複雑・ファジー小説

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一二三妖【第二音目-1 更新】
日時: 2019/03/08 21:20
名前: 塩糖 (ID: zxPj.ZqW)
参照: https://ncode.syosetu.com/n1349ff/

——数えて百鬼、誰もかれもが悩み、願いを持ち、生きる
ああならば世界はきっと、無常なりて



 消えた妹を探し、山へ姿を消す様に向かった少年。
 ようやく見つけた妹を追いかける途中、彼は外界とは隔絶され妖怪たちが住まう妖界へと迷い込んでしまった。

 そこで出会った狐の妖怪、一尾の少年と、彼は妹を見つけ出そうとする。だがどうやら、妖界の方でも異変が起きていて……?

 果たして少年は妹を無事探し出すことが出来るのか?


*****

 初めまして、塩糖えんとうと申す者なり。ちなみに通俺とも言います。
皆さんの小説を読んでいて自分もやってみたくなり投稿させていただきました。
今回のジャンルといたしましては「妖怪もの」となっております、戦闘などの要素もありますが何分素人ですので期待はせず、読者さんの暇つぶしの一作になれたら幸いです。
ちなみに感想を書き込まれると作者が狂喜乱舞します

誤字訂正報告いただけると感謝感激してすぐに直させていただきます。


※※
 2019/3/7 小説家になろう、にて連載中のリメイク版(URL参照)の方をこちらでも掲載、またそれまでのお話を削除することとしました。
以前のお話を楽しみにされている方がおりましたら大変申し訳ございません。

****
目次
・第零音目 【「音モ無シ」】 
 >>1
・第一音目 【一から始まる妖道】
 壱【目を瞑った】 >>2
 弐【無視をした】 >>4
 参【気が付かなかった】 >>6
肆【迂闊であった】 >>7
 伍【呑気であった】 >>9
 陸【背中を向けた】 >>11
 一【痛みはなかった】 >>12
 漆【話を聞かなかった >>13
 捌【調子に乗って、名も乗った】 >>14
・第二音目 【碌でもない奴ら珍道中】
 壱【渡る世間は鬼ばかり】 >>43

・進捗
 二音目改訂版更新中
****

・企画
オリキャラ募集 無事4人の妖怪が集まりました!参加いただいた方々感謝が尽きません。


*****
お客さん一覧
・マルキ・ド・サドさん
・ダモクレイトスさん
・ヨモツカミさん
・銀竹さん
・月白鳥さん
・ももたさん
・透さん

お便り待ってます!

Re: 一二三妖 ( No.10 )
日時: 2017/08/07 00:16
名前: 塩糖 (ID: zi/NirI0)

>>8 ダモクレイトスさん
初めまして、塩糖というものです!
一二三妖(ひーふーみーよう)というタイトルは果たして合っているかどうか心配でしたがありがたいお声を頂き自信が持てました!
それと書き方についての指摘はありがたいです、今回では地の文に感嘆符はあまりという意見とセリフの空白についてで、前者の方はもっと効果的にするためいくつかの文章をもう一度見直し削ったり表現を変えたりを考えて見ます。
後者ですがこれは本当に忘れていたというひどいものなので、見つけ次第修正していきます
これからもダモストクレイスさんの暇つぶしの一作になれば幸いです

【一から始める妖道】 ( No.11 )
日時: 2019/03/07 22:04
名前: 塩糖 (ID: zxPj.ZqW)

陸【背中を向けた】


 自分の周りには組み合っていたパズルが崩れた、あるい砕かれた石材が散らばる。それは目の前の怪物の頑強さを示していて、思わず自分がまともにその一撃を受けていれば……と想像させて俺の動悸を最高潮へと容易に連れて行った。

 あれほど頑丈であった石橋は、中央の部分がすっかり瓦解し渡れなくなってしまった。
 大きく助走をして、走り幅跳びの要領で行けば何とか端に手が届くかもしれないが……生憎とそんな悠長なことをしているような状況でも精神でもない。
 改めて、いや一度も視線を外すことが出来なかった怪物を見た。

 最初は巨大な岩石にも思えた甲羅、その上の何割かを苔が占め、残った場所からは薄いまだら模様が確認できる。そこから生える体、甲羅と似た色合いで、それでいて皺くちゃ……或いはたるみ爬虫類らしいぼつぼつがある皮膚。先ほどまで、水の中に潜んでいたことを誇示するかの如く、その体は濡れていて、隙間にたまっていた水を排出しつつ全容を現す。
 四つん這いの手足を動かし、陸に成人男性の腕ほど強大な爪を立て、余りの質量の塊に地面が悲鳴を上げた。
 石と石が擦れ合う音に、たまらず耳をふさぐ。

