複雑・ファジー小説

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夜に舞うは百火繚乱
日時: 2018/01/21 16:32
名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: UPSLFaOv)

 スカーレット・シーフはこう言った。
 泥棒が正義で何が悪い。
 ってね。



〆story
第一話 勧誘じゃなくて脅しじゃねーか
>>1 >>2 >>3 >>4
第二話 何でこんな色物ばっかりなんだ
>>6 >>7 >>8
第三話 これからは、頼っていいんだ
>>10 >>11 >>12 >>13 >>14

Re: 夜に舞うは百火繚乱 ( No.10 )
日時: 2017/10/24 11:27
名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: joK8LdJj)

 空は真っ青に透き通っているが、蓮は額に真っ青な血管を浮かべていた。あまりの苛立ちを目の前の女生徒に対して露にしており、ギリギリと歯を軋ませた。

「おい、黒崎ぃ……どういうつもりだ……!」
「ちゃうねんちゃうねん、ごめんって! 昨日二人で帰ってるとこ他の子に見られただけやねんって」

 原因は朝一番、登校した途端にクラスの友人から唐突に「黒崎と付き合っているのは本当か」と尋ねられたのがきっかけだ。惚れた腫れたの噂話が大好きで、その実自分は恋愛に踏み込まない、軽薄なようで慎重な、あまり親しくない友人だった。少なくとも向こうは友人だと思ってくれているようなので、蓮も友人だと思っている。
 それで昨夜、黒崎が例の場所でふと口にした「自分達が付き合っていると嘘ついてやる」と脅してきたことを思い出した彼は、黒崎を呼び出して詰問しているという次第だ。

「あんな時間に通りがかるやつがいるかよ」
「それがおってんって。Cクラスの花畑さんっておるやろ、体売っとる子」
「いや知らねぇよ、そんな話! んな話聞きたくなかったわ」

 花畑と言えば、確かいいところのお嬢さんという話だったはずだと、蓮は思い返す。育ちがいいのは肌や髪の手入れが常になされていることから分かる。昨年参観で見かけた両親も美男美女といった様子で、その血を引く彼女も、クラスの誰もが息を飲むような美女に育っていた。
 そのような人が、どうして援助交際なんて、そう思いはしたが、蓮はわざわざ口に出さない。興味がそれほどひかれないのもあるのだが、本題とは関係が無いからだ。

「で、花畑が見たことと何の関係がある? あいつは人に言いふらすようなタイプじゃないだろ」
「その後の経緯はよー分からんねんな。最初に見たんが花畑さんってだけで。それ以降はさっぱり」

 そういった噂は事細かに情報を集めるのが常の黒崎にしては珍しい話だと蓮はいぶかしむ。何か理由があって黒崎が伏せているだけだと信じたいが、そうでなかった時が厄介でもある。
 もし黒崎が知っているなら、必要な情報である場合適切な時に伝えてくれるだろう。黒崎に情報を隠し通せる人間がいるとしたら、それは只者ではないことは、あの一件の後聞かされた黒崎の能力、嘘を吐く能力と嘘を看破する能力なら適当に話をさせるだけで真相をある程度予測できる。

「何や難しそうな顔しとんな。どないしてん」
「いや、今の説明の中にどんだけ嘘つかれたのか考えててな」
「割りと沢山かな?」

 けろりとした顔で黒崎はそう言う。やっぱりかと蓮は嘆息し、屈託の無い笑顔を見て苦虫を噛み潰した。
 花畑と言えば、郷田という女生徒から嫌われていることでも有名だ。おそらく花畑の噂と言うのはこの女が流したデマだと分かる。グループの外にいる女子からは郷田のいい話を聞いたことはなく、彼女の中学時代の同級生によると、敵とみなした者には聞くのもおぞましい評判を流して排除するようなことを厭わないらしい。
 かつて外見だけは整っている黒崎もターゲットになりかけたが、キャラがキャラなので男たちからそれほど女子として見られていないことから、結局いざこざは起こらずだったという経緯もあったりはする。

「まあいい、そんな話は後から否定すればいいし、盗賊団について教えてくれ」
「おっけー。じゃあまあうちが社長さんから教えられた情報をかいつまむ程度に教えたるわ」
「いや、なるべく詳細に言え」
「そうしたいねんけどなぁ。とりあえず長くなりそうなとこだけは省略させて」
「了解した」

 盗賊団、それは言わずもがな昨夜蓮たちが邂逅した、社長と呼ばれる男の率いる三人組だ。正確には、今となっては五人だが。そしてその設立の意図は法で裁けぬ悪人を法外のやり方で正すという、ありがちなダークヒーローさながらの活動。
 設立の目的は黒崎も聞かされていないが、社長の強い意志により結成されたことだけは間違いない。そして、構成員は全員能力者であること、正義感を持っていること。
 法で裁けぬ者に天誅を下すのが目的だが、仕事人のように殺害を手段として用いることはない。基本的には該当人物の失脚あるいは報われてしかるべき人物が台頭するための補助を行う。法の網をくぐりぬける悪党が網にからめとられるよう闇に紛れて細工し、光を照らす英雄に脚光を浴びせる。
 そのために基本的には証拠の確保や、逆に不利な証文の回収、依頼によっては不当に奪われた宝物の回収などを行う。これまでの活動経歴といえば悪徳議員の脱税を暴いたり、詐欺師から不当な証文を奪い返したり、清潔な社会を目指す政治家の捏造されたスキャンダルを揉み消したり、だそうだ。
 必要とあらば恐喝に窃盗、稀なケースとして軟禁などもする。通報されては不味いように思えるが、基本的に通報されない。というのも、下手に警察に介入され一番困るのは、盗賊団の標的人物となるようになっているからだ。

「結構マジな犯罪じゃねぇか」
「せやねんなぁ、こう聞くと。せやけど実際やっとるんは恐喝やったら薬物使うとる議員に選挙出んなやって言うたり、密輸した銃を泥棒してしかるべき施設で処分したり、雇われた殺し屋取っ捕まえて依頼者逃がす時間稼いだり、そんなもんやしなぁ」
「いや、内容はそんなもんだろうから構わねぇけど、ばれちゃヤバいっていう綱渡りが今までの比じゃないと思ってな」

