複雑・ファジー小説
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- 面影は儚く かがちの夢路へ
- 日時: 2018/10/29 16:11
- 名前: 藤田浪漫 ◆8nH/qRkwbA (ID: 7/g4bQJJ)
◇
あらすじ
「神の棲まう町」と知られる誘並市。そこには『カオナシさま』という都市伝説がまことしやかに噂されていた。
「夢の中にのっぺらぼうの女の子が出てくる」「その女の子の顔を見ると願いが叶う——」
誘並市に引っ越してきた主人公、月島博人はその『カオナシさま』の夢を見てしまい——
◇
こんにちは。初めまして。藤田浪漫改め写楽というものです。7月30日付で改名しました。
小説を書くのはマジで数年ぶりとかになるのでだらっとふらっとのんびりとリハビリがてら執筆していこうと思います。
地味で冗長な山も谷もない小説ですが、どうぞよろしくお願いします。
頑張って4章ぐらいで一区切りするよう尽力します。
ではでは、よろしくお願いします
◇
目次
前編「不在のアバンコール」
一章 「Like a dream on a spring night」>>1-11 >>17-25
一話 「隔絶」 >>1
二話 「安穏/Unkown」>>2 >>3
三話 「白縫筑紫/知らぬ慈し」>>6 >>7
四話 「灯籠/蟷螂」>>8 >>9
五話 「文目/菖蒲/勝負」>>10 >>11 >>17 >>18-20
夢話 「春の夜の夢のように」>>21
七話 「加筆/過失」>>22 >>23
八話 「Mess-age :11」>>24
終話 「廃絶」>>25
二章 「Does yellow innocence dream of no face?」
一話 「劇場/激情」>>28
二話 「segno」>>29
三話 「災厄/再訳」>>30
番外「あの日のぼくらへ」
犬飼圭 「MAD ROCK DOG/微睡む毒」>>12-14
お客様
バンビ さま
人工現物感 さま
浅葱游 さま←すこ
- Re: 面影は儚く かがちの夢路へ ( No.2 )
- 日時: 2018/05/28 02:11
- 名前: 藤田浪漫 ◆8nH/qRkwbA (ID: 7/g4bQJJ)
新幹線がガタリと大きく揺れた拍子にはっと眠りから覚めた。
手首に付けた腕時計に視線を向けた。黒いジーショックは10時半を示している。登潟駅から出発したのが8時半だったので、ざっと2時間ほどこの新幹線に揺られていたことになるみたいだ。
窓際にはすっかりぬるくなって炭酸の抜けたコーラ。膝の上には駅前の本屋で買ったクリスティの「アクロイド殺し」が置いてある。
いつの間に寝ていたのだろうか。座席は思いのほか柔らかく、突然の睡魔に襲われるのも頷けるが、何か凄い不愉快な夢を見ていた気がする。夏は遠いはずだが、火照った体は結露がついたコップのように体中に汗をかいている。
出発地点である登潟市は田園と果樹園が目立つ、朽ちた樹木のような農村だったけど、車窓から見える景色はかなり都会的で、遠くには灰色の高層ビルが身を寄せるように建っているのが見えた。まるでドミノを並べたようだ。その中でも一際高い鉛筆みたいな形のランドマークタワーが眩しく太陽の光を反射している。
天気はえらくご機嫌なようで、太陽はとっくに高い位置に登っている。快晴の中の快晴である。
車窓に映る近くの建物が後方に向かって滑るように流れていく。
新幹線はトンネルの中を通過している。車窓は電源を落としたようにいきなり暗転して、頬杖を突いた間抜けな僕の顔を鏡のように映した。がたんがたんと車内の揺れが一層強まる。
トンネルを抜ける。窓が明転。ぱあっと都会の灰色の風景が僕の目に飛び込んできた。青空に向かって突き刺すようにビルが高々と建っている。
少しして、女の人の声の車内放送で「次は終点、誘並駅—」と流れた。もうすぐ目的地に到着するようだ。
僕は頬杖をやめて、窓際のペットボトルコーラを手に持った。蓋を開けてノドを潤す。
やはりというか。
甘ったるいだけであまり美味しくなかった。
政令指定都市である誘並市は人口100万人を優に超える日本有数の大都会である。
高層ビルがわんさか立ち並ぶ一方、「神の棲む町」として知られ、神社や仏閣などの祭祀施設が町中に数多く点在している。「市内の木の本数よりこの地にいる神様の方が数は多い」とか言われている程だ。
