複雑・ファジー小説
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- まなつのいきもの
- 日時: 2017/08/29 23:31
- 名前: 星野 ◆a7opkU66I6 (ID: aruie.9C)
はじめまして、星野です(´ ` )
夏って、どうしてノスタルジックな気持ちになるんでしょう、不思議。
ファンタジーではないです、普通の中学たちのお話になります。
>>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6 >>7 >>8 >>9
>>10 >>11 >>12 >>13
- Re: まなつのいきもの ( No.9 )
- 日時: 2017/07/08 09:58
- 名前: 星野 ◆a7opkU66I6 (ID: aruie.9C)
【坂から転げ落ちるように 1】
少女期というものは、絶え間なく変化して行く。陰鬱な梅雨が明け、太陽の熱は勢いを増す。皆、熱に浮かされる季節が訪れた。
「最近ひどいよね、清水さんたち」
「佐倉さん、かわいそうになってきたかも」
「けどさ、佐倉さんっておどおどしてるから、清水さんの気持ちもわかるな」
手を口元に当て、秘密の目配せを交わす。昼休みの教室は、閑散としていた。私たちのお喋りに耳を傾ける人なんて、僅かばかりだ。
「郁子はどう思う」
意見を求められ、私はちょっと考えるそぶりを見せた。答えなんて、とうに決まっているというのに。
「あんまり話してないからわかんないな」
これは事実だった。あの公園で過ごした土曜日から、私は結菜と口を利いていない。結菜は幾度か、私に向かって視線を送っていた。私はそれを拒絶したのだ。意地が悪い、と自分でも感じる。結菜ほど、良い子にはなれなかった。
「知ってる? さっきも清水さん達に呼び出されてたよ」
「うっわ、最悪じゃん」
私はそれをはっきりと見ていた。以前ならば清水さんに上手く取り入って、結菜を助け出すことも出来たはずだ。けれども私は、私の意思でそうしなかった。
「ごちゃごちゃうっせえよ」
私たちの真ん中に、ハスキーな声が降ってきた。振り向けば、小柄な男子がポケットに手を突っ込んで立っている。北田くんだ。いつも、久住くんと連んでいる姿をよく見かける。けれど今は1人で暇を持て余しているらしく、私たちの方へ詰め寄った。
「陰口なら本人に叩いてこいよ」
「北田には関係ないじゃん」
「沢城」
他の女子を無視して、北田くんは私に話しかける。射抜くような眼光だった。北田くんは不必要に、女子に話しかける人ではない。私は少しだけ身構える。
「久住と仲良いのか」
「……なんで」
なんとなく、と北田くんは言う。幸いなことに、北田くんはそれ以上はなにも追及してこなかった。好奇心を宿した女子達の視線に、息がつまる。ちょうどその時、予鈴のチャイムが鳴った。逸る気持ちが褪せていく。私の中で、何かが綻び始めていた。
放課後になると、私は逃げるようにして、部室へ急いだ。五十嵐くんと話したかった。空虚な私を詰って欲しいというのは、身勝手な思い上がりだろう。とにかく、正論を言って欲しかったのだ。けれども部室の戸を叩いても、あったのは望んでいた姿ではなかった。久住くんは怠惰そうにパイプ椅子に寄りかかり、いつものように音楽を聴いていた。私に気づき、イヤフォンを外す。
「五十嵐くんは、まだ来てないの」
「さっき、剣道部の女子が連れ去って行ったよ」
「……そう」
「とりあえず、座れよ」
私は大人しく、久住くんに従った。何をする気にもなれなくて、ただぼんやりと空を見つめる。横で、久住くんはとつとつと語り始めた。
「佐倉さん、この頃変わったよ。前までは、言われるがままだったけど、抵抗できるようになった。そのせいで、もっとひどいいじめ受けてるみたいだけど」