 その化け物はこちらなど興味がないとばかりに背を向け、向こう岸に上がっている。俺にとっては幸運か、違う。
 向こう岸には吹き飛ばされた彼がいる。

「(──狙いは始か!?)」

 十数メートル先の途切れた橋の向こう岸に……川べりにまで吹き飛ばされた始。片膝をつきながらも、決してその視線はドチから外れていない。

「────!」
「……なんなんだよ、あれ」

 そんな彼に対して、怪物……怪獣の呼び名が似合うソレは、首を伸ばして唸り声をあげている。
 こんなゾウのような巨躯を持つ亀なんて、もちろん知識にない。となればこいつも「妖怪」の一種なのだろうか。混乱する頭は情報を求めた。

「おい、大丈夫か!? いったい何なんだよソイツは!」
「……はい、こちらは大丈夫です! こいつの名はドチ、長生きしたスッポンが妖になったものですけど……本来なら精々人並み程度の大きさのはずなのに、それに臆病な妖怪で——っと!」

 危ない、と言う時間もなかった。
 ドチ、と呼ばれたその亀──いやスッポンは始の声に合わせ、大きく口を開けて始を噛みつこうとその首を伸ばした。
 それに合わせ、始は危うげながらも横に転がって回避し、直ぐに体勢を立て直す。

 一方、ドチは首以外はそこまで俊敏というわけでもないようだ。首が届く位置に始がいなくなると、ゆったりと体を回し、向きを整えている。
 それに対し彼は片膝をついたまま。けれど今しかないばかりに左手の掌を上に向け、前に突き出す。

「─ ー《ひー》、二《ふー》、三《みー》……|四《よん》! 妖術・狐火──人間さん!」
「な、なんだ!」
「早く逃げてください!」
「はぁ!? お前は!?」

 あの時よりもずっと大きい、けれど色は青白くはない。
 彼は左手に灯した、拳大程度、赤く怪しげな光を放つ狐火をドチに見せ、しっぽを逆立てその尖った歯をむき出しにし牽制していた。遠くからでもそれが分かるほど、始のその全身には全力が込められていた。

 これには流石のドチも一時怯んだものの、その大口を何度もガチガチと噛み合わせるように鳴らして威嚇を始めた。その音からも、例え一度でも噛まれれば無事では済まない事が伺える。
 背中越しだというのにその姿は、思わず、決して勝てないという恐怖を押し付けてきていた。
 
 だからこそ、始が告げた言葉の意味の理解を拒む。

「ここにいては危険です! 人間さんが行った後、私も隙を見てそちら側に渡りますので……! 人間さんは一先ず、道のりに従って進んでいてください、直ぐに追いつきますから!」
「む、無茶だ! 大体橋も壊れてるのにどうやって……」
「私は妖怪です! この程度なら飛び越えられます!」

 先に行け先に行け、と彼が急かす。
 しかし俺は、なんだか嫌な予感しかせず、体を逆方向に向けることも出来ず、じっと妖怪の戦いを見ていることしかできない。今ここ離れたら取り返しのつかないことが起きてしまいそうで、その選択を嫌がっていた。

「早く! 人間さんがいた方が危ないんです! っ、そうだこれを──!」

 それに業を煮やしたのか、彼は腰元から何かを取り出して、こちらに放り投げた。しかし焦って投げたからだろうか、反対側の岸にいた俺の頭上すらも飛び越えて、後ろに落ちる。

 反射的に、俺はそれを拾おうとして「ドチに背中を向け」慌ててそれを拾った。
 薄紫色の布と瑠璃色のビー玉に通った白い紐で出来た巾着袋……お守りだろうか。裏側に縫われた、9本の尻尾のような模様が特徴的だった。
 これが一体どうしたんだともう一度彼の方を向こうとして、無意識的に首だけが動いた。

「────!!」
「それを町の人に見せて、私の知り合いですと言えばなんとかなりますから、早く──って駄目だ、こっちだ!!」
「~~~~ッ、ごめん!」

 咆哮とともに、ドチの首がこちらを向いた。薄黄色の瞳の中心、生物らしさを感じさせない黒い瞳孔がこちらを捉えた。
 体の機能が一瞬、全て止まってしまったかのような感覚を覚え、蛇に睨まれた蛙、身の危険を案じる警告を自覚するのはその数秒後だった。
 
 それを助けてくれたのは始で、わざとドチに石をぶつけて意識をもう一度彼の方へと向けさせた。当然、その後に彼に何度目かの噛みつきが襲う。
 また横に転がって回避し、何とか無傷ですんでいたがそのうち……今の様に俺を庇おうとしたら今度こそ……足を引っ張っているということは目の前で実感し、逃走を促す始の思いを無視することはできなくなって、様々な思い、考えを振り切り、お守りを握りしめて俺は走り出した。