 それは言えとるな。黒崎の相槌が打たれたかと思うと、キィとドアが軋む声がした。誰か来たのかと振り替えると、目鼻立ちの整った少女が現れた。伸ばした背筋と立ち振舞いから、彼女の育ちのよさが滲んでいる。
 噂をすればってやつかと、蓮は心の中でだけ呟いた。花畑啓子、黒崎の言葉を借りるなら、ええとこの嬢ちゃんで体売っとる子。どこまでが真実か分からないが美人であることと、実家が裕福なことは確かだった。

「あら、丁度いいところに。二人ともいたんですね」

 朗らかな笑みを浮かべて彼女が歩み寄ってきたことに蓮は少したじろいだ。屋上にいる自分達が言うのも憚られるが、本来ここは立ち入り禁止である。優等生筆頭と呼んで間違いない花畑が現れるとは思ってもみなかった。

「紅川さんがいるとは分かりましたが、黒崎さんも居合わせていただなんて」
「ん? 何で俺がいるって分かったんだ?」
「ここの外の南京錠」

 そう言って彼女は、自分が入ってきたドアの方を指差した。そこに無理矢理開けられた南京錠があったが、手口が独特だった。極度の高温で溶かして歪ませたような跡があった。そんなことができるのは紅川以外にあり得ないと言い放つ。

「この近辺に炎熱を自由に操れる人なんて、あなた以外にはいません」
「おい、何でそれを……」
「あら、聞いておりませんか? 私の方には今朝メールが届いたのですが」
「何訳の分かんないことを……」
「依頼人」

 花畑は自分自身を指差して短く告げる。言いたいことが何であるのか、瞬時に理解した蓮は感情的な態度を取り下げた。それならば仕方ないと、彼女の方へ態度ごと向き直る。

「私が、盗賊団の此度の依頼人である、花畑啓子です」

 よろしくお願いしますと頭を下げた彼女にはどこか、取り繕っているようなところがあるなと、蓮は見抜いた。自分の弱味を見せないように繕う痩せ我慢。見覚えはあるが、誰がしていただろうか。思い出すことはできないが蓮はどうにも、そんな態度が苦手だと感じたのだった。

Re: 夜に舞うは百火繚乱 ( No.11 )
日時: 2018/01/13 16:24
名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


 ファミレスに入った三人は、とりあえず自己紹介をしながら四人目の到着を待つこととなった。初め、花畑は誰も来ないから構わないと屋上で話し始めようとしたのだが、蓮により制止された。
 どうせなら全員がいるところで説明してくれた方が手間がかからない。そう言った蓮はスマートフォンを取り出して黄金川へとメールを送る。話したいことがあるから放課後に落ち合いたいと告げると、ファミレスが適していると返事が来た。そのため、時間を合わせ、ここで落ち合う予定になっている。
 確かにここは便利そうだと紅川も分かった。夜になり混雑し始めると自分達が何を話していようと他の声に紛れて聞こえない。周囲の人間も聞こうとはしてこない。その上、ドリンクバーを頼めば安価に長時間居座れる。高校生が長居しても何もおかしくない。

「堅物くん、何て言うとる?」
「今、駅に着いたらしい。もうすぐ着くと思う」

 時刻はもうすぐ六時といったところだ。黄金川の所属する高校は都内トップの進学校であり、某大学輩出者数も全国トップ。高校内での成績は盗賊団をしつつ中の上にはいるらしく、相当優秀であると言える。しかし、そのため授業の時間もたまに長くなるらしく、その上落ち合うファミレスから少し距離があるため到着は遅くなっていた。

「にしても、何で昨日俺らが帰ったところ見てたんだ? 二時とかだぞ」
「それは真っ赤な嘘です。おそらく見たのは郷田さんでしょう。あの方は社会人の恋人がいらっしゃいますし、その時間歓楽街にいても私ほどおかしくありません」

 兄の同僚と付き合っているらしく、相当な額を貢がせているのだとか。お金目的で付き合ってるって、体売ってるのはどっちだよと蓮は悪態をついた。

「いえ、お二人は真剣に付き合ってはいますよ。ただ、そう思われたくないために、もっと目立つ人間のデマを捏造しようと思ったのでしょう」
「あんたの悪い噂だな」
「ええ、そうですね」

 花畑は飄々と肯定する。やはり、この人間が身を売ることはないと思っていたのは事実だった。しかし、むしろ否定された方がいっそ気が楽だったかもしれないとため息を吐き出す。

「あら、紅川さんは私がそういったことをしている方がよかった、と?」
「そうじゃねぇよ」
「うわ、蓮やらしー」
「黙れ、意味はお前もわかってんだろ」

 本当に、自分と黒崎が真夜中に歩いているのを見たのが依頼人である花畑だったのなら何も問題はない。けれども、それが全く関係の無い、噂好きのクラスメイトだったことが問題なのだ。盗賊活動中に、いつ同級生と鉢合わせるか分からない、思ってもみないところから自分達の活動が白日に晒される危険性が出てきたのだ。
 それにしても、なぜそれをわざわざ花畑が見たことにしたのだろうかと疑問に思う。その嘘の情報に関しては黒崎が解説した。

「そら花畑さんが真夜中歓楽街出歩く人間やって刷り込みたいからやろ。ついでに自分がそんなとこおったことも隠せるしな」

 納得した蓮は相槌を打つ。狡猾すぎやしないかと、噂でしか知らない郷田への嫌悪感が募るが、おそらくそれが本人に知られることはない。よくもそんな女が女子生徒たちの中心にいるものだと呆れるが、むしろそれだけ狡猾だからこそ中心にいられるのだと思い直した。
 それにしても、この人は不憫だなと彼は花畑のことを観察しがてら同情した。盗賊団に頼ると言うことは何かしらの被害を受けているということだし、学校では同性から嫌われており、男子からは高嶺の花扱い。信頼できる相談相手もおらず、散々だ。