「結菜の話は、聞きたくない」
「でもさ、俺、他にも理由があると思うんだよね。例えば、沢城さんが佐倉さんを庇わなくなったこと、とか」
「やめて」
「沢城さんが悪いわけじゃない。これは清水と、佐倉結菜が招いた結果だ」
咄嗟に、耳を塞いだ。それでも久住くんは無理矢理私の手を剥がし、そして囁く。
「見ているだけでいい、何も責任なんて感じる必要はない。そうだろ、郁子」
這い寄るような声だった。抗いがたい魅力を感じ、私は。
- Re: まなつのいきもの ( No.10 )
- 日時: 2017/07/09 10:01
- 名前: 星野 ◆a7opkU66I6 (ID: aruie.9C)
【坂から転げ落ちるように 2】
佐倉結菜は、幼稚園からの幼馴染だった。私が砂場で遊べば、遅れて結菜がやって来る。私たちは、いつも一緒だった。関係が変わり始めたのは、小学4年生になってからだったように思う。少しずつ、結菜は嫌われはじめた。理由はよく覚えていない。鈍い性格だったから、誰かの癇に障ったのだろう。それでも当時の私は、純粋な善意によって片割れをすくい上げていた。そのことは、すぐに主犯格に知れ渡った。私もいじめられるだろうと覚悟していたが、現実は逆だった。
沢城郁子は嫌われ者を気にかける、優しい女の子。
いつの間にか、そんなレッテルが貼られるようになった。最初は違和感があったけど、でも、段々薄れていって、それで。人に褒められるのは単純に気持ちが良かった。結菜に施しを与えることで、優越感が生まれた。かわいそうな結菜が必要なのだ。私が、優しい沢城郁子でいるためには。
「結菜、ごめ、ごめんなさい、結菜」
「謝る必要なんてないだろ、沢城さんはそのままでいいんだよ」
嘘みたいに都合のいい言葉だった。ずっと隠し続けていた罪悪感を、再び閉じ込めてしまうための魔法。ずっと、誰かに打ち明けたかった。私は、優しい沢城郁子じゃない。結菜を自分のために利用していた。間違っていると、卑しいと、頬を打って欲しかった。そうしなければ、私はまた自尊心の海に溺れてしまうからだ。
「くすみ、くん」
「大丈夫、大丈夫だから」
骨ばった手が、私の髪を撫でる。目の縁から、涙がこぼれ落ちた。
「どうしよう、私、醜い」
「空虚で、きれいだ」
「うそだよ」
「嘘じゃない」
この人が、怖い。完璧で、空っぽの久住くんは、甘い言葉で私を水底に沈めていく。あのくしゃっとした笑顔が、私だけに向けられていた。
「上手くやってきたよな。いつだって佐倉さんを庇ってきた。けど、ギリギリの所では、虐めを止めなかった。むしろ、煽るようなこともしていただろ」
その通りだった。結菜を助ける手段は、いくらでもあった。けれど、私は肝心なところで傍観者を決め込んでいたのだ。
「沢城さんは、自分が一番可愛いんだろ。誰かに優しくするのは、自分のためなんだ。結局のところ、他人に良い人だと思われれば、何だってするんだ。でもさ、いいよ。俺が許すよ」
「どうして」
「俺、何にも持ってないんだ。好きとか嫌いとか、空っぽだ。沢城さんはずるいよな、星が好きで、佐倉さんがいてさ。一つくらい、失くしてもいいと思うぜ」
久住くんの話し方は、休日の約束を交わすくらいに、気軽なものだった。時折遠くから陸上部の掛け声が聞こえるというのに、この小さな部室は日常から隔離されているように思える。
「私、久住くんが怖いよ」
これだけは、嘘でなんて飾っていない。私の、本心だ。
「知ってる」
目に溜まっていた涙は、久住くんの人差し指で掬い上げられる。早く夜になってしまえばいいのに。考えることを放棄して、深い眠りについて全てを忘れてしまうことができたら、どんなに良かっただろう。
- Re: まなつのいきもの ( No.11 )
- 日時: 2017/07/10 08:38
