複雑・ファジー小説

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紫陽花手帖
日時: 2017/09/25 21:38
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: cFBA8MLZ)
参照: https://www.fastpic.jp/images.php?file=3528318263.png

  
 
 大切なら、できるだけぶっきらぼうに、不器用に、無愛想に、壊してゆこう。
 





 

*かたちないものに、幸福を >>01

*或るところに、花と夕陽が御座いました >>02

*毒林檎と彼女 >>03

*やがて蝶になる >>04

*咎人 >>05

*イミテーション >>06

*優しいひと >>07

*過ぎ去りし日の >>08

*大切で大切な大切 >>09

*迷いそうなあなたの道しるべとなれるように >>11

*曖昧な >>12

*抱きしめて今夜 >>13

*不確かで、けれど、愛おしい世界 >>15



『小夜日記』 >>10 >>14
 
 

Re: 紫陽花手帳 ( No.1 )
日時: 2017/07/16 16:45
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: KQb493NG)
参照: かたちないものに、幸福を

 
 
 
 
 いらないから捨てた。何を、とかそういうのじゃなくて、「それ」だけ、を捨てたの。
 美味しくない病院食だとか、塗りたくったシーブリーズだとか、体育祭の衣装だとか、2歳の頃のアルバムだとか。
 きっとそれは多分必要なもので、本当は必要でないもの。だから捨てた。
 私は、今も、あなたからもらったキーホルダーを覚えている。確か、どこかへ行ったときのお土産だったはず。だからどこかに捨てた。だけど、きちんと覚えているよ。あなたからもらったこと。あなたがキーホルダーというものをくれたこと。あなたが私のことを、キーホルダーをあげようとお金を支払ってくれるくらい、友達だって思っていたってこと。
 きっとずっと、忘れないよ。

 かたちのあるものに幸福は宿らない。というか、かたちを作っているのが幸福なんだ。そこに幸福があるから、かたちがある。思い出になるから、かたちになる。
 はじめに、かたちが存在しているわけではなくって。
 雨も雪も、月の光も。全部、幸福のかたち。かけら。
 誰かが、誰かのことを想い想われ、大切なものを壊す。そうすれば、幸福は、思い出は、すべて自分のものになるね。そうだ、自分のものにしちゃおう。
 
 

Re: 紫陽花手帳 ( No.2 )
日時: 2017/07/17 19:05
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: VC3X1bJz)
参照: 或るところに、花と夕陽が御座いました



 


 花が咲く、という言葉に時々違和感を感じたりしない?
 花って、咲くものだし。なら、「咲く」なんて言葉いらないよね。

 ぽいっ。

 夕陽はオレンジ、だよね。なら、オレンジなんて言葉無駄だよね。蜜柑もオレンジだし、人参だってオレンジだ。じゃあ今から、オレンジ=夕陽ってことにしてみようか。

 あのコタツの上に君が置いておいた蜜柑は夕陽のようだ。
 私が作ったカレーの中に入れた人参は夕陽みたいだ。

 ね。なんだか日常の1コマに、風情とか趣きだとか、そんな豊かさが出るでしょう?
 何事も遠回しに言うっていいよね。動詞をわざわざ使わないのも素敵。きっと会話は今よりも気恥ずかしくなって、しなくなってしまう。それも落ち着きがあって上品だよね。

 多くを語らないって素敵だけれど、簡潔すぎるのもよくない。
 花が咲いているのを見て、「あ、花」で終わらせてしまうなんて何事って感じだ。全然美しくない。
 でも、さっき言った通り、花が咲くことなんて分かりきっているし。あ、そうしたらいずれ枯れるってことも分かりきっているのか。ということは、「花」っていう単語の中には色んな動詞が隠れているんだな。そういうの、辞書に書いておいてくれたらいいのにな。
 花は「開く」「咲く」「萎む」「枯れる」「落ちる」「散る」。
 私の、顕微鏡で覗かなきゃ見えないくらい小さな語彙力でも、花に纏わる動詞はこんなにある。何だか単語から連想される動詞をまとめた辞書、作りたいと思ったよ。
 ということは、無駄なものでも必要ってことだ。人間は無駄が多いけれど、それは色気を生み出すために必要なものなんだね。
 だったら、私たちは中間地点を探そうよ。
 豊かさと、静けさの間。無駄なものが適度に溢れて、整頓された、そんな世界。
 それは、あなたの中に。
 