「何かやらしいなぁ、何さっきからジロジロ花畑さんのこと見とんねん」
「依頼人について知っておこうと思っただけだ」
「まあそういうことにしといたるわ、鼻の下伸ばした蓮が言い訳しても説得力なんてあらへんけどな」
「好きに言え、めんどくせえ」

 おもんないなぁと、黒崎が不貞腐れたところで、くすくすと花畑は笑い出した。

「本当に、仲がよろしいんですね」
「お互い他につるむ奴がいないだけだ」
「えー、蓮と一緒にせんとってや。うちはそこそこ友達おんで」

 どこがだと蓮は嘆息し、黒崎を呆れた目で見る。クラスの壁を越えてからかったり冷やかしたり引っ掻き回すトラブルメーカー、それが黒崎だ。皆から好かれてはいるが、十分以上共に過ごすと皆疲れた顔つきになる。そんな女がどの面下げて友達がいると言い張るのか。
 カランコロンと鐘が鳴り、従業員の「いらっしゃいませ」と言うはきはきした声が響いた。目をやると、“堅物”こと黄金川がこちらを見つけて片手をあげた。蓮たちの方を指差し、店員にあそこの席に合流したいと告げている。

「すまない。今日は授業が多かったんだ」
「進学校ですものね、構いません」

 東京、いや日本で最も高名で成果を挙げている進学校、それが黄金川の通う学校である。スポーツをするものもいるがあまり真剣に取り組ませてももらえず、授業は他の高校よりもペースが速く時間も長い。普通の学校で帰宅部の蓮や黒崎とは大違いという訳である。
 ビルで顔合わせをした時と何ら変わらない、ぴっしりとした制服姿で彼は現れた。品行方正を絵に描いたような佇まいで、ネクタイも背筋も真っ直ぐぶれていない。花畑が着席する所作からは育ちのよさからくるたおやかさのようなものがあったが、黄金川の動きには丁寧さを心がけた固く精密な動きのようなものを感じた。

「初めまして、依頼人の方ですね」
「はい、花畑と申します。この度は私からの依頼を引き受けてくださいまして、誠にありがとうございます」

 三人が揃うとなると、礼儀正しく花畑は礼をした。父がよくそちらの社長と懇意にさせていただいております、とのことだ。語尾が機械的な、あの特徴的な語り方を蓮は思い出す。なるほど、それで彼女から依頼が舞い込んできたわけかと納得した。
 それにあたって、こちら側のプロフィールも渡されているらしい。仕事を遂行する人間のプロフィールだから託されたのだろうか。能力まで開示するとは不用心なものだと蓮は少し呆れた。

「予め伝えておきますが、私も能力を持っています」

 その言葉に黒崎を除く二人が目を丸くした。手に持っていたコーヒーの水面が揺れる。

「私の能力は分析の能力です。他の能力による妨害が無ければ、その人のパラメータは見てとれます」

 そのため、紅川さんが炎の能力を扱えることはずっと前から知っていましたと彼女は言う。なるほどと、屋上で蓮が炎の能力者と見破った理由に合点がいった。
 だが少し彼女は気になる言い方をしていた。

「妨害が無ければってどういう意味だよ?」
「分かりません。ですが、黒崎さんならお答えできるのでは?」

 不意に話を振られた黒崎だったが特に驚くこともなく何も特別なことなどないと言わんがばかりに小首を傾げてストローでジュースを啜っている。このままだと黒崎は何も語らないと思ったのか、花畑は話を続けた。

「初めて見た時から、黒崎さんのプロフィールは何も分かりませんでした、視界にもやがかかっているように。今もずっと、見ようとしても見せてもらえていません。既に公開された名前だけが見えていて、他のものは見えません」
「スリーサイズは乙女の秘密やからなー、しゃあないしゃあない」
「そんなことを尋ねたい訳ではないのです」

 真面目な口調で花畑は黒崎に正面から向き直る。ヘラヘラしていた黒崎もその真面目そうな眼光に見つめられ、言葉を失った。

「依頼する以上、私からあなた方へ、あなた方から私へ、信頼を確立する必要があります。私は明かす必要のない自らの力まで明かしたのです、あなたも、私から信頼するために教えてください」

 その能力を。
 そこまで言われてようやく黒崎は、かなわへんなぁと頭を横に振った。か弱い箱入り娘かと思ったら芯の強いお嬢様だったかと軽口をたたく。その声には、言葉ほどの嫌みは感じられなかった。

「うちの能力は、嘘、や。情報の秘匿性のための手段でもあるから、うちは自分のことをいくらでも隠せる、ってことやで」

 これでええか? そう訪ねると花畑は、満面の笑みではいと答えた。安堵と喜びの混じった彼女のその笑顔は、女性である黒崎もドキリとするもので、顔を紅くして黙ってしまった。
 この人は案外黒崎に強いんだなと蓮でさえ驚くほどの、予想外の相性であった。

「さて、お互いに腹を割ったところで依頼内容の説明をお願いしたい、いいですか?」

 空気が滞ったのを再び動かすため、黄金川が口を開いた。一番の常識人はおそらくこの男だろうなと蓮が睨んでいた通り、交渉は割りと任されていたのだろう、依頼人との会話の進行は淀み無く行っている。それも、黒崎のように相手の神経を逆撫ですることなく、だ。

「そうですわね、本題に入らせていただきます」

 そう言って彼女は、財布の中から一枚の写真を取り出した。年期を感じる一枚で、縁はところどころささくれており、茶色く風化しかけている部分もある。
 そして写真には、歳月で現像が色褪せていたものの、それはそれは美しい肖像画が映っていたのである。

Re: 夜に舞うは百火繚乱 ( No.12 )
日時: 2018/01/16 16:53
名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)

「……黒崎」

 今回の依頼の確認を終えた後に解散した際、四人は三つに別れた。これから塾へ向かう黄金川、迎えが来た花畑、そして寮暮らしの紅川と黒崎だ。二人と別れて学生寮へと向かう途中、先に話しかけたのは蓮の方だった。黄金川が来る前に話していたことで、気になる点が一つあった。

