複雑・ファジー小説
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- 99%のボクと1%のキミ
- 日時: 2018/01/13 21:29
- 名前: わたあめ (ID: cdCu00PP)
目が覚めた時、見えたのは真っ白な天井だった。
少しぼやけて見える。
いや、ほぼぼやけていて白いことしかわからない。
そこに何人か、顔を覗き込んできた。
驚いたが、体は何も反応しなかった。
動けない。
手が、足が、すべてが言うことをきかない。
なぜだ。
ここは一体どこなんだ。
俺はここで何をしているんだ?
こちらを見ているのは誰なんだ。
そんなことを考えただけでもの凄く疲れた気がした。
瞼が重い。
今にも目を閉じてしまいそうだ。
だが不思議とここで目を瞑れば、もう二度と同じ風景は見れない気がした。
目を覚ますことができなくなりそうな気がした。
あれ、俺は一体?
【登場人物】
#三島 椋 (みしま りょう)
高校2年生。夏に心臓移植に成功するも人格が180°変わってしまう。
元は大人しく読書が好きな青年だったが移植をしてからは口数が増える。
#藤井茉里(ふじい まり)
高校2年生。椋と同じ学年の女子。
移植前の椋と話すことはなかったが移植後に話すようになる。
#有明翔太(ありあけ しょうた)
高校2年生。移植後の椋と仲良くなる。
爽やかで誰にでも優しい。
#土屋健人(つちや けんと)
高校2年生。翔太と同様、移植後の椋と仲良くなる。
チャラついていて女子からの人気が高い。
#森山芽以(もりやま めい)
高校2年生。茉里と同じクラス。
口が悪くはっきりした性格。
#蛯名秀雄(えびな ひでお)
椋の主治医。
#四宮洸(しのみや こう)
#芹沢飛鳥(せりざわ あすか)
【ストーリー】
#01 【 春に 】 01~05
#02 【 ずっと君のことを 】 06~10
#03 【 ひそかな気持ち 】 11~14
#04 【 助けて頂いた者です 】 15~
- Re: 99%のボクと1%のキミ ( No.1 )
- 日時: 2017/12/14 08:35
- 名前: わたあめ (ID: IqVXZA8s)
#01【 春に 】
次に目が覚めたのは、それからすぐのことだった。
目を開けると、目の前に男がいるのがわかった。
ゆっくりと横を向くと、白衣を着た男と女が1人ずつ、そして長いスカートを履いた中年の女が1人。
ここは病院なのか?
「先生、目を覚ましました」
目の前で女性が誰かに声をかけていた。
「聞こえますか?」
女はそう言って俺を見た。
俺は女と目を合わせ、静かに頷いた。
「意識が戻ったようだな」
白衣を着た中年の男が言った。
「わかりますか?ミシマさん?」
ミシマ、俺の名前?
俺は男と目を合わせた。
声をあげようと口開けるが、思うように声が出ない。
「無理はありませんよ、術後間もないですから。徐々に喋れるようになりますからね」
男が言った。
手術を受けたのだろうか。
一体なんの病気で?