- 名前: 星野 ◆a7opkU66I6 (ID: aruie.9C)
【夏に絡め取られる】
部室で、久住と星の話をした。沢城はまだ来ておらず、オレも過去問と睨み合うのが嫌になっていたのだ。たまには天文学研究会らしいとこをしよう、と持ちかけたのは向こうからだった。しかし生憎、互いに星に対する知識量はからきしだ。もうすぐ七夕だったので、天の川を見たことがあるかという話題になった時、ノックの音が聞こえた。最初は沢城だと思ったのだが、顔を出したのは飯塚だった。
「わ、久住くんが天文学研究会に入ったって本当だったんだ」
「何か用か」
オレと久住の顔を見比べ、飯塚は目を丸くした。久住は愛想の良い笑みを浮かべている。
「久住くん、ちょっとだけ五十嵐借りてもいい?」
「こんなのでよければ、是非」
「ありがとう!」
飯塚はオレの腕を勢い良く掴み、廊下へ引っ張っていく。握る力がやけに強い。
「ジュース奢るから、1階の自販機の前まで行こ」
あれよあれよという間に、部室棟と校舎を繋ぐ渡り廊下にきていた。くたびれた自動販売機の隣には、真っ青なベンチが備え付けられている。
「これでいい?」
「ありがとう」
手渡されたペットボトルを受け取り、蓋を回す。開けた時、炭酸の抜ける小気味良い音が鳴った。
「単刀直入に言うけど、もう一度剣道部に入部するつもりはないかな」
「……ない」
オレの返事に、飯塚は痛ましげに目を逸らした。
「やっぱり、まだ怖いの?」
「違う」
「じゃあ」
「オレは逃げてしまったから、後ろめたいんだ」
去年の夏まで、オレは剣道部の一員だった。辞める原因になったのは、上級生からの僻みだ。今思えば、もう少しだけ頑張れたのかもしれない。けれども当時のオレには、耐え難いものに感じたのだ。同級生や後輩からは引き止められたが、それを振り切って退部届を出した。やはり、逃げだ。
「それをいうなら私も、他のみんなも、先輩達に反発できなかったよ」
「オレは今まで誰かにひどい扱いをされたことはなかった。むしろそういうやつを助けてきた方だった。だから先輩達に目をつけられたとき、そんな自分が恥ずかしかったんだ。怖いとかじゃなくて、そういうしょうもない理由で辞めたんだよ」
自分の口から出てきた声は、ひどく疲れが滲んでいた。要するに羞恥心が優ったのだ。飯塚は思案するふうにして、顎に手を置いていた。しばらくして、唇が開く。
「……わかった。これは五十嵐の問題だから、無理には誘わない。そういう心のもやもやって、自分が納得しなきゃ消えないもん」
そう言って、柔らかく顔を綻ばせた。安堵と同時に、胸に鉛がのしかかる。また、逃げてしまった。オレは卑怯者だ。
「あ、最後に一つだけ聞いてもいい」
「別にいいけど」
「沢城さんと久住くんって、付き合ってるの?」
「……は」
思いがけなく発せられた疑問に、思考が止まる。その様子を眺め、飯塚は快活そうな笑い声を上げた。
「五十嵐は知らないかもしれないけど、ちょっとした噂になってるよ。天文学研究会のこと」
「全然知らなかった」
「その様子だと、2人は付き合ってないんだね」
オレは無言で頷く。沢城と久住の間でそういった類の親密な雰囲気を感じたことはなかった。ただ時折2人が一緒にいるところを見かけると、どこまでも黒で塗り潰された穴を覗いているような気分に襲われた。
「じゃあこれで終わり。引き止めてごめんね」
「こちらこそごめんな。部活、がんばれよ」
鬱屈とした感情が湧き上がる。また逃げてしまった。あの夏の日から、オレは憂鬱なプライドに雁字搦めになっていた。
- Re: まなつのいきもの ( No.12 )
- 日時: 2017/07/11 17:23
- 名前: 星野 ◆a7opkU66I6 (ID: aruie.9C)
【熱を孕む】