「なんや、どないしてん?」

 何か聞きたいことがあることを悟った黒崎はすぐさま本題に入らせる。話が早くて助かりはするのだが、蓮はまず初めに「今回の依頼とは関係ないかもしれねぇけど」と前置いた。

「一個変なところがあってな」
「昨日のうちらの目撃者のことやな」
「そりゃ気づくよな」

 おそらく、今回の依頼とは関係がない。けれども、依頼人に関して一つ疑問に思ってならなかった。
 花畑と、郷田という女生徒は仲が悪い、それなのに花畑が目撃した噂話を郷田にリークしたというような眉唾な話を誰が信じると言うのだろうか。あの辺りは嘘の臭いがプンプンしたなぁと黒崎はケラケラ笑う。

「まあ何か訳ありなんやろ。依頼に関しては嘘ついてへんかったし、何より花畑さんの性格は嘘偽り無く淑女らしいもんやからなぁ」
「もう少し見習ってほしいもんだ」
「やかましい」

 バンと大きな音を立てるように蓮の背中を叩く。いってぇなあという蓮の愚痴が西日が照らす赤い景色の中漏れた。身が焦がれるかのような、深紅のドレス……花畑の見せた肖像画に描かれた女性が身を包んでいた。
 今回の盗賊団への依頼は、花畑から不当に奪われた一枚の肖像画を取り戻すことだった。描いたのは花畑から見て母の妹であり、美術に携わる者なら知る人は少なくない有名な画家だった。花畑によく似たその肖像画の主はとても美しく、自画像かと思ったのだがそれは画家本人でなく、本人の姉であった。すなわち、花畑啓子の実の母だ。

「母は、三年前に白血病で亡くなりました」

 写真を見せるや否や、花畑は三人にそう告げた。ウイルスに感染して発症するタイプの白血病で、当時有効な治療薬も無く、医者の手を尽くした治療も虚しく若くして逝去した。まだ、四十にもなっていなかったらしい。もう三年も立ったので振っ切れましたという顔には偽りが無かったが、それでも依頼内容の説明をする様子はどこか寂しげだった。

「母が死んでからの父の知り合いには美術館のオーナーがいます」

 丁度一年前、絵画の品評会で知り合ったらしい。花畑の家は両親共に先祖を遡ると公家の家系らしく、昔から様々な人脈を持っているのだが、叔母と父は絵画の世界に精通しているため、そのオーナーと知り合う機会があったらしいのである。
 その男の名前は黒石 潤哉というらしかった。

「元々父のコネが欲しくて近づいてきたようなのですが、彼は我が家に来た際にもっと欲しいものを見つけたそうです」

 それこそが、例の写真の絵画だったのだ。今をときめく有名な画家の描いた美女の肖像画、それも若くして逝去した本人の姉の絵とは世間の反響も小さくないだろう。これは価値がある、そう考えたオーナー黒石は花畑の父親に交渉を始めた。
 しかし、当然のごとく父親は首を縦に振らなかった。あの肖像画は、彼にとって亡くなった妻が死ぬ直前に妹に頼んで書いてもらった世界に一枚だけの絵だ。何より娘の啓子も気に入っている。そのため、これだけは譲る気が無いといって、頑として聞き入れなかった。
 普通ならそんな絵、欲しいだなんて口にしない。けれども口にしたことから分かるように黒石にはそんな常識は無かった。

「黒石は酔った父に無理矢理契約書を書かせました。確かに多額のお金は入りましたが私たち家族にとって、あの絵はお金以上に大事なものです」

 貪欲で欲しいものは必ず手に入れようとする割りに、美術の価値に反したことはしたくない。美に関心のある金持ちの考えは分からんと、捏造の契約にわざわざ大金を自分から支払うオーナーの変な律儀さに蓮は呆れた。そんだけ惚れ込んだなら頻繁に花畑邸に通えば見れるだろうに。
 黒石は自分のやったことがわかっているため、すぐに父の前から姿を消した。美術館の経営を部下に任せてどこか海外へ逃げているらしい。この失態に関しては花畑家も隠さざるを得なかったらしく、表沙汰にもなっていない。

「ですが、その話をどこからか仕入れて声をかけてくれた方がいます。それが神田様です」

 誰だそれと蓮は即反応したが、それにはまず黄金川が驚いた。何も聞いていないのかと呆れた口調の黄金川の声に黒崎が動揺したことから、蓮はただ黒崎が伝え損ねているだけだとすぐに察した。
 神田 透、通称社長、盗賊団の結成者であり、統率者でもある。連絡を入れたのはつい先日、黒崎と社長が知り合って後である。つまり、花畑家の事情について実際に情報を入手したのは黒崎だった。
 本当にこの女はどこから情報を得ているのかと、いつもながら蓮は恐ろしくなっていた。

「にしても、またでっかいところに潜入せなあかんなぁ」
「お前行かねえだろ」
「そらな。自室からナビしとくわ」

 自室へと戻る道すがら、どうやって潜入するかどうかをいつものように考えていた。
 セキュリティはどうなのか、遠隔でシステムを乗っ取れるのか、警備員はいるのか、そして何より目的のものはどこに仕舞われているのか。知るべきことは沢山ある。
 けれども、奪い返すべき品物を奪い取る好機は今この時にしか無い。本人が逃亡し、気づこうにも気づけないタイミングは今だけだ。元々が詐欺まがいで手に入れたため盗難の届けも出しにくいだろう。なぜわざわざ元の持ち主が取り返そうとするのかの説明がつかない。

「奪い返した後のことは考えんでええらしいわ」
「は?」

 社長からの伝言だと黒崎は言う。

「逃げた理由は花畑さんとこの一件だけちゃうらしいわ。戻ってきたら余罪で起訴される予定らしいからさっさと終わらせんで」
「なら、捕まえた後に絵を取り返せばよくね?」
「似たような購入希望者が他にもぎょうさんおるらしいねん。それなら、行方不明にしといた方がええやろ?」