今回はすぐに眠くなることは無かった。
「リョウ、良かった…」
隣に座っていた女は涙ながらに言った。
女の脇にはもう一人男と、若い女が1人。
「リョウ!」
誰なんだろう、この人たちは。
何もわからない。
聞きたくても声が出せない。
ただ唇が動くだけで、自分の声が聞こえない。
だが俺が答えなくても二人は嬉しそうに涙を流し、笑顔を浮かべていた。
その後も口を聞くことなく、数日が過ぎた。
この数日でわかったことは俺の名前が【三島椋】であるということ、泣いていた二人が俺の両親であるということ、その両親の近くにいた女の子は俺の妹だということ、俺は心臓病を患い移植手術を受けそれが成功したということ、なぜか記憶を失っているということ。
鏡を見た時、まるで違う人に会ったような感覚だった。
奥二重とも言えるような大きめの瞳、鼻は高く、唇は薄い。
泣きボクロがあり、肌は白かった。
印象的には悪くない顔立ちに見えた。
それが自分だと思うと、なんだか変な感覚だった。
そしてようやく声が出せるようになったとき、家族や医者は嬉しそうな顔をした。
「リョウ!わかる?お母さんよ!」
母親と名乗る女性は嬉しそうに声をかけてきた。
「…ごめんなさい。覚えていないんです」
小さな声で答えた。
まだ大きい声が出せない。
母は、少し残念そうだが納得したように言った。
「…そう、まあ仕方ないわよね。こっちがお父さんで、こっちがあなたの妹よ」
母に言われ、父も「お父さんだよ」と微笑んだ。
「お兄ちゃん、ユイだよ」
ユイは大人しくそういい微笑む。
まだ何も思い出せない。
彼らが家族ということはわかったが、まだ認識しかしていない。
「…みんな、ごめんね。俺、何も覚えてなくて」
俺はそう言って小さく微笑んだ。
「いいんだよ。少しずつ思い出してくれれば。むしろ、お前が生きているだけで、何も思い出さなくてもお父さんたちは嬉しいよ」
父はそう言って優しく俺の手を握った。
父の手はとても温かかった。
その後数ヶ月が過ぎ、俺が退院したのは3月だった。
リハビリをしてもう普通に歩けるようにもなったし、普通に話せる。
ただ、記憶だけは戻ってこなかった。
そしてと父の三島幸宏、母の綾子、妹の唯と一緒に俺、三島椋は数ヶ月ぶりに家に帰った。
「久しぶりなんだからいっぱい食べてね」
リビングでご馳走を食べながら綾子が言った。
これは綾子が作ったものだ。
「そうだぞ、母さんの料理久しぶりだろ」
幸宏が言う。
「お兄ちゃん何も覚えてないんだから初めて食べるのと同じだよね」
唯はそう言って微笑み、「あ、そっか」と二人も笑った。
「うま」
ひと口食べた時、俺はそう言って微笑んだ。
綾子は嬉しそうに「ほんと!」と笑顔を零す。
「ちょっとしょっぱいけどね」
俺はそう言って微笑んだ。
「あ、たしかに」と唯。
「もーひどいなー」と綾子。
そう言って4人で笑顔で食事をした。
家族のことも思い出すことはなかったが、3人とは普通に楽しく会話はできていた。
きっと俺は面白い父と、優しい母と可愛い妹と、こんな暖かい家庭で幸せに暮らしていたのだろうな。
そんなことを思うほど、この家は楽しかった。
家で生活をして数日が過ぎ、明日から学校が始まる。
学校へ通うのは半年以上ぶりとのことだ。
見慣れない部屋で、明日の準備をしていた。
俺は学校で一体どんな立ち位置だったのだろうか。
どんなふうに振る舞い、どんな友達がいたのか。
自分について何も知らなかった。
なにか手掛かりはないのだろうか。
俺は立ち上がり、綺麗な机の引き出しを開けた。
机の上もだが、中まで綺麗に整頓されている。
俺は几帳面な性格だったのだろうか。
ノートに書かれた字も綺麗で、ますます自分がわからない。
目覚めてから生活してみて今の自分は、口調も荒く、わりと面倒くさがり屋に思える。
またよく笑ったり、人見知りをしないことから明るい性格だと自分で思っている。
だが前の、この【三島椋】は一体どんなだったのか。
