複雑・ファジー小説

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「喝采せよ! 喜劇はここにはじまれり!」お知らせ
日時: 2017/10/27 22:31
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

6月末の締め切りに合わせ、
あー書かなきゃいけないなー、でもめんどくさいなー、と
ずるずる書かないでいたくせに、
締め切り間際に急に思い立って(2度目)書き上げて投函しました。

昨日、無事落選が確定しましたので涙、
今回もここにUPさせていただきます。


ご無沙汰しております、いずいずです。

今回はひっさしぶりに現代学園もの。
しかも高校演劇という超マイナーな部活ものです。
ノリと勢いと投稿するぞという執念だけで書き上げたので、
読み返したらまー、あらすじ?
みたいな薄っぺらさ…

それでも、年末の別の新人賞へ向け加筆修正したいので、
もしお目を通していただけるのであれば、
率直なご意見、ご感想をばお聞かせくださいませ!


いずいず拝

*******************************

『Family Game』紹介 >>1
『朝陽』紹介 >>2
『女王陛下に知らせますか?』紹介>>3
『知恵と知識と鍵の騎士団』紹介>>4

起 >>5 >>6 >>7 >>8 >>9 >>10

>>11 >>12 >>13 >>14 >>15 >>16 >>17 >>18

※お知らせ >>19

「喝采せよ! 喜劇はここにはじまれり!」起① ( No.5 )
日時: 2017/10/14 21:21
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

  起

 その年の八月は、例年通り、猛暑の続く夏だった。
 友達の子どもが出ているからつきあいで観なきゃいけないの。そうめんどくさそうにいう母に無理やり手を引かれ、智羽矢が連れて行かれたのは市民文化ホールだった。

 母が子どもの頃からこの形をしていたというそれは、幼い目には古い化石のような建物に映ったけれど、それでも県でもっとも音響効果に恵まれた施設なのだという。だから、少し離れた場所に、収容人数もより多い県民会館が建てられたが、いまでも大きなイベントやコンサートは主にこの建物で行われることが多い。
 大きなイベントやコンサート。
 はたしてあの大会は、大きなイベントと呼んでよいものだったのだろうか。

     *

「ぜんこくこう…、がっこう、えと、…ごうぶんかさい、……なんとかぶもんかいじょう」
 まるで運動会の日に、運動場の入り口に立てかけられている紙の花で飾られた看板のようなそれに墨で書かれた文字を、読み上げた記憶がある。
「ちい、よそ見しないで。迷子になるわよ」
 その途端、母にぐいと手を引かれ、看板から強引に引きはがされた視界に飛び込んできたのは、
「こんにちはー! どうぞ、ごゆっくり見ていってくださいー!」
 制服姿の高校生たちばかりだった。
 まばらに大人や智羽矢ぐらいの子どもの姿も見えたが、右を見ても、左を見ても、制服、制服、制服。

 あれは、全国に進めなかった市内の高校の、大会の運営を担っていた演劇部員たちと、各ブロック大会を勝ち抜いてきた出番待ちの演劇部員たち、そしてその応援の高校生たちであったと知るのはずいぶん後になってから。
 そもそもこの時点で智羽矢は、自分が母親になにを観に連れてこられたのか、さっぱり理解していなかったのだ。

 全国高等学校総合文化祭演劇部門会場。

 これが、智羽矢が読み上げることができなかった看板の全文であり、そのとき智羽矢がいた場所であった。

 高校球児に甲子園があるように、野球以外の運動部にインターハイがあるように、文化部に所属する高校生がその研究や練習の成果を発表し競い合うのが全国高等学校総合文化祭という。
 智羽矢は知らなかったが、この総合文化祭もまた、インターハイのように一年毎にその発表の場を変える。自県では、その年が初めての開催となった。

 会場の入り口でリーフレットを配布していた女生徒が、智羽矢に目を留め、笑いかける。
「演劇好き?」
 演劇がなにかわからなかったのと、突然話しかけられてびっくりしたのとで黙り込むと、さらに彼女は微笑んでいった。
「絶対面白いからね。高校に入ったら、演劇部に入るんだよ」