ちなみにこの誘並の名物と言えばラーメンだと皆が口を揃えるらしい。
さて、新幹線から降り改札口を出た僕だが、まず第一に思った事がある。
「人が多すぎる…」
流石都会である。
当然すれ違う人は皆知らない顔。男だったり、女だったり。子供だったり、僕と同じくらいの若者だったり。髪の毛が赤かったり青かったり緑だったり色鉛筆のようだ。
ある程度の予想と覚悟はしていたのだけど、いざ目にするとこの壁のような雑踏に気が滅入る。
僕はテレビで見たアメリカ大陸を横断するイナゴの大群が脳裏に浮かんだ。即刻回れ右して地元にとんぼ返りしたくなったが、あいにく登潟へ帰るお金なんか手持ちに無いし。
身を寄せるべき肉親や帰るべき拠所さえも今の僕には無かった。
人混みに怯えて立ちすくむわけにもいかず、というかかなり通行の邪魔になってそうなので、とりあえず僕は歩を進めることにした。
ポケットにはこの誘並市に住む親戚から送られてきたメモが折りたたんでいれてある。ここから更にバスを乗り継いだところに僕がこれから住む、飛想館という名前の学生寮がある。また移動かと少し憂鬱になった。バス乗り場は駅ビルの東側にあり、この樹海のような雑踏の合間を縫わなければならない。
何度となくすれ違う人と肩がぶつかり、すいませんと田舎者丸出しで東北の牛の人形みたいに頭をさげつつ駅の出口に向かう。エスカレーターに乗っている人がピアノの鍵盤みたいだ。なにやら香ばしい匂いに鼻腔をくすぐられて見れば、パン屋に人が長い行列を作っている。その最後尾に僕も並ぼうかと一瞬思ったが、大して腹は減ってないし、ここで無駄遣いをしているご身分じゃない。またここに来た時に並んでみよう。
透明のガラス張りのエレベーターの奥にやっとこさ出口を見つけてほっと安堵した時。
「ねえ、そこのお兄さん」
という鈴の音のような声が聞こえた。
片田舎から独り、このコンクリートジャングルのメトロポリスに上京した僕に声をかける人なんていないだろうし、いるとしたら宗教勧誘かカツアゲ目的の不良ぐらいしか考えられない。いずれにしろそのどちらにも出来れば関わりになりたくはないので聞こえない振りをして先に進もうとしたが。
「ねえねえ、ちいと待ちぃや。そこのお兄さん」
ちょいちょい、と二回袖を引かれた。僕は怪訝に思いながら振り返る。
後ろには白いワンピースを着た僕と同じくらいの年齢の女の子が袖を持っていた。黒色の髪を三つ編みにした、あどけない顔の女の子。血色の無い、異常なほどの色白。
「無視せんでよお兄さん。悲しくなるやん?」
女の子は言った通り眉をひそめて悲しそうな顔をしてから、僕の袖から手を離した。
「僕に何か用?」
「これお兄さんのものやない?さっき落としたみたいやけど」
女の子は何かを指先で摘まんで僕に渡す。僕はそれを受け取って手のひらの上に乗せる。朱色のお守りだった。それは扁平なもので、白いひもがついている。表には「合格祈願」や「家内安全」などの、お守りにありがちな文字は何も縫われていない。朱色一色のシンプルなデザインだ。裏を見てみると勾玉が三個向かい合わせに固まったような模様がある。
「いや、これ僕の物じゃないよ」
「そうなん?やけど多分お兄さんのそのボストンバックから落ちたばい」
女の子はそんな事を小さい高い声で言いながら、不思議そうな顔をした。
僕は女の子に「ほら」とお守りを返そうとしたが、首を振って受け取ってくれない。
「よかよ、お兄さんのやなくても貰っとき。みぞれのものでもなかし」
「貰っとけって言われても……」
「それじゃ、みぞれはもー行くばい」
にこりとえくぼを浮かばせながら言って女の子は駅の奥に向かって行こうとする。
女の子は数歩進んでから、手のひらに朱色のお札を乗せたまま立ち尽くしている僕に向かってくるりと振り返る。
「縁があったらまた会おうね、シニシズムのお兄さん——」
女の子は白い歯を覗かせながら無垢そうな顔で言う。
「——冷笑の異形みたぁなもんに願わんようにせなよ」
と言って。
今度こそふらふらと歩いて行って、女の子は幾人もの人で作られた雑踏の中に消えて行った。
僕は行き交う人の流れの中、身じろぎもせずその場で棒立ちになっている。このお守りは間違いなく僕の所有物では無かったし、いや、それより。
冷笑の異形? 何の話だろう。
あの女の子は僕の事を知っているのか?