 直後に地面が揺れ、転ばないように耐えながら、俺は逃げ出した。





 
──何かから逃げて知らない道を歩いたのはいつ以来だっただろうか。

 「あと少しだと言っていたのに、思いのほか遠いじゃないか」と呟いて、いつの間にか足は遅くなりもはや牛歩の速度で道を進んだ。原因は疲れ、ではないだろう。
 彼を置き去りにした罪悪感は、自分の足首に鉄の鎖が巻き付いたような重さを与えた。

 ただただ、お守りを握る力が強くなるばかりで、もう町へとたどり着く気は消え失せている。その途中三度、後ろを見て始が来ているか確認したい衝動に何度もかられたが首を振って進むしかなかった。

──彼を、言葉を信じただけだ。自分は何も悪くない
「いや……」

 自分の行為を正当化しても、何度も頭の中で否定する言葉が自分のものではない声色で再生された。

 道は舗装されているわけではないが、そこそこに広く、仮に馬車のようなものが来ても一応は通り抜けられるぐらいには広い。
 とはいえ、横にそれたらまた、木々が生い茂る林に突入してしまうような場所で、決して見晴らしはよくない。しきりに聞こえる鳥の騒めきが不安を煽った。

 アイツなら大丈夫だ、あの火はすごかったし、そもそも妖怪なら俺よりも運動神経はずっといいだろうから、俺がいたところで邪魔である、邪魔なのだ。アイツの言う通り、さっさといなくなった方が良かったに違いない。

 ……だけど、相手もデカかった。元がスッポンと言ったって、ドチも妖怪だ。確かに陸上に上がった彼は首の動き以外は鈍かったが、そもそもあの巨体なら一撃さえ入ればいい。
 逆にアイツは何度攻撃すればドチを怯ませることが出来るのか、見当もつかない。

 いや、そもそも倒す必要はどこにもないはずだ。
 
 俺があの場から逃げたなら、始は言葉の通り隙を見計らって、石橋を飛び越えて、こちらに逃げてくればいい。見るからに水中が本領と言えそうな妖怪だ、わざわざ追ってくることはないだろう。
 アイツが遅れているのはきっと、途中で食料を見つけたとか、きっとくだらない事なんだ。

「(あれ、そう言えばなんでアイツは立って距離をとろうとしなかったんだ?)」

 自己弁護を重ね、状況を理解しようとするフリをしていて、気が付いた、気が付いてしまった。
 彼は何故か、ドチ前から離れようとせず、ただ転がるばかりで下がることもしなかった。

 彼は片膝を立てていた。

 よくよく考えれば、自分は始が吹き飛ばされるところは見ても、着地するその瞬間は見ていない。
 どんどんと思考が加速していく。先ほどまで気づけなかったことにまでそれは及ぶ。

 彼はドチの攻撃を横に転がって回避していたが、あれはもしや、足のどちらかを痛めていたからではないのか。

 そもそも追いつくことを考慮しているのならば、なぜ彼は「町についた後」についてを話したのか、それが意味することはつまり、自分は追いつけないことを示したのではないか。

──、
「っ」

 不意に、地面が揺れた気がした。

 つい後ろを見てしまえば、そこには誰一人としていない、今来た道があるだけであった。



*****

前話 >>9
次話 >>12

【一から始める妖道】 ( No.12 )
日時: 2019/03/07 21:53
名前: 塩糖 (ID: zxPj.ZqW)

一【痛みはなかった】




 今日は人生で三番目に幸運で、二番目に不運な日だ。そう零そうとして、不運とは違うかと己を恥じた。

「(着地の誤り、いやそれ以前、直前まで気づかなかった間抜けさ……)慢心が、どこかであったのかもしれませんね。あなたもそう思ったからこそ、私を狙ったのですよね?」
「──」

 問いかけに対し、唸り声で返すドチ。もう少しすれば、彼のその強靭な顎でかみ砕かれる運命か。
 妖の一生とは儚いものである、そう始は悟った。
 湿った土やら砂で汚れた、自分の一本しかない尾を右手で梳かしながら、己の半生を思い出していた。

 この身となる前、獣のままであった一年。妖となった後の十数年。
 思えば、長生きをした。出来た。

 生まれ物心が付いたころ、親が消えた日を
 毛皮を突き抜け、芯まで凍らせる寒さの冬を生き延びようとしたことを、
 自身が獣から変化した日のことを、

「……本当に、運のいい身でした」
 
 尾獣堂を名乗る彼女らに拾われたこと、それが彼にとって人生で一番幸運だった日。
 それから始まった全く違った生活を、思い出す。
 どうしてか、始は今、心穏やかな気持ちで俯瞰することが出来ていた。

