複雑・ファジー小説

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「喝采せよ! 喜劇はここにはじまれり!」お知らせ
日時: 2017/10/27 22:31
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

6月末の締め切りに合わせ、
あー書かなきゃいけないなー、でもめんどくさいなー、と
ずるずる書かないでいたくせに、
締め切り間際に急に思い立って(2度目)書き上げて投函しました。

昨日、無事落選が確定しましたので涙、
今回もここにUPさせていただきます。


ご無沙汰しております、いずいずです。

今回はひっさしぶりに現代学園もの。
しかも高校演劇という超マイナーな部活ものです。
ノリと勢いと投稿するぞという執念だけで書き上げたので、
読み返したらまー、あらすじ?
みたいな薄っぺらさ…

それでも、年末の別の新人賞へ向け加筆修正したいので、
もしお目を通していただけるのであれば、
率直なご意見、ご感想をばお聞かせくださいませ!


いずいず拝

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『Family Game』紹介 >>1
『朝陽』紹介 >>2
『女王陛下に知らせますか?』紹介>>3
『知恵と知識と鍵の騎士団』紹介>>4

起 >>5 >>6 >>7 >>8 >>9 >>10

>>11 >>12 >>13 >>14 >>15 >>16 >>17 >>18

※お知らせ >>19

「喝采せよ! 喜劇はここにはじまれり!」起⑥ ( No.10 )
日時: 2017/10/18 22:38
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

 タツルの学校のことをいっているのだと、すぐにわかった。
 とっさに声が出た。
「——違う」
 智羽矢のちいさな抵抗は、その周辺には届いたものの、壇上の無理解な審査員には届かなかった。智羽矢はさらに声を荒げた。

「違う!」

 審査員が続けていた言葉を止めた。会場の視線がいっきに集まるのがわかる。慌てて飛んできた母親が、智羽矢の口を塞ごうと手を伸ばす。
「ちょ…、やめなさい、智羽矢!」
「違う! そんなことじゃないのに!」
 ホールにはざわめきが生まれる。そこここでうるさいだの迷惑だだの、わめく子どもを疎ましがる声が上がり、母は恥ずかしそうに怒ったように智羽矢を掴まえ、頭をぺこぺこ下げながらホールを出た。

 ロビーは人影もまばらで静まっていた。母は邪魔にならない場所まで智羽矢を引きずっていくと、すでにぐしゃぐしゃに泣き出していた智羽矢の前に膝をつき、尋ねてきた。
「どうしたの、智羽矢。なにが違ったの?」
 智羽矢は首を振った。

 いまになって思えば、男の役を女生徒が演じていたこと以外にも、評価を得られない点もあったのだろうと思う。さらにいえば、全国高校総合文化祭の演劇部門は三日に渡って行われる。智羽矢が観たのは最終日だけだったので、前日、前々日の上演校が、タツルの学校の評価を上回っていたのだと考えられる。

 それでも幼い智羽矢には、タツルの学校のエンゲキがほんとうにおもしろくて、どの学校よりいちばん拍手をもらっていたから、そんな理由で選ばれないのは違うとしか思えず、またそれをうまく母に伝える語彙もなく、ただただ、泣くことしかできなかったのだ。

 ——いまと、同じように。

 退屈な始業式、今年から赴任してきた教員が壇上にあがり、教頭が彼らの名前と担当する教科を読み上げているさいちゅうだった。


「ムラカミタツル先生、教科は歴史を担当されます」


 村上姓は、市内でもありふれたものだ。それでも「タツル」という名前は、そんなに聴く名前じゃない。
 思わず背伸びし、前の生徒の肩越しに壇上のムラカミタツルを見る。顔ははっきりわからない。記憶のなかの顔ももうあやふやで、見えたところで一致しなかったかもしれない。だが、教頭が添えたその一言が、智羽矢の涙腺を決壊させた。