その後、私は逃げるように部室から飛び出した。無我夢中で帰路を走る。散犬の歩をしていたお爺さんや、買い物帰りの主婦、下校途中の小学生が何事かと私を見る。そんな視線を振り切って、ただ私は駆け続けた。身体はこんなに重かっただろうか。いくら腕を振っても、足を前に漕いでも、進んでいるという実感は乏しかった。汗が首筋を伝う。気持ち悪い。はやく、家に帰らなきゃ。恐ろしいものが私の足を掬おうしてる気がした。
今までそれなりにやってきたつもりだった。でもいつからか、私は自分が歪んでいくのを感じていた。このままじゃいけないのはわかってた。けれども、どうして心地の良いこのぬるま湯から上がれるというのだろう。
「ただいま」
家に着くと、一先ず深呼吸した。母さんが居間の方からおかえりと声をかける。日常に帰ってくることができたのだ。私はそのまま自分の部屋に入る。制服から私服に着替える時、姿見が目に入った。痩せた身体、不健康そうな肌の色、 真顔の私。吐き気がした。急いで着替え終わると、ベッドに倒れこみ、瞼を閉じた。淡いまどろみが身体に覆いかぶさる。唯一の逃避の手段に縋りたかったのだ。
起きると朝だった。身体が、怠い。頭がうまく働かず、ぼうっとしてしまう。今日は何曜日だっけ。昨日が月曜日だから、ええと、確か火曜日だろうか。学校に行かなきゃ。そう思っても立ち上がろうとしても、視界が揺らぐ。もしかして、熱かな。言うことの聞かない身体を叱咤して、私は台所に向かった。
「郁子、おはよう。昨日帰ってきてから、ずっと寝てたけど大丈夫?」
「……今日、学校休む。熱出たかも」
台所では母さんが朝ごはんの支度を整えているところだった。フライパンに落とし込まれた卵やウィンナーがぱちぱちと焼ける音が耳に届く。母さんが心配そうに私の顔を覗き込む。驚きで数回、目が瞬いた。
「顔色が悪いわ。学校に連絡しておくから、部屋で休んでなさい」
母さんに促され、ふらふらの足取りのまま自室に戻る。熱が出ると、大袈裟なくらい思考がネガティヴになる。何だか寂しくなって、このまま一人ぼっちになるのではないかと錯覚してしまうのだ。
そうして1日横になっていると、夕方にはすっかり具合が良くなった。熱は私から尻尾を巻いて逃げ出してしまったらしい。お粥を平らげた私を見て、母さんは「季節の変わり目だからかしらね」と呟いた。
「郁子、お友達が来てるわよ。お見舞いに来てくれたみたい、通しても大丈夫?」
私がベッドから抜け出して歩き回れるようになった頃、母さんが言った。結菜だろうか。私が風邪をひいたときは、いつも結菜がノートやプリントを持って来てくれた。私はぎこちなく了承した。けれど実際に来たのは、清水さんだった。
「郁子、元気そうでよかった」
清水さんは綺麗な笑みを浮かべ、こちらにプリントを手渡した。彼女の容姿は、いつも洗練されている。グロスで飾られた唇や、くるりと上向きに上がったまつ毛は、完成された1人の女の子だった。清水さんのいるグループは皆派手だけれど、彼女だけは一等晴れやかな美しさというものが備わっている。
「お見舞いに来てくれてありがとう。熱なんてもう下がっちゃった」
「よかった、郁子いないとつまんないし」
そんなことないよ、という言葉はそっ飲み込んだ。清水さんは、出席番号が前後だから良く話す。だけど、お互いにいるグループは異なるものだった。だからこうして学校の外で会うことは初めてだ。
「あのさ、あー、一つ聞きたいことがあるんだけど」
歯切れの悪い前置きに、私はじっと続きを待った。
「久住のこと、好きとか、ない?」
「……ないよ」
昨日、北田くんにも同じような質問をされた。天文学研究会に久住くんが入ったことは、じわりと噂になっていることは知っていたけれど。私は思い切りかぶりを振る。
「よかった、あたし久住のこと好きだからさ。あ、でもだからかな」
「どうしたの」
