複雑・ファジー小説
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- 一二三妖【第二音目-1 更新】
- 日時: 2019/03/08 21:20
- 名前: 塩糖 (ID: zxPj.ZqW)
- 参照: https://ncode.syosetu.com/n1349ff/
——数えて百鬼、誰もかれもが悩み、願いを持ち、生きる
ああならば世界はきっと、無常なりて
◇
消えた妹を探し、山へ姿を消す様に向かった少年。
ようやく見つけた妹を追いかける途中、彼は外界とは隔絶され妖怪たちが住まう妖界へと迷い込んでしまった。
そこで出会った狐の妖怪、一尾の少年と、彼は妹を見つけ出そうとする。だがどうやら、妖界の方でも異変が起きていて……?
果たして少年は妹を無事探し出すことが出来るのか?
*****
初めまして、塩糖と申す者なり。ちなみに通俺とも言います。
皆さんの小説を読んでいて自分もやってみたくなり投稿させていただきました。
今回のジャンルといたしましては「妖怪もの」となっております、戦闘などの要素もありますが何分素人ですので期待はせず、読者さんの暇つぶしの一作になれたら幸いです。
ちなみに感想を書き込まれると作者が狂喜乱舞します
誤字訂正報告いただけると感謝感激してすぐに直させていただきます。
※※
2019/3/7 小説家になろう、にて連載中のリメイク版(URL参照)の方をこちらでも掲載、またそれまでのお話を削除することとしました。
以前のお話を楽しみにされている方がおりましたら大変申し訳ございません。
****
目次
・第零音目 【「音モ無シ」】
>>1
・第一音目 【一から始まる妖道】
壱【目を瞑った】 >>2
弐【無視をした】 >>4
参【気が付かなかった】 >>6
肆【迂闊であった】 >>7
伍【呑気であった】 >>9
陸【背中を向けた】 >>11
一【痛みはなかった】 >>12
漆【話を聞かなかった >>13
捌【調子に乗って、名も乗った】 >>14
・第二音目 【碌でもない奴ら珍道中】
壱【渡る世間は鬼ばかり】 >>43
・進捗
二音目改訂版更新中
****
・企画
オリキャラ募集 無事4人の妖怪が集まりました!参加いただいた方々感謝が尽きません。
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お客さん一覧
・マルキ・ド・サドさん
・ダモクレイトスさん
・ヨモツカミさん
・銀竹さん
・月白鳥さん
・ももたさん
・透さん
お便り待ってます!
- プロローグ ( No.1 )
- 日時: 2019/03/08 21:16
- 名前: 塩糖 (ID: zxPj.ZqW)
第零音目【「音モ無シ」】
──その日は、月が雲から一度も顔を出さないような日だった。
暗闇の中を歩く、歩く。一昨日の雨が残っているのか、土がまだ柔く歩きづらさを感じる。
懐中電灯を片手に、わき目も振らず。数メートル先も見えない山道をただひたすらに進む。目印など当然なく、当てもない。
だがどうしても俺は、この道を歩かなければいけなかった。
一つ大きめの枝を跨いで進む。露出した木の根に足が引っ掛かりそうになり、慌てて体勢を立て直した。足がぬかるみに沈む感触がする。
「……ふぅ」
背負っていたリュックの位置を直して一息整えた。名前も知らない鳥の声がする。
今頃皆、俺がいなくなったことに気が付いて大騒ぎしているかもしれない。そう思うと先生方にも申し訳が立たない。
帰ったら大目玉もいいところ。反省文、果てはしばらくの間の謹慎処分もやむをえまい。
『もう夜遅く危険であり、一度捜索を打ち切らせていただきます。再開は明日の──』
だけれども、じっとなんてしていられなかった。
警察や先生方がしていた会話が何度も頭の中で響く。
鳥の鳴き声がやけに大きくなっていき怪しく、不気味に感じる。懐中電灯に寄ってきた虫が、よく見たわけではないがこの世のものではない形をしていた気がする。思わず顔がのけぞった。
道がだんだんと間違っていたような気がしはじめて、ついつい方向を変えたくなる。
それら全てを振り払って、やはり前に進んだ。
「──? ──! どこにいるんだ……」
時折、探し人の名を呼んでは響くだけの自分の声に少し呆れる。はたしてこの行為に意味はあるのかという疑問すらも湧き上がる。途方に暮れてしまいそうだ。