 その、同級生の女子とは段違いに華やかな笑顔にあてられ、智羽矢は顔を伏せる。その頭に手を置いて、母親がいった。
「この子、男の子なのに、恥ずかしがり屋なの。演劇なんてできるかしら」
「できますよう! 待ってるからね、ぼく!」
 ぽんぽん、と促すように母に軽く叩かれ見上げれば、女生徒はよりいっそうにっこりした。そして、返事もなにもいえぬまま母に手を引かれロビーに入っていく智羽矢にひらひらと手を振ったあと、
「こんにちはー! どうぞ、ごゆっくり見ていってくださいー!」
 そう、新たに訪れた大人にリーフレットを差し出した。

(えんげき……)

「喝采せよ! 喜劇はここにはじまれり!」起② ( No.6 )
日時: 2017/10/14 21:21
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

「あら、もうはじまっちゃってるのね。ユイカちゃんの学校ってまだだったかしら」
 ホールへの扉をあけながら母がいう。扉をくぐった向こうにももうひとつ扉があって、ちょっとした小部屋のようなそこでは、ホールの内側からかすかに声が聞こえていた。
「いい、智羽矢。なかで、高校生のお兄さんお姉さんがお芝居をしているから、静かにしてなきゃだめよ?」
 口元に人差し指を当てて、母が智羽矢にいい聞かせる。智羽矢がうんとうなずくと、母はもうひとつの扉をあけた。
 さっきの女生徒がいった「絶対面白い」演劇とやらが観えるのだと、智羽矢はちょっとわくわくしていた。

 が。
(おかあさん、寝ちゃった……)
 光源は舞台の照明のみの仄暗いホールのなかは適度に空調が聴いており、また聞こえてくるのは舞台の上の演劇部員たちの台詞と効果音ばかり。居眠りするにはもってこいの環境であったため、母はあっとういうまに舟をこぎはじめてしまった。
(おねえちゃんは絶対面白いっていったけど、退屈だな)

 全国高等学校総合文化祭演劇部門に出場するのは、北海道、東北、関東(南・北)、中部、近畿、中国、四国、九州の各ブロックから選抜された、いずれ劣らぬ強豪校である。凝った舞台装置、自前のブラスバンド、部員数にものをいわせた派手な演出など、ちいさな市民劇団では太刀打ちできない、プロの演劇集団と比肩するレベルのものが、この地方の市民文化ホールで上演されているのである。仕事で休みが取れずなかなか上京する機会のない地方の兼業演劇人からすれば、這ってでも観に行きたい大会である。

 ただ、智羽矢はまだ幼すぎた。
 彼がもう少し大きければ——たとえば、中学生であったりすれば、舞台で展開している同世代の劇を楽しく、また共感して眺めることもできただろう。コミカルな演出に吹き出したり、クライマックスでは思わず涙をこらえることができなくなったかもしれない。
 でも、智羽矢は小学二年生で、まだ八歳にもなっていない。
(おしっこいってこよう)
 長時間客席に座っていることさえ、難しい年齢だった。

 重たいふたつの扉を、通りがかりの制服姿にあけてもらってロビーに出る。
 ロビーの床が石畳のせいか、ホールのなかより少し空気がするどい。上演中ということもあって、人影がまばらなロビーでは、スタッフらしき高校生たちがおしゃべりに興じていたり——さっきの受付のお姉さんは見当たらなかった——、演技を終えたあとなのか大きな荷物を抱えた集団が先生の話を聞いていたりと、なかとかわらず静かだった。
 壁に貼ってあったトイレへの案内板を見つけて、そちらへむけて智羽矢が駆け出したときだった。

「よーし、野郎ども! 集合!」

 心臓を掴まれるような、声、だった。
 足が止まる。声がしたほうを振り返れば、白いシャツの長袖を肘までまくり上げた高校男子が、笑顔で腕を広げていた。

「喝采せよ! 喜劇はここにはじまれり!」起③ ( No.7 )
日時: 2017/10/15 22:04
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