まるで違う人と入れ替わったようだ。
前の自分がわからない以上、このままの自分で振る舞うこと以外はできないが、前の自分のことが気になって仕方がない。
そんなことを考えていたら、眠れなくなっていた。
朝が近づき、仕方なく少しだけ眠ったが熟睡はできなかった。
朝ごはんを食べ、歯を磨いたとき、先日切った髪の毛が気になり少しハサミで切った。
というより、全体を見た時なんだかだるそうに感じた。
俺は首を傾げ、幸宏のヘアワックスを開け毛束を作り、毛を立ち上がらせたりしてヘアセットをした。
初めてヘアセットをしたが、上出来だと思った。
整った三島椋の顔は、ヘアセットをしたことでかなり映えたように思える。
リビングに行くと、唯は驚いた顔をして言った。
「え!お兄ちゃんどうしちゃったの?!かっこいいじゃん!あれに似てる、あの、あの俳優さん!」
よくわからないが唯にそう言われ、「え、あ、ありがとう」と小さく微笑んだ。
唯の反応を見ると、ヘアセットができていたのは以前の【三島椋】の方ではなく、三島椋の【心臓】の方だったのか。
「行ってきます」
俺が玄関で靴を履いていると、幸宏は「送るよ」と車のキーを手に取った。
「ありがとう。でも、通学路教えて貰ったし、自分で行ってみたいんだ」
俺がそう言うと、幸宏は「わかった。気をつけてな」と微笑んだ。
「うん、じゃあ行ってくるね」
俺はそう言って外へ出た。
まだコンビニやスーパーにしか行ったことがなかったため、景色は新鮮だった。
手術をしてから初めて電車に乗った。
といっても、【心臓】の方も電車くらい乗っていたとは思うが。
電車に乗っていると、同じ制服の人を何人か見かけた。
あれが同じ年なのか、下なのか上なのかはわからないが俺がこの新学期から2年生だということはわかっている。
学校につき、教室についた。
俺は教室の前で立ち止まり、一息ついた。
わりと緊張するもんだな。
勇気を出し教室に入ると、「おはよう」と教室を見渡した。
その時だった。
教室中が静まり返り、全員が一斉にこちらを見た。
え?
- Re: 99%のボクと1%のキミ ( No.2 )
- 日時: 2017/12/11 00:28
- 名前: わたあめ (ID: cdCu00PP)
なんだ?
なんで挨拶をしただけでこんなに驚かれてるんだ?
なんだ?!
「お、おはよう…」
「おはよう」
「…おはよう!」
沈黙のあと、クラスメイトは小さく、自信なさげに言ってきた。
俺は動揺気味に首をかしげながら自分の席へ。
黒板の席順を見ると、俺は廊下側の後ろの方だった。
「おはよ!三島!」
隣でそういったのは爽やかな男だった。
「ああ、おはよう。えっと…」
こいつの名前は一体、、、
【三島椋】と仲が良かったのだろうか。
「あの、ごめん。俺、記憶がなくて…」
俺がそう言うと、男は察したように答えた。
「あ、俺は有明翔太。どうも初めまして」
はじめまして?
「ごめんごめん。俺去年三島とクラス違かったから知らなくて当然」
翔太はそう言って微笑んだ。
「だったらどうして俺のこと?」
「ああ、いや。去年B組に心臓病で入院した人が確か三島君だったなって。大丈夫なの?具合は」
それで話しかけてくれたのか。
「ああ、今はもう何とも。移植したから心臓病もないしね」
「あ、移植したんだ!治って良かったね。改めてよろしく」
翔太はそう言いながら手を差し出してきた。
「ああ、よろしく…」と少し困惑気味に手を握る。
翔太は微笑みを浮かべた。
随分と爽やかで可愛らしい男だ。
というか、【三島椋】は誰と仲が良かったんだ?
人に聞くのもおかしいし、もし仲の良かった人を無視していたら今後に響く。
とりあえずは友達ができて良かった。
いや。
そういえば、有明翔太以外に大丈夫かと声をかけてきた者はいない。
教室で最初に注目を浴びたせいで来たことを知らない者はいないはずだ。
それなのにみんな気まずそうに答えて終わりだった。
もしかしたら【三島椋】は友達がいなかったのか?