 妖怪にとってはほんの十数年。二本足で立ち上がり、二つの手で様々なものを触り、感じた日々を。
 あれは何か、これは何かと尋ねるたびに、彼女たちは親身になって教えてくれた。幸せだった。
 ある日、師匠はふけぬキセル片手で言いだした。

「──そろそろ独り立ちしてみる頃だろう。少しは世間に揉まれ、尻尾の一本でも生やして戻ってこい」
「は、はい! ではぼ──私、始は一尾から二尾になって帰ってきます、師匠!」
「うむ、良い顔だ。とはいえ、真木の奴も寂しがるだろう……定期的に手紙は送ってこい。それと、何かあった時の為に護符を渡そう。きっと助けになるはずだ」

 微笑と共に言われ、共に渡されたお守り、それは先ほど人間に渡してしまった。いや、渡すことが出来た。

 別にそれ自体は後悔していない、人間界へと送り届ける、妹探しの助力をするという約束を反故にしてしまったのだ。
 ならば、自分の「防衛手段」と人間である彼が「尾獣堂」の庇護下にあるという証明、渡さなければ申し訳なさ過ぎて化けて出てしまうだろう。

 まぁ、妖は死んだら精々土地を汚す程度しかできないのだから、化けて出るも何もないのだが。
 妖怪に二度目はない。

「──ッァ!」

 気が緩んでいたのを見抜かれらしい。またあの噛みつきが迫ってくる。
 少し力を入れるだけで、虎ばさみに挟まれた時の様な痛みが走る左足。苦悶の表情を浮かべつつ、庇いながら横に転がった。

「くっ!?」

 避けきれなかった。突っ込んできたドチの顔に掠る。始は、坂を転がるような勢いで吹き飛ばされた。どこがどう痛いのかすらわからない程に脳がマヒする。

 まだだ、この程度で死ぬようではだめだ。
 
 歯を食いしばり、体を揺らしながらも起き上がる。口の中に入った土を吐き出し、空っぽになった体に酸素を取り込む。
 その痛みでまた、左手にともした狐火が弱まった。
 それを絶やさないようにまた体の奥にある、頼りない妖力を回して燃え広がらせる。

 消えず揺らめく火を見て、ドチは再び耳をつんざくような錆びついた声を出す。

「もって数分、ですね」

 狐火でドチを威嚇しなければ、避けきれないほどの一撃が彼を襲うだろう。
 こんなコケ脅しでは、始が出せる最大火力にすら到達せぬ火では足りない。

 出した所でドチを撃退することなんて不可能である。それだけではない、食料切れと飲み水不足、生命維持のために妖力はすっかり使いきっていた。
 羊羹と水のおかげで歩ける程度には回復したが、威力も熱量ないまやかしレベルの火を維持するので精いっぱいである。

 他に何か手はないかなんてことはとうに考えていた。それでも、未熟な自分にできることなど

「狐火、変化、憑依……」

 どれも状況を打破しうるものではない。
 変化などはせいぜい服装を変える程度のものであるし、憑依は妖力は使わないが、強い者に対しては、相手が受け入れてくれない限り成功しない。
 隙を見て逃走しようにも片足は死んでいる、詰みだ。

「……」
「──?」

 それならば、様々な幸運が重なって生き延びたこの身をどう振るうか。
 覚悟は走馬燈を燃料とした。左手の火を消す。
 訝し気に、ドチが始を睨みつけた。

「一、二、三……」

 残りカスに等しい妖力をかき集めて、かき集めて、再び左手へと凝縮する。
 
 人間さんはもう無事着いた頃だろうか、そう考えつつ彼はドチを視線で挑発した。
 どうせ自分はここで死ぬ。そのうちに、このドチは町のものがやってきて倒すなりなんなりするだろう。
 なら、このままおとなしく食われてやるよりかは、少しでも手傷を食らわせてやった方がよい。尾獣堂に属するものとして、それが正解だと彼は決めつけた。


 外皮は無理だろうが、今できる最大火力を体内で発揮してやれば……そんな気持ちで、始はわざと腰を地面につけて攻撃を誘った。これでもう、転がることも出来ない。
 幾許かの間が開いて、当然、ドチは待っていましたといわんばかりにその強靭な四足で地面を蹴り飛ばし、人一人が縦に入るであろう程口を広げて飛び込んできた。