 

Re: 紫陽花手帳 ( No.3 )
日時: 2017/07/18 19:00
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: Q19F44xv)
参照: 毒林檎と彼女

 



 ベッドの上で本を広げながら、その小さな文字を追う。もう既に半分ほど読み終えたその本は、少女と少年が真夏の夜、心中しようと2人ひっそりと計画を立てる、という話だった。
 くだらない、と思った。既に半分、たかが半分。しかしまだ半分読み終えた時点で思ったのは、こいつら自分に酔いすぎだ、ということだった。
 少女の方は、生まれつき病気で、彼女はそれがもう治らないことを知っていた。かるーく読み飛ばしたせいか余命の部分は覚えていなかったけれども、多分もうすぐ死ぬのだろう。描かれた彼女の日常を読んでゆく限り、とてもそうは思えなかったけれども。
 少年の方は、学校でいじめにあっていて、帰っても親は仕事でいなくって、それで、という感じだった。彼に死の気配は何も無かったけれど、多分もうすぐ死ぬのだろう。だって、心中しようなどと言っているのだから。

『嗚呼、僕たち【私たち】は、なんて不幸なんだろう!』
 
 つまりはそう言いたいだけなのだ。周りの大人たちにも、読者側にも。実際、2人は可哀想な境遇だし、僕も可哀想だなって思う。
 けれども、自分たちが世界で1番不幸だ!と主張しているような感じが嫌だった。
 お前らなんかより、不幸な奴らはどこにだっているさ!
 なんて心の中で呟いてみたって、本の中の彼らには届きやしない。つまり、所詮は架空のものなのであるから。
 僕の気持ちなんてお構いなしに、物語は進んでゆく。続きが見たくなければページを捲らなければ、文字を追わなければいいのに、僕は決してそんなことをしなかった。
 2人の人生を見届けたい。それだけだ。
 次のページで、いきなり2人は心中を決行した。高校の裏の中庭で、首を吊ったのだ。しかし、少年だけは生き残った。なぜか。怖気付いたのだ。最後の最後に。
 物語は終盤へと近づいてゆく。少女の死を目の前で見、冷たくなってゆく彼女に触れて怖くなり、生き残った少年は前にも増して暗くなった。塞ぎ込み、いじめられてももう何も反応を返さないようになったのだ。
 ご飯も食べず、家に帰ってもぼおっと過ごしているだけ。この辺は、クラスのとある女の子の第3者視点で描かれていて、何故その女の子が彼の家の様子を知っていたのかというと、エッチをしたからだ。
 彼女は甲斐甲斐しく世話を焼いた。普段はクラスでいじめを見て見ぬフリをしているくせに、どういう思考をしているんだろう、と思ったけれども、まあ架空の物語なので気にしない。
 不思議だった。日に日に弱ってゆく彼からは死の匂いがする。物語に彼の名前が出てくる度に、湿り気のある、濃密な香りが僕の鼻をついた。序盤の彼に、死というものは漂っていなかったのに。
 それはきっと、少女という死が、彼に寄り添っているから。これからも、ずっと、ずっと。
 最後、彼はとうとうぶっ倒れ、病院に運ばれた。そこで少女の母親に出会い、彼女が生前に残した手紙を渡される。その長ったらしい文章の中にあった「生きて」という一言に彼は生気を取り戻し、もう1度生きる決意をする。そんな話だった。
 後書きは無かった。僕はそのまま本を閉じ、ついでに目も閉じて、静かにため息をつく。

「つまらない……」
「あーら、つまらないとは何事?」

 いつの間にか、病室に彼女がいて、林檎を剥いていた。慣れた手つきで皮を剥いてゆく彼女を見て、そういえばナイフって林檎を剥くための道具だったな、なんて思った。

「いや、くだらない話だったなって思ってさ」
「えー、私はけっこう面白いと思うけど。だって、君の人生じゃん」

 はい、と綺麗に切り分けられた林檎をお皿に載せて、彼女は乱雑に机に置く。それを手に取って口に放り込むと、しゃりしゃり、と良い音を立てて消えていった。あのときの林檎みたいに。