 そしたらもう二度と奪われへん。それが黒崎の主張だった。

「そうだな」
「せやろ」
「知り合いなのか?」

 不意討ちを喰らった黒崎は一瞬顔を強張らせた。やっぱり無警戒の時はこいつにもあるものかと紅川は妙な納得をした。

「お前、どうでもいいことなんて何一つ調べねえだろ。黒石ってオーナー知ってるやつなのかと思ってな」
「何のことやろなー」
「黒磯、黒川、黒田、小黒、黒岩……今までに二人だけでやって来た仕事のターゲットだ」
「どっから調べてん」
「常識的に考えてあり得ないくらいに、標的の名前に黒の字が入ってる。そしてお前、自分のこと話したことないだろ」

 人助けは本望だから手伝ってきた。黒崎が自分を利用しているのであろうことも理解している。

「利用する範囲が俺だけならまあいいかと思ってたけどこの際だから言っとくぞ」
「何や、私利私欲で動くな、か? それとも見損なったから解散、か? それとも昨日の今日で仲間意識芽生えたから他の連中を巻き込むな、か? どれでもええで、聞かんけどな」
「いつか話してくれ」

 はぁ? 陽が落ちきった夜の景色に間抜けた黒崎の声がこだまする。何バカ面晒してんだよと蓮は悪態をついて茶化した。

「全部終わってからでいい。何のためにやってきたのかを教えろ」

 手伝ってやる。
 短いながらも力強い言葉に、黒崎は言葉を返すことができない。

「やってることはグレーだ、義賊気取って自己満足してるだけだ」

 でもな、自分で言った消極的な言葉を、蓮は自分から逆接で否定した。珍しく真顔で、これまた珍しく黙っている黒崎を横目で見る。
 静かにしてるとあながち美少女も間違ってねえなと蓮は口もとだけで笑い、再び前を向いた。

「お前は悪党じゃねぇ、そう俺は信じてる」

 その後は、二人ともずっと黙っていた。黙々と、寮へ向かって歩いていく。次第に学校の近所になってきて、そろそろ知り合いと鉢合わせるかもなという辺りで一旦二人は別れた。
 黒崎は先に寮に帰り、蓮はとりあえず時間をずらすために立ち読みでもしようかとコンビニに寄る。
 下校時刻をとうに過ぎているので、帰る途中の生徒とすれ違うことなどきっと無いだろう。だが、それでも一応蓮と黒崎が不用意に懇意にしていることを知られないようにしている。
 確かに、二人が親しい友人に見える人もいるだろうが、それは学校にいる間のみ、そう思わせておくに超したことはない。お互い他に友人は少ないので帰り道は大体一人だ。
 けれどこうやって、途中まで二人で帰るような日は何となく一人になってからが虚しかった。

「うちの事を信じてる、かぁ……」

 空に浮かぶ欠けた月を見上げ、その言葉の主を思う。腹立つなぁと、気がつけば声に出していた。

「嘘つきにそれ言うんは反則やろ」

 誰も聞いていない独り言、偽る相手のいない月夜に、一人の少女は上機嫌で道路を闊歩するのであった。

Re: 夜に舞うは百火繚乱 ( No.13 )
日時: 2018/01/17 01:42
名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


「やあ、今日は俺が一番乗りだったみたいだな」

 休日の昼間、都心にそびえる高層ビルのオフィス、その会議室に黄金川は腰を下ろしていた。二番目にやってきた蓮に対して気さくに声をかける。ただ、本人の性格のためだろうかその言葉はそこか堅苦しく聞こえた。まあ、信頼はおけるんだけどなと、胸中で苦笑し挨拶を軽く返した。

「黒崎さんとは一緒じゃないのか」
「ああ、寮じゃそこまで話さないようにしているからな。片方捕まってももう片方は無事に済むように」
「なるほど、やはり君たちは二人でやってきただけあるな」

 得心がいった黄金川は中指で眼鏡を持ち上げてその位置を正した。秀才ぶった動きだけれども、実際に秀才なのだから当然かと、勝手に一人で呆れては勝手に納得する。真面目な男ではあるが、生真面目すぎることもなく、勉強漬けの思考ではなく落ち着いた人柄、黄金川はやはりこの集団において最も大人なのだろうなと蓮は思う。ほかの連中は世間知らずに文字通りお子様、となるとそれも当然といえば当然なのだが。
 蓮が今日一人で来た理由はそれだけではなく、黒崎は花畑を呼びに行く役目を仰せつかっていた、というものもある。今日は昼間のうちにこのオフィスで連絡事項を伝えられる予定になっているためだ。今回ここに集まるべく人間はすでに到着した黄金川と蓮、話題に上がった黒崎に、彼女が案内するはずの花畑、そしてもう一人を加えた五人だ。
 黒崎とそのもう一人が、それぞれ情報を仕入れてきているので、それを突き合わせて本日の夜を待つ。もっと事前から打ち合わせるべきだとも思われるが、頻繁に会っていると目立ってしまう。作戦会議は、然るべきものが考えてきた作戦を全員に共有するためのたった一回があればよい。それならば、後々様々な条件が変更されてしまうことのないように、当日に行うべきだというのが盗賊団の普段の様子らしい。基本的に全員が学生、あるいは大企業の社長を担っているので、決行日が休日になってしまうという欠点があるのだが、誰も起訴しない、正確にはできないような事件なので学生などが警察から重点的に盗賊だとマークされるような事態は起こっていない。
 そもそも盗賊団は、警察内部に存在を知る者はいても、警察から捜索されることは今のところないのだ。そして存在を知っているものも、盗賊団の招待どころか黒幕が社長その人だという事実を誰も知らない。
 蓮が一度閉じた扉が、また小さく音を立てて開いた。落ち着いた佇まいで一人の少女が顔を見せた。依頼人である、花畑啓子である。普段は制服姿しか見たことがないため、私服は初めてだなと蓮は思う。白い服と赤いスカートが鮮やかな格好だが、蓮は「この服の値段と自分の一月での食費だとどちらが高いか」という脱線したことしか思い浮かばなかった。右手に下げているバッグのブランドならば蓮もよく知っており、あのバッグだけで食費は負けたなと、下らない自分の中の戦いに終止符を打った。