僕は頭を振ることでその混乱を脳裏からかき消した。今考えるべきなのはあの女の子の妄言よりもこの朱色のお守りの方だ。かなり精巧に作られたお守り。効能の方は何も書かれてないが、何かしらの利益はありそうだった。
この誘並市は「神の棲む町」だ。もしかしたら、というかかなり頭の悪い考え方だが、もしかしたらこの土地に腰を据えている神様が僕にくれた歓迎のギフトなの知れない。
僕はこのお札をボストンバックに結び付けた。ねこばばするのは少しの良心の呵責も感じたが、まあ深く考えないことにした。僕は足を進める。
誘並駅の外に出た。かなりのスペースを誇る駅前広場があって、スーツ姿のビジネスマンや制服姿の学生などが地を飛ぶバッタのように歩いている。噴水が勢いよく水を上げて、きらきらと光っている。
傍らのどでかいモニターにはニュースが放送されている。田舎の立てこもり事件がどうのとか、飛行機事故で家族を失った遺族が航空会社に慰謝料を求めるだとか、物騒極まりないことをアナウンサーがすらすらと早口で読み上げていた。
それを横目で見つつ、僕は広場を横断してバス乗り場へと向かった。
- Re: 面影は儚く かがちの夢路へ ( No.3 )
- 日時: 2018/03/31 00:05
- 名前: 藤田浪漫 ◆8nH/qRkwbA (ID: 7/g4bQJJ)
誘並市は東区永鳴。誘並駅からバスで30分ほど進んだところにあり、僕がこれから通う天照学園がある地域である。碁盤の目のように規則正しく区画された住宅街で、誘並中心部と比べて落ち着いた雰囲気が流れている。とは言っても、人通りはやはりそれなりに多く、4車線の道路を目まぐるしく車がびゅんびゅんと行き交っている。
バスは歩道橋の脇の停留所で緩やかに停まった。ここで降りる人は僕以外にいなかった。ステップを下りて地に足を付ける。海が近いのか、微かに潮の匂いがする。植えられているのはケヤキだろう、並木道が一本線上にずっと緑色に伸びている。
僕は軽く背伸びをした。あちらこちらの関節が悲鳴を上げている。出発地点の登潟からざっと三時間を要する長旅である。疲労が溜まるのも無理はなかった。ポケットの中のメモを取り出して見ると、どうやらここからもうちょっと歩くみたいだ。また移動かと思えば憂鬱にもなるが、残り僅かの辛抱だ。もう少ししたら文字通り足を伸ばして休めるだろう。
閑散とした住宅街を抜けて、やっとこさたどり着いた学生寮『飛想館』。いくつもの窓がついて白を基調とした、まるで安めのホテルのような外観。幹線道路から少し離れたところにあり、向かいにはコンビニが佇んでいる。ベランダには洗濯物や布団が干されてあるため、生活感は抜群だ。
僕は飛想館の入り口へと足を向けた。自動ドアの傍らには売切ばかり並んだ自動販売機。このご時世誰が使っているのだろう、年季の入った緑の公衆電話。一つ段差を上がった先にカーペットの床が伸びている。昇降口の向かいに木製の階段が見えた。
寮監室を覗いてみたけど日曜だからだろうか、人っ子一人いなかった。受付にも誰もいない。
僕の部屋は階段を上がった先にある211号室。有難いことに一人部屋だ。メモによると僕の親戚により入寮の手続きはとうに済んでいるらしく、勝手に部屋の中に入っていいようだ。
「勝手に入れって言われてもね……」
めちゃくちゃ気が引ける。
刑法130条。住居侵入罪。3年以下の懲役又は10万円以下の罰金。
なんか悪いことしてるみたいで後ろめたい気持ちになりながら、さながら気持ちは某スニーキングゲームの主人公である。端から見ればかなり挙動不審だったと思うが、幸いにもすれ違う人は誰もいない。
木製の階段を軋ませながら登り、フローリングの廊下を抜き足差し足で進み211号室の扉の前に辿り着いた。廊下の端には埃をかぶった消火器が置いてある。この飛想館は上空から見るとアルファベットのEのような形で、ちょうど一番上の横棒にこの211号室はある。
「……入るか……」
ドアノブに手を伸ばして捻る。鍵はかかっていなかった。ぎいっと音を立てながらドアを開けたら狭い部屋の中に知らない顔の男が二人見えた。
金髪と茶髪が二人肩を並べてソファーに座っている。
「お、来たかつっきー!待ってたぜー!」
金髪の方が手を上げたが、僕は聞こえなかった事にしてバタリとドアを閉めた。ドアの向こうから何か言うような声がしたが、僕はそれを無視してどういうことだと頭を抱える。