 人生を振り返ったためか、心は落ち着いていた。
 心残りと言えば、師匠の元へと無事に戻れなかったこと、そしてどこか懐かしい気分になった彼。

「——名前、聞き忘れちゃいましたね」

 目を瞑って、それを受け入れる。
 不思議と痛みはなく、少し冷たかった。



*****

前話 >>11
次話 >>13

【一から始める妖道】 ( No.13 )
日時: 2019/03/07 21:55
名前: 塩糖 (ID: zxPj.ZqW)

漆【話を聞かなかった】


 痛みはない、再度訂正を加えて重ねる。
 痛みも、衝撃もない。ただ、風圧と地面の揺れのみが始の体を揺らした。そして少しした後、なにか液体の様なものが彼の頭に付着した。
 当然、まだ彼は生きている。

「え?」

 彼はその異常さに目を見開くも、目の前にはドチはいない。ではどこかと思い揺れの震源の方を見やれば、見事にひっくり返り、じたばたと暴れているドチがいた。
 初めにそれがなぜそうなったかなんて想像ができるはずもなかった。
 ドチが急に、空中で体を捻らせたことで、攻撃は始にカスリもせず横に逸れ、更に着地も失敗していたなんてこと分かるわけもない。


 頭に手をやった。濡れていて、少し冷たい。
 空から降ってきた液体がドチ含めて彼にもかかったからだ
 触れた手を鼻に近づけると、優れた嗅覚がツンとするものを捉えた。ただの水ではない……酒だろうかと推測を立てた。

「……人間さん?」

 始はそのアルコール臭と、思っていたものとは違う状況に呆けを隠せず、ついつい集中が解けて、手に集まっていた妖力は体内を循環し戻っていく。
 しばしの後、ようやく彼は気が付く。壊れた石橋の向こう側、そこから一人の顔見知りが跳んできて……飛距離が足りず、思い切り顎を石橋に強打する姿を見つけた。





「いてて……」

 人間は、大馬鹿な俺は今崩れた橋を飛び越えて……あと一歩足りなくて、上半身だけで石橋にしがみついていた。
 必死に這い上がり、じんじんと痛み顎をさする。ドチの方を見れば、ひっくり返って身動きが取れないでいる。そしてその横に、カラになったアルコールボトルが転がっていた。
 勿論、始の無事はそれよりも先に確認している。

「間に合ってよかった……」

 そう、心の底の安堵の息をもらした。
 あの後、いてもたってもいられなくなった俺は、疲れた足も気にせず走った。杞憂なら、とんだ勘違いだったら別にいい。それでもと、向かえばドチがいるという恐怖を抱えながらも走った。

 案の定、戻ってきてみれば、今にも食われてしまいそうな始がいた。
 そこから慌てて何かないかとリュックから、アルコールを取り出した頃にはもうドチが跳びかかろうとしていて……何も考えず、蓋だけ開けて全力で投げつけた。

「──ッ!!」
「うるさ!?」

 さしもの巨体も、アルコールを突然ぶっかけられたら流石に、それなりに効くようだ。ドチは、耳が痛くなるほどの呻き声を出しながら何度も大きく体を揺らす。
 その揺れで、壊れた石橋が崩落しそうだ。

 こっちもこれ以上乗っているのは危険だと思って、慌てて始の方に走り寄った。

「大丈夫……じゃないよな、始」
「……」

 見ればこれまた案の定、左の足首が酷く腫れており、思わず口を手で覆いたくなった。少なくとも、これではまともに歩くのも難しいだろう。
 リュックの中に湿布はない。早く町へ行って医者に診せないといけない。

 始は、いまだに俺を信じられないような目で見てきていた。そんなに人が戻ってくると思わなかったのか……それが少し尺に触る。つい、両手で彼の両頬をつねった。
 状況に合わぬ行為に彼は素っ頓狂な声をあげる。

「ふぉっ! わ、わにするんですか」
「うるさい、嘘ついた罰だ」

 まだ理解が追い付いてないのか、彼はあまり顔色は変わらず抗議の声を発した。
 その姿は、いたずらや隠し事をした弟達を叱った後、気まずくなり茶化した時の反応を思い出させ、思わず笑顔になれた。
 一応、立ち上がれるかどうか確認するが、力なく首を振られる。そうか、とつぶやいて顔から手を離す。離したところがほんのり赤くなっていた。
 
 ここで怪我の手当てなんてしている暇はなく、肩を貸し、なんとか無事なほうの脚で立ち上がってもらう。
 その際に、始が焦ったようにこちらに訪ねてくる。考えがまとまっていないのか、何度か言葉に詰まりながら、