山は広いし、探し人は自分よりも幼い。もしやすでに……そんな最悪のイメージがわいた後、大きく頭を振って歩みを早くした。
「(生きてる、絶対に……幸っ!)」
脳内に描くのは、自分の大切な妹。淡い水色のワンピースに袖を通し、今日を楽しみに友人と語り合っていた彼女。
どうして今日なんだと何度も神に訴える。せめて今日だけは、妹の楽しい思い出として残って欲しかったのに。
「もっとあの時見ていれば……!」
悔いるは昼のこと。皆で近くのなんてことはない山へと登る楽しいピクニック……そのはずだったというのに。
汗をかいてたどり着いた山頂でのお弁当の時間のことだった。
──気が付けば、妹は山に消えていた。
その後警察も呼ばれたが見つからず、安全を取って自分たちは下山……だが、一向に進まない捜索。そして日が沈み……いてもたってもいられず山にこっそりと忍び込んだ。
唯一の手掛かりと言えば、消えた直後に妹の友達が零していた言葉──草むらに動物さんがいた──そう妹は話していたらしい。
妹は好奇心旺盛だったから、きっとその動物を追うために草むらの中へと入りこんでしまったのだろう。ならばともかくまずは山頂にのぼり、そこから妹が入っていったと思わしき草むらへと進んでいこう。そんな考えだった。
「寒っ……」
幸は今、体を冷やしていないだろうか。そんな考えがふとうかぶ。
夜風が、山登りで火照っているはずの体を冷たくした。梅雨が明けたばかりだからか、まだまだ夜は厳しいものがある。下手をすれば自分の身さえ危なく、共倒れになる危険性も理解していた。
けれど大丈夫だと自分を奮い立たせる。自分にはいざとなれば非常食も明かりもある。例え今夜道に迷ったとしても、一夜は過ごせるはずだった。
先ほどまでよりも足を大きく振るい、出来るだけ体温を高め道を登った。
もう少しすれば山頂だろうか。標高が低く緩い山とはいえ、流石に休まずに雲の切れ目から少しだけ覗く星明り、そして懐中電灯だけで夜の山道を上ってきたのだ。息が切れるのを感じる。
リュックの位置をもう一度直そう、少し斜め後ろに振り向いた瞬間、それは視界の切れ端を通り過ぎた。
「幸──!?」
闇の中に浮かんだ、見慣れた黒髪。
十数メートル先の草も木も生い茂るその先に……山を下ろうとしている妹の姿が確かにあった。
「幸、幸!!」
直ぐに名前を呼ぶ、叫んだ。だが妹は反応もせず草をかき分け、自分から離れていく。
この場を逃がしたら、二度と会えない気がした。
「ま、待って! 幸!」
見失ってなるものか、俺はそのまま追いかけるため草むらの中に突っ込んだ。枝や葉が肌を擦ってはヒリヒリとした感覚が走る。
だけどそんなことを気にする暇もなく、妹のもとへと走った。
しかしどうしてだろうか、兄である俺が全力で走っているにもかかわらず、距離すら縮まらず追いつくことができない。
幸運にも、妹の姿は十数メートル離れているにもかかわらずくっきりと見えた。
だから何とか、見失わずに走り続けることができた。
走り出してから数分経った時だった。変化が訪れる。
──、
「……?(なんか今、膜みたいなものに触れたような)」
暗い山を駆け抜けるというのは、無意識にハイにでもなるというのだろうか。何かを飛び越えた、突き抜けたような不思議な感覚が突如として走る。
何かが失われた世界にきてしまったような、逆に何かが満ちている場所に入り込んでしまったような。
同時に思考が揺らぎ、体も揺らぐ。
「──え?」
不意に体が浮く、視界もなんだか狭まってくる。明らかに異変だ。
それでもただ妹の後ろ姿に手を伸ばして、足を止めない。その努力が実ったのか、ようやくとして距離が縮み始める。
だがもはや足は意味をなさず、意志だけで近づいているような気さえした。
「……」
「幸……こっちに……!」
いつの間にか、幸は足を止めてただ後ろ姿をこちらに向けていた。何故だろう、どうでもいい。近づくチャンスだ。
限界まで肩を伸ばして1mmでもと近づく。
「(あと……少し!)」
あと少し、あと1メートル縮めば手が届く……と、もがく頃にはとうに視界は消え失せ幸──光だけが暗闇の中にぼやけて見えていた。
だがその手が光に触れるであろう瞬間、何かに足が引っ掛かった。瞬間、浮遊感が消え失せる。
俺は真っ逆さまに暗闇の中へと落ちていった。
——くすくす、惜しかったのに
そんな、誰かの呟きを耳にしながら。
****
・次話 >>2