「今日は。先日はどうも」
「おっす、といっても俺は昨日廊下ですれ違ったけどな」
「何の反応もなくて悲しかったです」
「いや、仲良くするわけにもいかんだろう……」

 何かあって蓮が捕まった際、その直前の日付から急に仲良くなっていたとしたら、花畑の関与が疑われるのは当然だ。依頼人の意に沿うよう仕事をするのは当然だが、もし不測の事態があっても依頼人に火の粉がふりかからないようにする、それが黒崎と二人で蓮が守ってきた、これまでの義賊活動での矜持だった。そのため、これからも依頼人とは不用意に仲良くすることはない。たまたま、同じ学校に通っていたとしても、だ。
 そして、花畑が来たということはもう一人到着した者がいるはずである。後ろから、人をからかう満面の笑みを浮かべて黒崎が現れた。

「二人とも早いなあ……せや! 聞いてや、花畑ちゃんここに来るまでめっちゃおもろかったで」
「ちょっと、未来さんその話は……」
「ええやんええやん、減るモンちゃうし」
「そういう問題では無いです」

 白宮よりもずっとお嬢様らしいな、ふと黄金川は苦笑を漏らした。蓮しか聞こえない程度の声だったが、その言葉に初対面の白宮の様子を思い出して蓮も違ぇ無えと乾いた笑いを漏らした。それもまた、黄金川にしか聞こえておらずお互いに顔を見合わせ、苦々しく笑いながらアイコンタクトを取った。

「むー、男子二人何盛り上がっとんねん、こんな美少女二人を差し置いて」
「悪いが黒崎さん、俺は自ら可愛いと言う女性の言葉は信用しない。依頼人の方は認めよう」
「むー、つれへんやっちゃなあ」
「マジでお前、半年くらい黙ってたら皆可愛いって言ってくれるぜ」
「そんなん未来ちゃんのチャームポイントゼロやんかー」
「……確かにそうですね」
「ほらー、花畑ちゃんかてこう言ってくれとるやんか」
「私が同意したのは紅川さんの言葉です……」
「嘘やん! むー、じゃあ今日の花畑ちゃんの失態でも」
「やめて下さい! 違うんです、その……持ち合わせがですね……」
「持ち合わせの問題ちゃうやろ! IC定期の要領でブラックカード改札にかざす姿なんて初めて見たわ!」
「普段君はどうやって通っているんだ、学校に……」
「真面目な顔で呆れないでください! いつもは車で送ってもらっています!」
「胸張って言うことでもねえよ」
「紅川さんまで……」
「いや、俺至極まともなことしか言ってねえよ」
「何だい、盛り上がっているネ?」

 高校生たちが軒並みはしゃいでいるところに、最後の一人が会議室に現れた。当然と言えば当然の人物、このオフィスの持ち主、社長こと神田 透である。

「重役出勤で申し訳ないネ。そこそこ大きな企業の社長なんてしているものだから、少し仕事に追われたたんダ」

 そりゃ仕方ねえよ、表の顔だもんなと友人のように蓮は答える。よく社長にそんな口をきけるなと、白い目で蓮を見つめたのちに黄金川はお疲れ様ですと頭を下げた。おっすー、待っとったでーともっと茶化した態度で接する黒崎をたしなめ、花畑は叱っている。高校教師も大変そうだと、彼らの様子を見て社長は失笑を漏らした。

「さてと、ここからは気を引き締めてもらうヨ。仕事内容の確認ダ」
「はーい、うちから説明する?」
「黒崎さんが調べた分はそうしてもらおうかナ?」
「じゃあうちからは主に美術館そのものの説明をすんで。社長さんからは後々人員的ななんやかんやを教えてもらうわ」

 黒崎は会議室に備わっているスクリーンとプロジェクターを用いて自分が調べてきた情報を映写した。一応外から見られたりすることのないように、素早く黄金川は全窓のブラインドを下げた。先ほど自分のことを褒めてきた黄金川だが、こいつ自身も手馴れているなと蓮は感心した。
 まず初めに映し出されたのは美術館周辺の地図であった。ところどころ重要そうな周辺施設や道路、交差点には注釈が入っている。危険な場所はその警戒度に応じて黄色や赤でマーキングされている。見慣れたレイアウトだなと蓮はいつもながら、よく調査されたデータに感動する。普段ろくでもないことしかしない言わない肝心なことを聞かない言わない見てくれないの五点揃い踏みなのに、こういったリサーチは誰よりも完璧にこなす。

「この辺りは基本的に人通りが多いし、監視カメラも多い。せやから、一切人目につかずにここまで行くことはほとんど不可能や」
「ほとんど、ということは抜け道があるんだな」
「お、話早いやんか堅物君。そう、怪しまれずに潜入できる経路は二つあんねん」
「ふむ、一つ目は何ダイ?」
「一つ目はごっつい簡単や、基本ビルの屋上とかって誰も入れへんようにしとるから、監視カメラ置いとるとこは少ない。うちが監視カメラに引っかからなくて済む屋上ロードマップ作ったから蓮はいつも通りパルクールよろしく頼むわ!」
「任せとけ」
「俺はどうするんだ? この感じだと二つ目のようだが」
「その通り! 堅物君には美術館の壁が大理石なのを利用してもらうわ」

 この美術館は展示品が置かれていない場所、例えばトイレなどは全くカメラが置かれていない。そこを突くと黒崎は言う。

「だが、そこまでどうやってたどり着くんだ?」
「簡単やん。普通にいけばいい」
「いやいやいやいや、だから人目に付くんだろう?」
「ついてええねん」
「どういう意味だ?」

 黒崎の作戦が予想できないらしく、黄金川は小首をかしげる。花畑も、社長もよく分かっていないようである。ただ唯一、これまでずっと黒崎と二人で様々行動してきた蓮だけが察したようである。

「それはなー」
「なるほど、今から行くのか」
「人のセリフとんなや」

 いざ、種明かし。その瞬間に横やりでぴたりと正解を言い当てられた黒崎は真顔で蓮に噛み付いた。蓮はいつもの仕返しだと言わんがばかりに舌先を見せておどけて挑発する。いつか覚えとけよと黒崎は舌打ちし、もう何となく想像できているだろう残りの三人へ説明する。