「な、なんで……僕は大丈夫だって、人間さんが、ここに来たら意味がないし、そもそも、下手したら全滅——」

 それを軽いゲンコツをして止めた、ああやはり「弟たち」を思い出させる言動だ。
 自分の中だけで考えを完結させて、結果だけの最善を信じて、周りがその後どう思うかも無視して……もしかしたら今さっきまでの自分もそうかもだったかもしれない。
 けど、今は違う。勝手かもしれないが、もう結果だけの最善は嫌なんだ。二人の内どっちかが生き残るルートを投げ捨てて、自分の命さえも危うくしたとしても。

第一、

「弟みたいな奴を見捨てらんなくなった、それに妹にも怒られそうだしな」
「──」

 話をした、少しだが事情も知った、ご飯も一緒に取った。嘘までついて俺を安心させようとした奴を見捨てて生きるなんて、受け入れることはできなかった。
 だから、もう始のことを弟だと思うようにした。不思議と、弟だと思えばドチの方へと走る足も軽やかになった。目の前の怪物を前にしても、笑顔の一つ出来る程度には強くなれた。
 
 妹は優しい子だ。きっと、始を見捨てた事を知れば酷く悲しむだろう。そう言い切ると、始はやはりまた呆けた顔をし、しばらくの後に笑った。
 憑き物が落ちたような、今までの笑いよりもずっと楽しそうで、輝いている表情だった。そんな彼を見て心の中に積もっていた罪悪感が薄れていく、それだけでも、価値はあったというものだ。

「っ、ははは……なんですかそれ」
「さて、とりあえずここから逃げなきゃ。ドチもそろそろ起き上がってきそうだ、どこか当てはないか、始?」

 とにかく、他に向こう側に渡れるポイントがないかどうかと尋ねてみる。
 帰ってきた答えは、あることにはあるがここから少し離れており、このままでは川を渡る時にもう一度ドチに襲われて終わりだ、と言う言葉だった。
 その間もドチはひっくり返った体を何とか起こそうと、左に右に巨大な体を揺らし勢いをつけようとしている。起き上がってくるのも時間の問題だろう。

 一先ず山を登って呼吸を整えるのもあるか、と山の方を見ても、傾斜がきつく始に肩を貸したままでは登れそうもない。川沿いの道を上がっていくなんてドチの格好の餌食だ。
 何か手はないものか、と頭を悩ましていると始は明るい顔で一つ提案があるのですが、とつけて口を開く。

「僕の妖術、といいますか妖怪の基本的なものとして……憑依というものがあるんです」
「憑依? それって、要は乗り移るってことか」
「はい、体を妖力、魂だけの存ざ——まぁ人間さんの体に入って僕が操縦することで、僅かではありますが身体能力の向上、そして僕の体も一旦なくなるので、機動力においては断然違うと思います」
「そりゃいいな、早速やろうか」

 聞いた限りだといいことづくめなので、すぐに了承の意を返すと、始には微妙を顔をされた。
 なんだというんだ、とこちらも困惑の表情で返す。

「いや、入ってしまえば体の主導権とか諸々、握ろうとすれば握れる術なのでそう簡単に了解されると、その他にも——」
「散々お人好しなことしておいて何言ってんだ、時間がないんだからさっさとしてくれ」

 妖怪的常識では、憑依はそんな簡単にしていいものではないらしい。
 だが、ここまで来て信用しないわけないのだから、こんな無駄なやり取りはしないでほしいと伝える。
 それを受けてしぶしぶ、納得がいかない表情で始は懐から札を一枚、読めない字で埋め尽くされているそれは、よくお寺などで見るお札にも似ていた。

 札をぺたりとこちらの額に張り付ける。気分はキョンシー、なんて冗談を抜かす気はない。

「後で気分を悪くしても知りませんよ……? 一、二、三——四、妖術・憑依!」

 気が遠くなるのを感じた。頭に付いた札から、何かが脳を刺激して来るのを感じ取る。
 瞬間、始の姿が青白い霧のように変化しそのままこちらに向かってきて……俺は少し、自分の浅慮さを恥じた。

 平衡感覚が揺らぐ。棒に縛り付けられ、そのまま縦にも横にも斜めにも不規則にぐるぐると、回され吐き気を催す。
 体の中で何かが、血管を這いまわる感覚がした。

 確かに途中で話しを遮ったのは自分だったが、憑依されるときの感覚がこんなに気持ち悪いものとは思わなかった。 
 そう弱音を吐きそうになりつつも、それを俺は受け入れることになった。




*****

前話 >>12
次話 >>14

【一から始める妖道】 ( No.14 )
日時: 2019/03/08 21:18
名前: 塩糖 (ID: zxPj.ZqW)

捌【調子に乗って、名も乗った】

 頭がガンガンするし、身体中に何かが這いまわるような感覚。いやこれは、這うどころか骨を伝っているのでは、とすら思うほど。それらは首元から肩、腕、お腹、指の先にまで浸透していく。馴染んでいく。