- 第一音目【一から始める妖道】 ( No.2 )
- 日時: 2019/03/08 21:17
- 名前: 塩糖 (ID: zxPj.ZqW)
第一音目【一から始める妖道】
壱【目を瞑った】
視界がぼやけていた。黒とも白とも見分けがつかない。だが決して混ざり合わない。
ふわふわといまだ夢心地。体は宙に浮いてるような感覚で力もうまく入らない。
心なしか顎が痛い気もする。どこかで打ったのだろうか。
──ぅう
おや、何やら右手が柔らかいナニカをつかんだようだ。モサモサとしていて、そこからじんわりと熱が伝わってくる。
徐々に、体の感覚が戻ってくる。視覚は瞼の裏をしかと捉え、体全体が少しあったかい物体に覆いかぶさるようにして、うつぶせで寝ているようだ。
聴覚も戻り、なにやらあまり聞きなれない鳥の声が聞こえた。
背中から日光の暖かさを感じる。今日はいい朝のようだ。
こんな日にはみんなで空き地にでも向かいサッカーでもしようか。そうだそろそろ虫取りの季節でもあった、少し早く起きて近くの林に砂糖水でも塗っておこうか。きっと弟たちは喜ぶだろう。
ああでも、虫が嫌いだから嫌がるかもしれないな妹は——
そうだ、妹はどこに行った。
「——っ!」
寝ている場合じゃない。
覚醒した意識は体を引きずり起こし、俺に辺りを見回させるよう要求する。だがそうして見えた景色は一面林。そこに妹の姿はない。
では足元ははどうだろうか、案外もう掴んでいて、そこで一緒に眠りこけたのかもしれない。そんな希望のもと、顔を下ろした。
「……誰だ?」
そこには男の子が倒れていた。彼は俺と同じ程度の身長で、少し奇妙な格好をしている。
いわゆる和服、というやつであろうか。何分、服の知識がない俺ではそれがなんという服であるかの判別がつかない。振袖に近い形状だなと言う感想が出た。
上は白を基調として赤が少し入っていて、下はよく神社の人が履いているような赤いスカートのようなもの。多少短いが、それ以外の肌は黒いタイツとインナーのようなもので隠されているなあ、といったぐらいで名称が分かったのは足に履いていた草鞋程度。
「こんな山の中に……コスプレ?」
まぁそれはともかくとして、自分はこの子の上に覆いかぶさっていた。という事実に気が付くと急に申し訳なくなり、どこか異常がないか知りたくなった。
直ぐにしゃがみ込んで、彼の頭の方に近づく。
多少の獣臭さが鼻に来る。
「(よかった、息はしてるみたいだ)」
うつぶせになっていた彼を仰向けに直すと、ゆっくりとお腹が上下するさまが見れた。どうやら呼吸はしているようだと一安心する。同時に、少年の幼くも端正な顔立ちが見える。土が付いており多少汚れてはいるが、それが取れればかなりのものだろうと予想もついた。
こちらも息を整え、もう一回彼の様子を確かめて、仰天する。
「み、耳が……頭の上に?」
クリーム色とでも言えばよいのか、そんな彼の髪が生える頭の頂上には獣のような耳が2つ、ちょこんと乗っていた。
どうみても、偽物には見えない。現に、恐る恐る触ってみれば少しだけピクンと反応し、体温も感じた。これは確かに頭から生えているもののようで、突然の事態にこちらは震える。
「(そ、そういえばさっき尻尾も生えてたような……)」
今にして思えば体をひっくり返すとき、尻尾のようなものも生えていた気がしてきたが……流石に確かめる気にはなれない。
思わず一歩、距離を取る。
「え、えっと……警察? いや、なんだどうすればいいんだこれ……?」
どうしようと完全に人外のものであろう彼の前で、あわあわと時間を消費していると……最悪のパターンがやってくる。
彼がどうやら意識を取り戻してしまったようで、鼻をひくひくとさせると目を見開き、そして上半身を急に起した。
そして、その金色の瞳は確かにこちらを捉えた。
「食べ物のにおい……! はっ、エモノ!?」
「ひぃっ!?」
突然の行動に怯え尻もちをついた俺に対し、二本の足でよろよろと立ち上がる彼。そして両腕をこちらに向けると今にも襲い掛かりそうな構えをし、少しずつ歩み寄ってきた。
俺は腰を抜かしてしまい立つことができず、体全身を使って無理やり後ろへ下がる。
「に、逃げないで……一口だけ、ちょっとだけ、痛くしませんから!」
「くっ、来んな!」
手を何度も振って追い払おうとするが効果はない。
不意に、背中のリュックサックが嫌に重たくなったのを感じた。一瞬だけ、視界そちらにやればどうやらリュックサックが木にぶつかったらしく、もう逃げ道がない事を知り青ざめる。