「あんまり面白おかしく、人の人生を書かないでよね」
「だって勿体ないじゃん。このまま君の人生……私たちの人生が、誰にも知られずに消えてしまうのは、さ」
「……それもそうか」

 彼女もまた、林檎をしゃりしゃりと言わせながら食べてゆく。
 僕にとって、この林檎、という食べ物は、***が死んでから初めて食べたものだ。いや、食べさせられた、というべきか。そして、***と出会ったきっかけでもある。とにかく、思い出の食べ物には違いなかった。

「ま、僕、もうすぐ死ぬしね」
「私もいずれ死ぬしね」

 ははは、と笑い合う。実際笑い事ではなかったけれど、笑うしかなかった。
 僕らは***と同じ病気で死ぬ。当たり前だ。その病気は誰かから***、***から僕、僕から彼女へと伝染した。
 というかそもそも、人間、みんな同じ病気で死ぬ。人によっては病院に行かずに死ぬかもしれない。彼女は木の上で死んだ。
 そして、真っ青な病院の空を見て今、僕らは誓った。
 僕らは地球の上で死ぬよ、***。これでおあいこだ。
 林檎を食べながら。
 
 

Re: 紫陽花手帳 ( No.4 )
日時: 2017/07/19 19:02
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: hd6VT0IS)
参照: やがて蝶になる

 
 


 私は蝶にはなれない。初めからそれを知っていた、はずなのに。
 チョコレートは蝶に似ている。あのどろどろした液体は、やがて蝶になる。冷やし固めて、そして蝶にするのだ。
 蛹の中で、チョコレートは眠っている。目醒めのときを待っている。長い時間をかけて、ゆっくりと蝶になる。あの茶色くって汚らしい液体は、やがて蝶になる。
 人間は、どうすれば蝶になれるのだろう。火にかけてぐつぐつ煮れば、きっとチョコレートのようにどろどろになれるのだろう。けれど、それだけだ。蝶にはなれやしない。
 何故人間は蝶にはなれないのだろう。不老不死にもなれない。神にもなれやしない。人間以外にはなれやしない。はじめっから。
 私は知っていた。蝶は、人間ではないと。人間は、蝶ではないのだと。
 人間は、いつまで過ちを犯し続けるのだろう。誰も、私にはなれやしないのに。
 世界で出来た蛹の中で、私は眠る。目醒めのときを、待っている。
 
 

Re: 紫陽花手帖 ( No.5 )
日時: 2017/07/26 19:22
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: FAqUo8YJ)
参照: 咎人

 




 許されたい、という思いと、裁かれたい、という思いは同じだ。許されるためには、裁かれなければならない。
 それは両親であったり、兄弟であったり、友人であったり、恋人であったり。そして、遺族であったり。時には死人だったりするのかもしれない。
 傷つけられたら傷つけ返す。そんなことを繰り返せば、あっという間に僕たちは滅びるだろう。いや、滅びていた、か。
 人が、人間が生きてゆく以上、誰かを、何かを犠牲にしなければならない。それは豚であったり、牛であったり、はたまたトマトであったり、鯖だったりするのかもしれない。
 トマトはわからないけれど、他の動物たちにもきっと、意志があったはずだ。命があった。血が通っていた。空を、海を見ていた。僕らはそれらを犠牲にして、生き続けている。
 何かを傷つけることは罪だ。何かを殺すことは罪だ。よって、食べることは罪である。そう考えたら、この世に聖人なんてものは存在していない。
 人間がこの地球にまだ生き残っているということは、復讐の連鎖はどこかで止まっている、ということでもある。人間を滅ぼすのは人間だ。
『いただきます』僕たちは、動物を食べた。どうかお許しください。『ごちそうさまでした』
 そんな言葉だけで、罪が許されるとでも。
 だから人は死ぬのかもしれない。死は罰。その死をもって、全ての罪は許される。
 みんな、誰かに許されたがってるんだ。
 
 


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