メモには確かに211号室と書かれているし、ドアの札にもちゃんと211号室と書かれてある。メモを何度も確かめながらここに来たため、この建物は指定された飛想館であることは間違いない。 そもそも一人部屋であるため中に人が居るのはおかしい。
何が間違っているのだろうかと僕が一人で悩んでいる途中で、向こう側から勢いよくドアが開いた。僕は思わずびくりとすると、さっきの軽薄そうな顔の金髪がひょこりと顔を覗かせる。
「おいおいおいおい何してんだお前は?ほら、早く入ってこいよ」
何で僕の部屋にいるのかとか聞きたいことはあったけど、半開きのドアの狭間から金髪の手がにゅいっと伸びて僕の手首を掴んだ。強い力で引かれ、問答無用で部屋の中に連れていかれる。意味が分からない、この人は何者だと脳内をぐるぐる回転させながら僕は玄関口で靴を脱ぐ。
簡素なキッチンとユニットバスの浴室に挟まれた気休めほどの廊下の奥に、一枚の扉が開いている。その奥のリビングにあるソファーに、肌が健康的な小麦色に焼けた茶髪の男が座っているのが見えた。
「11時に着くって月じいから聞いてたけど、結構遅くなったなー。まあ疲れただろ、ほら座れ座れ」
ドアのチェーンロックを掛けながら金髪が言った。遅くなったのは僕が誘並駅でバス乗り場を探すのに30分ほど彷徨ったのと、不思議な雰囲気の三つ編みの女の子にお守りを渡されたからであって。
というか月じいって誰だ。もしかして僕にメモを渡した親戚か。
僕はとりあえずボストンバックを床に下ろし、学習机のそばの椅子に腰かける。鍵をかけ終わった金髪が後ろからのそのそと歩いてきて、「ふー」と息を吐きながらソファーに背を預ける。
「あはは、びっくりしたッスか?」
ソファーに深々と座った茶髪がニコニコと笑った。朗らかな邪気の全くない笑みだった。
えっと、とりあえず。
二人の顔を見比べながら僕は言う。
「君らは誰だ?」
閑話休題。
「もう知ってるかも知んないけど、僕は月島博人。ムーンの月にアイランドの島、んで博士の人って書いて博人。よろしくね」
名前を聞くのはまずお前が名乗ってからだろ、と金髪が言って、自己紹介タイムである。お前僕のことを『つっきー』と呼んでただろうがと言いたくなったが、ノドの奥に飲みこんで、僕は自分の名前を名乗った。
月じいというのはやはりメモをくれた親戚だそうだ。もうちょっと細かくいうと、僕の祖父の兄だ。この誘並市在住、この天照学園においてお偉いさまと呼ばれるに相応しい役職に就いているらしい。僕の部屋に二人がいたのは単に月じい(この呼称は僕も使わせてもらおう)から荷下ろしを手伝ってと頼まれたからだそうで、それがひと段落付きのんびりしている最中に僕がのこのこやって来たみたいだ。清掃業者によって綺麗に掃除された室内。やや狭く見えたが、それは僕を含め男三人がこの部屋にいるからだろう。
「おっけー。次は俺の番かな」
金髪の方が待ってましたとばかりに口を開く。
「俺ちゃんは清水練示。レンって呼んでくれ。まあ仲良くやろうぜ」
金髪の方、レンは親指を立てた。僕の抱いた第一印象は、『何だか軽い男』だ。まずは目を引くその金髪、校則ガン無視の耳に開けたピアス。上背は僕より10センチほどは高いだろう高身長。派手な容姿ではあるが、そのフレンドリーさから見ると不良ではないのだろう。いかにも社交性抜群と言った感じだった。僕とは正反対なタイプである。
「ほらポチ、次はお前の番だぜ」
レンがソファーに座った茶髪の肩をポンと叩く。「おっけーッス!」と元気よく返事をして喋りだす茶髪。
「僕は犬飼圭。陸上部所属ッス!ポチって呼んで!」
犬飼圭、ポチはそう言った。こんがり陽に焼けた小麦色の肌。典型的な運動部員といった雰囲気。控え目に染めた茶髪。立ち上がった所はまだ見てないから言い切れないけど、身長は僕と同じかそれより低いかぐらいだろう。
六畳の部屋に三人が入っているので尚更狭苦しさが増している。窓際にはベッド。右の壁沿いには学習机があって、そこには登潟から持ってきた僕の本が既にずらりと並べてある。部屋の中央には丸くて小さい机とソファー。茶色の安価そうなカーペットの床。ちなみに三人の位置関係を説明すると、学習机のそばの椅子に僕がいて、ポチとレンはソファーに座っている。
「ってかよ、荷下ろしも疲れたぜ。だいたい本が多すぎだっつの」