と思ったとき、目の前に女が来た。
「あ、三島くんだ。もう大丈夫なの?」
女にそう言われ、「うん、ありがとう」と微笑んだ。
すると女は驚いた表情を浮かべる。
え?なんで。
「あ、そ、そうなんだ!なら良かった。また同じクラスだね。よろしく」
女はすぐに表情を戻し微笑むと自分の席に戻っていった。
なんだったんだあの違和感は?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
どうにか初日が終わり、帰る準備をしていた。
その時、何か視線を感じ教室の入口を見た。
すると、そこには5人ほどの女がいた。
当然誰も知らないやつらだった。
「えっとー…」
俺がそう言って苦笑すると、1人の女子が言った。
「ほ、ほんとだ…」
は?なにが。
「まじだったんだな」
5人は喋り始める。
「え、えっと、なにか用?」
俺がそう言うと、女子が微笑みながら言った。
「三島君がめっちゃかっこよくなってる!」
え?
「本当かっこいい!マスブチコウタに似てる!」
マスブチコウタ?
誰だ?
「ま、マスブチコウタ?って、だれ?」
俺がそう言うと、女子はスマホの画面を見せてきた。
画面には男の写真。芸能人のようだ。
増渕康太、というらしい。
「これが?俺に似てる?これ、誰なの?」
俺はそう言って首を傾げる。
今朝唯が言っていたのもこいつのことか?
「あ、そっか三島くん入院してたから増渕康太知らないんだね!今人気の俳優さんだよ」
女子はそう言いながら俺を見る。
「しかも三島くんの声初めて聞いたかも」
「あたしも。三島くんって意外とかっこよかったんだね。去年気づかなかった」
女子たちはそう会話していた。
「あ、あの。なんで、その、ここに?」
用件はなんなんだ。
「あ、ううん。ごめんね急に。三島くんが退院したっていうのはもちろんなんだけど、かっこよくなってるってモエが言ってたから見に来ちゃった」
モエ?
「ごめん、モエって?」
すると、女子たちはキョトンとした顔をした。
そりゃそうだ、わかってるわかってる。
「あ、いや、その、俺手術してから記憶がなくて…」
そう言うと、女子の一人が言った。
「あ、そうなんだ。モエは朝三島くんに声掛けたって言ってたけど覚えてない?」
ああ、あの子か。
「ああ。わかった」
「そうそう!それで見に来たの。具合、大丈夫?」
「大丈夫、ありがとう」
そう言うと、女子たちは微笑んで答えた。
「なら良かった。三島くん、何か話しやすくなったね」
「そうかな。そりゃ、どうも。じゃあ俺はそろそろ帰るね」
俺はそう言ってカバンを持ち、手を振った。
女子たちも俺に手を振っていた。
1日過ごしてみて、つまり、【三島椋】は俺の予想通り友達が少なかったんじゃないか?
というより、口数が少なくて身なりにもあまり気をつかっている方ではなかった、ということは確実に言えそうだ。
俺は【三島椋】なのに、なんだか不思議な気分だ。
自分で自分のことがわからないなんて。
「ただいま」
家に帰ると、唯がまだ高校から帰ってきていなかった。
ちなみに唯は一個下の16歳のようだ。
「あら、おかえり。どうだった?」
リビングに行くと、綾子が食器を洗っていた。
「あー、楽しかったよ」
「そう、なら良かった。ごはんもうすぐだから着替えてきなさい」
「ほーい」
俺は洗面所に行き、ネクタイをとると棚に置いた。
ふと鏡を見ると、当たり前だが自分の顔が映る。
増渕康太?