「なんとなく、郁子と久住って雰囲気が似てるんだよね。他の子に言うと、似てないって言われるけど。だから、あたし郁子と仲良くしたいのかも」
私と久住くんが、似てる。4月の頃なら、確信を持って否定していた。だけれど、今は曖昧に笑ってごまかすことしかできない。他人に褒められたい私と、好き嫌いのない久住くん。2人とも、空っぽだ。
「長居してもあれだし、あたしそろそろ行くわ。郁子はもう寝てな」
「お見舞い、ありがとう」
「‥…あのさ」
清水さんは立ち上がり、そしてこちらに背を向けたまま言葉を発した。
「佐倉も、今日休みだった。それだけ、じゃあね」
結菜。その名前を聞くだけで、口の中に苦いものが広がった。何故、清水さんは最後にそのことを言ったのだろうか。
- Re: まなつのいきもの ( No.13 )
- 日時: 2017/08/29 23:30
- 名前: 星野 ◆a7opkU66I6 (ID: aruie.9C)
【ボーイミーツ 1】
飯塚に呼び出された翌日、オレはやや陰鬱な気持ちを抱えていた。体を動かすことは好きだ。特に剣道は、気持ちの良いスポーツだと思う。幸い、部活の同級生は良い奴ばかりだった。けれども、オレは逃げてしまった。生まれが少し早いというだけで、先輩たちは権力を振りかざす。多少のことなら、オレだって我慢できた。年功序列というものはどこにいっても付き物だから。けれども、あいつらのそれは馬鹿馬鹿しかった。徐々にオレはあいつらに従わなくなり、そして目をつけられた。いじめられても平気だと信じていたのだ。オレは強いと、どこか確信めいたものがあったのかもしれない。実際にどんな暴力だって平気だった。耐えられなかったのは、くだらない自尊心だ。憐憫の対象になった、ただそれだけのことなのに。
「もうすぐ夏休みだから、今日は予定通り大掃除を行います。うちのクラスは1組と合同で、体育館の清掃です」
クラス委員の言葉を聞き終えるとみんな怠惰そうな動作で席を立ち、体育館に向かう。今日は授業がない。7月に入ればあとは夏休みを待つばかりだから、消化試合のようなものだった。
「五十嵐くんじゃん」
体育館につくと、軽く背中を叩かれる。振り返れば久住の顔があった。今日も気の良い笑顔を浮かべている。隣には小柄な男子生徒の姿があった。見覚えがある。確か、久住と一緒に帰った日に見かけたはずだ。久住は身長の高い方だからか、並んで見ると中々目を惹く組み合わせだった。
「五十嵐くんのクラスも体育館掃除だったんだ。適当にやろうぜ、適当に」
「……そうだな」
オレの返答に、久住は意外そうに目を丸くした。珍しいものをみたと言わんばかりだ。
「注意されるかと思った。五十嵐くん、真面目だから」
「宗治、こいつ誰」
隣の男子生徒は、不審そうな目つきでオレを睨め付けた。鋭い双眸だ。身の丈は低いが、存在感はある。
「3組の五十嵐夏生だ」
若干の心地悪さを抱えながら、挨拶をする。男子生徒はなんの感慨もなさそうに、ふうんと相槌を漏らした。
「北田、明音。よろしく」
「こいつわりと無愛想だけど、悪い奴じゃないからさ。せっかくだから、五十嵐くんも来る?」
「……どこに」
そう問えば、久住と北田は互いに目を見合わせる。口を開いたのは、意外なことに北田の方だった。
「サボり。どうせこの人数だし、居なくなってもバレないだろ」
確かに事実だ。見渡せば手持ち無沙汰な様子の者が何人もいた。普段ならば、この類の誘いにはあまり乗らない方だ。断ってしまえ。そう頭では叫んでいるのに、喉から声が出ない。ムシャクシャしていた。一体、何にだろう。オレを虐めた、剣道部の上級生にか。今更話を蒸し返した飯塚にか。それとも、未だに煮え切らない態度のオレになのかもしれない。だから、オレは衝動のままにその誘いに飛び乗った。視界の端で、久住が目を細めているのを捉えた。