ソファーの上で伸びをするレン。胸ポケットから青色のパッケージのタバコの箱を取り出して、
「あ、ここタバコいいか?」と僕に聞いた。
「駄目だよ」
「えーつれねーのー」
大人しく胸ポケットにタバコの箱をしまうレン。この部屋に入って来た時点でタバコの匂いがしなかったことから考えると、僕が来る前はタバコは遠慮していたらしい。殊勝なことだった。
「本当レンくんの部屋ってタバコ臭いんッスよねー!」
「うるせーぞポチい!お前の部屋だって獣くせえじゃねえか!」
「獣臭くはないッスよー!」
そう言いながらポチはレンの肩を拳を固めて殴った。殴られたレンはかっかっかと呑気そうに笑っているが、まずい。僕の部屋なのに僕がのけ者になっている気がする。
「二人は一年生?」
「そうッスよー!」
僕の質問にそう返すポチ。シニカルに笑いながらレンは言う。
「ははっ、当たり前だろ。この階は一年生しかいねえし」
「そうなの?」
「おうよ。だから部屋ん中で騒いでも先輩から怒られる心配はねえ」
「まあそうかもね……」
上からの来襲も十分考えられるけども。
「二人の部屋はどこなの?」
「この部屋の隣だぜ。俺が隣の212号室で、ポチが向かいの201号室」
「ふーん……」
「何だよつっきー、嫌そうな顔してんなー」
「嫌じゃないけどさ……」
読書してる最中に隣で騒がれるのはごめんだ。
「あ、つーかさー」
レンは扉の横の収納スペース、クローゼットの方を指さした。
「あそこの中に隔離したんだけどさー、あの黒色のデカい匂い袋、ありゃ一体何なんだ?エライ重かったし、何が入ってんだ?」
「匂い袋?」
何だそれは。僕が地元から持ってきた荷物はそんなもの無いぞ。
僕は椅子から立ち上がって、クローゼットをガバリと開けた。中には僕の愛用のアウターとか糊の効いた新品の天照学園の制服とかがかけられていて、その下には黒くて、大きいバックが鎮座している。
「ああ、それだよそれ。匂いがすげーんだよ。中に夏の高校球児でも入ってんのか?」
「寮に高校球児を袋に入れて持ってくる奴って怖すぎだろ…。剣道の防具だよ、防具」
剣道?とレンとポチの二人は首を傾げる。そう、剣道の防具だ。
大きいバックのひもをほどいて、中に入ってある無骨な防具を持ち上げて二人に見せる。
「剣道部に入るつもりでこの学校に来たんだけど。……そんなに臭かったっけこれ」
何を隠そう僕は、というか隠す気はさらさら無いけど、地元登潟では少々名の知れた剣道の選手だった。この天照学園は剣道の名門中の名門。超を付けて尚足らぬほどの超強豪校で、僕は推薦で合格が決まったのだけど、一身上の都合で入学が一か月ほど遅れてしまい、4月も下旬に差し掛かるこの時期に入寮に至った。
「あーそっか。ウチの学校の剣道部強豪だったッスもんねー」
納得いったとばかりにポチは頷いているが、対称的にレンは眉をひそめている。
「ちょい待ち、つっきー。確かに天照の剣道部ってめちゃめちゃ強かったけど、そりゃちょっと昔の話だぜ」
「昔?」
去年の高総体でぶっちぎりの全国制覇とかしてた記憶はあるが。
「あーそうかそうか、お前もしかして聞いてなかったって奴か」
レンは立ち上がって、僕の方に近づきながら言う。
「去年の三月だったか、なんか部内ででけー暴力事件が起きたっぽくてその責任で今はもう剣道部は廃部になったぜ」
「廃部?」
「そう、めちゃくちゃ鬼のように強い部だったって事は俺も中学ん時から知ってたんだけど、まさか無くなってるとはな」
「去年までいた部員は?」
「あーどうしても剣道したい奴は別の高校に転校したり、そんなにやる気なかった部員は違う部活に入ったりしたらしいぞ。今は5人くらいが剣道部の廃部の取り消しの為にいろいろ動いてるみたいだが……つーか大丈夫かお前?顔色すげえ悪いぞ」
廃部。
言わずもがな、部がなくなっていることを意味する。僕は何も聞いてなかった。呆気に取られる僕の肩に手を置き、レンは言う。
「悪いことは言わねえ、どっか別の部に入れよ。例えば軽音部とかで高校デビュー目指してみるとか?良かったら俺様がいる吹奏楽部で一緒に女のケツ追いかけようぜ」
「そういえばヒロくんと同じように剣道部の推薦で合格決まってた人が何人も入学取り消しにしたって騒ぎになってたッスねー」
さっきレンは三月に事件があったと言っていたが、丁度その頃の僕は『入学が一か月遅れた一身上の都合』でせわしなく悶着に追われていた。もしかしたら実家にその通知が来ていた上で失念していたかも知れない。