気になって携帯を出し、増渕康太を検索してみた。
確かに髪の毛をセットしているときは似ていないことはないかも知れない。
周りが言うほど似てるとは思わないが。
制服を脱ぎ、ハンガーにかけた。
スウェットを着てリビングのソファに座り込んだ。
なんだか今日は色んな事があって疲れてしまった。
- Re: 99%のボクと1%のキミ ( No.3 )
- 日時: 2017/12/13 18:05
- 名前: わたあめ (ID: Ft4.l7ID)
「おはよう」
教室に入ると俺よりも先にクラスメイトが声をかけてきた。
「おはよ」
俺はそういい自分の席へ。
「りょうちゃん!おはよ!聞いてよーーーーーー」
翔太が話しかけてきた。
翔太は俺をりょうちゃんとか呼んでくるようになった。
「おっはよーう」
もう一人、仲良くなったこの男は土屋健人という名前。
つっちーと呼んでいる。
「おはよー。翔太の話聞いてあげて」
俺がそういい、つっちーは「ぱす!」と言って椅子に座る。
「ええっ」と翔太。
学校に通い始めて1ヶ月が経った。
クラスメイトとも馴染み、授業にも普通についていけている。
むしろ、不思議と勉強が簡単に思えることが多かった。
体が覚えているということは、【三島椋】は頭が良かったのだろうか。
またスポーツも得意で、球技がよくできた体だった。
心臓病を患っていたということは体育はしていなかったはずだが、リハビリを続けたお陰で元々運動神経は良くてそれが開花したのだろうか。
その日は雨が降っていた。
傘を忘れた俺は「まじか…」と呟く。
「三島くん、傘忘れたの?」
クラスの女子が話しかけてきた。
「ああ、そう。忘れちゃった」
俺はそう言って微笑んだ。
「あ、あたしので良ければ入ってく?」
え、この子もしかして誘ってる?
うーん。
「いや、いいよ。七海は俺と反対方向でしょ」
七海というのが彼女の名前だ。
席が近くわりと話したような気がする。
「あ、そうだね。大丈夫?」
「うん、仕方ねーから走って帰る。気をつけてなー」
俺はそう言いながら微笑んだ。
七海は「ありがとう。バイバイ」と言って出ていった。
さて、この雨の中駅までも遠い。
本当は入れてもらいたかったところだが逆方向だし。
翔太もつっちーも先に帰っちゃったし。
俺は覚悟を決めると濡れながら学校を出て駅に向かった。
とりあえず寒い。
しばらく歩いたところに神社があった。
少し雨宿りをして行くか。
俺はそう思うと神社まで歩き、階段に腰を下ろした。
雨は止みそうにない。
俺は空を見上げ、小さくため息をついた。
その時、雨の音に混じって声が聞こえた。
なんだ?
俺は立ち上がり、階段をおりると声のする方へ行った。
すると、俺がいた場所とは違う方向の階段に同じ制服を着た女がいた。
女は俯いて大泣きしていた。
なんだあれは。
すると視線に気づいたのか、女は一瞬泣きやみ、こちらに顔を向けた。
ドクンーーーーーーーーーー。
心臓が、心が、頭が、一気に彼女に集中した。
彼女と目が合った瞬間、俺の中で何かが動いたのがわかった。
なんだ今の?
不思議な感覚だった。
彼女の目は赤くはれ、涙が溢れていた。
服や髪の毛、頬は濡れ、唇を噛み締めていた。
俺に見つかったことを悔いているように見える。
「あ、いや、その…」
こういうときどうしたらいいんだ?
話しかけるべき?