「ムラカミ先生は、いまから九年前に本校を卒業されており、当時は演劇部に所属し、全国大会に出場された経験をお持ちです」

「喝采せよ! 喜劇はここにはじまれり!」承① ( No.11 )
日時: 2017/10/19 22:00
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

   承

 壇上から浴びせられたその言葉は、正直、樹のなかで軽くトラウマになっていた。

 脚本は創作で行こうと決めたのは樹自身だった。
 卒業した三年四人を含め、彼が高校二年生のとき、演劇部には三学年あわせて七人しかいなかった。うち男子は樹ひとりで、あとの六人はすべて女子。全員が舞台に立てる脚本を探したけれど該当するものを見つけることができず、顧問の指導の下、一ヵ月かかって書き上げたのが『君の眠る世界』。

 主人公ふたりは自分と先輩が演じることになった。そのふたりが夢の世界で性別を逆転することから、現実世界と夢の世界では周囲のキャラクターたちの性別も逆転するぞと示唆したはずだった。

 それでも、審査員たちはそこを汲んでくれなかった。
(本来、男子は男子、女子は女子の役をするのが望ましい。男子生徒の数が少ないのであれば、それに見合った脚本を用意すべきであろう)

 ——だから! 男子がほかにいねぇからこんな手段に打って出たんじゃねぇか!

 卒業して他県に出た先輩たちや大道具の搬入に協力してくれた天文部部員たちが「全国まで行けたのが奇跡だったんだよ」「おまえはよくやった」と口々に褒め、励ましてくれた。
 でも、もし優秀校に選ばれなかった最大の理由があの審査員の言葉に集約されているのだとしたら、その前のブロック大会でどうして落としてくれなかった? 樹はそう思わずにはいられなかった。

 ——その前の県大会やその前の前の地方予選でも、いくらでも振り落とす機会はあったじゃねぇか。それなのに、それらをトップ通過させておきながら、そんな根本的な理由で全国で落とすなよ。

 あとになって振り返れば、選ばれなかった理由はほかにいくつもあったのだろうと、考える余裕も生まれてきた。
 それでも傷つけられた十七歳のプライドは、樹を、以後、演劇の道から遠ざけていた。

 大学進学のために上京した際、全国大会での樹の演技を見ていた大学の演劇部部員や市民劇団の団員が声をかけてくれたことがある。しかし、樹は結局参加しなかった。どこの劇団も、現役時代、せめてあとひとり…と願った男の役者があふれるようにいたからだ。
 悔しかったのだ。悲しかったのだ。腹立たしかったのだ。そして、自分が情けなかったのだ。

 考えてみれば同じ県下の他校演劇部には、女子の数ほどではなかったけれど、男子生徒が複数いた高校もあった。全国大会では、「わたしたちの学校では部員が女子しかいなくて、学校のお金で——県に行けるよと勧誘して男子部員を掴まえました」とユニークに語る高校もあった。

 ——それだけの努力をしたのか、俺は!

 教室で話すクラスメイトのなかには帰宅部のやつらもいた。彼らに演劇部の窮状を訴えていたらなにかが変わったかもしれないのに。誘えば、しぶるだろうが、入部してくれたやつもいたかもしれないのに。
(どうせ、演劇なんかやるやつ、こんな学校にいるわけねぇよ)
 そうやって勝手に思って、すべき努力を惜しんで、それであの選評。全国まで一緒に頑張ってくれた後輩たちを泣かせてしまった自分が最低に思えた。
「畜生」
 もう演劇なんか、たくさんだ。

「喝采せよ! 喜劇はここにはじまれり!」承② ( No.12 )
日時: 2017/10/20 20:13
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

 ……そう思っていたはずなのに。
 

「村上、樹……? 村上樹って、あの演劇部で全国行った村上樹!?」
 学生時代そこそこの成績でしかなかったくせになぜか教員試験で一発合格してしまい、なぜか地元の公立高校で採用されて四年。このままあと数年はこの高校で教鞭を取っていられるだろうと思っていたら、なぜか母校への突然の異動辞令。
 嫌な予感はしたのだ。