「まあつっきー、そんなに落ち込みなさんな。部活が学校生活の全てっていうわけじゃねえだろ」
「僕は特待入学組なんだけどね……」
僕は防具が入っていたバックを名残惜しくクローゼットの中に入れて、学習机のそばの椅子に座る。それをみてレンもソファーまで戻って腰を下ろした。
「剣道みたいな泥臭え青春送んないでさ、もっと楽しいことしようぜ!こうやって俺たちと出会えたことだしさ。あ、そういや連絡先教えてくれよ」
レンはそう言ってポケットから携帯を取り出した。最新型のiphoneのようだ。それを見てポチもスマホを取り出したので、僕もそれに倣い、二人の持っている携帯に表示されているQRコードを読み取る。
「お、来た来た。この『ヒロト』って奴だよな」
「そうそう、それだよ。」
新しい友達の欄に二人の名前が表示される。レンのアイコンはピースサインをした自撮りで、ポチのアイコンは夕焼けが沈む海の写真だった。
「うし、つっきーともライン交換したし、ちょっくら俺バイト行ってくるわ」
携帯をポケットに入れつつ、レンが言った。胸ポケットから煙草の箱を取り出したが僕に睨まれ、苦い顔をしながら戻す。
「バイト?」
「おう、学校にショッピングモールがあんだけど、そこのマックでバイトしてんだよ俺」
「ふうん……」
「めちゃくちゃ興味無さそうじゃねえか……。まあ、気が向いたら来てくれよ」
僕はマクドナルドの制服を着たレンがいそいそとポテトを揚げている姿を想像した。
「……似合わなそうだね……」
「何の話だ?」
「いや何でもない」
僕はそのイメージを頭を横に振って脳内から払拭する。暇な時に行ってみる価値はありそうだった。
「あ、僕も用事あったんだ」
「ん?ポチが何かあるって珍しいな」
「ちょっと誘並駅に行かなくちゃいけないんスよ。2時間ぐらいで済むんッスけど」
「ほー……」
まるで何かの動物のようにレンは唸った。何かに悩んでるような様子だ。
「ポチにつっきーの面倒みてもらおうと思ってたんだけどな。さあどうすっかな」
「別に僕はこの部屋の中で本読んでてもいいんだけどね……」
「ヒロくんは今から学校に行ってみたらいいんじゃないッスか?」
あっけらかんとした口調でポチは言う。
「明日から早速授業だし、通学路の下見がてら」
「ここから学校って近かったっけ?」
「ちょっと歩くだけッスよ!そんなに迷うような道じゃ無いッス」
「じゃあそうしようかな」
「そりゃいいや。んじゃ俺も心おきなく働けるってもんだ」
満足そうに頷くレン。
「今日の夜は空けといてくれよ。おススメの店で歓迎会するからさ」
「分かった」
僕は言った。
「んじゃ」と言って二人は部屋を出ていこうとするが、キッチンの前あたりで思い出したようにレンが振り返った。ポチはぎょっとした様子でレンを見る。
「そう言えばつっきーちょっといいか?」
「ん、何?」
「カオナシさまって噂、お前の地元でも流行ってたりしてたか?」
「……カオナシさま?なんだそれ」
聞き覚えの無い単語に僕は思わず眉をひそめる。
「あ、知らねえならそれでいいんだ。んじゃまた今日の夜会おうぜ。」
そう言ってレンは僕の部屋から出て行った。首を傾げながらポチも彼に続く。
二人が部屋を出ていくのを見送ったあと、僕は近くにあったボストンバッグを開いてお握りを取り出す。
その時に目に付いた、朱色のお守り。何となく僕はそのひもをほどいて、ポケットの中にお守りを滑り込ませた。
- Re: 面影は儚く かがちの夢路へ ( No.4 )
- 日時: 2018/02/02 01:14
- 名前: ばんび (ID: lerfPl9x)
藤田さん、お久しぶりです。久々に読ませて頂きましたが懐かしい文体に「また、作品が読めるんだな」と口元のにやけが止まりません。
これからの展開が非常に楽しみです、更新頑張ってください。
- Re: 面影は儚く かがちの夢路へ ( No.5 )
- 日時: 2018/02/04 20:24
- 名前: 藤田浪漫 ◆8nH/qRkwbA (ID: 7/g4bQJJ)
ばんびくん久しぶりです!藤田です。
小説を書くのは6年ぶりとかになるのでブランクをバンバン感じている今日この頃です。。。
これから週一程度で更新していくので応援お願いします!