「堅物君にはこれから、作戦を急いで記憶して現地に向かってもらう。営業時間中に客として入場、ずっと美術館の中に潜んで、閉館ギリギリ、他の客が帰るタイミングで、誰も見てへん、そしてカメラに映へん位置から能力を使って壁の中に潜り込んでもらう」
「なるほど、超能力が広まっていない社会だからこそできる作戦だな」
「ただ、あんまりにもカメラに映らん場所ばっか行き来しとったら後から目ぇつけられるかもしれへんから気をつけや」

 この美術館は、来場客がいなくなったら監視カメラを切って警備員、人によるセキュリティに切り替わる。結局金で雇った人間が最も信用できるという理由らしい。だが、この警備の連中もずっと警備しているわけではなく、シフトを組んで交互に巡回している。

「ただな、この警備員、最近大幅に人員が整理されたらしくてな」
「そのせいで、少々懸念材料があるんダ」

 そこからは、いったん社長が引き継ぐようで、黒崎は黙った。そして代わりに、社長は重たい口を開いた。



>>次回へ



________

作者です。途中未来という人命が出てきましたが、黒崎の下の名前です。
過去の話で既に出ているのですがその話を更新したのが何分ずいぶん前ですし、一応補足しておきます。
後、今回も今後もそうですが、説明などのセリフが多いときは今回のようにセリフだらけの話になると思います。そうでもしないと話が進まない自信がありますので……あまり信条描写のようなものを挟まないようになってしまいますがご容赦ください。
それとたぶん、発言者が誰なのかは口調から分かるように調整しているつもりですので大丈夫だと信じています。だからそう、許して下さ((

Re: 夜に舞うは百火繚乱 ( No.14 )
日時: 2018/01/21 16:30
名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: ajaa150U)


「その美術館の警備員なんだがネ、先日記録を漁ってみるとどうにも大きな人員整理があったのは今、黒崎さんが言ってくれた通りだ。ただ、その際にやってきたという新しい警備員が厄介でね」

 表向きには同じ警備会社からその美術館へ派遣されてきたことになっていた。だが、一応きな臭く感じた社長が会社の方のサーバーにアクセスしてみたところ、新しく配備された人員は全員が、そもそもその警備会社に入ったばかりのものだった。
 いや、正確には「ずっと前からいたかのようにデータが改竄されていたが、実のところつい先日入ったばかり」だった。十年以上勤務していたことになっているデータだが、実際の勤務記録のようなものを漁ってみると、該当者たちのこれまでの勤務記録はまっさらな白紙だった。誰も、わざわざこんな事をして調査してくることはないと思っていたのか、あまりにも杜撰な工作だったヨと社長は続ける。
 おかしいと思った社長は懇意の探偵を雇って、その会社に勤務している人たちに、その疑わしい社員に関して聞き込みをしてみたところ、誰もがそんな人は知らないと首を横に振った。若い社員だけではない、ずっとそこで勤務しているような白髪の混じった女性も、人事で働く男性も、誰もが知らないと言う。人事さえ知らない、そんなもの怪しいという他ない。
 あまりにもきな臭い、そう思った社長たちはより一層の調査を行うことに決めた。その結果行きついたのが、標的美術館の新入り警備員の、「本当の来歴」だった。この者たちはしばらく、日本にさえいなかった。海外に本拠地を構える傭兵会社、紛争地帯でずっと戦火の中に身を置いてきた者たちだった。

「……一応、盗賊団の正体なんかは隠し通せているのだけど、存在自体は多くの悪人に既に知れ渡っていてネ。おそらく今回の標的、黒石もどこからか情報を仕入れているのだロウ。不当に奪われた美術品を取り返すのは今回が初めてじゃなイ。超能力自体は知られていなくとも、こちらも武力的に対抗する手段があるということはばれていル」

 そういった者たちが潜入してくる可能性を考慮したのだろう、自分がやった行いを自覚している黒石はあらかじめ対策を打つことにしたという訳だ。それが、傭兵経験のある者たちをヘッドハンティングして警備員に投入したということらしい。長年傭兵を続けてこれただけはあり、彼らは全員戦闘員として純粋に強い。能力があるからと過信していると、足元を掬われてしまうだろうと、脅すように社長は告げた。根が真面目な黄金川はごくりと息を呑み、蓮も緊張の色を顔に見せた。

「警備員は一度のシフトに三人入っていル。日によって傭兵上がりの人間が入る人数は違うが、基本二人以上は入っているけど、今日のところは二人だネ」

 三人じゃなくてまだよかった、緊張を完全に取り除くことなどはできなかったが、それでもハードルはほんの少し低くなったようになった思う。それでも、残り二人がどの程度実力者なのかわからない以上、まだまだ油断できない。

「全て人力で警備しているというのは、確かに機器で唐突に感知される訳でないから少し気楽にも思えるが、実のところ危険ダ。例えば監視カメラなら完全な死角から付け入ることができても、人間にそれは通用しなイ」
「見つかったらどこまでも追ってきやがるし、視野はいくらでも動かせるから顔も捕捉されやすい」

 かつて警備員に見つかりかけた蓮だったがその時は無理やりスプリンクラーやら防火扉やらを自前の炎の能力で作動させて何とか逃げおおせた。ただ、それが常時上手くいくとも限らない。未だに、蓮にとってあの時捕まっていないのが不思議だと思うような危険な綱渡りはこれまでの活動のうちにいくつもあった。
 ツーマンセルで行動するというのはいいことばかりではない。人間だれしも、緊張していようと油断してしまう瞬間はある。うっかり息遣いを漏らしたり、足音を消せきれなかったり、他の者の気配に気づかず人影を見られたり、考えうる不運の起こる確率が、全て跳ね上がる。