 高校の教員のなかには十年単位で在籍するものもいる。樹が卒業してまだ九年。彼が在校生であったときを知る教員が、あるいは全国に出場した演劇部部長の名を覚えている教員がいる可能性もあるのだから。

 ——いやいや、マイナスに考えるな、俺。

 たとえ樹のことを知る教員がいたとしても、演劇部の顧問にされると決まったわけではない。若い男性教員を、どこの学校がわざわざ文化部の顧問に指名する。大学時代にはフットサルのサークルにいたし、前の学校ではハンドボール部の顧問をしていた。今回もきっと運動部をあてがわれる。だろう。たぶん。そのはずだ。

そう思っていたのに、よりによって顔見知りの教員がいた。よりによって、この異動で、去年までの演劇部の顧問だった教員が他校へ移っていた。よりによって、それなりの進学校である母校の運動部顧問には、さほど若さは必要なかった。

 職員室で再会した、現役高校生時分に地学の授業で世話になったその教員は、すぐさま樹のことを周囲に話して回った。おかげで着任したその日のうちに教頭と校長に呼び出されてしまった。

 ——マジかよ……。

「失礼します」
 コールタールが底にべったり塗られた靴を履いたパントマイムのような足取りですごすごとむかうと、職員室奥の校長室のドアをノックする。
 どうぞと声がかかり、ドアをあければ、記憶のなかのものと内装も雰囲気もかわらない校長室が目に入り込んできた。ただ座っている校長と教頭の顔が、以前とは違うだけ。

 ——九年ぶりか。

 校長室に通されるのは、これで二回目だった。全国大会に出場が決まったときに、ちいさな壮行会が催されたのがこの場所だったのだ。
 きっと野球部とかサッカー部とか生徒や保護者に人気のある部活であれば、全校生徒を集めた体育館で行われたことだろう。だが、たかだか十一名の文化部ごときに体育館の舞台は広すぎるし、垂れ幕のひとつでもかけておけば、全校生徒にわざわざ集会で周知する必要もないと判断されたのだと、あのときもいまも卑屈になる。

 そして当時の校長の激励の言葉を十一人の仲間と聞いていたその場所で、樹は、演劇部顧問になることを打診された。

「喝采せよ! 喜劇はここにはじまれり!」承③ ( No.13 )
日時: 2017/10/21 20:19
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

「いやぁ、先生たちの代以来、うちの高校の演劇部はいまいちパッとしなくてですね、県大会に行くのがせいぜいなんですよ。三年生は四人いますが、二年生はひとりだけ。新入生次第では、来年は休部かな、って前の顧問の先生とも話していましてね」
「はぁ」
「いやいや、清家にも心強い味方ができた。ああ、清家っていうのが二年生なんですが、こいつ、男子のくせに演劇部に入った変わりものなんですが」

 ——男子のくせに、変わりもの、か。

 嬉々として話す教頭の言葉のなかに、きっと無意識であろうが差し込まれた偏見を、樹は皮肉な思いで聴いていた。

 ——あんたがいま話しているのがその男のくせに変わりものの元祖だって、わかっていってんのかね、このおっさん。

 いまテレビで絶賛活躍中の俳優のなかには、学生時代に所属していた劇団あがりの舞台人も多い。あまり公にはなっていないが、全国高等学校総合文化祭経験者も少なからずいる。
 それでもこの学校で演劇部部員が五人しかいないというのは、そういった教員側の偏見が生徒にも根付いている証拠だといったらいい過ぎだろうか。
 ただ、次の教頭の一言が、樹の心を波立たせた。
「清家…、ほんとうに喜びますよ、先生。あの子はですね、あなたに憧れてこの高校に入ってきたんです」
「……は?」

 ——憧れる? 俺に?