見ていた言い訳を考えていたが、彼女が再び堪えきれなくなったのか声を出して泣き出した。
えー…。
とりあえず彼女に駆け寄り、「あの、大丈夫?」と声をかけた。
彼女は俯いて泣いている。
何か言っているようだ。
「え?なに?」
俺がそう言うと、彼女は俺の腕を叩いて「見ないで!」と叫ぶ。
なんだこの女。
せっかく心配して聞いてるのに。
俺は顔をしかめる。
放っておくわけにもいかず、彼女とは2段下の段に腰を下ろして黙って辺りを見ていた。
何分間待っただろう。
しばらく経ったとき、ようやく泣き止んだ彼女が小さな声で言った。
「…な…い」
「え?」
俺は振り返り、体を彼女に向ける。
「…ご、ごめんなさい…」
まだ鼻をすすりながらそういう彼女はまた今にも泣きそうな顔をしていた。
「ごめんって、なんで」
「…さっき…心配して来てくれたのに…あたし…」
「ああ、別に。大丈夫なの?」
そう言うと、彼女は首を大きく横に振った。
大丈夫じゃないんかい。
「えっと…なにかあったの?ってー…聞いてもいいかな」
俺がそう言うと、彼女は小さく話し出した。
「…ら…たの」
「え?」
また聞こえなかった。
すると彼女は怒り気味な表情で「ふられたの!」の大きな声をあげた。
いわれ、俺は苦笑した。
「あ、今バカにした…!」
彼女はムッとした表情で言う。
「いや、バカにしてないよ。ただ、どういう反応とっていいかわかんなくて。それで泣いてたの?」
「うん」
「こんな雨の中?」
「うん」
「寒くないの?」
「…寒い」
言われ、俺はため息をつき、微笑むとリュックから学校のジャージを取り出した。
「ほら」
俺はそう言ってジャージを彼女に投げる。
「…いらない」
「寒いんだろ」
そう言うと、彼女は少しためらったあとに「寒い」と言って前を開けた状態で俺のジャージを肩にかけた。
「…ありがと」
「おーう」
「…本当好きだったの」
「は?」
突然の言葉に、素っ頓狂な声を出した。
「だ、だから!…彼氏…元彼氏のこと」
彼女は少し恥ずかしそうに言った。
ああその話か。
「なのに振られた。あたし重いって」
「…恋愛のこととか、あんまよくわかんないから何とも言えねーけど…その…別れたくない!とか、言ったの?」
「言った。でも無理だった。こんな雨の日に言うとか、ドラマチックすぎだよね」
彼女はそう言って空を見上げた。
「雰囲気あるな。マンガみたいで」と俺。
「ほんと、笑えない」
彼女はそう言ってまた俯く。
「まあ、運命の相手じゃなかったんだな、その男。ってー、余計むかつくか、こんな言葉言われると」
そう言うと、彼女は少し微笑んで「ううん」と言った。
「初対面なのに慰めてくれてありがとう」
彼女はそう言って笑顔を向けてきた。
瞬間、また胸が熱くなった。
実を言えば彼女が彼氏のことを好きだったと言ったときからずっと胸の中が騒がしい。
なぜだろう、初対面なのに。
笑顔が可愛かったから?
いや、ならなぜずっと胸が熱いんだろう。
というより、目についたのはーーーー。
「あ、あのさ…」
俺は辺りを見ながら言う。
「ん?」
彼女は首を傾げる。
「帰るときはブレザー、前ちゃんと閉めた方がいいぞ」
さっきからずっと気になっていたこと。
それは、彼女のシャツが雨に濡れてピンク色の下着が見え見えだったことだ。
彼女は胸元を見て頬を赤く染め、ジャージで胸元を隠して「変態!」と叫んだ。
「まてよ!シャツの中に何も着てないのが悪いだろ…!」
「なによそれ!…誰にも言わないでよね」
「ピンクってこと?」
「バカじゃないの?!それもだけど!さっきの話!」
「あ、ごめん。おっけー」
「あんた本当に大丈夫…?ま、いいや。ありがとね。あたしそろそろ帰らなきゃ」
彼女はそう言って立ち上がった。
「この角度だと下も見えちまうぞ」
俺が彼女を見上げてそう言うと、彼女はスカートをおさえて階段を下りた。
「変態!」
彼女はムッとしながらそういい、歩いて行った。
なんなんだあの女。
気づけばもう雨は止んでいた。
俺も帰るとするか。