其れから、長かった銀髪が、短くざんばらに切られていたところくらいだろう。

「……久々、ヒュドール、姉さん。
ちょっと、寒かった、だけ」

「あ、そうなの?……そう、貴方、もう寒いだなんてキッチリ言えるようになったのね」

逆に、昔の自分は言えなかったのか?
そう思ったけれど、よくよく考えれば自分は少々言語の理解が浅かった。姉がこう言うのも納得である。



「……ねぇ、ラコルト」

姉が唇を開いた。その唇は、にわかに震えているようにも見える。

「今まで怖かったでしょう?」

その震えは、寒さからか、再開の嬉しさからか。

「でも、もう大丈夫よ」

この時、スクラップは後者であって欲しいと願っていたが、数秒後の彼女の表情を見て、絶句する。


「ーー全てのものから、貴方を守るわ。


貴方を拒絶する全ての存在を


全ての生命を



ーー全部、ぜんぶ、私とアルケー・カタルシス様の力で、洗い流してあげる」

「……、」

スクラップは、自分の唇も、姉と同じように震えているのを感じた。

疑いたくない、というか、そんなはずはないと理解している。

けれど、身体が叫んでいるのだ。

『自分の知る姉は死んだ。
姉の皮を被っているこの化け物は、一体何者なんだ』、と。


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