 尻の辺りにも異物感が走る。これが十秒ほど続き、ようやく解消されると、その開放感からか気分が高揚した。
 体全体にあった不快感は、フワフワと体を包む雲の鎧のような、心地の良い感覚に変わる。湧き出てくるのは万能感。
 今ならば、なんだってできる。そんな気さえしてくる。

 なんだかとっても、叫び出したい気分だった。この感情はなんだ。
 コーンと、空に向かって轟かせたい。その時ふと体、背中辺りに何かがぶつかる感覚、それも自分の体の一部が当たったような気がし思考がそれ、そちらに手を伸ばす。

 手を背中へとやれば、それは、そこそこの力強さをもってこちらの手を弾いた。
 びっくりして首を曲げて後ろを見れば、見事な金色で先っぽが白くなった尻尾が一本、そこに生えていた。

 何故に、と慌てて他に異常はないかと手をやたらめったらに身体中に伸ばしていくとふと、自身の頭に二つタンコブのようなもの……違う。と次の瞬間にはそれがなんであるかの想像がついた。
 触るとモサモサとした獣らしい毛の触感がし、それが始に生えていた獣耳と同じようなものがあるということがわかった。
 ちなみに本来の、人間らしい耳も横に生えている。耳が四つとは奇妙にもほどがある。

 獣耳と尻尾を携えたこの状態。これは憑依成功と言っていいのだろうか、出来れば失敗であると信じたい。

『──成功ですよ、多分』

 不意に、後頭部のあたりから骨に響くような声が聞こえ、思わず体を震わせた。声の主は始のようだ。

『あーあー、よしよし、聞こえますか? 軽く念じてみると会話が出来るんです。 聞こえてたら右手を握ってみてください 僕は左手を動かしてみます』
『うぉっ、びっくりした……これでいいのか?』

 その声に従い、右手を握ったり開いたりを繰り返す。特に痺れももない、むしろ普段よりも好調なくらいだ。
 その間、何も力を入れていないずだというのに、左手も同様に動いている……しかし、右手の動きと比べたら少しというか結構鈍い。なんというか、ぎこちないという言葉が当てはまる。

『あ、あれ……? 上手く動かせませんね……かけ方間違えたかな』
『おいおい、大丈夫なんだろうな……』
『うーん、まあここから逃げるだけですし、いい、の、かな……?』

 また頭の中に始の声が響く、どうやら憑依されたはずだというのに、主導権の大半はこっちが握っているようだ。その状態に彼は納得いっていないようだがとにかく、体が動かせるというのは正直有り難いので詳しくは聞かないでおく。

 視界は良好だ、それは近くにいるドチの表皮のボツボツ一つ一つまでを、特に見たいわけでもないのによくわかることからもちゃんとわかる。
 嗅覚も向上しており、先ほどまでは分からなかったというのに、川から漂う不快なにおいに気が付けた。油が酸化し放置されたような……嗅いでいるだけで食欲をなくしてしまいそうなほどひどい匂いに思わず、顔を顰めた。
 どうやら始の方も感じ取ったらしい。俺のそれよりもひどい拒否の感情を混ぜた声が漏れる。

『うえ、臭いが一段と酷く。さっさと離れましょう……』
『そうだな……もうドチも復帰してきそうだ——』
「──っと!?」

 とにかく、早くこの場から離れようと考え、石橋の方に足を伸ばそうとした時、地面を蹴る足の力がやたらに強く、つんのめる。
 それに慌て、もう片方の足を思いっきり地面に突き立て、体制を立て直しその勢いのまま走り出した。腕を振り回す形でバランスをとりつつ前に進む。

 どうやら自分の想像以上に身体能力が強化されているようだ。あっという間に壊れた石橋の前にたどり着く。その勢いで壊れた橋の部分も楽々飛び越えてしまおうと調子に乗った時、強化された聴覚がそれを捉えた。

『──耳をふさいで!』
『わかった!』

 何かが起きる、その予兆を感じ取った体は一旦足を止め、辺りを見回そうとした。始の直ぐ指示に従い、ほぼ無意識で──

 手を顔の横に着けて自分の耳を守った。

『頭の上もです!!』
「あっ、やば——」
「────!!!」

 爆音。
 次の瞬間、辺りの空気全てを吹き飛ばしてしまうかのような怒声。声の主は間違いなくドチで、強化された頭の上の二つは、まともにそれを受けてしまった。
 眼を見開き、体全身がドチの声に合わせて振動する。涙が出た。