「タツル、うるさい」
「野郎どもって、男子、先輩だけじゃないですかぁ」
 口々に文句をいいながらも、彼の周りに十人ほどの学生が集まっていく。白シャツに黒のズボン姿の生徒もいれば、黒のTシャツに、スカートの生徒もいる。よく見れば、彼らのうちの誰かがいったように、声の主以外すべて女生徒だった。
「いいじゃねぇか、そういいたい気分なんだよ。ほら、円陣組むぞ、円陣!」
「暑苦しい。青春ごっこかよ」
「まさか全国でも円陣やるとは思わなかった」
「全国でやらなくてどこでやるっていうんだよ。ほら、手ぇ出せ」
 日頃丁寧に発声練習を行っているのだろう。タツルと呼ばれた男子生徒の声は、静かなロビーでひときわ響いた。それも不快な大声ではなく、耳に心地よく馴染む、朗らかなテナーボイスで。

 突然上がった大声に何事かと目を見開いていたロビー内の人々が、微笑んでまた各々途中になってしまった行為——おしゃべりであったり、どこかへの場所移動であったり——に戻っていくなか、智羽矢だけはなぜか、その場所を動くことができなかった。

 ひとりの男子生徒と十名の女生徒で作られたちいさな円。彼らがどんな顔をしているのか、智羽矢にはもう見られない。けれど、声が、男子生徒の発するテナーボイスだけが、智羽矢の心にまっすぐ届いてくる。

「全国大会が地方で行われるとき、一校だけレベルの低い学校があると、さっきどっかの学校のやつらがいっていた。開催県枠で出場した俺らのことだ」
「いやいや、それ例年そうだってことでしょ? うちらいちおうブロック大会出てるし」
「いや、あの口調は俺らをバカにしてたな。標準語だった、関東のやつらだ」
「なにそれすごい偏見」
「偏見で結構! いわれっぱなしで黙ってられっかおまえら!?」
「タツル、おちつきなさいって。ケンカするんじゃないんだから」
「いや、俺はケンカを売られたととったね。買う。買ってやるよ。買ってあいつらに目にものを見せてやる」
「タツル先輩、うざい」
「あんたの独り劇じゃないんだからさぁ」

「だから、俺らで買おうって話だ。俺らなら勝てる、違うか?」
 少女たちが黙り込んだ。

 ややあって、それぞれの右肩が内側に入っていく。広かった輪が狭まる。円陣が、組まれた。
「——喝采せよ、友らよ、」
 低く、静かな声だった。陽気なテナーは冷徹なそれに姿を変えていた。それを耳に拾った何人かのロビー客が、「なに、あの声。すごい」そんな驚きの声とともに、あちこちで息を飲む。
 タツルの声が、ロビーの空気を支配した瞬間だった。

「喜劇はここに、はじまれり」

 智羽矢は体をぶるりと震わせた。

「喝采せよ! 喜劇はここにはじまれり!」起④ ( No.8 )
日時: 2017/10/16 20:41
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

「——行くぞ!」
「おおっ!!」
 円陣がほどけ、女生徒たちがそれぞれの荷物を手に、舞台袖へとむかっていく。

 全身に鳥肌がたったまま動けないでいた智羽矢の視線に気づいたか、足元の荷物を拾いあげたタツルが智羽矢を見返してくる。
「……っ!?」
(知らない人をじっと見ちゃいけないって、おかあさん、いってたのに)
 いけないことをしたような気持ちになってその場を逃げ出そうとしたけれど、タツルが動くほうが一瞬早かった。
 笑って、手を振ってくれた。
「地元の子? 小学生? この次俺らだから、絶対面白いからなかで観ててな!」
「……」
 智羽矢は手を振り返すこともできず、その背中をただ見送ることしかできなかった。


 タツルの背中が見えなくなって、しばらくしてから我に返った智羽矢が、慌ててトイレに飛び込んで、席に戻ったときには母親は目を覚ましていた。
「どこに行っていたの、心配するじゃない」
「おしっこ」
「あらそう。ひとりでちゃんと行けた? 場所わかった?」 
 母の問いかけにおざなりに応じながら、智羽矢は目を舞台にむける。
(よかった)
 緞帳は下がったままで、まだ劇は上演されていない。