- Re: 面影は儚く かがちの夢路へ ( No.6 )
- 日時: 2018/05/28 02:21
- 名前: 藤田浪漫 ◆8nH/qRkwbA (ID: 7/g4bQJJ)
学生寮から1キロほど歩いた所に僕が通うことになる天照学園はあった。オープンスクールの時と入学試験の時に来たことがあったから、大体の場所は僕でも知っている。
僕が今歩いているのは、さっき降りたバスの停留所を通り抜けた直線の一本道を少し進んだところ。閑静な住宅街から少し変化し、賑わうような街の風景。交差点の信号が赤へと変わって、僕は律儀に歩みを止める。横断歩道の先で立ち止まっているスーツ姿の男性は少し所在なさげだ。先の車道にテールライトが何台も連なる。
新律狩通りと名付けられた大通り。脇にはまばらに駐車場が埋まった小さいスーパー。花屋にはチューリップが嘆いているように咲いている。春物の淡い色の洋服を展示したショーウィンドウに、頭からつま先まで情けなさそうな僕の全身が薄く映っている。ガラスの中の僕が何か言いたそうにこっちを見ている。目をそらす。
これから毎日徒歩でこの距離を往復するのはさぞかし骨が折れることだろう。自転車が必要不可欠である。レンのように僕もバイトしなければなとか思いつつ、足をせかせかと動かした。
等間隔に並ぶ電柱と信号機の行列を通り越して、たどり着いた校門前。奥にはどかんと四階建ての校舎が僕を威嚇するように佇んでいる。都会の学校特有の、ちょっと小洒落たような近代的な図書館のような外装。桜の木はすっかりと青い葉をその幹にまとっていたけど、僕の目に付いたのは学園前の風景では無かった。
少女。
制服を着た女の子がレンガでできた校門の塀にもたれるようにして本を読んでいた。
腰まで届くくらいの長めのポニーテールが風に吹かれて揺れている。角ばった眼鏡をかけた『これぞ学級委員長』みたいな知的な女の子。背は僕よりわずかに低いぐらいで、どうやら誰かを待っているような様子である。
読みふけっている本の表紙は僕も知っていた。恒川光太郎の『秋の牢獄』。
僕はその姿を見て、何故か先ほどのこうべを垂れたチューリップを連想して。
僕の視線を感じたのか、少女が顔を上げた。慌てて目を逸らそうとしたが、間に合わずに電球が点くようにぱちりと目が合う。
三白眼。優等生然とした彼女の眼鏡の奥の眼は、しかし恐ろしいほど鋭い。その鋭利な刃物を思わせる両目がまるで照準を合わせる様に僕に向けられる。
彼女は読んでいた本をぱたんと閉じて、ゆったりと僕の方に向かってくる。一歩、一歩と足を踏み出すたびにその結ばれた長い髪が、振り子のように左右に揺れる。辺りには僕とこの女の子の他には誰もいない。
「……」
僕と彼女以外の時間が止まったように思えた。葉桜が風にあおられ、はらと音が鳴る。遠くで鳴るクラクション。僕の眼前5メートルほどまで女の子はゆっくりと距離を詰めて、僕と向き合う。すっと女の子が息を吸い込む。
「人探しをしています」
まるでぴんと張ったピアノ線の様な凛とした声。この風の中でもはっきりと明瞭に、そのままの言葉で僕の耳まで届く。
「人探し?」
「ええ、少しお尋ねしたい事があるのですが」
「えっと、僕はここに越してきたばっかりなんだけど——」
「構いません」
食い気味に言われた。
風が吹いて僕の髪をめくる。彼女は眼鏡を中指で押し上げてから、僕に尋ねる。
「貴方は『ともみ』という名前の女の子を御存知ですか?」
その言葉は、まるで雨に濡れた衣服のように僕の中の何かにまとわりついた。まるで知らない内にできた傷口に水をかけられたような、そんな気分だった。でも、僕はこう答えるしかない。
「ごめん、知らないよ」
僕は答える。
「……」
と彼女は沈黙を返事とする。その無表情の鉄面皮が少し崩れたような気がした。残念がってるのか不満なのか失望なのか僕には判別できなかった。
「そうですか」
と言って彼女は距離を詰めてくる。何かしらの危害を加えて来るんじゃないだろうかと思わず身構えたが、僕の脇まで来て、ぴたりと足を止める。
「それではご機嫌よう。貴方に凄惨なる平穏と一摘みの数奇があらんことを」
そんな事を言って、彼女はすたすたと歩いて行った。僕の歩いてきた道へ消えていく。
彼女のそのスレンダーな後ろ姿が見えなくなって、「ふう」と僕は息をつく。緊張していた精神が弛緩するのを僕は実感する。
誘並に引っ越して来て一日も経っていない僕に聞いても無意味だろう。答えられるわけが無い。
と、そこで。
「おっと?」
僕の目が地面に落ちている何かを捉えた。近づいて手に取る。薄い紙の様な物。いや、こんな遠回しな表現をしなくてもいいだろう。これは栞だ。いかにも値が張りそうな、紫の花の文様。
「うっわ面倒臭いな……」
恐らくさっきの眼鏡の女の子の物だろう。本を読んでいた時に落としたのかも知れない。ぱっと後ろを振り向いてみたけど、もうその姿はどこにも見えなかった。
まあいいか、この学校の生徒なんだろうし、そのうちまた会った時に返せばいいだろう。
ラミネートフィルムで加工されたその栞を、僕はポケットの中に入れる。