 鼓膜が破れてしまうかと思った程の一撃は、数秒ほどの余韻を残して過ぎ去る、あまりの衝撃に体の筋肉が固まってしまったと錯覚するほどうまく力が入らない。

「っの、やろぅ……」
『きょ、きょうれつですね……』

 それを見て少し満足げにドチはこちらを向いて笑っているような気さえした。ひっくり返っているくせになんとも憎たらしい。
 随分と勝ち誇った顔をしてくれおってと、なんだかむしゃくしゃとした感情がわいた。
 一発、ドチの顔をひっぱたきたい。

 ──やればいいじゃないか

「えっ?」
『にんげんさん、はやく、にげましょう……』

 黒々とした気持ちになった時、聞き覚えの無い声が響いた。思わず聞き返すも、帰ってきたのは始の声だけだった。
 幻聴、だったのだろうか。

『っといけないな、すぐに逃げなきゃ』

 身体に力がわいてくるせいか、こんな調子乗った考えすら浮かんできたか。自制し、ドチに背を向けてもう一度走り出した。
 ドチはまだひっくり返ったままで、先ほどよりも動きは大人しくなっている。イタチの最後っ屁……どうせ逃げられるなら、と言う気持ちだったのか。考えても分からない。

 ピョンと、石橋を簡単に乗り越え、川から離れ林道の方へと進んでいく。
 俺たちは難を逃れることができたのだと、遠くなっていく川、そして深くなっていく林の匂いを感じ取りつつ、走り抜けた。





 俺が振り返り進むのを止めた地点を通り過ぎる頃には、とうに緊張感は抜け去っていた。

『ひー、ふー、みー、よっ、と。一先ずはこれで怪しまれないでしょう。妖力が少し回復してたというのもありますが、会心の出来です!』
「おお、ありがとう……なんかスースーするし、少し動きづらいねこれ」

 憑依したままで移動したおかげか、一人で来た時よりも段違いの速さで進むことができる。
 頭の中の始に対し、いつ頃憑依は解くのかと聞いてみると、いいアイディアが浮かんだらしくこのまま町に入ってほしいと返ってきた。
 
 なんでも、俺を始が修行している尾獣堂、とかいう組織に拾われた新米妖怪だと言って誤魔化すそうだ。
 流石に人間が堂々と町に入るのは面倒ごとが起きる可能性がある。ならばどうせ、短期間しかいないのだから、誤魔化している内にいなくなってしまおう、ということらしい。

 今は俺の姿に獣耳と尻尾が生えている状態で、服装の方もたった今、憑依中の始が使った変化の術とかいう力のおかげですっかりと始とおそろいの白がベースの和服と赤の袴姿である。
 和服は少々大きい気もするし、袴の方は少し短い気もするが、まぁいいだろう。始が着ていたような黒いインナーのサイズがやたら窮屈なのは……うん。

 上半身の方の白地の和服の方はともかく、腰元から袴の方はスカートのような見ためをしておりなんとなく走りずらい。インナーもサイズが小さめなせいで本当に動きづらい。

 すぐに慣れますよと、頭の中で軽快に笑う彼の声につられて、こちらも笑っているとようやく、町についたようだ。遠めに木製の建物が見える。
 それを見て始は更に楽し気にこう言った、

『ようこそ、妖の町へ!』
『……』
『不安、ですか? ええっとこの後はとりあえず先に借りてあるはずの住居の方へ行って、その後師匠に今回の事に関する手紙を書いて──』
『いや、不安ではあるんだけどさ。憑依してるからなのか、ずっとテンションがおかしくてさ……なんとかなるだろって、調子に乗ってる部分もあって……すっごい不思議な気分なんだ』

 早く妹が彷徨っている山へ戻る。その前に妖界を抜け出す必要がある。
 他の妖怪にばれないようにしなくてはいけない。
 いろいろと問題が山積みだというのに、先ほどもあった万能感。それが揺れる心を温めていた。先ほどは危うくバカをしそうになったことを思い出し、これに頼るのはまずいと言い聞かせつつ、こういう時は便利かもな、と独り言ちた。
 
『そうですか……と、そう言えばまだ名前聞いてませんでしたね、お聞きしてもよろしいですか?』
『え、ああそっか……教えてなかったか』

 ずっと人間さん、と呼ばれていたのに気が付いていなかった。
 そう言われると確かに、名乗ってなかったなと思ったあと、少し気恥ずかしい気分になりながら答える。なにせ、あまりに簡単で好きな名前ではなかったし、彼と被っているような気もしたから。


『俺の名前は一《まこと》、漢数字の一って書いて一《まこと》だよ』


 けれど、今はこの名乗りがどこか誇らしい気もした。



【一から始める妖道】-終


*****

前話 >>13
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