彼は口を大きく開き、鋭くとがった犬歯をのぞかせている。あれに噛まれたらひとたまりもないだろうという事だけはわかる。
ああ駄目だ、自分はどうやら訳の分からぬ化け物に食い殺されるのだ。
痛みに備えて腕を眼前で交差させて、眼をつむる。
走馬燈は、見えなかった。
「(ほんと、運がなかったなぁ)」
……
…………、
…………いつまでたっても、痛みも衝撃もない。
不審に思い、片目だけ開けて前の状況を確認し、唖然とした。
「……?」
彼は俺の目の前でうつぶせで倒れていた。
それこそ、最初に見つけたときと同じように。罠か、とすら勘繰りたくなるほどの無様を晒していた。
いったい何なのだと驚いていると、大きな腹の鳴りが聞こえた。
もちろん自分ではない、グギュルルルと何度も大きな声で鳴っているのは……目の前の彼のお腹のようだ。
「……」
「……」
十秒ほどして腹の鳴りがおさまり、ポツリと彼の声が漏れ出る。
「おなか、すいた……」
肩の力がぐっと抜けるのを感じる。
どっちも間抜けだな、そんな言葉が聞こえた気がする。
人外も空腹には勝てない、そんな当たり前の事を目の前にして思わず笑いもこぼれ出た。
案外、悪運はあるのかもなと、誰に言うわけでもなく呟いた。
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- Re: 一二三妖 ( No.3 )
- 日時: 2017/07/29 13:53
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
どうも、マルキ・ド・サドと申します。
塩糖さんの小説を読ませていただきました。
ストーリーがとても面白く序盤の展開から胸を打たれました。
早く続きを書いてほしくて仕方ないです。
何よりも文章がとても上手くよく出来てるなと思いました。
自分は1年ほどやってますが未だ上達していません(最近になって焼きが回りました(笑))
これからも頑張ってくださいね♪応援しています<(_ _)>
- 【一から始める妖道】 ( No.4 )
- 日時: 2019/03/07 21:35
- 名前: 塩糖 (ID: zxPj.ZqW)
弐【無視をした】
襲撃者がまさかの空腹で倒れるという事態。余計な力が抜けた俺は一人、木を背中にしたたまま考え事を始めた。
目の前には、依然として狐耳の化け物が地面に突っ伏しており、腹の音を鳴らしている。
さてさてどうしたものかと、首を傾けた。
襲われそうになったのだからさっさと逃げだしたい気持ちはやまやまなのだったのだが……改めて周囲を警戒してみておかしなことに気がつき、起き上がろうとしていた足から力が抜けた。
「(そもそもここ、本当にあの山の中か……?)」
辺りはいたって普通。よくある、林の中の少しだけ開けた場所のように見えたが、もう一度よく観察してみるとなんというか、普段見かけないような植物だったり、やけに樹齢が長そうな太く逞しい木ばかりであることに気が付いた。
はて、ここが山道の一部だとすると……自分は昨日こんな場所を通っただろうか、と考えてしまう。そして、山にはこんな植物が生えていただろうか……。
「(あれ、どう考えても人だったよな。なんで人が空を飛んで……)」
ふと空を見上げた際に見えてしまった「人影」が気になってしょうがない。最初は黒く大きなのが空にあるな、大きな鳥か何かかと思ったが、よくよく考えれば翼とは別に腕があった気もする。
人間らしい足も見えた気がするし、確実にあれは空を飛んでいた気もして……つまるところ目の前の空腹狐耳男以外の人外の存在を認めざるを得なかった。
このままでは迂闊に出歩いたところで襲われる。そう思うと同時に背筋に冷や汗が流れた。
現時点で見えている脅威が倒れている謎の狐っぽい男の子だけのこの場所から離れられなくなっていたのであった。
とにかく落ち着いて状況を整理しよう。そうすれば何かいい閃きが降りてくるかしれない。
そうリュックサックを自分の太ももに置き、無理やり深呼吸をして息を整えると持ってきた荷物を確認した。
出発した時は非常用の漢字のついたそれをあまり確認もせず持ち出しただけなので、せいぜい水と食料が入っているぐらいしか知らなかったのだ。
「(頭巾に軍手、合羽と……あっ電池。でも、懐中電灯は……落としちゃったか)」