僕は学校に向かうことにした。校門をまたぐ。私服姿で学校には立ち入っていいものだろうかと脳裏によぎったが、ここまで来て引き返すのは面倒だった。
広いグラウンドで野球部が練習しているのが見えた。どこかでテニスボールを打つ間の抜けた軽い音が聞こえる。
コンクリートで舗装された校舎前を抜けて。
そして。
学園敷地内の最果て、武道場の前で。
僕は白縫筑紫と邂逅した。
ところで『天は二物を与えず』ということわざがある。
まあ僕みたいなのが説明するべくも無いほど有名な言葉だけど、僕は一人だけ、天から二物も三物も与えられた、その言葉の範疇の外に位置する人間を知っている。
その名を白縫筑紫。才色兼備にして才貌両備に加え文武両道。具体的に言うと、その浮世離れした血の凍る様な美形。剣道の全国大会でベスト8に入るその腕前と、隣の県に住んでいた僕の耳まで「誘並に神童がいる」との噂が入るほどの出来のいい頭脳。まさに齢15にして人類の一つの完成形である。
何なんだよ。
お前が主人公しろや。
出る作品間違えてんだろ。
完全におまけなんだけど、彼の年子の姉もまた、剣道の有名な選手である傍ら、現役アイドルとして活動していると聞く。
何を間違えたのか、僕の様な量産型の人間と彼は繋がりを持っている。まあ普通に剣道の地区大会で知り合ったんだけど。彼とは地区大会の決勝で戦い、普通に僕の完敗だった。
ともあれそんな彼が、この天照学園のがらんどうの武道場の前で僕と再会した。
赤っぽい瓦の屋根。和風の趣が漂う木造の建物。
その下にこの世のものとは思えないほどの美少年、白縫筑紫は生け花のように佇んでいた。
僕は筑紫に「あれ?」と言って。
彼は僕に「やあ」と言った。
「奇遇だね月島くん。君もこの学校だったっけ」
「うん、ちょっと野暮用で入学が一か月ぐらい遅れて、やっと明日から登校」
「へえ、そうだったの」
筑紫はそう言って微笑む。ミロのビーナスも白旗を上げるほどの美しいスマイルである。黄金比という言葉は彼の顔面にこそ相応しい。
「筑紫はここで何してたの?」
「いや、大したことじゃないんだ。武道場の掃除だよ」
「掃除?」
「そうさ。いつでもここで練習できるようにね。……もちろん月島くんは剣道部が廃部になったっていうはなしは知ってるよね?」
「ああ、当たり前だろ?」
今日の今、先ほど知ったけど。
筑紫は武道場の扉の上の看板をゆるりと見ながら言う。
「悲惨で陰惨な出来事だったよ。剣道部に入部することを熱望していた僕からしても廃部もやむなしと言った感じだね。……だからこそ僕や——ちゃんは再建のために動いてるんだけど……。」
「ん?」
今何て言った?風が吹いて上手く聞き取れなかったけど。
訝しむ僕はよそに、筑紫は花のように笑って続ける。
「こんなところで立ち話もなんだし、どこか行かないかい?全中時代の積もる話もあるだろうし。」
「別にここで良くないか?」僕は武道場前の外階段を指さす。
「んん?月島くん、階段なんかに座るのかい?」
本当に理解できないと言った顔の筑紫。めちゃくちゃ育ちの良い人間だった。人間性までも僕の全敗である。
「あ、えっと。僕今日越したばっかりで旅疲れしてるんだよ。二時間新幹線に揺られたんだ。腰を下ろせればどこでもいいって感じ」
「それは良くないよ月島くん」筑紫は眉をひそめる。「『人間は考える葦だ』なんてジョークは言わないけど、自分の価値をみすみす下げるような真似はしない方がいいよ。何よりも君の品位を著しく低下させる行為だ」
「そこまで言うか……」
出会い頭に同い年から説教を受けた僕。コンビニでたむろしているヤンキーあたりに聞いてほしい言葉だった。
それに、と筑紫は続ける。「君がどう思うにしろ、僕自身の価値が下がるのは許せない」
「……。」
こんなキャラだったっけ、筑紫。まあ中学時代はそんなに深い話はしてなかったけど。
完全無欠。
最終完成。
僕みたいなまがい物とは——
僕はふとバイトに行ったレンを思い出した。
「じゃあ今からマック行こうぜ。この近くのショッピングモールで友達がバイトしてるんだ。」
「マック?」
おっと?
「マックって何だい?」
「えーっと……」
マジかこの人。
「Mac?」
「その発音だと確実にパソコンとかの方だ。そうだな……、ハンバーガーとか食べられるとこ」
「へえ、近くにそんなところがあるんだね。僕は知らなかったよ。美味しいのかい?」
お前ここらへんの出身だろ、と僕は内心毒づきながら「美味しいよ。筑紫の口に合うかは分かんないけど」と答えた。
「ああいいね。じゃあそこに連れてもらえるかい」
「オーケー」
まあマクドナルドがあるショッピングモールは校門の辺りから見えていたし、いくらここに来たばかりの僕と言えど迷うことはないだろう。
「そうと決まれば早速行こうか。僕も君が来る前に用事は済んでたし」
くるりと筑紫は踵を返してから、首だけ僕の方を向いて。
「あといろいろ月島くんに聞きたい事はあるからね」
にこりと笑った。それはうっかりしたら男の、同性の僕ですら見惚れてしまう程の笑みだった。