 思わず目を丸くする樹に、教頭は福々しい笑顔をさらに福福しくして、
「全国大会、観に行ってたそうなんです。そこで先生に『絶対面白いから観ててな』っていわれた、って」

 ——やばいぞ、そんな記憶まったくない……。

 観ててなといったくらいだから、上演前の話だろう。だが、もう十年も前の話で、さらにいえば、トラウマのおかげであの大会のことは思い出さないようにしていたのだ。そんな細かいことなど、いちいち覚えていない。
 うつむいて考え込む樹に、それまで黙って教頭の話を聞いていた校長がぽつりといった。
「清家にとってのデウス・エクス・マキナですね、村上先生は。もちろん、いい意味での、ですが」
「……は?」

 ——いまなんつった? このおっさん。

 顔をあげて見やったが、校長はにこにこと微笑んだきり、その謎の言葉をもう一度口にすることはなかった。

「喝采せよ! 喜劇はここにはじまれり!」承④ ( No.14 )
日時: 2017/10/22 20:41
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

 現役時代と場所がかわらないのであれば、演劇部の部室は正門横の部室棟の二階にある。
 だが、あのときと練習場所がかわらないのであれば、部員たちがそこにいることは稀だ。雨の日以外、彼らは屋上でストレッチや発声練習に取り組んでいるはずだからだ。

 職員室を出てすぐの階段を、気乗りしないまま樹はダラダラと登る。演劇部、吹奏楽部、天文部の活動場所となっている屋上への出入り口はこの校舎にしかない。楽器を抱えた女生徒たちがきゃらきゃらと歓声を上げて樹の横を駆けあがっていくが、反対に樹の心は下に下にと落ち込んでいくようだった。

 ——もう演劇にかかわるつもりはなかったんだがなぁ……。

 それでも足は、九年前に毎日上った階段を上がり続けるし、耳は、九年前に毎日口にした北原白秋の『五十音』を、音程を調節している楽器の音や、グラウンドで発されている野球部部員やサッカー部部員の野太い声のあいだに拾い上げる。
「あめんぼあかいなアイウエオ」
 我知らず、詩が口をついて出た。演劇部部員の発声練習に添って、続きがするするとこぼれていく。覚えていた。覚えている。一言一句たがわず、現役の彼らに合わせていえる。
「畜生」
 気がつけば階段を昇りきり、屋上への扉の前に立っていた。

 ——俺はもう、演劇なんかやりたくないのに。なんでまだ、覚えてるんだ。

 ドアノブをひねり、外に出る。屋内で聴いていたのよりも、より鮮明に屋外の音や声が聞こえてくる。
 昔と変わらないのであれば、階段横のちいさな小部屋——元は倉庫だったらしいが、いつのまにか天文部の部室になったそれ——を境に、右手で練習しているのは吹奏楽部、演劇部は左側にいるはずだった。

 心臓が痛いほど早鐘を打っている。十七歳の頃の自分が、心のなかで職員室に戻ろうと叫んでいる。四月の陽気な午後の光のなか、練習している彼らを見たら、泣かせてしまった後輩たちを思い出してさらに傷つくだけだと弱い自分が訴えてくる。
「畜生」
 教員といっても生徒のなれの果て。学校生活しか知らない甘えたな樹には、日の当たる場所へむかう勇気はどこにもなかった。

 だからといって、新・男子のくせに変わりものは、元祖・男子のくせに変わりものをほっておいてくれるはずがなかった。

「あれ? 演劇部の練習、覗きに行ったんじゃなかったんですか?」
 顧問らしいことしてきます、といい残して屋上にむかった樹が、ものの十分もしないうちに戻ったことを、隣の席の教員に指摘されたときだった。
 廊下を走ってくる足音が聞こえてきて、誰かがそのことを注意する声があがる。しかしその足音の主は走ることをやめないまま、職員室のドアを乱暴に引いた。

 驚いてそちらを見れば、小柄なジャージ姿の少年がひとり、入り口で職員室内を睥睨している。ややあって樹と目が合った瞬間、
「——村上先生! 練習はじまってますよ!!」
 開口一番発されたそれは、

 ——すげぇきっちり発声やってやがる。

 よく通る、少年の声、だった。


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