握っていたはずの懐中電灯がないことに気が付き、少しうなだれる。これで夜間の危険度は大幅に増してしまった。
他にも、絆創膏やアルコール、粘着質のガーゼや体拭きシートに携帯ラジオ。
500mlのお水3本に、クッキータイプの栄養食、カンパン。
これだけあれば2,3日は生き延びられそうで少しだけ安心した。しかし、幸もお腹を空かしているだろう。会えたら殆どを幸が食べてしまうかもしれない、なんて軽く冗談を頭の中で考えて笑った。
食べ物はともかく水は重要だ、妹のためにも必ず一本は残しておこうと心に決めた。
とはいえ、俺は少しだけそういったことに耐えられるので特に問題はないだろう。
「(あ、なんか安心したらおなかが空いてきた……あ、羊羹の袋詰め。これでも食べよう——)」
「おなか、すいた……」
最後に出てきたのは徳用の小分け羊羹の詰め合伏せ袋。
ピクニックするときになぜか買ってしまったそれ。夜出るときに突っ込んでいたのを思い出した。
とにかく、まず何か口に入れようと羊羹を一つ取り出し口に入れようとした時、そのにおいが届いたのか、空腹を訴える声がうわ言のように聞こえた。
何を言っているんだと思い、チラリとは見たが相変わらず動けてはいない。
こいつは自分を襲おうとした存在である。化け物である、故助けなくてもよい、よいのだ。
「もうだめ、です……」
何やら戯言が聞こえるが、虫が良すぎるので無視することとする。
……別にダジャレが言いたかったわけではない。が、なんとなく優位に立てているような気がして少し気が晴れた。
もう一度彼の方を見てみれば、狐のようなしっぽがへたりと倒れこんでいるのが見えた。顔は先ほどよりも少しだけ持ち上がっているがそれだけ。眼は覚悟でも決めているのか閉じられている。
命乞い、と言うよりは本当に無意識で出た言葉だったのだろうか。
思わず彼の身の上を考えてしまった、だがそれでも関係ないと視線を逸らす。
──風が吹いた。
葉が舞い、何枚かが彼の上に落ちた。それに対して彼はどけることも出来ずただ倒れている。
このままは彼は餓死して、次第に骨となり林の一部になっていくのだろうか。
それを見てどうしてか、彼が吹雪の中で倒れている姿を幻視した。
嫌いで、それでいて捨てられない過去をふと、よぎらせた。
「……はぁ、ったく」
恐怖が消えた目で見るとやはり、自分より1,2歳年下の子供がコスプレしているようにしか見えない。
それが目の前でこうして腹の音を響かせている前で食事をする、そんなことはできなかった。
なにより、それを見捨てることは過去の自分を見捨てるようで……吐き気がした。
立ち上がって、彼に近づいた。
「ごめんなさいししょ——へ?」
「ほら、気が変わる前にさっさと食べろ」
そう言ってさっさと元の位置に戻った。
羊羹が例え一つだったとしても、自分は渡しただろうか。なんて無意味な問いが頭で湧き上がったがすぐ消える。
彼の目の前にあった比較的綺麗な石の上に、包んでいたビニールを敷いて、剥いた羊羹を置く。よく考えなくても不衛生で、剥いたビニールを皿代わりにしたとは言え、なんだか選択を間違えた気もする。
やってしまったことはしょうがないとばかりに、迷いも不安も切り捨てた。
ぱっと目を開けた彼は、黄金色の綺麗な眼をこちらに向けた。それから数秒ほどして、何度も羊羹とこっちに視線を切り替え繰り返した後、恐る恐る羊羹に手を伸ばす。
土で汚れた両手が羊羹に触れ、何も起こらないことを確認すると、慌ててそれを口の中に入れた。
もう少しゆっくり食べたところで、別に取らないというのに。と自分のかけた言葉を棚に上げ、頬杖をつく。
体を起こし、何度も何度も咀嚼しているその表情はとても幸せそうで、満ち足りている。両手で頬っぺたを抑えながら食べている辺り、数日ぶりの食事は余程おいしかったのだろうか。
それを見ていると、最初に警戒していたこちらが馬鹿らしくなる気がした。
ふと自分の手元に目を下ろし、まだ羊羹が十数個残っていることを確認、そしてもう二つ取り出して、一つはまた彼に上げる。
差し出されたそれをしばらく呆けた目で見ていた彼だったが、理解すると目を輝かせて受け取り、それもまた美味しそうに食べ始めた。喉に詰まらないか心配になるほどの食べっぷりだなと思う。
そんな彼の様子を見ながら自分も一つ口に入れ、十数時間ぶりの食事を始めたのであった。
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