「次がユイカちゃんの学校みたいね。なんかもういままでの学校の、おかあさんには難しかったから、また寝ちゃったらどうし……」
「——面白いって」
「え?」
「絶対面白いっていってたよ」
「誰が?」
「タツル」
「タツル?」
 訊き返す母の声にかぶさるように、女生徒の、校名と演目を告げるアナウンスが流れた。
「次は、ムラカミタツル作『君の眠る世界』、県立——高校の上演です」

 上演の合図であるブザーがホール中に鳴り響く。緞帳がゆっくりと引き上げられ、そこここで交わされていた会話が潮が引くように打ち切られていく。
 それでも「ねえ、タツルって誰なの」と腕を掴んで小声で尋ねてくる母親に、智羽矢は舞台を指さした。
「あの人」
 広い舞台の真ん中で、タツルが本を読みながら歩いていた。

「喝采せよ! 喜劇はここにはじまれり!」起⑤ ( No.9 )
日時: 2017/10/17 22:09
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

 今日、二回目に聴いた「絶対面白い」はほんとうだった。
 芝居の内容といえば、タツル演じる少年と女生徒が演じる主人公が現実世界とファンタジー世界を行き来するオーソドックスな設定ではあった。だが、こちらとあちらではふたりの性別が逆になり、そのせいで次から次へトラブルが発生し、けして飽きさせない展開となっていた。他の学校の演目では眠っていた母ですら、忍び笑いを何度も漏らしていたくらいだ。

 また、いくら音響効果が高いとはいえ、広すぎるホールで、肉声で台詞を客席に届け続けるのは厳しい。全国を制してきた他の学校のなかでも、声量が足りず、せっかくの台詞がまるで届かないところもあれば、がなるシーンで台詞が潰れ、なにをいっているのかわからないところも多々あった。
 けれど、この学校は違った。
 智羽矢の心臓を鷲掴みにしたムラカミタツルの声は朗々とホールに響き、他の少女たちの声も、負けじと軽やかにのびやかに反響する。舞台狭しと走り回るなかでも呼吸ひとつ乱れない。怒鳴り声の掛け合いでも一音一音台詞が聞き取れ、「この学校、発声マジやばいね」とは、前の席に座っていた制服の女生徒から漏れた言葉だった。

 だから、幕が下りたときの拍手の量はそれまでの学校の何倍も多く、智羽矢は、タツルの学校のエンゲキがいちばんだと子ども心に思っていた。
 それでも、観客の感じたことと、審査員の見る視点が異なるのはよくあることで、


「——以上の四校が、今月最終週の土曜、日曜日に国立劇場で行われます、全国高校総合文化祭優秀校東京公演出場校となります」


 その年の優秀校のなかに、タツルの学校が呼ばれることはなかった。
 コクリツゲキジョウとかゼンコクコウコウソウゴウブンカサイユウシュウコウトウキョウコウエンシュツジョウコウとか、それがタツルたち高校演劇部員にとってどれほど重みのあるものか、智羽矢にはわからなかった。でも、『選ばれなかった』、それがどういうことなのかは、片手で数えられるくらいの社会生活しか送っていない智羽矢でも、容易に理解することはできた。

(なんで? タツルの学校、面白かったのに!)
 智羽矢はホールのなかに視線を巡らせた。審査結果を待っていた上演校の生徒たちが、泣いたり笑ったりしているなか、タツルの姿を探す。

「ちい、出るわよ」
 ユイカちゃんの学校の演技も見て、またその結果も聞き届けた時点で、母の友人への義理立ては終わったようだ。立ち上がり、去り難く思う智羽矢の気持ちも知らないで、さっさと会場を後にしようとする。
 舞台上では、講師審査員の選評が述べられていた。
「智羽矢、置いて帰るわよ!」
「……」
 母に強くそういわれてしまえば、小学二年生の智羽矢が逆らえるはずがない。しぶしぶそのあとに続きながら、それでもタツルを探していたときだった。智羽矢の耳に、なぜか審査員のその言葉だけがはっきりと聞こえた。

「既製の脚本を利用したのであれば仕方がないこととはいえ、創作の脚本で——おそらく男子学生の人数が少ないのだと思われるが、本来男子がすべき役を女子が演じている学校が見受けられた。本来、男子は男子、女子は女子の役をするのが望ましい。男子生徒の数が少ないのであれば、それに見合った脚本を用意すべきであろう」


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