「……上等じゃんか」
「あの、いいんですか……」

 武者震いに襲われた蓮は、鼓舞するように強気な言葉を放つ。しかし、その裏に潜む不安と緊張を読み取ったのか、花畑は張り詰めた空気の中で話に割って入った。その唇は、話すべきか話さないべきか決めかねているようで、真一文字に一度固く結ばれた。それを待つように、数秒の時間がたつ。重苦しい中の数秒とはこんなにゆっくり流れるのかと花畑は思う。だが、意を決して彼女は口を開いた。

「こんなの、皆さんは納得できるんですか。だって、私は赤の他人ですよ。報酬を渡すという契約こそありますが……私にとって大事な宝とはいえ、あなた方から見ればただの肖像画一枚。そんなもののために、自らを危険に晒させるだなんて」

 本心だった。自分自身の望みのため、善良な、同い年の少年少女を、常に顔合わせるような同級生を巻き込んでよいものかと躊躇いが生まれた。これまで怖いと思ってこなかった紅川だが、黒崎と接している姿を見れば話しやすく、おのれの能力で確認するならば正義感に溢れた人間だと分かっているような人間だ。品行方正に見せかけている他の生徒たちよりも、ずっと誰かのために動ける人間だ。それなのに、そんな人を巻き込んでいいものなのだろうか。もし今夜彼らが捕らえられ、明日から学校で紅川 蓮の姿が見られなくなったとして、果たして自分はそれを気にせずに生きていけるだろうか。

「それは……」

 黄金川も、社長も何か答えようとして黙り込んでしまった。彼女の望んでいる答えとは何であるのかさっぱり分からなかったからだ。大丈夫、気にするなと伝えるべきかと思われるが、きっとその言葉は望まれていない。気にするなといえば余計に心労が重なる、そういった人間だとは特別な能力がなくともわかる。ならば依頼を撤回するかとも聞けない。特に社長は、自ら盗賊団を彼女に紹介した身であるどころか、花畑が藁にもすがるような思いで盗賊団に依頼することを決めた表情も、全部見ている。
 黒崎にも、こういったことは分からない。情報収集に長け、嘘を自在に操り、他人の本心を見抜くこともできる彼女も、その人すら知り得ない答えを求めることはできないのだ。

「やはり今回の依頼は……」

 それが理解できた花畑は、自ら依頼を取り下げようとする。母親は、ずっと昔に無くなっている。絵が一枚失われたところで、何も変わらないではないか。むしろ、これからはちゃんと吹っ切れて生きていくことができる。真の意味で、母と別れることができる。
 それで、いいじゃないか。諦めようとしたその時だった。

「いや、自業自得だから仕方なくね?」
「……と、言いますと?」

 唐突に口を開いた蓮の言葉にその場の人間は全員困惑する。花畑にいたっては、きょとんとして口を閉じるのも忘れてしまったかのようだ。

「いや、そもそも俺らはあんたの絵を取り戻したい訳じゃなくて、いや取り戻すのが目的なんだけど、やりてぇのは勧善懲悪なんだよ。そこに性根の腐ったやつがいる、悪いことしたら天誅が落ちるはずなのに落ちてねえ、だから神様に代わって報復してやんだよ」
「でも、私が頼んだから行くんですよね」
「違うね、あんたがいたから悪人が一人見つかったんだ」

 だからあんたの意志とは関係なく、気に入らねえ奴をぶっ飛ばしに行くんだよ。荒々しい口調で、いつも通り蓮は主張する。

「その自己満足のために不法侵入するんだ、見つかっても自業自得だ。それにそもそもヘマ打たなきゃ捕まんねーんだから、それこそヘマした自分たちのせいだ」
「そういう問題じゃないでしょう」
「そういう問題だ。あんたは絵を取り返してほしいと頼んだだけだ。目には目をで犯罪に手を染めてるのはこっちの自己責任だ」

 そんな理屈が通るものかと思うが、蓮のあっけらかんとした口調と様子から、本心で言っているのが見て取れる。そんな馬鹿なと自身の能力で分析してみるも、彼の本心は態度に全て表れているようである。確かに今の言葉は花畑を気遣うゆえに出た言葉なのだろうが、同じようなことを、胸の奥で本当に思っているようである。

「あんた、いじめにも一人で戦ってるだろ」
「……何のことでしょうか」
「依頼終わってほとぼり冷めた頃に、ダチになってやるよ。これで結構ビビられてるみたいだから、その知り合いになったらそうそういじめられねえだろ」
「ですが、それは紅川さんのポリシーに反して」
「あーあー、知らん聞こえん。とりあえずここにいるのは全員あんたの味方だ」

 唐突にやり玉にあげられた三人は豆鉄砲を食ったが、花畑が彼らの顔を見回した時には、もう蓮の言葉を飲み込んでいた。自己責任、少々乱暴な理屈だが蓮らしいなと黒崎は大爆笑する。まあ間違ってないなと黄金川も満足そうに頷く。ここにいる者は確かに全員依頼人である花畑の味方だと社長も蓮の言葉を肯定した。

「ほら合ってるだろ。これからは、頼っていいんだ」

 作戦会議に戻ろうぜと、蓮は黒崎と社長に会議の進行を戻した。この会議ののち、黄金川は閉館時間までに美術館に入館しなくてはならない。これ以上時間を無駄に使う訳にはいかなかった。警備員の基本装備から、今日見回りを担当している三人の癖、巡回ルートや巡回の時間、そして建物の内部構造など、頭に入れることは数々ある。
 会議の最中に、黄金川は隣に座る蓮の方へ目配せした。

「どうした?」
「いやな、さっき君が言った言葉は、君も覚えておけと言っておきたくてな」
「どれだ?」
「これからは、頼っていいんだ」

 ずっと一人で黒崎の作戦を実行してきた蓮だ。黒崎にも予想できなかった事態に戸惑ったことは一度や二度ではない。そんな時、黒崎の献身的な外部からのサポートも確かにあったが、基本的に頼れるのはほぼほぼ自分一人しかいなかった。
 例えば今回なら自分がいる。困った時にはお互い様だと蓮に告げる。

「一蓮托生ってやつだ」
「俺バカだからその意味はちょっとわかんねえな」
「なら理解しなくていい、その代わり無事に帰るぞ」

 作戦決行まで、残り十二時間。


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